強制わいせつ福岡1

強制わいせつ福岡1

福岡地方裁判所/平成18年(わ)第1576号

主文
被告人は無罪。

理由
第1 公訴事実
本件の公訴事実は,「被告人は,帰宅途中の婦女に強いてわいせつな行為をしようと企て,平成18年11月4日午後6時過ぎころ,福岡市<住所略>のB(以下「本件マンション」という。)1階集合郵便受け前において,帰宅途中のA(当時21歳)(以下「被害者」という。)に対し,その肩を右手で押して同女の身体を同所の壁に押し付けながら,同女の着衣の上から左手指で乳房,臀部及び陰部をもてあそぶなどし,もって強いてわいせつな行為をした。」というものである。
なお,以下,年については,特に記載しない限り,平成18年を意味する。
第2 争点及び当事者の主張
本件の争点は,被告人の犯人性である。
検察官は,被告人が犯人である旨の被害者の公判供述(以下「被害者の犯人識別供述」ともいう。)が信用できる一方で,犯人性を否定する被告人の供述は信用できない,被告人による犯行は時間的に可能であって,被告人にはアリバイも成立しないから,被告人が犯人であることは優に認められる旨主張するのに対し,弁護人は,被害者の犯人識別供述は信用できないし,被告人による犯行は時間的に不可能であって,被告人にはアリバイも成立することなどを根拠として,被告人は犯人ではない旨主張する。
第3 当裁判所の判断
当裁判所は,被害者の犯人識別供述の信用性には疑問があり,犯人と被告人の類似性が認められるにとどまる上,被告人による犯行の時間的可能性の問題点も考慮すると,被告人が犯人であると認めるには合理的な疑いが残ると判断した。以下,その理由について詳述する(なお,弁護人は,被害者の公判供述につき,本件被害の発生自体の点でも信用できない旨主張するが,この点の被害者の公判供述に問題はなく,弁護人の主張は採用できない。)。
1 被害者の犯人識別供述の信用性
被害者は,公判において,被告人が犯人であると供述しているため,その供述の信用性について検討する。
(1)被害者の供述する犯人の容ぼうと被告人の容ぼうの整合性
まず,被害者が供述する犯人の特徴が,そもそも被告人の特徴と合致しているかという点に関して検討する。
ア 被害者は,犯人の男について,「事件当時まで面識はなく,その人相については,ぎょろっとした大きい目が一番印象に残っており,目の彫りが深かったような気がしている。眼鏡はかけておらず,顔の色はよく覚えていないが,本件マンションの照明による逆光が強かったので,ちょっと黒く見えた。年齢は30歳前後で,身長は170ないし175センチメートル,髪型は,はっきりとは覚えていないが真ん中で分けてあったような気がする。服装は,黒とか紺とかのチェック柄(縦横の格子模様)の襟付きのシャツを着て,濃い紺色のジーパンをはいていたが,靴ははっきりとは見ていないので覚えていない。被告人方から発見された黒,赤,白のチェック柄カッターシャツ(甲38。以下「本件カッターシャツ」という。)は,犯人を目撃した際に犯人が着ていたシャツである。」旨供述している。また,被害者は,本件の2日後,警察官に対して犯人の特徴を説明し,その説明内容に基づいて犯人の似顔絵(甲37。以下「本件似顔絵」という。)が作成されているが,その中で,犯人は二重まぶたで記載されている。
被告人は,本件当時,37歳の男性で,身長は約171センチメートル,目は大きい方の二重まぶたであり,公判廷で見る限り,目の周りの彫りが深いと言われれば,そのように受け取ることもできる容ぼうであり,これらの点については,被害者が供述する犯人の容ぼうと矛盾しないように思われる。
ところが,髪型については,被害者は,犯人の髪型は真ん中分けであった気がすると述べている。被害者は,被害直後に110番通報した時点で,犯人の髪型は真ん中分けと述べており,本件似顔絵でも,乱れのない真ん中分けの髪型で描かれている上,髪型についての被害者の確信度は100パーセントと記載されているから,犯人の髪型に関する供述は捜査段階では一貫していたことがうかがわれる。被害者は,犯人の髪型が真ん中分けであることを明確に記憶し,確信に近いものを有していたと思われる。後述するとおり,被害者の観察条件は必ずしも良くないが,人間の顔が目,眉,口,鼻等の各部位に分かれ,瞬間的には各部位の特徴をつかんで記憶することに相応の困難さがあるのと比較すると,髪型は,瞬間的に特徴をつかみやすい上,被害者は間近に犯人を目撃しており,当時の被害者と犯人の位置関係や体勢等からみても,被害者が犯人の髪型を誤認した可能性は低いと考えられる。
これに対し,本件犯行時刻直前ころの被告人の姿が撮影されたC○○店(福岡市<以下略>)の防犯ビデオ(弁23),写真撮影報告書(甲57)その他関係証拠によれば,被告人は,C○○店では,髪の毛を上の方の中央に寄せて整髪料で整えたいわゆるリーゼントの髪型であったと認められる。前記の被告人の様子は,C○○店までヘルメット着用の上バイクで来店した際の様子であると認められることに照らせば,被告人がC○○店を退店して再びヘルメットを着用してバイクで移動したことにより,その髪型がリーゼントから真ん中分けに変わった可能性は低いと考えられる。
イ そうすると,仮に被告人が本件の犯人であるとすれば,被告人は,本件犯行当時も防犯ビデオに映っているのとほぼ変わらないリーゼントの髪型であったと考えられるが,これと被害者の述べる犯人の髪型(真ん中分け)との間には看過できない食い違いがあることになる。被害者が本件被害直後から犯人の髪型は真ん中分けであったと明確に述べていることからすると,この食い違いは,被害者が目撃した犯人が被告人とは別人ではないか(犯人の髪型は真ん中分けだったのではないか)という疑問を残すことになり,この点は,被害者の犯人識別供述の信用性を判断するに当たって十分に考慮する必要がある。もちろん,被告人が,C○○店を出た後,意図的に髪型を変更した可能性も考えられるが,この場合,被告人がC○○店を出た時刻から考えると,被告人による犯行は時間的にみて不可能であるという弁護人の主張とも関連してくる(この点は後述する)。
ウ 検察官は,被害者が公判廷において,防犯ビデオに映った被告人の髪型は犯人の髪型と同じであると供述している点をとらえ,髪型に矛盾はない旨主張するが,防犯ビデオの画像を見る限り,前述したとおり被告人の髪型はリーゼントであって,本件似顔絵のような真ん中分けとは大きな違いがあるから,検察官の主張を前提とすれば,髪型についての被害者の公判供述は,捜査段階の供述から大きく変遷していることになり,その変遷につき,合理的な説明がないことになる。関係証拠を検討しても,その変遷を説明できるような証拠は存しないから,やはり被害者の犯人識別供述の信用性を低下させるものである。
(2)観察条件
前記のとおり,被害者は,犯人とは面識がなく,また,本件は11月4日午後6時過ぎころの日没後に起きた事件であり(当日の日没は午後5時24分(甲56)),本件マンションの周囲は,前の住宅街の明かりや本件マンション外階段(2階の降り口付近)の屋根のひさし付近に設置された照明がある程度で,暗い状況であった。しかも,被害者が本件マンションの集合郵便受け前及びその近くにある外階段上り口付近の2か所で犯人を目撃した状況についてみると,全体では約二,三分間であったが,犯人の顔に限定した場合には,まず,集合郵便受け前では,逆光の状態で約60センチメートルの距離から5秒程度,階段上り口付近でも顔が照明に照らされ,近い距離からであったとはいえ,時間は10秒程度であって,いずれも短時間で照明条件も必ずしも良好ではなく,また,心理的にも,被害者は突然被害に遭って相当程度動揺していたとうかがわれる。
そうすると,他方で,検察官が主張するようにコンタクトレンズを使用する被害者の矯正視力は1.0であったこと,被害者自身は,犯人の顔を意識して見ており,顔の特徴ははっきり見えた旨供述していることなどの事情は認められるが,観察条件は良好とは言い難い。
(3)犯人同定手続
次に,被害者は,捜査段階で被告人が犯人であると同定していることから,その経緯及び適正さについて検討する。
ア 被告人を犯人と同定した経緯
関係証拠によれば,以下の事実が認められる。
(ア)福岡県警察西警察署に所属していたD警察官(以下「D警察官」という。)は,11月10日午後11時30分ころ,不審者がいるとの110番通報を受けて福岡市西区<以下略>所在のマンション「E」に赴き,職務質問を受けていた被告人が,パトカーに積んでいた本件似顔絵の人物に似ていると感じたことから,被害者に確認を求めることとした。
(イ)被害者は,D警察官から「似顔絵に似た人がいるから,ちょっと確認してほしい。」「見たのはあなたしかおりませんので,あなたしか犯人と断言することはできません。だから,お願いします。」などと連絡を受け,パトカーに乗ってその現場に行き,D警察官らの求めに応じて被告人が犯人であるか否かを確認することになった。
(ウ)被害者は当初,停止したパトカーの中からEの入り口付近に立っていた被告人を確認したが,被告人とは3メートル程度離れていたことなどから,よく見えなかった。
(エ)そのため,D警察官らはパトカーを移動させ,被害者は1メートルないくらいの距離から被告人を確認した。このとき,警察官が被告人の隣で被告人の顔を懐中電灯で照らしていたが,現場はEの廊下の明かりくらいしかなく暗かったことや,雨が降っていたことなどから,被害者は,犯人と被告人は似ているが,もしかしたら違うのかもしれないと思った。
(オ)さらに,D警察官は被告人の顔をデジタルカメラで撮影し,パトカー内でその画像をデジタルカメラの液晶画面に表示させて被害者に示して犯人か否かの確認を求めた。被害者はこの画像を見て犯人に間違いないと思い,「絶対,この男に間違いありません,悔しい。」などとD警察官に伝えた。
(カ)その後,被害者は,西警察署に行き,透視鏡を通して被告人が犯人であるかを確認したが,このときにも,被告人を犯人であると特定した。
イ 問題点
前記アのとおり,被害者が被告人を犯人と同定するまでの経緯についてみると,2回にわたるいわゆる単独面通し,これに続くデジタルカメラの液晶画面を見せる方法での単独面割り及び警察署での単独面通しが行われている。単独面通しや単独面割りによる犯人同定の方法には,目撃者に暗示を与え,あるいは予断・先入観を生じさせる危険性があることが従前から強く指摘されてきたところであるが,被害者は,被告人が職務質問を受けた現場で,当初から被告人の顔を見て被告人が犯人かどうかの確認を求められたのであって,暗示や予断を排除する観点から望ましいとされる複数の写真を示しての写真面割りにおけるような選択の余地は全くなかった。
この点,検察官は,被害者がパトカー内での2回目の面通しの際に「もしかしたら違うかもしれない」と思ったなどと述べており,慎重に被告人が犯人かどうかを判断しようとしていること,その上で,被害者は,デジタルカメラの画像を示された際や,西警察署での透視鏡を通しての面通しの際,被告人の目の特徴によって被告人が犯人に間違いないと確信を持って述べていることなどからすると,暗示や予断といった問題はない旨主張する。しかしながら,前記のとおり,被害者は,単独面通し,デジタルカメラを使った単独面割りによる暗示や予断の問題を抱えたまま,警察官から繰り返し確認を求められた後,最終的に被告人が犯人である旨供述したという経過に照らせば,被害者が無意識のうちに,その現場にいる被告人が犯人ではないかとの予断や先入観を抱き,あるいは,被害者の中で警察官に対して肯定的な答えをしたいという意識が働いた可能性も否定できない。
また,被害者の供述による限り,被害者が被告人を犯人であると同定したのは,「ぎょろっとした大きな目」,彫りが深いという点に尽きると考えられるが,このような特徴は,一般的,概括的なものにとどまり,被告人と犯人を結びつけるような特徴としてはそれほど強くない。この点も,被害者の犯人識別供述の信用性を判断するに当たり十分に考慮する必要がある。
目撃者による犯人同定において,犯人の特徴を言語によって表現することには困難を伴う面があるところ,面通しや面割りによって目撃者が犯人として同定した結果の証拠価値を検討するに当たってはこの点を考慮する必要があるが,本件においては,面通しや面割りの手続自体に,被害者に対して暗示や予断を与えたのではないかという状況があるから,その証拠価値自体は重視できない。
ウ 検察官の主張
検察官は,被害者の犯人識別供述が信用できる根拠として,被害者の記憶保持の点には何ら問題がないこと,犯人が着ていたと被害者が述べるカッターシャツが被告人方から発見されており,この点で被害者の供述には裏付けがあることを主張する。
たしかに,記憶保持の点については,被害者は本件被害直後から犯人の特徴を述べ,2日後にも犯人の特徴を述べて本件似顔絵を作成してもらっていること,また,面通しを行ったのも被害から7日後であったことが認められるが,前述したとおり,犯人の髪型に関する被害者の被害直後からの説明内容は,犯行直前に撮影されている被告人の髪型と矛盾するという問題がある上,そもそもの観察条件がそれほど良くなく,犯人同定手続にも問題があることからすると,記憶保持に問題がないことをそれほど重視することはできない。
また,犯人の着衣による識別については,項を改めて検討するが,被告人方から犯人が着用していた上衣とその模様が類似するカッターシャツが発見されたことによって容ぼうによる被害者の犯人識別供述が補強される程度には限界があるから,検察官の主張には理由がない。
エ 小括
以上のとおり,被害者による犯人同定手続には少なからぬ問題点があると言わざるを得ない。
(4)犯人の着衣による識別
容ぼうとは別に,被害者は,犯人の着衣,特にシャツが本件カッターシャツと一致している旨述べていることから,これによる識別が信用できるか検討する必要がある。この点に関しては,被害者が目撃した犯人の上衣と本件カッターシャツが一致しているかという問題のほか,被告人が本件犯行時刻ころに本件カッターシャツを着用していたかどうかという問題がある。
ア 本件犯行時刻ころの被告人の上衣
まず後者の問題についてみるに,事件当日の被告人の上衣に関しては,本件犯行時刻直前ころの被告人の姿が撮影されたC○○店の防犯ビデオの画像鑑定が行われている。その鑑定結果を踏まえると,被告人が同店内で着用していたMA―1ジャンパーの下に着ていた衣服は本件カッターシャツとその模様が矛盾しないものであったと認められる。
この点,鑑定においては,被告人がMA―1ジャンパーの下に着ている衣服は,模様の点で,本件カッターシャツと一致若しくは近似したものと認められるとの結論になっている(平成20年11月26日付け鑑定書(職権8))が,同日付け鑑定書にかかる鑑定の経過をみると,画像2ないし9の8個の画像中,模様の一致が積極的に認められるのは画像2,7及び8の3個にすぎず,画像5,9においては,それぞれ「近似している」「比較すると似ているとも見える」との表現にとどまっていることなどからすると,被告人の上衣が本件カッターシャツと一致するとまで認めることはできず,本件カッターシャツと矛盾しないとの限度で鑑定の結果を採用するのが相当である。すなわち,前記鑑定においては,本件カッターシャツの画像データについて,防犯ビデオの画像に合わせて色相,彩度,明度,ボケ度及びシャープ度を調整して防犯ビデオの画像と比較対照するという手法がとられている。本件カッターシャツの模様は幅広の黒,それよりも幅の狭い赤,白の2本線,細い黄色の線を縦横に組み合わせたものであるが,前記調整した画像によって読み取れる模様はかなり大雑把なチェック柄模様にとどまるから,調整した画像から読み取れる模様と一致あるいは近似していると言っても,その証拠評価には限度があると言わざるを得ない。
なお,弁護人は,鑑定手法自体に問題があるなどとして,前記鑑定書は信用できない旨主張するが,色情報を考慮しない手法であることから鑑定結果の信用性の程度にはおのずから限界があるとしても,鑑定の経過及び結果をみる限り,その信用性に特段疑いを差し挟む事情があるとは認められず,かかる主張は採用できない。
イ 犯人の着衣と本件カッターシャツの同一性
次に,前者の問題についてみるに,被害者は,前記のとおり,犯人の上衣と本件カッターシャツが同一であると供述するとともに,本件被害直後から,犯人の上衣は「シマシマ」で「チェック柄」のシャツであった旨述べ,被害当時と同様の条件の下で行われた実験においても,本件カッターシャツの見え方は本件被害当時の見え方と同じである旨述べていることが認められる。
しかし,被害者による犯人の着衣の観察条件については,容ぼうの識別と同様の問題がある上,被害者自身,着衣についてはあまりよく見ていなかったと述べていることからすると,良好とは言えない。また,被害者は,11月16日に渡邉慎一郎警察官から本件カッターシャツと茶,紺,白を基調とするチェック柄カッターシャツの計2枚を示されているところ,その際には,被告人方から発見されたシャツであるとの説明を受け,「どちらのシャツだったか覚えていますか。」という形で確認を求められており,被害者が,これらの過程で記憶に何らかの影響を受けた可能性を否定することはできない。
そうすると,犯人の上衣と本件カッターシャツが同一であるとの被害者の供述も,そのまま信用することはできず,本件カッターシャツのようにチェック柄の衣服を言語で的確に表現することは困難であることを考慮しても,犯人の上衣に関する被害者の供述は,犯人の上衣が本件カッターシャツと類似しているという限度では信用してもよいという程度にとどまるものである。
なお,犯人が着用していたズボンの点については,被害者の供述するジーパンと本件直前に前記防犯ビデオで撮影された被告人がはいていたジーパンとの間に矛盾はないが,格別の特徴がある訳ではないから,この点が被害者の供述を補強する程度にもおのずから限界がある。
(5)被害者の犯人識別供述の信用性についての結論
以上の検討を踏まえると,被害者の犯人識別供述については,犯人の髪型が本件直前の被告人の髪型と異なっていること,観察条件が良好でないこと,犯人同定手続の適正さに疑問が残ること,犯人のシャツが本件カッターシャツと一致しているとするには疑問が残り,類似していると言えるにとどまることから,被告人が犯人であるとの意味においては信用性に疑問が残ると言わざるを得ず,結局,犯人の容ぼう及び着衣が被告人のそれに類似していたと言えるにとどまる。
なお,犯人同定手続及び犯人の着衣の選別手続において適正さを欠く点があったことに照らすと,犯人の容ぼう及び着衣に関する供述は,これらの手続がなされる前の段階の被害者の供述を前提として判断することも考えられるし,また,この段階の被害者の供述が,被害者の公判供述を裏付けているか否かを検討することも考えられる。そうすると,本件直後の110番通報の内容(甲55)やこれを受けて臨場したD警察官が聴取した被害者の供述内容によれば,被害者は,本件当日、犯人の容ぼうや着衣について,30歳又は35歳くらいで身長175センチメートルくらい,シマシマの青と黒のチェック柄のシャツ,ジーパン,髪は黒くて真ん中分け,眼鏡なし,浅黒く,目がぎょろっとしたインド人風の男性と述べており,これに本件の2日後に作成された本件似顔絵の内容をも踏まえて,犯人と被告人との同一性を判断することになる。しかし,これらで描写される犯人の容ぼうについては,やはり一般的,概括的なものである上,本件似顔絵については被告人の印象に似ているとは言いうるものの,髪型が異なり,また,被害者が供述する着衣の特徴も本件カッターシャツと同一であるとまでは断定し難いものである。したがって,被告人に似た人物が本件カッターシャツに類似したシャツ及びジーパンを着用して本件犯行に及んだということまでしか認められないことに変わりはなく,さらに,この程度の供述であれば,犯人同定手続の問題点を考慮すると,これが被害者の公判供述を強く裏付けるものとは評価し難い。
なお,弁護人は,捜査の違法性を主張し,捜査により収集された証拠は違法収集証拠として証拠能力が否定されるべきである旨主張する。しかし,一連の捜査の中で,単独面通しが行われた点などにおいて,慎重さを欠いた点はあったが,後述する犯行の時間的可能性やアリバイの問題等を含めて,一連の捜査に違法な点はないから,検察官が請求した証拠の証拠能力に問題はなく,弁護人の主張は採用できない(弁護人は,さらに,捜査の違法を理由に公訴棄却されるべきであるとも主張するが,本件起訴に何ら違法はないから,その主張には理由がない。)。 
2 被告人による犯行の時間的可能性等について
弁護人は,被告人は本件犯行時刻ころにC○○店から本件犯行現場に行くことは時間的に不可能である,被告人は本件犯行時刻ころにはC○○店に近いホームセンター「F○○店」にいたので,アリバイが成立しているとして,被告人は犯人ではないと主張しているので,この点についても言及しておく。
(1)前提事実
関係証拠によれば,以下の事実が認められる。
ア 被告人は,本件犯行当日の午後5時58分ころ,C○○店のレジを通過し食品等5点を購入した(弁21。この点,防犯ビデオには,「17:53:50」と表示された時刻ころに被告人がレジの前付近にいる姿及び「17:56:57」と表示された時刻ころにC西側出入口から出て行く姿が映っている(甲57)。しかし,C○○店店長久光泰則の証言によれば,レジについては,同店店員が,その時刻を毎朝,店内の時計(定期的に時報に合わせられていたと認められる。)の時刻に合わせていたと認められ,その時刻はほぼ正確であったと考えられる一方,防犯ビデオの時刻は遅れることが多かったというのである。したがって,被告人による犯行の可能性を考えるに当たっては,防犯ビデオの時刻ではなく,レジでレシートロールに記録された時刻を基準とするのが相当である。)。
イ 被害者は,本件被害直前,バイクを目撃しておらず,また,被害者が目撃した犯人は,ヘルメットや買物袋を持っていなかった。
(2)再現実験の結果
警察官及び弁護人による各再現実験の結果によれば,以下の事実が認められる。
ア 被告人が購入したものと同じ食品等を袋に詰めた上,C○○店の西側出入口まで移動するのに要する時間は約54秒である(弁29)。
イ C○○店西側出入口から駐輪場(建物の北西角外側)まで,同店北側出入口から駐輪場まで移動するのに要する時間はそれぞれ約16秒(15.55秒),約9秒(8.58秒)である(甲63)。
ウ C○○店から犯行現場までの距離は,同店を出てすぐ北側にある国道202号線を東進し,福重信号交差点を左折して県道都地姪浜線を北進し,新室見信号交差点を左折して本件建物に至るという経路をたどると,約2.1キロメートルあるが,約4分38秒あれば,C○○店北側出入口を出て駐輪場まで歩き,ヘルメット及び手袋を着用した上,駐輪場から本件犯行現場までバイクで移動することも可能な場合がある(甲58。この点,弁護人の走行実験の結果によれば,同じ距離を移動するのに,着替えに要する時間約1分56秒を含めて10分42秒ないし13分15秒を要するとしているが,警察官による再現実験中に特段不自然又は不合理な点は認められないことから,前記の移動にかかる時間が約4分38秒で足りる場合があるとの限度では警察官による再現実験は信用できる。)。
(3)検討
以上を前提として,被告人による犯行の時間的可能性について検討する。
ア まず,犯人が本件犯行に及んだ時刻については,被害者の供述によれば,被害者が本件被害を受け始めてから犯人が逃走していくまでは約二,三分間であったというのであるから,110番通報がなされた午後6時9分を基準とすると,午後6時6分ないし7分ころであったと認められる。
イ 次に,前記のとおり,被告人は食品等5点を購入しており,これらを買物袋に詰めたことは容易に推認できるところ,その袋詰めに要する時間及び駐輪場に移動後,これをバイクにくくりつけるなどして出発準備をするための時間は算入する必要がある(警察官による走行実験ではこの時間は考慮されていない。)。
そこで,この時間も含めて検討すると,被告人がC○○店のレジを通過した時刻である午後5時58分(秒は不明)を基準とした場合,食品等の袋詰め及び同店西側出入口までの移動に約54秒,同出入口から駐輪場に移動するのに約16秒,同駐輪場で出発準備を行うのに約1分38秒,さらに,同駐輪場から本件犯行現場まで移動するのに約4分29秒(4分38秒から,北側出入口から駐輪場までの移動に必要な9秒を除いた時間)が各必要になり(ただし,ヘルメット及び手袋を装着するのに必要な時間が二重に算入されている。),計算上は午後6時5分ころには本件犯行現場に到着できることになる。
そうすると,被告人が本件犯行に及ぶことは時間的には可能であるから,被告人による犯行が時間的に不可能であるとはいえず,弁護人の主張する点は,被告人が犯人であることを直ちに否定するものとはならない。
(4)弁護人の主張の意味合い
そうだとしても,証拠上,本件犯行現場に到着できる時刻(午後6時5分ころ)と犯行開始時刻(午後6時6分ないし7分ころ)との間には一,二分程度しかなく,このことは,本件の結論を導く上で一定程度の重要性を持つと言うべきである。
すなわち,防犯ビデオには,C○○店入店後,店を出るまで終始MA―1ジャンパーを着た被告人の姿が映っており,被告人は,買物が終わった後は,MA―1ジャンパーを着たままバイクで同店を離れたとみられる。一方,被害者の供述によれば,犯人はチェック柄のシャツを着ており,MA―1ジャンパーは着ていなかったのであるから,仮に被告人が犯人であるとすれば,被告人は,バイクで走行中に,偶然,帰宅するために歩行中の被害者(被害者は犯行現場を基準にすると,C○○店とは概ね反対方向から歩行していた。)を発見して,被害者が気付かなかった場所にバイクを止め,MA―1ジャンパーをどこかに脱いで置き,歩行する被害者を犯行現場まで尾行して犯行に及んだことになる。そうすると,被害者を発見してから犯行に着手するまでの行動に必要な時間の問題を生じるし,弁護人が主張するような髪型の変更の問題,さらに,被告人が公判で供述し,弁護人も指摘する出発時におけるバイクの暖機運転に要する時間の問題も生じてくる。
もちろん,仮に被告人が犯人だとして,走行実験をした経路以外で移動した可能性も考えられ,現場周辺の地理には明るいと思われる被告人が,もっと短時間で本件犯行現場付近に到着できた可能性も考えられはするものの,実際に通った経路が不明である以上,そのような可能性を過大視することはできない。
そうすると,前記のような問題点を踏まえて,被告人が本件犯行現場付近に到着してから本件犯行に及ぶ経過を考えると,本件犯行現場到着から本件犯行まで一,二分しかないことから,被告人がかなり合理的に無駄なく行動していなければ本件犯行に及ぶことは難しいものと思われる。しかし,被告人は,前記のとおり,C○○店において食品等を購入するなど,被害者を予め狙っていたとは考えられない日常生活の一環としての行動をとっており,犯行の計画性は考えられないことにも照らすと,犯行に及ぶ時間的余裕が少ない点は,被告人が犯人であることについての消極的な要素と評価せざるを得ない。
3 総合評価
以上のとおりであって,まず,被害者の犯人識別供述には直接証拠としての信用性が認められないから,これをもって被告人が犯人であると認めることはできない。
また,被害者の供述その他関係証拠によって,犯人の容ぼうと被告人の容ぼうが目の特徴や顔の彫りが深い点において類似していること,被告人が本件犯行時刻直前ころに本件カッターシャツと矛盾しない上衣及びジーパンを着用していたこと,さらに,犯人が着ていたものと類似する本件カッターシャツが被告人方から発見されたことなどの事実は認められるが,いずれも被告人が犯人と類似しているという程度の推認力しかなく,被告人が犯人であると認めるに足りるものではない。その一方で,被告人が犯行に及ぶ時間的余裕が少ないことなど,被告人が犯人であるとの認定を妨げるような事情も存する。
これらの事情を総合的に考慮すると,被告人は,被害者が目撃した犯人には類似しているものの,被告人を犯人であると認めるには合理的な疑いが残ると言うべきである。
4 被告人の供述について
ところで,検察官は,被告人の弁解が不合理であることも,被告人が犯人であることの根拠となると主張するので,最後に,被告人の供述の評価についても言及する。
この点,検察官が主張するとおり,被告人は本件犯行当日の着衣に関し,本件カッターシャツではなく,黒のVネックTシャツを着ていたと供述するところ,これについては画像鑑定において明確に否定されている。また,本件カッターシャツの日頃の着用状況について関係証拠と矛盾する点がある上、アリバイに関しても,F○○店に行っていたことは起訴後になって初めて供述するなど,被告人の供述には不自然な点が多いことは否定できない。
しかしながら,積極証拠によって被告人が犯人であることが十分に認められる場合であればともかく,そうではない場合には,供述内容が不自然であることの意味合いにはおのずから限界があると言うべきである。そうすると,被告人が不自然な供述をしていることをもって,被告人が犯人であることを導く積極的な間接事実として評価するのは相当ではないから,検察官の主張は採用できない。 
なお,被告人のアリバイの問題,すなわち,被告人は,本件当日,C○○店を出て,同店に近いF○○店に寄っているので,被告人にはアリバイが存在するという弁護人の主張については,これまで説明した内容からすると,判断をする必要はない。
第4 結論
よって,本件公訴事実については犯罪の証明がないので,刑事訴訟法336条により,被告人に対して無罪の言渡しをする。
(求刑 懲役2年)
平成21年6月1日
福岡地方裁判所第3刑事部
裁判長裁判官 林秀文 裁判官 駒田秀和 裁判官 中畑啓輔

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