強制わいせつ福岡2

強制わいせつ福岡2

福岡高等裁判所/平成19年(う)第527号

主文
1審判決を破棄する。
被告人は無罪。

理由
 
本件控訴の理由は,主任弁護人及び弁護人作成の控訴趣意書に記載されたとおり,理由不備,訴訟手続の法令違反,事実誤認及び法令適用の誤りの主張である。これに対する答弁は,検察官提出の答弁書に記載されたとおり,その主張には理由がないというものである。
 
そこで,検討したところ,この裁判所は,理由不備をいう弁護人の主張には理由がないものの,事実誤認をいう弁護人の主張には理由があるものと認め,1審判決は破棄を免れないと判断したので,以下理由を述べる。
一 理由不備の主張について
 
弁護人は,1審判決では,「(罪となるべき事実)」として,女性の意思に反したわいせつ行為だけが認定され,強制わいせつ罪の構成要件として必要とされる「暴行」に当たる行為については,まったく認定されていないから,1審判決には理由不備の違法があると主張する。
 
確かに,1審判決は,「(罪となるべき事実)」において,「被告人は,(本件被害者の)意思に反して乳房を弄び,接吻をしようとし,もって強いてわいせつな行為をした」と認定し,「(事実認定の補足説明)」(10頁)においても,「被告人の本件被害者に対するわいせつ行為は着衣の上から胸を触るなどの,より軽度の行為であった可能性を排除することができず」と説明するだけで,強制わいせつ罪成立に必要とされる「暴行」の具体的な態様を明らかにしていない。
 
しかしながら,強制わいせつ罪における「暴行」は,それが同時にわいせつ行為であってもよく,「暴行」の程度についても,わいせつ行為の態様や行為の場所・時間等の具体的状況によっては,着衣の上から胸を触るといった軽度の暴行で足りる場合があることにも照らすと,1審判決が「(罪となるべき事実)」において暴行の具体的な態様を明らかにしていない点が不適切であるとの指摘ができるにしても,「(女性の)意思に反して乳房を弄び,接吻をしようとし(た)」との記載をもって,直ちに,強制わいせつ罪の構成要件が欠落していていかなる犯罪事実を記載しているか明確ではないという程度まで至っているとはいえないから,理由不備には当たらないというべきである。
 
したがって,理由不備をいう弁護人の主張は,理由がない。
二 事実誤認の主張について
1 本件公訴事実等
 
本件は,女性が,スナックでの仕事を終えて,駐車場に止めていた車の運転席に乗り込んだが,年末の忙しさから飲酒量が多かったため,足下がふらつくほど酔ってかなり具合が悪く,運転代行業者を依頼することも差し控えて,そのまま休んでいたところ,酒の小売り業を営む会社の代表取締役で消防団の部長でもある被告人が,消防団の夜警を終え,帰宅しようと同じ駐車場に止めていた自分の車の助手席に乗り込み,運転代行業者が到着するのを待っていた際,隣の車内で女性が具合悪そうにしていたことから,被告人がその女性に声を掛けた後に起きたとされる事件である。
 
そして,本件公訴事実は,「被告人は,平成18年12月28日午前2時45分ころ,長崎県島原市a町×××番地所在の駐車場において,C(当時42歳)(本件女性)に対し,強いてわいせつな行為をしようと企て,駐車中の軽四輪乗用自動車内から本件女性の着衣等をつかんで引っ張り出した上,その右腕等をつかんで駐車場奥に無理やり連行するなどの暴行を加えてその反抗を抑圧し,その上着の中に手を差入れて乳房を弄ぶなどし,もって強いてわいせつな行為をした」というものである。
 
これに対し,被告人は,捜査段階から,「本件女性の背中をさすっただけであって,わいせつな行為はしていない」と一貫して供述して,本件を全面的に争っているものである。
2 1審判決の説明とその問題点
 
本件では,被告人と本件女性の供述がまったく異なるため,本件女性の公判供述が信用できるか否かにかかっているところ,目撃証言のようにその信用性を裏付けるだけの決め手となる証拠がない。
 
この点,1審判決は,本件女性の公判供述は,一定の限度で信用できることや,被告人が本件当日中に本件女性の勤務先を訪れて,本件女性に対し,1時間以上にわたって謝罪していることを主な根拠として,次のとおりの犯罪事実を認定し,その事実に強制わいせつ罪の法令を適用した上,被告人に対し,懲役6か月,3年間執行猶予の有罪判決を言い渡した。
「被告人は,本件公訴事実記載の日時場所において,本件女性に対し,強いてわいせつな行為をしようと企て,本件女性の意思に反してその乳房を弄び,接吻しようとし,もって強いてわいせつな行為をした」
 
しかしながら,1審判決が,「(事実認定の補足説明)」において説明するところは,首を傾げざるを得ないところが少なくなく,賛同することができない。最も疑問に思うのは,控訴趣意書においても指摘されているとおり,1審判決が,本件女性の供述のうち,暴行を受けたとする部分については信用できないとしながら,わいせつな行為をされたとの部分については信用できるとした点である。すなわち,1審判決は,本件公訴事実に沿う本件女性の供述のうち,〔1〕「(被告人から)着衣等をつかまれ車内から引っ張り出された上,その右腕等をつかまれ駐車場奥に無理やり連行された」という暴行に関する部分については,客観的事実との不整合や供述の変遷等いくつもの根拠を挙げて糾弾し,その信用性を強く否定しているのに,〔2〕「(被告人から)乳房を弄ばれ,接吻をされそうになった」とのわいせつ行為の部分については,信用性を肯定しているのである。本件女性の供述については,〔1〕暴行に関する部分も〔2〕わいせつ行為に関する部分も,いずれも核心となる供述であって,これらが一体のものとして供述されているのに,それを切り離して異なる結論を導き出すというのはおよそ考えにくい。1審判決は,〔2〕わいせつ行為に関する供述部分がなお信用できるとする根拠として,事後被告人が本件女性に謝罪したことや本件女性のこの点に関する供述が一貫していることなどを挙げるが,いずれも根拠としては説得力に欠ける。
 
また,1審判決は,本件女性の供述の信用性を検討するところで,「(被告人車両と本件女性の車両との間隔がそれほどなかった状況からすると)車外に引っ張り出されまいとして本件女性が被告人に抵抗したのであれば,被告人車両及び本件女性の車両の双方が損傷することは明白であるのに,双方の車両について損傷の事実は認められない」(4頁),「(本件女性は引っ張り出されまいとカーテンをつかんだが被告人の力に負けてカーテンがちぎれたと供述するが)カーテンの破損については,本件女性の供述のとおりであれば暴行の事実を裏付けるものとして当然に採証活動がなされるはずであるのに,そのような事実もない」(5頁),「(本件女性の指示説明によれば,被告人に連行された距離は20メートル以上に及ぶが)仮にそのような事実があれば本件女性の身体に何らかの傷が残ると思われるが,写真撮影報告書(1審甲7)によればそのような事実も認められない」(5頁),「(本件女性は連行される際,大声を上げたと供述するが)付近がタクシーの待機場所になっていることは公知の事実であり,捜査初期の聞き込みの段階で少なくとも悲鳴を聞いた旨のタクシー運転手の供述が得られてしかるべきであるのに,そのような事実はない」(7頁)などと説明して,ある事実を前提として信用性を検討しているが,前提としている事実についてはいずれもそのように断定できるだけの証拠がない(カーテンに関する採証活動がされた,あるいはタクシー運転手への聞き込み捜査がされたとする証拠はまったくない。また,車両双方が損傷する,あるいは本件女性の身体に傷が残るということは,必ずしもそのように言い切れるものではなく,本件女性が車から引っ張り出されたり,駐車場奥まで連行されたりした際の具体的な状況に左右され得ることで,いずれにせよ本件ではそれを認定できるだけの証拠はない)。そうであるのに,1審判決は,それを当然の前提として信用性を判断したものであるが,このように動き得る事実を前提とした検討では信用性の評価を見誤る危険が高いことはいうまでもない。
3 本件女性の供述について
(1)本件女性の供述の要旨
 
そこで,本件女性の供述の信用性を検討すると,本件女性は,1審法廷で,要旨次のとおり供述している。
「声を掛けてきた被告人に対し,「具合が悪い」と言うと,「吐かせてあげる」と言ってきたので断ったが,被告人がしつこいので,運転代行業者を呼ぼうとして携帯電話で依頼していたところ,突然被告人が携帯電話を取り上げ,50分後に来るように言ってその携帯電話を車内に投げた。被告人は,「吐かせてあげるから」と言って,車外に引きずり出そうとしてきたため,車内のカーテンをつかむなどして抵抗したが,被告人の力に負けて車外に引きずり出され,駐車場奥まで連れて行かれた。そして,被告人から,下着をたくし上げられて乳房を直接もまれたり,頭を持たれて被告人の口のほうに持って行かれ,口と口が触れ合うこともあった。その間,大声を出したり,すきをみて地面をはって逃げだそうとしたが,引き寄せられてしまった。最終的には,被告人をたたいて,はうようにして逃げて,途中からは走って自分の車に逃げ込んだ。運転席に戻るとドアをロックし,早くその場から立ち去ろうと思って運転代行業者に電話をかけようとしたが,自分の携帯電話がどこにあるのか分からなかったので,運転席の窓を開けて,被告人に「携帯を貸して」と言って,被告人から携帯電話を借りて,被告人の携帯電話から自分の携帯電話に電話をかけた。すると,車内の後ろで自分の携帯電話が鳴ったので,電話を切って被告人に携帯電話を返し,自分の携帯電話から運転代行業者に電話をかけて,「変な人に襲われたから,早く来てください」と依頼した。その後,交際相手と電話をして,駐車場で襲われたことを伝え,運転代行業者の運転によって帰宅中に,警察署に電話をして「知らない人に襲われた」などと申告した」
(2)検討
 
確かに,本件女性と被告人は,これまでまったく関係がなく,本件女性には,被告人をあえて犯罪者に仕立て上げなければならないような理由が見当たらない(本件女性は,被害に遭ったとされるその日から,被告人からの謝罪を受け,示談の申入れも受けているが,一切応じていない)。しかも,本件女性は,被害に遭ったとする直後に,運転代行業者に電話をして,(男性から)変なことをされたので,早く来てくれるよう要請し,その後交際相手に電話をかけ被害に遭ったことを告げ,運転代行業者の運転によって帰宅している最中には,交際相手だけでなく,警察署にも電話をして被害申告をしており,それについては,写真撮影報告書(1審甲16),通話明細書(1審職4),運転代行業者の従業員(D及びE)の1審での公判供述によって,ほぼ裏付けられている。また,被告人が,当日中に本件女性の勤務する店を訪れ,本件女性に対し,1時間以上の長時間にわたって謝罪し続けたことは被告人も認めているところであるが,この事実は,本件女性の供述と整合するものである(なお,本件女性は,謝罪に訪れた被告人に対し,胸をもまれたり,キスをされそうになったことを伝えても,被告人は,反論することなく謝るだけであったとも述べている(288項))。
 
そうすると,本件女性の供述を信用してもいいようにも考えられる。
 
しかしながら,本件女性の供述の中で,どうしても疑問を払拭できないのは,被害に遭ったとする直後に,被告人から,携帯電話を借りて,自分の携帯電話を探したとする点である。すなわち,本件女性の供述によれば,見ず知らずの男性から突然車内から引っ張り出されて駐車場の奥まで連行され,わいせつな行為をされるなどして襲われたため,はうようにするなどしてようやく逃げ出し,車のドアをロックして防衛手段を講じながら,その直後に強い恐怖心を抱いているはずの被告人に声を掛けて,携帯電話を借りたというのである。しかも,本件女性は,被告人の携帯電話から,自分の携帯電話に電話をかけているので,当然,発信履歴が残って,自分の携帯電話の電話番号を被告人に知らせることになるのである。これだけの被害に遭った者の行動としては理解しづらい非常に不自然な内容であって,果たして本件女性が真実そのような被害に遭ったのであろうかと疑問を抱かざるを得ない。
 
しかも,本件女性の供述によれば,被告人は,当時一目で消防団の団員と分かる特徴的な服装をしており,その服装のまま犯行に及び,犯行直後には本件女性に自分の携帯電話を貸すことで,携帯電話を探す本件女性に協力しているが,これによって自分の携帯電話の電話番号も本件女性の知るところとなるのである。このように,本件女性の供述によれば,被告人は,警察官によって検挙されることが十分に想定されるほど手荒なわいせつ行為に及びながら,自らが犯人であると容易に特定されることにとん着していないことになるが,果たしてそのようなことがあるのか疑問であって,本件女性の供述内容には不合理さが残るのである。
4 被告人の供述について
(1)被告人の公判供述の要旨
 
これに対し,被告人は,1審法廷で,要旨次のとおり供述している。
「本件女性が心配になって声を掛けると,「吐けば治る」と言うので,吐かせてあげようと思い,本件女性の車の運転席ドアを開けて,二人で車の後方に行った。すると,本件女性は,膝を折った状態で,吐きそうな声を出していたが「出ない」と言うので,楽に吐くことができるように背中をさすってあげた。本件女性が嘔吐しているので,そちらを見ないようにしていたが,ふと見ると,本件女性が携帯電話で運転代行を依頼していたので,吐き終わってから頼めばいいと思い,「後でかけたら」と言うと,本件女性がまた吐きそうな声を上げて頭を下に下げ,携帯電話を持つ手を上に上げた。そこで,その携帯電話を受け取って,運転代行業者に対し,「後でお願いします」と言って,携帯電話を本件女性に返したところ,やがて本件女性は,自分の車に戻った。そうしているうちに,自分の頼んだ運転代行業者が来たが,本件女性をこのまま放ってはおけないと思い,後で来るようにお願いした。自分も車に戻り,少しすると,車を出た本件女性から,「携帯がないけど,取っているやろう」と突然言われたので,これを否定したが,「これを使ってみたら」と言って自分の携帯電話を本件女性に手渡した。すると,本件女性が,その携帯電話を取るようにして車に乗り込んだので,携帯電話が心配になって本件女性の車の助手席のドアを開けて片足は外に出した状態で助手席に腰掛けた。本件女性が電話をすると,運転席の後部付近で着信音が鳴り,携帯電話を返してもらった。その後,本件女性が呼んだ運転代行業者が来て,本件女性は,駐車場を出て行った。その日の夕方,知合いから,本件女性が消防団員からわいせつなことをされたとして警察に訴えたところ,それが受理されて捜査が始まっている,大変なことになるということを聞いて,もしかしたら自分ではないかと思い,背中をさすったことで不快な気持ちにさせたのであれば謝ろうと思い,本件女性が勤務するスナックに行って,1時間以上にわたって,その旨謝罪した」
(2)検討
 
被告人の供述のうち,自分がしたことは背中をさすっただけであるとしながら,本件女性に1時間以上にもわたって謝り続けたというのはいささか不自然な内容である。しかも,被告人自身の供述によっても,その際,本件女性から「それだけじゃない」と言われながらも,それに反論することなくひたすら謝罪したというのであるからなおさらであって,被告人が背中をさする以上に何かわいせつな行為に及んだのではないかとすら疑われるところである。もっとも、控訴趣意書でも指摘されているとおり,そのように謝罪をした理由については,警察が本件女性の訴えを受理したと聞いて驚き,警察沙汰にならないようにするために謝罪したと被告人が説明しているように,わいせつな行為はしていないものの,大事になる前に事を穏便に運ぼうとの意図から,相手の言うことには逆らわないようにしてとにかく謝罪をするということは一応あり得る行動であるから,被告人のその供述が,あながち不合理で信用できないとまでは言い切れない(もとより,被告人がそのように謝罪した事実というのは,それだけで被告人が背中をさすった以上にわいせつな行為をしたと認めることができるだけの強い推認力を持ち合わせるものではない(胸をもまれたことなどを伝えても被告人が反論せずに謝罪していたとする本件女性の供述を前提にしても同様である))。
 
このほか,被告人の供述自体に特に不自然不合理なところは見当たらない。 
三 結論
 
以上のとおり,本件女性の供述については,信用性を肯定してよい事情がある反面,払拭しきれない疑問点が残っており,他方で,被告人の供述については,不自然な点もあるが,あながち不合理で信用性が否定されるまでの内容ではない(このほか本件でのすべての証拠を加味して検討しても,この結論は左右されない)。
 
結局,本件は,事の真相が分からない真偽不明の状態にあるといわざるを得ない。
 
そうすると,本件公訴事実について,証拠上合理的な疑いが残り,犯罪の証明が十分ではないのに,1審判決は,証拠の評価,判断を誤った結果,被告人を有罪と認定したことになり,その誤認が判決に影響を及ぼすことは明らかであるから,弁護人のその余の控訴理由について判断するまでもなく,破棄を免れない。
四 破棄自判
 
よって,事実誤認をいう弁護人の主張には理由があるから,刑事訴訟法397条1項,382条により1審判決を破棄し,同法400条ただし書により,被告事件について更に判決をする。
 
本件公訴事実は,先にみたとおりであるが,その犯罪の証明がないので,刑事訴訟法336条により,被告人に対し無罪の言渡しをすることとして,主文のとおり判決する。
平成20年2月6日
福岡高等裁判所第一刑事部
裁判長裁判官 陶山博生 裁判官 中牟田博章 裁判官 浅香竜太

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