詐欺福岡2

詐欺福岡2

福岡地方裁判所/平成15年(わ)1721号

主文
被告人は無罪。

理由
第1 公訴事実の要旨
 
被告人は,平成14年4月21日から,福岡県朝倉郡a町長として,同町の事務を統括管理しこれを執行していたものであるが,
1 別紙犯罪事実一覧表1〈略〉記載のとおり,当時の同町税務課係長Aら同一覧表「共犯者」欄記載の各共犯者と共謀の上,平成15年3月14日から同年4月15日までの間,5回にわたり,同県甘木市大字bc番地のd所在のH税務署において,同一覧表「偽造書面」欄記載の各確定申告書用紙に,同一覧表「偽造内容」欄記載のとおりの記載・押印がなされたBらのべ16名作成名義の偽造に係る確定申告書合計16通を,いずれも真正に成立したもののように装って,同一覧表「行使の方法と相手方」欄記載の方法で,同税務署上席国税徴収官Cらに対し,同一覧表「申告者氏名」欄記載の者を被差押人とする債権差押通知書合計16通とともに提出して行使し,同税務署上席国税調査官Dら同一覧表「欺かれた者」欄記載の者をして,上記各偽造に係る確定申告書が真正に成立したものであり,各確定申告に基づいて国税を還付しなければならず,かつ,同町が各還付される税金を差し押さえるものと誤信させ,これにより,国税支払命令官である同税務署長の代理委任を受けた同税務署上席国税徴収官Eをして,各還付される税金の支払決定をさせ,よって,これを差し押さえる債権者である同町に支払うべく各還付される税金の支払名下に,同年4月28日及び同年5月23日,同市大字ef番地のgの株式会社I銀行J支店から同県朝倉郡a町大字hi番地のjの同銀行K支店に開設されたa町役場税務課長F名義の普通預金口座に同一覧表「詐取金額」欄記載の金員合計56万1787円を各振込送金させ,もって人を欺いて財物を交付させた。
2 別紙犯罪事実一覧表2〈略〉記載のとおり,Aら同一覧表「共犯者」欄記載の各共犯者と共謀の上,同年3月26日から同年6月24日までの間,5回にわたり,H税務署において,同一覧表「偽造書面」欄記載の各確定申告書用紙に,同一覧表「偽造内容」欄記載のとおりの記載・押印がなされたGらのべ73名作成名義の偽造に係る確定申告書合計73通を,いずれも真正に成立したもののように装って,同一覧表「行使の方法と相手方」欄記載の方法で,上記Cらに対し,同一覧表「申告者氏名」欄記載の者を被差押人とする債権差押通知書合計73通とともに提出して行使し,還付される税金の支払名下に,同一覧表「詐取しようとした金額」欄記載の金員合計231万6250円を詐取しようとしたが,同一覧表「未遂の理由」欄記載のとおりの理由で,その目的を遂げなかった。
第2 証拠上明らかな事実関係
 
関係証拠によると,本件公訴事実については,Aが主導して実行したもので,被告人との共謀の点を除き,検察官の主張に沿う事実関係を明らかに認めることができる。すなわち,
1 a町の町税徴収率は,近年福岡県下の自治体内でも特に悪く,平成12年度から平成14年度までの税の徴収実績をみると,滞納状況は年々悪化し,平成13年度で72.5パーセントしかなく(これは県内の自治体で2番目に低い数値である。),平成14年度の徴税等滞納件数は3097件,滞納金額は2億9855万4000円に上っていた。その主たる原因は,旅館経営者等が固定資産税を滞納していることにあり,町議会では,以前から徴収率の低迷が議題となり,被告人が町長就任後の平成14年7月,a町は税金滞納対策のプロジェクトチームを発足させ,滞納者に対する差押えの基準及び税に対する延滞金の減免基準等の構築,滞納者に対する面談等により納税を促すなどの対策を講じる手はずとなっていた。
2 このような中で,平成14年6月1日税務課徴収係長に就任したAは,平成14年度は収納率を上げなければならないという危機感を抱いていた。Aは,税徴収率の向上という成果を上げなければ,税務課のみならず,A個人としても面子が立たないと感じる一方,滞納対策の成果がなかなか上がらないことに焦りを感じ,平成15年3月上旬ころまでに,滞納者やその家族の承諾を得ることなくその確定申告書を作成して税務署に提出し,これによって生じるその滞納者らに支払われるべき国税還付金を,町が差し押さえて滞納税に充当することを思い付いた。そして,Aは,平成15年3月10日ころ,a町役場税務課において,L税務課長(当時)及びM課長補佐に対し,本件犯行計画を打ち明け,Lらと共謀を遂げた。
3 そこで,Aは,税務課で保管していたa町民の世帯人員票を見ながら,税金滞納者やその家族の中で,国税還付金が生じる者を選び,N外3名名義の確定申告書を偽造するとともに,その申告によって生じる還付金に対する債権差押調書を作成し,平成15年3月13日,その差押調書及び偽造した確定申告書の写しをバインダーに綴り,決裁のため,自らM及びLの許に持参し,M及びLは,同差押調書に添付された確定申告書の写しが,Aによって偽造されたものであることを知りながら決裁した(このように,起案者ないしその直属の上司が,決裁文書を持参して各決裁権者を回って決裁を仰ぐ方法による決裁を持回り決裁といい,当日中に決裁が終了するのが常であり,決裁文書に記載される起案日と決裁日が通常同一である。他方,通常決裁は,a町では,決裁文書を決裁用の籠に入れて決裁権者に回すという方法によるものであり,決裁終了までに数日間を要することもある。)。その後,Aは,当時のa町助役や,被告人らから決裁を得た上,翌14日,上記各差押調書に対応する債権差押通知書及び各確定申告書をH税務署に提出した。
4 Aは,その後も,還付金が発生する滞納者あるいはその家族の確定申告書を本人に無断で作成し,これに対応する債権差押調書を作成しては,平成15年3月18日から同年6月24日までの間,十数回にわたり,M課長補佐,L課長,被告人らから決裁を受け,合計89通の偽造に係る確定申告書がH税務署に提出された(その詳細は別紙犯罪事実一覧表1,2のとおりである。)。なお,Aは,同年3月13日以降の決裁の際,確定申告書の偽造に係る事情等を,被告人に対して特段説明していない。また,Aは,平成15年4月1日以降,Lに代わって税務課長の職に就いたFに対しても,上記国税還付金の差押え方法について説明をし,偽造した確定申告書を提出することについて同人の了承を得て,Fとも本件の共謀を遂げた。
5 これらの犯行の結果,同年3月14日から同年4月15日までの間にH税務署に提出された国税還付金の差押えに基づいて,a町に対し合計約56万円が支払われたが,同年6月以降に提出された分の国税還付金については,同税務署職員から確定申告書が不正に作成されたものであることを見破られたため,差押えは実現しなかった。
第3 本件の争点
 
本件の争点は,被告人が本件犯行を共謀したかどうかであり,Aの証言によれば,Aは,平成15年3月13日朝,a町役場町長室において,決裁(持回り決裁)のため,確定申告書の写しが添付された国税還付金の差押調書を持参し,被告人に本件犯行の意図を説明した上,これに決裁を得たというのであり,被告人の共謀を直接基礎付ける事情はこれ以外にない。
 
したがって,このような事情が,被告人の共謀を認定するのに十分なものといえるのか,特に,上記事情の存在により,被告人が本件犯行の全てを認識した上決裁したとまで認めることができるかが,まず問題である。また,そもそも,Aの上記証言が信用に値するのかどうかも検討する必要がある。
 
以下これらの点について検討する。
第4 A証言の評価
1 A証言の内容
 
Aは,公判廷において,被告人との共謀状況につき,概ね次のような供述をしている。

(1)被告人に対しては,かねて,滞納対策として,大口滞納者に対する不動産の差押えを積極的に行うべきことを進言し,その実施基準などを中心に話をしていたが,その際は国税還付金の差押えの手続等について説明などはしていなかった。
(2)平成15年3月13日朝,自ら作成した差押調書に,名義人(別紙犯罪事実一覧表1・番号1ないし4の「申告者氏名」欄記載のB,O,N,Pの4名)に無断で作成した確定申告書の写しや滞納者の税目の一覧表等を添付してバインダーに綴り,Q,M補佐,L課長,助役の順に持回り決裁を行った。かねて還付金差押えの件(本件犯行)を相談していたL課長に対しては,決裁時に「例の差押えです。」「町長までの決裁は私が行きます。」等と述べて決裁を受けたが,助役に対しては今回の犯行について特段説明はしていない。
(3)次に,町長室に行くと,被告人は議会での答弁のためか書類のようなものに何か書いていた。Aが決裁の書類を見せると,被告人は,4人分の差押調書と確定申告書の写しに目を通し,「近所の者ね。あら,OにNね。こげんあると。」「あれ,全部A君の字ね。本人の字じゃないけどいいとね,大丈夫。」などと言った。そこで,Aは,「確定申告書を勝手に書いて国税の差押えをします。確定申告期間中は税務署のチェックも甘いし,本人たちの腹も痛みません。国税を町がもらうだけです。どうせ税務署から本人たちには,通知が来ません。収納も上がります。知らない間に本人の滞納も減ります。」と説明した。すると,被告人は,少し考えている様子だったが,「そうね。腹も痛まんしね。」と言って決裁印を押した。この間,5分ないし10分程度のやり取りであった。
2 本件犯行に関する共謀の成否
 
まず,Aの上記証言に現れている事情が,被告人の共謀を基礎付けるものとして十分なものであるか否かについて検討する。
(1)被告人が本件犯行を共謀したとして,被告人の責任を肯定するには,被告人が,本件各犯行の都度,偽造の確定申告書(写し)が添付されていることを知りつつ還付金の差押えに決裁を与え,あるいは予めAの犯行を認容していたとの事実が前提となる。そして,上記A証言のとおり,Aが平成15年3月13日被告人に対して本件犯行の方法を説明したというのは,この事実を基礎付ける事情ということになる。しかし,このようなAによる説明の事実が認められるとしても,本件犯行の全体について,被告人が確定申告書が偽造であることを認識・認容していたと認めるのは疑問である。すなわち,本件犯行の日(偽造の確定申告書を行使して欺罔行為に及んだ日)は,Aの説明の翌日である同年14日から同年6月24日までの3か月以上にわたっているのであり,他方で,Aによる犯行の説明は前記の1回限りであり,それも上記4名に対する差押えの決裁に赴いた際に,短時間の内に簡単な説明がなされたにすぎない。このような説明が被告人に対してなされたからといって,その後の犯行全体に関して,被告人が確定申告書偽造の事実を認識・認容しつつ決裁したものとして,本件共謀の成立を認めることには躊躇せざるを得ない。
(2)確かに,関係証拠によれば,被告人は,決裁に当たっては,一般的に慎重な態度で臨んでおり,決裁文書の内容に問題がないことを確認し,その内容が分からない場合には担当課に説明を聞いた上,決裁印を押捺していたこと,Aが,本件犯行に際して,被告人の決裁に上げた差押調書や,これに添付した(偽造の)確定申告書は,いずれもAの筆跡で,少なくとも同一筆跡であると確認することが容易であったこと,以上の事実が認められる。これらの事実は,被告人が,決裁時に,確定申告書が偽造であることに気付き,その事実を認識していたのではないかとの疑いを抱かせる事情ということができる。
 
しかし,上記事実は,被告人の決裁に当たっての一般的な態度ないし傾向や,偽造の認識の可能性を指し示すものにほかならず,これらの事実から被告人が決裁時に本件犯行を認識していたものと断ずることはできない。すなわち,被告人は,公判廷において,決裁に慎重な態度で臨んでいたとしても,その態度を一貫させることは困難で,場合によっては,担当者の判断を尊重して内容をそれほど確認することなく決裁印を押捺していた旨供述しているところ,町長としての職務の実情や,決裁文書の数等に照らすと,そのような事情を否定し去ることはできない。また,本件の証拠によっても,被告人がAの筆跡を知っていたとまでは認めることができない。そして,本件における差押調書等の決裁は,差押調書の上部に決裁欄が設けられ,差押調書に重ねて偽造の確定申告書(写し)が添付され,これが1組として決裁に回されるというものであり,しかも,被告人の決裁は,平成15年4月以降は,持回り決裁によらず,概ね通常決裁による方法でなされているのであり,被告人自ら差押調書をめくって確認しない限り,確定申告書の筆跡を目にすることはないから,被告人において,ただ決裁欄に決裁印を押捺しただけであれば,確定申告書の記載がAの筆跡又は同一筆跡によるものであることを知り得るとは限らないことになる(1枚目の差押調書は町の担当者により作成されるものであるから,これが同一筆跡であることは当然であり,その筆跡を認識したからといって本件犯行を窺い知る契機となるものではない。)。被告人は,公判廷において,「差押調書の決裁は,一度に数件が上がってきたときには,いちいち確定申告書までは見ずに,差押調書を見て決裁印欄に押印していた。このときはいちいち確定申告書を確認していないので,筆跡が同じであることには気付いていない。」旨述べており,その供述をあながち否定することはできないから,被告人において,確定申告書が偽造であることを気付かなかった可能性を否定できない。
(3)以上のとおりであり,被告人が,A証言のとおり,本件犯行についての説明を受けていたとしても,その犯行全体について,各決裁時に(特に時期が遅れるにつれ),確定申告書が偽造であり本件犯行の一環として差押調書の決裁が求められているものとまでは認識していなかった可能性を否定することができない。また,被告人が,Aによる当初の説明によって,本件犯行全部を認容していたとはいえない。したがって,Aによる上記犯行の説明が,本件犯行全体について被告人の共謀を基礎付けるものとはいい難い。
3 A証言の信用性
(1)次に,そもそも,Aの上記証言が信用できるものものか否かについて検討する。Aは,平成15年3月13日の町長室における被告人の決裁状況,とりわけ名義人に無断で確定申告書を作成したことを被告人に説明したとの点につき,ある程度具体的なやり取りを供述している。また,L,M及びFは,公判で,Aと上記犯行を共謀したことを認め,それぞれの共謀状況などについて概ねA供述と一致する供述をしている。Aは,自己が本件犯行を計画して積極的に実行した首謀者であることを認め,自己が共犯者らを巻き込んだものであり,上司である共犯者らから犯行を指示されたわけではないと自己に不利益な事実を積極的に供述している。このように,Aの証言に信用性を認める方向での事情を指摘することができる。
 
しかしながら,以下の事情に照らすと,その信用性を認めることができない。
(2)まず,Aが証言するところによっても,被告人は,L及びMとは異なり,Aから本件犯行について事前に相談を受けたことはないばかりか,滞納者から確定申告の承諾を得ることが難しかったというような背景事情を説明されてもいない。Aは、平成15年3月13日には持回り決裁のために町長室を訪れたが,それまでに被告人に対しては本件犯行計画等について何ら打ち明けていないし,その証言を前提としても,被告人に確定申告書の作成名義人について全てAの筆跡によるものであることを問われるまでは,積極的に本件犯行計画について打ち明けず,決裁書類を被告人の閲覧に供していたに過ぎない。このような状況で,Aは被告人に対して本件犯行の説明を行ったというのであるが,その説明は短時間のものである上,その内容も,そのうち「確定申告書を勝手に書いて国税の差押えをします。」との部分を除けば,そのまま正規の還付金に対する差押えの場合の説明として通用するものである。Aが捜査段階の初期に作成した後記ノートには,被告人が決裁の段階で本件犯行を認識していたとの趣旨の下に,上記決裁時の状況が記載されている(欄外に「13日目(43日目)」と記載のある「9月30日」の記載)が,そこには,Aが確定申告書を偽造する旨を被告人に説明したとの記載がないことや,Aが,捜査段階の初期には,町長や助役には正式な差押えであると述べて詳しい話はせずに決裁をもらったなどと供述していることに照らすと,上記の決裁時に,Aから,被告人に対して,確定申告書を偽造するとの明確な説明はなかったのではないかとの疑いを払拭できない。そうすると,被告人としては,確定申告書の偽造に関する認識はなく,Aから国税還付金差押えのメリットについて説明を受け,当該差押えが正規のものであると理解して決裁したという可能性を否定できない。
(3)また,A証言によると,被告人は,Aから,違法な差押えである旨説明を受け,それへの加担を求められたにもかかわらず,少し考えて,「腹も痛まない。」などと言って押印して決裁に応じ,この決裁に要した時間は,5分ないし10分程度という短時間であったというのである。この点,同じくAから犯行計画を聞かされたLやFには,このような偽造した文書を税務当局に提出して犯罪行為に及ぶことに対して逡巡し,躊躇する言動等が見られるのに対比して,Aの説明に対する被告人の対応には町長という町政の最終決裁権者の立場にある者が感じて然るべき躊躇や戸惑いなどの感情の動きがほとんど見られず,実際に体験した者の供述としては,迫真性に欠ける面があるといわざるを得ない。 
(4)さらに,Aが企画立案した本件一連の犯行には,町政の最終決裁権を有する町長たる被告人の承諾を得ることが不可欠であるから,被告人に対して本件犯行計画を打ち明け,その了承を得ることができたか,あるいは,そのような機会を持ったかどうかということは,重大な関心事であると考えられるにもかかわらず,Aは,公判で,「当初被告人が関与していたことは忘れていたが,平成15年6月24日に税務署に発覚した際に思い出した。同年9月18日から開始された捜査(取調べ)の当初は再び忘れていた。その後10日ほど経って捜査が進んだ段階で再び思い出した。」などと供述し,L,M及びFとの共謀状況についても当初は忘れていたなどと供述し,同年3月13日の持回り決裁時の状況について曖昧な供述をするなど,その証言内容は不自然であるといわざるを得ない。
(5)ところで,Aは,平成15年9月18日から同年10月3日までは警察の任意取調べを受け,同月7日に逮捕され,その後,同月9日から勾留され,同年11月18日被告人と共に起訴されたが,任意の取調べを受け始めたころから逮捕されるまでの間,「忘備録NO.1」と題されたノート(以下「ノート」という。)に,取調べの内容,自らの供述内容,他者の言動,警察官の発言内容等,本件に関する毎日の出来事や感想等を,備忘のために記載していた。そこで,以下,同年3月13日における被告人とのやり取りに関するA証言の信用性について,任意捜査段階の供述及びノートの記載等を参照しつつ検討する。
(ア)Aの捜査段階の供述を見ると,
〔1〕平成15年9月18日ころの任意の取調べの際,税務課長までの上司には偽造された確定申告書であることを説明したが,助役や町長には詳しい話をせず,国税還付金の差押えとだけ説明した旨供述している(乙22,弁42)。
〔2〕その後,国税還付金の差押えの事務手続や犯行方法,犯行動機等を供述しているところ(乙23ないし27。但し,乙24及び27は不同意部分を除く。),その間の同月27日の取調べでは,L課長までには偽造された確定申告書であることを話して決裁を受けたが,町長や助役には正式な差押えである旨述べて詳しい話はせず決裁をもらったことなどを供述している(乙26)。
(イ)これらの供述をしていた期間に対応するノートの記載は,概要次のとおりである。
〔1〕取調開始後1日目(平成15年9月18日)には,取調べにおいて容疑をほぼ認め,課長(L,F)や課長補佐(M)等にも自己の意図を話していたが,組織ぐるみではないと話したこと,町長(被告人)は犯行内容(手段)については知らないことを供述したこと,更に,町長(被告人)からa町として全面的にバックアップする趣旨の話を受けたことなどが記載されている。
〔2〕取調開始後2日目(同月19日)には,同年2月6日の確定申告を巡る会議の際,正規の国税還付金の差押えについて,A自身が自ら作成したマニュアルで説明したこと,同年3月13日起案に係る犯行について追及を受け,取調官から「とかげのしっぽ切りではないか。」と言われたことが記載され,決裁をしたということは,税務課長以下組織ぐるみの犯行とみなされ,そのようなものとして捜査が進むのではないかとの懸念が示されている。
〔3〕取調開始後3日目(同月20日)の記載を見ると,警察が決裁者全員の事情聴取を開始し,いよいよ組織ぐるみの犯行の疑いで動き出した旨が記載され,取調開始後4日目(翌21日)の記載には,取調官の話として,課長や課長補佐が「悪いこと」と知りつつ,犯行を阻止しなかったということは組織ぐるみの犯行と見なされ,Aのみによる単独犯行とはみなされないとの記載があり,Lの供述が捜査の進展を招いたと同人を非難する部分もある。
〔4〕取調開始後11日目(同月28日)の記載には,警察が,課長及び課長補佐が黙認したことは組織ぐるみの犯行である一方,Aの実績・業績アップのため,町議会や町長にアピールすることが動機であるという線で検察庁に事件を送致する見通しである旨の記載があり,事態が悪化しているのは,助役や町長が事件発覚後早期にH税務署に手を打たなかったことが原因であるなどと非難する記載もある。
〔5〕取調開始後12日目(同月29日)の記載では,Aらが事件の重大な鍵を握っており,それまでの供述を覆して「町ぐるみの犯行」とすることもできる「時限爆弾」であることを,被告人や助役が認識していないなどと指摘し,被告人らによる決裁の事実が「町ぐるみの犯行」であることの証拠であるなどとし,「最悪の場合」には「町ぐるみで町長の命令下の犯行であった。私はとかげのしっぽ切り的存在である」などと供述を覆し,町全体を巻き込む覚悟で事態に臨むとの記載がある。
〔6〕そして,取調開始後13日目(同月30日)に至り,初めて,同年3月13日の町長室におけるやり取りが具体的に記載されている(ノートでは「3月14日」と記載されているが,「3月13日」の趣旨と解される。)。すなわち,第1回目の犯行につき「町長決裁の全貌事実について記載する。」とした上,「重要 真実1」などとしてその概要が記載されている(なお,Aの身に何事かが起こった場合には公開して欲しい旨の付記もある。)。そこには,町長室にAが1人で持回り決裁のため入室し,被告人に対し,国税還付金の差押えの決裁を願い出たこと,被告人がO,Nの氏名に気付いたこと,更に被告人が差押金額を確認しようとして添付の確定申告書の写しを見ると,Oらの直筆ではないことに気付き,それでもよいのかとAに尋ねてきたこと,これに対し,Aが,「確定申告期間中は税務署はチェックが甘いし,町としても税収納が少しでも上がるし,どうせ本人達は分からないし,腹も痛まない。国税を町がもらうだけです。」と説明したところ,被告人が納得して決裁したことなどが具体的に記載され,被告人が,決裁の段階で既に本件犯行を認めていた旨が強調されている。更に続けて,a町がAら犯行に関与した者を助けてくれない場合はこの事実を供述する覚悟であるなどとの記載もある。
〔7〕更に,取調開始後14日目(同年10月1日)の記載には,事件がH税務署に発覚した当初,被告人から「『A君に,大丈夫とな…?』と尋ねたことがあったもんな」と言われた旨の記載がある。
(ウ)上記のとおり,Aは,当初(同年9月18日,同月27日の任意捜査の段階)は,被告人が本件犯行に関与したことを否定する供述をしていたが,その後,同月30日に至り,被告人との共謀状況の根幹である平成15年3月13日の町長室における被告人とのやり取りについてノートに記載し,被告人の関与を肯定する趣旨を明らかにし(もっとも,その記載は,平成15年3月13日の町長室におけるやり取りが記載されていながら,Aから被告人に対して確定申告書の偽造について説明した旨の記載はない。),公判廷において,上記のとおり,被告人の関与を認める証言をしている。
 
そして,このような供述の変遷の理由について,Aは,公判で,任意捜査(取調べ)の段階では,当時本件犯行が約6か月も前のこととなっていて記憶が曖昧であったこと,警察に対する恐怖心で気が動転していたことから,被告人の本件への関与は忘れていた,あるいは,警察官から被告人が事件に関与しているのかということを聞かれたこともなかったなどと供述している。しかしながら,上記のように,その当時のAの警察官調書(乙22,26)には,犯行状況に加えて,LやMとの共謀状況に関する供述が録取されている一方,町長である被告人の本件への関与は否定する供述が録取されている。また,ノートには,9月19日の取調べの際,取調官(警察官)から,「とかげのしっぽ切りではないのか。」などと質問された旨の記載もあるのであるから,この点についてのAの上記説明は不自然で,にわかに信用し難い。結局,Aは,任意捜査段階における供述を変遷させた理由について,合理的な説明ができていない。
(エ)加えて,ノートの記載をみると,Aが,警察が決裁手続に関心を示し,捜査官からAの検挙がとかげのしっぽ切りであるとの発言を聞き,町ぐるみの組織的犯行という方向で捜査をしているとの感触を得る一方,町が自分を保護してくれないとの不満を次第に募らせていき,町長である被告人の責任を指摘して自己防衛を図ろうという姿勢を見せるようになった経過を看取することができ,このような事情に照らすと,被告人を共犯者とするAの証言に信を措くことには慎重にならざるを得ない。
(6)なお,Lは,平成15年3月13日の被告人による決裁直後,Aからその状況を聞き,被告人が本件犯行を承諾していたことを肯定する供述をしているが,これは被告人がAから犯行の説明を受けたことを前提とするものであり,A証言に十分な証明力を肯定できない以上,このLの供述によって被告人が本件犯行を承諾したことを推認することはできない。また,Fは,公判で,本件発覚後の平成15年6月24日,税務署に出向く前に町長室に行って被告人に税務署に出向くことを説明したこと,その際,「A係長が勝手に作成した確定申告書のことで,税務署から呼び出しがありましたので,行って謝ってきます。」と告げたところ,被告人は,「そうね,分かった。」と言うだけで特に驚いた様子はなく,被告人からは詳しい説明を求められたこともなかった旨供述する。このような被告人の態度は,一面で,被告人が事態を既に把握し承知していたという事情を推測させるが,Fは,警察官に対しては被告人が驚いている様子だったと供述するなど供述に変遷が認められるし,発覚後のこのような被告人の言動を根拠として共謀を推認することはできない。
 
また,検察官は,a町における累積する滞納税の存在が,平成17年3月に予定されていた甘木市,k町,l村及びm村との合併を控えて悪影響を及ぼすため,a町にとってはその解消が急務であり,町議会等からもこの点を追及されていたという事情があり,この点が被告人をして本件犯行に至らせた動機の一つであると指摘する。確かに,a町における町税の収納率の悪さが,初代の徴収係長であったAを本件犯行に走らせた動機であったことは疑いがない。しかしながら,a町における税金の滞納状況は,前示のとおりであり,この解消が必要であるとしても小口滞納者の国税還付金を差し押さえた程度では問題の抜本的な解決にはならないし、a町は,当時滞納対策のプロジェクトチームを組むなどしてこの問題の対策に取り組んでいたのであるから,それなりの対策も行っていたと評価でき,また,合併については,公の場でこの滞納状況が合併の障害であるなどと指摘されたという事情もない。そうすると,このような事情は,町長に就任して1年も経たない被告人が,あえて犯罪行為を犯してまで,滞納対策を行う動機としては十分なものとはいえない。
(7)以上の諸事情に照らすと,本件共謀の核心である平成15年3月13日の町長室での被告人とAのやり取りに関するA証言をそのまま信用することはできず,特に確定申告書偽造についての説明部分の信用性は乏しいといわざるを得ない。したがって,被告人とAとの間で本件犯行についての共謀が成立したとするには,なお合理的な疑いを容れる余地があるというべきである。 
第5 被告人の供述について
 
被告人は,本件共謀の事実を一貫して否認しているところ,上記のとおり,同年3月13日の町長室における決裁の際,確定申告書を偽造するとの説明をしたというA証言に現れた事情が,本件犯行全体の共謀を基礎付けるに足りず,しかも,その証言内容に疑いが残るという状況の下では,被告人の供述をにわかに排斥することはできない。むしろ,被告人は,同年3月13日町長室で,Aから国税還付金差押えの説明を受け,その結果,正規の国税還付金の差押えを税務課,とりわけAが中心となって積極的に行っていると理解・認識していたに過ぎないという可能性を否定し得ず,被告人の供述は,このような趣旨をいうものとして一定の合理性を有すると評価することができる。
第6 結論
 
以上のとおり,被告人とAとの間に偽造有印私文書行使及び詐欺若しくは詐欺未遂につき共謀が成立したとするにはなお合理的な疑いが残る。
 
したがって,本件公訴事実については犯罪の証明がないことに帰するから,刑事訴訟法336条により,被告人に対し無罪の言渡しをすることとする。
 
よって,主文のとおり判決する。
(求刑 懲役3年)
平成17年3月25日
福岡地方裁判所第2刑事部
裁判長裁判官 林田宗一 裁判官 金子大作 裁判官 向井亜紀子

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