強姦福岡1

強姦福岡1

福岡高等裁判所/平成12年(う)第477号

主文
原判決を破棄する。
被告人を懲役一年六月に処する。
原審における未決拘留日数中一八〇日をその刑に算入する。
この裁判確定の日から三年間その刑の執行を猶予する。
本件公訴事実中強姦の点及び三万円の強取の点については、被告人は無罪。

理由
 
本件控訴の趣意は、弁護人鍬守正一が提出した控訴趣意書のとおりであるから、これを引用する。
 
控訴趣意中、事実誤認の論旨について
 
論旨は、要するに、被告人は、被害者A木M子に対して、同人の供述するような暴行脅迫を加えたこともなければ、同人を姦淫し、あるいは金銭の交付を受けたこともなく、また、仮に被告人の言動が暴行脅迫と評価されるとしても、それは同人の反抗を著しく困難にして姦淫に至るものでも、同人の反抗を抑圧して金員を交付させるに足りる程度のものでもなかったのであるから、被告人の行為は強姦罪にも強盗罪にも該当せず、本件各控訴事実につき被告人は無罪であるにもかかわらず、強姦罪及び強盗罪の成立を認めた原判決には判決に影響を及ぼすことの明らかな事実誤認がある、というのである。
 
そこで、所論にかんがみ、原審の記録を調査し、当審における事実取調べの結果をも併せて検討する。
 
原判決は、本件公訴事実のすべてにつき有罪の認定をした上、被告人を懲役五年に処した。
 
原判決が認定した事実は、次のとおりである。
第一 被告人は、平成一一年一〇月二二日午前二時三〇分過ぎころ、福岡市○○区△△×丁目×番×号○○○○○○×××号のA木M子(当時一九才)方に甘言を弄して入り込んだ上、同女を強いて姦淫しようと企て、そのころから同日午前五時ころまでの間にわたり、同所において、同女に対し、自己が昔やくざをしており、その友人の中には、シンナーを吸っていた人を背後から蹴り、屋上から転落させて殺したり、交通事故に見せかけてバイクに乗った人を殺した人物がいるなどと告げた上で、「お前が食べたミカンを返せ。」「おれの機嫌を直せ。」「選択肢を出すから、次の二つのうちから絶対選べ。選ばなかったら、その時点で友達を呼ぶ。選択肢は、裸で朝までおれの隣にいるか、おれとエッチするかのいずれかだ。」「何でお前が条件を出すんだ。お前の返事は今からイエスだけだ。ノーと言った時点で、殺すか、お前の人生をめちゃくちゃにする。」「何でお前がおれに指図するんだ。お前の返事はイエスだけって言っただろう。」などと語気鋭く執ように言いながら、その頸部を片手で締め付けるなどの暴行、脅迫を加え、その反抗を抑圧した上、強いて同女を姦淫した。
第二 被告人は、同日午前六時三〇分ころ、被告人を極度に畏怖している前記A木を同市○区△△団地××番×××号の被告人方に連行した上、同女の畏怖に乗じて同女から金員を強取しようと企て、同日午後、同所において、同女に対し、「一〇〇〇万円からがやくざの世界だったら普通だけど、お前は金がないから五万でいい。」「三万出さなかったら、お前の人生はめちゃくちゃになる。お前の両親もめちゃくちゃになるし、彼氏もでこぼこにしてやる。」などと語気鋭く言って脅迫し、その反抗を抑圧した上、同日午後六時二五分ころ、同市○○区△△×番××号FC銀行○○○支店付近路上に停めた普通乗用自動車内において、同女から現金三万円を強取した。
第三 被告人は、前記A木の畏怖に乗じて同女から再度金員を強取しようと企て,前記第二の犯行後の同日、被告人を極度に畏怖している前記A木を同女方から連れ出して同女方付近に駐車していた普通乗用自動車に乗せた上、そのころから、同日午後九時ころまでの間にわたり、同所付近から同市○区△△×丁目×番×号付近路上に至るまでの間を走行中の被告人運転に係る同車内において、同女に対し、「もうお前むかつく。お前の人生めちゃくちゃにしたくなった。今から○○の山に、お前を服を着せないで捨てに行く。写真を学校に送る。」「三万円出したら、服は着せるけど、○○の山に捨てて、写真を先生に送る。」「二万円でいい。二万円出したら山にも捨てないし、写真を先生に送らないけど、自分と一緒に朝までいろ。」「好きになった女だから、せいぜい下げて一万八〇〇〇円。一万八〇〇〇円を払え。サラ金か誰かから借りてでも払え。」などと語気鋭く言って脅迫し、その反抗を抑圧した上、同月二三日午前二時ころから同日午前三時ころまでの間に、前記A木方において、同女から現金一万八〇〇〇円を強取した。
 
しかし、A木M子の原判示第一の強姦の被告に関する供述の信用性には疑問があり、同第二、第三の被害についても、第三につき恐喝が成立する限度で信用性を認めることができるほかは信用性に疑問があるというべきである。 
1 A木M子の供述内容について
 
まず、本件各公訴事実の存否を判断するに当たっては、A木M子(以下、便宜上「被害者」ともいう。)の供述が最も重要な証拠となるので、その信用性について検討を加えることにする。
 
原審におけるA木の供述の要旨は、原判決が捕捉説明三の一において詳細に説示しているとおりであって、当審段階で二回にわたって行った尋問によっても、その供述する事実経過の概要には際立った変化は認められない。そして、同人の供述する本件事実経過の概要は、以下のとおりである。
「本件犯行当日(平成一一年一〇月二二日)の深夜、被害者がアルバイトを終えて独り住まいのアパートに帰宅したところへ、一面識もない被告人が『跡を付けてきた。』などと述べて訪ねてきた。当初は被害者も被告人のことを不審に思いながらも、玄関を挟んで居室の内外に分かれた状態で対応した。被告人は、持参したミカンを味見するように勧めたり、運転免許証を示し、住所を紙片に書き付けて被害者に手渡したりした上、身の上話を始め、その際、過去暴力団に所属していたとか、友人は現役の暴力団員で、人知れず殺人を犯した者もいるなどと一方的に話をしていたが、やがて便所を拝借したいといって室内に上がり込み、用を済ませた後も退出しないばかりか、開け放したままの玄関ドアを閉めるように要求してきたので、言い争いになったが、結局、被害者は被告人の求めに応じて玄関ドアを閉めてしまった。その後も被告人は居座り続けるので、被害者が帰宅を促したところ、被告人は、『ミカンを返せ。』などと難癖をつけて居座り、やがて態度を豹変させて、『おれの機嫌を直せ。』などと言い出した。そして、『テレビを見たら帰る。』と被告人が言うので、被害者は、敷いたままにしておいた布団を押入に片付けた後、テレビを置いていた六畳間に被告人を通したが、被告人が布団を敷くように求めてきたので、布団を敷き直した。被告人はテレビを見た後も帰る素振りを見せないので、被害者が再び帰宅を促したところ、被告人は、被害者に対し、裸になるか自分と性交するかなどと言って性交を迫り、その要求に応じなければ被害者の人生を滅茶苦茶にするなどと申し向けてきたので、被害者は、玄関先で被告人から聴かされていた話をも思い起こし、姦淫されてしまうんだと思いつつ、着衣を脱いだところ、被告人は被害者の肩に手を乗せて、その身体を押し倒し、結局、反抗できない状況下で被害者を姦淫した。その後、被告人は被害者を連れて外出しようとしたところ、屋外に駐車していたはずの被告人の自動車が見当たらず、駐車違反でレッカー移動されていたので、同車を受け取るために、両名は、一旦タクシーでT警察署に向かい、署内で被告人が所定の手続をしている際、被害者は廊下で待たされ、その間、友人であるS井A子やS水T子に携帯電話を通じてメールを送信して窮状を訴えるなどしていた。被告人は、自動車を引き取った後、被害者を伴って自宅に赴き、自宅到着後間もなくと仮眠をとった後の二度にわたり被害者を姦淫するとともに、同人の裸体を写真撮影し、さらに、同人から親族の氏名や住所等を聞き出して紙片に書き留めた上、同人らに危害を加えるかのような言動に及んだ。そこで、被害者は上記紙片の引渡しを求めたところ、被告人は現金を要求してきたので、被害者はこれに応じることにして、被告人とともに預金通帳を取りに自宅アパートに戻った後、銀行へ赴き、現金三万円を引き出して被告人に交付した。その後、両名は宅配便を受け取るために被害者方アパートに一旦戻り、再度外出して被告人の運転する自動車に乗車して行動をともにしている間に、被告人が執拗に交際を申し込んできたので、被害者が拒絶していると、被告人は怒りだし、被害者の裸体を写した写真を学校に送りつけるとか、被害者を山中に捨てるなどと言って更に金銭を要求してきたので、結局、一万八〇〇〇円を渡すことで話がついたが、被害者には持ち合わせがなかったことから友人であるY川Y男に電話して金策を依頼し、被害者方アパートに届けてもらった上、被告人とともにアパートに立ち戻り、現金二万円を被告人に渡すとともに、二〇〇〇円を釣り銭として受け取って、被告人と別れた。その後、被害者は、友人であるS水T子に電話をして事情を説明した上、S水に迎えに来てもらい、一緒にY川方へ行き、あらかじめY川に頼んで呼び集めてもらっていた友人らの面前で被害の概要を打ち明けた。」
 
被告人は、捜査段階及び公判段階を通じて、姦淫行為に及ぼうとしこと自体は認めるものの、暴行、脅迫については否認し、強盗の訴因についても、被告人宅で写真を撮ったり、家族の住所等を書いて交換したり、車を追跡したりして行動を共にしていたことなど行動の外形的な点については一部を除き一致する供述をするが、犯行については否認する供述を続けており、しかも、金銭は一切受け取っていないし、被害者が銀行から預金の払戻しをした前後の午後四時から五時ころの間に被害者をその自宅に送り、午後八時から九時ころの間に再び迎えに行くまでの間は、被害者と行動を共にしていなかった旨供述している。
2 強姦罪の成否について
 
ところで、本件は、上記被害者の供述からも明らかなとおり、犯人が婦女子に対し、即時に一方的かつ強烈な暴行脅迫を加えることで、有無を言わさずに姦淫を遂げたというような事実とは異なり、被告人は実力を用いて被害者方に押し入ったわけでもなければ、腕力にものを言わせて被害者の犯行を押さえ込んだわけでもなく、姦淫に至るまでに相応の時間が経過し、両名の間で言葉のやりとりもあったという事案である。そして、被害者の供述を前提にすれば、被害者は、同人方玄関の内外に別れて会話を交わしている際に被告人から告げられた内容に、居室内に入り込んだ後の被告人の言動を併せ考えて、その結果、被告人がもとは暴力団員であり、その友人には平気で殺人すら遂げるような粗暴な人物がいて、被告人の意に沿わない場合には、被害者の生命や身体に多大な危難が降りかかると信じきったため、被告人を畏怖し、その要求を拒むことができない状況の下で姦淫された事案ということになり被告人が被害者に対してその反抗を著しく困難にする程度の暴行脅迫を加えたと評価できるのか否か、相当に微妙な判断を要する事案といえるから、暴行脅迫の内容や程度についての被害者の供述を更に詳細に検討し、その信用性を慎重に判断する必要がある。
 
そこで、被害者の供述から姦淫に向けられたと思われる被告人の言動やその際に被害者が受けた印象を挙げてみると、被害者は、原審における尋問の際には、「被告人は、小用を済ませた後も屋外へ出ていかず、玄関に座り込んだので、被告人は自分と性交したいのかなと思った。玄関ドアの開閉について言い争ったものの、結局、閉めることになった。その後、被告人に対し、『まだ、帰らないんですか。』と言うと、被告人は怒った口調で『ミカンを返せ。食べたのも返せ。』『自分の方が立場は上だろう。』などと言うので、被告人のことを絶対にヤクザだと思い、犯されるかもしれないとも思った。そして、被告人は、『おれの機嫌を直せ。』と言い、更には『テレビを見たら帰る。』とも言い出した。そこで、布団を敷いたままでは押し倒されるかもしれないと思い、布団を押入に片付けたが、被告人が『おれはテレビを寝てみるタイプだ。』と言うので、再び布団を敷き直した。ところが、被告人はテレビを見ても帰らないので、被告人に対し、『まだ、帰らないんですか。』と言うと、被告人は、『おれの機嫌はもう直らない。』などと言い、裸になるか、さもなくば性交に応じるように求めてきて、『選ばなかったら、友人を呼ぶ。』とも言うので、『裸でということは、エッチはなしですよね。』と尋ねると、『お前が何で条件を出すんだ。』と言って一層機嫌が悪くなり、『お前の返事はイエスだけだ。ノーと言った時点でお前の人生を滅茶苦茶にする。』などと申し向けられたので、姦淫されるとは思いつつも、着衣を脱いだ。すると、被告人が肩に手を乗せてきて、身体を倒されたので、姦淫されるものと諦めた。その後、被告人に避妊具の使用を求めたところ、被告人は、『何でお前がおれに指図するんだ。お前の返事はイエスだけって言っただろう。』と言いながら、布団の上に仰臥している被害者の首を片手でグッと押さえてきた。五秒間程の出来事で、息が苦しくなったときに手が離された。」旨供述していた。しかし、その後、当審における最初の尋問の際には、「最初に被告人から脅されたのは玄関ドアの開閉について言い争ったころで、『友人を呼んで殺す。お前は本当に死にたいんか。』と何度も言われた。」「ミカンを返せと言われた際に『殺す』とも言われたのかははっきりしないが、目をそらしていると『態度がむかつく』『殺すぞ』みたいに怒られた。」「着衣を脱げば、姦淫はされないかとも思った。」「片手で首を締められたのか、両手であったのか定かではない。」旨供述し、さらに、二度目の尋問に際しては、「ミカンを返せと言われた際に『友達を呼ぶぞ』と言われた。」「避妊具の使用を求めた際には『ノーと言ったら、ノーと言った時点でお前を殺す。』と言われた。」旨供述してもいるのであって、それぞれの尋問に際して質問が尽くされていなかったり、あるいは時間の経過による記憶の減退が影響していることは否めないものの、被害者の供述には上記のとおり微妙な変遷が見られる上、捜査段階における供述と比較した場合にはある程度後退した内容を述べているともいえるのであって(当審において供述経過を立証趣旨として取り調べた被害者の各供述調書参照)、その供述するとおりの暴行脅迫が存在したものと直ちに認定するのは相当でない。しかも、敷いてあった布団を押入れの中に一旦片付けてから被告人を奥にある居間に入れビデオを見せて機嫌をとり、早く帰ってもらおうと思ったと供述しながら、被告人から、おれは布団の上でテレビを見るのが好きだと言われ、機嫌を直してもらうために布団を再び敷いたと供述しているが、被告人がそのように求めたのは、巧みに肉体関係へと導くための口実にすぎないと理解されるのに、これに何ら逆らわずに応じているというのはやはり不自然であるし、選択肢を出して選択させるのも巧みな誘導と理解されないではないのに、これを拒否するなどして格別逆らうような状況の認められなかったことからすると、被告人において、その時点で、「応じないと殺す、人生をめちゃめちゃにする。」というような文言をあえて出してまで強く脅迫する状況や必要性は必ずしもなかったことがうかがわれる。したがって、被告人は、姦淫に応じさせようとして、ミカンの話を出したり、選択肢を出したりして迫ったにとどまる疑いがある。また、被害者方に入り込むまでの被告人は、被害者に対し、格別危害を加えるような素振りも見せず、むしろ被害者の気を引き、好感を持たれようと振る舞っていたことは被害者も認めるところであり、被害者が思い描いていた暴力団員とは印象を異にしていたというのであるから、玄関先で被告人から告げられた多分に現実離れした話を事実だと思い込み、後難を怖れ、以後は屋外へ逃避することも、また、深夜テレビの音がうるさいと言って隣人から注意を受けるような環境に住まっていたにもかかわらず、騒ぎ立てるなどして、在室中であるのが確実な隣人に助けを求めることもできないまま、被告人の言いなりになるということについては、不自然さを否定できず、そのような供述の信用性には疑問の余地がある。さらに、被告人に同行して警察署に赴いた際にも、警察官らに被害を申告することさえできなかったという点についても、被害者の年齢や社会経験等を考慮してもなお、強姦の被害を受けた者の振る舞いとしてはいささか違和感が残るのは否めない。被害者は、警察署内から、友人二名にメールを送っているが、そのうち、「最悪、あした朝起こさなくていいよ。」という内容のものは、寝過ごさないように友人から毎日モーニングコールをしてもらっているのを断るためのものとも見ることができ、また、「助けて、あした学校に行けないよ。」という内容のものは、登校しなくても心配しないようにという趣旨に理解する余地もあるものであり、かえって、メールを発信できる余裕があったことは、被害者が反抗抑圧状態になかったことを示しているということもできる。これらの点からも、被害者が反抗を著しく困難にされた状況にあったとの供述部分の信用性には疑問が残るというべきである。
 
また、被害者方での姦淫の前後における被告人の行動を見るに、関係各証拠によれば、被告人は、〔1〕深夜、一面識もない被害者方を訪れ、居室内に入り込む前の段階で、被害者に対し、自己の運転免許証を示した上、住所を記載した紙片を手渡すまでして自らの人定に関わる事項を正直に告げていること、〔2〕玄関先で相当長時間にわたって話し込み、深夜にもかかわらず、流行歌を歌うまで騒々しく振る舞い、隣室に住まう女性から静かにするようにと注意を受けた際にも、ふざけた様子を見せながらも、謝罪していること、〔3〕被害者とともに同女方を出た後、駐車禁止でレッカー移動させられた自動車を受領する手続を行うために、T警察署に赴いているが、その際、被害者を警察署内に招き入れるまでしていること、〔4〕被害者方から立ち去る際、自らの住所、氏名等を記載した紙片を被害者に手渡していること、以上の事実が認められるところ、これらの事実は、いずれも深夜初対面の女性方に押し掛けて強姦に及ぼうとし、あるいは、暴行脅迫を加えて、相手方の反抗を著しく困難にした上で姦淫に及ぼうとする者の行動としては不自然さがあるというべきであり、殊に、犯行後ほとんど間をおかずに被害者を同伴して警察署を訪れたというに至っては、被害者から警察官に訴え出られることはないという余程の自信が被告人にない限り、強姦行為をした後の犯人の行動としては理解しにくく、被告人の平素の行動に無軌道、無分別な面が見られることを考慮しても、常軌を逸しているという印象を免れない。この点に関し、被害者は、警察署へ問い合わせの電話をかけた直後に、被告人から電話の相手をした警察官は被告人の友人であることや警察や市役所等にも友人がおり事件を起こした場合にも揉み消してくれる旨告げられたので、警察で強姦の被害を訴えても取り合ってもらえないと判断したし、T警察署内でも、被告人はしきりと被害者の様子をうかがっていたので、警察官らに助けを求めることができなかった旨供述するが、仮に、被告人が被害者の供述するとおりの内容を被害者に告げていたとしても、被害者がこれを真に受けるとは限らないから、被害者の抵抗を排除して姦淫を遂げた犯人としては、上記のような一言で被害者の意思を封じたとして安心しきってしまい、同人を同伴して警察署を訪れるのに何らの不安を抱かなかったというのは、不用心過ぎる振る舞いというほかはない。また、被告人が、そのような悪知恵を巡らす程の者ならば、自己の思惑が外れて被害者が警察官に被害申告に及ぶという事態は、別の手段を講ずるなどしてとにかく避けようとするのが合理的であって、被害者を警察署内に招き入れるような危険を冒すものとは考えにくい。そうすると、確かに、被告人には、日頃から感情に任せた粗暴な振る舞いが見て取れないではないものの、被告人としては、少なくともT警察署に赴く際には、被害者方での自らの振る舞いが強姦罪を構成するとの認識は持ち合わせていなかったものというほかはなく、このような被告人の行動や認識内容からしても、被害者方での被告人の言動は、姦淫に際し、少なくとも被害者の反抗を著しく困難にする程度の暴行脅迫には達していなかったことをうかがわせるというべきである。
 
加えて、被害者の供述の信用性に疑問を抱かせる事情の一つとして、被害者が、夜間であるのに専門学校生の友人男女数名にY川Y男方に集まってもらって被害を訴えた際に仲間に説明した内容が、後の供述内容に影響しているのではないかという点が挙げられる。このような訴えをすることになったのは、後記のとおり、被告人からの金銭要求を受けてやむなくY川Y男に金策の依頼をし、これに応じてもらったことから、同人に多大の心配をさせる結果になっており、早晩被害者の行動について話題になることは避けられないという気持ちもあったのではないかと推測される。そして、被害者がその場で仲間に説明した内容に誇張が含まれていない保証はなく、その際話された内容がその後の供述内容に影響していることもあり得るところである。
 
以上を総合すると、被害者の供述のうち、姦淫に向けた暴行脅迫に関する部分については直ちに信用することができず、被告人が、被害者に対し、その反抗を著しく困難にする程度の暴行脅迫を加えて強いて姦淫に及んだとするには、合理的な疑いが残るというべきである。以上と異なる原判決の認定、判断は、証拠の評価を誤ったものというべきであり、是認し難い。
 
したがって、本件強姦の公訴事実については、犯罪事実の証明が十分でないというべきであるから、被告人には強姦罪が成立するとした原判決には、判決に影響を及ぼすことの明らかな事実誤認があるといわなければならない。
3 強盗罪の成否について
 
次に、強盗罪の成否について検討するに、H江T子の警察官調書(甲三八号証)を含む関係各証拠によれば、被害者が三万円を銀行から引き出し、かつ、二万円を友人から借用したこと、被告人は、被害者が三万円を銀行から引き出す前の時点では、実姉に電話をかけて駐車違反の反則金代やレッカー移動の代金に充てる金銭の借用を申し込んでいたが、その日の晩には再度実姉に電話をかけ、金策ができた旨告げて、借金の申込みを撤回したこと、以上の事実が認められるところ、これらの事実に被害者の供述を総合すれば、上記金員が被害者から被告人の手に渡り、別れ際に二〇〇〇円が被害者に返済されたとの事実を認めるに十分である。被告人は、この点に関し、被害者に二〇〇〇円を渡したことは認めつつも、同人から現金を受領した点については終始否定しているが、同人から現金を受領しないまま、どのような方途を講じて金策したのかという点については、あいまいな供述に終始するのみで、納得のいく説明をすることができずにいるのであって、この点に関する被告人の供述は到底信用できない。被告人は、犯罪の成立に結びつくことを恐れて金銭の受領自体を否定しているものと考えられる。
 
そこで、さらに、どのような経緯で被害者から被告人に現金が交付されたのかについて検討するに、先に検討したように、強姦についての被害者の供述の信用性には疑いがあり、強姦の事実を認め難いことや、被告人宅における行動状況やその後の行動状況に照らすと、被害者に反抗抑圧状態が生じそれが継続していたと認定することは少なくとも困難である。また、現判示の三万円に関する強盗罪の認定事実のような脅迫内容は、強姦の際の脅迫と同様にいささかパターン化した内容のものになっていて、直ちにこれに信用性を認めるにはちゅうちょされること、その後宅急便の配達を受けるために被害者が自宅に戻ったらすぐにその配達があったと供述する点は、偶然にすぎる感じを否めず(また、宅急便の受領を被害者に許容し、ほかならぬ被害者宅で二人でいつ来るかもしれない宅急便の配達を待つという点で、被告人に余裕があり、緊迫感がさほど感じられないといういささか不自然な面が見受けられることにもなろう。)、被害者の供述どおりであるか疑問があることなどの事情に照らすと、果たして原判示のような脅迫文言が告げられているかについては疑問があり、不承不承ながら被告人の金銭的な求めに応じたにとどまるとの疑いを払拭できない。
 
しかし、一万八〇〇〇円の分については、状況が異なるものと認められる。すなわち、関係証拠によれば、所持金のない被害者が、友人のY川Y男に対し、被告人のいる車内から、夜間にもかかわらず電話で金策の申込みをしているところ,Y川は、これまで被害者からそのような金銭借用の申し込みを受けたことはなく、その雰囲気から被害者に切羽詰まった異常な事態が生じていることを感知していること、被害者のこのような行動は日ごろの被害者の振る舞いからは理解し難い特異なものであることがそれぞれ認められることからすれば、その金策の申し込みは被告人の金銭要求に応ずるため以外には考えられない。したがって、この点についての被害者の供述には信用性を認めることができる。そして、そのような切羽詰まった状態に至る契機としては、被害者が自宅で宅急便の配達を受けた後に、被告人の乗用車に同乗して被害者宅からボーリング場に向かう途中、被告人は、別の車の運転者と目が合ったとしてその車の追跡を始め、相当長時間にわたって追跡を継続した後に、被害者が被告人の交際の求めを明確に断る発言をするに至ったことが認められ(このころ被害者の家族、本籍等について記載したメモを被告人から取り戻して破り捨てていることからも、このような状況が裏付けられている。被告人の追跡行為を見るうちに被害者の心理状態に何らかの変化が生じたことも推察される。)、しかも、被告人は、被害者が被告人宅で撮影された裸体の写真等の今後の処分に関して不安を抱いていることを察知していたことから、被告人の金銭要求は、少なくともその不安に乗じてされているものと認めることができる。そうすると、この分については、被害者の供述には全体として誇張がある疑いを考慮してもなお、恐喝罪を認定する限りにおいては少なくとも信用性を認めることができるといわなければならない。以上によれば、三万円の分については犯罪の証明がなく、一万八〇〇〇円の分については恐喝罪が成立するにとどまるのに、原判決がいずれも強盗罪を認定している点においても、原判決には判決に影響を及ぼすことの明らかな事実誤認がある。以上のとおりであるから、論旨は理由がある。
 
よって、量刑不当の論旨に対する判断を省略し、刑訴法三九七条一項、三八二条により原判決を破棄した上、同法四〇〇条ただし書により当審において直ちに次のとおり自判する。 
(罪となるべき事実)
 
被告人は、A木M子(当時一九歳)から、金銭を脅し取ろうと企て、平成一一年一〇月二二日午後八時ころから同日午後九時ころまでの間、福岡市内○○○付近から福岡市○区△△×丁目×番×号付近路上に至るまでの間を走行中の被告人運転に係る普通乗用自動車内において、A木が被告人宅で撮影された裸体写真等を他に送りつけられるなどと不安を抱いているのに乗じ、同人に対し、「写真を学校に送りつける。」などと告げた上、「三万円出せ。」「二万円でいい。」「好きになった女だから、一万八〇〇〇円に負けてやる。サラ金か誰かから借りてでも払え。」などと告げて金銭の交付を要求し、これに応じなければ同人の名誉等に危害を加えられるかもしれない旨同人を困惑、畏怖させ、よって、同月二三日午前二時ころから同日午前三時ころまでの間に、福岡市○○区△△×丁目×番×号△△△△×××号所在の同人方において、同人から一万八〇〇〇円の交付を受けて、これをおどし取ったものである。
(証拠の標目)
 
判示事実の証拠として、当審公判調書中の証人Y川Y男の供述部分、証人A木M子に対する当裁判所の尋問調書二通を付加するほかは、原判決の証拠の標目欄中判示第三の事実に関する証拠として掲記されているとおりであるから、これを引用する(「証人、被告人の公判供述」は、「原審公判調書中の証人、被告人の供述部分」と読み替える。)。
(法令の適用)
 
被告人の判示所為は刑法二四九条一項に該当するので、所定刑期の範囲内で被告人を懲役一年六月に処し、同法二一条を適用して原審における未決勾留日数中一八〇日をその刑に算入し、情状により同法二五条一項を適用してこの裁判確定の日から三年間その刑の執行を猶予することとし、原審及び当審における訴訟費用については、刑訴法一八一条一項ただし書を適用して被告人に負担させないこととする。(公訴事実中強姦罪の訴因及び三万円についての強盗罪の訴因について)
 
本件控訴事実中強姦罪の訴因は、原判示第一とほぼ同旨であり、三万円の強盗の訴因は、原判示第二とほぼ同旨であるが、いずれも前記のとおり犯罪の証明がないから、刑訴法四〇四条、三三六条により無罪の言渡しをする。
(量刑事情)
 
本件は、被告人が、女子専門学校生である当時一九歳の被害者から現金を脅し取ったという、恐喝の事案である。
 
被告人は、被害者とは一面識もない間柄であるにもかかわらず、深夜、車で跡を付け帰宅直後の同人方居室内に言葉巧みに入り込んだ上、被告人方への同行を求めるなどして連れまわす中で、同人の名誉等に危害を加える旨を示して金銭を脅し取ったもので、その動機及び態様はよくない。そして、被害金額こそ多額とはいえないものの、被害者にしてみれば、友人に窮状を訴え、金策を強いられたもので、金額の多寡にも増して、甚だしく困惑畏怖させられたものであって、被害者が受けた精神的苦痛は大きいといえる。被告人は、本件の五か月ほど前にも、鉄砲刀剣類所持等取締法違反の罪で逮捕拘留され、罰金刑に処せられた前科があり、その後も素行を改めずに、深夜自動車を運転しては市中をはいかいするなど不安定な生活を続けていたもので、暮らしぶりも芳しくない。これらの点にかんがみると、被告人の刑責を軽く見ることはできない。
 
他方、被告人は、若年である上、上記のほかには前科はなく、懲役刑に処せられたことはないこと、本件で相当長期間にわたって身柄を拘束されていることなど、被告人のために酌むべき事情も認められるので、これらの諸事情を総合考慮して、主文の刑に処し、その執行を猶予することとした。
 
よって、主文のとおり判決する。

平成一三年六月二九日
福岡高等裁判所第二刑事部
裁判長裁判官 小出錞一 裁判官 駒谷孝雄 裁判官 松藤和博

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