覚せい剤福岡3

覚せい剤福岡3

福岡地方裁判所/平成五年(た)第三号

主文
本件公訴事実中覚せい剤取締法違反、関税法違反の点についてはいずれも、被告人は無罪。昭和五七年九月三〇日福岡地方裁判所が言い渡した判決の判示第四の傷害罪について、被告人を懲役一年六月に処する。
原審における未決勾留日数中一三〇日をその刑に算入する。

理由
第1 本件公訴事実中、再審開始事由のある公訴事実
 
本件再審開始決定において、再審開始事由があると判断されたのは、昭和五七年九月三〇日福岡地方裁判所が被告人に対して言い渡した主文掲記の判決の判示第一ないし第三の覚せい剤取締法違反、関税法違反の各罪であるところ、これに対応する各公訴事実の要旨は、次のとおりである。
「 被告人は、
第一 韓国から覚せい剤を輸入しようと企て、甲太郎(以下「甲」という。)及び乙冬(以下「乙」という。)と共謀の上、
一 営利の目的で、乙をして、昭和五五年一〇月三〇日、韓国釜山金海空港からの航空機に、覚せい剤約二九四三・七グラムを携帯して搭乗し、同日午後一時五〇分ころ、福岡市内の福岡空港に着陸して、これを本邦内に持ち込み、もって覚せい剤を輸入した(覚せい剤取締法違反)
二 乙をして、同日午後二時二五分ころ、同空港内の福岡空港税関支署旅具検査場において、門司税関長に対し前記覚せい剤を申告せずに輸入しようとしたが、同支署係員にこれを発見され、その目的を遂げなかった(関税法違反)
第二 韓国から覚せい剤を輸入しようと企て、甲と共謀の上、
一 営利の目的で、甲の義弟丙野三郎(以下「丙野」という。)をして、昭和五六年六月一九日、韓国釜山金海空港からの航空機に、覚せい剤約九七八・二グラムを携帯して搭乗させ、同日午後四時三七分ころ、前記福岡空港に着陸して、これを本邦内に持ち込ませ、もって覚せい剤を輸入した(覚せい剤取締法違反)
二 情を知らない丙野をして、同日午後五時一五分ころ、同空港内の福岡空港税関支署旅具検査場において、門司税関長に対し前記覚せい剤を申告せずに輸入しようとしたが、同支署係員にこれを発見され、その目的を遂げなかった(関税法違反)
第三 営利の目的で、税関長に対し申告せずに、韓国から覚せい剤を輸入しようと企て、甲及び丁田一郎(以下「丁田」という。)と共謀の上、同月四日午後零時二分ころ、丁田において、覚せい剤購入資金として現金二三五万円を携帯して前記福岡空港から韓国釜山行きの航空機に乗って同国に向かって出国し、もって覚せい剤を税関長の許可を受けないで輸入する目的でその予備をした(覚せい剤取締法違反、関税法違反)
ものである。」
第2 再審公判に至るまでの経過
 
関係記録によれば、本件再審公判に至るまでの経過は、次のとおりであることが認められる。
 
被告人は、昭和五六年七月七日福岡地方裁判所小倉支部に、傷害の事実で公訴提起され(以下「丁田傷害事件」という。)、同年九月四日福岡地方裁判所に、前記第1の第三の事実及び第二の一の事実で公訴提起され(ただし、同第三の事実については、当初は覚せい剤取締法違反の事実のみで公訴提起されたが、その後覚せい剤取締法違反、関税法違反の事実に訴因が変更された。以下、前記第三の事実を「丁田予備事件」という。)、同年一〇月二七日福岡地方裁判所に、前記第1の第一の一、二の事実(以下「乙事件」という。)及び第二の二の事実(以下、前記第二の二の事実と前記の第二の一の事実とを併せて「丙野事件」という。)で公訴提起された。
 
福岡地方裁判所は、以上の事件を併合して審理した上、昭和五七年九月三〇日、各公訴事実と同旨の傷害、覚せい剤取締法違反及び関税法違反の事実を認定して、被告人を懲役一六年に処する判決を言い渡した。被告人は、同判決に対し控訴の申立てをしたが、控訴を棄却され、さらに、同判決に対し上告の申立てをしたが、上告を棄却されて、昭和六〇年四月四日第一審判決が確定した(以下、第一審、第二審、上告審をそれぞれ「確定一審」、「確定二審」、「確定上告審」といい、以上をまとめて「確定審」という。)。
 
被告人は、昭和六一年七月及び昭和六三年八月、乙事件、丁田予備事件及び丙野事件(以下「本件覚せい剤密輸事件」ともいう。)について、甲及び丁田の証言が虚偽であることが証明されたので、確定一審判決には刑事訴訟法四三五条二号所定の事由があるとして、福岡地方裁判所に対し、第一次及び第二次の再審請求をしたが、いずれも棄却され、即時抗告を申し立てたが、いずれも抗告を棄却された。
 
被告人は、その後の平成五年七月一日、本件覚せい剤密輸事件について、甲及び丁田がいずれも、確定一審における同人らの各自の供述が虚偽であることをそれぞれ認めていることなどを理由に、確定一審判決には刑事訴訟法四三五条六号所定の事由があるとして、福岡地方裁判所に対し、第三次の再審請求をしたところ、同裁判所は、平成八年三月三一日再審開始の決定をし、同決定に対し検察官から即時抗告の申立てがあったが、福岡高等裁判所は、平成一二年二月二九日抗告を棄却し、同年三月七日前記再審開始決定が確定した。
第3 争点及び証拠構造
 
前記第1の各公訴事実について、被告人は、捜査段階以来これまで一貫して、いずれも身に覚えがない旨供述しており、弁護人らも無罪の主張をしている。
 
本件証拠中、本件覚せい剤密輸事件について被告人の有罪認定を支持する直接証拠としては、甲の確定一審における公判供述及び捜査官に対する供述調書(以下「甲旧供述」ともいう。)、丁田の確定一審における公判供述及び捜査官に対する供述調書(以下「丁田旧供述」ともいう。)がある。
 
なお、関係証拠によって認められる、〔1〕丁田傷害事件の状況(後記第7の2(1))及び〔2〕昭和五六年六月一四日からの被告人の渡韓の事実(後記第7の2(2))などは、それらの時期・内容及びその際の被告人の言動などに照らすと、被告人が本件覚せい剤密輸事件と何らかの関わりを持っていたことをうかがわせる事情といえる。さらに、〔3〕被告人所有の倉庫から発見された人参茶箱等(後記第4の9)は、丙野事件で密輸入の手段として使用された人参茶箱等と類似するものであるから、被告人の関与を示す物証といえなくもない。
 
しかしながら、上記〔1〕〔2〕の事実は、被告人の関与の具体的な内容まで示しているわけではなく、それだけで、被告人の本件覚せい剤密輸事件への関与を認定し得るような証拠ではない。また、〔3〕の人参茶箱等は、確かに丙野事件で密輸入の手段として使用されたものと類似してはいるものの、市販のものにすぎず、覚せい剤が微量でも検出されたわけでもないから、被告人が本件覚せい剤密輸事件に関与していたことを示す証拠とはいえない。そして、その他には、本件全証拠を検討しても、被告人が本件覚せい剤密輸事件に関与していたことを示す的確な証拠は見当たらない。
 
したがって、本件覚せい剤密輸事件の犯罪の証明の成否は、結局、甲旧供述と丁田旧供述の信用性にかかっていることが明らかである。
 
そうであるところ、甲旧供述は、被告人から覚せい剤の密輸入を指示された経緯、その指示を受けて丁田らに密輸入を依頼した状況及び密輸入に際しての代金等の準備状況などを詳細に供述したものであり、丁田旧供述は、本件覚せい剤密輸事件への被告人の関与を推認させるいくつかの場面を目撃した旨を供述したものであって、甲旧供述の一部を裏付ける内容のものである。
 
両供述は、重要部分において互いに一致している上、甲及び丁田は、確定一審の公判において、弁護人及び被告人の反対尋問に対しても、その供述内容を維持していたこと、甲及び丁田が、被告人も在廷する法廷で、暴力団組長であった被告人に不利な虚偽の供述をあえてするとは通常では考えにくいこと、その他の状況証拠中には、丁田傷害事件の状況(後記第7の2(1))や昭和五六年六月一四日からの被告人の渡韓の事実(後記第7の2(2))など、甲旧供述及び丁田旧供述の信用性を支えていると判断することが可能なものもあることに照らすと、甲及び丁田の旧供述は信用できるものとも考えられる。
 
しかし、被告人は、本件覚せい剤密輸事件について、前記のとおり、捜査段階以来これまで一貫して、身に覚えがない旨供述しているのに対し、被告人の有罪認定を支持する直接証拠としては、甲旧供述及び丁田旧供述があるだけであるところ、甲旧供述及び丁田旧供述のような共犯者とされる者の供述(自白)には、一般に、いわゆる引き込みの危険があるといわれている上、甲及び丁田はいずれも、その後各自の旧供述を翻しているので、その信用性を慎重に判断する必要がある。
 
そこで、以下、本件証拠上明らかな事実を認定した上、これを前提事実として、甲旧供述及び丁田旧供述の信用性について検討する。
第4 証拠上明らかな事実
1 被告人と甲及び丁田の関係
 
被告人と甲とは幼なじみであり、成人後も、被告人は暴力団組員となったが、緊密な交際を断続的に続けていた。
 
甲と丁田は、本件の十数年前に仕事上の関係で知合い、以来個人的にも交際を続けていた。丁田と被告人とは、甲を通じて知り合った。
2 関係者の渡韓ないし国際電話状況
 
被告人は、昭和五四年一二月から昭和五六年六月までの間に五回渡韓しているのに対し、甲は、昭和五四年九月から昭和五六年六月までの間にほぼ毎月合計三三回渡韓し、丁田は、昭和五五年二月から昭和五六年六月までの間に合計二五回渡韓している。
 
また、この間、被告人方と韓国との間の国際電話は、渡韓した被告人の宿泊先のホテルと被告人方との間の電話以外には、昭和五六年六月一三日に、飯塚市内にある被告人所有の倉庫から韓国のE方にかけられた電話が一回あるのみであるのに対し、甲方と韓国との間の国際電話は、甲方と韓国の後記「A」方との間及び甲方と韓国の後記「D」方との間の電話がそれぞれ数十回に及んでおり、その他、甲方と渡韓した丁田の宿泊先のホテルとの間でも十数回の電話が行われている。
3 C名義の預金口座(甲旧供述によると、被告人に指示されて開設し、覚せい剤取引のために使用されたとされるもの)の開設
 
甲は、昭和五五年一月九日、福岡銀行小倉支店においてC名義の預金口座を開設し、同年六月一九日に額面合計三五〇万円の自己宛小切手を、同年一〇月八日に額面合計四〇〇万円の自己宛小切手をそれぞれ入手している。さらに、甲は、同年一〇月二二日ころ、三井銀行北九州支店においてC名義の預金口座を開設し、同月二五日に額面合計六八〇万円の自己宛小切手を入手している。
4 乙事件について
 
乙は、甲の姪が乙の長男と結婚していたことから、甲と親戚付き合いをしていた。
 
乙は、しばしば日本から電気製品などを持って渡韓しこれを売り捌いていたが、昭和五五年九月下旬ころ、甲から、覚せい剤を韓国から日本に運び込むよう依頼された。乙は、当初この依頼を断っていたが、結局承諾した。そして、乙は、同年一〇月二九日、甲から渡された封筒入りの額面合計六八〇万円の小切手を持って渡韓し、翌三〇日、やはり甲から渡されていた覚せい剤隠匿用に二重底に改造されたバッグに覚せい剤を入れて帰国した際、福岡空港税関支署旅具検査場において、同支署係員に発見されて逮捕された。なお、乙は、自己に対する乙事件の捜査、公判を通じて、同事件は自己の単独犯行である旨供述していたが、昭和五六年八月に至って、甲から依頼されてしたことである旨供述した。
5 丁田予備事件について
 
丁田は、昭和五六年六月四日、甲から、覚せい剤を韓国から日本に持ち運ぶよう依頼され、甲から渡された現金二三五万円を持って渡韓した。丁田は、同日、自己の宿泊先である韓国釜山市内のホテル△△荘において、同所を訪ねてきた男に上記現金を渡し、翌五日、同所で同人から、人参茶箱入り覚せい剤を受領した。
 
丁田は、その後、顔見知りであった韓国釜山市内のホテル××荘のボーイのBに前記人参茶箱入り覚せい剤を預け、同月一一日、甲に、国際電話で、覚せい剤は税関で取られた旨説明し、翌一二日帰国した。
6 丙野事件について
 
甲は、昭和五六年六月一四日、妻の弟の丙野とともに渡韓し、このとき被告人も同一の飛行機で渡韓した。韓国では、甲と被告人は、ナイトクラブなどで会って酒を飲んだりした。甲は、同月一六日に帰国した。
 
一方、丙野は、同月一七日、「A」という韓国の女性(甲の愛人)から人参茶箱入り覚せい剤二箱を受け取った後、同月一九日に飛行機で帰国したが、福岡空港税関支署旅具検査場において、同支署係員に発見されて逮捕された。そして、甲も、翌二〇日、丙野事件の共犯の嫌疑で逮捕された。
 
なお、被告人は、丙野が帰国したのと同じ一九日に、同人の乗った飛行機よりも後の便で帰国している。
7 丁田傷害事件について
 
丁田は、昭和五六年六月二五日夜、甲の弟の甲二郎を通じて、被告人方に呼び出された。被告人は、丁田に対し、覚せい剤の所在を尋ね、丁田が、韓国のBに預けたなどと述べると、あんま器や日本刀を持ち出して丁田を脅し、そのあんま器等で同人の頭部等を殴打するなどの暴行を加えて、同人に傷害を負わせた。そのため、丁田が、覚せい剤を自宅に置いている旨嘘を言うと、被告人は、翌二六日午前一時三〇分ころ丁田を連れて同人の家に車で向かったが、途中で寝込んでしまい、丁田からの通報を受けて警察官が駆けつけ、間もなく緊急逮捕された。
8 その後の捜査状況
 
甲は、昭和五六年六月二〇日、丙野事件の被疑者として逮捕された後、同事件や丁田予備事件などについて取調べを受けたが、当初は覚せい剤を見たこともない旨述べて、これらの事件への関与を全面的に否定していた。
 
一方、丁田は、同月二六日以降、当初は丁田傷害事件の被害者として取調べを受け、次第に丁田予備事件についても事情を聴かれるようになり、同年八月八日同事件の被疑者として逮捕され、その後の取調べにおいて、同事件等に被告人が関与していることを知っていた旨の供述を始めた。
 
甲も、同年七月中旬以降、被告人に指示されてこれらの事件を起こした旨の供述を始め、後記のとおり供述を変遷させながら、次第に詳細な内容の供述をしていった。
 
被告人は、同年六月二六日丁田傷害事件の被疑者として緊急逮捕され、引き続き勾留された後、同年七月二二日丙野事件の被疑者として逮捕されたが、一貫して本件覚せい剤密輸事件への関与を否定する供述をした。
 
しかし、被告人は、その後も被告人を覚せい剤密輸入の首謀者とする供述を繰り返した甲及び丁田の供述等に基づいて、丁田予備事件、丙野事件及び乙事件で順次起訴された。

9 人参茶箱等の発見
 
昭和五六年八月一七日、被告人所有の倉庫の捜索が行われ、同倉庫から、丙野事件で使用されたものと類似する人参茶箱及び人参茶パックが発見された。
10 その他の捜査状況
 
以上の捜査のほか、昭和五六年七月に前記3のC名義の銀行預金口座の小切手取組状況等に関する照会が行われ、福岡銀行小倉支店及び三井銀行北九州支店からそれぞれ回答があった。
 
また、そのころ、甲及び被告人ら関係者について、韓国との間の国際電話の状況や渡韓状況についての調査も行われた。
11 確定審公判の経緯
 
被告人は、確定審の公判において、前記第1の本件覚せい剤密輸事件の各公訴事実について、自己の関与を否定して全面的に争った。
 
甲は、確定一審第四回公判(昭和五七年一月二八日)及び同第五回公判(同年二月二五日)で、丁田は、同第六回公判(同年三月一一日)及び同第七回公判(同年五月六日)でそれぞれ証言し、被告人の関与を認める供述をした(甲の確定一審公判供述の要旨は別紙1、丁田の同公判供述の要旨は別紙2各記載のとおり)。
12 甲から丁田宛ての書簡
 
確定一審の公判係属中、甲は、丁田に対し少なくとも一三通の書簡を送っている。
 
上記の書簡において、甲は、本件覚せい剤密輸事件について被告人が否認していることのほか、同事件についての自己の認識や確定一審における自己の証言内容などを詳細に書き記している(その要旨は別紙3記載のとおり)。
13 丁田が旧供述を翻した経緯
 
丁田は、昭和五八年九月一日仮出獄したが、昭和五九年一一月七日、被告人の依頼した弁護士に対し、確定一審において被告人に不利な虚偽の証言をしていたことを認める供述をした(弾劾証拠として取り調べた聴取書〔写し。当審弁275号〕)。その後、丁田は、昭和五九年一一月二二日、大分地方検察庁の検察官から事情聴取を受け、確定一審における自己の証言が正しいことを認めたが、同年一二月二四日には再度前記弁護士に対し、確定一審において被告人に不利な虚偽の証言をしていたことを認める供述をした(弾劾証拠として取り調べた聴取書〔写し。当審弁276号〕。上記聴取書二通の要旨は別紙4記載のとおり)。
 
さらに、丁田は、第三次再審請求審及び当審においても、確定一審において被告人に不利な虚偽の証言をしていたことを認める供述をした(以下「丁田新供述」という。その供述の要旨は別紙5記載のとおり)。
14 甲が旧供述を翻した経緯
 
甲は、平成四年九月二六日、自宅において、被告人の依頼した弁護士に対し、確定一審において被告人に不利な虚偽の証言をしていたことを認める供述をした(甲陳述録音テープ〔当審弁1号〕及びその反訳書〔写し。当審弁2号〕。以下「甲新供述」という。その供述の要旨は別紙6記載のとおり)。
 
なお、甲は、第三次再審請求前の同年一〇月八日死亡した。
第5 甲旧供述の信用性について
1 本件のような覚せい剤密輸事件においては、首謀者であるかどうかが量刑上重要な要素となることは見易い道理であるから、甲にとって、自己が本件覚せい剤密輸事件の首謀者と認定されるかどうかは重大な問題であったであろうことを考えると、甲が、虚偽の供述をしてでも、首謀者として誰かを引き込もうとする動機を有していたとしても、不自然ではない。
 
このことは、甲自身、丁田宛の書簡(写し。当審弁12号)において、「これからの裁判の結果次第では、おそらく長き刑に服すものと思います。そうなれば、私は、もし七年以上の刑であれば、韓国に強制送還の対象になります。そんなことを考えると、たまりません。」と記しており、長期の刑になることを恐れていたとうかがわれることからも、裏付けられる。
 
したがって、甲旧供述の信用性は慎重に吟味されるべきである。
2 供述内容の具体的検討
(1)甲旧供述には、客観的証拠に照らして、次のような不自然な点が認められる。
ア 密輸先開拓の状況について
 
甲旧供述によると、被告人は、独自に密輸ルートを開拓し、自ら韓国の卸元の「D」らとの間で連絡を取り合って取引の内容、条件などをすべて決定しており、甲自身は、被告人の決めた条件に従って、覚せい剤を日本国内に運び込む人間を手配するだけの従属的な役割を担っていたにすぎないことになる。
 
しかし、覚せい剤取締法違反被疑事件渡航事実一覧表(写し。当審弁25号。以下「渡航一覧表」という。)によると、被告人は、昭和五四年一二月から昭和五六年六月までの間に五回渡韓しているだけであることが認められ、また、国際通話交換証(写し。当審弁159ないし172号。以下「被告人関係の国際通話交換証」という。)等によると、被告人方と韓国との間の国際電話は、渡韓した被告人の宿泊先のホテルと被告人方との間の電話以外には、昭和五六年六月一三日に、飯塚市内にある被告人所有の倉庫から韓国のE方にかけられた電話が一回あるのみであることが認められるから、このような被告人の渡韓状況及び韓国との国際電話状況に照らすと、被告人が独自に密輸ルートを開拓することは困難であったと考えられる。
 
さらに、甲旧供述によると、被告人は甲に命じて、昭和五五年七月から同年一〇月にかけて、韓国から日本に覚せい剤を数回持ち込ませたというのであるが、渡航一覧表によると、被告人の渡韓は、同年三月の後は同年一一月に飛んでおり、また、被告人関係の国際通話交換証によると、この間、被告人が「D」やその関係者とされる「A」らと電話で接触した形跡もない。
 
なお、甲旧供述によると、被告人は、甲方に来て韓国に電話をしていたというのであるが、飯塚市内に住む被告人が,韓国に電話をしようとする都度、飯塚市内からわざわざ北九州市内の甲方まで出向いて、同人方から電話をしたというのは、不自然である。
イ 乙事件について
 
乙事件について、甲旧供述によると、甲は、昭和五五年九月末ころ、被告人から、甲の親戚の乙に覚せい剤の運び屋をしてくれるよう頼めと言われて、乙にその旨頼んだところ、同年一〇月二〇日ころ同人の承諾を得ることができた、そして、同月二八日被告人から覚せい剤購入代金に充てる小切手を手渡された際、韓国の覚せい剤卸元とは被告人自ら連絡をとる旨言われたというのである。 
 
しかしながら、渡航一覧表及び被告人関係の国際通話交換証によると、被告人には、そのころ渡韓や韓国への電話をした形跡がない。一方、甲は、同年一〇月に二回渡韓し、乙が運び屋を承諾するかどうかはっきりしていない同月一六日及び同月二四日に、甲方から「D」方に電話をしていることが認められる。この事実は、上記の甲旧供述と整合しない。
ウ 昭和五六年六月一一日の甲方から韓国への電話について
 
甲旧供述によると、昭和五六年六月一一日、甲は、韓国釜山の××荘に泊まっている丁田に電話し、日本に持ち込む手はずの覚せい剤について尋ねたところ、丁田から、韓国の税関で取られたと言われたが、その日は被告人が甲方を訪れた事実はないというのである。
 
しかし、被告人は、同日夕方、甲方に見舞いに訪れた際、甲が、韓国在住の甲の愛人及び渡韓していた丁田にそれぞれ電話をかけていた旨、捜査段階の当初から一貫して供述している上、「国際電話発着一覧表の作成について」と題する書面(写し。当審弁158号)等によると、同日午後七時三五分と同九時八分に甲方から渡韓中の丁田の宿泊先の××荘に、また、同日午後八時八分と同八時五三分には甲方から韓国在住の甲の愛人「A」方にそれぞれ電話がかけられていることが認められるから、その場に居合わせたという被告人の供述の信用性は高い。
 
したがって、甲旧供述のとおり、もしも被告人が覚せい剤密輸入の首謀者であるならば、「税関で覚せい剤を取られた。」という丁田からの電話の内容からして、甲は、その電話があった際すぐに、被告人にその電話の内容を伝えて、善後策について話し合うなどのことをしたはずであると考えられるのに、甲旧供述にはそのような部分が欠落しているから、不自然であるといわざるを得ない。
エ 覚せい剤の密輸入資金について
 
甲旧供述によると、丁田予備事件及び丙野事件における覚せい剤代金は合計で四七〇万円となり、その全てを被告人から受領したというのであるが、被告人がこの資金を出したことを裏付ける証拠は提出されていない。
 
この点について、甲旧供述によると、甲は、被告人の指示により、C名義の銀行預金口座を開設し、その口座を利用して自己宛小切手を入手したというのであるところ、甲がこのような銀行預金口座を開設して、小切手を入手したことについては、関係証拠によって裏付けられているが、これが被告人の指示により行われたという点については、甲旧供述を裏付ける証拠はない。
 
また、前記第4の10記載の捜査状況で認定したところから明らかなとおり、C名義の銀行預金口座や同口座を利用しての小切手入手状況等は、捜査の初期の段階で捜査機関に判明していたのに、甲がこれについての供述を始めたのは、昭和五六年八月二一日の段階に至ってである(甲の警察官調書〔写し。当審弁208号〕)。甲旧供述のとおり、もしも被告人が覚せい剤密輸入の首謀者であるならば、被告人が覚せい剤取引のために開設させたという上記口座について、甲が特に供述しにくい事情があったとはうかがわれないから、それまで上記口座について供述しなかったのは不自然である。
 
なお、甲旧供述(甲の検察官調書〔写し。当審弁191号〕)によると、甲は、昭和五六年五月二〇日ころJから額面一四〇万円の手形四枚(額面合計五六〇万円)を借り受けて、これをKの世話で同月二〇日と同月二五日に計四二〇万円で割り引いていることを認めているが、その使途についての甲の供述内容は極めて曖昧である。そうすると、上記の甲の供述態度に加え、上記の四二〇万円の調達時期や金額にも照らすと、この金員が、甲による覚せい剤密輸入の仕入れ資金に回された可能性は十分ある。
オ アリバイについて
 
国際通話交換証(写し。当審弁28号、31号)によると、昭和五五年二月五日午前一一時一分からと同月二七日午前九時六分からの二回にわたり、甲方から韓国の「D」方に電話がされているところ、甲旧供述によると、この電話は、被告人が甲方に来てしたものであるというのである。
 
しかしながら、被告人は、その当時、飯塚市内の外科医院に入院中であったことが認められる(同医院の医師堀内通夫の確定一審における証言)から、上記国際電話がされた当時、被告人が同医院にいた可能性は高く、同医院から外出することが可能であったとしても、その国際電話をするためにわざわざ、飯塚市内にある同医院から北九州市小倉北区にある甲方まで出向いたとは考えにくい。そうすると、甲の上記供述は虚偽の疑いが強く、従前の覚せい剤密輸入に被告人が係わっていたとされる一部について、被告人にアリバイの成立する可能性が認められることになる。
 
なお、その他のアリバイの主張についても、検討しておく。本件では、被告人は、上記以外の点についてもアリバイを主張しているが、それらの主張については、客観的な証拠による裏付けが強いとはいえず、アリバイ立証の被告人側証人が偽証していたことを示す証拠(N作成の「偽証罪自首書」と題する書面〔写し。当審検甲24号〕及び同人の検察官に対する自首調書〔写し。当審検甲25号〕)も認められる。しかしながら、たとえ被告人が虚偽のアリバイ工作をしていたとしても、真実無罪の者の場合でも、自己の無罪を認めてもらおうとして虚偽のアリバイ工作をすることもあり得る上、本件では、そのことが甲旧供述の信用性の判断を大きく左右する関係にあるとまでは認められない。
(2)丁田の供述との整合性について
 
次に、甲旧供述と丁田の供述との整合性について検討する。
ア 不一致点について
 
甲旧供述は、丁田の供述と以下の点で食い違っている。
(ア)甲が覚せい剤の小分けなどを行っていたことについて
 
丁田は、韓国から日本への覚せい剤の持ち運びを甲から頼まれた昭和五五年夏ころよりも前に、既に二回にわたり、甲の依頼で、人参茶箱入りの覚せい剤を、中身が覚せい剤と知らされないまま、韓国から日本に持ち運ばされていたこと、昭和五六年一月ころ、甲が、丁田方で、覚せい剤の小分けをし、量が足りないと不満を言っていたことなど、甲が独自に覚せい剤を取り扱っていたことをうかがわせる事情を供述している。
 
甲は、丁田の上記供述内容を否定しているけれども、丁田のこの供述は、渡航一覧表によって一部裏付けられている上、丁田には、この点について特に虚偽の供述をする理由・必要があるとはうかがわれず、また、丁田は、この内容を捜査段階から一貫して供述していることからみて、その信用性は高い。
(イ)「F」との関係について
 
丁田は、昭和五五年八月前後ころ、甲から直接「F」を紹介され、「F」から覚せい剤を受け取ったことがある旨供述している。
 
これに対し、甲は、昭和五六年六月一五日、渡韓していた甲の宿泊先のホテルに、被告人から電話がかかってきて、男に会うよう指示され、そのとき初めて「F」と会った旨供述しているけれども、丁田は、上記供述内容を捜査段階から一貫して供述している上、丁田には、この点について特に虚偽の供述をする理由・必要があるとはうかがわれないから、丁田の上記供述の信用性は高い。
 
そうすると、甲は、昭和五六年六月の渡韓時よりも前から、「F」と面識があった可能性が高いが、甲旧供述によると、甲と韓国の密輸組織の人間とのつながりは、もともと甲と関係のあった「A」以外には、「D」のみであったとされていることと、矛盾することになる。
イ 供述の一致点について
 
次いで、供述の一致点について検討する。
(ア)甲と丁田は、同年一一月一日ないし二日ころ、被告人から、飯塚市内の被告人方の一階応接間でけん銃で脅されたこと(けん銃事件)、及び、昭和五六年二月一一日ころ、甲が、小倉駅の新幹線改札口付近で被告人に覚せい剤を渡したこと(小倉駅事件)について、一致して供述している。そして、それらに関する両者の供述はかなり具体的である上、大筋で一致している。
(イ)しかしながら、他方、両供述は、けん銃事件については、被告人がけん銃をいつどこから取り出したか、そのけん銃がタオルで巻かれていたか等の点で不一致が認められる上、甲の捜査官に対する各供述調書と丁田の捜査官に対する各供述調書とを照合して検討すると、甲の供述調書は、先に作成された丁田の供述調書の内容を順次後追いする形で作成されていることが認められるから、甲の供述が丁田の供述と大筋で一致しているのは、捜査官の誘導による結果ではないかとの疑いを否定できない。
(ウ)丁田宛書簡について
 
前記第4の12のとおり、甲は、確定一審の公判係属中、丁田に対し少なくとも一三通の書簡を送っている。
 
上記書簡は、その文面からして、直ちに甲が丁田に対して偽証を働きかけたものとまではいえないものの、甲が丁田に対し、公判で真実を述べるよう依頼したものとしては、余りに具体的な事実が書かれている。さらに、その文中には、「…したはずです。」というような、単に事実をありのまま証言するようにという趣旨にはそぐわない記載がしばしば見られる。特に、前記のけん銃事件については、その書簡で繰り返し細かく触れられていることに照らすと、これらの書簡が、丁田に偽証を示唆しようとして発信され、丁田の確定一審での証言に影響を与えた可能性を否定できない。
(3)供述内容自体の検討
 
甲旧供述には、その内容自体に、次のような不自然、不合理な点が認められる。
ア「A」への仲介役依頼の経緯
 
甲旧供述(確定一審における甲の供述)によると、被告人は、甲が韓国釜山在住の愛人である「A」のことを口にするや、「A」に覚せい剤取引の仲介役になってもらうよう頼めと甲に指示したというのである。また、甲は、渡韓してその話を「A」にしたものの一度は断られたとしながら、甲が次に渡韓して「A」に会ったときには、「A」は既に仲介役を承諾していたというのである。
 
しかしながら、被告人が、初めて耳にした韓国の人物を即座に覚せい剤取引の仲介役にしようとすること自体、不自然である。また、甲は、「A」とは眤懇の間柄であるから、同女から、一旦断った仲介役をどのような経緯で、またどういう考えで引受けることにしたのかなどを聞いていて当然と考えられるが、甲旧供述ではそのような点についての具体的供述が欠落しており、不自然である。
イ 被告人から甲に対する謝礼がないこと
 
甲旧供述によると、甲は、被告人からの指示により、丁田らを使って、韓国から多量の覚せい剤を数回にわたり密輸入していたというのに、被告人から謝礼は貰っていないというのである。
 
しかしながら、甲と被告人が旧知の間柄であることや、甲が被告人から強く威迫されていたというのであることを勘案しても、多量の覚せい剤の密輸入による利益の大きさと密輸入が発覚した場合の不利益の大きさを考えると、無報酬であったというのは不自然である。
ウ 念書について
 
甲旧供述によると、甲は、被告人に言われて、〇〇組から二〇〇万円脅し取られたという念書を書いたというのである。しかしながら、甲は、いかなる理由・必要があって、かかる念書を作成することになったかについて、極めて曖昧な供述しかしておらず、不自然である。
 
これに対し、被告人の供述では、被告人としては、親交を有する甲が〇〇組の関係者に覚せい剤を売り捌いていたことについて、〇〇組長が被告人に断りなく、甲から金員を脅し取るようなことはしないと考えていたのに、甲から、〇〇組に二〇〇万円を脅し取られたと聞いたため、電話で〇〇組事務所に真偽を問い合わせる際、甲の話に間違いがないかどうか確認するため、甲に念書を書かせたというのであって、その趣旨は一応了解し得る。
(4)供述経過の検討
 
さらに、甲旧供述の供述経過を検討する。
ア 変遷状況
(ア)密輸入代金の授受について
 
甲は、丙野事件で逮捕勾留された際、自分が丙野を使って覚せい剤を日本に持ち込んだことを認めた後も、しばらく、被告人の関与については否定していたものの、昭和五六年七月中旬には、丙野事件について、被告人が首謀者であることや同年六月一四日から渡韓した際の様子を詳細に供述している。
 
しかしながら、甲は、丙野事件の密輸入代金については、その段階では言及しておらず、その後の同年七月二〇日、二一日の検察官の取調べにおいても同様であった(甲の検察官調書〔写し。当審弁199号、200号〕)のに、同年八月八日に至って初めて、被告人から、昭和五六年六月一四日に韓国釜山市内のタワーホテルの下に呼び出されて二三五万円を手渡された旨の供述を始めた(甲の警察官調書〔写し。当審弁206号〕)。
(イ)密輸入を頼まれた経緯・時期について
 
甲旧供述では、甲が被告人から覚せい剤の密輸入を頼まれた経緯・時期についても二転三転している。特に、被告人から最初に頼まれた時期に関する供述の変遷は顕著である。すなわち、甲は、被告人の関与を認める供述を開始した時点では、昭和五六年五月下旬ころ、甲方近くの森林公園に行った際、被告人所有の車両内で密輸入の話を持ちかけられた旨供述していた(甲の昭和五六年七月一四日付け及び同月一六日付け各警察官調書〔写し。当審弁194号、195号〕)。その後、同年八月六日及び同月七日の取調べにおいては、森林公園で密輸入の話を持ちかけられたというのは嘘で、昭和五五年五月に被告人方に呼びつけられて、日本刀で脅された際に初めて密輸入を頼まれた旨供述し(甲の警察官調書〔写し。当審弁204号、205号〕)、さらに、同年八月二一日の取調べにおいては、昭和五四年の年末に下関へ被告人と正月の買い物に行った際に初めて密輸入を頼まれた旨述べて、再度供述を変更している(甲の警察官調書〔写し。当審弁208号〕)。
イ 検討
 
上記のような密輸入代金の授受や最初に密輸入を頼まれた経緯・時期などは、甲にとって印象深い事柄のはずであり、しかも、甲旧供述によると、甲は、被告人から覚せい剤の密輸入を強引に指示されたというのであるから、上記の点についての記憶が大きく変容ないし混乱するとは考えにくい。したがって、上記の点についての甲旧供述の変遷は、意図的に生じたものである疑いが強い。
 
また、捜査段階における甲の供述経過を見ると、甲は、先に作成された丁田の供述調書の内容を順次後追いする形で供述している上、証拠を示されて、それまでの供述を翻すということを何度も繰り返していることが認められる。このような甲旧供述の供述経過は、その供述全体の信用性に疑問を与える事情といえる。
(5)甲新供述との対比
ア 甲は、前記のとおり、死の間際に、被告人の依頼した弁護士に対し、確定一審において被告人に不利な虚偽の証言をしていたことを認め、被告人は無罪である旨供述している。
イ 甲新供述は、被告人から脅されて怖かったので覚せい剤の密輸入をしたというのは嘘で、被告人は本件覚せい剤密輸事件には関与していない、その首謀者は甲自身であるなどといったことを概括的に述べているにすぎない。特に、覚せい剤密輸入の経緯・状況、密輸入ルートの開拓の方法、密輸入資金の準備状況、密輸入した覚せい剤の販売状況等のいわば核心的部分についての説明はされていない。また、甲新供述は、重篤な病状下で、被告人の依頼した弁護士に促される形でされたものであると認められるところ、甲が死亡したため、その供述の真偽を直接確認することはできない。
ウ しかしながら、第三次再審請求審における証人L、同GことGダッシュ及び同Mの各尋問調書(写し。当審弁4号、5号、7号)によると、甲は、上記供述をした当時、肝臓の末期癌の状態で死期が迫っていることを、医師から告げられて承知する中で、周囲の者を通じて、被告人の依頼した弁護士に自発的に連絡をとって自宅に来てもらい、意識清明の状態で供述していることが認められる。また、甲の看病をしていた甥や姉の証言(第三次再審請求審における証人GことGダッシュ及び同Hの各尋問調書〔写し。当審弁5号、6号〕)によると、甲が上記供述を強要された様子はなく、被告人からの報復を恐れ家族の行く末を案じて供述したような形跡もうかがわれない。
3 甲旧供述の信用性の判断(まとめ)
 
以上の検討によると、甲旧供述の内容は、他の証拠に照らして種々の不自然なところがある上、その供述の内容自体にも不自然、不合理な点が多々見受けられ、しかも、その供述が重要な点で不自然に変遷していることが認められる一方、甲が死の直前にした新供述は、前述のような甲旧供述の種々の疑問点を裏付けるものということができ、その信用性を否定し難いところであるから、甲旧供述の信用性は低いといわざるを得ない。
第6 丁田旧供述の信用性について
1 丁田旧供述では、丁田は、被告人からけん銃を突きつけられて、覚せい剤の密輸入の運び屋を続けることを無理矢理に承諾させられたこと(けん銃事件)や、甲が、小倉駅で、丁田の密輸入した覚せい剤を被告人に手渡す場面を目撃したこと(小倉駅事件)など、被告人が密輸入グループの主犯格であったことについて供述する。
 
そして、丁田の供述経過を見ても、捜査段階において、けん銃事件などについては甲に先行する形で供述しており(丁田の昭和五六年八月一〇日付け警察官調書〔写し。当審弁227号〕、甲の同月二八日付け警察官調書〔写し。当審弁213号〕)、丁田が、自発的に供述していたものとうかがわれるから、その信用性は、甲の供述とは別個に慎重に吟味される必要がある。
 
しかしながら、丁田は、再審請求審及び当審における証人尋問において、確定一審における自己の証言のうち、本件覚せい剤密輸事件への被告人の関与を示す部分については、被告人に対する憎しみから虚偽の証言をした旨供述している。
 
そして、この丁田新供述においては、甲新供述と異なり、丁田旧供述において虚偽供述をした動機やその虚偽供述の内容を考え出した経緯などについて、詳細に述べられているから、丁田旧供述の信用性は、丁田新供述の内容と照らし合わせて検討されるべきである。
2 そこで、丁田新供述の内容について検討する。
(1)虚偽供述をした動機について
ア 丁田は、旧供述で虚偽供述をした動機について、昭和五六年六月二五日、被告人から覚せい剤の所在を追及されるなどするとともに、日本刀などで暴行を受け、傷害を負わされたため、被告人が、従前からの覚せい剤密輸入の首謀者に違いないと思い込んだことと、被告人に対する憎しみから、取調官に迎合し、ありもしないことを述べた旨供述する。
 
丁田が、被告人から暴行を受けた際の被告人の言動から、被告人を首謀者と思い込んだことや、被告人に憎しみを抱いたことは、その際の状況等からみて、十分あり得ることと考えられるから、丁田において、被告人が処罰を受けるのは当然と思って、ことさら被告人を罪に陥れるという意識が希薄なまま、被告人に不利な虚偽供述をした可能性を否定できない。したがって、丁田が、旧供述で虚偽供述をした動機について述べるところは理解可能なものである。
イ 捜査段階における丁田の供述経過も、上記の丁田新供述を裏付ける内容となっている。
 
すなわち、丁田は、当初、丁田傷害事件の際の被告人の言動によって、甲が丁田に二三五万円を渡して覚せい剤の日本への持ち運びを頼んだことを、被告人も承知していると判った旨述べていただけであり(丁田の昭和五六年六月二六日付け検察官調書〔写し。当審弁221号〕)、被告人が覚せい剤密輸入の首謀者であるとそれ以前から認識していたとは供述していなかった。丁田が、被告人が覚せい剤密輸入の首謀者であるとそれ以前から認識していた旨の供述を始めたのは、昭和五六年八月八日に丁田が逮捕されて以後のことである。もしも、丁田が、従前から、被告人が覚せい剤密輸入の首謀者であると認識していたのであれば、丁田傷害事件で傷害を負わされて被告人に憎しみを抱いていた上、既に丁田予備事件の概略及び被告人が覚せい剤を探していることなどについては警察及び検察庁で話しているのであるから、丁田が逮捕された昭和五六年八月八日までに数回取調べを受けた際、少なくとも丁田予備事件については、従前からその首謀者が被告人であることを知っていた旨供述するのが自然であり、それまで丁田がそのような供述をしていなかったのは、丁田が、従前から被告人が覚せい剤密輸入の首謀者であると認識していたわけではないことをうかがわせる事情といえる。
ウ さらに、丁田は、当審においてもなお、被告人に対する憎しみがあり、覚せい剤の密輸入を被告人が甲に指示したのではないかと疑っている旨供述しつつ、確定一審の証言において、けん銃事件や小倉駅事件について嘘の証言をしたことも間違いない旨供述している。丁田のこの供述は、丁田の確定一審での偽証の動機を明らかにするとともに、丁田が証言を翻したのは、被告人に対する恐れによるのではなく、丁田の真意に基づくものであることをうかがわせる。
(2)けん銃事件について
 
丁田新供述によると、丁田がけん銃事件について虚偽の供述をしたのは、昭和五六年の正月明けに被告人らとともに飯塚市内の料亭に行った際、被告人が、自分を山から狙っている者がいるので、いつもけん銃を持っていると言っていた旨を警察に話したことから、このような作り話をすることになったというのである。
 
捜査段階における丁田のけん銃事件についての供述経過を見ると、丁田は、けん銃事件の詳細を供述した当初には、昭和五五年一一月初旬に、被告人方でけん銃を突きつけられて脅された後、被告人らとともに料亭やクラブに行ったと供述していた(丁田の昭和五六年八月一〇日付け警察官調書〔写し。当審弁227号〕)が、その翌日の取調べにおいては、料亭やクラブに行った時期は昭和五六年一月中旬ころであったから、そのころに被告人方でけん銃を突きつけられて脅された旨供述し(丁田の昭和五六年八月一一日付け警察官調書〔写し。当審弁228号〕)、さらに、その後、けん銃事件は昭和五六年一一月初旬のことであり、料亭やクラブに行ったのは昭和五六年一月のことである旨供述を変遷させている。
 
けん銃事件についての丁田の上記新供述は、自らの体験を基にして作り話をしたというもので、その内容自体一応首肯し得ないではないこと、けん銃事件についての捜査段階での供述は上記のように不自然に変遷しており、作り話であるとの新供述を裏付けているとも思われることに加え、前記のとおり、甲からの丁田宛書簡において、けん銃事件について繰り返し細かく触れられていることなどの事情に照らすと、けん銃事件は作り話であったとする丁田の新供述の信用性を否定し難い。
(3)小倉駅事件について
 
小倉駅事件については、丁田新供述によると、丁田は、甲がタクシーに乗って小倉駅に向かったので、覚せい剤を誰に渡すのか確認しようと思い、甲の後をつけていったが、小倉駅の新幹線改札口近くで甲を見失い、誰に覚せい剤を渡したか分からなかったというのである。丁田のこの供述は具体的である上、前記(1)のとおり、丁田が旧供述で虚偽供述をした動機について述べるところは理解可能なものであるから、その信用性を一概に否定できない。
 
また、丁田は、昭和五九年一一月七日、被告人の依頼した弁護士に対し、確定一審において被告人に不利な虚偽の証言をしていたことを認める供述をした後,同月二二日、検察官から事情聴取を受けた際、「小倉駅で見た時にその年格好から被告人であろうと思った」旨を述べており(丁田の検察官調書〔当審検甲26号〕)、被告人であるとはっきり分かったとは述べていないという限りでは、丁田の上記供述と符合する。
3 供述の変遷について
 
丁田が新供述をするに至った経過を見ると、前記のとおり、丁田は、昭和五九年一一月七日、被告人の依頼した弁護士に対し、確定一審において被告人に不利な虚偽の証言をしていたことを認める供述をした後、同月二二日には、検察官から事情聴取を受け、確定一審における自己の証言が正しいことを認めた(丁田の検察官調書〔当審検甲26号〕)が、同年一二月二四日には再度前記弁護士に対し、確定一審において被告人に不利な虚偽の証言をしていたことを認める供述をしており、供述を二転三転させている。 
 
しかしながら、丁田は、このような供述変遷の理由について、検察官から上記の事情聴取を受けた際には、仮出獄の取消しを恐れて、嘘の供述をしたものである旨の説明をしているところ、刑務所を仮出獄してきた丁田が、その仮出獄の期間は当時既に経過していたとはいえ、法律には素人であったことから、仮出獄が取り消されるなどの不利益を受けるのではないかと恐れて、検察官に迎合して供述したということは考えられないことではない上、上記の検察官調書(当審検甲26号)は、確定一審における証言は正しかったとする抽象的な内容にとどまるものであること、丁田は、その後の再審請求審及び当審においても、前記のとおり、確定一審では被告人に不利な虚偽の証言をしたことを認めていることを併せ考えると、上記の供述変遷の理由についての丁田の説明を不自然とはいい難い。

4 供述状況について
 
丁田新供述には、曖昧なところや変転していると思われるところがある。しかし、丁田新供述は、本件当時から相当期間を経過した後にされているため、記憶が薄れたり、混乱したり、変容したりすることも避けがたい面があるといえるから、上記のような供述状況もやむを得ないところであろうと判断される。
5 丁田旧供述の信用性の判断(まとめ)
 
以上の検討によると、丁田新供述の信用性は否定できないと考えられるから、結局、丁田旧供述は、その信用性に疑いがあるというべきである。
第7 被告人の弁解について
1 弁解状況の全体的検討
 
最後に、被告人の弁解について検討する。
 
被告人は、捜査段階、確定一審、確定二審、再審請求審及び当審において、覚せい剤の密輸入に関与したことは一切ない旨一貫して弁解するとともに、併せて、〔1〕昭和五五年夏ころ、甲から、覚せい剤の売り捌き先を知らないかと相談を受けたこと、〔2〕同年一一月ころ、乙事件について、甲から、この事件は甲が乙にさせたと聞いていたこと、〔3〕昭和五六年六月一一日夕方、甲方で、同人から、同人と丁田が組んで覚せい剤を密輸入していることや、丁田が甲を騙そうとしているという話を聞くとともに、丁田が翌日帰国するので、福岡空港に迎えに行って連れてきて欲しいと頼まれたこと、〔4〕同月一九日、甲から、電話で、渡韓していた丙野が覚せい剤を日本に持ち込んで、福岡空港で逮捕されたと聞くとともに、丁田に金を騙し取られているから、取り戻して甲の家に入れてもらえないかという依頼を受けたこと、〔5〕甲からのその依頼がきっかけで、丁田傷害事件を起こしたこと、〔6〕その他、甲の覚せい剤取引に関して見聞きしていた事柄や、その覚せい剤取引に絡む揉め事に関与するなどして、同人のために行動した経緯・状況等を具体的かつ詳細に供述している。
 
被告人の上記〔1〕ないし〔6〕の供述は、被告人が、甲の覚せい剤取引と何らかの関わりがあったことを示すものではあるが、覚せい剤の密輸入に関与していたことまで示すものではなく、前記弁解を含むその供述自体に格別不自然、不合理なところがあるともいえない。
 
また、勾留され服役した十数年もの長期間にわたり、一貫した弁解を続けていること(被告人作成の各意見書〔写し。当審弁256ないし273号〕、被告人質問調書〔写し。当審弁274号〕等)自体、被告人の供述の信用性を示しているとも考えられる。
 
特に、乙事件については、被告人は、丙野事件で取調べを受けていた捜査段階において、乙事件について何ら具体的に追及されていないのに自ら進んで、甲が乙を使って覚せい剤を密輸入させたと、甲から聞いている旨取調官に供述している(被告人の昭和五六年八月七日付け警察官調書〔確定一審検79号〕)。同事件での覚せい剤の量は、二九四三・七グラムであり、丙野事件での覚せい剤の量九七八・二グラムをはるかに超えるものであるところ、もしも乙事件に被告人が係わっていたとしたら、同事件についての再捜査が開始された場合、丙野事件よりも相当重く処罰されることになりかねないのであるから、そのまま隠しこそすれ、その再捜査を促すような事実を自分から進んで供述するとは考えにくい。したがって、この事実は、被告人の弁解の信用性を裏付けるものと見て差し支えない。
2 弁解内容の個別的検討
 
さらに、被告人の関与を推測させる方向の各事実に関する被告人の弁解を個別に検討する。
(1)丁田傷害事件の状況
 
被告人は、昭和五六年六月二五日、丁田を被告人方に呼び出し、「人参(覚せい剤のこと)をどこにやったか。お前持って帰って売り捌いてとろうが。」「嘘を言うな。本当のことを言わんと、打ち殺してしまうぞ。」「甲ダッシュ(甲)が捕まったのは、あんたのせいや。お前が頼まれたことをせんかったからや。」「お前が捌ききらんなら、俺が捌いてやる。どこにあるんか。」などと言って、覚せい剤の所在を尋ねるとともに、日本刀等で丁田に傷害を負わせるなどしている(丁田の昭和五六年六月二六日付け検察官調書及び同日付け警察官調書並びに被告人の同年六月三〇日付け、同年七月二日付け各警察官調書及び同月六日付け検察官調書。いずれも、丁田傷害事件で取り調べられた証拠)。この丁田傷害事件は、丁田が覚せい剤代金を持って渡韓したが、覚せい剤を持ち帰らず(丁田予備事件)、甲が後始末のため韓国に行き、さらに、丙野をして覚せい剤を密輸入させようとして失敗した(丙野事件)直後に発生している。このような経緯及びその際の被告人の丁田に対する言動は、被告人の丁田予備事件等への関与をうかがわせる事情といえる。
 
この点について、被告人は、同月一九日に甲から電話があり、丁田に覚せい剤代金を渡して渡韓させたのに、同人が覚せい剤を持ち帰らなかったことを打ち明けられ、自分が逮捕された場合、丁田から金を取り戻して家族に渡して欲しいと頼まれたので、丁田に覚せい剤の隠匿場所を追及したが、丁田の対応に憤慨して暴力を振るうことになった旨弁解している。
 
被告人のこの弁解については、甲が、自分が逮捕された後の家族のために金員を回収しておきたいと考え、これを、暴力団で押し出しがきき甲と交友関係のある被告人に頼む気になったことは十分あり得ることであり、また、被告人の丁田に対する前記暴行の態様や言動が執拗であった点も、被告人が、自分は暴力団組長であり、かねて甲から、丁田が覚せい剤取引に係わっていると聞いていたため、同人を多少痛めつけても警察に訴え出るようなことはしないであろうと考えていたとしても、特段不自然とはいえないから、上記弁解の信用性を否定できない。
 
さらに、丁田旧供述によれば、丁田は、丁田傷害事件の前の昭和五六年六月一六日及び翌一七日、自宅を訪ねてきた甲に言われて、覚せい剤を預けたBの勤めるホテル××荘に数回国際電話をし、同月一七日の電話では、そこのボーイ主任から、Bが荷物を持って逃げたと聞いたというのであるところ、丁田のこの供述は、「国際電話発着一覧表の作成について」と題する書面(写し。当審弁158号)等によって裏付けられていると認められるから、もしも被告人が本件覚せい剤密輸事件の首謀者であるならば、丁田が覚せい剤を預けたBが荷物を持って逃げたということを、甲が被告人に伝えていないはずはないと考えられるが、丁田傷害事件の際の被告人の言動に照らすと、被告人は上記事情を聞いていなかったと見られるから、このことは、被告人の弁解を裏付けるものといえる。
(2)昭和五六年六月一四日からの被告人の渡韓の事実
 
被告人は、昭和五六年六月一四日に、甲及び丙野と同一の飛行機で渡韓しているところ、その渡韓の際、甲及び丙野が、丙野事件を起こしている。また、被告人は、韓国でも、甲と接触していることが認められる(ポラロイド写真〔写し。当審弁255号〕)上、丙野と同じ同月一九日に帰国している。以上のような事実関係からすると、被告人が丙野事件に何らかの関与をしているのではないかとの疑いが生じる。
 
この点について、被告人は、韓国の知人のEから手紙が来たことがきっかけで、同月一三日、被告人所有の倉庫にある電話で、Eに国際電話をかけて連絡をとり、韓国で女遊びをするため同月一四日渡韓した、甲が同じ日に渡韓することは、前日の電話で初めて知ったのであり、一緒の飛行機便であったのは偶然である旨弁解している。
 
被告人のこの弁解については、国際通話交換証(写し。当審弁172号)及び被告人所有の倉庫から押収されたEの電話番号の記載された封書(写し。当審弁253号)等によると、被告人が同月一三日に被告人所有の倉庫から、Eなる人物に国際電話をしていることが認められ、被告人の弁解の一部が裏付けられている上、その弁解内容自体必ずしも不自然、不合理とはいえないこと、甲旧供述でも、被告人と甲らが同時に渡韓することになったのは、あらかじめ話し合った上でのことではなく、偶然のことであったと解されることからみて、被告人の上記弁解の信用性を否定できない。
(3)丁田帰国便の問い合わせ
 
被告人は、妻のIを通じて、丁田予備事件で渡韓していた丁田が韓国から帰国する飛行機便について、航空会社に問い合わせをしているが、かかる問合せの事実は、被告人が丁田が渡韓したことを知っており、その帰国に関心を抱いていたことをうかがわせる事情といえる。
 
しかし、被告人は、この点について、昭和五六年六月一一日夕方に甲から、丁田が翌日帰国するので、福岡空港に迎えに行って連れてきて欲しいと頼まれたからである旨弁解しているところ、その弁解を必ずしも不自然とはいえない。
 
なお、被告人の妻であるIは、昭和五六年六月一〇日か一一日の朝自宅で、被告人から、丁田が何時の飛行機で韓国から帰ってくるか調べておくよう言われた旨供述している(Iの昭和五六年九月四日付け検察官調書〔確定一審検112号〕)。この供述を前提とすると、被告人が、昭和五六年六月一一日夕方に甲から丁田の帰国を聞いたとする前から、丁田の渡韓を知っていたことになる。しかしながら、Iの上記検察官調書では、被告人から調べておくよう言われた時期について、約三か月も前のことであるのに、同女がどういう根拠で、同年六月一〇日か一一日の朝と特定して供述したのか示されておらず、その正確性に疑問もあるので、被告人の上記弁解の信用性を否定し難い。
第8 結論及びその余の判断
1 以上によれば、甲旧供述及び丁田旧供述はいずれも信用性が乏しいといわざるを得ず、他方、被告人の弁解は、その内容に一応の合理性があり、信用性を否定できないというべきであるから、甲旧供述及び丁田旧供述によって、前記第1の各公訴事実(本件覚せい剤密輸事件)を認定することはできず、さらに、本件全証拠を併せ検討しても、上記各公訴事実を認定するに足りる証拠は見い出せない。
 
したがって、上記各公訴事実については犯罪の証明がないので、刑事訴訟法三三六条により被告人に対し無罪の言渡しをする。
2 次に、原判決は、上記のとおり無罪の言渡しをすべき前記第1の各公訴事実の罪(原判示第一ないし第三の各罪)と原判示第四の傷害罪とが刑法四五条前段の併合罪の関係にあるとして、これら全部の罪について一個の刑を言い渡しているので,有罪が確定している原判示第四の傷害罪について、原判決が認定したところに基づき、改めてその刑を定めることとする。
 
原判示第四の罪は、原判決挙示の(原判決当時施行の)刑法二〇四条、罰金等臨時措置法三条一項一号に該当するので、所定刑中懲役刑を選択し、被告人には原判示の累犯前科があるので、前記刑法五六条一項、五七条により再犯の加重をした刑期の範囲内で処断すべきところ、犯行に至る経緯・動機に酌量の余地が乏しいこと、犯行態様が危険かつ執拗であること、その結果も軽くはないこと及び被告人に上記累犯前科を含め少なからぬ前科があること、その他諸般の事情を考慮して、被告人を懲役一年六月に処し、前記刑法二一条を適用して原審における未決勾留日数中一三〇日をその刑に算入することとする。 
 
なお、原判決は、その判示第四の罪に関する附加刑として、その犯行の用に供した日本刀一振及びあんま器一本を没収しているが、この没収の言渡しは、本件再審に係る各公訴事実と分離して認識することができ、依然効力を有すると解されるから、その没収については、改めて主文において言渡しをしない。また、確定審並びに再審請求審及び当審における訴訟費用は、前記第1の各公訴事実(本件覚せい剤密輸事件)に関して生じたものと認められるから、被告人に負担させないこととする。
(裁判長裁判官 濱崎裕 裁判官 向野剛 裁判官 岡崎忠之)

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