業務上過失致死福岡3

業務上過失致死福岡3

福岡地方裁判所久留米支部/平成一〇年(わ)第九八号

主文
被告人は無罪。

理由
一 本件公訴事実は
「被告人は、平成七年九月二一日午後零時二〇分ころ、業務として普通貨物自動車を運転し、福岡県○○郡○○町大字○○△番地の△先の信号機により交通整理の行われている交差点を、桜井方面から吉井小学校方面に向かい直進するに当たり、対面信号機の表示に留意し、その信号機の表示に従って進行すべき業務上の注意義務があるのに、これを怠り、同交差点の信号機が赤色信号を表示しているのに気付かず、漫然時速四五ないし五〇キロメートルで同交差点に進入した過失により、折から、左方道路から青色信号に従って同交差点に進入してきたX(当時二四年)運転の軽四輪乗用自動車を左前方約九・八メートルの地点に認め、急制動の措置を講じたが及ばず、同車右側部に自車前部を衝突させた上、その衝撃により右X運転車両を反転させて同車後部を同交差点北西の石垣に衝突させ、よって、同人に内臓破裂、脳挫傷等の傷害を負わせ、同日午後五時四五分ころ、同郡○○町大字○○△番地所在のM病院において、同人を右傷害に基づく出血性ショックにより死亡させたものである。」
 
というのである。
二 被告人は、本件公訴事実中、本件事故現場交差点(以下「本件交差点」という)に設置された被告人の対面信号機が赤色信号を表示しているのに気づかず同交差点に進入したとの事実を否認し、本件交差点に進入した際、右対面信号機は青色信号を表示していたものであると述べ、弁護人も同様に、被告人に赤色信号を見落とした過失はなく、被告人は無罪であると主張するので、以下に検討する。
(以下に摘示する[]内の甲、乙の別及び番号は検察官請求証拠番号を、弁及び番号は弁護人請求証拠番号をそれぞれ示す。)
三 本件事故現場の状況等及び本件事故車両の衝突態様について
 
実況見分調書三通[甲一、四、五]、写真撮影報告書[甲二]、信号現示確認報告書[甲三]及び衝突速度算出等報告書[甲七]によると、本件交差点は、東西に走る県道保木・吉井線と、北は原鶴温泉方面に至り、南は清瀬交差点方面に至る南北道路が交差しており、南北道路は、原鶴温泉方面道路がやや北東よりに傾斜している変形十字路であり、信号機による交通整理が行われていること、被告人運転車両(以下「被告車」という)は、県道保木・吉井線を桜井方面から西方に向かい進行して本件交差点に進入し、一方、X運転車両(以下「X車」という)は南北道路を清瀬交差点方面から北方に向かい進行して本件交差点に進入し、出会い頭に衝突したものであること、両車両の損傷状況から、衝突態様は被告車の前部とX車の右側運転席ドア付近とが一次衝突した後、両者とも時計回りに回転してX車の右前部と被告車の右側面部が二次衝突し、X車は本件交差点北西角付近の神社の石垣に後部を衝突させた状態で停止し、被告車は、回転しながら左側面を下にして横転し、途中交差点西側出口付近の電柱に衝突していること、運動量保存の法則により算出した一次衝突時の被告車の速度は時速四二キロメートル以上、X車の速度は時速二四キロメートル以上であると推定されること、本件事故当時の被告車の対面信号機(実況見分調書[甲六]添付の交通事故現場見取図(甲)〔2〕に甲と表示された信号機。以下「甲信号機」という)の信号現示は、青色表示二七秒、黄色表示三秒、赤色表示三〇秒(うち全赤表示三秒)であり、X車の対面信号機の信号現示は、青色表示二一秒、黄色表示三秒、赤色表示三六秒(うち全赤表示三秒)であること、本件交差点の路面には、事故車両の制動によるスリップ痕は印象されていないが、一次衝突後、時計回りに回転した際の両車両の左後輪タイヤの横滑りタイヤ痕がそれぞれ印象されていることが認められる。
四 本件事故については、目撃者が判明しておらず、一方当事者であるXは死亡しているから、本件事故当時、甲信号機が赤色を表示していたか否かについては、事故直前にコンクリートミキサー車を運転して本件交差点を原鶴温泉方面から南方に直進したという証人Nの供述内容及び本件事故直後に本件交差点の状況を目撃したという証人O女の供述内容と、これに対する被告人の供述内容の信用性を検討することが必要である。
1 Nの供述内容について
 
Nは、第三回公判期日において、平成八年六月一八日に実施された同人立会いの実況見分における指示説明のとおり、自車(コンクリートミキサー車)を運転して本件交差点に差しかかり、対面信号機が赤色を表示していたので、右表示に従って停止するため、排気ブレーキを操作して減速したが、交差点停止線手前約一六・九メートルの地点〔1〕で、同表示が青色に変わったため、停止することなく時速一〇ないし一五キロメートルで本件交差点を通過し、直進していたところ、〔1〕から約一一八・八メートル進行した〔2〕地点で「ガチャン(あるいはガシャン)」という衝突音を聞いたため、〔3〕地点で左側バックミラーないしこうそくミラー(一般にはワイドミラーと呼ばれる、後方が大きく見えるミラー)により、後方を確認したところ、被告車及びX車が衝突後停止している状態を目撃した旨、さらにこれを右側バックミラーでも確認した旨、右〔3〕地点は、当時進路左側に設置されていたカーブミラーの直前の位置であり、同人は普段からコンクリートミキサー車が右カーブミラーと接触しないよう気をつけて運転走行している場所であるため、右地点について記憶している旨供述した。ところが、その後の第一〇回公判期日においては、検察官の質問に対し、平成一一年六月一三日に同人が本件事故当時運転していたコンクリートミキサー車と同形の車両に乗車して立会いした実況見分における指示説明のとおり、本件事故の衝突音を聞いてバックミラーで後方を確認した地点は、前記〔3〕地点ではなく、前記〔1〕地点から約六七・二メートル南方に直進した地点であるのが正しく、その際、右側バックミラーにより後方確認したものである、実際に乗車して実況見分したことにより、右の目撃状況を思い出した旨述べ、本件事故直後の目撃状況についての供述を大幅に変更したものである。
 
同人は、第三回公判期日においては、カーブミラーの直前の位置でバックミラーで後方を確認した旨明確に供述していたものであり、カーブミラーと衝突音を聞いた地点及びバックミラーで後方を確認した地点の位置関係についての記憶が、実況見分時に車両に乗車していたか否かで大幅に異なってくるものとは解し難く、第三回公判期日で述べた衝突音を聞いて後方を確認した地点が、第一〇回公判期日においては約五〇メートルも北方に移動した地点に変遷したことについては合理的理由があるとは認められない。
 
さらに、第一〇回公判期日におけるNの供述内容については、衝突音を聞いた地点について、検察官の質問に対する場合と弁護人の質問に対する場合で供述内容が不合理な変遷を繰り返している上、まず左右どちらのバックミラーで後方の本件事故直後の状況を見たのかという点や同人運転車両の速度についても不確定な内容であり、さらに、同人が本件事故直前に本件交差点を通過したのであれば、本件交差点南方の道路状況に照らし(捜査報告書[甲三〇])、右通過後、清瀬交差点方面から北進して本件交差点に進入したX車と対向離合したものと推測されるが、その離合状況について極めて曖昧な供述に終始しており、同人が本件事故直前に本件交差点を通過したとする供述自体の信用性についても疑問を払拭できない。
 
したがって、Nの供述内容については、とうてい信用性を肯定することができず、右供述を被告車が本件交差点に進入した時点における甲信号機の表示の認定の基礎とすることはできない。
2 O女の供述内容について
 
O女は、第四回公判期日及び第六回公判期日において、本件事故当時、本件交差点の南東に位置し、交差点東方の県道に面して車庫が設けられた住宅に居住していたものであり、過去に本件交差点で交通事故が発生した際に自宅に居合わせた経験があるが、本件事故当時、仕事先から帰宅し、車庫内に自車を駐車して降車し、助手席においた鞄等を取り出そうとしていたところ、「キーッ」と甲高くタイヤが軋む音が県道を東方から西方に流れるのを聞き、その後に本件交差点付近で「ドーン」という車両が衝突したような音を聞いて、また交通事故が発生したものと思い、車庫の引き戸を開け身を乗り出して左斜め前方の神社付近を見たところ、衝突後停止している被告車及びX車を目撃するとともに、甲信号機が赤色を表示しているのを目撃した旨供述している。
 
同人の供述は、具体的で一貫しており、同人がタイヤ音及び衝突音を聞いてから車庫の引き戸を開けて本件事故直後の状況を目撃するまで四ないし五秒であったとの供述も同人立会いによる実験測定結果と概ね一致している。
 
しかしながら、実況見分調書[甲二三]及びO女方からの信号視認状況についての書面[弁八]によると、同人が引き戸を開けて見た神社方向である本件交差点の北西角には、X車の対面にあたる信号機が設置されていること、同人が目撃した位置からは甲信号機の表示を見るについては電柱が障害物となることから、引き戸から半身を乗り出す必要があることが認められることに照らすと、同人がとっさに視野に捕らえた赤色表示の信号機がX車の対面信号機であった可能性も完全には否定できない。
 
また、前記三で認定した本件事故車両の衝突態様に照らすと,同人が聞いた「キーッ」というタイヤ音は、一時衝突前のブレーキ音ではなく、一次衝突後事故車両が時計回りに回転した際のタイヤの横滑り音と認められる。従って、その後に同人が聞いた「ドーン」という衝突音は、二次衝突の音、X車の後部が神社の石垣に衝突した音、被告車が電柱に衝突した音、あるいは被告車が路上に横転した際の音のいずれかであるところ、同人は一次衝突音を聞いていないから、一次衝突後同人が「ドーン」という衝突音を聞くまでの時間については、本件証拠上確定することができない。そうすると、同人が甲信号機が赤色表示をしているのを目撃したものであるとしても、その時間が一次衝突の何秒後であるかは結局確定できないのであって、同人が目撃したのは、被告車が甲信号機の青色表示に従って本件交差点に進入し、本件事故が発生した後、右表示が赤色に転じた後の状況である可能性も完全には否定できない。
3 被告人の供述の信用性について
 
被告人は、一貫して、本件交差点に進入した際の甲信号機の表示は青色であった旨供述しており(被告人の公判供述、第一回及び第五回公判調書中の被告人の各供述部分、検察官調書[二通、乙三、四]、警察官調書[乙二])、本件交差点に進入する前の走行経過について、時速五〇キロメートル弱の速度で進行し、一次衝突地点の手前約一二五・八メートルの地点で甲信号機が赤色を表示しているのを認めてギアを一段階落としエンジンブレーキを操作して時速約四二キロメートルに減速したが、一次衝突地点の手前約七四・七メートルの地点で右表示が青色に変わっており、本件交差点の停止線手前で信号待ちのため停止していた紺色の前車が発進して交差点を通過したのを見たので、ギアを元に戻し、時速四〇ないし四五キロメートルの速度で進行した旨、X車を発見する直前にも甲信号機が青色を表示しているのを確認した旨供述しており、右供述内容は、前記三で認定した甲信号機の信号現示に照らしても矛盾がなく、右供述に基づく計算の結果も被告車が甲信号機の青色表示に従って本件交差点に進入したものであるとの供述と合致する。また、被告人が供述する被告車の一次衝突時の速度、急制動したがタイヤが制動開始するまもなくX車に衝突し、ブレーキ音は聞こえなかったという点、一次衝突直前のX車の走行状況及び一次衝突後の被告車が回転した点のいずれも前記三で認定した本件事故車両の衝突態様と合致しており、供述の信用性に疑いを挟む余地がない上、本件事故直後における被告人のO女らに対する言動も自車が青色信号に従い本件交差点に進入したことを前提とするものであって、被告人の態度は本件事故に遭遇した直後から終始一貫しているものである。 
4 以上検討したところによると、被告人の本件事故状況についての供述内容は十分信用性があり、前記のO女の本件事故直後の甲信号機の表示についての供述の信用性は、被告人の供述を排斥してまでも、採用する程度には至らないと言わざるを得ない。
五 したがって、本件は、本件事故について、被告人に赤色信号見落としの過失があったと認めるに足りる証拠がなく、本件公訴事実は犯罪の証明が無いことになるから、刑事訴訟法三三六条により被告人に対し無罪の言渡しをする。
 
よって、主文のとおり判決する。
(公判出席検察官今村昭市、国選弁護人松本佳郎)
平成一二年二月二五日
福岡地方裁判所久留米支部
裁判官 野島香苗

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