業務上過失致死福岡1

業務上過失致死福岡1

福岡地方裁判所小倉支部/平成11年(わ)第742号

主文
被告人は無罪。

理由
 
本件公訴事実は、「被告人は、平成一一年二月一六日午後三時二五分ころ、業務として特殊大型作業用車(車両重量約三万八八五〇キログラム)を運転し、北九州市○○区大字○○字○○××番×所在の北九州学術・研究都市南部区画整理事業地区×-×工区整地工事現場において、発進、右転回するに当たり、右側方及びその前後を注視し、他の作業用車両の有無及びその安全を確認して発進、転回すべき業務上の注意義務があるのにこれを怠り、前記安全確認不十分のまま右転回を開始した過失により、折から右斜め前方約一・八メートルから約三・三メートルの間に一時停止したT取K次(当三五年)運転の普通乗用自動車に気付かず、同車を自車右前後輪で轢過し、よって、即時同所において、前記T取運転車両に同乗中のK澤S二(当時四一年)を上半身圧迫により圧死させるとともに、前記T取に加療約一四日間を要する右肋軟骨損傷、左大腿部挫創等の傷害を負わせたものである。」というのである。
 
そこで、検討するに、本件公訴事実における被告人の過失は、被告人運転車両(以下「被告人車両」という。)が発進した時、T取K次運転の普通乗用自動車(以下「被害車両」という。)が被告人車両の右斜め前方約一・八メートルから約三・三メートルの間に一時停止しており、被告人が被害車両を発見することができたことを前提としていることになる。
 
したがって、まず、被告人車両が発進した時に被害車両が停止していたとの事実を認定することができるか否か検討する。
 
被告人車両が発進した時に被害車両が停止していた事実に関する直接証拠は、証人T取K次の公判廷における供述及び同人の平成一一年五月一八日付司法巡査に対する供述調書のみである。その内容は、「自分の車は、事務所に帰る方向で走っていましたけど、前からジープが来ていましたので、前の道が狭かったため停車しました。左に重ダンプが止まっているのは分かっていました。で、右にもバックホーや重ダンプが走っていましたので、自分は、その走っとるほうに気を取られてました。それで気が付いたときには、K澤さんが、オーイという声を出したので、自分は右を向いていましたけど、左を向いた瞬間は、もう重ダンプがボンネットの上に乗り上げていました。」(第四回公判七三項)、「カラーコーンの中を走ってきて通り過ぎる予定が、前からジープが来ていましたんで止まったんですけれども、右側にも重ダンプが走っていましたし、自然的にその位置に止まったという形になりました。」(同九八項)、「事故当時は、完全に平地にはなっておらず、山とは言えませんが、小高い丘の様な間に仮設の細い舗装されていない道路が伸びていました。丁度、その時、左方向の目測二〇〇メートル位の位置に、私達の乗った車の方向へ向かって来る一台の緑色ジープが(図面による場所の特定省略)走っていました。(図面による場所の特定省略)私は、無理して対向車が来ている細い道に急いで入って行く必要もないし、又、右方向の(図面による場所の特定省略)位置にユンボで土砂を積んでいるダンプが今にも発進しようとしていましたので、徐々に(図面による場所の特定省略)車のスピードを緩め始めました。その時、(図面による場所の特定省略)重ダンプが止まっているのは分かっていました。(図面による場所の特定省略)止まっている重ダンプには、方向指示器や駐車灯等点灯しておらず又、現場は、かなり工事の騒音でうるさく重ダンプのエンジン音等聞こえないので、無人の状態で止まっているものと思いました。ですから、私は、車を(図面による場所の特定省略)ゆっくり動かし、重ダンプの右側近約三メートルの位置に停車しました。」(平成一一年五月一八日付司法巡査に対する供述調書)というものである。
 
前記T取の供述を前提とすると、T取が見たジープ(以下「ジープ」という。)の運転者からも、事故前に被害車両が事故現場に向かって走行しているのが見えたはずである。仮に、ジープの車高が被害車両の車高より高かったとしても、それに応じてその運転者の目の位置も高くなるから、被害車両の運転者だけから相手車両が見えるということはない。
 
しかし、ジープを運転していたD井A光は、「私がこの事故を目撃した位置は取りつけ道路の見取図(省略、以下同じ)の〔1〕のところです。この部分は起伏があり手前から上り、〔1〕の位置が頂点、そこから下りという状態でした。私がこの事故を目撃したのは、この頂上部であり、その手前からは、斜面で事故の様子は全く見えないと思います。その時の事故現場の様子は、すでに重ダンプが斜め手前に傾いている状態でした。この重ダンプの位置は見取図の〔2〕のところです。先程話した斜面を上りきって視界が開けたと同時にその光景が目に入り、斜めになった重ダンプについて不思議に思ったのですが、すぐその重ダンプの前輪と後輪の間から潰れた乗用車が見え、重ダンプが乗用車を轢いたと分かったのです。(途中省略)私が別な重ダンプを見たのは、取りつけ道路の見取図〔1〕よりかなり後方の位置だと思うのですが、(途中省略)その時の位置を見取図Aとして記入します。このAの位置からも轢かれる前の普通車は絶対に見ていませんが、いま思うとAの位置から見取図〔2〕付近に重ダンプが停まっていたのを見たような気がします。」(平成一二年二月一日付司法警察員に対する供述調書)と供述し、ジープに同乗していたS元T宏も「坂の頂上の手前は坂道ですから掘削現場の小高いところにあるバックフォーしか見えずその先の状況は確認できませんでした。ですから掘削現場から出てきた重ダンプはもとより事故を起こした重ダンプやワゴン車には全く気が付きませんでした。」(平成一二年二月一日付司法警察員に対する供述調書)と供述している。
 
そうすると、事故前に対向してくるジープを見たため事故現場に停止した旨のT取の供述は、D井及びS元が事故前に被害車両を見ていない旨供述していることと矛盾する。
 
また、平成一一年二月一六日付司法警察員作成の実況見分調書(検察官請求番号甲八の写真二七)によると、本件事故現場に停止した被害車両の右後輪の接地面から左斜め後へ続く引き摺り痕があり、さらにこれと連続してスリップ痕があることが認められる(この実況見分を行った警察官M嶋Y明は、長年交通事故事件捜査の経験があり、実況見分を正確に行っている旨供述しており、前記痕跡が被害車両と無関係のものとは考えられない。)。このスリップ痕及び引き摺り痕によると、被害車両が急制動によりスリップしている時に被告人車両と接触して引きずられたと考えるのが自然であり、停止後に被告人車両と接触した可能性も否定はできないが、スリップ痕が生じるような急制動をしたことは否定できない。
 
そうすると、「車をゆっくり動かし、重ダンプの右側近約三メートルの位置に停車しました。」とのT取の供述は、このスリップ痕とも矛盾する。
 
以上によると、事故前に対向してくるジープを見たため事故現場に停止した旨のT取の供述は、前記D井及びS元の各供述及び被害車両の右後輪のスリップ痕状況と矛盾し、その信用性に多大の疑問がある。
 
また、福岡県警察科学捜査研究所技術吏員M本A彦作成の鑑定書(検察官請求番号甲四一)及び同人の供述によると,被告人車両と被害車両との接触時、被害車両の速度は、停車もしくは微速程度であったことが窺われるが、接触直前まで被害車両が動いていた可能性を否定するものではなく、被告人車両が発進した時に被害車両が停止していたことを認めることはできない。
 
更に、被告人は、捜査段階において、被告人車両の事故前の停車位置が事故現場に停止していた被害車両の見える場所であった旨供述しているが、被害車両がその場所に停止していたことは見ていない旨述べており、本件事故現場付近は、広大な造成中の土地の一部であり、一般道路のように停止場所等特定の根拠とできるような工作物や被告人車両が停止していた場所を示す痕跡などはなく、被告人車両の事故前の停車位置に関する供述は、捜査官の誘導に従い、被告人車両の事故後の停止位置や事故現場からさかのぼって考えたことに基づくものと思料され、十分正確なものとは言い難い。 
 
以上によると、被告人車両発進時に被害車両が被告人車両の右斜め前方約一・八メートルから約三・三メートルの間に一時停止していたとの事実を認めるに足りる証拠がないので、その余の事実の存否について検討するまでもなく、本件公訴事実における被告人の過失を認めることができない。よって、本件公訴事実については犯罪の証明がないことになるから、刑事訴訟法三三六条により被告人に対し無罪の言渡しをする。

平成一三年九月七日
福岡地方裁判所小倉支部第二刑事部
裁判官 大泉一夫

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