その他福岡13(法人税法)

その他福岡13(法人税法)

福岡地方裁判所/平成12年(わ)第1260号等

主文
被告会社甲野建設株式会社を罰金1500万円に,被告人乙山一郎を懲役3年に,被告人丙川二郎を懲役2年に,それぞれ処する。
この裁判が確定した日から,被告人乙山一郎に対して5年間,被告人丙川二郎に対して4年間,それぞれその刑の執行を猶予する。
被告人丙川二郎から金100万円を追徴する。

理由
(罪となるべき事実)
 
被告会社甲野建設株式会社(平成14年4月1日商号変更。旧商号「乙山建設株式会社」。以下,「被告会社」もしくは「乙山建設」という。)は,福岡市東区箱崎×丁目××番××号に本店を置き,土木,建築工事の請負等を目的とする資本金5000万円の株式会社であり,被告人乙山一郎は,同社の代表取締役として同社の業務全般を統括していたものであるが,
第1 被告人乙山一郎は,被告会社の取締役であった乙山三郎と共謀の上,同社の業務に関し,法人税を免れようと企て,架空外注費を計上するなどの方法により,所得を秘匿した上
1 平成8年7月1日から平成9年6月30日までの事業年度における被告会社の実際所得金額が3億2760万4717円(別紙1の修正損益計算書〈略〉参照)であったにもかかわらず,平成9年9月1日,福岡市東区馬出1丁目8番1号所在の所轄博多税務署において,同税務署長に対し,同事業年度分の所得金額が2億1217万7401円で,これに対する法人税額が8202万5800円である旨の虚偽の法人税確定申告書(平成12年押第284号の1)を提出し,そのまま法定納期限を徒過させ,もって不正の行為により,同社の同事業年度における正規の法人税額1億2071万0900円とその申告額との差額3868万5100円(別紙2のほ脱税額計算書〈略〉参照)を免れた。
2 平成9年7月1日から平成10年6月30日までの事業年度における被告会社の実際所得金額が3億7546万5535円(別紙3の修正損益計算書〈略〉参照)であったにもかかわらず,平成10年8月31日,前記博多税務署において,同税務署長に対し,同事業年度分の所得金額が3億5227万2402円で,これに対する法人税額が1億3668万8900円である旨の虚偽の法人税確定申告書(平成12年押第284号の2)を提出し,そのまま法定納期限を徒過させ,もって不正の行為により,同社の同事業年度における正規の法人税額1億3858万6200円とその申告額との差額189万7300円(別紙4のほ脱税額計算書〈略〉参照)を免れた。
3 平成10年7月1日から平成11年6月30日までの事業年度における被告会社の実際所得金額が5億5751万6029円(別紙5の修正損益計算書〈略〉参照)であったにもかかわらず,平成11年8月31日,前記博多税務署において,同税務署長に対し,同事業年度分の所得金額が4億5631万0275円で,これに対する法人税額が1億7706万6900円である旨の虚偽の法人税確定申告書(平成12年押第284号の3)を提出し,そのまま法定納期限を徒過させ,もって不正の行為により,同社の同事業年度における正規の法人税額1億9558万3000円とその申告額との差額1851万6100円(別紙6のほ脱税額計算書〈略〉参照)を免れた。
第2 被告人乙山一郎は,福岡市が筥松第4ポンプ場築造工事を公募型指名競争入札に付することに決定し,乙山建設ほか23社を指名競争入札参加業者として指名し,平成10年5月7日前記入札を行うこととしていたところ,乙山建設の常務取締役丁田四郎及び前記工事の公募型指名競争入札参加業者として指名された株式会社戊原組の取締役副社長己野五郎ほか22社の営業担当者らと共謀の上,公正な価格を害する目的をもって,平成10年4月中旬ころから同月下旬ころまでの間,福岡市東区馬出×丁目×番××号株式会社戊原組本社事務所等において,乙山建設を前記工事の落札予定業者とし,ほかの会社は乙山建設の入札価格より高い価格で入札することによって,前記工事を同社に落札させる旨の協定をし,もって談合した。
第3 被告人丙川二郎は,平成10年4月1日から同11年4月15日までの間,福岡市財政局長として同市が発注する各種工事の請負契約の締結等その事務全般を掌理していたものであるが,
1 被告人丙川二郎は,平成10年7月29日,福岡市中央区天神×丁目×番×号飲食店「カフェテラスルビー」店内又はその付近において,被告人乙山一郎から,乙山建設が福岡市発注の筥松第4ポンプ場築造工事を受注するにあたって便宜な取り計らいを受けたことに対する謝礼及び今後の福岡市発注の公共工事についても同様の取り計らいを受けたいとの趣旨のもとに供与されるものであることを知りながら,現金100万円の供与を受け,もって自己の前記職務に関して賄賂を収受した。
2 被告人乙山一郎は,前記1記載の日時,場所において,被告人丙川二郎に対し,同記載の趣旨のもとに,現金100万円を供与し,もって同人の職務に関して賄賂を供与した。
(証拠の標目)〈略〉
(第3の各事実に関する事実認定の補足説明)
第1 争点
1 判示第3の各事実について,被告人両名の各弁護人は,判示の日時場所において,被告人両名が会った事実はあるが,被告人乙山一郎(以下,「被告人乙山」という。)が被告人丙川二郎(以下,「被告人丙川」という。)に対して現金100万円を供与した事実はないから,判示第3の贈収賄の各事実については,被告人両名はいずれも無罪である旨主張し,被告人両名もこれに沿うような供述をしているので,以下,検討する。
2 ところで,検察官は,被告人乙山の1998年(平成10年)の手帳(平成12年押第284号の10。以下,「本件手帳」という。)の7月29日と印刷された欄に,別紙7〈略〉のとおり,「P6時 庚山ルビー.丙川局長.盆あいさつ.100.ー」と記載があり(以下,「本件記載」という。),この記載は本件の現金100万円の供与の事実を記載したものであると主張するところ,被告人両名の各弁護人は,本件手帳は刑事訴訟法323条3号所定の「特に信用すべき情況の下に作成された書面」(以下,「3号書面」という。)には該当しないから,同条号に基づく本件手帳の証拠採用決定は違法であるとして,本件手帳の証拠能力を争い,また,本件手帳の作成者である被告人乙山は,公判において,本件記載は,被告人丙川に対して,午後6時に,判示の「カフェテラスルビー」において,中元の趣旨で,現金100万円を渡そうと思って記載したものであって,過去の事実を記載したものではなく,予定を記載したものであり,実際には,現金100万円を渡す前に,被告人丙川に中元の挨拶はやめて欲しい旨言われて,現金100万円を渡すことを断念した旨供述している。そこで,〔1〕本件手帳が3号書面に該当するか,〔2〕本件手帳中の本件記載が単なる予定を記載したものに過ぎないのか,それとも過去の事実を記載したものであるのかが,本件の中心的な争点である。
第2 本件手帳の3号書面該当性について
1 そこで,まず,本件手帳が3号書面に該当するか否かについて検討する。
2 本件手帳の体裁等
(1)本件手帳は,表紙を含めて88丁の紙片からなる手帳であり、そのうち使用者が記載することを予定している部分について大別すれば,表紙側から順に,〔1〕1997年(平成9年)の12月から1999年(平成10年)の3月まで,各頁毎に1か月分の日付が印刷されており,見開きで2か月分の日付の印刷がある部分(以下,「月間記載欄」という。),〔2〕1997年(平成9年)12月1日月曜日から同年12月7日日曜日までの1週間から始まり,1999年(平成11年)3月29日月曜日から同年4月4日日曜日までの1週間までで終わる,左頁に1週間分の日付が印刷されており,右頁には罫線のみが印刷されている,見開きで1週間分の日付の印刷がある部分(ただし,1999年〔平成11年〕2月1日月曜日から始まり同年2月7日日曜日までで終わる1週間以降は,右頁にも1週間分の日付が印刷されており,見開きで2週間分の日付の印刷がある。以下,「週間記載欄」という。なお,週間記載欄中,特定の日付が印刷されている欄を「日誌欄」という。),〔3〕見開きの両頁とも罫線のみが印刷されている部分(以下,「自由記入欄」という。)という3つの部分により構成されていることが認められる。
(2)そして,その記載状況についてみると,まず,月間記載欄については,1997年(平成9年)12月の日付が印刷されている頁を除いて,1998年(平成10年)1月から1999年(平成11年)3月の日付が印刷されている頁までは,何らかの記載がなされていることが認められる。 
 
また,週間記載欄については,1998年(平成10年)1月1日の日誌欄から1999年(平成11年)1月3日の日誌欄に至るまでのいずれの日誌欄にも,記載がなされていることが認められる。
(3)この日誌欄の記載は,ほぼ全ての日誌欄に共通して,左端のほぼ定位置に天候が記載され,日付の印刷右側記載欄には起床時刻の記載から始まり帰宅ないし就寝の記載まで,時系列に従った記載がなされている。また,その記載方法は,時刻毎あるいは事項毎に行を改めて記載するといった方法ではなく,3行ないし6行程度にわたって,起床時刻の記載から帰宅ないし就寝の記載までをあたかも一つの文章であるかのように連ねて記載するといった方法であり,日誌欄でその記載が終わらない場合には,その右側の頁にさらに続けて記載されている(別紙7〈略〉参照)。週間記載欄の右頁には,このように日誌欄の記載が続けて記載されているほか,それとは明らかに独立した人名や電話番号などの記載も認められる。
(4)この記載内容は,極めて多岐にわたるが,概ね起床の記載に始まり,出社と思われる記載以降,訪問先,面会者,面会事項等,業務に関係すると認められる記載が続き,その後,会食や2次会の記載を経るなどして,概ね帰宅の記載で終わっている。また,交際していた女性に関わる記載やゴルフのスコアの記載など私的な記載も多数認められ,さらに,本件記載と同様に,時刻,場所,人名,数字が組み合わされた記載も多数認められる。
 
そして,これらの記載内容は,例えば,ゴルフのスコアの記載にしても他人のスコアまで記載されているし,業務に関係すると認められる記載の中にも「机上整理」や「休養」などの記載が散見され,また,昼食の内容や場所についての記載が認められるなど,総じて,実に些細なことまで,事細かに記載されていると認められる。
3 本件手帳の作成目的・作成経過
(1)本件手帳の作成目的や作成経過について,本件手帳の作成者である被告人乙山は,公判においては,わずかに弁護人からの質問に対して「手帳は大体昼間にちょこちょこっと書きます。」「あったことを備忘のために書くし,また,その日1日の出来事を大体予定まで含めて書いています。」と答えているに止まり,検察官や裁判所からの質問には答えようとせず,また,その検察官調書を見ても,「押収された私の手帳に記載されているとおり,受注を取るために,ゼネコン関係者などに裏金をあげてきました。」との供述が認められるくらいで,本件手帳の作成目的や作成経過について明確に供述しているところはないから,本件手帳の作成目的や作成経過についてはやはり判然としないところがあることは否定できない。
(2)しかしながら,本件手帳は,既に述べたとおり,被告人乙山が使用した1998年(平成10年)の手帳であるが,このような被告人乙山が使用した手帳は,1998年(平成10年)のもののみならず,1990年(平成2年)から1997年(平成9年)までの各年分の手帳も証拠請求されているところ(平成12年押第284号の8,9,11ないし16;以下,本件手帳を含めたこれら9冊の手帳を総称する際には,「乙山手帳」という。),乙山手帳は必ずしも同一の種類の手帳ではないことからそれらの体裁等は必ずしも同一ではないものの,いずれにも日誌欄に相当する部分が存在し,概ね全ての日誌欄に記載があることやその記載方法,記載内容等は,概ね本件手帳と同様であることが認められる。
 
そうすると,本件手帳は,平成2年から9年間にわたって,継続的に作成されてきたものの一部分に位置づけられるということができ,また,そのように長期間にわたって継続的に作成してきたものである以上,それが業務に関連を有するような重要な目的であるのか,あるいは自らの過去を回顧する際の手がかりとなるようにとの全くの個人的な目的であるのかは不明であると言わざるを得ないものの,少なくとも何らかの目的をもって作成されたものと解するのが相当である。
(3)なお,1990年(平成2年)の手帳については,本件手帳の自由記入欄に相当する部分に,左から,日付,数字,人名,「部長昇任」「餞別」などの趣旨と認められる記載などが順次記載されている一覧表形式の記載部分(以下,「一覧表部分」という。)が存在し,1991年(平成3年)及び1992年(平成4年)の手帳についても,本件手帳の自由記入欄に相当する部分に一覧表部分が存在する。また,1996年(平成8年)の手帳の背表紙のポケット部分には,13丁の紙片が半透明のテープで綴じられたものが入れられているところ,その綴りの1丁表には「93」という記載があり,1丁裏より3丁表にかけて,一覧表部分が認められるとともに,3丁表にはその各月分の数字の集計と認められる記載があり,続いて,4丁表には「1994」という記載があり,5丁表から6丁表にかけて,一覧表部分が認められ,7丁表には「1995」という記載があり,9丁表から10丁表にかけて,一覧表部分が認められ,さらに,11丁裏から13丁表にかけて,「96 1 10」から始まる一覧表部分が認められ,結局,これらは,1993年ないし1996年の一覧表部分であると認められる。そして,1997年(平成9年)の手帳の背表紙のポケット部分にも,2丁の紙片が入れられているが,「97年」と記載があるこの紙片は,同手帳の一覧表部分であると認められる。
 
このように,本件手帳以外の乙山手帳には,関係各証拠から金銭の交付をまとめて記載したと認められる一覧表部分が存在することも,本件手帳の位置づけとの関係で指摘しておくべき重要な事実である。
4 辛野六郎作成の業務日誌との符合
(1)本件手帳は,平成9年7月ころから被告人乙山が使用する社長車の運転手を務めていた辛野六郎(以下,「辛野」という。)が作成した業務日誌4冊(平成12年押第284号の4ないし7;以下,「辛野ノート」という。)の対応部分によく符合することが認められる。
(2)そして,この辛野ノートは,平成12年3月28日,福岡国税局の係官により,福岡市東区箱崎×丁目××番××号の当時の乙山建設の本社において発見押収されたものであり(なお,差押てん末書抄本(甲586)の別紙差押目録の備考欄には「二階備品室」「キャビネットNo.6」などと場所についての記載がなされているところ,辛野ノートにかかる備考欄には「建築部辛野机中」との記載がなされており,乙山建設の辛野のデスクの中から発見されたことが窺われる。),作成者である辛野によれば,同人が乙山建設に入社した平成7年11月13日から,会社で実際にあった出来事を中心に,翌朝に出社したときに記載していたものであり,会社の命令で作成した帳簿ではなく,あくまで個人的に記載していたものであることが認められる。
 
そうすると,この辛野ノートは,辛野が,その業務に関し,記憶の鮮明な翌朝毎に,平成7年11月13日以来約3年間にわたって,継続的に記載してきたものであると認められ,上司等他人に見せることを予定して作成したものでないとはいえ,敢えて虚偽の記載をすべき理由もなく,現実には行っていない場所を記載したことはない旨辛野が供述していることをも併せ考えれば,刑事訴訟法323条2号所定の書面に準じた高い信用性を有する書面であるということができる。
(3)したがって,このような高い信用性を有する辛野ノートの対応部分によく符合する本件手帳の記載内容も,全般的にその信用性は高いということができる。
5 結論
 
以上検討してきたところによれば,本件手帳は,平成2年から9年間にわたって,一定の目的のもとに,継続的に作成されてきたものの一部分に位置づけられること,その日誌欄は実に事細かく記載されていること,したがって記憶の鮮明な時期に記載しなければ到底記載することができないとみられること,その記載内容には業務に関する記載が少なからず含まれていること,その業務に関して高い信用性を有する辛野ノートとよく符合し,全般的にその記載内容の信用性は高いとみられることを認めることができるから,本件手帳は,刑事訴訟法323条3号所定の「特に信用すべき情況の下に作成された」ものということができる。
 
したがって,本件手帳を3号書面に該当するとして採用した証拠決定に誤りはなく,弁護人の主張は理由がない。(なお,被告人丙川の弁護人は,被告人乙山に対して本件手帳の記載方法,記載内容等を質問した後に,本件手帳を採用したこと自体不当として,3号書面をその書面自体で信用すべき情況が明白である場合に限定すべきと主張しているものと解されるが,そのように判断資料を限定しなければならない合理的理由はないばかりか,かえって刑事訴訟法323条2号所定の書面よりも非類型的である3号書面に該当するかの判断に際しては,より一層作成者の証言等によって作成状況や作成過程を立証する必要性が高いといえるから,作成者の証言等も判断資料とすることができると解すべきであって,もとより弁護人の前記主張は採用できない。)
第3 本件記載の意味について
1 次に,本件記載が単なる予定を記載したものに過ぎないのか,あるいは過去の事実を記載したものであるのか,について検討する。
2 本件手帳を含む乙山手帳の記載等
(1)まず,前記第2の2のとおり,本件手帳の月間記載欄と日誌欄にはいずれも記載がなされているところ,別紙8〈略〉のとおり,月間記載欄と日誌欄とで同じ事項についての記載が多数存在し(日誌欄については,いずれも起床時刻の記載から帰宅ないし就寝の記載までをあたかも一つの文章であるかのように連ねて記載した部分の中にその記載がある。),かつ,日誌欄の記載の方がより詳細な記載となっていることが認められる。
(2)また,本件手帳を除く乙山手帳の一覧表部分には,別紙9〈略〉のとおり,交付した現金を返却されたことを意味するとみられる記載が認められる。なお,交付した日と返却された日が異なるとみられる1992年8月24日及び同年11月30日の各500万円の交付については,それぞれ日誌欄にも返却の記載が認められ,同年9月8日の日誌欄には「壬川専ムより500万返さる」と記載され,同年12月9日の日誌欄には「癸山支店長500の内300返して来る」と記載されている。
(3)また,別紙9〈略〉にもみられるように,本件手帳を除く乙山手帳の一覧表部分には,従前の記載を棒線によって抹消している部分が認められるが,本件手帳の日誌欄においても,例えば,本件記載と同じ見開きの右頁上部の「子田」「丑原」「寅野」「卯山」「辰川」「巳原」の各記載のように,従前の記載を棒線によって抹消している部分が認められる(別紙7〈略〉参照)。なお,それらの各記載は,名前の先頭を揃えるような形で一列に記載されているところ,1998年8月4日の日誌欄に「P1時40午田.子田氏.盆用.100.ー」と記載され,同年7月30日の日誌欄に「P1時丑原市ギ盆あいさつ100ー」と記載され,同年8月7日の日誌欄に「11.45癸山支店長盆中元100.ー」と記載され,同年7月31日欄に「10.30ニュー大谷卯山盆用100.ー青葉の件」「11.30戊原組辰川常ム盆用100.ー」「11時巳原中元」と記載されていることが認められる。
(4)さらに,本件手帳を除く乙山手帳の一覧表部分には,例えば,1997年9月11日には「墓参り」として200万円を,同年10月7日には「ハワイ行」として100万円を,それぞれ「本人」に交付したとみられる記載があり,このように被告人乙山自身が現金を使用したとみられる記載も存在する。
 
もっとも,日誌欄には,交際していた女性に現金を交付したとみられる記載なども存するところ,これらについては一覧表部分には記載されていないから,乙山建設とは関係ない被告人乙山の個人的な用途に使用した現金全てが記載されているものとは認められない。
(5)本件手帳の日誌欄のうち,起床時刻の記載から帰宅ないし就寝の記載までをあたかも一つの文章であるかのように連ねて記載した部分の記載には,例えば,多数認められるゴルフのスコアの記載や,別紙8〈略〉を例にとれば,1月24日や7月13日の記載のように,明らかに過去の体験的事実を記載したと認められる記載が多数認められる。
(6)本件手帳を除く乙山手帳の一覧表部分のうち,被告人丙川に関連すると思われる記載は,別紙10〈略〉のとおりであり,また,乙山手帳の日誌欄のうち,別紙10〈略〉に対応する記載及び被告人丙川に対する現金の交付の記載とみられる記載は,別紙11〈略〉のとおりである。さらに,本件手帳及びその前年である1997年(平成9年)の手帳の日誌欄のうち,被告人丙川に関連すると思われる記載は,別紙12〈略〉のとおりである。
3 本件記載の体裁等
 
本件記載は,本件手帳の7月29日の日誌欄に記載されているものであるが,別紙7〈略〉のとおり,同日の日誌欄は,前記第2の2(3)で述べたような起床時刻の記載から帰宅の記載までをあたかも一つの文章であるかのように連ねて記載する方法によって記載されており,本件記載は,そのような一連の記載の中にあって,「P3時福岡インターにてクラウン乗継ぎ未川整骨腰治療」に続けて記載され,本件記載に続けて「P7時帰宅」と記載されている。
4 その他の証拠上認められる事実
(1)被告人丙川は,昭和41年に福岡市役所に採用された後,昭和63年4月1日に市長室主幹(報道及び儀典担当)に,平成元年10月7日に市長室長に,平成5年4月1日に市民局長に,平成6年4月1日に経済振興局長に,平成10年4月1日に財政局長に,平成11年4月16日に保健福祉局長にそれぞれ昇任ないし転任しており,平成10年7月29日当時は財政局長の職にあった。
(2)平成元年度から平成12年度までの乙山建設における福岡市発注工事の受注状況は,別紙13(甲393号証の資料入手報告書添付の表3枚に同じ。)〈略〉のとおりであり,また,平成2年度から平成12年度までの間に乙山建設が入札に参加した福岡市発注の公共工事及びその入札状況等は,別紙14の「乙山建設(株)が入札に参加した工事案件調べ【平成2年度~平成12年度(12月末現在)】」(甲394号証の資料入手報告書添付の同名の書類に同じ。)〈略〉のとおりであり,さらに,平成7年度から平成12年度までに,乙山建設が入札に参加した福岡市水道局発注の公共工事及びその入札状況等は,別紙15の「乙山建設(株)が参加した請負工事の入札状況」(甲395号証の資料入手報告書添付の同名の書類に同じ。)〈略〉のとおりである。
(3)福岡市が発注した筥松第4ポンプ場築造工事は,公募型指名競争入札により請負人を選定することとされ,平成10年5月7日に入札が実施されたが,乙山建設が税抜き価格5億2900万円で落札した。なお,この工事の設計金額は5億7330万円(税抜き価格5億4600万円)であった。
(4)福岡市内の建設業者の間では,被告人丙川が平成10年4月に財政局長に就任する以前から,同人が福岡市発注の公共工事の受注業者を決定する際に影響力を持っていると噂されており,建設業者の担当者の中には,市役所に被告人丙川を訪ねてあいさつしたり,あるいは,市役所内の被告人丙川の名刺置きに名刺を置いて行ったり,さらには,被告人丙川に好感を持たれることを期待して,被告人丙川が交際している女性が経営しているとされる飲食店を利用する者が複数存在した。
5 被告人乙山及び被告人丙川の供述要旨
(1)被告人乙山の供述要旨
 
被告人丙川とは,平成2年ころにゴルフで知合いになり,それから何年か経ってから,お中元やお歳暮として,現金を贈るようになった。友人から,被告人丙川の妻が病気で大変困っていると聞いたので,何らかの足しになればという軽い気持ちだった。公務員に現金を持っていくことになるが,そのときは別に職務権限もないし,お願いする訳でもないし,問題だとは思っていなかった。
 
平成10年7月29日にも,それまでと同様に,お中元として現金100万円を渡そうと思って,公訴事実記載の「カフェテラスルビー」に行ったが,現金100万円を差し出す前に,被告人丙川から,「もう今までのような盆,暮れのことはやめてくれ。」と言われたので,財政局長になったことで立場上やめてくれと言われたのかと思って,現金を渡すことはしなかった。今までは友達として少し気安く付き合いができたが,財政局長になってからは立場があるので,ちょっと気安くできないような雰囲気を感じた。
 
会う場所を「カフェテラスルビー」に指定したのは自分である。被告人丙川が財政局長になったことから,渡そうか渡すまいかという迷う気持ちもあった。財政局長になったら渡すとまずいという気持ちがあったのだと思う。
 
本件記載は,当日の午後3時から未川整骨院で待っている間に予定を記載したものである。同所において,起床から同所での腰の治療までとともに,その日の大体の行動はこうだろうというところまで書いた。
(2)被告人丙川の供述要旨
 
被告人乙山とは,市長室長のときに,誰からかの紹介で知り合ったと思う。ときどき部屋に訪ねてきて,話をするうちに,気が合ったのだと思う。
 
被告人乙山からは,平成7年にヨーロッパに行ったときの餞別100万円,お盆のお中元,お歳暮を4,5回貰っている。お中元,お歳暮は,100万円だったと思うが,全部がそうだったかは分からない。お中元,お歳暮のときに,被告人乙山から,いろいろ付き合いも多いし,部下の面倒などで金がいるのではないかということを言われ,一旦は断ったものの,被告人乙山が,仕事と関係のあるものではないからいいではないかと言って,置いていったので,貰ってしまった。それらの現金をもらった場所は市役所の局長室であり,のし袋か白封筒かどちらかに入っていた。
 
平成10年7月29日は,被告人乙山からお盆の挨拶に行きたいと言われ,財政局長室では福岡市と取引がある人とは会わないことにしていたので,被告人乙山から指定された公訴事実記載の「カフェテラスルビー」で会うことになった。お盆のあいさつということで,お中元があるのかなあという気がしたが,過去にお中元やお歳暮をもらったことがあったので,電話で断るのは失礼だと考えた。会ってすぐに,「気を遣わないでくれ」と言ったところ,被告人乙山は,「はい,わかりました」と言っており,お中元と思われる金品は差し出されてもいない。平成10年12月24日に,被告人乙山と料亭で会食しているが,お歳暮はもらっていない。
6 検討
(1)本件以前の現金授受について
 
そこで,検討するに,まず,被告人乙山及び被告人丙川は,本件以前には,被告人乙山から被告人丙川に対して,お中元やお歳暮として,4,5回,現金を贈ったことがあると供述しているが,関係各証拠によれば,以下に述べるように,被告人乙山から被告人丙川に対する現金の交付は,公共工事に関連した形でなされたものが少なからず含まれており,交付した回数も4,5回よりは相当に多い回数に及ぶものと認められる。
 
すなわち,本件手帳を除く乙山手帳の一覧表部分のうち,被告人丙川に関連すると思われる記載である別紙10〈略〉,乙山手帳の日誌欄のうち,別紙10〈略〉に対応する記載及び被告人丙川に対する現金の交付とみられる記載である別紙11〈略〉などによれば,

ア 1992年12月11日当時,被告人丙川は市長室長であったところ,別紙11の同日の日誌欄には「市.丙川室長」と記載されているから,別紙10の同日の「HEIKAWA」及び別紙11の同日の「市.丙川室長」の各記載はいずれも被告人丙川を意味すると解するのが相当であるが,(ア)別紙10の同日の一覧表部分には「狛野」,別紙11の同日の日誌欄には「狛野取付路の件」とそれぞれ記載されていること,(イ)乙山建設は,福岡市発注の猪野ダム付替道路築造工事(3工区-2)について,指名競争入札を経て,同月28日に契約していること,(ウ)己野五郎の検察官調書(甲413)によれば,同年の乙山手帳の日誌欄には同工事を指して「猪野」と記載すべきところを「狛野」と書き間違えていると思われる記載が認められることをそれぞれ指摘でき,
イ 1993年4月16日当時,被告人丙川は市民局長であったところ,別紙11の同日の日誌欄には「市役所.丙川市民局長」と記載されているから,別紙10の同日の「丙川」及び別紙11の同日の「丙川市民局長」の各記載はいずれも被告人丙川を意味すると解するのが相当であるが,(ア)別紙10の同日の一覧表部分には「周船寺の件」と記載されていること,(イ)乙山建設は,同日,福岡市発注の周船寺(周船寺2丁目)地区下水道築造工事を落札していることをそれぞれ指摘でき,
ウ 1993年5月14日当時,被告人丙川は市民局長であったところ,別紙11の同日の日誌欄には「丙川局長」と記載されているから,別紙10の同日の「丙川」及び別紙11の同日の「丙川局長」の各記載はいずれも被告人丙川を意味すると解するのが相当であるが,(ア)別紙10の同日の一覧表部分には「香椎パークポート」,別紙11の同日の日誌欄には「香椎の件.あいさつ」と記載されていること,(イ)乙山建設は,同月28日,福岡市発注の香椎パークポート地区平成5年度外貿ヤード整備工事(その3)を,他の会社と組んだJV(事業共同企業体)により落札していることをそれぞれ指摘でき,
エ 1994年2月7日当時,被告人丙川は市民局長であったところ,別紙11の同日の日誌欄には「丙川局長」と記載されているから,別紙10の同日の「丙川」及び別紙11の同日の「丙川局長」の各記載はいずれも被告人丙川を意味すると解するのが相当であるが,(ア)別紙10の同日の一覧表部分には「筑紫ヶ丘トンネル」と記載されていること,
(イ)乙山建設は,福岡市発注の都市計画道路塩原野間線道路改良工事(その2)について,公募型指名競争入札を経て,同年9月20日契約していること,(ウ)申田七郎の検察官調書(甲447)によれば,同工事には筑紫ヶ丘地区におけるトンネル工事が含まれていることをそれぞれ指摘でき,
オ 1994年11月21日当時,被告人丙川は経済振興局長であったところ,別紙11の同日の日誌欄には,「丙川局長」と記載されているから、別紙10の同日の「丙川」及び別紙11の同日の「丙川局長」の各記載はいずれも被告人丙川を意味すると解するのが相当であるが,(ア)別紙11の同日の日誌欄には「塩原の件」と記載されていること,(イ)前記エ(イ)のとおり,乙山建設は,福岡市発注の都市計画道路塩原野間線道路改良工事(その2)を受注していることをそれぞれ指摘でき,
カ 別紙11の1995年7月11日の日誌欄には「市役所.丙川」と記載されているから,別紙10の同日の「丙川」及び別紙11の同日の「丙川」の各記載はいずれも被告人丙川を意味するものと解するのが相当であるが,(ア)別紙10の同日の一覧表部分には「野多目」,別紙11の同日の日誌欄には「野多目の件」とそれぞれ記載されていること,
(イ)己野五郎の検察官調書(甲493)等によれば,同年10月20日に受注JVが決まった福岡市住宅供給公社発注の野多目台住宅造成工事及び集合住宅第1期新築工事について,被告人乙山が,己野に対し,株式会社戊原組が酉野建設株式会社とJVを組むように薦めたことがあったこと,(ウ)乙山建設は,同工事に関して,酉野建設株式会社の下請けに入ったことをそれぞれ指摘でき,
キ 別紙11の1996年6月17日の日誌欄には「市役所丙川」と記載されているから,別紙10の同日の「丙川」及び別紙11の同日の「丙川」の各記載はいずれも被告人丙川を意味するものと解するのが相当であるが,(ア)別紙10の同日の一覧表部分には「香椎パーク」,別紙11の同日の日誌欄にも「香椎パーク」とそれぞれ記載されていること,
(イ)乙山建設は,同年7月1日,福岡市発注の香椎パークポート地区平成8年度13M水路築造工事(その1)を落札していることをそれぞれ指摘でき,
ク 1997年3月12日当時,被告人丙川は,経済振興局長であったところ,別紙11の同日の日誌欄には「市役所丙川局長」と記載されているから,別紙10の同日の「丙川」及び別紙11の同日の「丙川局長」の各記載はいずれも被告人丙川を意味するものと解するのが相当であるが,(ア)別紙10の同日の一覧表部分には「伏谷 香椎パーク」,別紙11の同日の日誌欄には「香椎パークの話し出る」とそれぞれ記載されていること,(イ)乙山建設は,同年4月30日,福岡市発注の東部(伏谷)埋立場浸出水処理施設土木工事を落札し,同年5月19日,福岡市発注の香椎パークポート地区平成9年度臨港道路〔1〕他2地下埋設物設置工事を落札していることをそれぞれ指摘でき,
ケ 1997年4月16日当時,被告人丙川は,経済振興局長であったところ,別紙11の同日の日誌欄には「市役所.丙川局長」と記載されているから,別紙10の同日の「丙川」及び別紙11の同日の「丙川局長」の各記載はいずれも被告人丙川を意味するものと解するのが相当であるが,(ア)別紙11の同日の日誌欄には「伏谷.香椎の件」と記載されていること,(イ)前記ク(イ)のとおり,乙山建設は,福岡市発注の東部(伏谷)埋立場浸出水処理施設土木工事及び香椎パークポート地区平成9年度臨港道路〔1〕他2地下埋設物設置工事を落札していることをそれぞれ指摘でき,
これらの被告人丙川に関連する乙山手帳の記載と乙山建設が受注した福岡市発注の公共工事の名前が極めてよく符合することが認められる。
 
そして,被告人乙山において,殊更に被告人丙川と公共工事を関連づけた形で,現金の交付がなされたかのような虚偽の記載をする理由はないし,また,これらの記載の大部分について,被告人乙山が述べる本件記載についての弁解のように,現実には現金の授受がなされなかったものの,予定として予め記載していたものの抹消などを怠ったか失念したものと考えることは困難であるから,少なくともこれらの記載の大部分は,被告人乙山及び被告人丙川の供述にもかかわらず,公共工事と関連した形で現金の交付が現実になされたことを意味する記載であると認めるのが相当である。 
 
また,前記イウエオカキクケのとおり,別紙10〈略〉の「人物」欄記載の「丙川」の記載のうち8つの記載は被告人丙川を意味するものと解するのが相当であるところ,同欄の残る9つの「丙川」という記載についても,前記の8つの「丙川」という記載との識別ができるような記載は何らなされていないから,やはり被告人丙川を意味するものと解するのが相当である。
 
そして,これら9つの記載について検討するに,被告人乙山において,殊更に被告人丙川に対して現金の交付をしたかのような虚偽の記載をする理由がないことは後に詳述するとおりであるし,また,これらの記載の大部分について,被告人乙山が述べる本件記載についての弁解のように,現実には現金の授受がなされなかったものの,予定として予め記載していたものの抹消などを怠ったか失念したものと考えることは困難であるから,少なくともこれらの記載の大部分は,被告人乙山及び被告人丙川の供述にもかかわらず,被告人乙山から被告人丙川に対して現金の交付が現実になされたことを意味する記載であると認めるのが相当である。
 
そうすると,別紙10〈略〉の19個の記載は,いずれも被告人丙川に関連する記載であり,少なくとも1994年(平成6年)から1997年(平成9年)までは,いずれの年についても,6月から8月1日の間に少なくとも1個,11月か12月に少なくとも1個の記載が存在し,それらの「数字」欄はいずれも「100」であるところ,少なくともそれらの記載の大部分は,被告人乙山から被告人丙川に現金の交付が現実になされたことを意味しており,また,その中には,公共工事と関連した形で現金の交付がなされたことを意味する記載が少なからず含まれていることを認めることができる。
 
したがって,本件に先立つ1994年(平成6年)から1997年(平成9年)までの間においては,被告人乙山から被告人丙川に対して,概ね定期的に,6月から8月1日の間に1回,11月か12月に1回,それぞれ現金100万円の交付がなされていたことを認めることができる。
(2)本件手帳の日誌欄の記載方法等について
 
次に,本件手帳の日誌欄の記載方法等について検討するに,本件手帳の日誌欄の記載方法は,前記第2の2(3)で述べたとおりであるが,仮に予定を記載するのであれば,それを記載した以降に新たに生じた別の予定であるとか,その予定していた事項に関する状況の変化等のうち重要な事項(例えば,面会の予定であれば,面会前にその話題事項に関して新たに入手した情報や,実際に面会した際に得られた情報。)など,それを記載した以降に改めて記載すべき事項が発生することに備えて,そのような記載ができるだけのスペースを空けて記載するのが通常の記載方法であるといえるから,本件手帳の日誌欄の記載方法からすれば,本件手帳の日誌欄のうち,少なくとも起床時刻の記載から帰宅ないし就寝の記載までをあたかも一つの文章であるかのように連ねて記載した部分(以下,「一文形式による記載部分」という。)については,予定の記載を中心としたものとは考えがたい。加えて,前記第2の2(4)のとおり,本件手帳の日誌欄には,実に些細なことまで,事細かに記載されているところ,前記第3の2(5)のとおり,それらの記載の中には,明らかに過去の事実を記載したと認められる記載が多数存在する上,前記第3の2(1)のとおり,月間記載欄と日誌欄の一文形式による記載部分には同じ事項についての記載が多数存在し,かつ,日誌欄の一文形式による記載部分の方がより詳細な記載となっていることが認められることをも併せ考えると,基本的には,本件手帳の月間記載欄には予定を記載し,日誌欄の一文形式による記載部分には過去の事実を記載するように使い分けをしていたことが窺われるのであって,本件手帳の日誌欄の一文形式による記載部分は,基本的には,過去の事実を記載していたとみるのが自然であるということができる。そして,このような見方は,乙山手帳における日誌欄の一文形式による記載部分の多数の記載が,辛野ノートやこれに関する辛野の供述調書,さらに記載に登場している多数の関係者の供述等により裏付けがなされていること,さらに本件記載と同様の記載で,金銭授受について記載されている人物の相当数がその事実を認める供述をしていることとも符合する。
 
そうすると,本件手帳の7月29日の日誌欄の一文形式による記載部分の中にある本件記載は,過去の事実を記載したものとみるのがごく自然であるということができる。
(3)本件記載が棒線で抹消されていないことなどについて
 
さらに,前記第2の3(3)のとおり,本件手帳以外の乙山手帳には一覧表部分が存在すること,また,被告人乙山の息子であり,乙山建設の取締役であった乙山三郎(以下,「三郎」という。)が使用していた手帳にも,一覧表部分と同様の記載が認められるが,これについて,三郎は,その検察官調書(被告人乙山関係乙18,被告人丙川関係甲620)において,「乙山建設では,ペーパー会社に架空外注費を計上するなどして,簿外資金を作っていたが,その大半は,主に乙山建設に仕事を発注してくれる取引先との関係で使っており,転勤祝などで10万円くらいの現金を相手に渡すこともあれば,数百万円,多いときには1000万円を超える額の現金を,相手に渡したこともあった。こうした現金を渡した相手や日付,渡した金額や渡した意味合いなどについては,私の知り得た限度で,私の手帳の後ろの欄に,正しく記載されている。父一郎が渡した現金についても,父から教えられたり,父に尋ねたりして,私が知り得た範囲において,同じように,現金を渡した相手や日付,渡した金額や渡した意味合いなどを記載していた。」旨供述していること,本件手帳の一覧表部分は証拠とされておらず,その存否自体も不明確であるといわざるを得ないものの,被告人乙山は本件手帳の一覧表部分も存在していたと供述しているし,本件手帳以外の乙山手帳の一覧表部分に対応する日誌欄の記載と同様の記載は本件手帳にも多数認められ,これらの手帳と本件手帳との継続性を断絶させるような事情は認められないことなどからすると,被告人乙山が,本件手帳の作成にあたって,金銭の交付についての記載に重大な関心を寄せていたということができる。そして,前記第3の2(2)のとおり,本件手帳以外の乙山手帳の一覧表部分や日誌欄においては,交付した現金を返却されたことを意味するとみられる記載があり,また,前記第3の2(3)のとおり,本件手帳以外の乙山手帳の一覧表部分や本件手帳の日誌欄には,従前の記載を棒線によって抹消している部分があることが認められる。殊に,前記第3の2(3)で指摘した「子田」「丑原」「寅野」「卯山」「辰川」「巳原」の各記載は,前記第3の2(3)で指摘した各日誌欄の記載に照らすと,中元の趣旨で金品を配布する予定先をリスト化したものを,配布を終えた後,あるいは配布の準備を終えた後にそれぞれ抹消したものとみるのが自然であるから,日誌欄の一文形式による記載部分以外の記載ではあるものの,そのような予定の記載について事後的に抹消したものであると考えられる記載が本件記載と同じ見開きの部分に存在すること,すなわち,本件記載を記載した当時においても,そのような従前の記載を棒線によって抹消する記載方法を採っていたことを認めることができる。
 
そうすると,被告人乙山の供述するように,金銭を交付する予定として本件記載を記載したものの,現実には金銭が交付できなかったというのであれば,予定ではあっても,被告人丙川に対して現金100万円を交付することをその内容に含む記載である本件記載について,他の記載部分に認められるように,「返す」というような記載をするか,あるいは,「100.ー」というように棒線により従前の記載を抹消するというのが,被告人乙山の行動としては自然であると思われ,そのような「返す」という記載もなく,棒線により従前の記載を抹消することもしていないという事実は,そもそも本件記載が予定ではなく過去の事実を記載したものであるか,予定を記載したものとしても予定通り現金100万円が交付されたものであるかのいずれかであり,被告人丙川に対して現金100万円を交付した事実があったことを強く推認させるものというべきである。
(4)現金の供与の事実の存否
 
以上検討してきたところによれば,被告人乙山は,被告人丙川に対して,本件に先立つ1994年(平成6年)から1997年(平成9年)までの間において,概ね定期的に,6月から8月1日の間に1回,11月か12月に1回,それぞれ現金100万円の交付を行っていたところ,本件記載は,そのような定期的な現金の交付に合致する,平成10年7月29日の現金100万円の交付を内容とする記載であり,また,基本的には過去の事実を記載していたとみるべき日誌欄の一文形式による記載部分の中にあるから,過去の事実を記載したものとみるのが自然である上,本件記載について,「返す」というような記載や棒線による抹消がなされていないことからすれば,本件記載が,判示の日時場所において,被告人乙山が,被告人丙川に対して,現金100万円を供与した事実を意味する記載と認めるに十分であり,判示の日時場所において,被告人乙山が,被告人丙川に対して,現金100万円を供与した事実を認めることができる。
(5)現金の供与を疑わせる事情について
ア これに対して,被告人両名の各弁護人は,前記のように無罪を主張しているので,その根拠とするところを順次検討する。
イ まず,被告人丙川の弁護人は,被告人乙山が本件記載を棒線で抹消するなどしなかったことについて,自己の交遊資金を捻出するために,殊更に抹消しなかったのではないかと主張するが,そもそも本件手帳のうち,少なくとも日誌欄の記載については,被告人乙山が交際していた女性に関する記載が多数認められることからすると,他人に見せることを予定していないものであることが明らかというべきであるから,日誌欄の記載である本件記載について殊更に取り繕うこと自体考え難いし,また,前記第3の2(4)のとおり,日誌欄ではなく一覧表部分についての記載ではあるものの,被告人乙山が自ら費消する場合の記載も存することが認められるから,殊更に被告人丙川に交付したように取り繕う必要もまた認め難いというべきであり,被告人乙山が,歴史的事実と反する記載であることを認識しつつ,一定の意図のもとに,本件記載を抹消しなかったとは認められない。
 
他方,本件手帳の日誌欄の記載を他人に見せることを予定していないものであることは,記載者本人さえ納得すればその内容の正確性に固執しないという態度につながるものであるから,被告人乙山が,歴史的事実と反する記載であることを認識したものの,抹消してまで正確性を期すことはしなかったという可能性も考慮する必要があるが,これについては,既に述べたとおり,本件記載が被告人乙山が重大な関心を寄せている金銭の交付についての記載であり,金銭の交付の記載については複数回にわたって「返す」という趣旨の記載をしていたことなどからすれば,本件記載について,そのような態度に出たとは考え難いというべきである。
 
さらに,被告人乙山が供述するように,現実に金銭の交付が行われなかったにもかかわらず,予め記載していた本件記載を抹消しなかった場合としては,他にも,被告人乙山が本件記載を失念するなどして,本件記載が歴史的事実に反する記載であることを認識していなかった場合が考えられるが,従前は盆や中元等に金銭を受領していた被告人丙川から金銭の受領を断られるというそれなりに特異な体験をしたのであれば,本件手帳の記載の細かさからすれば,断られたこと自体記載することが十分考えられる体験であるといえるし,また,本件記載は1998年(平成10年)7月29日水曜日の記載であり,別紙7〈略〉のとおり,同じ頁には同月30日木曜日,同月31日金曜日,同年8月1日土曜日,同月2日日曜日の各日誌欄にも記載がなされているところ,これらの記載には明らかに過去の事実を記載したと認められる記載が含まれているから,同年7月29日に被告人丙川と別れて以降,本件記載を目にする機会は幾度となくあったことが認められ,被告人乙山が本件記載を失念するなどして,本件記載が歴史的事実に反する記載であることを認識していなかったこともまた考え難いといわざるを得ない。なお,本件記載に続いて記載されている「P7時帰宅」の記載も,予定ではなく,帰宅した時間を過去の事実として記載したものとみるのが自然であるから,これを記載したときに,被告人乙山が被告人丙川に100万円を渡すことを考えていたのに実現しなかったのであれば,このことを記載しないことは考え難いところである。
 
更に,被告人丙川の弁護人は,前記第3の2(3)で指摘した「子田」などの各記載に隣接する「戌山」「初盆」「亥川」などの記載を指摘して,予定を記載したものであるのに,予定が実現し,あるいは予定が実現されなかった場合に,それを抹消していない記載が認められるから,本件手帳の記載の正確性についてはそもそも疑問があり,被告人乙山の供述するように,本件記載が予定の記載を抹消しなかったものであっても全くおかしくはないものと主張する。
 
なるほど,弁護人の主張するとおり,弁護人指摘の記載の一部に対応する記載が日誌欄に存在することからすると,弁護人指摘の記載は予定が実現したにもかかわらず,予定の記載を抹消していないものとみることもできるが,既に述べたとおり,本件記載が日誌欄の一文形式による記載部分の中に記載されたものであるのに対して,弁護人が指摘する部分は,同じく日誌欄ではあっても,一文形式による記載部分以外の部分の記載であるから,同列に論じることはできないというべきであって,弁護人指摘の記載が認められることは,前示の認定に合理的疑いを生じさせるものではないと判断される。
ウ また,被告人丙川の弁護人は,現金の供与の場所が判示の「カフェテラスルビー」であること自体,現金の供与を疑わせる事情であると主張する。
 
なるほど,同所は,曇りガラスであるとはいえ,外部からその内部を見ることが可能な構造である上,市役所と極めて近い場所に位置することからすれば,市役所職員等被告人丙川を知っている人物に見られる可能性を否定することはできず,現金授受を行うのにより適した場所が他に存在するのではないかという点は理解できないではないが,しかし,そもそも同所は,被告人乙山が現金を供与するつもりで指定した場所であるし,また,そのような意図であったからには,現金100万円を裸のままで用意していたとは到底考えられず,封筒様の容器に入れ,外部からはその中に現金が入っているなどとは分からない態様で供与できるように準備されていたと考えるのが自然である上,その授受自体はごく短時間で完了するものであるから,同所で現金を授受することは十分可能であると考えられる。また,被告人丙川が,同所の入居するビルの上の階において,本件当日の午後6時30分開始の立食パーティに出席する予定であり,現に同パーティに出席した事実が認められることからすれば,現金授受の場所として同所が選択されたことも十分理由のあることとみ得るのであって,現金授受の場所が同所であることが前記認定に合理的疑いを差し挟む事情であるとまでいうことはできないと判断される。
 
また,別紙12〈略〉によれば,被告人丙川が財政局長に就任した1998年(平成10年)4月1日を境に,それまで盛んに認められていた被告人乙山が市役所にいる被告人丙川を訪ねたとみられる記載が認められなくなり,被告人丙川が財政局長に就任したことを契機として,被告人乙山と被告人丙川との間で,被告人乙山が市役所にいる被告人丙川を訪問することを差し控えるなどした形跡が窺われないでもないが,この点をもって,上記のような本件記載に基づく事実認定に合理的疑いを残すものとまでいうことはできない。
エ さらに,被告人両名の各弁護人は,三郎が,前記のとおり,その手帳に,現金の交付先について記載していたところ,本件の供与に相当する記載がないことを主張する。すなわち,弁第89号証は,三郎が平成10年につけていた手帳末尾の現金の交付先についての記載であるが,同所の7月29日に相当する部分やその前後には被告人丙川に現金を交付したことを窺わせる記載は認められないというのである。
 
しかしながら,三郎は,その検察官調書(被告人乙山関係乙17,被告人丙川関係甲619)において,被告人乙山が渡した分については「社長渡し」としたり,被告人乙山から聞いたけれども手帳に書き忘れた分もある旨供述しているから,そのような記載が認められないことは必ずしも本件現金の供与と矛盾するものではなく,やはり前記認定に合理的疑いを差し挟む事情とは認められない。
オ 加えて,被告人丙川の弁護人は,本件手帳の1998年12月24日の日誌欄に,被告人丙川と面会した記載がなされているのに,「100」というような現金を交付したことを窺わせる記載がないことは,同年7月29日に,被告人乙山が被告人丙川から,財政局長の立場上,今までのような現金の交付はやめてくれと言われたことから,本件における現金の供与をやめたことと整合する旨指摘するが,別紙10〈略〉と別紙11〈略〉を比較すれば明らかであるように,「100」という記載がないことが直ちに現金の交付がなかったことを示すものということはできず,かえって,従前と同様に年末に会っていることは,従前と同様に盆暮れの現金の交付が続いているのではないかと疑わせるものであるということもできるから、結局,この記載によって,同年12月24日に現金の交付があったともなかったとも断定できず,この点もまた前記認定に合理的疑いを差し挟む事情ということはできない。
(6)結論
 
以上によれば,被告人乙山が,被告人丙川に対して,判示の日時場所において,現金100万円を供与した事実を認定することができ,これに合理的疑いを差し挟む余地はない。 
 
そして,別紙12〈略〉記載のとおり,本件手帳の3月19日の日誌欄には「P1時 市役所 丙川局長 箱松ポンプ」との記載がされていること,その約1週間後の3月27日の日誌欄には「P1時 市役所 丙川局長 100,ー」との記載がされていること(なお,三郎の検察官調書〔被告人乙山関係乙17,被告人丙川関係甲619〕添付の資料〔24〕は,三郎が平成10年につけていた手帳末尾の現金の交付先についての記載であるが,その3月27日に相当する部分には「へいかわ 100 〔社〕」という被告人乙山が被告人丙川に対して現金100万円を交付したことを窺わせる記載がされている。),筥松第4ポンプ場築造工事の設計金額は,前記第3の4(3)のとおり,5億7330万円であるところ,本件手帳の4月21日の日誌欄には「11時 丙川TEL57.3と」との記載がされていること,同工事は,指名業者による談合の末,乙山建設が落札していること,その落札金額(税抜き)は5億2900万円であり,税抜き予定価格の98%強,税抜き設計価格の96%強であること,乙山建設が同工事を落札した翌日である5月8日の日誌欄に「丙川氏TELあり」との記載があること,その記載の次の被告人丙川に関連すると思われる日誌欄の記載が本件記載であることなどが認められ,これらの各事実からすると,被告人丙川が被告人乙山に対して,設計価格の示唆など,同工事について何らかの便宜を図ったことが窺われるから,判示のとおり,本件の100万円の供与が,乙山建設が福岡市発注の筥松第4ポンプ場築造工事を受注するにあたって便宜な取り計らいを受けたことに対する謝礼及び今後の福岡市発注の公共工事についても同様の取り計らいを受けたいとの趣旨のもとになされたものであることも,十分認めることができ,結局,判示第3の各事実は,いずれも十分これを認めることができる。被告人両名の各弁護人の主張は採用できない。
(法令の適用)
1 被告会社甲野建設株式会社について
罰条
第1の1の行為 平成10年法律第24号附則12条,同法による改正前の法人税法164条1項,刑法60条,平成10年法律第24号による改正前の法人税法159条1項
第1の2及び3の各行為 いずれも平成12年法律第14号による改正前の法人税法164条1項,刑法60条,平成12年法律第14号による改正前の法人税法159条1項
併合罪の処理 刑法45条前段,48条2項(各罪所定の罰金の多額を合計)
2 被告人乙山一郎について
罰条
第1の1の行為 刑法60条,平成10年法律第24号附則12条,同法による改正前の法人税法159条1項
第1の2及び3の各行為 いずれも刑法60条,平成12年法律第14号による改正前の法人税法159条1項
第2の行為 刑法60条,96条の3第2項
第3の2の行為 刑法198条
刑種の選択 いずれも懲役刑を選択
併合罪の処理 刑法45条前段,47条本文,10条(刑及び犯情の最も重い第1の1の罪の刑に法定の加重)
刑の執行猶予 刑法25条1項
3 被告人丙川二郎について
罰条(第3の1の行為) 刑法197条1項前段
刑の執行猶予 刑法25条1項
追徴 刑法197条の5
(量刑の理由)
1 本件は,被告会社甲野建設株式会社(旧商号-乙山建設株式会社)の代表取締役であった被告人乙山一郎が,実子で同社の取締役であった乙山三郎と共謀の上,平成9年度6月期,平成10年度6月期,平成11年度6月期の3事業年度に渡り,法人税の確定申告の際,実際の所得金額を過少に記載した虚偽の確定申告書を提出し,法人税を免れたという法人税法違反(第1),被告人乙山一郎が,福岡市発注の筥松第4ポンプ場築造工事の公募型指名競争入札に際し,株式会社戊原組の取締役副社長であった己野五郎など指名業者の営業担当者らと共謀の上,公正な価格を害する目的をもって,落札業者を乙山建設とする旨談合したという競売入札妨害(第2),被告人乙山一郎が,福岡市財政局長であった被告人丙川二郎に対して,前記の筥松第4ポンプ場築造工事を乙山建設が受注するにあたって便宜な取り計らいを受けたことに対する謝礼及び今後の福岡市発注の公共工事についても同様の取り計らいを受けたいとの趣旨のもとに現金100万円を供与し,被告人丙川二郎がこれを収受したという贈収賄(第3)の各事案である。
2 まず,法人税法違反についてみると,被告会社が免れた税額は,3年間で合計5909万8500円にのぼり,ほ脱率も最高で32パーセント,平均しても13パーセントであり,決して低率とはいえない。共犯者である乙山三郎は,本件犯行の動機として,建設業界で業績を伸ばすためには,工事発注元の関係者に現金を渡す必要があり,そのための受注工作資金を捻出する目的があった旨供述するが,工事の受注には現金の贈与が有効という建設業界のいびつな構造自体是正されるべきであり,その構造を是認して受注工作資金の捻出に走った被告人乙山らの行為はやはり利己的なものといわなければならず,その動機に酌量すべき余地はない。また,ほ脱の方法も,乙山三郎らが知人の名義を用いるなどして設立したペーパー会社に対する架空外注費の計上,実在の会社に対する架空・水増し外注費の計上,実在の被告人乙山らの親族を架空従業員とする架空人件費の計上等多様な方法を併用し,また,昭和61年に初めてペーパー会社を設立以来,ほぼ2年毎に新たなペーパー会社を設立したり,架空外注費の計上にあたっても,後に工事実績の残らない仮設備工事を選択し,契約代金額や1回の支払いが不自然に多額にならないよう複数回に分割して経費計上するなど,非常に巧妙である。被告人乙山らは,平成2年及び平成7年の被告会社に対する税務調査の際に,ペーパー会社に対する架空外注費を指摘され,被告人乙山名義で確認書を提出しており,その際,ペーパー会社に対する架空外注費計上の違法性を十分認識したはずであるにもかかわらず,なおも継続して本件犯行に及んでおり,犯情悪質である。さらに,本件のような脱税事件は,我が国の申告納税制度の根幹を揺るがしかねず,源泉徴収制度の下でほぼ確実に収入を把握されて税を徴収される多数の給与所得者の申告納税者による脱税事件に対する法感情が厳しいことからも,強い非難に値する。被告人乙山は,被告会社の代表取締役として,本件脱税を首謀したものであり,当然のことながら,その刑事責任は重いというべきである。
3 次に,競売入札妨害についてみると,被告人乙山は,筥松第4ポンプ場築造工事の公募型指名競争入札に際し,乙山建設が自由競争により形成される公正な価格より高い落札価格で落札することを企て,他の指名業者の営業担当者らと共謀して,談合を行ったものであるが,このような談合が当然のこととして常習的に行われてきたことは,複数の建設業者の営業担当者がほとんどの福岡市発注の公共工事においては談合により事前に落札業者が決まっていた旨供述しているところからも明らかというべきであり,そのような常習的犯行の一環として敢行された本件談合の犯情は極めて悪いといわなければならない。このような談合の末,乙山建設は,税抜き設計価格の96%強,税抜き予定価格の98%強という5億2900万円で落札しているが,他の指名業者が自由競争で実施された場合の入札金額として回答した金額の平均が4億7600万円強であることからすると,福岡市に対して約5000万円の財産的損害を与えたものといえ,結果も重大である。被告人乙山は,本件談合を首謀したものであり,競売入札妨害についても,その刑事責任は軽くないものといわなければならない。
4 さらに,贈収賄についてみると,前示のとおり,被告人乙山が,被告人丙川に対して,福岡市発注の公共工事について便宜な取り計らいを受けたことに対する謝礼及び今後も同様の取り計らいを受けたいとの趣旨のもとに,100万円もの現金を供与したというもので,もとよりその動機や犯行に至る経緯には何ら酌むべき余地はない。また,福岡市財政局長という要職にあった被告人丙川がこのような賄賂の収受に及んだことは,福岡市発注の公共工事に関する事務をはじめとする福岡市の公務の適正な執行について,福岡市民に対して容易に払拭しがたい多大な不信感を与えるものであり,その結果も重大であるといわなければならず,厳しい社会的非難を免れ難いところである。にもかかわらず,被告人乙山及び被告人丙川は,不合理な弁解に終始しており,そこには反省の態度を看取することができないといわざるを得ない。そうすると,贈収賄についての被告人乙山及び被告人丙川の刑事責任は,いずれも軽視し難く,両名に対し実刑をもって臨むことも考慮に値するというべきである。
5 他方,被告会社は,本件事件の起訴後,修正申告し,当然納付すべきものであるとはいえ,平成9年度,平成10年度,平成11年度の法人税,消費税,地方消費税,法人県民税,法人事業税及び法人市民税並びにそれぞれに対する延滞税,重加算税などとして,1億数千万円を既に納付していること,同社は,本件犯行の発覚後,顧問税理士を替え,同人による月次巡回監査を受けるとともに,新たな会計処理システムを導入するなど,適正な会計処理・経営に向けた努力を始めていること,被告人乙山は,法人税法違反及び競売入札妨害の各事実については,捜査段階から犯行を認め,一応反省の情を示していること,競売入札妨害事件に関して,福岡市からの請求に基づき,5981万3973円を支払っていること,被告人乙山の身柄が保釈までの間約8か月間拘束されたこと,被告人乙山には懲役刑や禁錮刑に処せられた前科はないこと,被告人乙山は現在71歳であること,被告人丙川は,本件収賄が懲戒事由とされたものではないものの,本件収賄を契機として,福岡市を懲戒免職になっていること,被告人丙川の身柄が保釈までの間約4か月間拘束されたこと,被告人丙川には前科がないことなど,被告会社並びに被告人乙山及び被告人丙川にとってそれぞれ酌むことのできる事情も認められる。
6 そこで,これらの事情を総合考慮し,被告会社並びに被告人乙山及び被告人丙川に対し,それぞれ主文の刑を科した上,被告人乙山及び被告人丙川に対する各懲役刑については,今回に限り,被告人乙山に対しては法定の最長期間である5年間,被告人丙川に対しては4年間,それぞれその執行を猶予し,自力更生の機会を与えることとした。
7 よって,主文のとおり判決する。
(検察官長田守弘,私選弁護人三浦邦俊〔主任〕,同村山博俊,同安原伸人〔以上,被告会社甲野建設株式会社及び被告人乙山一郎〕,同前畑健一〔主任〕,同松原妙子〔以上,被告人丙川二郎〕各出席)
(求刑―被告会社甲野建設株式会社に対して罰金2000万円,被告人乙山一郎に対して懲役3年6月,被告人丙川二郎に対して懲役2年及び追徴100万円)
平成14年5月30日
福岡地方裁判所第1刑事部
裁判長裁判官 谷敏行 裁判官 家令和典 裁判官 古庄研

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