業務上過失致死福岡4

業務上過失致死福岡4

福岡高等裁判所那覇支部/平成二二年(う)第五号

主文
原判決を破棄する。
被告人を罰金三〇万円に処する。
本件公訴事実中、自動車運転過失致死の点については、被告人は無罪。

理由
第一 本件控訴の趣意
 
本件控訴の趣意は、弁護人中村昌樹作成名義の控訴趣意書及び訂正申立書記載のとおりであり、これに対する答弁は、検察官馬場浩一作成名義の答弁書記載のとおりであるから、これらを引用するが、論旨は、理由不備、事実誤認、法令適用の誤り及び量刑不当をいうものである。
第二 理由不備をいう論旨について
 
論旨は、原判決には、公訴提起濫用論を排斥する理由が何ら示されていないから、理由不備がある、というのである。しかし、論旨は、実質的には、原判決の公訴提起濫用論に関する判断の誤りを主張するものにすぎないから、理由不備として適法な控訴理由であるとはいえない。
第三 事実誤認をいう論旨について
一 論旨
 
論旨は、原判決(罪となるべき事実)第二記載の自動車運転過失致死の事実について、普通乗用自動車を運転して自車を自動二輪車に衝突させたのは、被告人ではなく、B子であり、少なくともその合理的な疑いがあるのに、被告人を犯人と認めた原判決には、判決に影響を及ぼすことが明らかな事実の誤認がある、というのである。
二 原判決の認定事実と公訴事実
 
原判決が(罪となるべき事実)第二において認定した事実は、「被告人は、平成二〇年一一月三〇日午後三時五〇分ころ、普通乗用自動車(軽四。以下「本件車両」という。)を運転し、沖縄県宮古島市平良《番地略》先の交通整理の行われていない交差点を荷川取方面から平良港方面に向かい右折進行するに当たり、パイナガマビーチ方面から荷川取方面に向かい時速約五〇kmで対向直進中のC(当時一七歳。以下「C」という。)運転の自動二輪車(以下「本件自動二輪車」という。)を自車の右前方に認めたのであるから、本件自動二輪車の進行妨害をしないよう、同車の動静を注視し、その安全を確認した上で右折進行すべき自動車運転上の注意義務があるのにこれを怠り、同車の動静を注視せず、その安全を確認しないまま、同車が自車の右前方約三六・一mに迫っているのに、漫然右折を開始して進行した過失により、自車右前部を本件自動二輪車前部に衝突させ、同車後部に同乗していたD(当時一七歳。以下「被害者」という。)を路上に転倒させて、同人に脳挫傷の傷害を負わせ、よって、同年一二月六日午後九時二九分ころ、同市平良《番地略》沖縄県立宮古病院において、同傷害により同人を死亡させた。」というものである。
 
そして、平成二一年二月一六日付けの追記訴状記載の公訴事実(同月一九日付けの「訴因の訂正について」と題する書面において訂正後のもの)は、原判決(罪となるべき事実)第二記載の事実と同旨である。
(以下、本件車両が本件自動二輪車と衝突した事故を「本件事故」といい、沖縄県宮古島市平良《番地略》先の交差点を「本件事故現場」という。また、以下における住所の表示は、いずれも、沖縄県宮古島市のものである。)
三 本件の概要
 
本件においては、原判決(罪となるべき事実)第一記載の道路交通法違反(酒気帯び運転)の事実、すなわち、被告人が、本件事故の前、池間島において酒気を帯びて本件車両を運転した事実については、当事者間に争いがなく、また、関係各証拠により認められる。他方で、同第二記載の自動車運転過失致死の事実については、その犯人性が争いとなっている。
 
すなわち、被告人が、本件車両を運転して池間島を出発し、平良港へ向かったこと、その際の同乗者は、被告人の子であるB子(当時一五歳)、E子(当時一二歳。以下「E子」という。)及びF子(当時二歳。以下「F子」という。)並びに知人のG子及びH子であり、以上の六人が本件事故時まで本件車両に乗っていたこと、本件車両の運転者が、本件事故を起こし、被害者に傷害を負わせて死亡させたことは、当事者間に争いがなく、また、関係各証拠により認められる。
 
そして、被告人は、原審及び当審の各公判において、本件事故現場に至る前に、B子と本件車両の運転を交替しており、本件事故時に本件車両を運転していたのはB子であると供述している。
(以下、仮に被告人が本件事故時に本件車両を運転していた場合のその事実を「被告人運転事実」と,仮にB子が本件事故時に本件車両を運転していた場合のその事実を「B子運転事実」ということがある。)
 
まず、本件において、被告人運転事実を明らかに認定し得る客観的な証拠は見当たらない。
 
また、本件事故時の本件車両の運転者に関する関係者の供述は、次のとおりである。 
 
すなわち、被告人は、捜査段階において、当初は被告人運転事実を供述したが、後にB子運転事実を供述するようになり、さらに、再度被告人運転事実を供述したり、再度B子運転事実を供述したりした。しかし、起訴後は、原審及び当審の各公判において、一貫して、B子運転事実を供述している。
 
B子は、捜査段階の当初は、被告人運転事実を供述していたものの、後に、B子運転事実を自白するとともに、その旨を記載した自首書を警察官に提出し、さらに、再度被告人運転事実を供述するに至った。そして、原審及び当審の各期日外尋問においては、一貫して、被告人運転事実を供述している。
 
E子は、捜査段階においては、被告人運転事実を供述したが、原審期日外尋問においては、B子運転事実を供述した。
 
G子は、原審公判において、被告人運転事実を供述した。
 
H子は、原審公判において、被告人運転事実を供述したものの、被告人が運転するのは見ていないと述べるなど、その供述内容はあいまいである。
 
なお、このほかの供述証拠として、本件事故後に本件車両等を目撃した状況を述べるIの原審公判供述がある。
四 前提事実
 
次の各事実は、関係各証拠により明らかに認められる。
(1)事実経過
ア バレーボール大会への参加
 
被告人は、平成二〇年一一月三〇日、池間島の甲野小学校で開催されたバレーボール大会に参加するため、B子、E子及びF子と共に、伊良部島の佐良浜港からフェリーに乗って宮古島の平良港へ行き、その後は、本件車両を運転して上記の会場まで行った。
(被告人の原審公判供述、B子及びE子の各原審期日外尋問供述)
イ 被告人らの飲酒
 
被告人は、バレーボール大会が終わった後、打ち上げに参加して、発泡酒を二缶、ビールを紙コップ九杯くらい、泡盛を紙コップ三杯くらい飲んだ。この際、同じくバレーボール大会に参加していたG子とH子も、被告人と共に飲酒した。
(被告人の検察官調書(乙五・四頁)、被告人の原審公判供述、G子及びH子の各原審公判供述)
ウ B子の運転
 
B子は、被告人が飲酒していた際、被告人から本件車両のかぎを借り、E子及びF子を伴い、本件車両を運転して買物に出掛けた。この際、B子は、少なくとも、池間大橋を渡って宮古島の商店まで行って買物をし、また、ガソリンスタンドで本件車両にガソリンを入れるなどして、池間島へ戻った。なお、B子は、当時一五歳であったが、それまでに二、三回、自動車を運転した経験があった。
(被告人の原審公判供述、B子及びE子の各原審期日外尋問供述)
エ 被告人の運転開始
 
被告人は、同日午後二時五〇分ころ、平良《番地略》付近の道路から、平良港へ向けて本件車両の運転を始めた。この際、本件車両の助手席にはB子が乗り、後部座席には、E子及びF子のほか、同じく伊良部島へ帰ろうとするG子及びH子が乗っていた。
(被告人の原審公判供述、G子及びH子の各原審公判供述、B子及びE子の各原審期日外尋問供述、被告人の検察官調書(乙五・五頁)、警察官作成の現場引き当たり捜査報告書(甲八、弁五(写し)))
オ 本件車両の走行経路
 
被告人が運転開始後ずっと本件車両を運転していたか、あるいは、いずれかの地点でB子と運転を交替したかについては、関係者の供述に食い違いがあるが、本件車両の走行経路は、次のとおりである。
 
すなわち、まず、池間島から平良港の近くにある平良《番地略》所在の海鮮酒家中山海岸通り店(以下「本件焼肉店」という。)へ行き、次に、平良《番地略》所在の平良西里郵便局(以下「本件郵便局」という。)へ行き、さらに、平良《番地略》所在のファミリーマート宮古市場通り店(以下「本件コンビニ」という。)へ行った。
 
なお、G子は、本件郵便局において、ATM機を利用して金銭を引出した。また、本件コンビニにおいて、H子は携帯電話の充電器を購入し、B子は店内のトイレを借り、被告人とF子は店内の商品を見るなどした。
 
そして、本件車両は、本件コンビニから再び平良港へ向けて走行した。
(被告人の原審公判供述、G子及びH子の各原審公判供述、B子及びE子の各原審期日外尋問供述、警察官作成の現場引き当たり捜査報告書(甲八、弁五(写し))、警察官作成の写真撮影報告書(甲一八ないし二一))
カ 本件事故
 
本件車両は、同日午後三時五〇分ころ、本件事故現場において、本件事故を起こした。
 
その態様は、本件車両が、本件事故現場の交差点において、右折の合図をし、停止することなく右折を開始したところ、対向車線を直進してきた本件自動二輪車の前部に自車の右前部を衝突させた、というものである。
 
被害者は、本件自動二輪車の後部座席に乗っていたところ、本件事故により、路上に転倒して脳挫傷の傷害を負い、これを原因として後に死亡した。
(医師J作成の死亡診断書(甲五)、警察官作成の実況見分調書(甲一〇、一三)、Cの警察官調書(甲一一)及び検察官調書(甲一二))
キ 本件事故後の被告人の運転等
 
被告人は、本件事故後、本件車両を運転して本件事故現場から約一五〇m離れた場所まで行ったが、そこで転回し、約八〇m戻った場所に本件車両を止めた。そして、本件事故現場へ行き、そこに臨場した警察官に対し、本件事故時、自分が本件車両を運転していたと述べた。
(被告人の原審公判供述、警察官作成の実況見分調書(甲一三))
ク B子とE子の帰宅
 
G子は、本件事故後、警察官が臨場する前に、B子とE子に対し、フェリーに乗って伊良部島へ帰るように言った。B子とE子は、これに従い、H子からフェリー代を受け取り、伊良部島へ帰った。
(G子及びH子の各原審公判供述、B子及びE子の各原審期日外尋問供述)
(2)本件事故による本件車両の破損状況
 
本件車両は、本件事故により、右前部分が大きく破損した。すなわち、本件車両のボンネットの右寄りの部分及び右フロントフェンダーは大きく歪んで内部が見える状況であり、右の前照灯は原形をとどめていなかった。
(警察官作成の写真撮影報告書(甲二))
(3)被告人の呼気中アルコール濃度の測定結果
 
同日午後四時四八分ころ、本件事故現場において、被告人に対し、呼気中アルコール濃度の測定が行われた。その結果、呼気一l当たり〇・七六mgのアルコールが検出された。もっとも、被告人は、その際、普通の言語態度で話し、正常に歩行し、一〇秒間直立することができた。
(警察官作成の酒気帯び鑑識カード(甲一))
(4)遺留物の発見等及び鑑定
 
平成二一年一月一八日、本件車両の助手席シートの下にアップルティーの五〇〇ml缶一本があるのが確認され、同月二六日、領置された。また、その際、本件車両の助手席前のダッシュボード上の、やや車両中央寄りの場所に、固定されたジュースホルダーがあるのが確認された。そして、その缶から唾液の付着が認められ、その唾液について、一部のDNA型が判明したが、これは、被告人のDNA型ともB子のDNA型とも完全には一致しなかった。すなわち、その唾液について判明したDNA型の中には、B子のDNA型のみと一致する型と、B子のDNA型のみに含まれる型及び被告人のDNA型のみに含まれる型の双方を含む型との二種類があった。
 
また、本件事故後、本件車両のハンドル、シフトレバー及びサイドブレーキレバーから汗垢様の物が採取され、このうち、ハンドル及びシフトレバーからそれぞれ採取された物について、一部のDNA型が判明した。これらのDNA型は、被告人及びB子のいずれのDNA型とも同型であった。
(警察官作成の領置調書(甲三二)、検察官作成の写真撮影報告書抄本(甲三三)、技術職員作成の鑑定書写し(弁一三)及び検査結果回答書写し(弁一四))
(5)B子の警察署への出頭
 
B子は、帰宅後、携帯電話とジャージがないことに気付き、本件車両の中に忘れたものと考えた。そこで、平成二〇年一二月三日、宮古島警察署に電話をした上、同月四日、同署へ行き、警察官と共に携帯電話等を探した。その際、警察官から、本件事故の時に本件車両に乗っていたのかと聞かれ、これに対し、乗っていたと答えた。
(B子の原審期日外尋問供述)
(6)B子の供述経過等
 
B子は、同日から、警察官の事情聴取に応じ、被告人運転事実を供述した。
 
しかし、B子は、同月一一日付けの警察官調書において、B子運転事実を供述した(弁四三。以下、「B子の自白供述」という。)。
 
また、B子は、同月一二日、伯父のK(被告人の兄。以下「K」という。)に伴われて、中村昌樹弁護士(以下「中村弁護士」という。なお、当時、被告人の被疑者弁護をしており、原審及び当審における弁護人でもある。)の事務所へ行った。そして、B子は、中村弁護士に対し、B子運転事実を話した。その後、B子は、B子運転事実を記載した自首書を作成し、中村弁護士とKに伴われて宮古島警察署へ行った。その際、中村弁護士は、B子の自首の意思を再度確認した上、自首書を警察官に提出した。
 
同日の夜、G子が、B子の家に来て、B子に対し、運転していたのはB子ではなく、被告人だと言った。
 
B子は、同月一三日から、警察官に対し、再度被告人運転事実を供述するようになった。
(上記のほか、K及びG子の各原審公判供述、B子原審期日外尋問供述)
(7)被告人の供述経過
 
被告人は、同年一一月三〇日、本件事故の直後に臨場した警察官に対し、被告人運転事実を述べ、また、同日の警察官による弁解録取においても、同様の供述をした(乙九)。そして、同年一二月二日の検察官による弁解録取及び同月三日の裁判官による勾留質問においても、同様の供述をした(乙一〇、一一)。もっとも、同月一日付けの警察官調書においては、被告人は、E子及びF子と共に池間島のバレーボール大会へ行ったこととされ、また、E子は、被告人が池間島から運転を開始する前に、知り合いに送られて帰宅したこととされていて、B子の名前は全く出てきていない(乙二)。そして、被告人は、少なくとも同月三日付けの警察官調書までは、その供述を維持した(乙三)。
 
被告人は、同月九日、運転経路の引き当たり捜査の際、警察官から、「こっちは全部分かっているから正直に話しなさいよ。」と言われ、これに対し、「はい。実はB子が運転していました。」と答えた上、B子と運転を交替した場所などを指示した(Lの検察官調書抄本(甲三六)、警察官作成の現場引き当たり捜査報告書写し(弁五))。また、被告人は、同日付けの警察官調書においても、B子運転事実を供述した(弁七)。
 
しかし、被告人は、同月一四日付けの警察官調書及び検察官調書において、再度被告人運転事実を供述した(乙六、七)。
 
さらに、被告人は、同月一九日付けの二通の検察官調書において、再度B子運転事実を供述した(弁八、九)。また、その後の同月二二日付け及び平成二一年一月九日付けの各検察官調書においても、同様の供述を維持している(乙一二、一三)。
(上記のほか、被告人の原審公判供述)
(8)被告人の被疑者ノートの記載
 
被告人の平成二〇年一二月一三日の取調べに関する被疑者ノートには、警察官から「自分が刑務所に行きたくないから娘が運転したと言ってるんじゃないの。」などと言われ、被告人運転事実を供述したことが記載されている。また、「調書作成時のあなたの心境」の欄には、次の記載がある。「私一人だけがうそをついてるなら、しようがない。娘のB子が自主してきたのに、他の二人は、何も言って来ない。でも、私が運転したと言ったのに、じゃあ娘の自主は、…うそという事で、何とか罪になるのか…B子ごめんよ。あんたが運転したと、本当の事を言っても、刑事達は、聞いてもくれない。だったら、お母さんは、また、うそをついたと言う事で、みんなの事はもうだまっておくよ。」
 
そして、被告人の同月一四日の取調べに関する被疑者ノートの「調書作成時のあなたの心境」の欄には、次の記載がある。「元は、と言えば、自分がお酒を飲んだ事が悪い。誰が悪い訳でもない、自分が悪い。自分がお酒を飲まなければ、娘が運転する事もなかったろうに。車を島に置いて、G子さん達に乗せてもらえば良かった。今更悔やんでも悔やみきれないけど、起こしてしまった事には自分も責任がある。娘だけの問題じゃない。娘にこんな想いをさせてまで、自分の罪を軽くしたいなど、この世に、娘を売る母親がどこにいる、自分はバカじゃないか、等。」
(被告人作成の被疑者ノート(弁一五、一六))
五 証人及び被告人の各供述の概要
(1)Iの供述
 
Iの原審公判供述は、次のとおりである(以下、Iについて単に「供述」というときは、原審公判供述をいう。)。
 
交差点を右折する前から、エンジンが壊れたような大きな異常音がしていた。そして、その交差点を右折した後、その音がする緑色の軽自動車(本件車両)を見た。
 
本件車両は、対向車線の道路の中央寄りに右斜めに向けて停止していた。また、本件車両は、音も大きく、右前の辺りが陥没していてエンジンが見えるような状態だったので、事故があったものと直感した。
 
本件車両には、四〇歳台の茶髪の女性が一人で運転席に乗っていた。そして、その女性は、運転席から降り、本件車両の前の部分を確認して、再び運転席に戻った。その女性は、被告人である。
 
本件車両の付近には、子供を抱いた若い女性ともう一人の女性がいた。
(2)G子の供述
 
G子の原審公判供述は、次のとおりである(以下、特に断りのない限り、G子について単に「供述」というときは、原審公判供述をいう。)。
 
本件車両が池間島を出発する際、運転席には被告人が、助手席にはB子が乗り、G子自身は、助手席側の後部座席に乗っていた。
 
本件車両が池間島を出発してからすぐ、眠ってしまった。そして、本件焼肉店の前で、「着いたよ。」と声を掛けられて目を覚ました。その際、運転席にいた被告人に対し、本件郵便局に行くよう頼んだ。本件車両が出発した後、また眠ってしまったが、本件郵便局に着いてから起こされ、ATM機で金銭を下ろした。本件郵便局を出る時も、運転席には被告人が座っており、B子は助手席に座っていた。その後、また眠ってしまい、本件コンビニに寄った記憶はない。
 
次に目を覚ましたのは、ドーンという大きな音を聞き、衝撃を感じた時である。その時、運転席にいた被告人に対し、「車止めて。」と言い、止まらなかったことから、更に、運転席のシートの左上の角の辺りをバンバンとたたきながら、「止めて。止めて。」と言った。その時に運転席にいたのは、被告人に間違いない。
 
本件車両が止まった後、本件車両から降りて、本件事故現場まで行った。そこで、本件自動二輪車の運転手に声を掛け、また、被害者が仰向けに倒れているのを確認するなどした。その後、本件車両が停止した場所へ被告人を探しに戻ったが、既に本件車両はなかった。
 
本件車両が停止した場所へ戻る途中で、B子とE子を見付けたので、「家に帰ってなさい。」と言った。これは、本件車両がとても大きな事故を起こしたので、その現場に子供たちがいるのは酷であり、本件事故の現場を見せたくなかったためである。B子らは、最初は帰りたがらなかったが、G子が再度強めに帰るよう言うと、渋々これに従って帰った。
 
その後、本件車両と、これから既に降りた被告人を見付けた。被告人は、壊れたボンネットの辺りを手で何かしていた。そこで、被告人に対し、バイクが来るのが見えなかったのかと聞いた。これに対し、被告人は、確認はできたが、バイクのスピードが結構速くて、それで避けきれなくて衝突してしまったというようなことを言った。また、被告人が壊れたボンネットの辺りを手で何かしていることについて、「手でやっても直らないよ。」と言った。これに対し、被告人は、何も答えなかった。そして、更に、被告人に対し、本件事故現場に一緒に行くよう言った。これに対し、被告人は、「自分でやったことだから、自分で行けるから大丈夫だよ。」と言って、一人で歩いて本件事故現場へ行った。
 
当日の警察官による事情聴取の際、本件事故時にB子とE子が本件車両に乗っていたことを話さなかった。それは、後々考えると、B子らを帰したのがまずかったと思い、また、これを言うと、多分警察官に怒られると思い、言い出せなかったからである。
 
平成二〇年一二月一〇日、初めてB子らの乗車の事実を話したが、その際、警察官から、なぜ帰したのかと厳しく聞かれた。
 
同月一二日、Kと電話で話した際、B子が自首書を作成して警察官に提出したことを聞いた。そして、B子の家へ行ってB子と会い、B子に対し、「なんでそんな自分がやったとか言ったの。B子が運転していないのは知ってるよ。」などと言った。これに対し、B子は、「自分がやったと言えば、お母さんが帰ってくるから。」などと答えた。そこで、B子に対し、更に、「嘘がばれたときにお母さんのためにならないから、お母さんの罪がもっと重くなるんだよ。」と言うと、B子は、「じゃ、正直に話す。本当のことをやっぱり言う。」と答えた。
(3)B子の原審期日外尋問における供述
 
B子の原審期日外尋問における供述は、次のとおりである(以下、特に断りのない限り、B子について単に「供述」というときは、原審期日外尋問における供述をいう。)。
 
本件車両が池間島を出発する際、被告人は運転席に、B子自身は助手席に座っていた。その際、飲みかけの缶入りのアップルティーを助手席の前にあるジュースホルダーに置いていた。
 
本件車両は、池間大橋を渡り、宮古島に入った辺りで、対向車線にはみ出したり、縁石にぶつかりそうになったりした。そこで、被告人に対し、運転を替わるか聞いたが、被告人は、大丈夫だと答えた。
 
被告人は、西辺入口の辺りでいったん本件車両を止め、一、二分、シートにもたれて休憩した。その後、被告人が運転を再開してからは、運転は正常であった。
 
本件車両が本件焼肉店の前に着いた後、本件郵便局へ行くこととなった。その際、H子は、本件郵便局までの道順を被告人に説明していた。そして、郵便局に着くと、G子は金銭を下ろした。また、B子自身も、本件車両から降り、運転席のそばまで行って、被告人に対し、「運転替わるよ。」と言ったが、被告人が「いいよ。大丈夫。」と答えたため、実際に運転を替わることはなかった。
 
その後、本件車両は、本件コンビニへ行った。そこでは、H子が降りて買物をしたほか、B子自身と被告人も降りて本件コンビニの店内に入った。そして、本件車両に戻った際は、B子自身は助手席に、被告人は運転席に座った。
 
本件事故の前、太陽の光が反射してまぶしかったため、バイクが来るのは見えなかった。本件車両は、本件事故現場の交差点を右折する際、いったん停止することなく、右斜めに進行した。被告人は、本件車両が本件自動二輪車に衝突した後、少し本件車両を走らせてから止めた。また、本件事故後、本件車両が止まる前に、H子かG子が、「車を止めれ。」などと言っていた。
 
本件車両が停止した後、被告人以外の者はすべて本件車両から降りた。B子自身は、本件自動二輪車の運転手の方へ行き、同人に謝るなどした。
 
そして、G子やH子から、E子を連れて帰るように言われ、これに従ってE子と共に伊良部島へ帰った。
 
フェリーに乗る前、自分のズボンのすねの辺りが濡れているのに気付き、缶入りのアップルティーがこぼれたのかと思った。
 
帰宅後、携帯電話とジャージがないことに気付き、本件車両の中に忘れたものと考えた。そこで、平成二〇年一二月三日、宮古島警察署に電話をした上、同月四日、同署へ行き、警察官と共に携帯電話等を探した。その際、警察官から、本件事故の時に本件車両に乗っていたのか聞かれ、これに対し、乗っていたと答えた。そして、警察官の事情聴取に応じ、E子も本件車両に乗っていたことのほか、被告人運転事実を供述した。
 
その後も事情聴取に応じたが、同月八日ころから、警察官の態度が、自分の話に疑いを持つものに変わったと感じるようになった。
 
そして、同月一一日、警察官から、「お母さんは、あんたが運転してるって言ってるけど、本当はあんたがやったんじゃないか。妹は、B子といるよりはお母さんといた方が楽しいはずよ。」と言われた(ただし、反対尋問においては、上記の「妹は、」から始まる発言については、同日の三日くらい前に言われたと供述している。)。これに対してショックを受け、泣いた後、被告人をかばってやりたい気持ちになり、警察官に対し、「B子がやった。」と言った。
 
その際、被告人と運転を交替した場所について尋ねられたが、いずれにしろ嘘であるから、本件焼肉店でも、本件郵便局でも、本件コンビニでも、どこでもよいと考え、本件コンビニと答えた。なお、その後に、警察官から、被告人の供述に係る運転の交替場所を聞かされた。
 
また、同月一二日、Kと共に中村弁護士の事務所へ行き、自首書を作成したが、その内容も事実ではない。嘘の自首書を作成した理由は、警察官の前でも自分がやったと言ったから、中村弁護士の前でもやったと言わなければならないと思っていたからである。
 
同日の夜、G子と会い、G子から、「なんで嘘ついてる。本当のことを話さんと、嘘ついてもあんたのためにもならんし、だれのためにもならないから、本当のことをちゃんと話せ。」などと言われた。そこで、被告人にも自分がしたことを認めてほしいし、被告人だけがこんなにきつい思いをするわけではないからと思い、再び真実を話す気になり、同月一三日の警察官による事情聴取から、真実を話すようになった。
(4)B子の自白供述
 
B子の自白供述は、次のとおりである(警察官調書(弁四三))。
 
本件コンビニから出てきた時、被告人が本件車両から降りてきて、本件車両の近くで擦れ違った。その時、被告人に、「運転を替わるよ。」と言うと、被告人は、何も言わず、そのまま本件コンビニの店内に向かった。
 
そして、本件車両の運転席に乗り込み、被告人が戻ってきた時に何も言わなければ、運転を替わろうと思った。その後、被告人は、本件コンビニから出てくると、本件車両の助手席に乗り込んだ。このことから、運転を替わってよいということだと思った。
 
本件車両をバックさせて道路に出て、H子に対して行き先を確認すると、本件焼肉店とのことだったので、これに向かった。
 
本件事故現場に差し掛かると、右折すれば本件焼肉店なので、そのことしか考えていなかった。
 
右折しようとすると、太陽の光でまぶしくなった。すると、被告人が、「バイク、バイクが来るよ。」と言っていたが、その時、太陽の光でまぶしくなっていたので、被告人の言うバイクが見えなかった。
 
次の瞬間には、本件車両と本件自動二輪車がぶつかっていた。
 
本件事故を起こした直後、H子とG子から、「伊良部に帰れ。」と言われたため、E子を連れて伊良部島へ帰った。
(5)E子の供述
 
E子の原審期日外尋問における供述は、次のとおりである(以下、特に断りのない限り、E子について単に「供述」というときは、原審期日外尋問における供述をいう。)。
 
本件車両が池間島を出発する際、運転席には被告人が、助手席にはB子が座り、E子自身は、後部座席の真ん中に座っていた。
 
本件車両が池間大橋を渡りきる前、被告人の運転が少しふらふらしていたため、B子が、被告人に、危ないと言って注意をした。その際,被告人は、そのまま運転を続けたが、ふらふらすることはなくなった。
 
本件車両は、本件焼肉店に着いた後、本件郵便局へ行き、更に本件コンビニへ行ったが、この間は、被告人が本件車両を運転していた。 
 
そして、被告人は、本件コンビニにおいて、B子と運転を替わった。すなわち、B子は、本件コンビニにおいて、本件車両の助手席から降りたが、店内には入らず、運転席に乗った。また、被告人は、本件コンビニから本件車両に戻った時に、B子が運転席にいるのに気付き、本件車両の助手席に座った。このように運転を交替することについて、被告人とB子が会話を交わしたことはなかった。
 
本件事故時、本件車両を運転していたのは、B子である。また、本件車両が本件自動二輪車に衝突する前、被告人が、バイクが来るなどと言っていた。
 
本件事故後、G子から帰るように言われ、B子と共に伊良部島へ帰った。
 
なお、平成二〇年一二月一〇日に警察官から、同月二九日に検察官から、それぞれ事情聴取を受けたが、いずれの際も、本件事故時、本件車両を運転していたのは被告人である、と供述した。それは、事情聴取の前に、B子から、「お母さんが運転したと言え。」と言われたからである。
(6)H子の供述
 
H子の原審公判供述は、次のとおりである(以下、特に断りのない限り、H子について単に「供述」というときは、原審公判供述をいう。)。
 
本件車両が池間島を出発する際、被告人は運転席に、B子は助手席に座り、H子自身は、後部座席の運転席側に座った。
 
本件車両が出発してから間もなく、眠ってしまった。本件コンビニでだれかから起こされ、携帯電話の充電器を買った。そして、本件車両に戻ると、再び後部座席の運転席側に座り、F子が膝の上に乗ってきたので、そのまま抱えた。本件コンビニを出発する時、運転していたのは被告人であるが、被告人が運転席に座っているのは見ていない。
 
本件車両が本件コンビニを出発した後、再び眠ってしまった。その後、大きな音がしたため、驚いて起き、とっさにF子を抱いたまま本件車両から降りた。その時はとっさに逃げたので、だれが本件車両の運転席に座っていたかは見ていない。
 
その後、G子がB子とE子を帰そうとしているのが分かり、B子にフェリー代として一〇〇〇円を渡した。
 
警察官から事情聴取を受ける前、G子から、「子供だから、かわいそうだから、B子らを帰したことは言わないでおこう。」と言われた。当日の事情聴取では、そのとおり、B子らが本件車両に乗っていたことは言わなかった。
 
本件事故の三、四日後、被害者の様子を見て、本件事故が大変な事故だと分かり、警察官に電話をかけ、本件車両に子供が二人乗っていたことを伝えた。
(7)被告人の供述
 
被告人の原審公判供述は、次のとおりである(以下、特に断りのない限り、被告人について単に「供述」というときは、原審公判供述をいう。)。
 
バレーボール大会の終了後、G子及びH子らと共に飲酒し、昼食を取っている時、B子が、本件車両を運転してドライブに行くため、かぎを借りに来た。その際、最終的には運転を許すこととしたが、これに対し、G子は、「A子、そんなことさせるな。」と言った。
 
その後、本件車両を運転して池間島を出発したが、池間大橋を渡る付近から、ほとんど居眠り運転の状態になった。そして、B子から、「お母さん危ない。」と言って怒られたため、いったん本件車両を止め、「大丈夫。」と答えて、また運転を再開した。しかし、B子から再び「お母さんの運転危ない。」と言われたため、また本件車両を止めた。その地点は、島尻入口のバス停の近くである。そして、後部座席にいたH子とG子に対し、運転を替わってもらえないかと声を掛けた。しかし、H子もG子もこれを断ったことから、B子が、「じゃ、Bが運転する。」と言って、自ら運転することを申し出た。これに対し、「駄目よ。」と言ったが、G子は、「B子はいいんじゃないか。」と言った。それでも、「いいよ。やるな。」と言って、B子が運転しなくてもよいことを伝えたが、B子が更に交替を申し出たことと、眠気を感じていたことから、結局、B子と運転を交替した。
 
その後は眠ってしまい、本件焼肉店に着いたり、本件郵便局に寄ったりした記憶はない。もっとも、本件コンビニにおいて、B子がトイレに行く間にその財布と携帯電話を預かったことなどは覚えている。
 
本件車両が本件事故現場付近に来た際、だれかから「A子、着いたよ。」と声を掛けられて起きた。そして、本件車両が本件事故現場の交差点を右折し掛けた時、助手席の窓からバイクが見えた。その時、「B子、バイクが来るよ。」と言った。また、もう一度見るとバイクが近くに来ていたため、「B、バイクが来るよ。」と言ったが、その直後、本件車両が本件二輪車に衝突した。
 
その後、本件車両が止まり、本件車両に乗っていたすべての者が降りた。被告人自身も降りて、本件車両の運転席に乗った。これは、本件車両が動くか否かが気になったためである。そして、本件車両のエンジンを掛けると、最初は道路の左側に止めようと思ったが、結局、そのまま運転して逃げれば、本件事故時に本件車両を自分が運転していたことになり、B子の身代わりになれると考え、運転した。そこで、本件車両を運転して左折し、そのまま逃げようとしたけれども、自分の娘たちのことが頭に浮かび、やはり引き返した。
 
本件車両を止めてこれから降りると、G子が手招きをしていた。そこで、G子の方へ行こうとすると、B子とE子が船着場に歩いて行くのが見えた。その時、G子とH子が二人を帰してくれたものだと思った。そして、G子は、被告人に近寄り、ささやくように、「A子、あんたが運転していたことにすれよ。」と言った。また、H子からは、「B子とE子は帰したから。F子ちゃんのことも大丈夫だから。」と言われた。
 
そして、本件事故現場に臨場した警察官に対し、本件事故時、本件車両を被告人が運転していたと言った。
 
取調べの当初、警察官に対し、池間島に一緒に行ったのはE子とF子であると供述しており、B子も行ったことは秘匿していた。これは、B子運転事実が発覚しないようにするためである。
 
しかし、平成二〇年一二月九日、引き当たり捜査の際、警察官から、「みんな分かっている。正直に話してごらん。」と言われ、B子が乗っていたのが分かったのだと思い、B子運転事実を話した。
 
同月一三日か一四日、再度被告人運転事実を供述したが、それは、やはりB子が罪を被るのはかわいそうであり、また、酒を飲んでいた自分が悪いのだと考えたからである。
 
その後、再度B子運転事実を供述するようになったが、これは、被害者に対して真実を話さなければならないと思い、また、B子にも本件事故を起こしてしまったことを認識してほしいと思うからである。
六 原判決の判断の骨子と当裁判所の判断
 
原判決は、〔1〕被告人が本件事故直後に本件車両を運転していたことからすると、本件事故後に運転者が交替した事実が認められない限り、本件事故当時運転していたのは被告人以外にはあり得ないところ、本件事故直後に運転を交替したとする被告人の供述は不合理であって信用し得ないから、直接証拠を除外した証拠によっても、被告人運転事実が推認され、〔2〕被告人運転事実に関するG子及びB子の各供述は、いずれも信用するに足りるものであるから、被告人運転事実が認められると判断した。
 
しかし、当裁判所は、原判決の判断を是認することができず、被告人運転事実を認めるには合理的な疑いが残るから、原判決(罪となるべき事実)第二記載の事実については無罪とすべきであると判断する。
 
その理由は、次のとおりである。
七 被告人運転事実を推認させる客観的な証拠について
 
鑑定の結果、本件車両のハンドル及びシフトレバーから採取された汗垢様の物のDNA型が、被告人及びB子のDNA型のいずれとも同型であることが判明した。この鑑定結果は、B子運転事実を何ら排斥するものではなく、被告人運転事実を推認させるものではない。
 
また、鑑定の結果、アップルティーの缶から採取された唾液のDNA型が、B子のDNA型とも被告人のDNA型とも完全に一致しないことが判明した。この鑑定結果は、どのような事実に由来するのか明らかではなく、被告人運転事実を推認させるものではない。
 
そして、他に、被告人運転事実を推認させる客観的な証拠はない。
八 本件事故後に運転を交替した可能性について
(1)Iの供述について
 
Iは、事故の痕跡を顕著に示す自動車を目撃するという特異な経験に基づき、自動車で擦れ違い様に近くから観察した状況を述べたもので、観察時間が短いこと等の所論の主張を踏まえても、その供述には信用性が認められる。そして、Iの供述によれば、被告人が、本件事故現場付近に止まっていた本件車両の運転席に一人で乗っており、これから降りて本件車両の前辺りを確認し、また運転席に戻った事実が認められる。
 
しかし、この事実からすれば、本件車両に乗っていた者のうち、少なくとも被告人以外の五人は、Iが目撃する前に既に本件車両から降りていたことが明らかである。そうすると、少なくとも五人が降りたその機会において、被告人も本件車両の助手席から降り、運転席に乗り込んだ可能性が十分にある。
(2)運転を交替したという被告人の供述について
 
被告人は、本件事故時には本件車両の助手席にいたが、本件事故後に助手席から降り、運転席に乗り込んで本件車両を運転したと供述する。この点、原判決が説示するとおり、被告人の供述に係る状況自体がやや不自然であり、また、そのような行動を執った理由に関する被告人の供述も、変遷している上、直ちに納得し得るものとはいい難い。
 
しかし、被告人の飲酒の量や後に測定された呼気中のアルコール濃度からいって、被告人が、本件事故当時、相当程度酔っていたものと考えられる上、人が、不測の事故に直面した場合に正常な判断ができず、一見して不合理な行動を執ることは、しばしば見受けられるところである。この点、仮にB子運転事実が真実であるとすれば、被告人は、本件事故を直接惹起したわけではないけれども、一五歳の未成年子に運転をさせたために本件事故を惹起したこととなるのであって、大きな責任を感じて動揺したとしても不思議はない。また、本件車両が動くか気になったという被告人の供述も、事後的に考えれば不可解というほかないけれども、Iの供述により認められる被告人の行動、すなわち、本件車両の運転席から降り、本件車両の前辺りを確認してから、運転席に戻るという行動に沿うものである(もっとも、被告人自身は、上記の行動をした事実を供述していない。しかし、これを踏まえても、Iの供述の信用性は肯定されるものである。)。そして、仮に被告人運転事実が真実であるとしても、本件事故後、被害者の様子や自分の子らの動向を確認しないまま、大破した本件車両の運転を続け、約一五〇m進んでから約八〇m戻るといった行動が合理的であるとはいえないのであり、これと比較して、被告人の上記供述に係る行動の方が顕著に不合理であってあり得ないものということはできない。
 
また、本件車両に乗っていた者が、二歳のF子を除外して五人いながら、被告人の供述に沿う供述をする者がいないことは、原判決が説示するとおりであるけれども、本件のように関係者の供述が顕著に食い違っており、いずれの供述も客観的な裏付けが十分ではない場合において、一致する供述をする者がいないことのために、直ちに供述の信用性が否定されるものとは解し難い。
(3)まとめ
 
以上によれば、本件事故後に被告人が本件車両を運転していた事実をもって、被告人運転事実を推認することはできないものといわざるを得ない。
九 G子の供述の信用性について
(1)B子らを帰した上、B子らの乗車の事実を秘匿していた点について
 
G子が、本件事故後、自らB子とE子を伊良部島に帰した上、取調べの当初、本件事故時にB子とE子が本件車両に乗っていたことを秘匿していた点について検討する。
 
この点、G子は、B子らを帰し、その乗車の事実を秘匿したのは、子供たちを巻き込みたくなかったからである、と供述するけれども、この理由は、B子らを帰した理由としては一応納得し得るものであるが、その乗車の事実を秘匿した理由としては必ずしも納得し得るものではなく、この点の合理的な説明もされていない。そうすると、仮にB子運転事実が真実であるとすれば、G子が、B子運転事実が発覚しないようにするため、自らB子らを伊良部島に帰した上、B子らの乗車の事実をも秘匿した、と推定することが一応可能である。以下、その推定を否定し得る事情があるか否かを検討する。
 
まず、B子運転事実が発覚しないようにすることを目的とするのであれば、B子だけを伊良部島に帰した上、その乗車の事実だけを秘匿すれば足りるのに、G子が、B子だけではなくE子をも帰した上、その乗車の事実をも秘匿したことは、子供たちを巻き込みたくなかったというG子の供述に沿うものであるとの見方もあり得よう。
 
しかし、この見方にも一理あるものの、G子が、E子の年齢等にかんがみ、E子の供述からB子運転事実が発覚することを恐れたと考えることも可能であるから、B子に加えてE子をも帰した上、その乗車の事実をも秘匿したことは、B子運転事実が発覚しないようにしたとの推定を否定し得るものではない。
 
また、原判決は、仮にB子運転事実が真実であるとすれば、G子は、B子らが本件車両に乗っていた事実を話した時点で、運転者がだれかについても真実を話すことが容易であったにもかかわらず、一貫して被告人が運転していたと述べているから、G子の供述には信用性がある、と説示する。
 
しかし、仮に被告人の供述が真実であるとすれば、G子は、一五歳の未成年者の無免許運転を教唆又は幇助した疑いを掛けられ、あるいは、少なくとも、一五歳の未成年者の無免許運転に関与した結果、若年の被害者を死亡させる本件事故を引き起こしたことに対して、大きな道義的な責任を負うこととなるのであるから、B子運転事実を秘匿する動機がある。そして、G子は、B子が本件車両に乗っていた事実について、これが警察官に発覚してからようやく供述を始めたのであって、G子にとっては、この時点では、もはや、B子が本件車両に乗っていなかったという当初の供述を維持する方が困難であったと考えられる。他方で、G子がB子の乗車の事実を供述し始めた時点において、警察官は、B子運転事実を確定的なものとして把握していたわけではない。そうすると、B子の乗車の事実は認めざるを得ないけれども、B子運転事実の秘匿は続けるというG子の供述態度は、B子運転事実を秘匿する動機を有する者としてごく自然なものである。現に、G子は、B子らを先に帰したのはまずかったが、これを言うと警察官に怒られると思い、言い出せなかった、と供述しているのであるから、B子運転事実まではついに言い出せないまま現在に至っているという可能性も十分にあると考えられる。したがって、仮にB子運転事実が真実であるとすれば、G子が、B子らが本件車両に乗っていた事実を話した時点で、運転者がだれかについても真実を話すことが容易であったとは到底いえないから、G子の供述経過は、G子がB子運転事実が発覚しないようにしたとの推定を妨げるものではない。
 
以上によれば、結局、G子が、B子運転事実が発覚しないよう、自らB子らを伊良部島に帰した上、B子らが本件車両に乗っていたことをも秘匿した、との推定は、依然として可能であるといえる。
(2)供述の具体性、迫真性等について
 
G子の供述は、一見すると、具体性や迫真性があり、自然で合理的なものということができる。
 
もっとも、G子が乗る本件車両が本件事故を起こしたことは明らかであるから、例えば、本件事故の状況に関する供述に具体性や迫真性があるとしても、本件車両の運転者に関する供述をも当然に信用し得るとは限らない。すなわち、仮にB子運転事実が真実であったとしても、大抵の経過は、運転者を被告人に置き換えて供述することが可能である。このような観点から、G子の供述のうち、置き換えが不可能な部分をみると、本件事故の直後、被告人との間で本件事故の原因について会話を交わした部分が挙げられる。G子のこの部分の供述は、被告人が、バイクのスピードが結構速くて、それで避けきれなくて衝突してしまったというようなことを言っていた、というもので、一応の具体性があるといえる。しかし、この供述は、本件事故時、本件自動二輪車が時速四〇ないし五〇kmで進行していたというCの供述(検察官調書(甲一二))と整合するのか疑問があり、また、B子運転事実を排斥し得るほどの具体性があるものともいい難い。
 
以上によれば、G子の供述が、具体性や迫真性を有し、自然で合理的であるとしても、このため被告人運転事実について述べる部分の信用性までも当然に肯定し得るものとはいえない。
(3)虚偽の供述をする動機について
 
原判決は、G子は、被告人とはバレーボールクラブを通じて知り合った友人同士であり、B子を殊更かばって被告人を罪に陥れるべく虚偽の供述をする動機もない、と説示するけれども、G子にB子運転事実を秘匿する動機があることは上記のとおりであるから、その説示には賛同することができない。
(4)まとめ
 
結局、G子が、B子運転事実が発覚しないよう、自らB子らを伊良部島に帰した上、B子らが本件車両に乗っていたことをも秘匿した、との推定が可能であり、また、G子の供述自体の具体性や迫真性等も、被告人運転事実について述べる部分の信用性を高めるものとはいえず、さらに、G子に虚偽の供述をする動機がないとはいえないことからすると、G子の被告人運転事実に関する供述は、全面的に信用し得るものではない。
一〇 B子の供述の信用性について
(1)供述の変遷の理由について
 
B子は、自分の供述が変遷している理由について、当初は真実である被告人運転事実を供述していたものの、警察官から厳しい追及を受けた結果、被告人をかばう気になり、虚偽のB子運転事実を自白したが、G子から本当のことを話すように言われて、真実を話すこととし、再度被告人運転事実を供述するに至った、と供述する。そして、その変遷の理由に関する供述自体に、特に疑義を差し挟むべき点は見当たらない。
 
しかし、他方で、B子の供述経過からすれば、当初は虚偽の被告人運転事実を供述していたものの、警察官から問いただされて、真実であるB子運転事実を供述するようになったが、G子の説得により、再度虚偽の被告人運転事実を供述するに至った、という解釈も可能である。そして、供述の変遷に関するB子の供述自体に疑義を差し挟むべき点がないというだけでは、上記の解釈を排斥する十分な理由となるとはいい難い。上記の解釈を排斥すべき事情の有無については、更に検討が必要である。
(2)アップルティーの缶の遺留状況等との符合について
 
B子は、本件事故後、フェリーに乗る前に、ズボンのすねの辺りが濡れていることに気が付いたが、これは、缶入りのアップルティーがこぼれたものだと思う、と供述している。そして、この供述が、虚偽や思い違いによるものとは考え難い。
 
ところで、缶入りのアップルティーは、飲みかけのまま助手席前のダッシュボードに設置されたジュースホルダーに置かれていたが、本件事故後には、その缶が助手席のシートの下に落ちていたものである。これによれば、缶入りのアップルティーが本件事故の衝撃によりジュースホルダーから外れ、助手席のシートの下まで落ちたものと推認するのが合理的である。
 
そうすると、缶入りのアップルティーが本件事故の衝撃によりジュースホルダーから外れて下に落ちた際、その中身が、助手席に座っていたB子のズボンのすねの辺りにこぼれたという事実経過が、本件事故当時の客観的な状況に照らして自然なものといえる。この点で、B子の被告人運転事実に関する供述には相応の信用性がある。
(3)B子の自白供述における運転交替の地点について
 
被告人とB子が運転を交替した地点について、B子の自白供述においては、本件コンビニとされているが、被告人は、島尻入口のバス停の近くであると供述しており、食い違いがある。そこで、原判決は、仮にB子運転事実が真実であり、B子がこれを認める供述をするのであれば、運転を交替した場所についてだけあえて虚偽の供述をする必要性はなく、また、その場所について本件コンビニと供述した理由に関するB子の供述も合理的なものであるから、B子の自白供述は信用し得ず、B子の原審期日外尋問における供述に信用性が認められる、と説示する。
 
しかし、B子がB子運転事実を自白することを決意しても、自分の責任をなるべく軽くするため、運転距離を短く供述しようとすることはあり得る。また、B子は、B子運転事実を自白するに当たり、警察官から、当時、運転を交替した地点に係る被告人の供述を聞かされた、というのである。この点、B子は、運転を交替した地点について適当に本件コンビニと答えた後に、被告人の供述を聞かされた、と供述するが、そうであっても、直ちに訂正を申し出ることもできたといえる。それにもかかわらず、運転を交替した地点についてB子があえて被告人の供述と異なる地点を供述したことは、被告人をかばうために虚偽の供述をしたというB子の供述とは整合せず、かえって、その真否はさておき、被告人の供述とは無関係に、B子なりに事実を供述したものとも評価し得る。そうすると、運転を交替した地点に関する供述の食い違いが、B子の自白供述の信用性を減殺し、また、B子の原審期日外尋問における供述の信用性を高めるものであるとは解し難い。
(4)自ら警察署に出頭した点について
 
B子は、本件事故時に本件車両に乗っていた事実がいまだ警察に発覚していない段階において、携帯電話等を探すため、自ら警察署に出頭している。この点、B子運転事実が真実であれば、自ら警察署に出頭することはない、との見方もあり得よう。
 
しかし、B子は、知人の連絡先が載っている携帯電話がないと不便であったと供述している上、被告人が逮捕・勾留されていることから、直ちに自分に嫌疑が掛かることはないと判断した可能性もある。そうすると、B子が自ら警察署に出頭した事実についても、B子の供述の信用性を高めるものとはいい難い。
(5)「バイクが来る」との発言について
 
B子の自白供述においては、B子が本件車両を運転し、本件事故現場の交差点を右折しようとすると、被告人が、「バイク、バイクが来るよ。」と言った、とされている。この点、被告人及びE子もこれと同様の供述をする(なお、後記のとおり、E子は、誘導に弱い性質を有するものの、原審期日外尋問の前に、被告人の「バイクが来るよ。」との発言についてだれかから示唆を受けた形跡はないから、この部分の供述は信用することができる。)。また、B子は、警察官による取調べの際、当時の被告人の供述については、B子運転事実と運転を交替した地点に関する供述しか聞いていなかった、と供述しており、被告人の上記の発言については示唆を受けなかったものである。以上の三人の一致する供述によれば、本件車両の運転者はさておき、本件車両が本件事故を起こす直前、被告人が「バイクが来るよ。」と言った事実が認められる。
 
そして、B子の自白供述は、だれからも示唆を受けることなく被告人及びE子の各供述と一致する供述を行ったこと、「バイクが来るよ。」との言葉は、運転していない者が運転者に対して注意喚起のために発したものと考えるのが自然であることからすれば、相応の信用性が認められる。また、その一方で、これに反するB子の原審期日外尋問における供述の信用性は、幾らか減殺されるものといえる。
 
なお,この点、原判決は、そもそも運転者がとっさに「バイクが来る。」という言葉を発することがおよそあり得ないとは断定することができず、被告人が「バイクが来る。」と言った事実は、被告人運転事実と相容れないものではない、と説示する。しかし、この説示は、他の証拠関係に照らして被告人運転事実が十分に認められる場合には相当であると解されるけれども、当裁判所は、他の証拠関係に照らして被告人運転事実が十分に認められるものとは考えない。そして、被告人の「バイクが来るよ。」との発言は、運転者の発言としてあり得ないものではないが、助手席に乗車していた者の発言としてとらえる方がはるかに自然であり、このことは、被告人運転事実の推認を妨げる事情の一つとなると考えるものである。
(6)被告人と面会をしている点について
 
被告人は、当審において、原判決後にB子と二回面会をしたと供述する。この点につき、当審の事実取調べの結果に基づく弁論において、弁護人は、仮に被告人運転事実が真実であるとすると、B子は、自分に無実の罪を着せる被告人を憎み、面会をしないはずである、と主張し、また、検察官は、仮にB子運転事実が真実であるとすると、B子は、被告人に無実の罪を着せるやましさから、面会ができないはずである、と主張する。 
 
そこで検討するに、弁護人及び検察官の各主張にはいずれも相応の理由があり、いずれの主張がより経験則に適合しているかを直ちに判断することは難しい。しかし、被告人運転事実とB子運転事実のいずれかが真実であるにもかかわらず、現にB子が被告人と面会をしていること、B子が、当審期日外尋問において、被告人に対し、みんな頑張っているからお母さんも頑張ってと伝えたい、と供述していることからすれば、B子は、本件事件をめぐる憎しみ又はやましさを超えて、親子の情愛から被告人と面会をしているものと考えるほかないのであって、面会の事実は、B子の供述の信用性の判断に影響を与えないというべきである。
(7)まとめ
 
まず、B子の供述のうち、本件事故後にズボンのすねの辺りが濡れていたと供述する点は、本件事故当時の客観的な状況に照らして自然なものであり、供述の信用性を高める事情の一つということができる。しかし、その余の事情は、B子の供述の信用性を高めないか、又は減殺している。
 
これらを総合すると、結局、上記のズボンが濡れた点についても、ジュースホルダーがやや車両中央寄りに位置していたため、本件事故時、缶入りのアップルティーが落ちる際に、運転席に座っていたB子のズボンにその中身がこぼれて濡れた可能性や、本件事故以外の機会において、B子が助手席に座っていた際に、缶入りのアップルティーの中身がこぼれてズボンが濡れた可能性を排斥することができず、B子の供述を全面的には信用することができないというべきである。
 
そして、B子の供述経過について、当初は虚偽の被告人運転事実を供述していたものの、警察官から問いただされて、真実であるB子運転事実を供述するようになったが、G子の説得により、再度虚偽の被告人運転事実を供述するに至った、との解釈も排斥されないこととなる。
一一 E子の供述について
 
E子の供述は、本件事故直後の状況に関する供述がほとんど欠落しているなど、全体にあいまいであり、また、B子が本件コンビニに入っていないとする点は、客観的な証拠に反している上、被告人とB子が運転を交替した地点に関する供述も、被告人の供述とは食い違っているから、全面的には信用することができない。しかし、被告人の犯人性を検討するに当たって、E子の供述が全面的に信用し得ないから排斥し、それ以上の検討をしないというのは相当ではない。むしろ、E子の供述については、B子運転事実を述べる核心部分の信用性を排斥し難いものであるか、あるいは、全く信用し得ないものであるかが問題となるものと解される。
 
このような観点からすると、E子がB子運転事実を供述する理由の解明は、不可欠である。
 
まず、E子自身は、供述の変遷の理由について、警察官による取調べの前に、B子から、「お母さんが運転したと言え。」と言われたからである、と供述する。この点、原判決は、変遷の理由に関する供述が二転三転していると説示するけれども、E子は、「B子ねえねえは、正直に言わなきゃ駄目だよという言い方だったんではないんですか。」などの検察官の誘導尋問に対して「はい。」と答えたほかは、自分の口から、何度も、B子から「お母さんが運転したと言え。」と言われたと供述しているのであって、供述が二転三転しているという評価は当たらない。そして、B子自身が、E子の上記供述内容を否定する供述をしていることが、直ちにE子の供述の信用性を否定すべき事情となるとは解されない。結局、供述の変遷の理由に関するE子の供述には合理性があり、B子の供述経過に照らしても自然であるということができる。
 
もっとも、E子が、原審公判における被告人の供述を認識している上、勾留されている被告人を見て悲しい気持ちになり、また、被告人に早く帰ってきてほしいと思っていることから、虚偽の供述をした可能性がある、との見方もあり得よう。しかし、捜査段階においても被告人は勾留されていたのであるから、上記の理由で虚偽の供述をするのであれば、なぜ捜査段階においては虚偽の供述をしなかったのかという疑問も生じる。その上、E子は、仮に虚偽のB子運転事実を供述すれば、無実のB子の身柄が拘束されることを十分に認識していたのであり、供述当時の年齢が一二歳であったことを考慮しても、上記のような理由で虚偽の供述をするとは考え難い。
 
また、原判決が説示するとおり、E子は、誘導に弱い性質を有するから、原審期日外尋問の前に何らかの誘導を受けた可能性についても検討する必要がある。この点、G子がB子に対して働き掛けたのと同様、被告人運転事実を供述するようにE子に働き掛ける者がいたとしても不思議はないが、その逆の働き掛けをする者がいたことは、証拠上は一切窺われない。したがって、E子が、原審期日外尋問の前に何らかの誘導を受けた可能性もないというべきである。
 
以上に検討したとおり、E子自身が供述するところ以外には、E子が供述を変遷させた理由は見当たらない。そうすると、E子の供述は、そのあいまいさや、客観的な証拠及び被告人の供述との食い違いにより、全面的には信用し得ないものの、B子運転事実を述べる核心部分については、なお、信用性を排斥することができないものというべきである。
一二 H子の供述について
 
H子は、被告人運転事実を供述するものの、本件コンビニを出発する際の運転者を見ておらず、また、本件事故直後の運転者も見ていないと供述する。
 
この点、H子は、本件コンビニにおいて買物をしたのであり、幾ら酔っていたとはいえ、その直後に本件車両が出発する際の運転者を見ていないというのは不自然というほかない。
 
そして、H子は、仮に被告人の供述が真実であるとすると、一五歳の未成年者の無免許運転を黙認した結果、若年の被害者を死亡させる本件事故を引き起こしたことに対して、大きな道義的な責任を負うこととなるのであるから、虚偽の供述をする動機がないとはいえない。
 
したがって、H子の供述が特段不自然であるとはいえず、B子運転事実を供述しない動機や必要性も認められないとする原判決の説示には、賛同することができない。
 
かえって、H子は、自らの責任を回避するため、虚偽の被告人運転事実を供述することとしたものの、被告人が運転するのを見たと明確に偽証することは気がとがめるため、上記のような不自然な供述をしていると評価することが可能である。原審公判におけるH子の供述態度も、そのような可能性を示唆するものであるということができる。
一三 被告人の供述について
 
被告人の供述の信用性について検討するに、まず、原判決は、B子と運転を交替した事実について、被告人の供述に沿う供述をする者がいないことをもって、その信用性を排斥する理由としているが、このような判断を是認し得ないことは、既に説示したとおりである。もっとも、被告人の供述は、信用性が認められるIの供述と食い違っており、この食い違いを合理的に説明するのは困難である。しかし、このことのために、被告人の供述の信用性が全く否定されるものとも解し難い。すなわち、被告人の供述は、全面的には信用することができないものではあるけれども、B子運転事実を述べる核心部分において、なお、信用性を排斥し難いものであるか、又は全く信用し得ないものであるかについては、更に検討を要する。
 
そこで、被告人の供述が変遷している理由についてみるに、原判決は、被告人運転事実を前提として、被告人のB子運転事実に関する供述については、成年の被告人よりも未成年のB子の方が処分が軽いと考え、又は非行に走りがちなB子を懲らしめるために、虚偽の事実を供述したという説明が可能である、と説示する。
 
しかし、仮にB子運転事実が真実であるとすれば、被告人が、当初、B子をかばうために虚偽の被告人運転事実を供述したが、これを思い直して真実であるB子運転事実を供述し、その後、真実を供述するかB子をかばって虚偽の供述をするかを思い悩みながら供述を変遷させ、最終的には真実を供述していると解することが十分に可能である。
 
この点、当裁判所は、他の証拠関係に照らして被告人の犯人性が十分に認められるものとは考えないから、被告人の犯人性を前提として供述の変遷の理由を説明するのではなく、被告人の供述の変遷状況が、被告人運転事実とB子運転事実のいずれとより適合的であるかを検討することとなる。
 
まず、被告人は、逮捕された当初、被告人運転事実を供述したものの、B子が本件車両に乗っていたことは秘匿していた。そこで、仮に被告人運転事実が真実である場合、なぜ、被告人がB子の乗車の事実を秘匿したのかを検討する。この点、被告人は、警察官が本件事故現場に到着する前に、G子がB子らを伊良部島に帰らせたことを認識していたから、B子らの乗車の事実を秘匿しようとするG子の意図を察し、これに合わせる供述をした可能性が一応考えられる。しかし、仮に被告人運転事実が真実であるとすれば、G子は、単に本件車両に乗っていたにすぎないB子らを帰らせたもので、この事実が発覚したからといって、G子に特に大きな不都合があるものとは考えられない。そして、初めて逮捕・勾留される被告人が、最も供述し難い自分の飲酒と運転の事実を供述しながら、同乗者がだれかというささいな事実について、単にG子の意図や都合に合わせて虚偽の供述をするとは考え難いから、結局、上記の可能性は否定される。また、被告人がB子を捜査に巻き込みたくないという気持ちを持っていたとしても、仮に被告人運転事実が真実であるとすれば、B子は、数回の取調べにおいて被告人運転事実を供述すれば足りるのであるから、上記の気持ちが、B子の乗車の事実を秘匿する理由になるとは考え難い。そして、仮に被告人運転事実が真実である場合に、被告人がB子の乗車の事実を秘匿する他の理由は見当たらない。かえって、仮に被告人運転事実が真実であるとすれば、被告人がB子とE子の乗車の事実を秘匿するに当たり、あえて両者の秘匿の仕方を区別する理由が見当たらないのに、被告人の当初の供述においては、被告人と共にバレーボール大会に行ったのはE子とF子だけとされており、B子についてはその名前すら出てきていないのである。このことからすると、被告人に、B子の乗車の事実をより強く秘匿したい動機があったことが窺われる。以上によれば、結局、被告人が当初B子の乗車の事実を秘匿していた理由は、被告人が供述するとおり、B子運転事実が発覚しないようにしたからであると考えるのが合理的である。
 
また、被告人は、平成二〇年一二月九日、運転経路の引き当たり捜査の際、警察官から「こっちは全部分かっているから正直に話しなさいよ。」と言われ、これに対し、「はい。実はB子が運転していました。」と答えて、B子運転事実の供述を始めた。この点、確かに、この被告人の答えが虚偽であるとしても種々の説明が可能である。しかし、仮に被告人運転事実が真実であるとすると、被告人は、上記の供述により、自分の罪を免れるためとはいえ、自分の子に無実の罪を着せることとなるのであり、このようなことは、通常は考え難い。そして、被告人が、当初、B子が本件車両に乗っていたことすら秘匿していたことを考え併せると、全部分かっていると言われて真実を隠し通せないと思い、B子運転事実の供述を始めた、という被告人の供述の方が、被告人運転事実が真実である場合の説明と比べて、より自然で合理的であるといえる。
 
その後、被告人は、再度被告人運転事実を供述するに至ったが、被疑者ノートには、その心情に関する記載がある。その記載は、真実と親子の情との間における葛藤が表れた迫真的なものである。これについて、原判決は、被疑者ノートは後からさかのぼって作成したものである上、被告人が同月一七日の取調べから犯行を否認するようになったことなどからすると、直ちに信用することはできない、と説示する。その趣旨は、被告人が、再度虚偽のB子運転事実の供述を始めた後、真実の自白供述があたかも虚偽の供述であったものと見せ掛けるため、虚偽の記載をした可能性がある、というものであると解される。しかし、その可能性がないとはいえないものの、初めて逮捕・勾留される被告人が、被疑者ノートに、過去の真実の自白供述があたかも虚偽の供述であるかのような記載をし、これに架空の迫真性を持たせるようなことをし得るのか、疑問である。むしろ、被疑者ノートには、被告人の率直な心情が記載されているとみる方が自然である。
 
以上によれば、被告人の供述経過については、被告人運転事実が真実であるとしても説明が可能ではあるものの、B子運転事実が真実であると考えた方が、より自然で合理的な説明ができるものである。そうすると、結局、被告人の供述は、全面的には信用することができないものの、B子運転事実を述べる核心部分において、なお、信用性を排斥し難いものというべきである。
一四 本件事故の状況について
 
本件事故は、本件車両の運転者が、本件事故現場の交差点を右折しようとした際、対向車線を直進してきた本件自動二輪車に自車を衝突させたというものである。そして、本件公訴事実及び原判決の認定によれば、被告人の過失は、本件自動二輪車の動向を注視せず、その安全を確認しないまま、漫然右折を開始して進行したことである。この点、被告人は、警察官調書(乙二)において、右折しようとしたところ、対向車線から進行してくるオートバイが見えたこと、オートバイより先に右折できるかどうかしばらく迷った後、右折を開始したこと、右折を開始した時、オートバイがかなり近くにいたように思うこと、気付いたら本件車両の前部がオートバイの前部に衝突したことを供述しており、上記の認定は、この供述に基づくものであると解される。
 
ところで、Cの検察官調書(甲一二)によれば、本件自動二輪車は、時速四〇ないし五〇kmで進行していたことが認められる。そして、本件車両と本件自動二輪車が走行していた道路の最高速度は時速四〇kmであるから(警察官作成の実況見分調書(甲一三))、上記の本件自動二輪車の速度が、特に高速であったとはいえない。さらに、Cは、上記の検察官調書において、右前方の対向車線に右折の合図を出している相手車両は見えていたが、距離が近く、相手車両は自分の単車の直進を待ってから右折を始めると思い、進行した、しかし、相手車両が右折してきたので、ブレーキを掛けたが、間に合わずに衝突した、と供述している。
 
以上に加え、被告人が本件事故の直前に「バイクが来るよ。」と言ったことも併せて検討するに、仮に被告人運転事実が真実であるとすると、本件事故が起こることがあり得ないとまではいえないものの、やや不可解な点が残るというべきである。すなわち、被告人が相当程度酔っていたとはいえ、B子の供述によれば、小憩をした後は正常な運転をしたというのである。そして、通常の運転者であれば、対向車線を直進する相手車両を見付けた場合、その動向を注視し、その通過前に右折しても相手車両の進行を妨げないと判断したときは直ちに右折し、そうでなければ停止するものといえる。この点、被告人は、迷いながらも右折したというのであるから、結局、本件自動二輪車の通過前に右折できると判断したこととなる。しかし、本件自動二輪車は、本件車両の左側面や後部に衝突したのではなく、本件車両の右前部に衝突したのであり、その判断は全く誤っているのである。そして、その判断の誤りの原因が、本件自動二輪車の速度であるとは解されず、他の原因も見当たらない。その上、被告人は、本件事故の直前に「バイクが来るよ。」と言ったのであるから、なおさら、なぜ、そのようなことを言う前にブレーキを踏まなかったのかという疑問が生じる。
 
他方で、B子の自白供述によれば、被告人は本件自動二輪車に気付いていたが、B子はこれに気付いていなかったため、これに衝突してしまったというのであり、この供述は、本件事故の状況に、より適合しているということができる。
 
以上によれば、B子運転事実の方が、被告人運転事実よりも本件事故の状況によく適合しており、このことは、被告人運転事実の推認を妨げる事情の一つということができる。
一五 結論
 
以上を要するに、被告人運転事実を推認させる客観的な証拠はなく、また、本件事故後に被告人が本件車両を運転した事実からは、被告人運転事実を推認することができない。そして、被告人運転事実を述べるG子及びB子の各供述は、いずれも全面的には信用することができない。さらに、そのほかの証人の供述や本件に現れた事情をみると、被告人運転事実を推認し得るものはなく、かえって、被告人運転事実の推認を妨げるものがあり、被告人の供述の信用性を排斥し難い。
 
したがって、被告人運転事実を認めるには合理的な疑いが残るというほかなく、原判決(罪となるべき事実)第二記載の事実については無罪とすべきである。
 
これと異なり、被告人が同事実の犯人であると認めた原判決には、判決に影響を及ぼすことが明らかな事実の誤認がある。
 
事実誤認をいう論旨は理由がある。
 
ところで、原判決は、自動車運転過失致死と道路交通法違反とを併合罪として一個の刑を言い渡しているから、全部について破棄を免れない。
 
よって、その余の論旨に対する判断を省略し、刑事訴訟法三九七条一項、三八二条により原判決を破棄し、同法四〇〇条ただし書により更に判決することとする。
第四 自判
 
原判決の適法に認定した(罪となるべき事実)第一の事実に法令を適用すると、原判示の行為は、道路交通法一一七条の二の二第一号、六五条一項、同法施行令四四条の三に該当するところ、所定刑中罰金刑を選択し、その罰金額の範囲内で被告人を罰金三〇万円に処し、原審及び当審の各訴訟費用については、いずれも刑事訴訟法一八一条一項ただし書を適用して、被告人に負担させないこととする(なお、被告人は、判示の行為により上訴提起期間中及び上訴申立て後に勾留されており、その日数は七五日を超えるから、同法四九五条一項、二項二号、三項により、その勾留日数が上記の罰金額に満つるまで算入される。また、原審及び当審において証人に支給された旅費・日当は、いずれも無罪とされた自動車運転過失致死の事実に係る訴訟費用であるから、そもそも,同法一八一条の適用はない。)。
 
本件公訴事実のうち、自動車運転過失致死の事実は、上記第三の二に記載のとおりであるが、この事実については、既に第三において説示したとおり、犯罪の証明がないから、刑事訴訟法三三六条により、無罪の言渡しをする。 
(裁判長裁判官 河邉義典 裁判官 山崎威 森鍵一)

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