覚せい剤福岡1

覚せい剤福岡1

福岡地方裁判所小倉支部/平成23年(わ)第66号

主文
被告人は無罪。

理由
第1 概要
 
本件の公訴事実は,被告人が,法定の除外事由がないのに,平成23年1月14日頃,北九州市α区<以下略>株式会社B地下駐車場において,覚せい剤であるフエニルメチルアミノプロパンの塩類若干量を含有する水溶液を自己の身体に注射したというものである。
 
被告人は,同月19日午前4時頃,警ら中の警察官から職務質問を受け,その際,カッターナイフを正当な理由なく隠匿携帯したという軽犯罪法違反により現行犯人逮捕され,釈放後警察署に留め置かれたまま捜索差押許可状に基づいて尿の差押えを受け,この尿から覚せい剤成分が検出されて本件公訴事実が発覚した。
 
弁護人は,被告人がカッターナイフを所持したことに正当な理由がないことが明白ではなく,逮捕の必要性もなかったのに,警察官は覚せい剤取締法違反の捜査を目的として,軽犯罪法違反により違法に被告人を現行犯人逮捕したもの(別件逮捕)であり,本件覚せい剤取締法違反の捜査手続にはこのような重大な違法があるから,被告人の尿の鑑定書等の証拠は証拠能力を欠くので被告人は無罪であると主張した。
 
当裁判所も,上記現行犯人逮捕は,現行犯人逮捕の要件である犯罪の明白性を欠くのみならず,覚せい剤取締法違反の捜査目的で行われた令状主義の精神を没却する違法なものであり,被告人の尿に対する差押えは,このような違法な現行犯人逮捕の目的を実現するものであり,かつ,その結果を利用して行われたものであることから,その尿を鑑定して得られた本件の鑑定書は,違法な逮捕に密接に関連する証拠として証拠能力を否定すべきであると判断した。その上で,本件公訴事実については,被告人の自白のほかに補強証拠が存在しないことから,被告人は無罪との結論に至った。
 
以下,詳論する。
第2 当裁判所の判断
1 認定事実
 
関係証拠(甲1,4,8,9,10(同意部分),13,19(同意部分),25,26,28,29,乙4,5,7,弁1,証人C公判供述,同D公判供述,同E公判供述,同F公判供述,同G公判供述,同H公判供述,被告人公判供述)によれば,以下の事実が認められる。
(1)本件逮捕に至る経緯
ア 福岡県警察北九州市警察部機動警察隊の警察官C及び同Jは,平成23年1月19日午前4時3分頃(以下,日時は同日のものを指す。),捜査用車両で警ら中,北九州市γ区<以下略>所在のホテルKに赴いた。同所は,覚せい剤常習者や指名手配被疑者,暴力団関係者が多く利用するラブホテルとして警察官らから把握されていた。C警察官らは,同ホテル1階駐車場の通路に普通乗用自動車(M)がエンジンをかけたまま停車し,その車内には助手席に男性が1人いるだけで,当時発生していた連続コンビニ強盗犯人が着用していたのと同じロゴの入った黒色ニット帽を着用していたのを見て不審に思い,その男(H)に職務質問を開始した。Hは当初名前を明かさず,質問にも応じないため,C警察官は,Hが自動車を急発進させて事故を起こしたり,逃走したりするおそれがあると判断し,エンジンキーを抜き取った。
イ 午前4時6分頃,被告人がその自動車に戻ってきたため,C警察官は,Hの対応をJ警察官に任せ,被告人を自動車の後方に呼び寄せて,職務質問を開始した。被告人は,C警察官の質問に応じて氏名,生年月日,住所等を答え,運転免許証を提示した。C警察官は,被告人が刑務所から出所したばかりであると述べ,薬物前科があることを否定しなかったことや,頬がこけ目がうつろで落ち着きがない覚せい剤使用者特有の風貌や挙動が見られたこと,強盗の嫌疑のあるHと行動を共にしていることから,被告人が覚せい剤等の禁制品や凶器等の危険物を所持しているのではないかと考え,被告人に所持品の提示を求めた。
 
被告人は,これに応じ,午前4時9分頃,所携のショルダーバッグの中から,カッターナイフ1本のほか財布やメモ帳等を取り出し,自動車のトランクの上に置いた。C警察官は,そのカッターナイフを手に取って見て,携帯理由を尋ね,被告人が「いろいろあるやろう」などと答えたが,刃体の長さを計測せずに,被告人に返した。なお,このカッターナイフは,いわゆる「ミニカッター」であり,本体は金属製であるが,刃体の長さは約1.9センチメートルであった(以下「本件ミニカッター」という。)。
 
この頃,被告人が自動車のエンジンキーがないと言ったため,C警察官は,被告人にエンジンキーを示した上で,ダッシュボードの上又はフロントガラスの外側のどちらかに置いた。
ウ C警察官は,被告人に対し,覚せい剤使用の有無を尋ねるとともに,両腕を見せるように求めた。被告人は,使用の事実を否定し、自動車の後方で両袖をまくり,C警察官に両腕を見せたが,C警察官は,どちらかの腕に赤い注射痕があることに気付いた。
 
そこで,C警察官は,被告人に,福岡県小倉北警察署(以下「小倉北署」という。)への任意同行や被告人の自動車の車内検索に応じるよう求めたが,被告人はいずれも拒否した。 
 
C警察官は,午前4時14分頃,携帯電話から110番に電話をかけて,覚せい剤容疑者を職務質問中として至急の応援要請を行い,午前4時18分頃,応援の警察官が臨場した。
 
C警察官が被告人の前科照会を行ったところ,被告人に覚せい剤取締法違反及び銃砲刀剣類所持等取締法違反の前科があることが判明した。
 
C警察官らは,その後も,被告人に対し,小倉北署への任意同行や被告人の自動車の車内検索に応じるよう説得を続けたが,被告人が拒絶する態度は変わらず,被告人は「おれはもう全然関係ない,帰る,帰る,もういいやろうが」などと,警察官らに職務質問を終え,帰宅させるように求めた。
エ C警察官は,被告人を本件ミニカッターの不法携帯の事実で銃砲刀剣類所持等取締法違反又は軽犯罪法違反により現行犯人逮捕することを考え,被告人に本件ミニカッターを再度提示するよう求めた。被告人は求めに応じて再度本件ミニカッターをショルダーバッグのチャック付ポケットから取り出し,C警察官は,本件ミニカッターを手に取って定規で刃体の長さを測り,約2センチであることを確認した。
 
C警察官が本件ミニカッターの携帯理由を再度尋ねると,被告人は「いざというとき役立つやろう」「いろいろあるやろう」などと答えた。さらにC警察官が具体的な用途を繰り返し尋ねたが,被告人は「もうよかろうもん」などと言って返答を拒んだ。
 
C警察官は,午前4時33分,被告人を軽犯罪法違反の現行犯人として逮捕した(本件逮捕)。その際,被告人は「なんで,そんなん聞いてないよ。カッターナイフぐらいでそりゃなしやろう」と申し立てて逮捕に応じない姿勢を示した。
オ C警察官は,本件逮捕後,被告人の立会の下で被告人の自動車内の捜索をしたところ,ストローの束や釣り用タックルケース等を発見した。被告人は,本件ミニカッターは釣りに使うものなどとC警察官に述べ始めた。
(2)本件尿の差押えに至る経緯
ア 被告人は,午前5時10分頃,小倉北署に引致された後,午前6時3分頃まで弁解録取を受け,その際,本件ミニカッターは魚釣りや細々した作業のとき便利だから携帯していた旨供述した。
 
被告人に覚せい剤取締法違反の嫌疑があることも小倉北署の当直員に引き継がれた。小倉北署の薬物銃器係の警察官Eは,被告人の弁解録取後,被告人に尿の任意提出を求めたが,被告人はこれを拒否した。そこで,薬物銃器係の警察官は,強制採尿令状請求の準備を始め,被告人の腕の注射痕を写真撮影するなどした。
 
被告人は,午前7時35分頃,小倉北署の留置場に収容された。
イ 生活安全捜査係の警察官Gらは,午前8時過ぎ頃,本件軽犯罪法違反事件の引き継ぎを受けたが,被告人の睡眠時間を確保するため,午前中は取調べを行わないこととした。
ウ E警察官は,午前10時過ぎ頃,被告人に覚せい剤使用者特有の風貌挙動等が見られたことや被告人が任意に尿を提出しないこと等を記載した捜査報告書,被告人の腕の注射痕の写真撮影報告書,軽犯罪法違反に関する現行犯人逮捕手続書及び弁解録取書,被告人車両から発見されたストローの任意提出書,被告人の犯罪経歴報告書等を疎明資料として,小倉簡易裁判所裁判官に被告人の尿に対する捜索差押許可状を請求した。
 
同許可状は,午後0時10分頃,発付された(以下,発付された令状を「本件採尿令状」という。)。
 
E警察官は,軽犯罪法違反に関する取調べが終了してから,本件採尿令状を執行することとし,その旨を生活安全捜査係に伝えた。
エ G警察官らは,午後1時5分頃から,軽犯罪法違反に関する被告人の取調べを行った。その際,被告人は,本件ミニカッターは魚釣りの際に使っていたもので,普段の生活でも洋服から出た糸くずを切るなどの細々した作業に便利なものとして,いつもショルダーバッグに入れていた旨供述した。
 
G警察官らは,被告人が本件ミニカッターを携帯した事実を認めたこと,被告人の在籍確認が取れたこと等から,早期に釈放する方針を固め,午後1時53分に被告人を釈放した。
 
G警察官らは,被告人に対し,引き続き軽犯罪法違反に関する取調べに応じるよう説得し,午後2時20分頃から午後4時33分頃まで,取調べを行い,身上調書1通と本件ミニカッターの携帯理由に関する被告人の弁解を記載した供述調書1通を作成した。
オ 薬物銃器係の警察官は,被告人の取調べが終了したとの連絡を受け,小倉北署の取調室において,被告人に本件採尿令状を示し,同署内で尿を提出させ,午後5時5分頃,その尿を差し押さえた。
カ 平成23年1月20日,福岡県警察科学捜査研究所において,上記差し押さえられた被告人の尿を鑑定した結果,尿中に覚せい剤成分の含有が確認され,その鑑定結果が鑑定書(本件鑑定書。甲3)に記載された。
2 本件逮捕の違法性
(1)被告人が本件ミニカッターを「正当な理由」がなく携帯したことが明白であったか

ア 判断
 
軽犯罪法1条2号の「正当な理由」とは,刃物を隠匿携帯することが,職務上又は日常生活上の必要性から,社会通念上相当と認められる場合をいい,これに該当するか否かは,刃物の用途や形状・性能,隠匿携帯した者の職業や日常生活との関係,隠匿携帯の日時・場所,態様及び周囲の状況等の客観的要素と,隠匿携帯の動機,目的,認識等の主観的要素とを総合的に勘案して判断される(最高裁平成20年(あ)第1518号平成21年3月26日第一小法廷判決・刑集63巻3号265頁参照)。そして,刃物の隠匿携帯について正当な理由がないことが明白であるとしてなされた現行犯人逮捕の適法性は,逮捕者が逮捕当時に認識し又は認識し得た上記客観的要素と主観的要素を基準として判断すべきである。
 
これを本件についてみると,本件ミニカッターは,被告人が述べるように衣服の糸くずを切るなど日常生活上の様々な作業に用いるための携帯用カッターであり,日用品としてコンビニエンスストアでも市販されている。本体は金属製であるが交換式の刃体の長さは約1.9センチメートルに過ぎず,刃物としての危険性も限られている。被告人は本件ミニカッターをショルダーバッグのチャック付ポケットに入れて携帯していたが,他にこのショルダーバッグには,財布,メモ帳,筆記具,処方薬袋等の身の回りの物が入っていた(甲25)。被告人がC警察官に説明した「いざというときにいろいろ役立つ」という言葉も,日常生活上の様々な作業に便利であるという意味にもとれ,本件ミニカッターの通常の用途や上記の携帯の状況と矛盾するものではない。さらに,先に認定したとおり,被告人は,C警察官から所持品の提示を求められた際,素直に本件ミニカッターを取り出して提示している。
 
これら本件逮捕時に判明していた事情だけをみても,被告人は,本件ミニカッターを日用品としてショルダーバッグに入れて携帯していたとも考えられ,本件ミニカッターの携帯が社会通念上相当な行為でないことが明白であったとは認められない。
イ 検察官の主張について
 
検察官は,〔1〕本件ミニカッターは金属製の鋭利なもので,凶器として十分な危険性があること,〔2〕被告人が午前4時過ぎという時間帯に男性2人で暴力団員や指名手配被疑者等がよく利用するラブホテルの駐車場に行き,エンジンをかけたままで自動車を停車させていたこと,〔3〕被告人が無職で覚せい剤取締法違反や銃砲刀剣類所持等取締法違反などの犯罪歴を有し,刑務所を出所して間がなかったこと,〔4〕被告人と一緒にいたHは強盗事件に関与している疑いがあり,被告人もその関係者である可能性があったこと,〔5〕被告人が警察官から本件ミニカッターの携帯理由を尋ねられた際,「いざというとき役立つやろう」などとけんかに使用することをにおわせる返答をし,警察官が問いただしても「いろいろあるやろう」「もうよかろうもん」などと答えて具体的な携帯理由を述べなかったこと等を根拠に,被告人が「正当な理由なく」本件ミニカッターを携帯していたことは明白であったと主張する。
 
上記指摘について,〔1〕のように本件ミニカッターが凶器として使用される可能性があることは否定できない。また〔2〕ないし〔4〕の事実は被告人が犯罪性の高い人物であることを窺わせる事情とは言える。しかし,一般的にミニカッターは,日常生活の様々な用途に用いる携帯用カッターで各種カッターナイフ類の中では危険性の低いものである。これを身の回りの日用品と一緒にショルダーバッグに入れて持ち歩いていたところ,たまたま深夜上記のような状況で本件職務質問により発見されたとみることもできる。また,C警察官は,職務質問の最初に被告人から本件ミニカッターを提示させ,これを手にし,以上の事情の多くを認識しながら,被告人に一旦これを返している。仮に本件ミニカッターが危険なもので,銃砲刀剣類所持等取締法違反に当たるか軽犯罪法違反に留まるかはともかく,被告人が携帯していることに正当な理由がなさそうだと考えたというのであれば,任意提出を求めて領置することも考えられるが,同警察官は,任意提出を求めておらず,その理由について合理的な説明もない。〔5〕についても,この発言をけんかに使用することをにおわせたものと警察官が受け取ったことが不合理とはいえないものの,他方で,先に述べたように,日常生活上の様々な作業に使うという漠然とした目的と理解することもできるのであり,具体的な用途を説明しなかった点についても,本件ミニカッターが逮捕の理由になるなどと思いもしなかった被告人にとって,警察官から同じことをしつこく繰り返し尋ねられて,「もうよかろうもん」と投げやりな応答をしたことは無理からぬことでもある。
 
以上のとおり,被告人が本件ミニカッターをショルダーバッグに入れて持ち歩いていたことが,社会通念上相当な行為ではないことが,現実の逮捕者にとって明白であったとは認められない。
(2)本件逮捕が覚せい剤取締法違反の捜査を目的としたもの(別件逮捕)といえるか
ア 判断
 
C警察官が被告人を本件ミニカッターの携帯の事実で現行犯人逮捕するに至った経緯は先に認定したとおりである。すなわち,職務質問の際に,被告人の風貌挙動等に覚せい剤使用者特有の様相が認められ,腕に注射痕も確認できた上,覚せい剤取締法違反の前科があることも判明したことから,被告人に覚せい剤使用の嫌疑を抱き,被告人の自動車の車内検索や尿の任意提出のために小倉北署への任意同行を求めた。これらを被告人が頑なに拒絶した後,C警察官は,被告人を本件ミニカッターの携帯の事実で逮捕することを検討し,被告人に本件ミニカッターの提示を再度求めて刃体の長さを計測し,その携帯理由などを再度質問した上で被告人を本件ミニカッターの携帯の事実による軽犯罪法違反の罪で現行犯人逮捕した。
 
本件ミニカッターの携帯の事実による現行犯人逮捕が,軽犯罪法違反の嫌疑の明白性を欠くものであって違法と評価すべきことは前述したとおりであるが,その上,その逮捕の必要性があったとも認められない。すなわち,本件ミニカッターの隠匿携帯という軽犯罪法違反の罪質自体が微罪というべきものである上,被告人はC警察官の求めに応じて二度とも素直にこれを提示し,これを投棄,隠匿したり,携帯の事実を否定するような言動はしていなかった。その携帯理由についても,職務質問時には前述のとおり,「いざというとき役に立つ」というある意味ではあいまいな供述をしていたが,逮捕後には,一貫して釣りや日常生活の様々な用途に使用する旨説明している。この弁解は,携帯について「正当な理由がない」ことを実質的に否認するものであるが,送致を受けた警察官は,これを覆すに足る捜査もしないまま,被告人のこの弁解を上申書に記載させ,警察官調書を作成しただけで隠匿携帯の事実を認めたとして釈放している。ましてや,検察官が逮捕の必要性の根拠としてあげた本件ミニカッターが連続コンビニ強盗など何らかの犯罪に使用された可能性などについては,捜査された形跡もない。なお,検察官は,本件ミニカッターが犯罪に使用される可能性を逮捕の必要性の根拠の一つとして指摘しているが,これは,刃物を使用した犯罪の予防という軽犯罪法の立法目的と逮捕の必要性を混同した主張であり,失当である。
 
以上のとおり,被告人に対する覚せい剤取締法違反の嫌疑が高まりながら,被告人に警察署への任意同行等を拒絶され,任意で捜査を継続することが著しく困難な段階になった後に本件逮捕が具体的に検討されたこと,軽犯罪法違反による現行犯人逮捕の要件を欠くか,仮にこの点を逮捕者が誤認したとしても逮捕の必要性がないのに,本件逮捕が敢行されたこと等の本件逮捕に至る経緯を総合的に検討すると,本件逮捕は,主として,被告人に対する覚せい剤取締法違反の捜査を進めるために行われた別件逮捕であると推認される。
 
C警察官も,被告人を本件ミニカッターの携帯の事実で逮捕するに当たっては,被告人の覚せい剤使用の嫌疑が高まり,強制採尿令状の発付を受けることが可能と考えたが,深夜であり小倉北署の令状請求の態勢が整っていない問題があること,強制採尿令状の発付までには3時間ほどはかかるため,その間被告人を現場に留め置くことの法的根拠や任意性の問題が生じること,被告人を留め置かないとした場合,深夜のため区役所への在籍照会ができず,被告人が運転免許証記載の住所に住んでいるのか確認できない状況にあったことなどを理由に,被告人を本件ミニカッター携帯の事実で銃砲刀剣類所持等取締法違反又は軽犯罪法違反で逮捕することを検討した旨,公判で供述している。
 
以上の事実を総合すると,C警察官は,被告人に対し,覚せい剤取締法違反(使用)の嫌疑を高め,強制捜査の必要性を認めたが,職務質問の時点では,覚せい剤取締法違反の事実で直ちに被告人の身柄を拘束するだけの根拠を持たないために,本件ミニカッターの携帯という軽犯罪法違反による現行犯人逮捕という形式を利用し,現行犯人逮捕に伴って無令状で被告人の自動車の車内を捜索したり,被告人を小倉北署に引致して,強制採尿令状を請求・執行するために,その身柄を確保したりするなど覚せい剤取締法違反の捜査を行う目的で本件逮捕に踏み切ったものと認められる。そうすると,本件逮捕は,実質的にみて,令状によらずに覚せい剤使用の嫌疑で逮捕したものであって,令状主義の精神を没却する重大な違法があるというべきである。
イ 検察官の主張について
 
検察官は,軽犯罪法違反による逮捕の必要性のほかに,軽犯罪法違反の弁解録取を担当した警察官が覚せい剤取締法違反に関する取調べを一切行っていないこと,生活安全捜査係のG警察官らが覚せい剤取締法違反の捜査状況を特段考慮することなく,午前中に被告人の釈放の方針を決めたこと,G警察官らが,釈放後も引き続き被告人の軽犯罪法違反に関する取調べを行い,供述調書を作成したこと等も,本件逮捕が覚せい剤取締法違反の捜査を目的とした別件逮捕でないことを根拠づける事実として指摘している。
 
しかしながら,軽犯罪法違反による逮捕の必要性が認められないことは前述したとおりであり,薬物銃器係のE警察官らは,被告人が軽犯罪法違反による弁解録取手続を終えた直後,被告人に対し,尿の任意提出を求め,これを拒絶されると,強制採尿令状を請求する準備を始めるなど,覚せい剤取締法違反の捜査を並行して励行している。また,同警察官は,被告人を留置場に収容中に本件採尿令状を取得し,その旨を生活安全捜査係に連絡しているが,これは,生活安全捜査係が被告人を釈放し,身柄を解放しても,被告人が警察署内にいるうちに本件採尿令状を執行できるように係間で態勢を整えたものと考えられる。実際,被告人が釈放されたのは本件採尿令状が発付された後である。釈放後,軽犯罪法違反について任意の取調が行われたのは,先に身柄を取った軽犯罪法違反の捜査の区切りをつけるためであり,仮に,釈放後そのまま身柄を解放することになれば,その段階で本件採尿令状を執行したと想像できる。本件逮捕後の軽犯罪法違反の捜査の経過をもって,本件逮捕が覚せい剤取締法違反の捜査を目的とした別件逮捕であることを否定することはできない。
3 エンジンキーを抜き取るなどした行為の適法性
 
なお,弁護人は,C警察官が被告人の自動車のエンジンキーを抜き取り,取上げるなどしたことは,必要性を欠く違法な措置である旨主張している。
 
しかし,先に認定したとおり,被告人の自動車の停車状況が不審であり,職務質問に当たったC警察官が助手席のHに対し強盗の嫌疑を抱いたが,同人の態度から,自動車を急発進させ,事故につながる危険等が予想された。このような状況で,C警察官がエンジンキーを抜き取った行為は,警察官職務執行法による職務質問を行うため停止させる方法として必要かつ相当な行為であったと認められる。また,被告人に対しても,職務質問の結果,覚せい剤を使用していることが強く疑われ,職務質問を継続する必要性は更に高まっていたといえるから,C警察官が,被告人にエンジンキーを示した上で,これを被告人の目の届く場所に置いた行為も必要かつ相当な行為であったと認められる。
 
以上のとおり,エンジンキーに関するC警察官の各行為に違法な点は認められない。
4 本件鑑定書の証拠能力
(1)判断
 
本件鑑定書は,平成23年1月19日に本件採尿令状に基づき小倉北署において差し押さえた被告人の尿を鑑定したものである。
 
本件逮捕は,軽犯罪法違反の嫌疑の明白性を欠くのみならず,主として覚せい剤取締法違反の捜査を行う目的で行われた別件逮捕であり,その違法の程度は,令状主義の精神を没却するような重大なものであることは先に検討したとおりである。
 
C警察官は,被告人の身柄を確保し,被告人に対する強制採尿令状の執行を確実に行う目的で,本件逮捕に踏み切った。被告人が小倉北署に引致された後,覚せい剤取締法違反の嫌疑があることを引き継いだ薬物銃器係の警察官は,強制採尿令状の請求手続を励行し,本件採尿令状の発付やその執行について軽犯罪法違反の捜査を担当する生活安全捜査係の警察官らと連携した上で,釈放後も軽犯罪法違反の任意取調のために小倉北署から退去できず,取調室に留め置かれたままの被告人に対し,その取調終了後直ちに本件採尿令状を執行して被告人の尿を差し押さえた。このような経過からすれば,本件の被告人の尿の差押えは,本件の違法逮捕と同一の目的のもとにその目的を実現したものであり,かつ,違法逮捕の結果を利用して行われたものというべきである。そして,このような差押えによって得られた尿の鑑定書も,違法な逮捕によって得られた証拠として違法な証拠と評価せざる得ないことになる。
 
仮にこのような違法逮捕を利用して得られた証拠である本件鑑定書を証拠として許容することになれば,警察官が,覚せい剤使用の嫌疑を抱いた者に対し,強制捜査(例えば,強制採尿)を確実に実行する目的で,別の事件の嫌疑により,これに犯罪の明白性がなくてもひとまず現行犯人逮捕して身柄を確保し,その違法逮捕中に強制採尿令状を取得しさえすれば,後にこの事件では釈放することになるにしても,被告人の尿を確実に差し押さえるという目的は達成できるという結果となり,本件逮捕と同様の別件逮捕を助長するおそれがある。そうすると,本件鑑定書を許容することは,将来における違法捜査を抑制する観点から相当でなく,本件鑑定書の証拠能力を否定すべきである。
(2)検察官の主張について
 
検察官は,〔1〕本件逮捕前に収集していた証拠資料だけでも,強制採尿令状請求の疎明資料として十分であったから,本件逮捕によって得られた証拠によって本件採尿令状が発付されたとは評価できない,〔2〕被告人の尿は,本件逮捕を直接利用して収集されたものではなく、適法に発付された本件採尿令状に基づいて差し押さえられた証拠である,〔3〕本件採尿令状の請求資料には,軽犯罪法違反による現行犯人逮捕手続書も含まれており,本件逮捕にも司法審査は及んでいる,〔4〕被告人は住居地で家族と生活していたから,本件逮捕がなかったとしても,住居地にいる被告人に対して本件採尿令状を執行することは可能であったなどと主張して,本件逮捕と被告人の尿の差押えとの間に関連性がない旨主張する。
〔1〕について。確かに,本件職務質問の際に被告人に覚せい剤使用者特有の風貌挙動等が認められ,腕に注射痕も確認できたこと,被告人が覚せい剤の使用を否認しながら,尿の提出を頑なに拒絶していたことなどの被告人の覚せい剤使用を推認させる事実を明らかにした捜査報告書,被告人の覚せい剤取締法違反の前科を示す犯罪経歴報告書等の証拠資料によって,被告人に対する強制採尿令状の発付を受けることができた可能性はある。本件採尿令状の請求資料には,本件逮捕後に得られた両腕の注射痕の写真撮影報告書や自動車内から発見されたストローに関する証拠も含まれてはいたが,本件採尿令状が違法な本件逮捕を利用して発付されたとは認められないといえる。 
〔2〕について。本件が,違法な身柄拘束を利用して強制的に尿を提出させたものではなく,一定の司法審査を経た令状に基づいて尿を差し押さえたものであるとしても,上記のとおり,被告人の尿の差押えは,本件逮捕と同一の目的のもとにその目的を実現したものであり,かつ,本件逮捕によって実現された被告人の身柄の確保という結果を直接利用して行われたと評価でき,その限りでは,本件採尿令状の執行は,違法な本件逮捕に密接に関連するということができる。検察官は,本件採尿令状の執行が,釈放から約3時間経過した後に行われ,その間被告人が形の上では任意で取調に応じて小倉北署内に留まり,自由に電話等もし,行動の自由を奪われてはいなかった点を指摘する。しかし,先に述べたとおり,薬物銃器係の警察官と生活安全捜査係の警察官は,本件採尿令状の執行を円滑に行うために相互に連絡態勢を取っており,任意取調中も被告人の動静は常に警察官の監視下にあったと認められるので,もし被告人が小倉北署から退去しようとすれば,即座に本件採尿令状が執行されていたと考えられるから,本件逮捕の結果により被告人が小倉北署内に留め置かれた状態を利用して本件採尿令状の執行が行われたという評価を変更するものではない。
〔3〕について。本件採尿令状を発付した裁判官が本件逮捕に関する資料も検討し,本件逮捕手続について一定の司法審査の機会が与えられていたとしても,そのことのみを理由に,当該令状に基づいて得られた証拠の証拠能力が認められると解することはできない。迅速性や機動性が要求される令状審査の段階で,しかも未だ被疑者に弁護人も就かず,違法捜査等の争点も明確になっていない段階で,裁判官が,公判で提起される可能性のある各種争点を予想して疎明資料の追加や釈明を求める等の審査をすることは不可能であるし,令状請求の疎明資料は,一方当事者である捜査機関側だけが提出するものであり,捜査報告書,供述調書等の伝聞証拠が少なくなく,それらを検討したからといって,司法審査が尽くされたということもできない。実際,本件採尿令状請求に当たって本件逮捕に関する現行犯人逮捕手続書が疎明資料として添付されてはいるものの,その記載内容は明らかでなく,少なくとも,本件採尿令状の発付に当たって違法逮捕の争点が公判同様に検討されたことを認めるに足りる証拠はない。
〔4〕について。被告人が本件逮捕の影響なく行動している状態で本件採尿令状の執行が行われた場合には,違法の問題は生じないが,C警察官は被告人を一旦帰宅させると強制採尿令状の執行が困難になると想定したからこそ,本件逮捕に及んだ上,釈放後種々の手続のため警察署内に留まっていた被告人に対して,薬物銃器係の警察官があえて本件採尿令状を執行したものである。本件においては,違法逮捕と本件採尿令状の執行が密接に関連しており,違法逮捕がなくても覚せい剤の体内残留期間内に強制採尿を行うことができた可能性があるというような理由で尿やその鑑定書の証拠能力が肯定されることになれば,このような違法逮捕を抑制することはできず,相当でない。
 
したがって,検察官の上記主張はいずれも採用できない。
第3 結論
 
以上のとおり,被告人の尿から覚せい剤成分が検出されたとする本件鑑定書について証拠能力は認められないから,これを証拠排除することとする。
 
そうすると,本件公訴事実について被告人は自白しているが,被告人が覚せい剤を使用したという点を裏付けるに足りる補強証拠が存しないことになるので,犯罪の証明がないことに帰する。
 
よって,刑事訴訟法336条により,被告人に対し,無罪の言い渡しをする。
(求刑 懲役3年)
平成24年1月5日
福岡地方裁判所小倉支部第2刑事部
裁判長裁判官 大泉一夫 裁判官 冨田敦史 裁判官 關隆太郎

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