業務上過失致死福岡2

業務上過失致死福岡2

福岡地方裁判所/平成七年(わ)第八九七号

主文
被告人は無罪。

理由
第一 本件公訴事実は、「被告人は、業務として普通貨物自動車を運転し、平成六年一〇月一八日午後六時五七分ころ、福岡県糟屋郡古賀町(現在古賀市)○○M社敷地内から発進して一般道路を進行するに当たり、荷台後部のドアパネルを閉じずにこれを降ろしたまま進行すれば、ドアパネルが尾灯等の灯火を覆い、後方から尾灯等を視認できず、当時は夜間であったから後続車両による追突事故の発生が予想されたのであるから、ドアパネルの開閉状態を確認し、これを確実に閉めてから発進進行すべき業務上の注意義務があるのに、これを怠り、ドアパネルを降ろした開放状態のまま発進進行した過失により、同日午後七時ころ、同町○○先道路を○○交差点方面から○○交差点方面に向かい時速一五ないし二〇キロメートルで進行中、折から、自動二輪車を運転して後方から進行してきたX(当時二三歳)をして自車の発見を遅れさせ、急制動の止むなきに至らせて転倒滑走させた上、自車後部に衝突させ、よって、同人に両肺挫傷等の傷害を負わせ、同月一九日午前零時二分ころ、福岡市○○N病院において、同人を右傷害により死亡するに至らせたものである。」というのである。
第二
一 本件の争点
 
弁護人は、「被告人には、荷台後部のドアパネルを閉じずにこれを降ろしたまま進行したという道路交通法令違反があることは認めるが、業務上過失致死罪における過失はない。また、尾灯をドアパネルが覆っていたこととXの急制動との間にはなんらの因果関係はなく、まして、その後のXの転倒、滑走、衝突、受傷そして死亡との間にはなんらの因果関係もない。」と主張している。
 
被告人に本件公訴事実記載の過失を認めるには、「被告人運転車両(以下、「被告人車」という。)がドアパネルを降ろした状態のまま発進進行したことにより尾灯が覆われ、これにより、Xが停止距離の範囲外で、被告人車を発見することができず、本件事故が起った。」ことが証明されなければならない。したがって、本件の争点は、「被告人車がドアパネルを降ろした状態のまま進行していても、Xが、被告人車を停止距離の範囲外で発見することが可能であったか否か」ということになる。もし、可能であったなら、被告人車が右ドアパネルを閉めて尾灯が覆われていない状態にあったとして本件事故が起こったことになり、結局、被告人には結果回避可能性が存しなかったこととなり、本件過失が認められないこととなる。なお、被告人車は、低速ながらも進行していることが認められるので、厳密に言えば、停止距離の範囲外で発見できなくても、衝突を回避できる場合があるので、この点についても、併せて検討する。
二 証拠上明らかな事実
 
関係各証拠によれば、以下の事実が認められる。
1 被告人車は、平成六年一〇月一八日午後六時五七分ころ、普通貨物自動車のドアパネルを閉じずに、福岡県糟屋郡古賀町(現古賀市)○○所在のM社○○工場を出発し、同第二工場に向かった。
2 被告人車は、○○工場を出発すると○○方面から、国道四九五号線に向かった。
 
そして、左折して同国道に出る際、左右の交通が途切れるのを二分間くらい待った。
3 被告人車は、左折して同国道を福岡方面に進行した。左折してから、約八〇・四メートル進んだ地点で、X運転車両が被告人車に後ろから衝突した。
4 X車は、被告人車に衝突前、急制動の措置を講じて転倒しているが、スキッドの長さは、約一二メートル、擦過痕(転倒したX車と路面との擦過痕)の長さは約一〇・六メートル、衝突地点から、スキッドの開始地点までの距離は約一七・八三メートルであった。
三 争点の検討
1 前提条件の設定
 
被告人は、衝突時の被告人車の速度について、捜査段階では、「時速約一五ないし二〇キロメートル」(乙4・三項)と、公判においては、「二〇キロから二五キロぐらいの状況」(五回公判・九)と供述している。また、被告人の供述から、被告人車は左折後おおよそ一定の速度で進行していたことが認められ、実況見分調書(甲1)によれば、左折地点から衝突地点までの間に信号機はなく、国道四九五号線(以下、「本件道路」という。)は見通しの良い直線道路であることが認められる。したがって、被告人車は左折後、時速約一五ないし二五キロメートルで進行していたことが認められる。
 
急制動する前のX車の速度について、鑑定人Oの鑑定書では、「低めにみて時速約六二キロメートル、大きめにみて時速約七四キロメートルと推定される」(3(1))となっている。O鑑定は、本件事故経過を物理法則に基づいて計算した上鑑定したものと認められ、十分信用性はあると考える。また、前述のように、本件道路は見通しの良い直線道路であること等から、X車はおおよそ一定の速度で進行していたと考えられる。したがって、X車は本件道路を○○交差点方面から○○交差点方面に向けて時速六二ないし七四キロメートルで進行していたことが認められる。
 
O鑑定によれば、X車は、二輪車の急制動時に前輪または後輪のうち一輪のみが作用し、その場合の摩擦係数は、〇・三二ないし〇・四七であること、急制動時に前後輪が作用したとした場合の摩擦係数は、〇・五八ないし〇・七二であることが認められる。また、転倒滑走した場合のスライディング係数は、時速四〇キロメートルの場合、アスファルトにおいては最小で〇・四五であることも認められる。
 
O鑑定によれば、二輪車の急制動時の空走時間は、反応時間と踏込時間を加算して計算され、反応時間は、〇・三八ないし〇・五〇秒、踏込時間は、〇・〇七ないし〇・一五秒であることが認められる。したがって、空走時間は、〇・四五ないし〇・六五秒であることが認められる。
 
被告人の本件過失の有無を検討するにあたり、衝突の危険性が最も大きい条件下において、ドアパネルを開いて尾灯を覆ったことによる衝突結果回避の可能性の有無を検討する。この条件は、被告人車の時速は最小の一五キロメートル、X車の時速は最大の七四キロメートル、摩擦係数を最小の〇・三二(過失を検討する前提になる停止距離を考えるに当たっては、前後輪作用の場合の係数を考えるべきであるが、本条件下ではあえてそれより低い値で検討する。)、空走時間は最大の〇・六五秒ということになる。
2 右の場合の検討
(一)まず、被告人車が本件道路に進入し左折したとき、X車がその何メートル後方を進行していたかを検討する。
 
被告人車の秒速は、約四・二メートル(別紙計算書〔1〕・小数点第二位以下四捨五入、以下同じ。)であるので、被告人車が、左折してから衝突地点までに達するのに要する時間は、約一九・一秒(別紙計算書〔2〕)ということになる。一方、衝突前のX車の速度は、急制動により、落ちており、O鑑定によれば、時速四一ないし四七キロメートルであったことが認められている。
 
二4によれば、衝突地点からスキッドの開始地点までの距離は約一七・八メートルであるが、仮に、X車がこの間を最低の時速四一キロメートル(秒速約一一・四メートル、別紙計算書〔3〕)で進行した場合、この間を移動するのに要する時間は、約一・六秒(別紙計算書〔4〕)ということになる。したがって、被告人車が本件道路に進入し左折してから、X車が時速七四キロメートルで進行していた時間は、最小で約一七・五秒(別紙計算書〔5〕)ということになる。時速七四キロメートルというのは、秒速約二〇・六メートル(別紙計算書〔6〕)であるので、被告人車が左折したとき、X車はその約二九八メートル(別紙計算書・)以上後方の地点を進行していたことになる。
(二)停止距離の計算
 
停止距離は、制動距離と空走距離を加算して計算され、制動距離は別紙計算書〔8〕の式で、空走距離は別紙計算書〔9〕の式で求められると物理学上考えられている。
 
そこで、X車の停止距離を計算すると約八〇・八メートル(別紙計算書〔10〕)ということになる。したがって、X車が急制動中も被告人車が進行することを考えると、Xが、被告人車の後方約八〇・八メートルの地点において、被告人車に気づき、即急制動すれば、十分衝突は避けられたと考えられる。被告人車が、左折したとき、X車との距離は約二九七・九メートルであり、両車の秒速の差は、約一六・四メートル(別紙計算書〔11〕)である。よって、両車の距離が、約八〇・八メートルに近付くのは、被告人車の左折後約一三・二秒後(別紙計算書〔12〕)ということになる。その時の被告人車の位置は、衝突地点の約二五メートル(別紙計算書〔13〕)手前、X車の位置は、衝突地点の約一〇五・八メートル(別紙計算書〔14〕)手前ということになる。
(三)X車からの視認状況
 
実況見分調書(甲9)によれば、本件道路において最も暗い場所は衝突地点の手前約二〇メートルの地点であることが認められる。したがって、右実況見分調書によれば、右の約二五メートル手前の地点というのは、最も暗い場所の手前で、M社の出入口の照明に照らされて明るいC範囲の中もしくはそこに極めて近い場所ということになる。C範囲は、「新聞の一倍活字は、容易に判読可能」な場所である。
 
実況見分調書(甲9)によれば、静止状態においては被告人車が、最も暗い場所にあっても、一四五・四メートル手前から、前照灯下向きの状態のバイク脇一・五メートルの高さから幌付トラックの形状がぼんやりと視認できることが認められる(写真〔14〕)。また、実況見分調書(甲2)によれば、被告人車を衝突地点及び衝突地点の四四・五メートル手前(甲9の実況見分調書におけるB範囲とC範囲の境界付近)に置いた場合、それぞれその八〇メートル手前からも、被告人車がはっきり見えることがわかる(写真〔3
 
〕及び〔6〕)。
 
動体視力が、静止視力より落ちることは、人間工学上明らかであるが、問題は、その落ち方にあると考えられる。動体視力は、距離が近いほど、中心から外れるほどその落ち方が大きいと考えられる。本件では、約八〇メートルという遠距離における、また、直線における動体視力が問題となっており、動体視力の落ち方は小さい場合に当たると考えられる。さらに、動体視力は対象の色による影響も受け、白色の物体が最も識別しやすいものと考えられるが、被告人車のドアパネルの色は銀色という白色に近く、しかも、光の反射効果も大きいものと認められ、かなり識別しやすいと考えられる。したがって、動体視力が落ちることを考慮にいれたとしても、本件においてはその落ち方は小さく、実況見分の場合(甲9)より、被告人車が明るい場所にあり、かつ距離も半分に近い距離なので、Xは被告人車を発見することができたと考えられる。
 
以上により、被告人車がドアパネルを降ろした開放状態のまま進行していても、X車は被告人車を停止距離の範囲外で発見することができ、衝突を回避する措置をとることができたと考えられる。
 
なお、実況見分調書(甲9)における動体視力のテストでは、二五ないし三〇メートルの距離に接近して初めて、Xから見て被告人車が静止しているか進行中かを確認できるとなっているが、被告人車が進行中か否かを確認できる距離と被告人車を発見できる距離とは別と考えられるので、前記認定は、このテストと矛盾するものではない。
(四)被告人車も進行していたことへの考慮
 
被告人車は実際には停止しているのではなく、進行しているので、X車は被告人車の後方八〇・八メートルより近付いてから、急制動をしたとしても、衝突前に止まれたものと考えられる。そして、Xが衝突地点の八〇・八メートル手前で被告人車に気づき急制動した場合には、衝突地点で停止することになるが、その場合、X車が、被告人車の左折地点の後方二九七・九メートルの地点から、衝突地点の八〇・八メートル手前に達するまでに要する時間は、約一四・四秒(別紙計算書〔15〕)であり、そのときの被告人車の位置は、衝突地点の約一九・九メートル(別紙計算書〔16〕)手前にいることになる。そして、この時の車両の間の距離は、約六〇・九メートル(別紙計算書〔17〕)である。したがって、X車が被告人車の後方約六〇・九メートルに近付いた時に、これに気づいて急制動すれば、車両の衝突は避けられたと考えられる。実況見分調書(甲9)によれば、衝突地点の約一九・九メートル手前は,同調書上の「最も暗い場所」に近いが、同調書添付の写真〔15〕に鑑みても、この場合はXは被告人車を容易に発見することができたと考えられる。
 
以上より、被告人車がドアパネルを降ろした開放状態のまま進行していても、Xが前方を注視するなどの運転者としての通常の注意義務を尽くして運転していれば、停止距離の手前で被告人車に気づくことができ、そこで急制動をすれば本件衝突を回避できたと考えられる。 
(五)Xが実際に危険を感じたと認められる位置
 
実際のX車は、衝突地点の約三一・二メートル(別紙計算書〔18〕)手前で、急制動を開始したことが認められる。なお、実況見分調書(甲9)によれば、現場付近で最も暗い場所に本件被告人車を置いて、約一四五・四メートル後方より見ても路上に道路を明らかに塞いでいる物体が視認できることが分かり(写真〔14〕)、たとえ、右の動体視力の点を考慮しても、一般通常人が運転したなら右地点から被告人車方向へそう離れていない地点において、前方の被告人車に気づいて減速等の措置を取り得るものと認められ、被害者の本件急制動の措置は被告人がドアパネルを閉めないで進行したことによるものではないとの合理的疑いが生じる。
 
また、さらに詳細を見ると、Xが危険を感じてから衝突するまでの時間は空走時間に制動時間を加えた約二・二五秒(別紙計算書〔19〕)であり、したがって、被告人車は、Xが危険を感じたとき、衝突地点から見て最大で、約九・五メートル(別紙計算書〔20〕)手前にいたことになる。このときの両車の距離は約二一・七メートル(別紙計算書21)となることから、Xは被告人車の後方約二一・七メートルに接近した地点で危険を感じたことが認められる。実況見分調書(甲9)によれば、動体視力のテストにおいて、被告人車が静止しているか進行中かを確認できる距離ですら、二五ないし三〇メートル手前であることが認められる。Xは、この距離またはそれより被告人車に近付いてから、危険を感じているものと認められ、これは、あまりにも遅すぎ、当時Xには前方不注視等の事情があったものと強く疑わせる。
四 結論
 
以上、検討してきたところからすれば、被告人車がドアパネルを降ろした状態のまま進行していても、証拠上認められる衝突の危険性の最も大きい条件下においても、Xが前方を注視するなど運転者としての通常の注意義務を守って運転していれば、本件事故を避けることができた可能性が認められる。被告人が荷台後部のドアパネルを閉じずにこれを降ろしたまま進行すれば、ドアパネルが尾灯等の灯火を覆い、後方から尾灯等を視認できず、当時は夜間であったから後続車両による追突事故発生について予見することは可能であったものの、同ドアパネルを閉じて進行したとしても、X車の衝突を確実に回避することができたとは言えない。したがって、被告人において右ドアパネルを閉じ、尾灯等を覆いかくさない状態で進行しても本件事故の回避が不可能であるとの疑いが払拭できず、被告人には本件の過失は認められない。よって、結局本件公訴事実については犯罪の証明がないことになるから、刑事訴訟法三三六条により被告人に対して無罪の言渡しをする。
(検察官 奥村雅弘)
(国選弁護人 藤井克已)
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平成九年一二月九日
福岡地方裁判所第三刑事部
裁判長裁判官 照屋常信 裁判官 河本雅也 裁判官 宮本聡

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