詐欺福岡1

詐欺福岡1

福岡地方裁判所小倉支部/平成19年(わ)第757号

主文
被告人は無罪。

理由
第1 公訴事実について
 
本件公訴事実の要旨は,「被告人は,建築用材料の輸入及び販売等を業とする株式会社J(以下「J社」という。)の代表取締役であるが,T(以下「T社」という。)からレンガの販売代金名下に金員を詐取しようと企て,真実は,J社がI(以下「L社」という。)からF製レンガ(以下「本件レンガ」という。)10万個を買い取ってT社のため保管している事実などない上,J社は債務超過の逼迫した財務状況に陥っていて,同社において,L社が所有し埼玉県内の倉庫に保管中であった本件レンガ20万個につき,これをL社から買受けてT社に転売する意思も能力もなく,同社から本件レンガ20万個の販売代金として受領する金員は,その全額をJ社の負債返済等に直ちに費消する意図であるのに,その情を秘し,あたかも,J社が既にL社から本件レンガ10万個を購入し,これを保管している上,J社に本件レンガ20万個の代金相当額を支払えば,同社がL社から本件レンガ20万個を購入し,これをT社に転売する(以下,「本件取引」という。)かのように装い,別表記載のとおり,平成12年11月24日ころから平成13年1月24日ころまでの間,7回にわたり,福岡市所在のJ社事務所等において,北九州市所在のT社九州支店の従業員M(以下「M」という。)及び同人らを介して同支店長Sに対し,内容虚偽の文書をファクシミリで送信するなどしてこれらを閲覧させるなどし,同人らをして,J社は,既にL社から本件レンガ10万個を購入し,これをT社のため保管している上,L社所有に係る本件レンガ20万個を購入し,これをT社に転売する意思及び能力があり,T社がJ社に本件レンガ20万個の代金相当額である1029万円を支払えば,T社がJ社から確実に本件レンガ20万個の転売を受けられるものと誤信させて上記代金の支払を決定させ,よって,同年2月2日,T社の経理担当者をして,株式会社甲銀行東京営業部に開設されたT社名義の預金口座から,株式会社乙銀行福岡支店に開設された被告人が管理するJA社名義の預金口座に現金1029万円(以下「本件販売代金」という。)を振込送金させ,もって人を欺いて財物を交付させた」というものである。
第2 争点
 
本件の争点は,被告人が,平成12年11月ころから平成13年2月ころの時点において,本件取引をする意思及び能力を有していたか否かである。
1 検察官の主張
 
被告人に本件取引をする意思がないことは,〔1〕内容虚偽の文書をファクシミリや郵送でMらに閲覧させるなどしていること,〔2〕T社から受領した金員のほとんどを直ちにJ社の負債返済等に費消していることから,裏付けられる。
 
被告人に本件取引をする能力がないことは,〔3〕本件当時進行中だった別件取引にかかるレンガ代金について,T社からの入金予定は当てにならなかったこと,〔4〕J社は債務超過に陥って財務状況が逼迫しており,金融機関等から追加融資を受けることは不可能だったことから,裏付けられる。
2 弁護人の主張
〔1〕前記文書をファクシミリや郵送で閲覧させるなどした事実は争わないが,その内容は被告人の認識を記載したもので,誤記の部分を除き,内容に虚偽はなく,〔2〕T社から受領した金員は,負債の返済や給与の支払いなどに充てられているが,T社から受領した代金をそのまま岩谷産業への支払に充てなければならないわけではないから,本件取引をする意思がなかったとはいえない。
〔3〕J社には,本件販売代金の入金後も前記別件取引にかかる多額の入金が予定されていたし,〔4〕いわゆる商工ローン等の金融機関から追加融資を受けることも可能だったので,これらの金員を本件レンガの仕入代金に充てることはできたから,本件取引をする能力がなかったとはいえない。
第3 当裁判所の判断
1 本件取引の経緯
 
関係各証拠によれば,本件取引の経緯は,要旨以下のとおりである。
(1)J社は,福岡市に本店を置く株式会社で、主に建築用材料の輸入及び販売等を業としており,被告人が代表取締役,被告人の父が取締役を務めていた。被告人は,海外から商品を輸入する窓口として,ニュージーランドにJC社を,オーストラリアにJA社をそれぞれ設立し,両社名義の預金口座をいずれも管理していた。
 
J社は,いわゆるバックトゥーバックという方式で,オーストラリアからレンガを輸入し,ホームセンターに販売する取引を行っていた。具体的には,ホームセンターが十分な資金を用意して銀行に信用状取引用の口座(以下「LC」という。)を開設し,その銀行が作成した信用状を担保にしてJ社の子会社である海外法人がLCを開設したうえで,オーストラリアのメーカーからレンガを仕入れて船積みし,メーカーが船積みの書類を銀行に持っていくと,J社自体に所持金がなくても代金を決済することができるという方式であった。もっとも,ほとんどのホームセンターは,LCも倉庫なども有しておらず,すでに取引口座を開設している相手でないと取引しない場合が多かったので,予めホームセンターとの間でレンガ販売について交渉した後,そのホームセンターとの取引口座を開設し,LCや倉庫などを有する商社等にそのホームセンターをレンガの販売先として紹介した上,オーストラリアからレンガを輸入して商社等に販売し,その商社等を介して代金を決済するとともに,ホームセンターへのレンガの運搬や保管をしてもらっていた。L社やT社は,上記の商社の立場にあるが,本件取引は,J社の取引先たる商社が,L社からT社へ変わる際に生じた例外的な案件と評することができる。 
(2)L社九州支社建設資材部長のQ(以下「Q」という。)は,平成11年ころ被告人と知り合い,レンガの販売を持ちかけられた。具体的には,J社が本件レンガを輸入し,L社がこれを買い取ってA社というホームセンターに卸すという内容であった。L社は,同年4月ころから本件レンガの取引を始め,同年5月の連休ころから急激に売れるようになったため,J社から本件レンガを合計約600万個輸入した。しかし,同年9月ないし10月以降,売れ行きが悪くなり,遅くとも平成12年春ころまでにA社とのレンガ取引が終了し,約50万個の本件レンガが売れ残って有限会社D(以下「D社」という。)の埼玉県内にある東松山営業所の敷地に野積みされたままの状態になった。なお,L社は,当初,レンガの配送を委託する条件で,D社に無償で同営業所の敷地内に本件レンガを保管してもらっていたが,その後,在庫が過剰になり,保管場所が必要になったため,配送料とは別に,地代として月15万円を支払うようになった。
 
Qは,売れ残った本件レンガをなるべく早期に処分する必要があったため,本件レンガの処分先を被告人に探してもらった上,L社又はその子会社を通じて販売しようと思い,被告人に対し,本件レンガの処分先を探してくれるように依頼した。被告人は,Qの依頼に応じ,本件レンガの処分先を探していたが,ようやく見つけた処分先は岩谷産業らと全く取引がなく,また,L社は,社内決裁手続上,J社に対して信用取引をすることもできなかった。そこで,Qは,J社がL社に代金を現金で振り込めば,本件レンガを引き渡すと約束していた。
(3)北九州市所在のT社九州支店課長代理で営業担当のMは,同年10月初めころ,親会社である株式会社TS九州支店の営業課長を介して被告人を紹介され,同月12日,被告人と会った。その際,被告人から,J社がオーストラリアからレンガを輸入し,それをT社が購入してB社というホームセンターに販売する取引を持ちかけられた。もっとも,B社は,同年11月初旬からレンガの販売を開始したいとの意向を示しており,オーストラリアから輸入していたのでは間に合わないため,L社が在庫として抱えている本件レンガを買い上げてB社向けに充てればよいとの説明を受けた。Mは,親会社の営業課長からの紹介だったため被告人を信頼し,レンガ取引をすればホームセンターを顧客として新規開拓できるというメリットがあると考え,同年10月14日,本件レンガの取引について同支店長のSらから了承を得た。そして,T社は,同月中に,B社との間で,継続的なレンガ供給契約を締結した。なお,被告人(J社)は,同月ころ,F社からのレンガ輸入を終了し,G社からレンガを輸入するようになったが,同月17日,Mに対し,その旨を伝えていた。
(4)被告人は,同月26日,Mに対し,B社への初回納入分及び補充在庫として合計10万個が必要であり,単価を58円とすると代金が消費税込みで合計609万円になる旨提示し,同月30日,請求書をファクシミリで送信した。Mは,同年11月1日,経理担当者をして,JC社名義の口座に609万円を振込送金した。しかし,被告人は,L社にこれを送金せず,すぐには本件レンガを仕入れなかった。
(5)被告人は,同月24日,Mに対し,「L社は現在保管の為に貸りている土地を11月末までで返却しなければならない為,月末までにすべて買い上げ移動してもらいたいとの事です」と記載した文書をファクシミリで送信した(別表1)。また,同年12月12日にも,「L社から遅くとも残量は12月の末までに出せねばならないと連絡が来ております。」と記載した文書をファクシミリで送信した。しかし,Mは,まだB社からの発注がないので慌てて在庫を増やす必要はないと思い,本件レンガの注文はしなかった。
(6)Mは,社内での決裁に必要だったため,同年11月29日,被告人に対し,「弊社から支払済分の10万個に対し,貴社が東松山で預かっている事とし,その書類にサイン可能ですか?(雛形添付)」と記載した文書をファクシミリで送信した。この文書を受信した被告人は,同月30日,上記文書添付の預り証の雛形にサインをしてファクシミリで返信した(別表2)。
(7)Qは,同月ころ,本件レンガ約50万個を在庫として抱えてしまったことなどの責任を取る形で,L社九州支社建設資材課長のK(以下「K」という。)に本件レンガの在庫の件を引き継いだが,個人的に責任を感じていた。そこで,被告人から交渉中との話を聞いていたベターライフの仕入れ担当者とL社の子会社の大阪支店長を通じてアポイントを取り,同年12月の初めころ,子会社の従業員と一緒にB社に行って,本件レンガを単価65円で買い取ってほしいと頼んだ。しかし,同社の担当者は,あとで連絡する旨返答しただけでその後連絡はなく,成約には至らなかった。Qは,同月末にL社を退職した。
 
被告人は,同月下旬ころ,B社の担当者から,同社にL社が直接取引を持ちかけたことを聞き,平成13年1月5日,Mに対し,「F社製レンガの件ですが,L社が私がB社攻略中と話した為,直接交渉に行っており安い価格を提示したとの事です。…L社側の無用な動きを封じるため残量の全量買い上げをお勧め致します。」と記載した文書をファクシミリで送信した(別表3)。
(8)被告人は,B社から本件レンガ2万個の注文が入ったため,平成12年12月,電話でKに対し,単価三十数円で本件レンガを買いたい旨申し込んだ。Kは,一度は拒否したが,本社決裁を経て,前金振り込み後引渡しの条件で,単価50円で販売することとした。被告人は,同月11日,L社に対し,105万円を振込送金したうえ,「本日,20000個分のお支払いを致しましたが,TAN,GOLDを各10000個準備して下さい。」と記載した文書をファクシミリで送信したものの,QがB社に本件レンガの買取り交渉に臨んだ直後ころ,B社から上記注文をキャンセルされた。
 
Mは,平成13年1月,改めてB社から合計1万9000個の本件レンガの発注を受けたため,T社の関連会社の社員とともにD社に赴き,本件レンガ約2万個を運び出した。
(9)被告人は,同月中旬以降に,Kに対して単価35円で本件レンガを売ってほしいと頼んだが,単価35円では絶対に売れないと拒否されたため,同月17日,Kに対し,「貴社よりB社へ店着の価格1個あたり65円が提示された為,当方は64円で引き受けざるを得ない状況となっております。」「64円にミートする為には御社価格35円でなければなりません。」などと記載した文書をファクシミリで送信した。
 
一方,被告人は,Mに対し,同月18日には,「L社の部長との話は48円でほぼ解決出来るのではないかと思えるところまで交渉致しましたので43円で御社に仕切るため5円は弊社でみることで対応したいと思います。」と記載した文書(別表4)を,同月19日には,「L社の価格58円は変わりませんが,昨日のFAX通り5円は弊社が負担し53円として一部買い上げておけばC社とB社のつなぎとなり,その間G社製レンガの40M/M厚の準備が出来ます。」と記載した文書(別表5)をそれぞれファクシミリで送信し,同月20日ころ,単価53円,数量合計20万個,前回(平成12年11月1日取引)分の出精値引きとして8万円,消費税5パーセントで49万円,金額合計1029万円と記載された請求書(別表6)を郵送した。
(10)Mは,平成13年1月22日,レンガの購入先のホームセンターであるC社の担当者と交渉し,レンガ購入の窓口をT社とすることを了解してもらったが,B社向けの在庫分をC社向けに流用するとしても,それだけでは欠品の可能性があると考え,新規に本件レンガ合計20万個を買い上げることにし,同月25日にS支店長らにその旨報告した上で,同年2月2日,経理担当者をして,株式会社甲銀行東京営業部に開設されたT社名義の預金口座から,株式会社乙銀行福岡支店に開設されたJA社名義の預金口座に現金1029万円を振込送金した。
(11)被告人は,同年1月23日,東京都内にあるL社本社で,取引先とのトラブル解決のサポート等を担当する事業統括室長のN及びQやKの上司である建設資材部長のHと面会し,現在,C社と交渉しており,20万個ならばすぐに売れるから,本件レンガの在庫全量を単価45円で売ってほしいと申し入れたところ,Nから,本件レンガの売却条件として前金支払いを提案されたので,現金を持っている旨答えたが,本件レンガの取引に関する返事がないまま面会が終わった。
 
被告人は,同月24日,Mに対し,「(1)C社向F社製レンガL社の営業本部長との話の結果,すでに御社がお買いになっている残り8万個(TAN&GOLD)に加えTAN8万,GOLD12万の合計20万個をC社向として引き受けることで話を進めました(C社の春までの販売量に相当します)。」と記載した文書をファクシミリで送信した(別表7)。
(12)被告人は,L社との交渉がうまくいかなかった場合に備えて,同年2月2日,E社に対し,B社向けの本件レンガの輸入に協力してほしいと依頼したが,同年3月12日,B社が倒産したため,この件は一旦頓挫した。その後,C社向けとして,再度E社に協力を依頼したり,小売価格で他のホームセンターから買ったりしたが,十分な数量は仕入れられなかった。
(13)Mは,同年4月5日,本件レンガを受け取るため,D社を訪れたが,同所で保管中の本件レンガはL社の所有であるという理由で,引渡しを拒否された。そこで,同日夕方,電話でKに対し,T社がL社から本件レンガを購入するためJ社に代金を支払っているが,その代金はL社には支払われていないのかと尋ねたところ,J社からの入金はないとの回答を得た。
 
その後,L社は,T社に対し,同年4月20日,5月2日,5月9日,6月7日の4回にわたり,本件レンガ合計19万5000個を単価約80円で売却した。
 
Mは,被告人に対し,入荷予定がないG社製レンガについては注文をキャンセルし,同レンガの取引を打ち切った。
2 検討
 
商取引に関する詐欺の事案において,商取引の意思及び能力の有無を判断するには,被告人及びその経営する会社の財務状況,受領した金銭の使途等が判断資料となる。もっとも,誠実に取引活動をしているにもかかわらず,財務状況が逼迫してしまったため,将来の入金予定を当てにして目先の負債の返済等を行い,資金不足に陥りそうな場合にはつなぎ融資を受けるなどして急場を凌ぐことも商取引上ありうる事態であり,その情を秘することが直ちに詐欺に当たるわけではない。
 
したがって,かかる事案では,単に被告人及びその経営する会社の財務状況や受領した金銭の使途等だけではなく,被告人の取引活動の内容及び入金予定や融資を受けられる見込みの有無なども考慮して,取引の意思及び能力の有無を総合的に判断すべきである。
 
また,商取引で取り交わされるいわゆる営業トークには,商売の駆け引き上,多少過ぎた内容も含まれることは致し方ないから,相手方の意思を決定付けるような内容でない限りそれが真実ではないからといって,直ちに詐欺罪の欺罔文言に当たるとはいえない。
 
そこで,以下,上記の各判断要素について,個別に検討する。
(1)被告人の取引活動について
 
被告人の本件レンガに関する取引活動の大半は,Q,K又はMとの間でファクシミリ等により送受信された文書から明らかになるので,その内容の真偽を中心に,被告人の本件取引に対する真摯性を検討する。
ア 保管場所の返却期限について
 
L社が,保管料の支払いを早く止めたいので,本件レンガの在庫を早期に処分したいという意向を有していたことはKも自認するところであり,そのようなL社の意向と平成12年11月24日付けの文書(別表1)の内容は,文脈の大きな流れとして一致している(K証言222項)。被告人は,保管場所の返却期限についてQから聞いた旨供述し,Qはそれを否定しているところ,Mは,まだB社からの発注がないので慌てて在庫を増やす必要はないと思っていたのだから(M証言136項),上記文書における返却期限の記載が虚偽の営業トークであったとしても,それによってT社が本件取引を行うことを決めたわけではない。
 
したがって,上記文書の送信をもって,本件取引における欺罔行為ということはできない。
イ 預り証の交付について
(ア)Mは,平成12年11月30日に被告人がファクシミリで送信した預り証(別表2)を見て,被告人が本件レンガを1個も買っていないとは全く想像しておらず,確かに10万個の本件レンガがT社の商品として確保されていると思った旨供述する(M証言171項,172項)。
(イ)しかし,そもそも,Mが被告人に同月29日付けの文書(甲25番号14)を送付したのは,レンガ取引について社内決裁に時間がかかっており,上司から速やかに決裁を得るため,保管者であるD社名義の預り証が必要であったが,その社名を聞いていなかったので,J社の名前でレンガを預かっていることとしてもらいたいという趣旨であり,Mも,J社が本件レンガの保管者ではないことは認識していた(M証言155ないし167項,173ないし177項,513ないし525項)というのである。
 
他方,被告人は,当公判廷において,あまりに早くL社から本件レンガを買い上げてしまうと,その搬出を求められたときに保管場所に困るので,B社から注文が入る度に本件レンガを買い上げようと考えており,Mに対しても,B社からの発注がないのでL社から本件レンガをまだ買っていない旨話していた。上記文書を受信したMもその旨は理解しているが,社内決裁を取るために預り証がどうしても必要なのだろうと思ってこれを作成した旨述べている(被告人146ないし155項)。
(ウ)Mは,被告人に対して,D社の名前を聞き出し,正確な決裁書類を作ることは可能であったのに,それをせずに,「貴社(J社)が東松山で預かっている事とし」,被告人にサインを求めた理由には不可解な点がある。しかし,いずれにせよ,上記預り証は,Mが,その内容に虚偽が含まれていると認識しながらも,上司の決裁を速やかに得るために,被告人に依頼して作成してもらった文書にすぎず,被告人の方から,能動的に,未だL社から本件レンガを購入していない事実を粉塗するために作成した文書ではない。したがって,被告人の方から積極的に欺罔の手段として用いた文書とはいえない。
ウ L社とB社の直接交渉の有無
 
前記本件取引の経緯(7)記載のとおり,Qは,平成12年12月の初めころ,被告人を抜きにして直接B社に行き,本件レンガを単価65円で買い取ってほしいと依頼した旨自認しているから,平成13年1月5日付けの文書(別表3)の内容が虚偽であるとは認められない。
 
なお,Qは,平成12年12月末ころにL社を退職しているが,被告人がB社の担当者からL社とB社の直接交渉の件を聞いたのが同月下旬ころであったため(被告人172項),上記文書の日付がQの退職後になったにすぎない。上記文書の日付である平成13年1月5日の時点ではQは退職しているから,L社側がB社に取引を持ちかけていることはあり得ない旨の検察官の主張は当を得たものではない。
エ L社との交渉継続の有無
(ア)Kは,平成13年1月中旬以降に単価35円以外の価格で交渉した覚えはないし,同年2月中に被告人とのやりとりはなかったと供述する(K証言72ないし77項,89ないし100項)。
 
しかしながら,同年1月17日付けの文書(甲25番号24)の「今回の御社からの64円は理解に苦しむものです。」という記載は,それ以前にL社から単価を64円とする提案がなされたことを前提としており,Kの供述と矛盾する。
 
また,Kは,同年2月7日にJ社から振込送金された85万円について,当時の記録をもう一度見たりすると,被告人のところに残っていた,L社が支払を受けるべき分の一部の金員であるなどと述べている(K証言189ないし192項)。しかしながら,捜査段階において,レンガ以外に特に未払いの代金等はなかったので,レンガ代金だと思うと述べたことを指摘されるや,それは記憶違いであったと述べたうえ,85万円を単価50円で割ると割り切れないし,被告人と取引したレンガの個数は2万個と1万個であって,それぞれの代金は105万円と52万円であるから,おかしいなと思いながら,捜査段階では上記のように述べてしまった旨弁解しており(同200ないし214項),Kの記憶は曖昧としか言いようがない。
 
これに対し,被告人は,同月上旬と中旬に1回ぐらいずつ,電話でKと再度交渉したが,Kは譲歩しなかった,同月ころ,Kとの交渉を決裂させたくなかったので,本件レンガ1万個分の金額をつなぎとしてL社に振り込み,後で決まった単価に基づき決済すればよいと考えて,とりあえず単価を高めに見積もり,合計85万円を振込送金したが,平成13年3月下旬ころ,Kから,J社には売らないと言われ,かなり強い口調で明確に断られたと述べている(被告人245ないし248項,565ないし576項,645ないし647項)。
 
この点,同月9日にも,被告人からL社に52万5000円が振り込まれ,同月12日以降,前後2回にわたり本件レンガ合計1万個が搬出されていること(M証言396ないし406項,甲25番号19,甲52)からすれば,本件レンガ1万個の代金が約52万円か85万円かのいずれであるにせよ,同年1月17日より後にL社が被告人に本件レンガ1万個を売却していることに変わりはなく,同日以降も被告人はKと本件レンガの取引交渉を継続していたものと認められる。
(イ)Mは,同月18日付け及び同月19日付け文書(別表4,5)について,被告人から,L社が単価を48円から58円に戻したが,J社の負担分として5円を割り引くと聞き,一応利幅は確保できる状態だったので,単価53円で応じた旨述べている(M証言249ないし260項)。
 
しかしながら,「L社の価格58円は変わりませんが」という文言を,前言を撤回する趣旨と解するのはいささか不自然である。しかも,前日には,被告人から,48円でほぼ解決できるところまで交渉できたと連絡を受けていたのに,その翌日には,58円に変わった旨連絡を受けたのであるから,Mとしては,被告人に対し,なぜ単価が10円も上がったのか問い質すなどするのが当然であるのに,被告人の言うことを鵜呑みにしたというのは,不合理である。
 
この点,被告人は,上記文書の「48円」及び「43円」という記載は,それぞれ「58円」及び「53円」の誤記であり,自己の経験やレンガ取引の相場に照らせば,単価は58円程度で収まるだろうと思っていたが,まだ単価が決まっていなかったことから,「ほぼ解決できるのではないかと思えるところまで」という曖昧な表現をしたと述べている(被告人226ないし233項)。確かに,「48円」及び「43円」という記載は同文書にしか存在しない。また,本件レンガは少なくとも半年以上野積みされていたため保管状態が悪く(弁19),被告人は,単価50円以下でないと転売は難しいと認識しており,売却先への運送費16円のうち半分の8円をJ社が負担し,単価58円であればL社から本件レンガを購入できると考えていた(被告人137ないし141項)ことからすれば,被告人の上記供述もあながち不合理とはいえない。
 
そうすると,被告人がT社に送信した平成13年1月18日付け及び同月19日付け文書(別表4,5)は,必ずしも欺罔手段として用いられたとはいえない。
(ウ)Nは,当公判廷において,同月23日,被告人との面会において,自分の記憶では,被告人の方から翌日の午前中に取引に関する返事をすることになっていたが,H又はKから,その後,被告人とのやりとりはないと聞いているし,自分としては,本件レンガ20万個をJ社に売る話が出たという程度の認識しかなく,同月24日付けで被告人が作成した文書(別表7)の記載は事実と異なる旨供述している(N証言87ないし97項,108ないし112項)。
 
この点,被告人は,Nたちの方から翌日の午前中に返事をもらうことになっていた旨述べているところ(被告人215ないし220項),Nのメモ(甲30添付資料2)の「明日午前中に返事」という記載はこれに沿うものと見ることが十分可能である。これは,L社としては,単価45円では損失が出るため,金属建材本部長の決裁が必要になることにも符合していて(N証言69ないし76項),被告人の上記供述は一応筋が通っている。また,Kとの交渉では,単価35円という被告人の提案は直ちに拒否されたが,Nたちは,その場で,単価45円という被告人の提案を拒否したり,被告人との交渉を終了する旨明言したわけではないのであるから(同208ないし210項),本件レンガの取引交渉が進んだと被告人が認識したとしても不合理ではない。
 
したがって,上記面会の結果,本件レンガの取引交渉が進んだと一義的に評価できるかはおくとしても,少なくとも上記交渉は継続していたといえるから,その意味で上記文書の内容が明らかに真実に反するとはいえない。
オ 本件販売代金の請求について
(ア)被告人が,同月5日及び19日付けの各文書(甲25番号20,27)でMに対し,「L社側の無用な動きを封じるため残量の全量買い上げをお勧め致します。」「L社サイドがB社,C社に動くことは十分考えられますので対抗案としてご検討下さい。」と述べていることなどからすれば,被告人は,L社がB社に直接取引を持ちかけたことによる混乱を避けるとともに,L社による同様の働きかけを封じるため,単価5円分を負担してまで、Mに対し,本件レンガの在庫全量を買い上げることを提案し,本件販売代金相当額を支払ってもらう約束を取り付けたうえで,わざわざ東京都内のL社本社まで赴いてKの上司らと面会し,本件レンガの在庫全量を買い上げることを申し出て解決を図ろうとしたものと考えられる(被告人215ないし220項,249ないし251項,554項)。
(イ)この点,Mは,本件販売代金を振り込めば,3日以内くらいにT社の商品として本件レンガ20万個を確保できると思っていたのであり,確保できるかあやふやな状況で本件販売代金を支払ったりはしない旨供述する(M証言306ないし309項)。 
 
しかしながら,■は,同月5日,18日及び19日付けの各文書(甲25番号20,26,27)などによって,被告人がL社との間で交渉を続けていることは知っていたし(M証言591,592項),Mが本件販売代金を振込送金した理由は,同月18日からB社の各店舗で特売をすることが決まっており,売れ行き次第では本件レンガが不足することも考えられるところ,B社に本件レンガを納入できなかった場合にはペナルティーとして高額の金銭を支払わなければならないため,早急にL社所有の在庫を買い上げる必要があると認識していたからである(同218,219項,甲25番号21)。これらの事情からすれば,Mは,被告人とKとの間で本件レンガの在庫買い上げの合意が未だ完全に成立していないことは認識していたが,上記合意が成立したときには,その所有権をT社に移転してもらえると期待し,早急に在庫として確保するために,上記合意に先立って本件販売代金を振込送金した可能性がある。
(ウ)そうすると,被告人は,T社との信頼関係を維持するため,Mに対し,Kとの交渉経過を報告するとともに,本件レンガの在庫全量買い上げを提案し,他方,Mとしても,本件レンガを納入できなかった場合にはペナルティーとして高額の金銭を支払わなければならないため,被告人の上記提案に応じたのであるから,被告人の本件販売代金の請求が,真摯性に欠けた販売代金名下の請求とは認め難い。
 
以上,アからオまでの検討結果をまとめると,被告人は,従前の取引で本件レンガの在庫を抱え込ませてしまったL社のQからの依頼に基づいて,本件レンガの処分先を探し,テクノトレードと取引を始め,ベターライフを紹介した。ところが,被告人を抜きにしてQが直接ベターライフに格安の値段で本件レンガの取引を持ちかけたため,被告人は,本件取引の一方当事者であるT社のMとの信頼関係を維持する必要が生じた。そこで,被告人は,L社が在庫として保有している本件レンガ全量の購入を勧めるとともに,東京都内にあるL社本社に出向いて価格交渉に臨むなど,真摯に本件レンガ取引の遂行を継続しようとしていたと考える余地が十分ある。
(2)受領した金銭の使途
ア 被告人は,平成12年11月1日にT社から本件レンガ合計10万個の代金として609万円の振込みを受け,J社の負債返済分として,戊社に70万円,丙銀行に合計約150万円を,車のローン返済分として申社に合計約33万円を,買掛金の支払分として合計約90万円を,給与として従業員らに合計60万円を,その他の支払に約180万円をそれぞれ支出し,同月13日までに,残高645円を除き,全額を費消している(乙4,甲17,甲25番号5,甲51)。
 
この点,被告人は,上記609万円を本件レンガ合計10万個の仕入代金に直ちに充てなかったのは,B社の売り場が整理できていなかったから(被告人149項)というのであるが,これを否定するような証拠は存しない。
 
また,被告人は,平成13年2月2日にT社から本件販売代金として1029万円の振込みを受け,J社の負債返済分として,J銀行に300万円,丙銀行に約10万円,戊社に約50万円,申社に約15万円をそれぞれ支出したうえ,これら以外に従業員らの給与,パソコン等の設備投資,その他の支払にも支出し,同年2月14日までに,残高288円を除き,全額を費消している(乙4,甲18,甲25番号28,甲36,37,42,52)。
 
しかしながら,本件販売代金を本件レンガ20万個の仕入代金に充てなかったのは,同年1月23日に野村たちと面会し,本件レンガを単価45円で売ってくれるよう申し入れ,その返答を待っていたものの,結局応じてもらえず,このような交渉状況を打開するためにはしばらく時間をおく以外ないと考えたから(被告人241ないし244項)というのであり,その間に,本件販売代金を銀行等への負債返済や従業員らの給与,パソコンなどの設備投資等,会社継続のために必要な経費の支払を行ったものである。
イ この点,被告人の警察官調書(乙3)には,T社から受領した現金の使い道は,J社の負債の返済等が最優先であると考えていたとの記載がある。
 
しかし,一方で,本件当時,T社からレンガの発注があれば,どうにかしてレンガを調達して納品するという気持ちを有していたとも述べている(乙3)。そして,被告人は,平成12年12月8日及び同月18日に,G社製レンガ合計約48万個の代金として,T社から合計約61万5000豪ドルの振込入金を受け,同レンガ合計約48万個を納品したほか,B社から本件レンガ2万個の注文が入ったため,同月11日,L社に対し,105万円を支払っている(被告人156ないし162項,309ないし319項,乙4,甲25番号6,8,16,19,甲50,51,弁19)。また,平成13年2月15日及び同月28日,G社製レンガ(角落し)合計約78万個及び本件レンガ10万個の代金として,T社から約44万2000豪ドル及び約7万5000豪ドルの入金を受け,G社製レンガ(角落し)合計約23万個を納品している(被告人329ないし334項,350項,甲10,甲25番号19,弁6,7)。
 
このように,実際,被告人は,本件取引に近接する時期にT社から受領した金銭でレンガの一部を納品していることからすれば,本件販売代金を借金や他の諸経費に充てる意図があったからといって,L社に対する代金支払の意思がなかったとは俄に決めつけられない。
ウ なお,〔1〕B社から本件レンガ2万個の注文を受けたため,L社に対してその代金を入金した直後,B社から上記注文をキャンセルされたこと(前記1(8)参照)からすれば,同社向けとして,本件レンガの残りを慌てて仕入れる必要はなかったといえる。また,〔2〕G社製レンガ(角落し)については,ホームセンターに一部入荷したところ,クレームが入ったりして取引が打ち切られたため,残量を入荷できなかった(同106ないし110項),〔3〕平成13年2月28日発注の本件レンガについては,L社との交渉がうまくいかなかった場合に備えて,E社に対し,本件レンガの輸入に協力してほしいと依頼したり,小売価格で他のホームセンターから買ったりしたが,十分な数量が納入できなかった(前記1(12)参照)というような事情がある。
 
このように,被告人が受領した金員を直ちに全額レンガの仕入れに充てなかった事情には,B社からの突然のキャンセル等被告人にとってやむを得ない事実も含まれている。したがって,被告人がT社から受領した代金をL社に支払うことなく,受領後間もなくJ社の債務の支払等に充てたからといって,当初から被告人に代金支払の意思がなかったとは断定できない。
(3)T社からの入金予定
 
前記(1)エ(イ)のとおり,本件レンガが経年劣化により価格を下げざるを得ないことから,L社から単価45円で仕入れるとすると,平成12年11月1日に受注した残りを含めた本件レンガ28万個の仕入代金は消費税込みで約1300万円となる。一方,被告人は,平成13年1月18日付けで,T社に対し,G社製レンガ合計約78万個の代金として合計約44万2794豪ドルを支払うよう請求し(弁6,7),同年2月15日及び同月28日に支払いを受けている。そして,同レンガの利益率は約50パーセントであったというのであるから(被告人271項),本件当時の為替レートを1豪ドル当たり60円として計算すれば(同272項),少なくとも約1300万円の利益が見込まれ,これにより本件販売代金相当額をほぼ賄うことができたといえる。
 
この点,検察官は,Mが,J社に転売能力がないと分かっていれば,事後,同社に対する入金は行われないことになるから,上記のような入金を当てにすることはできないと主張する。しかし,Mは,平成13年4月5日,電話でKから,J社からの入金はないと聞いたにもかかわらず,同月20日,C社向けの本件レンガ合計5万個の代金として,619万5000円をJ社の子会社に振込送金しているのであり(M証言314ないし320項,355ないし359項),上記主張は採用できない。
(4)J社の財務状況とつなぎ融資を受けられる見込み
ア J社の財務状況
(ア)J社の資本金は1000万円であるが,平成12年9月末の時点で,短期借入金は約1億1000万円にも及び,借入比率は100パーセントを超えていた(甲14,甲49添付資料3,S証言104ないし108項)。また,平成13年2月1日時点で,J社又は被告人名義の銀行口座には,合計約50万円しか預金が残っていなかった(甲10)。
 
このように,J社が,本件取引当時,債務超過に陥っていたことは明らかである。
(イ)そして,流動比率が125パーセントから200パーセントぐらいの範囲内にあれば,1年後の資金状況は安定的であるといえるが,平成12年9月期の流動比率は,約8パーセントであり,非常に悪化していた(S証言88ないし91項,甲49添付資料3)。また,自己資本比率が大体25パーセント程度確保できないと長期的な資金運用が困難になるところ,平成12年9月期は,負債及び資本の部の合計が約8000万円であるのに対し,資本の部は約7000万円の赤字であり,自己資本比率も非常に悪化していた(S証言94ないし103項,甲49添付資料3)。
 
したがって,J社の財務状況は,本件当時,かなり逼迫していたといえる。
イ つなぎ融資を受けられる見込みの有無
(ア)融資実績
 
被告人は,J銀行(現在のJ1銀行)に対し,平成11年12月以降,平成13年2月5日まで全く返済しておらず,同行から,返済してくれなければ融資できないと言われていたこと(甲36,38)からすれば,本件当時,銀行からつなぎ融資を受けることは現実的には困難であったといえる。
(イ)J社の営業状況等
 
J社の決算書類(甲9)によれば,平成10年9月期の繰越損失は約8000万円,平成11年9月期の繰越損失は約6600万円であって,両者を比べると後者の方が約1400万円も減っており,営業利益が約1800万円に上っている。その後,平成12年9月期の修正損益計算書(甲49添付資料3)によれば,約600万円の営業損失を出している。もっとも,平成13年9月期は約1500万円の営業利益が出ている(甲9)。これらの財務分析をまとめると,平成10年9月期から平成11年9月期にかけて,営業利益が出て,財務状況は良くなりつつあり,平成12年9月期は営業損失を出したものの,平成13年にはまた営業利益を出しているといえる(S証言131,132,148項)。
 
ところで,前記本件取引の経緯のとおり,J社とL社との正規の取引は,平成11年4月ころから始まって,同年5月の連休ころから急激に売れ行きが良くなったが,同年9月ないし10月以降,次第に売れ行きが悪くなり,遅くとも平成12年春ごろに終了した。その間,J社は,L社に対し,本件レンガを合計約600万個も販売し,売れ残ったのは約50万個にすぎなかった。J社は,同年11月ころから実質的にT社との取引を開始し,平成13年3月下旬ころにKから価格交渉を断られるまで,本件レンガを合計3万個しか納入できなかったが,同年秋ごろ,日本で初めて積みレンガをホームセンターに納入するという実績を残している(被告人111ないし113項)。このような取引経緯は上記の財務分析と矛盾しないから,平成12年9月期に営業利益が出なかった原因の一つはL社との取引が振るわなかったことにあると推測される。
 
このように,J社の財務状況は平成10年9月期から平成11年9月期にかけて改善されており,平成12年9月期にL社とのレンガ取引が振るわなかったことを除けば,同社の営業はそれなりの利益を上げていたといえる。
(ウ)担保不動産の極度額の余力
 
被告人の父が所有する,福岡市城南区のマンションには,丙銀行に対する極度額1400万円の根抵当権が,同市南区のアパートの土地建物には,戊社に対する極度額4000万円の第1根抵当権及び丙銀行に対する極度額1200万円の第2根抵当権が,東京都港区のマンションには,J銀行に対する極度額8000万円の根抵当権が,それぞれ設定されており(弁10ないし14),本件販売代金が入金された平成13年2月2日時点における各借入金残高は,丙銀行に対しては約1400万円,J銀行に対しては約5800万円,戊社に対しては約2800万円であったから(甲15,42,43,弁4),計算上,担保不動産の極度額には合計約4600万円の余力があった。
 
したがって,J社の融資実績をみると,本件当時,銀行から融資を受けることは現実的には困難であったとしても,本件以前に金融機関等から新規融資を断られたことがなく(被告人450,451,459,460項),同社の財務状況が平成10年9月期から平成11年9月期にかけて改善され,同社の営業は,平成12年9月期を除いて,利益を上げており,しかも,計算上,担保不動産の極度額には合計約4600万円の余力があったことからすれば,被告人において,T社から入金を受けるまでの間,戊社その他のいわゆる商工ローンからつなぎ融資を受ければよいと考えていたとしても,あながち不合理ではない。
 
この点,被告人の警察官調書(乙4)には,新たにT社と取引する以外,現金を工面するあてもなかった旨の記載がある。
 
確かに,被告人は,裏付け書類がないと知りながら,平成12年11月下旬ころ,J社の顧問税理士をして,同年9月期の決算書類に約7600万円の売上げ及び約5000万円の仕入れを架空計上させていることからすれば,決算書類を粉飾することにより帳面上資産が増えたようにしなければ銀行から融資を受けにくいほどJ社の財務状況が逼迫していたことは認識していた(乙3,P証言19ないし77項)。
 
しかしながら,被告人が,つなぎ融資の借入先として念頭においていたのは銀行であり,戊社その他のいわゆる商工ローンは銀行に比べて金利が高いため,同社からできる限り借入れをしたくない(被告人525ないし530項)と認識していた。このことは,実際,被告人は,同社から,平成11年5月31日以降,平成13年9月17日に至るまで新規融資を受けていないこと(甲15,43),同日,200万円の借入をしているが,これはT社から,未納分の本件レンガ代金を返済しないとJ社の破産申立てをすると言われ,やむを得なかったためであると述べていること(被告人463ないし465項)とも符合する。
 
以上のような被告人の認識から,上記調書のような表現になったにすぎず,上記調書の記載の意味は限定的に捉えるべきである。
(5)総合判断
 
以上の検討からすると,被告人は,T社とのG社製レンガ取引による大きな利益を得るために,まず,利益にはならない本件レンガの在庫をL社から買受けてT社に転売しようと真摯に本件取引を遂行していたが,被告人にとってやむをえない事情もあり,本件レンガをすみやかに転売することが困難であったことから,その間に,経営状態の逼迫していたJ社を存続させるために,T社からの入金を負債の返済等に充てたものと認められ,転売の意思がなかったとはいい難い。また,本件当時,J社は,債務超過に陥っていたものの,本件販売代金相当額の入金予定があり,それが間に合わなかったとしても,戊社その他のいわゆる商工ローンからつなぎ融資を受けることは可能であったから,転売の能力がなかったともいい難い。さらに,Kから交渉を拒否された後も,E社に本件レンガの輸入に協力してほしいと依頼したり,小売価格で他のホームセンターから買ったりして,受注した本件レンガの一部をT社に納入していることからすれば,L社から本件レンガ20万個を買い受けてT社に転売することができなかったとしてもかまわないと当初から認識していた(未必の故意があった)とも考えにくい。
3 結論
 
したがって,被告人に,L社から本件レンガの在庫を買い受けてT社に転売する意思も能力もなかったと認めるには合理的な疑いを入れる余地があるから,検察官の証明は不十分といわざるを得ない。
 
よって,被告人に対する本件公訴事実については犯罪の証明がなされたとは認められず,刑事訴訟法336条により無罪の言渡しをする。
(求刑 懲役3年)
平成22年1月7日
福岡地方裁判所小倉支部第1刑事部
裁判長裁判官 重富朗 裁判官 中牟田博章 裁判官 中村海山

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