業務上過失致死福岡6

業務上過失致死福岡6

福岡高等裁判所宮崎支部/平成13年(う)第93号

主文
原判決を破棄する。
被告人を禁錮1年に処する。
この裁判が確定した日から3年間,上記刑の執行を猶予する。
原審における訴訟費用は被告人の負担とする。

理由
第1 控訴の趣意
1 本件控訴の趣意は,検察官中島行博作成の控訴趣意書に記載のとおりであり,これに対する答弁は,弁護人新納幸辰作成の答弁書に記載のとおりであるから,これらを引用する。
 
論旨は,要するに,原判決は,本件の業務上過失致死罪の公訴事実について,被告人が運転車両をAに接触させて同人を路上に転倒,負傷させた事実を認めることには合理的な疑いが残るとして無罪を言い渡したが,同事実が証拠により十分に認められるのに,証拠の評価を誤った結果,事実誤認を犯したものであり,その誤認が判決に影響を及ぼすことが明らかであるから,これを破棄して,更に適正な裁判を求めるというのであり,弁護人の答弁は,要するに,検察官の主張は根拠を欠き,理由がないというのである。
 
本件公訴事実は,「被告人は,平成12年2月27日午後2時40分ころ,業務として普通貨物自動車を運転し,鹿児島県鹿屋市a町b番地先の左方に大きく湾曲する上り勾配約8度の道路を海岸方面からc町方面に向かい時速約10キロメートルで進行し,自車左前方を杖を突きながら同方向に歩いているA(当時96歳)の右側方を進行するに当たり,同人との間に安全な間隔を保持し,その安全を確認して進行すべき業務上の注意義務があるのにこれを怠り,同人との間に安全な間隔を保持せず,その安全を確認しないまま漫然前記速度で進行した過失により,同人に自車左側面部を接触させて同人を路上に転倒させ,よって,同人に骨盤骨折等の傷害を負わせ,同月28日午前5時21分ころ,同市d町e番地B病院において,同人を前記傷害に起因する出血性ショック等により死亡するに至らせた。」というものであり,被告人は,公訴事実の運転車両とAとの接触の事実を否認し,原判決は,公訴事実の被告人の過失,及び同車両とAとの接触により同人が転倒,負傷した事実のいずれも認めることには合理的な疑いが残るとして,無罪を言い渡している。
第2 論旨と原判決についての検討
 
そこで,原審の記録を調査し,当審における事実取調べの結果も併せて検討する。
1 関係事実
 
関係証拠によると,以下の事実が認められる。
 
被告人は,平成12年2月27日(日曜日,以下「当日」という。)午後2時40分ころ(以下「当時」という。),鹿児島県鹿屋市a町b番地先の道路(以下「本件現場」という。)を,普通貨物自動車(以下「本件車両」という。)を運転し,海岸方面からc町方面に向かい進行し,道路が左方に湾曲した箇所の手前にさしかかった。
 
本件現場付近の道路の状況は,概ね,別紙図面(添付省略)のとおりであり,幅員が5メートル前後で,本件車両の進行方向に従うと,8度前後の上り勾配で,先方が左方へ約40度の角度で湾曲し,アスファルトで平坦に舗装され,両側に蓋のない側溝が設けられており,左側の側溝の幅員と深さはいずれも約30センチメートルで,その縁石は,高さを路面に等しくさせて造られていた。
 
本件車両は,車体の長さが約4.69メートル,幅が約1.69メートル,高さが約1.98メートルのものであった。
 
当時,被告人の進路の前方左側,上記湾曲部の頂点付近の内(左)側に,近くに住むAが居合わせた。
 
Aは,高齢で,平成7年に脳梗塞で倒れて1年半位の間入院したが,一応回復し,歩く時は,腰を曲げ,杖を突いたり,両手を背中に回して組んでいたが,独りで散歩したり,近くの畑に出かけて草取りをする位の体力は有していた。
 
被告人は,本件車両を運転し,Aの右側を進行して同人を追い越し,その直後ころ,停車して下車した。
 
Aは,そのころ,後記のように重傷を負って,上記の同人が居合わせた場所付近の路上に倒れていた(以下「本件事故」という。)。
 
たまたま,当時,被告人の茶畑で働いていたCが,普通貨物自動車を運転して近くに居合わせた。
 
被告人は,Cの協力を得て,同人と一緒にAをCの車両の助手席に乗せ,自らがその車両を運転して,近くのD方へ赴き,同人に対し,Aを自車で負傷させた旨を告げ,救急車の手配を頼んだ。
 
Dは,これに応じ,当日午後2時44分ころ,119番通報し,応対した消防署の係官に対し,救急用件を「車に当たって,車に当たってですね。」と切り出し,その事故態様を問われると,「交通事故,まあ,畑でなあ,おいやせば,車に当たったらしい。」と答えた。
 
Aは,その後,間もなく到着した救急車で公訴事実のB病院へ搬送された。
そして,同病院において,当直を務めていた外科医師のEとFから診療を受けた。
 
E医師は,Aの傷病を骨盤骨折,右頭部顔面挫創・打撲,両下腿打撲で,治療2か月を要する重症と診断し,同人の右側頭部と胸部上方中央部に出血を,右腰部付近に打撲傷を,両脚の足首付近の前側から内側にかけての辺りに血腫を認め,それらの受傷の原因を交通事故と判断した。
 
そして,そのころ,Aの受傷状況と,救急隊員から渡されたメモに基づいてAの診療録を作成し,同人の受難態様について「歩行中,ふらつき車と接触事故」と記入した。
 
Aは,同病院に入院して治療を受けたが,本件事故から約14時間後の翌28日午前5時21分ころ,死亡した。
 
F医師は,Aの死亡に立ち会い,その死因を上記の傷害に基づく出血性ショックと診断し,その死亡診断書に同傷害の発生原因を接触事故と記入した。
 
なお,E医師は,上記診療録及びその後に作成したAの診断経過書のいずれにも,同人の膝に外傷が存した旨の記入はしなかった。
 
一方,鹿屋警察署の巡査部長のG他2名の捜査官らは,本件事故後間もない当日午後3時過ぎから,被告人の立会の下に,本件現場付近や,本件車両の実況見分を行った(以下「当日の実況見分」という。)。
 
その際,被告人は,捜査官に対し,当時,本件車両を運転して本件現場のカーブの手前に時速約10キロメートルでさしかかり,Aが路上前方のカーブの頂点付近の左側を同方向へ歩行して行くのを認めた旨,更に進行を続けて,同人を追い越すべくその右側を走行中,左後方で音がしたので,ブレーキをかけて停車した旨,そして,左後方を見ると,同人が道路端に倒れていた旨の説明をし,本件現場の道路を進行中にAを初めて認めた時点の自車と同人の各位置,左後方の音を耳にして自車のブレーキをかけた地点,その後,停車した時の自車と,同人が転倒していた各位置を指示した。
 
被告人が,Aが倒れていたと指示した地点は,当初同人を認めた時に同人が居たと指示した地点からほぼ左方の側溝の縁付近であり,その付近の側溝内には多量の,路面にも斑点状の各血痕が認められた。
 
捜査官らは,被告人が指示説明した各地点や,本件車両とAが衝突(接触)したと判断した地点を特定するとともに,その位置関係を計測し,本件車両の正面写真,及び被告人が同車両の後部(荷台)の左側あおり部分の後方を指差している姿を写真に収めた。
 
そして,これによると,被告人が別紙図面〔1〕の地点でAを認めた時,同人が前方約5.6メートルのカーブの頂点付近の左端(側溝)から約1.1メートルの同図面<ア>の地点に居り,本件車両の左前部が道路の左端から1.6メートル位中央寄りの位置にあり,被告人が停車した地点は,Aを初めて認めた地点から約11.6メートル先方の同図面〔3〕の地点であり,その時の本件車両の左前部が道路の左端から1メートル位中央寄りの位置にあり,Aが倒れていた地点は,被告人が初めて同人を認めた際に同人が居た地点からほぼ左方へ約1.1メートルの同図面<イ>の地点であったことになる。
 
Gら捜査官2名は,翌28日午前10時過ぎ,再び,被告人の立会の下に,本件車両と現場の実況見分を行った(以下「翌日の実況見分」という。)。
 
そして,その際,本件車両の先端から約3.85メートル,地上から約96センチメートルの,左後部側面のあおりの幌を留めるゴムバンドの下の箇所に,幅約1センチメートル,長さ約3センチメートルの払拭痕ないし圧着痕様の痕跡を認め,これを被告人に確認させたうえで写真に収めた。
 
Gら捜査官4名は,同年11月13日,更に,本件現場において,被告人の立会の下に,本件事故当時の本件車両の進行状況(軌道)とAの位置関係についての実況見分を行った(以下「後日の実況見分」という。)。
 
そして,被告人が当日の実況見分の際に指示していた上記のAを当初認めた際の同人の位置に,同人に見立てたパイロンを設置し,被告人は,本件現場のカーブを,本件車両を,記憶する当時の軌道に沿って運転,進行した。
 
その結果,捜査官らは,本件車両が,左後輪よりも前の方で上記パイロンの底部に接触するのを確認した。
 
捜査官らは,また,本件車両が,被告人の当時の進行方向にしたがって,本件現場のカーブを,右前輪を道路の右側溝から2メートルの位置にして走行すると,その左後輪が上記パイロンの底部から約0.18メートル道路の中央寄り(右側)を通過すること,及び,同じく2.5メートルの位置にして走行すると,その左後輪がそのパイロンの底部に接触すること等を確認した。
 
なお,当日の翌日のH新聞には,「車にはねられ,お年寄り死亡。」の見出しの下に,被告人が自車をAに接触させて同人を死亡させた旨の記事が掲載された。
 
関係証拠によると,以上の事実が認められ,これに反する証拠はない。
2 関係者の供述
(1)Aの長女のIは,捜査官に対して,以下のように述べている。
 
Aは,平成7年に脳梗塞で倒れて入院したが,日常生活に支障がない程に回復して退院した。
 
その後,言語障害は遺ったが,目や耳はよく利いていた。
 
散歩する時などは,杖を突いたり,両手を背中に回して組みながら歩き,多少,足腰は弱っていたが,その年齢にしては,しっかりした方で,歩行時によろめいたり,転倒するようなことはなかった。
 
当日午後2時30分過ぎころ,D方から連絡を受けて駆けつけると,Aが,右の頬辺りから血を流しながら「あいた,あいた。」と大声を出していた。
 
その場に妹を残して一旦帰宅したが,近所のJが来て,同人から,Aが被告人が運転する車両で交通事故に遭ったことや,警察官が現場検証をしていることを知らされて本件現場へ赴いた。
 
当日午後10時ころ,病院でAに付き添っていると,同人の容態が急変し,その際,その布団を剥ぐと,同人の腰から大腿部にかけて物凄い内出血が生じているのを認めた。
 
その後,近所の人から,被告人の妻が,本件事故が,Aの方が被告人の車に飛び込んできたことによるものと言っている旨の話を聞いた。
(2)Dは,捜査官に対して,以下のように述べている。
 
当日午後2時30分を過ぎたころ,被告人が慌てた様子で自宅の玄関に入って来て「救急車を呼んで。」と言った。
 
「なんごお。」と言って質すと,被告人は,「Aおじさんを車で怪我させた。」と答え,近くのカーブ(本件現場)でAに怪我をさせて,同人を運んで来た旨の説明をした。
 
そこで,119番通報し,相手の係官から用件を質されたので,被告人から言われたとおり,交通事故であると説明した。
 
その後,外に出てみると,普通貨物自動車の助手席に被告人の工場の従業員と思われる男性(Cのこと)がAを抱きかかえるようにして座っていた。
 
Aは,右こめかみ辺りから血を流し,「あいた,あいた。」と痛みを訴えていた。
 
Aは,平成7年ころ,脳梗塞で倒れて入院したが,その後は,毎日のように,畑に行って,しゃがんで草取りをしており,やっと歩くという感じではあったが,杖をついたり,両手を背中に回したりしながら自力で歩行していた。
(3)Gは,捜査官に対して,当日午後2時46分ころ,消防署から本件現場での人身事故発生の連絡を受け,他2名の同僚と一緒にパトカーで本件現場に駆けつけた旨,被告人が同所で自分達の到着を待っていた旨,そこで,自分(G)が被告人に対して事故の状況を尋ねた旨述べ,原審公判においてもこれに沿って証言し,以下のように述べている。
 
当日,通報を受けて本件現場へ赴き,事故の当事者を尋ねると,被告人が名乗り出た。

 そして,事故当時の状況について,本件車両を運転,進行して本件現場のカーブの手前の別紙図面〔1〕の地点にさしかかり,Aが路上左前方の同図面<ア>の地点を同方向へ歩行していくのを認め,そのまま同人の右側を進行して同図面〔2〕の地点付近に至った際,Aの右側を通過中位に同車両の荷台左側面後方を同人に接触させたと思う旨の説明をした。
 
本件車両の左後方の側面を調べ,Aに接触した痕跡を確認できなかったので,改めて,被告人に,本件車両をAに接触した事実について質した。被告人は,本件車両を運転,進行して,Aの右側を通過したころ,本件車両の左後ろ辺でコツンという音がしたので,慌ててブレーキを踏んで停止すると,Aが額から血を流して倒れていた旨説明した。
 
被告人が,Aが倒れていたと指示した地点付近の側溝内には相当多量の血痕が認められ,側溝の外にも点々と血痕が認められた。
 
被告人の説明による本件車両の進行状況,被害者の転倒地点のほかに,道路の形状,本件車両の長さ,路上の血痕等を総合して,本件車両とAの衝突(接触)地点を特定し,実況見分調書に記入した。
 
被告人が,本件車両がAに当ったのは左後ろ付近と思うと説明したので,被告人に本件車両が同人に接触したと思う箇所を指示させて写真に収めた。
 
被告人からは,Aの杖のことも言われたようにも思う。
 
その後,Aが死亡し,更に慎重な捜査の必要を覚えたことから,翌日の実況見分を行った。
 
その際,本件車両の幌を固定するゴムバンドの下の箇所に払拭痕(ゴムが擦れたような痕跡)を見つけた。
 
当日の実況見分の際にその払拭痕が見つからなかったのは,上記のゴムバンドを引っ張ってその下を確認することをしなかったからである。
 
当日(前日)の実況見分の際に認めた血痕も撮影した。
 
ところが,被告人は,その後,本件車両をAに接触させたことも,その事実を認めたこともない旨のことを言い出した。
 
しかし,後日の実況見分の際には,被告人が当日の実況見分の際に指示した,本件現場でAを初めて認めた時の同人の位置に,同人に見立てたパイロンを置いたうえで,被告人に本件車両を当時と同じコースで走行するように指示して運転して貰い,同車両の左後輪がパイロンの底部に接触するのを認め,被告人にそのことを説明すると,被告人は,その実験結果を納得した。
(4)本件事故当時,B病院の整形外科部長をしていた医師Kは,原審公判において,前記のE医師が作成した診療録に基づいて以下のように証言している。
 
Aの負傷については,同人の胸部と頭部の怪我及び足関節付近(足首の甲の方)の怪我から,恐らく,その足関節付近に何かの物体が衝突し,そのことによって,同人が,横向き,或いは仰臥状態で転倒し,胸部或いは頭部に外傷を負ったものと推測される。
 
Aの骨盤骨折や腰部の打撲は,自己転倒でも,他の物体との衝突でも生じ得るが,自己転倒の場合は,通常,前方につんのめり,膝にも外傷が生ずるものと考えられ,同人には膝の外傷が認められないので,上記負傷は,自己転倒によるものとは考えられない。
 
また,Aには,両下腿の足首の甲付近に前方から内側にかけて血腫が生じており,足首の可動域が底屈約60度,背屈約20度で,当該部位が窪んでいることを考えると,このような負傷は,自分で転倒した場合には,その付近に何か非常に尖ったものがない限り生じ得ず,そのようなものがなかったとすれば,その箇所に何かが積極的に衝突して生じたものと考えざるを得ない。
 
したがって,上記のAの両足首付近の血腫は,自動車のタイヤが接触して生じることもあり得るものであり,タイヤにドンと接触しただけでも生じ得る。
 
その負傷箇所が自動車のタイヤに接触することがあり得るのは,人の脚が,普通,真直ぐではなく,外反30度になっており,やや前方から内側にかけての部位が前方へ出てくるからである。
 
その部位が同時に自動車の後輪と接触することは,内輪差があることから,受傷者が車と斜め45度位の角度になっている時や,車両の方へ振り向いた瞬間に起こり得る。
 
E医師がAの身体に認めた上記の血腫は新しいものであったと考えられる。
(5)被告人は,捜査官に対して,以下のように述べている。
 
本件現場のカーブ手前の別紙図面〔1〕の地点に時速10キロメートル位でさしかかり,Aが路上前方約5.6メートルのカーブの頂点付近の左側,側溝から約1.2メートル位中央寄りの同図面<ア>の地点を杖をつきながら同方向へ歩行しているのを認めた。
 
同人は,腰を90度位曲げ,ゆっくりと,しかし,左右に揺れることなく進んでいた。

 同人のそのような様子から,同人が子供のように,自車の前に飛び出して来るようなことはないものと判断した。
 
同人の横を通り越して進行していると,同人がいた左後方で何か変な音がしたので,急ブレーキをかけて停車し,その方向を見ると,同人が倒れていた。
 
同人の身体は路上にあったが,首から顔を側溝に入れるようにしていた。同人は,顔から血を流し,「あいた,あいた。」などとしっかりとしゃべっていた。
 
本件事故が起きた当時の状況については,その後,本件現場で捜査官に説明した。
 
その後,A方へ4,5回,焼香に赴いた。
 
被告人は,捜査官に対して以上のように述べ,原審公判において,以下のように述べている。
 
自動車を運転中,小鳥や小動物が飛出して来て車体に衝突することがあるが,その衝突は,感じ取れるものである。
 
当日,本件現場でAを当初認めて以後の同人の行動を確認していた記憶はない。
 
しかし,同人の右側を通過したころ,同人が居た左後方で「コロンコロン」ないし「カランコロン」という音がしたので,停車し,下車してその方を見た。
 
同人は,道路端に,道路に沿い,頭部をc町方面に向けて俯せに倒れていた。
 
同人の左脚は側溝の中にあったが,頭部と胴部,右脚は路上にあった。
 
側溝の中には,多量の血が流れていた。
 
同人の杖は,同人を認めた際の自車の位置とその後に同人が倒れていた地点の中間位(同人が倒れていた地点から海岸方面へ2.8メートル前後)の路上に落ちていた。
 
その状況を見て,自分(被告人)のせいでその事態(本件事故)を惹起したものと思い,驚き,怯えた。
 
「おじいちゃん,おじいちゃん。」と声をかけながら,Aを抱き上げると,その額から血が路上に落ちた。
 
同人を,当初認めた時の自車の地点付近の左方道路脇の小道に寝かせた後,Cの援助を得ることになった。
 
当日の実況見分に立ち会った際,捜査官に対して,本件事故の直前にAを認めた際に同人が歩いていた地点と,その後に同人と本件車両が接触した可能性がある地点については,現場に落ちていた血痕に基づいて指示した。それによると,両地点は,当時の本件車両の進行方向に従うと,道路左側の側溝の縁から約1.2メートルの同じ辺りであり,Aは,自分(被告人)が同人を当初認めた時から本件事故までの間に殆ど移動しなかったことになる。
 
捜査官に対して,本件車両が同人に接触か衝突したとすれば,後部の方であると説明をした。
 
本件事故後,翌日の実況見分が行われるまでの間に,本件車両を拭いたり掃除したりしたことはなかった。
 
翌日の実況見分の際に,Gの上司の捜査官が,「ここだ。ここだ。」と,接触痕があると言って,幌を止めるゴム(チューブを切ったもの)の下を示した。
 
その箇所には,上記ゴムの黒色が車体に付着していた。
 
捜査官から,その箇所を指さすように言われて応じ,その様子を写真に撮られた。
 
当日から3日後位までの間に,保険会社の者に,上記の捜査官から接触痕と言われた痕跡を見せ,その痕跡がそのようなものではないと言われたことから,本件車両がAに接触したことはないものと思うようになり,自分がAをはね飛ばしたとする記事を掲載した新聞社に抗議した。
 
被告人は,原審公判において以上のように述べ,当審公判においても,これに沿った供述をし,当時,本件現場で,Aを追い越したころに左後方の音を耳にし,ブレーキをかけた後,1メートル位で停車した旨,同人は,「あいた。あいた。」と訴えるのみであり,同人とは何らの会話も交わさなかった旨,同人を救急車で見送った後、Dから本件現場に捜査官が臨場する旨を告げられて,同所に戻った旨,当日の実況見分が終わった後,Aが収容された病院へ見舞いに赴き,夜まで残っていた旨,その折や,その後に同人の娘らと会っ際に,本件事故についての会話は交わさなかった旨,本件事故については,H新聞他3社位に,被告人が自車をAに接触させた旨の記事が掲載され,H新聞に対しては,その記事の「はねられた。」とする表現が誤っている旨の抗議をしたが,他社に対しては抗議しなかった旨述べている。
 
以上の関係者の各供述は,いずれも,前記1の認定事実にも,互いの供述内容にもよく符合して矛盾するところがなく,信ぴょう性を認め得るものである。 
 
被告人は,原審公判において,本件事故直前に,Aが歩行していた位置が道路の左端の側溝から90センチメートル位であった旨述べ,当審公判において,当時,同人を前方9メートル位の地点に認めた旨述べている。
 
しかしながら,上記の各公判供述は,被告人自身の前記1の当日及び後日の各実況見分時における指示説明,並びにこれを前提とした前記2の(5)の捜査官に対する供述及び原審公判における供述の内容に照らして措信し得ない。
3 被告人の過失とその結果
 
前記1の認定事実に2の関係者の各供述を併せると,骨子,以下の事実を認めることができる。
 
当時,被告人は,本件車両を運転して海岸方面からc町方面に向かい時速約10キロメートルで進行し,本件現場の湾曲箇所の手前にさしかかった際,進路左前方約5.6メートルにAが同方向へ歩行しているのを認めたこと,同人は,腰を前方に曲げて杖を突いていたが,自力で歩行できるだけの体力を保持しており,ゆっくりではあるが,確かな足取りで歩んでいたこと,被告人は,本件車両を,その左前部を道路の左端(側溝)から約1.6メートルの位置にして進行させていたこと,Aは,道路の左端から1.1ないし1.2メートルの位置で歩行していたこと,被告人は,その後のAの動向を注視せずに自車を同一速度で進行させ,同人の右側を通過して同人を追い越したこと,そして,その直後ころ,左後方のAが居た辺りに音を耳にすると,急ブレーキをかけて停車し,下車してその方の状況を確認したこと,その停車地点は,被告人がAを認めた地点から約11メートル先方で,自車の左前部と道路の左端(側溝)の間隔は約1メートルとなっていたこと,そして,後日の実況見分の際,被告人が,本件現場で,本件車両を当時の記憶に従った軌道で走行させると,その左後輪が,当時のAが居た地点に置かれたパイロンの底部に接触し,その実験結果を,捜査官から告げられると,被告人自身も納得したこと,一方,Aは,被告人が同人を当初認めてから停車するまでの数秒間に,それまでの同人の歩行方向とほぼ90度左方へ向きを変えた,約1.1メートル離れた左側溝の縁付近に移動して路上に俯せに倒れ,前記1のように,いわば致命的な重傷を負い,殆ど動けない状態に陥り,右頭部から多量の出血をさせていたこと,しかし,同人の頭部はそれまでの歩行方向と同じc町方面に向き,身体は同側溝に沿って倒れており,左脚は同側溝内に落ち,頭部は同側溝の上方に進出していたこと,そして,Aが突いていた杖は,同人が倒れていた地点から,その頭部とは反対方向の2.8メートル前後離れた後方の路上に転がっていたこと,ところで,同人の両膝には何らの外傷もなく,両足首の前から内側に血腫が生じていたこと,そのような負傷は,同人が前のめりに自己転倒した場合には考えられないものであり,両脚の足首近くの血腫は,その箇所が何らかの突起物と衝突して生じたものと考えられること,本件現場の路面は平坦で,そのような突起物はなく,また,上記の同人の倒れていた状況からは,少なくとも,その両足首辺が側溝の角に,そのような血腫を生ずるような態様で激しく衝突した事態を想像し得ないこと,被告人は,その後,Aの救助に努め,Dや捜査官に対しては,自車をAに衝突ないし接触させた者としての言動を示していたこと,その反面,そのころは,Aの負傷について,無関係ないし自己弁明的な発言をした形跡はないこと等の事実が認められる。
 
しかるところ,前記2の(5)のように,被告人は,当時,Aを追越して進行中に,左後方で物音を耳にすると,本件車両を同人に接触させた事態を想像してブレーキをかけた旨,同車両を運転中にその車体に小動物が衝突しても気付く旨,倒れている同人を認めると,自車を同人に接触させたものと思った旨述べている。
 
そして,上記の各事実と被告人の供述を総合すると,被告人が,当時,本件現場において,本件公訴事実の過失を犯し,これに因って,本件車両の左側面部をAに接触させて,同人を路上に転倒させ,同人に同公訴事実の傷害を負わせて同人を死亡するに至らせたものと認めるのが相当である。
 
すなわち,被告人は,当時,上記のように,本件車両を運転して本件現場に至り,進路前方に,Aが同方向へ歩行しているのを認めて,同人を追い越そうとした際,同人に対する安全な間隔を確保しつつ進行すべき業務上の注意義務があったものと,しかし,その注意義務を尽くすことを怠り,Aの動向を注視せずに,自車を同人の右側に接近させて進行する過失を犯したものと,そして,これに因り,被告人がAを初めて認めた時に同人が居た付近の地点で,上記のように,自車の左側面部を同人の身体に接触させ,同人を左側方路上に転倒させて公訴事実の傷害を負わせて死に至らせたものと,本件車両がAの身体に接触した際,或いは,同人が転倒したり,同人の杖が路上に転がったりした際に物音が生じたものと,被告人は,その直前に,Aを認めており,その後,その動向を注視せずに自車を同人に接近させて進行させていたことから,上記の物音を耳にすると,自車を同人に接触させた事態を想像し,急ブレーキをかけて停車し,下車して同人が居た辺りを確認したものと,そして,同人が上記のように転倒して重傷を負っている状況を認めると,自車を同人に接触させたものと判断して慄いたものと,それ故,その後も,同人をD方へ運んで救急車の手配を頼み,その際,Dが証言するように,慌てた様子を見せながら「Aおじさんを車で怪我させた。」と真実の出来事を告げたものと,また,Gが証言するように,捜査官に対しても,当日及び翌日の実況見分の際には,少なくとも,自車をAに接触させた事実は否定せずに指示,説明し,後日の実況見分の際には,当時の本件現場における自車の進行によると,その左後輪がAに接触することを納得したものと,なお,上記のような事故態様とAの負傷状況に,これについての前記2の(4)のK医師の証言,前記1の本件車両の荷台あおり部の左後方に払拭痕ないし圧着痕様のものが認められた事実等を併せると,Aは,被告人が同人を初めて認めた直後ころ,本件車両が自らに接近して来るのに気付き,危険を覚えて足を止め,振り向いて同車両を遣り過ごそうとし,或いは,更に,本件車両を避けようとし,しかし,間に合わず,K医師が証言するように,Aが身体を斜めにさせて道路の中央側に向けた状態になり,その直後ころ,本件車両の左後輪のタイヤが同人の両下腿の足首近くの前部から内側にかけての部位に,荷台の左側面,あおり部後方の上記痕跡の存した箇所が同人の上半身にそれぞれ接触し,これにより,同人が転倒するに至った蓋然性が高く認められる。
 
原判決は,被告人が,当時,本件現場で,自車をAに接近させて進行したと認め得る的確な証拠がない旨述べている。
 
しかしながら,前記の,被告人が,当日の実況見分時に捜査官に説明して以後,一貫して述べる,当時,本件現場で,Aを認めた際の本件車両と同人の位置,その後に同車両を停めた位置や,後日の実況見分時に,本件現場で,本件車両を当時の記憶にしたがった軌道で走行させると,その左後輪が,Aが居た場所に置かれたパイロンの底部に接触した事実によると,被告人が,当時,本件現場で,自車をAに接触させる危険が多分にある程に接近した軌道で進行させたことは明白である。
 
原判決は,また,当時,本件現場で,Aが自己転倒して上記の負傷をした蓋然性を否定し得ない旨述べている。
 
しかしながら,上記のように,Aが,被告人が当初同人を認めた時点では,杖を突き,しかし,確かな足取りで被告人と同方向に歩行していたこと,ところが,その後,本件車両がAの右側を通過する間の数秒間に,その移動方向と異なる,ほぼ左方約1.1メートルの側溝の縁近くに俯せに転倒していたこと,そして,致命的な重傷を負い,身体の前面の胸部上辺に出血を,両足首付近に血腫を生じていたこと,しかし,同人の膝には外傷がなかったこと,また,転倒した同人の身体がc町方面に向いていながら,同人がそれまで突いていた杖は,約2.8メートル前後,反対方面の後方路上に転がっていたこと,K医師の証言によると,Aの膝には外傷がないことから,上記のような重傷が,前のめりに自己転倒したことによって生ずる事態は考え難いこと,また,同証言によると,Aの両脚の足首付近に生じていた血腫は,突起物に衝突しない限り,生じ得ないものであるところ,当時,同人が倒れていた付近にそのような物は存在しなかったことや,上記の本件車両に痕跡が存在したことなどの各事実に照らすと,上記のAの身体の移動と転倒は,同人が,自ら歩行方向を左方へ変更したことによるものでないことは勿論,本件車両を急ぎ避けようとしたとしても,外力,すなわち,本件車両の接触による力を加えられずに生じたとも考えることができないものといわなければならない。
 
弁護人は,翌日の実況見分の際に本件車両の荷台の左側後部に存した前記痕跡が当日の実況見分の後に生じた可能性がある旨主張する。
 
しかしながら,上記主張は,何らの具体的な根拠を伴わないものであるところ,被告人が,前記のように,その間に本件車両を拭いたり,掃除したことはなかった旨,翌日の実況見分に立ち会った後に,上記痕跡をわざわざ,保険会社の者に見せて見解を聞いた旨述べていることに照らして,その可能性を認め難く,これをもって上記認定を左右し得るものではない。
 
弁護人は,また,前記のAの両足首付近の血腫が本件事故以前に生じていた可能性がある旨主張する。
 
しかしながら,上記主張も,具体的な根拠を伴わないものであるところ,前記2の(4)のK医師の,上記の血腫が,新しいものであり,また,その箇所が何らかの突起物と衝突しない限り生じないものである旨の供述や,被告人の,Aが当時,ゆっくりではあるが,確かな足取りで歩行していた旨の供述に照らして,その可能性を認め難く,これをもって,上記認定を左右し得るものではない。
 
弁護人は,他にも縷々主張するが,いずれも,それ自体,上記認定を左右し得るものではない。
 
そして,他に,上記認定に合理的な疑いを抱かせる資料はない。
 
以上の次第で,原判決が,証拠上,公訴事実の被告人の過失も,本件車両がAと接触した事実も認められないとしたのは,いずれも,その点にかかる証拠の評価を誤り,事実を誤認したものといわざるを得ず,これが判決に影響を及ぼすものであることは明らかである。検察官の論旨は理由がある。
第3 原判決の破棄と自判
 
そこで,刑事訴訟法397条1項,382条により原判決を破棄し,同法400条但書によって更に判決する。
(罪となるべき事実)
 
被告人は,日頃から自動車を運転していた者であり,平成12年2月27日午後2時40分ころ,普通貨物自動車を運転し,鹿児島県鹿屋市a町b番地付近の上り勾配8度前後の坂道を海岸方面からc町方面に向かい時速約10キロメートルで進行し,道路が左方に大きく湾曲した箇所の手前にさしかかり,左前方約5.6メートル,同湾曲箇所の頂点付近の内(左)側を杖を突きながら同方向に歩いているAを認め,その右側を進行して同人を追い越そうとしたが,その際,同人の動向を注視し,同人との安全な間隔を保ちながら進行すべき業務上の注意義務があったのに,これを怠り,上記の注視をせず,安全な間隔を確保しようとせずに,漫然と上記速度のまま進行を続けて自車を同人に接近させる過失を犯し,これにより,自車の左後方側面部を同人に接触させて同人を路上に転倒させ,よって,同人に骨盤骨折等の傷害を負わせ,翌28日午前5時21分ころ,同市d町e番地B病院において,同人を上記傷害に起因する出血性ショック等により死亡するに至らせた。
(法令の適用及び量刑の事情)
 
被告人の上記(罪となるべき事実)にかかる行為は平成13年法律第138号による改正前の刑法211条前段に該当するので,その所定刑にしたがって被告人の刑を量定する。
 
本件過失は,被告人が自動車の運転者としての基本的な注意義務を怠った極めて危険な態様のものであること,被告人がそのような過失を犯すに至った経過に酌量すべきものがないこと,これによって生じた結果が重大このうえないものであること,被害者は,かつて,地域社会に少なからず貢献し,当時,長女と同居し,平穏で,それなりに充実した日を過ごしていた様子が窺われるところ,自らの脇に接近してきた被告人の車両を避け得ずに受難し,苦しみながらこの世から葬られることになったものであり,その無念と,遺族の痛憤,悲嘆の程は察するに余りあること,被告人が上記過失を認めずに当審公判の審理終結の日を迎えており,反省の念を認め難いこと,それ故,いまだ,遺族らの被害感情が癒されていないことなどを考えると,本件の過失は,被告人の人命の重さに充分に思いの至らない,それ故に慎重さに欠ける運転態度を示すものとしても悪質で,その罪責は重いといわなければならない。
 
他方,本件の過失については,被告人が,当時,被害者を追い越そうとした際,不充分ながらも,自車を同人に接触させないよう,一応,注意した様子は窺われること,それ故、同人に自車の前部は接触させずに進行し,しかし,その後,自車の左後部の辺りに音を耳にすると,自車を同人に接触させたものと受け止め,急ブレーキをかけて停車して,その辺りを確かめ,被害者が倒れているのを認めることができたこと,一方,被害者にも,現場道路の幅員が5メートルにすぎなかったことや,当時,同人が現場道路の左端から約1.1メートルの地点を歩行していたことなどを考えると,同人が通行車両に対する警戒を尽くしていたならば,本件の受難を避け得たことも想像される点で悔やまれるものがあること,被告人は,被害者が倒れているのを認めると,それなりに,自らが犯した罪の程を知って反省した様子が窺われ,前記のように,同人の救助に努め,その後,同人の葬儀にも赴いたこと,遺族が,すでに1450万円の自賠責保険に基づく保険金を受領しており,被告人に対してそれ以上の賠償を求めるつもりはない様子が窺われること,被告人に,少なくとも,本件に繋るような違反歴は認められないこと,その他,被告人の年齢の程など斟酌すべき事情も存する。
 
そこで,これら諸般の事情を総合考慮し,上記所定刑中,禁錮刑を選択し,その刑期の範囲内で被告人を禁錮1年に処し,情状により,刑法25条1項を適用して,この裁判が確定した日から3年間,その刑の執行を猶予し,原審における訴訟費用は刑事訴訟法181条1項本文により,これを被告人に負担させることとし,主文のとおり判決する。 
平成14年3月28日
福岡高等裁判所宮崎支部
裁判長裁判官 岩垂正起 裁判官 細野敦 裁判官 村越一浩

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