強盗福岡3

強盗福岡3

福岡地方裁判所/平成一五年(わ)第一二六四号等

主文
被告人を死刑に処する。

理由
(犯罪事実)
 
第一(平成一五年一〇月三日付け起訴分)
 
被告人は、D及びEと共謀の上、来日直後の中国人留学生から金品を強取する目的で、平成一五年四月九日午後一〇時ころ、福岡市東区筥松《番地略》所在の甲野コーポB一号室のF及びG方において、F(当時二二歳)及びG(当時一八歳)の日本語学校の先輩を装って玄関ドアを開けさせて侵入した上、D及びEが、被告人らの居室内への侵入を阻もうとしたF及びGに対し、持っていたナイフ様の刃物を示して居室内へ押し戻し、被告人が、Gの肩付近を両手で突くなどして床に突き倒し、Fの下半身を足蹴りにするなどの暴行を加え、さらに、Dが、F及びGに対し、上記ナイフ様の刃物を示すなどして「俺たちはお金に困ってるんだ。お前たちの金を出せ。金を全部出せ」などと語気鋭く迫って脅迫し、F及びGの反抗を抑圧した上、F所有の現金約一九万七〇〇〇円及びお守り等在中の財布一個(時価合計約一三〇〇円相当)及びG所有の現金約六万一〇〇〇円在中の財布一個(時価約一〇〇〇円相当)をそれぞれ強取した。
第二(平成一五年一二月二四日付け起訴状の公訴事実第一及び平成一六年二月四日付け訴因変更分)
 
被告人は、D、B及びCと共謀の上、金品を窃取する目的で、平成一五年四月一五日午後八時過ぎころ、福岡市中央区舞鶴《番地略》所在のHが看守する学校法人乙山学園丙川学館丁原学院において、一階出入口から校舎内に侵入し、そのころから翌一六日午前三時四四分ころまでの間に、I管理の現金約四万五五八四円並びに同人所有の中華人民共和国の一〇〇元紙幣二〇枚及び印鑑二本(時価合計約七万円相当)を窃取した。
第三(平成一五年一二月二四日付け起訴状の公訴事実第二の分)
 
被告人は、D、B及びCと共謀の上、金品を窃取する目的で、平成一五年四月三〇日午後九時ころ、福岡市博多区住吉《番地略》所在の戊田一〇五号室のJ方において、B及びCが、玄関ドア枠をバールでこじ開けて屋内に侵入し、J所有の現金約一〇〇〇円及びキャッシュカード等五点在中の財布一個(時価合計約五五〇〇円相当)を窃取した。
第四(平成一五年九月二二日付け起訴分)
 
被告人は、Cと共謀の上、K名義の外国人登録証明書を使用して、株式会社エヌ・ティ・ティ・ドコモ九州の契約代理店から携帯電話機の交付を受けるとともに、この携帯電話を使って通話回線を使用する契約上の地位を得ようと企て、平成一五年五月三〇日午後七時三一分ころ、福岡市中央区天神《番地略》所在の株式会社甲田電器福岡店において、Cが、同店従業員Lに対し、K名義の外国人登録証明書を提示するなどして同人になりすまし、真実は携帯自動車電話契約所定の方法で電話使用料金を支払う意思がないのにあるように装い、同契約の締結及び携帯電話機の交付を申込み、Lをして、CがK本人であり、後日同契約所定の方法により確実に電話使用料金を支払うものと誤信させ、よって、同日午後八時ころ、同店において、Lから、株式会社甲田電器(代表取締役M)所有の携帯電話機一台の交付を受けるとともに、この携帯電話機を使って通話回線を使用する株式会社エヌ・ティ・ティ・ドコモ九州(代表取締役N)に対する契約上の地位を得、もって、人を欺いて財物を交付させるとともに、財産上不法の利益を得た。
第五(平成一六年一月三〇日付け起訴分)
 
被告人は、B及びCと共謀の上、福岡市東区馬出《番地略》所在のO(当時四一歳)方(以下「O方」という。)に押し入り、一家全員を殺害して金品を強取するとともに、その死体を海中に投棄して犯跡を隠蔽することを企て、
一 正当な理由がないのに、平成一五年六月二〇日午前零時過ぎころ、O方において、一階仏間の無施錠の窓から屋内に侵入し、
(1)同日午前零時一五分ころ、一階浴室において、被告人及びCが、入浴中の、Oの妻・P子(当時四〇歳)の身体を湯の入った浴槽内へ仰向けに押し倒した上、被告人が右手でP子の前頸部をつかんでその顔を浴槽内の湯の中に押し入れ、CがP子の手足を両手で押さえ付けるなどし、そのころ、同所において、P子を頸部圧迫と淡水溺水による窒息により死亡させて殺害し、
(2)同日午前零時三〇分過ぎころ、二階子供部屋において、被告人が、仰向けに寝ていた、OとP子の長男・Q(当時一一歳)の顔面に枕を強く押し付け、BがQに馬乗りになってその身体を押さえ込むとともに、右手でQの前頸部をつかんで締め付け、さらに、被告人と交付したCがQの身体を押さえ付けるなどし、そのころ、同所において、Qを扼頸による窒息により死亡させて殺害し、
(3)同日午前一時四〇分ころから午前二時五〇分ころまでの間に、一階六畳居間において、B及びCが、二階子供部屋から連れ出した、OとP子の長女・R子(当時八歳)の頸部にネクタイを巻き付けた上、その両端をそれぞれつかみ、強く引き合ってR子の頸部を絞め付け、そのころ、同所において、R子を絞頸による窒息により死亡させて殺害し、
(4)同日午前一時四〇分ころから午前二時五〇分ころまでの間、一階台所において、Cが、帰宅したOの両手及び両足に手錠を掛け、さらに、一階廊下において、被告人が、Oの上半身や手足を電気掃除機のコードやネクタイ等で縛るとともに、その顔面等に透明粘着テープを巻き付けて口唇部を塞いだ上、被告人及びCが、うつ伏せにしたOの頸部にネクタイを巻き付けてその両端をそれぞれつかみ、強く引き合ってOの頸部を絞め付けるなどした後、午前三時五〇分ころ、OをP子及びR子の各死体とともに、O方前路上に停車させた普通乗用自動車(以下「ベンツ」という。)内に運び入れ、被告人が運転して同所から同市東区箱崎ふ頭《番地略》付近の岸壁までベンツを走行させ、午前四時過ぎころ、同所において、被告人ら三名が協力して、P子の死体の右手首に重さ約三〇・四五キログラムの箱型鉄製重りを手錠で結び付けた上、同所からP子の死体を海中に投棄して遺棄し、
続いて、Oの左手首に重さ約九・五キログラムのダンベルを手錠で結び付け、このダンベルにR子の死体の左足を手錠で結び付けた上、同所から瀕死のO及びR子の死体を海中に投棄し、そのころ、Oを海水吸引により溺死させて殺害するとともに、R子の死体を遺棄し、
 
かつ、同日午前零時一五分ころから午前二時五〇分ころまでの間に、O方において、Oら所有の現金約三万七〇〇〇円、キャッシュカード数枚及び預貯金通帳約一七冊を強取し、

二 同日午前二時五〇分ころ、B及びCが、Qの死体をO方前路上に停車させたベンツ内に運び入れ、被告人が運転して同所から前記岸壁までベンツを走行させた後、午前三時過ぎころ、同所において、Qの死体の左手首に重さ約九・五キログラムのダンベルを手錠で結び付けた上、同所からQの死体を海中に投棄して遺棄した。
第六(平成一五年八月二七日付け起訴分)
 
被告人は、平成一五年六月二七日午後五時ころ、福岡市博多区堅粕《番地略》所在の乙野荘二〇二号のS方において、S(当時二八歳)からアルバイト先を訪れたことについて文句を言われたことに腹を立て、その顔面を両手拳及び両手掌で多数回殴打する暴行を加え、よって、Sに全治約二週間を要する左右眼窩部、鼻根部皮下出血及び下唇部粘膜下出血等の傷害を負わせた。
(証拠)《略》
(B及びCの供述調書の証拠能力について)
第一 弁護人の主張の概要
一 はじめに
 
当裁判所は、福岡県警察から警察庁、外務省を通じて中華人民共和国(以下「中国」という。)の外務省に対して行われた国際捜査共助(以下「本件捜査共助」という。)に基づき、中国遼寧省遼陽市公安局係官が中国において作成したBの供述調書四通(甲二二五、
二二七、二二八、二三〇)、B作成の図面一枚(甲二二九)、Cの供述調書三通(甲二三二ないし二三四)及び翻訳文作成に関する報告書七通(甲一五一ないし一五四、一五六ないし一五八)(以上を併せて、「本件調書等」という。)をいずれも証拠として採用した。その理由の詳細は、平成一六年一一月三〇日付け決定書のとおりであるところ、弁護人は、弁論において、本件調書等には証拠能力がない旨主張するので、以下、改めて付言する。

二 弁護人の主張の概要
 
弁護人は、〔1〕本件調書等は、B及びCに対して保障されるべき供述の自由を侵害して得られたものであって、日本国憲法及び日本の刑事訴訟法(以下「刑訴法」と表記した場合は、日本の刑事訴訟法を指す。)に照らし、違法収集証拠として排除すべきである旨、〔2〕中国の刑事訴訟制度においては、黙秘権が保障されていないこと、司法の独立や無罪推定が確立していないこと、被疑者の弁護権の保障が極めて弱いこと、捜査段階での身柄拘束が司法的抑制を受けないまま極めて長期にわたり得ることからすれば、このような制度を前提として得られた本件調書等は、刑訴法の精神に照らし、証拠として許容すべきでない旨、〔3〕本件調書等には、反対尋問に代わる信用性の情況的保障がなく、刑訴法三二一条一項三号の要件を満たさない旨を主張する。
第二 当裁判所の見解
一 違法収集証拠の主張について
(1)本件捜査共助は、国家間の国際礼譲に基づき日本国が中国に任意の捜査協力を要請したもので、その手続は任意捜査の一方法として適法に行われていること、国際捜査共助の手続に基づき日本から捜査協力を要請された外国の捜査機関は、その国の法令に定められた手続に従って証拠収集を行うのであって、日本の法律は適用されないことからすれば、日本の捜査官の違法行為によって得られた証拠の証拠能力を否定する違法収集証拠排除法則が、中国の捜査機関による証拠収集手続に適用されないことは明らかである。
(2)ところで、弁護人は、B及びCに対する取調べ(以下「本件取調べ」という。)が中国の捜査機関によって行われたとしても、それは、日本の捜査機関の依頼により、日本の捜査官が用意した質問事項に基づき、黙秘権の制度的保障のないまま行われていることからすれば、将来にわたってそのような捜査を抑制する必要があるから、本件調書等は違法収集証拠として排除すべきである旨主張する。しかしながら、本件取調べが、日本国からの国際捜査共助に基づくもので、日本の捜査官が予め作成した質問事項に基づいて行われたものであったといっても、本件取調べに立ち会った日本の捜査官が直接B及びCに対して質問することは一切許されていなかったことからすれば、本件取調べをもって日本の捜査官による取調べであったと評価することはできない。そして、元々違法収集証拠排除法則が日本の捜査官による将来の違法捜査を抑制する見地から認められた証拠法則であることから考えると、国際捜査共助により得られた証拠の証拠能力に関しては、証拠の許容性の問題として検討すれば足りると解されるのであって、本件調書等を違法収集証拠として排除すべきであるとする弁護人の主張には賛同できない。
二 本件調書等に関する証拠の許容性について
(1)国際捜査共助に基づき、外国の捜査機関がその国の法令に従って適法に証拠収集を行ったとしても、その結果得られた証拠は日本の刑事裁判において使用されることからすれば、その証拠収集手続が日本の法令に照らして違法であると見られる場合には、証拠能力に関する諸規定のほか、刑訴法全体の精神に照らし、その証拠を事実認定の証拠とすることが許容されるかどうかについても検討する必要があると解するのが相当である(最高裁平成七年二月二二日大法廷判決・刑集四九巻二号一頁参照)。そして、元来、国際捜査共助は、外国における証拠収集のための要件や手続が日本におけるそれと異なっていることを当然の前提として成り立つ制度であることを考えると、国際捜査共助によって得られた証拠を日本の刑事裁判において使用することが許容されなくなるのは、外国の捜査機関による証拠収集手続が、刑訴法全体の基本理念に実質的に反していると認められる場合に限られると解するのが相当である。
(2)ところで、この点に関し、弁護人は、中国の刑事訴訟制度においては被疑者の黙秘権が保障されていないことを指摘するところ、確かに、中国刑事訴訟法九三条は、被疑者に真実供述義務を課しており、被疑者の黙秘権を認めていないことが明らかである。しかし、そのことから直ちに本件調書等について証拠の許容性を否定すべきであると解することはできない。なぜなら、被疑者の黙秘権が制度的に保障されていなかったとしても、被疑者の取調べが実質的に供述の自由を保障した上で行われたと認められるのであれば、その取調べを刑訴法の基本理念に実質的に反していると評価するまでの必要はないと解されるからである。したがって、本件調書等について証拠の許容性を判断するに当たっては、本件取調べにおいて、B及びCに対し実質的に供述の自由が保障されていたと評価することができるかどうかについてさらに検討する必要があるところ、本件取調べは、日本国から中国に対する国際捜査共助に基づいて実施されたものであり,実際の取調べの時も日本の捜査官が立ち会っていたこと、また、取調官は、B及びCに対する取調べを開始するに当たっては、取調べに立ち会った日本の捜査官の要請に基づき、B及びCに供述拒否権を告知していること、しかも、B及びCに対する質問内容はあらかじめ日本の捜査官が作成した質問事項に基づいて行われ、B及びCに本件調書等に対する署名及び指印を求めるに当たっても、その内容の正確性についてあらかじめ日本の捜査官が確認していること、そして、B及びCが署名及び指印した本件調書等の原本は、その後中国から日本国に送付されてきたことにかんがみると、本件取調べは、中国の捜査機関がB及びCを中国の刑法に従って処罰するために行ったものでないことは明らかである。また、本件取調べの態様をみても、B及びCに対し、肉体的強制が加えられていないことは明らかである。加えて、本件取調べの開始前にB及びCに対して供述拒否権が告げられていたことのほか、本件調書等はいずれも一問一答の問答形式の体裁で記載されていて、B及びCの言い分がそのまま記載されていると認めることができる上、B及びCが取調官から厳しく追及されたことを窺わせる事情は一切存在せず、本件取調べにおいてB及びCが供述拒否権を奪われるような精神的強制を加えられた形跡も認められない。そうすると、中国刑訴法が制度として被疑者に真実供述義務を課し、黙秘権を否定しているとしても、本件取調べにおいては、B及びCが供述の自由を侵害されたと見るべき事情はないと言うことができるから、本件調書等を作成するための証拠収集手続が刑訴法の基本理念に実質的に反しているとみることはできない。
 
なお、この点に関して、弁護人は、本件取調べにおいては、B及びCに対し、供述を拒否しても不利益な取扱いをされない権利を保障したことを窺わせる事情がないこと、それまでのB及びCに対する取調べは、真実供述義務を課すなどして供述の自由を侵害する取調べであったことが強く推認されることからすれば、本件取調べにおいてB及びCに対し供述の自由が保障されていたと評価することはできない旨主張する。しかしながら、B及びCは、取調官から、「言いたくないことは言わなくていい」という趣旨の言葉で供述拒否権を告げられており、その趣旨が、供述を拒否しても不利益な取扱いを受けることがないことを保障する意味を含むことは当然である。また、B及びCは、本件取調べを受けるに当たり、それまでの取調べとは異なり、取調官から、日本の捜査官が取調べに立ち会っている旨の説明を受け、供述拒否権を告げられたことに加え、本件取調べを受ける場所が会議室であったことなどの四囲の事情から、本件取調べがそれまでの取調べと明らかに違っていることは当然に理解できたと考えられるのであって、これによれば、本件取調べをもって、それ以前の取調べの影響下にあり、B及びCの供述の自由が保障されていなかったと評価するのは相当でなく、弁護人の主張は採用できない。 
(3)次に、弁護人は、中国の刑事訴訟制度においては、被疑者の弁護権の保障が十分でないことを指摘するが、日本においても、被疑者に対する国選弁護人の制度は認められていないこと、また、実際には当番弁護士制度等が整備されているとはいっても、全ての重大事件において、被疑者が私選弁護人を選任するわけではないことに照らすと、中国における被疑者の弁護権のあり方をもって、B及びCに対する本件取調べが刑訴法の基本理念に実質的に反しているとまでは評価できない。
(4)さらに、弁護人は、中国の刑事訴訟制度においては、起訴前に長期の身柄拘束が許されていることを指摘するが、Bは平成一五年(二〇〇三年)八月一九日に遼陽市において、Cは同月二七日に北京市において、いずれも「二〇〇三年六月一九日夜一二時ころ、B、C、Aは、日本国福岡市においてO一家四人を殺害し、約四万円を強取した」旨の事実で逮捕されているところ、B及びCは、逮捕当初から概ね逮捕事実を認めていたと認められることからすれば、本件取調べが実施されるまでの間の身柄拘束がB及びCの供述に不当な影響を与えたとは考えられない。したがって、B及びCに対する起訴前の身柄拘束期間が刑訴法と比べて長期にわたっていることをもって、本件取調べが刑訴法の基本理念に実質的に反していると評価することはできない。
(5)以上のとおり、本件調書等については、その証拠収集手続である本件取調べが刑訴法の基本理念に実質的に反するものではなかったと言うことができるから、本件調書等について証拠の許容性を肯認することができる。
三 刑訴法三二一条一項三号の該当性
(1)B及びCは、中国において、身柄を拘束された上、中国刑法における故意殺人罪、強盗罪及び窃盗罪で遼陽省遼陽市中級人民法院に公訴を提起され、その審理を経た上で、平成一七年一月二四日、Bに対しては故意殺人罪及び強盗罪について無期懲役刑等の、Cに対しては故意殺人罪及び強盗罪について死刑等の各判決が言い渡されていることからすれば、B及びCを当裁判所の証人として召喚することは事実上不可能であるから、本件調書等は、「供述者が」「国外にいるため公判準備又は公判期日において供述することができ」ないときという供述不能の要件を満たすことが明らかである。
(2)また、判示第五の住居侵入、強盗殺人、死体遺棄の事実のうち、R子が殺害された態様やその時の状況、Oが帰宅した直後に受けた暴行の態様、被告人らが強取した金品の種類や被害額については、本件調書等によらなければその内容を具体的に認定することができないこと、他方、本件調書等に記載されている、それ以外の事実に関するB及びCの供述内容も、判示第五の事実に関する限り、その全体を一体のものとしてみるべきであることからすれば、本件調書等は、その全体が刑訴法三二一条一項三号の不可欠性の要件を満たすと言うことができる。
(3)次に、本件調書等の特信状況についてみると、本件取調べは、取調官が、B及びCに対して供述拒否権を告げた上で、日本の捜査官があらかじめ作成した質問事項に基づいて行ったもので、特に追及的な質問や誘導的な質問はなかったと認められることからすれば、本件取調べにおいてB及びCは、供述の自由を保障された状況の下で任意に取調べに応じ、供述したと認めることができる。また、本件調書等は、すべて一問一答の問答形式の体裁で作成されている上、本件取調べ後、B及びCは、本件調書等を閲読してその内容が間違いないことを確認した上で、「私が話したことと同じ内容です」と述べて各頁に署名及び指印をしていること(ただし、甲二二九の図面にはBの署名のみがある。)などからして、本件調書等にはB及びCの言い分がそのまま記載されていると認めることができる。加えて、本件取調べには、坂田吉郎検事及び篠原日出彦副検事をはじめ、複数の日本の捜査官が立ち会い、B及びCに対する本件取調べ及び本件調書等の作成がいずれも適正かつ正確に行われたことを確認していることが認められる。このような事情に加え、本件調書等において、B及びCは、被告人と共に判示第五の犯行に及んだことを認めるとともに、犯行に至った経過や犯行状況等について、具体的かつ詳細に述べていることをも併せ考えると、本件調書等は、「その供述が特に信用すべき情況の下に作成されたものである」と認めるのが相当である。
(4)ところで、この点に関して、弁護人は、〔1〕本件取調べを担当した取調官は、B及びCが身柄を拘束された当初から捜査を担当してきた者である上、本件取調べ以前に作成されたB及びCの各供述調書の内容も本件取調べにおける供述とほぼ一致するものであったことからすれば、本件取調べはそれまでの取調べと連続した一体のものとみるべきであって、従前の取調べにおいて真実供述義務を課されていたB及びCが、日本の捜査官が立ち会った数回の本件取調べに際してのみ供述拒否権を告げられたとしても、黙秘権の保障の下に供述したとは到底評価できない旨、〔2〕B及びCは、本件取調べの際には終始片手錠で椅子の肘掛に固定された状態であった上、従前の取調べでは身体を拘束する器具のついた椅子に座らされていたと推測されることからすれば、本件取調べにおいても、従前の取調べにおける心理的圧迫の影響があったと考えられる旨、〔3〕本件調書等に記載されている取調日時の記載は実際のそれと異なるものであり、また、本件調書等は、必ずしも問答どおりに記載されたものではなく、供述内容を正確に録取したとは言い難い上、あらかじめ準備された内容に誘導された可能性もあるから、本件調書等の内容の正確性には疑問がある旨、〔4〕本件調書等に記載されたB及びCの供述内容は、供述そのものに前後矛盾するところがあるだけでなく、相互の供述内容には齟齬があっていずれか一方が虚偽と考えられる部分が多数あり、被告人に責任を転嫁しているところも多い旨、さらに、〔5〕共犯者の供述について特信情況があるというためには、任意の供述であるというだけでなく、反対尋問権の保障に特に配慮し、共犯者の供述の危険性をも考慮に入れて判断すべきである旨を指摘して本件調書等には特信情況がないと主張する。
(5)しかし、〔1〕の点についてみると、既に述べたとおり、本件取調べは、日本国からの国際捜査共助に応じて行われたものであって、中国の捜査機関が中国刑法に従ってB及びCを処罰するために証拠収集を行ったものでなかったことは明らかであるから、本件取調べをもって、従前の取調べと連続した一体のものと評価することはできない。しかも、本件取調べ時の態様からみても、取調官は、B及びCに対する取調べを開始する前に、日本の捜査官が取調べに立ち会うことを告げていたことや本件取調べが会議室で行われたことなどからすれば、B及びCにおいても、本件取調べがそれまでの取調べとは違うことを当然認識していたとみることができる。さらに、取調官は、取調べを始めるに当たってB及びCに対して供述拒否権を告げていたというだけでなく、実際にもBは「この問題には答えたくありません。」(甲二二七、一五二)と述べて供述を拒否していること、加えて、本件取調べにおいてB及びCに対し肉体的、精神的強制が加えられた形跡は一切なかったことなどの取調べ状況に照らすと、本件取調べにおいては、B及びCに対して、実質的に供述の自由が保障されていたとみるのが相当である。次に、〔2〕の点についてみると、従前の取調べと本件取調べに連続性のないことは上記のとおりである上、片手錠による場合は一般的に心理的圧迫の程度は弱いと考えられること、本件取調べの状況に照らしても、他にB及びCの供述の任意性に疑いを差し挟むべき事情は窺われないことからすれば、本件取調べの際に両名が逃走防止の観点から片手錠で椅子の肘掛に固定されていたことをもって、本件調書等の特信情況が否定されるとは言えない。また、〔3〕の点について言えば、坂田検事及び篠原副検事の公判供述によれば、本件調書等の取調日時に関する記載は実際の取調日時と異なっていたことが認められるものの、そのようになった経緯については一応納得のいく説明がされていることからすれば、本件調書等の取調日時に関する記載が実際の取調日時と異なっていることをもって本件調書等の記載内容の正確性に疑問が生じるとは言えない。また、本件調書等はB及びCが閲読して内容に間違いがないことを確認した上で各頁に署名及び指印をしていること、さらに、Cが、二〇〇三年一二月一〇日付け供述調書(甲二三二、一五六)において、死体を埋めるための穴を掘る道具などを丙山ハイツ一〇六号室に隠している旨の供述をしたことに基づき、捜査官が福岡市東区箱崎《番地略》所在の丙山ハイツ一〇六号室に対する捜索を実施したところ、スコップ等が発見されていることなどからすれば、本件取調べにおいて誘導等があったとは考えられず、本件調書等はB及びCの供述をそのまま録取したと考えることができる。さらに、〔4〕の点についてみると、弁護人が指摘する供述内容の前後の矛盾やB及びCの供述内容の齟齬は、証拠の証明力の問題であるというだけでなく、かえって、B及びCが自由に供述していたことを窺わせる事情とみることができる上、B及びCは、いずれも被告人と共に判示第五の犯行に及んだことを認める旨自己に不利益な供述をしていることからすれば、弁護人指摘の事情が本件調書等の特信情況を否定する事情になるとは解されない。最後に、〔5〕の点についてみると、本件調書等は、B及びCが、自らの犯行への加担を認める不利益な供述内容となっていることに加え、Bの取調べに立ち会った坂田検事は、Bの供述内容が被告人のそれと異なっている点について、取調官を通じてその内容を確認したことが認められるのであって、一応被告人の反対尋問権にも配慮していること、他方、Cの供述内容には、上記のとおり、いわゆる秘密の暴露に相当する事情が含まれていることをも併せ考えると、本件調書等が共犯者の供述であることを考慮に入れても、その特信情況に疑問を抱かせる事情があるとは言えない。以上のとおり、弁護人が指摘する事情は、いずれも本件調書等の特信情況を否定する理由になると解することはできず、弁護人の主張は採用できない。
(6)以上によれば、本件調書等は、いずれも刑訴法三二一条一項三号の要件を満たすことは明らかである。
四 結論
 
以上のとおり、本件調書等は、いずれも刑訴法三二一条一項三号に該当する書面として証拠能力を有すると認めることができるから、弁護人の主張は理由がない。
(法令の適用)
一(1)罰条
第一
住居侵入の点 刑法六〇条、一三〇条前段
各強盗の点 各刑法六〇条、二三六条一項(各刑の長期は、行為時においては平成一六年法律第一五六号による改正前の刑法(以下「旧刑法」という。)一二条一項に、裁判時においてはその改正後の刑法一二条一項によることになるが、これは犯罪後の法令によって刑の変更があったときに当たるから刑法六条、一〇条により軽い行為時法の刑による。)

第二
建造物侵入の点 刑法六〇条、一三〇条前段
窃盗の点 刑法六〇条、二三五条
第三
住居侵入の点 刑法六〇条、一三〇条前段
窃盗の点 刑法六〇条、二三五条
第四 包括して刑法六〇条、二四六条
第五の一
住居侵入の点 刑法六〇条、一三〇条前段
(1)ないし(3)各刑法六〇条、二四〇条後段
(4)強盗殺人の点 刑法六〇条、二四〇条後段
死体遺棄の点 各刑法六〇条、刑法一九〇条
第五の二 刑法六〇条、刑法一九〇条
第六 行為時においては旧刑法二〇四条に、裁判時においては改正後の刑法二〇四条に該当するが、これは犯罪後の法令によって刑の変更があったときに当たるから刑法六条、一〇条により軽い行為時法の刑により処断
(2)科刑上一罪の処理
第一 F及びGに対する各強盗は、一個の行為が二個の罪名に触れる場合であり、住居侵入と各強盗との間にはそれぞれ手段結果の関係があるので、刑法五四条一項前段、後段、一〇条により、結局以上を一罪として、刑及び犯情の最も重いFに対する強盗罪の刑で処断
第二及び第三 建造物侵入又は住居侵入と各窃盗との間にはそれぞれ手段結果の関係があるので、刑法五四条一項後段、一〇条により、一罪として、それぞれ重い窃盗罪の刑で処断
第五の一 住居侵入とP子、Q、R子及びOに対する各強盗殺人との間にはそれぞれ手段結果の関係があり、かつ、Oに対する強盗殺人とP子及びR子に対する各死体遺棄は一個の行為が三個の罪名に触れる場合であるので、刑法五四条一項前段、後段、一〇条により、結局以上を一罪として、最も重い強盗殺人罪の刑で処断(なお、P子、Q、R子及びOに対する各強盗殺人が住居侵入及び各死体遺棄より刑が重いことは明らかであるが、各強盗殺人はいずれも犯情が重く、その間に軽重の差はないから、刑法一〇条によって各強盗殺人のうちいずれが最も重いかを決することができないので、いずれの強盗殺人かを特定することなく、一罪として、強盗殺人罪の刑によって処断するほかない。)
(3)刑種の選択
第五の一 死刑
第六 懲役刑
(4)併合罪の処理 刑法四五条前段、四六条一項本文(最も重い第五の一の罪につき死刑に処し、他の刑を科さない。)
二 訴訟費用の不負担 刑事訴訟法一八一条一項ただし書
(量刑の理由)
第一 事案の概要
 
本件は、中国から日本に留学してきた被告人が、中国人の共犯者らと共謀の上で敢行した住居侵入・強盗事件(判示第一)、建造物侵入・窃盗事件(判示第二)、住居侵入・窃盗事件(判示第三)、詐欺事件(判示第四)、住居侵入・強盗殺人・死体遺棄事件(判示第五)及び傷害事件(判示第六)である。このうち、最も重大な犯行は、言うまでもなく、
被告人、B及びCの三名(以下、合わせて「被告人ら」という。)が、平成一五年六月二〇日の未明O方に押し入り、OとP子の夫婦及びその子供であるQとR子の家族四人全員を殺害して現金等を強奪するとともに、その死体を箱崎ふ頭の岸壁に運んで海中に投棄し遺棄したという住居侵入・強盗殺人・死体遺棄の事件(以下「本件強盗殺人事件」という。)であり、以下、被告人がどのような経緯で本件強盗殺人事件等を敢行するに至ったのかについて詳しく見ていくことにする。
第二 各犯行に至る経緯及び犯行状況等
一 被告人の経歴及び共犯者らとの関係等
 
被告人は、中国河南省で生まれ、同国内の高等学校を卒業後四年制大学に進学して日本語を学んだ後、平成一三年四月就学生の在留資格で来日し、福岡市東区にある日本語学校に入学した。そして、平成一四年二月福岡大学の入学試験を受けたが不合格となったので、同年四月からは同市中央区にあるコンピューターの専門学校に進学し、平成一五年二月(以下、年を記載しないときは「平成一五年」を指す。)再び同大学を受験したが不合格に終わった。
 
被告人は、平成一五年二月中旬ころ、Dが経営するインターネットカフェ「丁川」に客として出入りするうちに同人と知り合い、親しみを感じて行動を共にするようになった。その後、被告人は、同月二〇日ころDの紹介でBと知り合い、さらに、四月中旬ころには、BからCを紹介された。
 
ところで、被告人は、来日当初は、父親が学費や生活費等として払い込み、あるいは持たせてくれたお金で生活することができたものの、専門学校に通い始めるようになってからは友人との飲食や遊興等で次第に所持金を費消し、やがて、ビザの更新のためにも三月末までに専門学校に納入しなければならない二年次前期の学費三〇万円が都合できない苦しい状況に陥り、最後にはDから用立ててもらったものの、今度はDが学費を払えない状況に至った。このように所持金が乏しくなってきていた二月下旬ころ、被告人は、DとBから、以前Dがアルバイトをしていた飲食店の経営者宅に三人で強盗に入ることを誘われ、金欲しさから犯行に加わることを決意したが、この計画は実行に移されなかった。しかし、
その後、被告人は、Dに誘われるままに、四月九日の夜には、Dらと共に、来日直後の中国人留学生宅に押し入って現金等を強取した住居侵入、強盗事件を起こし、また、四月一五日の深夜には、D、B及びCと共に、日本語学校に侵入して現金等を盗み出した建造物侵入、窃盗事件を、四月三〇日の夜には、D、B及びCと共に、知り合いの留学生宅を狙って侵入し現金等を盗み出した住居侵入、窃盗事件を起こした。さらに、被告人は、Dが不法残留になって大阪に逃走した後も、B及びCと、金を手に入れるために強盗を実行する計画について話し合っていたが、お互いが連絡を取り合うには携帯電話機が必要だということで、五月三〇日の夜、Cと共に、他の留学生の外国人登録証明書を悪用して同人になりすまし、携帯電話機一台を詐取するとともにこの携帯電話機によって通話回線を使用する契約上の地位を得た詐欺事件を敢行した。
二 本件強盗殺人事件に関する共謀の成立と犯行の準備状況
 
ところで、B及びCは、前記丙山ハイツの一〇三号室(以下「B方」という。)で共同生活をしていたこともあって、しばしば強盗の計画について話し合うとともに、五月末ころには同市博多区内のホームセンター等において、つるはし、作業服、手袋、更には手錠二個等を購入するなどした。そして、Cは、アルバイト先への行き帰りに通るO方が一戸建てでベンツが停めてあったことや、P子がベンツを運転して帰宅したのを見かけたことがあったことなどから、O方が裕福な資産家であると考え、六月初めころ、BにO方に強盗に入ることを提案した。しかし、BとCは、二人だけでは力不足であり不安を感じたことから、自動車の運転ができ、しかも、散打(中国式ボクシング)の経験者であった被告人を本件強盗殺人事件の犯行に誘うことにした。
 
被告人は、六月一六日夜、BかCから電話でB方に呼び出された上、Bから「俺達三人である日本人の家に行く。その家には、中年の女の人とその人よりちょっと年齢の高い女の人、それに十数歳の男の子が住んでいる。この家は一戸建ての二階建ての家で、新型のベンツもある。その家に侵入し、彼女たちを縛って、キャッシュカードの暗証番号を聞き出し、その後家族全員を殺す。俺がカードを持って金を引き出しに行き、その金を皆で分ける」と告げられ、本件強盗殺人事件の犯行計画を打ち明けられた。さらに、被告人は、Cから「必要な道具はBが買いに行くし、銀行にお金を引き出しに行くのもBがやる。終わった後Bはすぐに帰国する。絶対にお前が捕まることはない」旨、Bから、分け前は「少なくとも一人一〇〇万円にはなる。それ以上の何百万円になるかもしれない」などと言われ、まとまった金が欲しかったことから、B及びCの犯行計画に加わることにした。その後、被告人らは、犯行計画の詳細について話合い、『ベンツが駐車されていない時を見計らってO方付近で待ち伏せをし、家人が夜中にベンツで帰宅して玄関の鍵を開ける時に、刃物を突き付けて一緒に家の中に押し入る。刃物で脅して手錠を掛け、家人にキャッシュカードを出させてその暗証番号を聞き出し、その後、家族全員をその家にある紐で首を絞めて殺害する。死体はベンツに乗せて山の中に運び、ツルハシやシャベルで穴を掘って埋める。午前九時に銀行のATMが開くので、ベンツに乗って行き、顔を隠すためにヘルメットを被ったBが現金を下ろし、ベンツは遠くに乗り捨てる』ことを決めた。そして、被告人らは、家人の口を塞ぐための透明粘着テープ、家人が身動きできないようにするための手錠、指紋を残さないようにするための手袋、死体を埋める穴を掘るためのツルハシやシャベル、お金を引き下ろす際に使用する変装用のヘルメット、家人を脅すためのモデルガン等を準備することを話し合うとともに、B方から歩いて一〇分くらいの距離にあるO方の下見に行った。また、被告人らは、翌一七日の昼間、死体を埋める場所を探すため自転車で同市城南区方面にある山に行ったが、道に迷うなどしたことから死体を山に埋めることを断念するとともに、Cの提案で、死体に重りを縛り付けて海に捨てることにし、Cの案内で同市東区の箱崎ふ頭に下見に行き、その後、B方に戻って、死体に付ける重りにダンベルを使用することを決めた。
 
翌一八日、Bは、同市東区の量販店で、手錠二個と、五キログラムのダンベル二個を組み立てられるダンベルセット二セットを購入した。その後、B方を訪ねた被告人が、心棒に一セット分の重りを付けて九・五キログラムのダンベル二個を組み立てた。さらに、被告人らは、午後九時二〇分ころ再びO方の下見に行ったが、その途中、Cが「ここ二、三日は台風が来るので、路上に通行人が少ない。傘をさしていれば、周りの人から俺達の顔を見られない。台風が来ている間が、条件としてはベストだ。その時は、顔を見られないように傘を準備して行こう」などと話した。
 
被告人は,六月一九日午後七時二〇分ころ、当時住んでいた同市博多区博多駅前《番地略》所在の戊原コーポの五階通路に扉止めとして置いてあった重さ約三〇・四五キログラムの箱型鉄製重り一個を持ち出し、友人に手伝わせるなどしてB方に運んだ。その後、被告人らは、午後一〇時ころ、O方の下見に行ったところ、車庫にベンツが停めてあったことから、一旦はB方に引き揚げた。そして、被告人は、犯行に使用する予定の手錠のつくりを見て、この手錠で死体とダンベルをつないでも簡単に切れてしまい死体が浮いてくるのではないかとの危惧の念を抱いたことから、手錠を補強することを提案し、電気コードで手錠のつなぎ部分の鎖を補強した。一方、一人でO方の下見に行ったBが、午後一一時五〇分ころ戻ってくるや、「チャンス、チャンス。車がないから、今から行こう」と言ったことから、被告人らは、既に準備していた手袋三双、手錠四個、モデルガン一丁、ナイフ一本及び透明粘着テープ二個を持ってO方に向かった。 
三 本件強盗殺人事件の犯行状況
 
被告人らは、O方に到着後、ベンツの帰りを待つのに適した場所を探していたが、被告人がO方一階仏間の窓が開けられているのを発見するや、『ベンツで帰宅した家人が玄関の鍵を開ける時に刃物を突き付けて一緒に家の中に押し入る』という当初の計画を変更し、六月二〇日午前零時過ぎころ、それぞれ手袋をはめた上で、被告人を先頭に上記窓からO方に土足のまま侵入した。そして、被告人らは、屋内の様子を窺い、一階浴室でP子が入浴中であり、二階子供部屋でQ及びR子が就寝中であることを確認した後、Cの提案で、被告人とCが入浴中のP子を殺害し、その間、Bが二階子供部屋を見張ることにした。
 
そこで、被告人とCは、髪の毛が落ちないように階段下の帽子掛けに掛けてあった帽子をかぶった後、午前零時一五分ころ、被告人、Cの順番で浴室のドアを開けて浴室内に侵入したところ、洗い場に後ろ向きに立っていたP子が後ろを振り向き被告人らに気付くや悲鳴を上げ、手に持っていた洗面器を投げつけようとしてきたので、被告人が洗面器を蹴るとともに、二人がかりでP子に襲いかかり、P子の身体を湯の入った浴槽内へ仰向けに押し倒した。その上で、被告人が、中腰の姿勢になり、左手でP子の右手首を押さえ付けるとともに右手でP子の前頸部をつかんでその顔を湯の中に押し入れ、Cが浴槽内に入ってP子の手足を両手で押さえ付けた上、一〇分間ほどそのままの体勢を続けてP子を頸部圧迫と淡水溺水による窒息により死亡させて殺害した。さらに、Cは、P子の死体をうつ伏せの状態にし、後ろ手にしたP子の両手首に手錠を掛けた。
 
被告人とCは、浴室を出た後、台所を経て六畳居間に入り、Cが、ソファの脇のカバン掛けに掛かっていたバッグ等の中身を確認して、P子の財布から現金約一万五〇〇〇円、キャッシュカード数枚及び預貯金通帳一〇数冊を抜き取って強取した後、二人揃って二階に上がり、二階廊下にいたBにP子を殺害したことを伝えた。
 
その後、被告人らは、Bの提案で、まず二階子供部屋の二段ベッドの下の段で寝ているQをその場で殺害し、上の段で寝ているR子を人質にして、ベンツで帰宅する家人から暗証番号を聞き出すことを決め、被告人を先頭に子供部屋に入った。そして、午前零時三〇分過ぎころ、被告人が、二段ベッドの上の段にあった枕を手に取り、上半身を折り曲げるようにして下の段に入れ、両手につかんだ枕を仰向けに寝ていたQの顔面全体を覆うようにして強く押し付け、Bが片足をベッドの上に上げてQに馬乗りになり、両手でQの両手を掴み、両脇と膝を使ってQの身体を押さえ込んだ。ところが、Qが息苦しい様子で必死に顔を左右に何度も動かしたので、Bは、Qの身体を押さえ付けながら右手を伸ばして枕の下に入れ、Qの前頸部をつかんで絞め付けるとともに、被告人と交代したCがQの身体を押さえ付けるなどして、Qを扼頸による窒息により死亡させて殺害した。
 
引き続いて、Cは、二段ベッドの上の段で寝ていたR子を起こし、その口元にBから渡された透明粘着テープを貼り、さらに、R子を後ろ手にして手錠を掛けた。そして、BがR子を抱えて一階に降り、六畳居間のソファに座らせた後、Cが、怯えるR子からO家の家族構成等を聞き出した。他方、被告人は、それまでに二人を殺害したことで疲れを覚えたことなどから、見張りを口実にBとCの了承を得た上で家の外に出て、O方から約一〇〇メートル離れたビルの階段脇に座って休んでいた。
 
午前一時四〇分ころ、Oが、ベンツを運転して帰宅し、家の中に入るや、Cが、一階台所において、Oに対し、「こっちに来い」と怒鳴るとともに、BがR子の頸部にナイフを突き付けている状況を見せながら「座れ」と命じると、Oは、跪いて「私の娘を殺さないでくれ。お前達の言うことを聞く」と言って哀願した。そこで、Cは、Oを後ろ手にして手錠を掛け、足にも手錠を掛けた上、Oが落とした小さなバッグから、現金約二万二、三千円、キャッシュカード及び預金通帳を強取した。他方、被告人は、Oが運転するベンツがO方の車庫に入るのを認めるや再びO方に戻り、一階台所に赴いたところ、Oが後ろ手に手錠を掛けられ両足を前に伸ばして座っているのを認めた。その後、Cが、Oを一階廊下に移動させた後、キャッシュカードの暗証番号を尋ねていたが、被告人に対し「こいつは正直に答えていない。蹴りに来て」と指示したので、被告人は、Oの背後から右足で回し蹴りのようにしてその肩か頭付近を蹴り付けると、Oの身体が洗面所入口の引き戸に当たってガラスが割れた。Oがキャッシュカードの暗証番号を話すと、被告人は、Cから渡されたキャッシュカードに、Oが言った四桁の番号を書き、Cに手渡した。さらに、被告人は、Cから言われて、階段下のカバン掛けの脇に置いてあった電気掃除機のコードを包丁で切断した後、そのコードでOの上半身のほか、手首や上腕部を縛り、その顔面等に透明粘着テープを巻き付けて口唇部を塞いだ上、Oを玄関の上がり框に移動させ、八畳和室のパイプハンガーから持ち出したネクタイでその両膝を縛り、ベルトでその両足首を縛った。その上で、被告人とCは、Oをうつ伏せにし、その頸部にネクタイを巻き付けて後ろで一回交差させ、その両端をそれぞれつかみ、二回にわたって強く引き合ってOの頸部を絞め付け、殺害しようとしたが、Oがなかなか死ななかったため、一旦殺害を中止した。

 そして、Cが、Oの首を絞めていたネクタイを持って、R子がいた六畳居間に行き、Bの膝の上に横向きに抱えられていたR子の頸部にネクタイを巻き付けた上、BとCが、その両端をそれぞれつかんで強く引き合ってR子の頸部を絞め付け、R子を絞頸による窒息により殺害した。
 
その後、被告人らは、P子らの死体を海に投棄しに行くことにし、まず、BとCが、二階子供部屋からQの死体を抱えてきて、玄関の上がり框にうつ伏せになっていたOの足元に置き、その後、布に包んだP子の死体を玄関まで運んだ。他方、被告人は、ベンツを車庫から出してO方の玄関近くに停め、午前二時五〇分ころ、BとCが、Qの死体をベンツの後部座席に運び入れてから、ベンツに乗り込んだ。そして、被告人がベンツを運転して出発し、一旦B方の近くに停め、BとCがB方からダンベル二個と箱型鉄製重りを持ち出してベンツに積み込み、その後同市東区箱崎ふ頭付近の岸壁に至った。その後、被告人らは、午前三時過ぎころ、Qの死体をベンツから降ろして岸壁まで運び、その左手首に重さ約九・五キログラムのダンベルを手鍵で結び付けた上、Qの死体を岸壁から海中に投棄して遺棄した。
 
それから、被告人らは、被告人が運転するベンツでO方に戻り、午前三時五〇分ころ、BかCが、R子の死体を抱えてきてベンツの後部座席に運び入れ、その後、被告人らが協力してOをベンツの後部座席に乗せ、続いてBとCが、布に包んだP子の死体をOの上に乗せた。さらに、被告人は、コードを切断した電気掃除機や血痕の着いた玄関マットなどをP子の死体の上に乗せ、ベンツを運転して出発し、再び上記岸壁に至った。その車中、Cが「三、四万円しかなかった」「銀行には少ししか金が入っていないので、もう金は下ろしに行かない」などと言った。そして、午前四時過ぎころ、上記岸壁に到着すると、Cが、P子の死体の右手首に約三〇・四五キログラムの箱型鉄製重りを手錠で結び付けた後、被告人らが協力して、P子の死体を岸壁から海中に投棄して遺棄した。引き続き、被告人らは、Oの左手首に重さ約九・五キログラムのダンベルを手錠で結び付け、さらに、このダンベルにR子の死体の左足首を手錠で結び付けた上、そのまま岸壁から海中に投棄し、Oを海水吸引により溺死させて殺害するとともに、R子の死体を遺棄した。
四 本件強盗殺人事件の犯行後の被告人らの行動
 
被告人らは、Cの提案で、コードを切断した電気掃除機と血痕の着いた玄関マットなどを上記岸壁から少し離れた路上に放置されていた廃車の中に捨ててから、Oらが自発的に所在不明になったように装うために、被告人がベンツを運転して福岡県久留米市内に行き、午前五時過ぎころ、工場の駐車場にベンツを停めて放置した後、JR久留米駅に行った。そして、被告人は、Cから分け前として一万円一枚を受け取ってB及びCと別れ、一人でJR博多駅に戻り、帰宅する途中本件強盗殺人事件の犯行に使用した透明粘着テープや手袋等をゴミ袋に入れて処分した。また、BやCも、久留米市内において、O方から持ち出してきたキャッシュカードや預貯金通帳等を民家のゴミ袋に入れて処分した。
 
BとCは、六月二四日、福岡発上海行きの飛行機で中国に逃亡したが、被告人は、逃走資金がなく、同月二七日、かつて同居していたSの元へ金の無心に行って傷害事件を起こした。その後、被告人は、BやCと一緒に本件強盗殺人事件を起こしたことを打ち明けていた交際相手から、帰国するための逃走資金を用立ててもらい、八月六日の飛行機で中国に逃亡しようとしたが、判示第六の傷害事件で通常逮捕されるに至った。
第三 特に考慮した事情
 
当該裁判所が被告人に対する刑を量定するに当たって最も重視したのは、当然のことながら、本件強盗殺人事件に関する諸般の事情であり、以下、この点を中心に補足して説明する。
一 本件強盗殺人事件の特異性
 
本件強盗殺人事件は、一般住宅やマンション等が密集する閑静な住宅街において、深夜、最も安全かつ平穏であるべき自宅で、何の落ち度もないO家のOとP子夫婦、更には当時一一歳と八歳のいたいけない小学生の子供二人までもが被告人らの凶行に遭い、非情にも家族四人全員が殺害されたという凶悪かつ重大事件である。しかも、このような結果の重大性に加え、四名の死体が、手足に箱型鉄製重りやダンベルを手錠で結び付けられた無惨な姿で、箱崎ふ頭の海中から発見されたことから、世間の注目を集めるとともに社会に大きな衝撃を与えた。さらに、本件強盗殺人事件は、被告人を含む中国からの留学生三名が、当初からO方に押し入って家族全員を殺害するとともに金品を強取し、その死体を遺棄することを計画した上で実行し、被告人を除く二名が中国に逃亡してしまった点においても、特異な事件と言うことができる。
二 犯行の動機
 
被告人らは、O家が一戸建てで、ベンツを所有していることなどから、裕福な資産家であると勝手に思い込み、O方に強盗に押し入って金品を強取するだけでなく、事件の発覚を防ぎ、捜査機関からの追及を免れるために、何の落ち度もないO家の家族全員を殺害してその死体を遺棄することを計画し、実行したものであり、その犯行動機は、金銭を得るためにはかけがえのない人の生命でさえ犠牲にすることを厭わないという、余りにも身勝手かつ自己中心的で冷酷非情なものであって、誠に許し難く、斟酌すべき事情は全くない。
三 犯行の計画性
 
被告人らは、強盗に押し入る対象としてO方に狙いを定めるや、「ベンツが駐車されていない時を見計らってO方付近で待ち伏せをし、家人が夜中にベンツで帰宅して玄関の鍵を開ける時に、刃物を突き付けて一緒に家の中に押し入る。刃物で脅して手錠を掛け、家人にキャッシュカードを出させてその暗証番号を聞き出し、その後、家族全員をその家にある紐で首を絞めて殺害する。死体はベンツに乗せて山の中に運び、ツルハシやシャベルで穴を掘って埋める。午前九時に銀行のATMが開くので、ベンツに乗って行き、顔を隠すためにヘルメットを被ったBが現金を下ろし、ベンツは遠くに乗捨てる」ことなどを決めた上で、O方や死体を遺棄する場所を下見するとともに、犯行に使用する手袋、手錠、ナイフ、透明粘着テープ、ダンベル、箱型鉄製重りなどを準備し、台風が通過して人通りが少ない時間を見計らって、犯行に及んでいる。その間、被告人らは、死体を遺棄する場所を山の中から箱崎ふ頭に変更し、また、ベンツが戻ってくるのを待つことなく、開いていたO方の一階仏間の窓から屋内に侵入するなど、当初の計画を修正してはいるものの、犯行計画の枠組みに大きな変更はなかった。しかも、被告人らは、実際の犯行においても、当初の計画どおり、P子、Q、R子及びOを次々と殺害し、その間、R子にナイフを突き付けてOからキャッシュカードの暗証番号を聞き出すとともに、バッグ等から現金等を強取し、その後、Qの死体を、次いで、瀕死のOとP子及びR子の各死体をそれぞれベンツで箱崎ふ頭の岸壁に運び、その手足に重りを結び付けて海中に投棄しているだけでなく、犯行が発覚するのを防ぐとともにOらが自発的に行方不明になったように装うため、毛髪が落ちないように帽子を被って犯行に及んだり、窓等に付いた指紋を拭き取ったり、血痕が付着した玄関マットなどを持ち出して処分したり、ベンツを久留米市内にまで運んで放置したり、犯行に使用した透明粘着テープや手袋等を処分するなどしている。さらに、犯行後B及びCは計画どおり中国に逃走している。このように、本件強盗殺人事件の犯行は、被告人らが用意周到に謀議と準備を重ねた末に敢行した、高度に計画的な犯行であると言うことができる。
四 犯行態様の残虐性・悪質性
 
被告人らは、O方に侵入してから、わずか三〇分の間にP子とQを殺害し、その後Oが帰宅して一時間も経たない間にR子を殺害するとともに、Oに瀕死の重傷を負わせ、さらに、その後の一時間で四名を箱崎ふ頭の岸壁から海中に投棄してOを殺害するとともにQ、P子及びR子の各死体を遺棄したもので、被告人らが、当初の計画に従い、確定的かつ強固な殺意に基づいて本件強盗殺人事件を敢行したことは明らかである。
 
そこで、さらに、被告人らがP子、Q、R子及びOを殺害するなどした犯行態様を見ると、まず、P子については、被告人とCが、入浴中のP子に二人がかりで襲いかかり、その身体を湯の入った浴槽内に仰向けに押し倒し、手足や前頸部を押さえ付けてP子の顔を浴槽の湯の中に押し入れ、頸部圧迫と淡水溺水による窒息により死亡させて殺害し、次いで、Qについては、被告人が、子供部屋のベッドで仰向けに寝ていたQの顔面に枕を強く押し付け、Bが、Qに馬乗りになってその身体を押さえ付けるとともに、顔を左右に何度も動かして抵抗するQの前頸部を右手でつかんで絞め付け、さらに、被告人と交代したCがQの身体を押さえ付けるなどして、Qを扼頸による窒息により死亡させて殺害した。その上で、被告人らは、卑劣にも、R子を人質として利用することにし、R子の口元に透明粘着テープを貼り、後ろ手にして手錠を掛けて二階子供部屋から一階六畳居間に連れ出し、家族構成などを聞き出した上で、Oの帰宅を待ち、約一時間後にOが帰宅するや、BとCが、R子にナイフを突き付けてOの抵抗を奪い、その手足に手錠を掛け、さらに、被告人も加わって、Oからキャッシュカードの暗証番号を聞き出すなどした後、BとCが、R子の頸部に巻き付けたネクタイの両端をそれぞれつかみ、強く引き合ってR子の頸部を絞め付け、絞頸による窒息により死亡させて殺害した。また、被告人とCは、Oからキャッシュカードの暗証番号を聞き出すや、Oの上半身や手足を電気掃除機のコード等で縛るなどした上、Oをうつ伏せの姿勢にしてその頸部にネクタイを巻き付け、その両端をそれぞれつかみ、強く引き合ってOの頸部を絞め付けて瀕死の重傷を負わせ、その後、P子及びR子の各死体と一緒にベンツで箱崎ふ頭に運び、Oの左手首にダンベルを手錠で結び付け、さらに、そのダンベルをR子の左足首に手錠で結び付けて、岸壁から海中に投棄してOを海水吸引により溺死させて殺害するとともにR子の死体を遺棄した。その間、被告人らは、Qの死体を、ベンツに運び入れて箱崎ふ頭の岸壁に運んだ上その左手首にダンベルを手錠で結び付けて海中に投棄し、また、P子の死体も、その右手首に箱型鉄製重りを手錠で結び付けて海中に投棄し、それぞれ遺棄した。このように、被告人らがP子、Q、R子及びOを殺害するなどした犯行態様は、いずれも、短時間の間に手際よく敢行されているというだけでなく、被告人らは、顔面に枕を押し付けられたQが苦しさの余り顔を何度も左右に振って抵抗する姿を見ても、何ら逡巡することなく、その前頸部をBが右手で締め付けるなどして絶命させ、また、帰宅したOが、全く抵抗することなく、跪いて「私の娘を殺さないでくれ、お前達の言うことを聞く」と言って哀願したにもかかわらず、Oからキャッシュカードの暗証番号を聞き出すや、もはやR子には用が無いとして、後ろ手に手錠を掛けられ抵抗できない状態にあるR子の頸部をネクタイで絞め付けて殺害し、さらに、Oに対しても、キャッシュカードの暗証番号を聞き出した後、その頸部をネクタイで絞め付けて瀕死の重傷を負わせ、その後、箱崎ふ頭の岸壁から海中に投棄して殺害したものであって、その犯行の経緯や態様等からは、金銭を手に入れるという目的のためには、何の落ち度もない人の生命であっても、平然と、いとも簡単に奪って良心の呵責さえ感じない冷酷非情さが見て取れる。それだけでなく、利用できるものは利用し、用が無くなれば口封じのために殺害し、更にはその死体を海中に投棄して罪証隠滅を図るといった本件強盗殺人事件の犯行態様は、卑劣かつ狡猾で、残忍であって、そこには血の通った人間らしさや、人の尊厳に対する畏敬の念を全く感じることができない。
 
以上のとおり、被告人らがP子、Q、R子及びOを殺害するなどした態様は、誠に残虐であって悪質と言うほかない。
五 結果の重大性
 
被告人らは、わずか四時間の間に、OとP子夫婦、更には一一歳のQ、八歳のR子を次々と殺害し、その死体を海中に遺棄したものであって、何者にも代え難い、尊い四人の生命を奪った本件強盗殺人事件の犯行の結果が誠に重大であることは明らかである。
 
ところで、OとP子は、平成二年五月一六日に婚姻し、平成三年六月にQを、平成七年三月にR子をもうけた。また、Oは、結婚前から福岡市中央区警固で焼肉店を経営していたところ、やがてP子も店を手伝うようになり、さらに平成一〇年にはもう一店舗を開店し、その後順調に売り上げを伸ばしていたが、いわゆる狂牛病問題が発生したことから客足が落ち、平成一四年二月末には焼肉店を完全に廃業せざるを得なくなった。その後、OとP子は、経済的に苦しい生活を続けていたが、同年の秋ころから、P子の実兄が経営する婦人服の販売会社で働き始め、平成一五年五月末には同市博多区恵比寿に事務所を置いて若者向きの服を販売する会社の経営を始めた。このように、OとP子は、仕事に追われる忙しい日々を送る一方で、子供達にも愛情を注ぎ、Oは子煩悩な父親であり、P子は教育熱心な母親であった。他方、QとR子は、明るく、優しい性格で、それぞれ別々の私立の小学校に通い、学校の友達や教師からも慕われ可愛がられており、特に、Qは、中学受験を目指して塾通いを続け将来は医者になりたいとの希望を持って勉強に励んでいた。また、OとP子が焼肉店を経営していたため夫婦揃って家を空ける時間があり、その帰宅も遅かったことから、近所に住んでいるP子の実父母がO家の家事や育児を手伝うなどしており、毎日午前六時過ぎにはP子の父親がO方を訪れてQとR子に朝食を食べさせて学校に送り出し、夕方にはP子の父親と母親がO方を訪れてQとR子の世話や洗濯をするなどしていた。さらに、Oの母親も時々O方を訪れており、QとR子は、これら祖父母を慕い、なついていた。このように、O家は、経済的には必ずしも楽な状況にあったとは言えないものの、一家四人が家族仲睦ましく、幸せで、平穏な生活を送り、ことに、OとP子は、始めたばかりの衣料品販売株式会社を成功に導き、再び焼肉店を経営する夢を持つとともに、QとR子の成長を楽しみにし、また、QとR子も、将来の夢をあれこれと思い描いて毎日楽しい学校生活を送っていたのに、突如、被告人らの凶行によって、最も安らぐ家族団らんの憩いの場であるはずの自宅において、家族全員が理不尽にも非業の死を遂げ、幸せな家庭生活や将来の夢、希望などの一切を失うに至ったものであって、四人の無念さや悔しさは筆舌に尽し難い。しかも、P子は、入浴中に突如被告人らに襲われ、ほとんど抵抗することもできないまま、前頸部をつかまれて浴槽内の湯の中に顔を押し入れられて頸部圧迫と淡水溺水による窒息により死亡したものであって、被告人らに襲われた時にP子が感じた恐怖、驚愕、苦痛は計り知れない。また、Qは、二段子供部屋のベッドの上で仰向けに寝ていた時に枕を顔面に強く押し付けられ、苦しさで何度も顔を左右に振って抵抗したにもかかわらず、前頸部をつかんで絞め付けられ、扼頸による窒息により死亡したものであって、何が起きたか分からないまま苦悶の中で絶命したQの心情を思うと憐憫の情を禁じ得ない。さらに、R子は、ベッドで寝ていたところを見ず知らずの三名の大人の男から起こされ、透明粘着テープで口元を塞がれた上、後ろ手に手錠を掛けられ、抱え上げられて一階六畳居間に運ばれてソファの上に座らされた後、家族構成などについて詰問され、さらに、一時間後にOが帰宅するや、首にナイフを突き付けられ、頼りにしている父親が手足に手錠を掛けられるのを目の当たりにしただけでなく、廊下に連れて行かれて暴行を受ける音を聞くなどした後、ネクタイを頸部に巻き付けられて絞め付けられ、絞頸による窒息により死亡したものであって、その二時間余りの間に、わずか八歳のいたいけないR子が感じた恐怖感、不安感、絶望感には想像を絶するものがあったと考えられ、余りにも哀れと言うほかない。他方、Oは、帰宅して家の中に入るや、可愛がっていた愛娘が後ろ手に手錠を掛けられた上見知らぬ男から首にナイフを突き付けられている姿を目の当たりにし、何とか娘の命だけは助けたいという気持ちから「私の娘を殺さないでくれ。お前達の言うことを聞く」と言って哀願し、一切抵抗することなく手足に手錠を掛けられるなどした後自ら一階廊下に移動したのに、被告人からその肩か頭付近を右足で蹴られ、その後問われるままにキャッシュカードの暗証番号を話すや、さらに、上半身等を電気掃除機のコードで縛られ、透明粘着テープで口唇部を塞がれ、両膝等をネクタイ等で縛られるなどした後、うつ伏せの姿勢にされて、ネクタイを頸部に巻き付けられて絞め付けられ、瀕死の重傷を負うに至った上、それから一時間余りも玄関の上がり框に放置された後、R子及びP子の各死体と共にベンツに運び入れられて箱崎ふ頭の岸壁に運ばれ、R子の左足首に手錠で結び付けられたダンベルを左手首に手錠で結び付けられて海中に投棄され海水吸引により溺死したものであって、被告人らに捕われナイフを突き付けられて恐怖にうち震えている愛娘の姿を見た時のOの衝撃や絶望感の大きさ、更には、被告人らからネクタイで頸部を絞め付けられた時に感じた苦痛や無念さは察するに余りある。その上、O家の家族全員が箱崎ふ頭の海中から変わり果てた姿で発見されたことは、無惨かつ悲惨としか言いようがない。
 
以上のとおり,本件強盗殺人事件の犯行の結果は、もはや取り返しのつかない重大かつ深刻なものである。 
六 遺族の処罰感情
 
P子の父親は、公判廷において、現在の心境について次のとおり意見陳述をしている。すなわち、「事件が起きた六月二〇日のことは今でも忘れることは出来ません。四人の遺体を目の前にし、信じられず、ショックの余り全身の力が抜けました。気が狂いそうな悲しみと怒りは、年月が経っても癒されるどころか苦しみとなって増すばかりです」「三人の中国人が逮捕されましたが、この手で四人の無念を晴らせるものなら晴らしたいと思いました。事件以来、残された私達はすっかりふさぎ込み、何をしても空しく、寂しく、生きる力を奪われています。四人を思うと『こわかったろう。辛かったろう、悔しかったろう』と涙が出るばかりで、夜は寝られず、仮に眠っても四人が殺される夢にうなされて目が覚めます。四人と過ごした時間や、一緒に訪れた場所を思い出すたびに、『どうしてこの世に四人がいないのだろう。どうして自分たちが救ってやれなかったのだろう』と胸が締めつけられ、涙がとめどなくあふれます」と述べて、その悲痛な心情を吐露している。また、Oの母親は、「私には、身寄りが一人もいなくなりました」「何も生き甲斐がありません。なぜO達がこんな目に遭わされなければいけないのか、どうしても分かりません」「私で身代わりになれるものなら、なりたかったと思います。少しばかりのお金が目当てなら、私の全財産を犯人達にあげるので、息子達を助けて欲しかったと思います」と述べて、その悲嘆の情を露わにしている。
 
そして、いずれの遺族も、宝とも言うべきかけがえのない子供夫婦と可愛い孫達を一挙に失った衝撃の大きさや、今なお癒されぬ空虚感や脱力感、やり場のない怒りや悲しみを訴えており、遺族らの心情は痛ましいの一語に尽きる。また、遺族が、「犯人に謝罪や償いの思いがかけらでもあるなら、それを確かめ、仏前の四人に報告してあげたい。その思いだけを支えに日々の生活を送っています。私達は、三人のあまりに理不尽で残酷な犯行を、絶対に許すことはできません。極刑に処されても余りある罪だと思っています」などと述べて、被告人らに対する峻厳な処罰感情を示しているは至極当然と言うべきである。

七 社会的影響
 
本件強盗殺人事件は、深夜、閑静な住宅街で、小学生の子供二人を含む一家四人全員が惨殺され、変わり果てた姿で博多港において発見されたという凶悪かつ重大な事件であり、結果の重大性や犯行の残忍さなどから、世間の耳目を集め、一般社会に強い衝撃を与えたことは否定できない。
八 被告人の個別的事情
(1)被告人が犯行に加わった経緯
 
被告人は、共犯者であるB及びCから本件強盗殺人事件に誘われた際、将来の学費等を自ら調達する方法がなかったことに加え、Bから「少なくとも一人一〇〇万円にはなる。それ以上の何百万円になるかもしれない」と言われ、まとまった金を得たいという気持ちからB及びCの誘いに応じたものであって、その犯行動機に酌むべき事情はない。なお、被告人は、公判廷において、「B及びCからの誘いを断れば、犯行計画を知った私は、B及びCにとって爆弾のような存在になるので、いずれB及びCから私が殺されるかもしれないと思った」ことも犯行に加わった動機である旨供述しているが、それが本件強盗殺人事件の犯行への加担を正当化できるものでないことは言うまでもない上、当時被告人が、自己の生命、身体に対する具体的な危険を感じていたことを窺わせる事情が存在したとは言えないことをも併せ考えると、被告人が供述する動機をもって格別斟酌するに値すると言うことはできない。
(2)犯行において被告人が果たした役割
 
被告人は、B及びCから本件強盗殺人事件の犯行に誘われ、これを承諾するや、連日、B及びCと行動を共にし、O方や死体遺棄現場の下見をし、また、家人を脅すのに使用するモデルガンや殺害した死体を海中に沈める重しとして使用する箱型鉄製重りをB方に持ち込み、Bが購入してきたダンベルを組立て、手錠の鎖を電気コードで補強するなどして、本件強盗殺人事件の犯行の準備に関与していたものであって、被告人がB及びCからの誘いに応じる前既に本件強盗殺人事件の犯行計画の概要が固まっており、被告人が加わってわずか三日後には本件強盗殺人事件が実行されたことを考慮しても、犯行を実行する直前の重要な時期における被告人の準備行為への関与は重大である。
 
そして、被告人は、P子に対しては、先頭を切って浴室内に入り、CとともにP子の身体を浴槽内に仰向けに押し倒した上、右手でその前頸部をつかんでP子の顔を浴槽内の湯の中に押し入れ、頸部圧迫と淡水溺水による窒息によって死亡させて殺害し、Qに対しては、仰向けに寝ていたQの顔面に枕を強く押し付けた後Cと交代し、Oに対しては、手足に手錠を掛けられていたOの背後から右足で回し蹴りのようにしてその肩か頭付近を蹴り付け、さらに、掃除機のコードでその上半身のほか、手首や上腕部を縛り、顔面等に透明粘着テープを巻き付けて口唇部を塞ぎ、ネクタイ等でその両膝等を縛るなどした上で、うつ伏せにしたOの頸部にネクタイを巻き付け、C共々その端をつかんで強く引き合ってOに瀕死の重傷を負わせ、その後OとP子及びR子の各死体を乗せたベンツを運転して箱崎ふ頭の岸壁まで走行し、B及びCと協力して、その左手首にダンベルを手錠で結び付けるなどしたOをR子の死体共々海中に投棄して海水吸引による窒息により死亡させて殺害し、また、Qの死体を乗せたベンツを運転して箱崎ふ頭の岸壁に赴き、B及びCと協力してP子の死体を海中に投棄して遺棄している。このように、被告人は、P子、Q及びOの三人に対する各強盗殺人の実行行為そのものに関与している上、P子、O及びR子の各死体遺棄の実行行為をも分担しているのであって、被告人が本件強盗役人事件の犯行において果たした役割は極めて重要かつ不可欠なものであったことは明白である。その上、被告人は、
犯行後、ベンツを運転して久留米市内に行って工場の駐車場に放置し、犯行に使用した透明粘着テープ等を投棄して処分している。
 
ところで、被告人が上記各行為に及んだ経緯を見ると、被告人は、BやCの提案、指示に従って行動していた面があり、また、途中で一人だけO方を抜け出して休息するなどしており、必ずしもB及びCほどには積極的に行動していなかったと言えるものの、上述したとおり、被告人が、本件強盗殺人事件における殺害行為や死体遺棄行為について、極めて重要かつ不可欠な役割を果たしていたことに加え、犯行後、Cから、強奪した約三万七〇〇〇円の中から分け前として一万円を受け取っていたことをも併せ考えると、本件強盗殺人事件における被告人の役割がB及びCに比べて従属的であったとまでは評価することができない。
(3)被告人の犯罪性向等
 
被告人は、中国から日本に留学して専門学校に通っていたが、その後、生活が乱れてビザの更新に必要な学費等の捻出に窮し、この費用はDから用立ててもらったものの、そのために学費等を納めることができなくなったDが、金を手に入れるために強盗を計画して被告人を誘うや、Dの恩義に報いるためにこれに応じ、Dらと共謀の上で、多額の現金を持っていると思われる来日直後の中国人留学生宅に押し入って現金等を強取したのを手始めに、日本語学校に侵入して現金等を盗み、アルバイトをして高級品を持っていると考えた中国人留学生宅に侵入して財布等を盗んだだけでなく、その後Dが大阪に逃走した後も、B及びCと強盗の計画等について話し合ううちに、お互いが連絡を取り合うのに必要なことから、他の中国人留学生の名義を騙って携帯電話機等を詐取し、その後、B及びCから本件強盗殺人事件の犯行計画を打ち明けられて誘われるや、まとまったお金を手に入れるためにこれを承諾し、B及びCと共謀の上で、O方に押し入って家族四人を惨殺して金品を強取し、さらに、その死体を箱崎ふ頭の岸壁から海中に投棄して遺棄するという凶悪かつ重大な犯行に及んだものである。しかも、被告人は、本件強盗殺人事件の一週間後には、些細なことから以前同居していた女性に暴行を加えて傷害を負わせる事件を起こしただけでなく、八月初旬には、捜査機関がB方を捜索したことを知るや、交際相手から逃走資金として約一三万円を受け取り、中国に逃亡することを企てたものであって、そこには、本件強盗殺人事件においてO家の家族四人を殺害するなどしたことを悔いるどころか、交際相手を犠牲にしてでも自己の保身を図ることに汲々としている被告人の心情を看取することができる。
 
以上のように被告人が本件強盗殺人事件に至った経緯を見ると、被告人は、当初はDの恩義に報いるために犯罪に手を染めたとはいえ、実際には強盗事件の現場で自ら積極的に二人の被害者に暴行を加えるなど、決して傍観者的な立場で犯行に加担していたわけではなく、しかも、わずか二か月余りの短期間内に、金目当ての強盗や窃盗を計画し、それを実行する中で、次第に規範意識を鈍麻させるとともに犯罪性向を深化させた上、やがて確かな根拠もないまま大金があると思い込んだO家に狙いを付け、B及びCとともに、O方に押し入って家族全員を惨殺し、その死体を遺棄するなどしたものであって、このような被告人の自己中心的かつ身勝手で、冷酷、残忍な思考や行動傾向は、本件強盗殺人事件に至る経緯や犯行状況、更には犯行後の行動に至るまで随所に現れており、それらは単に共犯者の影響によるものとして片づけられるものではなく、被告人の人格に根ざしたものと言わざるを得ない。
第四 結論
 
そうすると、被告人が起訴された事実を概ね認め、法廷においても反省の弁や被害者らに対する謝罪の言葉を述べていること、被告人は未だ二五歳と若く、これまで日本における前科がないこと、中国には両親と弟がいて被告人のことを心配していること、被告人は来日した当初は日本語学校や専門学校にまじめに通っていたことなど、本件において認められる被告人にとって有利に酌むべき一切の事情のほか、本件強盗殺人事件の共犯者であるBが中国の中級人民法院において「犯罪後の自首又は重要な協力をしたこと」を理由に減刑され無期懲役刑に処せられたことを最大限考慮してみても、既に述べた本件強盗殺人事件の犯行の悪質、動機、態様ことに殺害の手段方法の残虐性・悪質性、結果の重大性ことに殺害された被害者の数、遺族の処罰感情、社会的影響、犯行後の情状等に照らすと、被告人の刑事責任は誠に重く、死刑は人間存在の根源である生命を永遠に奪い去る究極の刑罰であって、その適用には特に慎重を期すべきであり、生命の尊さは被告人にも等しく妥当する普遍の原理であるとしても、罪刑の均衡の見地からすれば、被告人にはその生命をもって償わせるのが相当であり,一般予防の見地からも、被告人に対しては死刑をもって臨まざるを得ない。
 
よって、主文のとおり判決する。 
(求刑 死刑)
福岡地方裁判所第三刑事部
裁判長裁判官 川口宰護
 
裁判官國井恒志及び同古賀英武はてん補により署名押印することができない。
裁判長裁判官 川口宰護

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