詐欺福岡3

詐欺福岡3

福岡地方裁判所小倉支部/平成一〇年(わ)第四八九号

主文
被告人は無罪。

理由
一 本件公訴事実は、「被告人は、平成一〇年四月三〇日まで北九州市○○区○○町△番△号所在の特定郵便局であるM郵便局の局長であったものであるが、同郵便局の顧客であるX(当六四年)を欺いて同人から借入金名下に金員を交付させようと企て、
第一 平成九年九月一六日ころ、同市○○区○○△丁目△番△号所在の前記X方において、同人に対し、真実は、レストランの改装等資金として金融機関から一億数千万円の融資を受けられる見込みがなく、借入金を返済する意思も能力もないのに、これあるかのように装い、「妹さん名義の定額貯金の九〇〇万円を貸してくれないでしょうか。」「レストランができれば、Uの銀行か信金から一億数千万円の融資を受けることができます。その融資を受けられれば、すぐにお返ししますので、是非お願いします。」などと申し向けて金員の借入れを申し込み、右Xをしてその旨誤信させ、よって、同月一七日ころ、同人方において、同人からN女名義の定額郵便貯金証書(額面合計九〇〇万円)を預かるなどした上、同月一八日、前記M郵便局において、右Xの意を受けて右定額郵便貯金を払い戻し、同人から借入金名下に現金九〇〇万円の交付を受け、もって、人を欺いて金員を交付させ、
第二 同月二四日ころ、前記X方において、同人に対し、前同様に装い、「またいくらか貸していただけないでしょうか。」「妹さん名義のもう一つの定額貯金の九〇〇万円があれば助かるのですが。」「レストランが開店すれば、Uの信金から一億二〇〇〇万円の融資を受けられる話が具体的になっています。」「融資を受けたら、間違いなく一番にXさんにお返しします。」などと申し向けて金員の借入れを申し込み、右Xをしてその旨誤信させ、よって、同月二五日ころ、同市○○区○○町△番△号所在の株式会社O銀行P支店付近路上において、情を知らない妻Q女を介し、右Xから借入金名下に現金一六九万円の交付を受け、更に同日ころ、同人方において、同人からR女名義の定額郵便貯金証書(額面合計九〇〇万円)を預かるなどした上、同月二六日、前記M郵便局において、右Xの意を受けて右定額郵便貯金を払い戻し、同人から借入金名下に現金九〇〇万円の交付を受け、もって、人を欺いて金員を交付させ
たものである。」というものであるが、被告人は、公判廷において、公訴事実記載のとおり、X(以下「X」という。)から、各金員の交付を受けたことは認めるが、公訴事実第一の「Uの銀行か信金から一億数千万円の融資を受けることができます。」及び同第二の「Uの信金から一億二〇〇〇万円の融資を受けられる話が具体的になっています。」との欺罔文言を否認し、借入金返済の意思があった旨陳述し、弁護人も、これを支持して、公訴事実記載の欺罔文言を否認し、被告人に詐欺の故意はなく、通常の金銭消費貸借であり、被告人は無罪である旨主張する。
二 そこで,検討するに、関係証拠によると、本件の前提事実として、以下の各事実が認められる。 
1 被告人は、借入金により建築した被告人所有の建物(鉄筋コンクリート造四階建共同住宅・事務所・居宅、床面積合計五一〇・六九平方メートル、以下「郵便局ビル」という。)を開設して郵便局長として稼働していた。Xは、本件郵便局開設当時から、勤務先で使用する印紙等を本件郵便局で購入していたところ、被告人と面識ができ、X個人の郵便貯金を本件郵便局でするようになった。平成八年七月三〇日の時点において、Xの郵便貯金額の合計が四四五七万八〇〇〇円に達し、郵便貯金法一〇条に反することになったため、被告人は、Xに対し、貯金の一部を他人名義にすることを勧め、同年一〇月九日、右貯金のうち額面合計一九五二万七〇〇〇円の定額貯金を解約し、Xの妹のR女名義で、同月三一日から平成九年一月一〇日まで、六回にわたり一〇〇万円又は二〇〇万円ずつ合計九〇〇万円の、Xの妹のN女名義で、同年一一月二七日から平成九年一月三一日まで、九回にわたり一〇〇万円ずつ合計九〇〇万円の各定額貯金をさせた。
2 被告人の父S(以下「S」という。)は、昭和六〇年に北九州市U区○○△丁目△番△号を所在地として有限会社T開発(以下「T開発」という。)を設立して、その代表者としてレストラン業を営んでいたが、経営状態は良好ではなく、平成五年月一九日に七〇歳に達したこともあり、金融機関から新たな融資を受けられなくなった上、平成八年に全国的なO―157菌による食中毒騒ぎも影響して、更に、業績が悪化し、高利の貸金業者からの借入が増加していった。
3 T開発は、北九州市U区○○△丁目△番△の宅地一九七・八五平方メートル及び同所所在の木造二階建事務所・作業所、床面積合計一八五・八三平方メートルを所有し倉庫として利用していたが、運転資金調達のため、平成九年三月七日、これを合計二八四〇万円で売却し、その中から一四〇万〇三一九円をU信用金庫V支店に対する借入金の返済にあてた。それと同時にSは、右倉庫内の商品の移転先として、かねてよりU信用金庫栄町支店支店長のWから紹介されていた競売物件であるU区○○町△丁目△番△号所在の借地上の木造二階建店舗(以下「Uの店舗」という。)を購入することにしたが、同月一一日、福岡地方裁判所小倉支部に対し、被告人名義で保証金の一八万円を提出して一八〇万円で買受申出した。被告人は、右建物買受代金調達のため、同年四月二九日ころ、Xに対し、土地を競売で買う資金が足りない旨説明して、一六二万円の借入を申込み、その翌日ころ、同年五月三一日までに返済するとの約束で借り受けた。
4 被告人は、右一六二万円を約束の期限に返済しなかったが、Sは、Uの店舗でレストランの営業をするため、有限会社L建設に改装工事をさせることにしたが、Sの信用に不安を持った同社代表者Dの求めにより、注文者を被告人として、同年七月九日、同社との間で、代金三六七五万円(消費税を含む。)で右建物の改装工事請負契約を締結させた。右代金は、同月一八日、三三八二万九二五七円(消費税を除く)に変更された。
5 被告人は、同年九月初めころ、郵便局ビル建築のための借入金の残債務としてJ銀行に対する一億二〇〇〇万円余りなど、被告人を主債務者とする債務が合計一億四〇〇〇万円以上に上り、T開発やSの借入金の保証債務を合計約五〇〇〇万円負担していたのに対し、資産としては、Uの店舗、郵便局ビル及びその敷地のほかに見るべきものはなく、郵便局長としての給与、局舎賃料、アパートの賃料など一か月平均合計約一二六万円余りの収入を得ていたが、生活費のほか、前記各債務につき、被告人自身で月平均約七四万四〇〇〇円の返済をし、Sが支払えない場合には被告人が支払うこともあったので、その当時、被告人に、資金的余裕はなかった。
6 被告人は、同年八月末ころ、SやT開発で経理を担当していたI女から、「T開発が振り出したいずれも額面三五〇万円の手形が合計一〇枚騙し取られた。そのうち二枚は取り戻したが残りの手形のうち、一番早いものが同年九月一日決済で取立てにまわってくる。変造を理由に異議申立てをしているので、直ちに銀行取引停止にはならない。」旨聞かされた。しかし、T開発に資力がないため異議申立提供金を提供できず、いずれ銀行取引停止処分を受けることは明らかであり、この事態を貸金業者が知れば、新たな借入ができなくなることはもちろん、貸金の一括返済を迫ってくることが予想された。そうすると、T開発の連帯保証をしている被告人にも返済を求められ、郵便局にも取立てが来るようになり、被告人の郵便局長としての信用が失われるばかりでなく、保証をしている被告人の姉やその家族の生活も脅かされると被告人は考え、それを避けるためには、貸金業者に対する期限の迫った返済を確実に実行する必要があるが、被告人は、その資金の捻出に苦慮し、同月一六日、X方を訪れ、九〇〇万円の借入れの申し込みをし、同月一七日ころ、公訴事実第一記載のとおりXからN女名義の定額郵便貯金通帳を預かるなどした上、同月一八日、九〇〇万円の交付を受けた(以下「本件第一の借入」という。)。その後、さらに返済資金に不足があるとして、被告人は、同月二四日ころ、再度、X方を訪れ、九〇〇万円の借入れの申し込みをし、公訴事実第二記載のとおり、同月二五日ころ、被告人の妻を介して一六九万円の交付を受け、更に、R女名義の定額郵便貯金通帳を預かるなどした上、同月二六日、九〇〇万円の交付を受けた(以下「本件第二の借入」という。)。
7 被告人は、右Xからの借入金及び同月一九日にT開発が国民金融公庫から融資を受けた五〇〇万円を、HやGなどの貸金業者に対する支払い等に充てたほか、T開発振出の手形を回収する旨言ってきたFに貸付金として交付するなどして支出し、その後も、平成一〇年一月ころまで、貸金業者や親戚、知人などから借金を重ねていったが、Xに対する弁済はせず、同年二月三日、Xから更に四二万円を借り受けた。
8 被告人は、同月二二日、強盗に襲われ、傷害を受けた上、現金約二五〇〇万円を奪われた旨警察に被害届けをしたが、被告人の述べる犯人は見つからず、まもなく、捜査官は、被告人の狂言ではないかと疑い、被告人が多額の債務を負っていることを調査し、同年三月始めころ、X方を訪れ、同人に対し、本件各借入につき詐欺の被害届をするよう勧めた。Xは、当初、本件各貸付金が返還されれば良いと考え、直ちに被害届をすることはなかったが、同年四月半ば過ぎころ、見舞いをかねて被告人と会い、本件各貸付金返還のことを話したところ、被告人は、傷害保険の保険金も取得できるので、必ず返還する旨答えた。
9 Xは、そのころ、被告人に対し、警察がXに詐欺の被害届けをするよう勧めていることを話すとともに、Uの店舗の敷地の登記簿を調べたところ、被告人が所有者になっていなかったことや、警察官から、被告人の述べるような額の傷害保険はない旨聞かされたことから、被告人に対し、不信感を持つようになった。被告人は、警察がXに詐欺の被害届けをするよう勧めていることを聞いて、E弁護士に相談し、その結果、同弁護士立会のもと、被告人とXで協議の上、同年五月一日付で、「〔1〕被告人がXに対し、同年四月三〇日現在、二一七三万円の支払義務のあることを認め、〔2〕これを、同年五月末日限り一〇〇万円、同年六月末日限り七三万円、同年一〇月末日限り一〇〇〇万円、平成一一年四月末日限り一〇〇〇万円に分割して支払う。〔3〕被告人が右分割金の支払いを怠った場合には期限の利益を失い、残金を一括し、年五パーセントの遅滞損害金を付加して支払う。〔4〕この内容を速やかに公正証書にする。〔5〕被告人が右分割金の支払いを怠った場合には、Xから刑事告訴を受けても異議がない。」旨の合意書を作成した。被告人は、平成一〇年五月中旬ころに七〇万円を、同月三〇日ころに三〇万円を、それぞれXに支払い、その後の同年六月九日、右合意書に基づく公正証書を作成したが、その内容は、債務総額を二〇七三万円とし、同年五月末日の分割金の支払いを除いた点及び刑事告訴に関する約束を入れなかった点のほかは、右の合意書と同旨である。
10 被告人は、平成一〇年七月六日、Xに七三万円を支払ったが、それに先立つ同月三日、Xは、警察に対し、本件各借入につき詐欺の被害届けをした。同月一三日、被告人に対する本件公訴事実と同旨の事実を被疑事実とする逮捕状が発布され、被告人は、同月一五日、逮捕された(当裁判所に顕著な事実)。
三 欺罔文言について
1 本件各貸付の動機につき、証人Xは、当公判廷において、第一の貸付の際には、被告人から、レストランができればUの銀行か信金から一億数千万円の融資を受けることができる旨を、第二の貸付の際には、レストランが開店すれば、Uの信金から一億二〇〇〇万円の融資を受けられる話が具体的になっている旨をそれぞれ言われたため、それを信用して、確実に返済を受けることができると考え貸付に応じた旨、供述している。
 
右証人Xの供述は、二回にわたる各尋問手続きにおいても、一貫しており、格別、不自然な点や矛盾及び客観的証拠との食い違いはなく、また、同証人には、あえて偽証してまで、被告人を罪に陥れようとするような事情は窺われないことから、右供述の信用性を直ちに否定することはできない。
 
しかし、被告人が第一の貸付の際、レストランができればUの銀行か信金から一億数千万円の融資を受けることができる旨を、第二の貸付の際、レストランが開店すれば、Uの信金から一億二〇〇〇万円の融資を受けられる話が具体的になっている旨話したとの点については、右X供述の裏付けとなる他の証拠や右事実についての状況証拠は、見当たらない。
2 これに対し、被告人は、捜査段階から公判段階に至るまで、右の点に限っては、一貫して、右Xの言うようなことを述べたことはなく、Uの信用金庫から三〇〇〇万円の融資を受けられるということと郵便局ビルを担保に融資を受けているが、これを借換え又は借増しすることにより、新たに融資を受けることができる旨話して、Xに本件各借入を申し込んだ旨供述し、この点に関しては、捜査官に対し、自己の罪責を認める供述をした時にも、変遷していない。そうして、右本件各借入当時、前記認定のとおり、それ以前に約三四〇〇万円でUの店舗の改装工事の契約が締結されていた事実があったこと、郵便局ビル建築資金として、右建物及びその敷地を担保として、J銀行から一億五〇〇〇万円の融資を受けていたところ、本件各借入当時、残債務が一億二〇〇〇万円程度になっていたことから、右被告人が話したと述べる融資の話が、被告人やSの間で出たり、少なくとも、被告人が話したとする各融資が実際に実現可能であったかどうか、あるいは、これをXからの借入の返済に充てることができるものであったかどうかは別としても、被告人が本件各借入の際には話した可能性を完全に否定することができず、この点に関する被告人の供述を、全くの虚偽であると断定することはできない。
3 ところで、Xは、証人として、当公判廷において、平成一〇年一〇月一三日、同年一一月六日、平成一一年六月二九日にそれぞれ供述しているが、いずれも本件各借入時から一年以上経過しており、捜査官に対する調書作成のための供述も、捜査官から促された結果、本件各借入から九か月以上経過した平成一〇年七月三日被害届けを出し、その後からなされていると推測されること、また、本件各借入の後にも、被告人のXとの間で金銭の貸借があり、借入金返済のための協議がなされていることから、右長期間の過程において、種々の資金繰りの見込みなどの話があったことが窺われ、それらの話が混同されたり、長期間の経過や警察官による働きかけなどにより記憶が変容したりする可能性がある。また、X証人は、当公判廷において、被告人が話したとする一億数千万円の融資を受ける経緯の説明については忘れた旨述べたり(第二回公判一二一項)、第二の借入の際に、なんで一億二〇〇〇万円の融資を受けるかは聞かなかったと述べる(第一二回公判五〇項)など、被告人の述べる融資話の根拠について、あまり関心がなかったことが窺われる。
4 以上によると、証人Xの当公判廷における各供述は、いずれもその記憶に基づくものであり、相当程度の信用性は認められるが、本件公訴事実記載の被告人が述べたとする各融資の話の内容については、記憶違いのある可能性を否定しきれないから、右供述のみによって、被告人がXに対し、公訴事実記載のとおりの欺罔文言を申し向けたとの事実を認めることはできない。
5 なお、被告人の供述も、信用性が十分ではないから、本件各借入の際、被告人がXに話したことの内容が、被告人の当公判廷あるいは捜査段階における供述どおりであるとも認めることができず、結局、この点は、不明であるというほかない。
四 詐欺の故意について
1 被告人は、本件各借入当時、将来にわたり、郵便局ビルに居住して郵便局長を続ける意思であったことが明らかであるところ、郵便局の顧客で十分面識のあるXから借入をした上、各借入の際、自筆で借用証を作成してXに交付していることから、右借入金の返還を逃れることは、通常考えられず、右借入金を返還する意思がなかったとは認められない。
2 そこで、被告人が、本件各借入当時、その返済の可能性について、どのように認識していたかについては、客観的事実に基づいて推認するほかないところ、被告人は、前記認定の前提事実(二5)のとおり、被告人を主債務者とする債務が合計一億四〇〇〇万円以上に上りT開発やSの借入等の保証債務を合計約五〇〇〇万円負担していたのに対し、資産としては、Uの店舗、郵便局ビル及びその敷地のほかに見るべきものはなく、収入として、郵便局長としての給与、局舎賃料、アパートの賃料など一か月平均合計約一二六万円余りを得ていたが、生活費のほか、前記各債務につき、被告人自身で月平均約七四万四〇〇〇円の返済をし、Sが月平均九四万五〇〇〇円ないし一四四万五〇〇〇円返済しているところ、Sが支払えない場合には被告人が支払うこともあったので、その当時、被告人に、資金的余裕はなく、現に、Xから借入をしなければ、貸金業者に対する差し迫った債務の弁済をすることができない程度に資金繰りが逼迫しており、そのことは、当然被告人も知っているはずであるから、新たな借入等により資金を調達しなければ、早期にXに対する借入の返済をすることが容易でないことを認識していたと考えられる。ところで、本件各借入については、いずれも、明確な期限は付されておらず、第一の借入の際の借用証に「資金調達でき次第」とされているので、右「資金調達」の見込みがあると考える根拠となる事実の有無について検討する。
(一)被告人の述べるU信用金庫からの三〇〇〇万円の融資について、同金庫の担当者被告人に対し、直接融資の話をしたことがなかったことは明らかである。ところで、Sは、検察官に対し、平成九年七月ころ、同金庫V支店のW支店長に対し、レストランの改装工事代金の見積もりが三〇〇〇万円であるが、いくらくらい融資してもらえるか訪ねたところ、一二〇〇万円が限度であるが、実際に営業を始めてその営業成績を上げれば追加融資も考えられる旨返答され、そのころ、被告人に対し、改装資金としてのU信用金庫から受けられる融資は、一二〇〇万円が限度である旨話し、更に、頑張って融資を引き出したとしても一八〇〇万円が限度であろうと話した旨供述している。これに対し、Sは、当公判廷において、Wから融資の限度が一二〇〇万円である旨聞かされたことはない旨供述し、Wも、司法警察員に対し、平成一〇年一月六日か七日ころに、被告人、S及びFがU信用金庫V支店に訪れ、C株式会社作成の請求額三四〇〇万円のステーキハウスB改装工事の請求書を提出するまで、右改装工事資金の融資の話が出たことはなかった旨供述している。したがって、Sが被告人に対し、改装資金としてのU信用金庫から受けられる融資は、一二〇〇万円が限度である旨話したとは認められず、Sは、平成九年八月初旬ころ、右改装工事を請け負ったKに対し、銀行からの融資が二七〇〇万円くらいしか受けられない旨話したことがあるほか、被告人に対しても、自己の資産や信用の状況を、実際より良いように言う傾向のあったことに照らすと、被告人やSが当公判廷で述べるように、本件借入当時、被告人がSから、U信用金庫で三〇〇〇万円の融資を受けられる旨話していた可能性のないとはいえず、被告人が、U信用金庫からの三〇〇〇万円の融資を期待する事情がなかったとまでは認められない。
(二)郵便局ビルを担保にした融資の借換えについて、関係証拠によると、本件各借入当時、前記のとおり、被告人の信用状態は悪く、平成九年六月一九日郵便局ビル及びその敷地と共同抵当権が設定されていたS所有の不動産に対する競売の申立てにより、これに設定した根抵当権が確定していたため、客観的には借換え融資を受けることは困難であり、被告人が、I女に依頼して実際にその借換え融資のための手続きを始めたのは、本件各借入の後であることが認められるが、前認定のとおり、郵便局ビル及びその敷地に設定した根抵当権の極度額一億五〇〇〇万円の被担保債権額が約一億二〇〇〇万円になっていることから、数字的には借換えあるいは借増による融資が考えられないことはなく、本件各借入後まもない時期に、実際に借換え融資を実行しようとしたことに照らすと、被告人が、右借換え融資により資金調達する見込みがないと認識していたとまでは、認定することができない。
(三)被告人は、Sが、A事業団所有の土地の転売禁止特約を解くための仲介をすることにより七五〇万円の手数料を取得できると聞いていた旨供述するが、証人mの当公判廷における供述、nの司法警察員に対する供述調書その他関係証拠によると、Sが右土地に関する仲介に関与し始めたのは、本件各借入より後の平成九年一一月ころであることが明らかであるから、被告人は、本件各借入当時、右Sの手数料により資金調達ができるとは認識していなかったものと認められる。
(四)被告人は、当公判廷において、北九州市○○区○○△丁目にマンションを建築する計画を有していたところ、この建築資金として一億六五〇〇万円の融資を受られるはずであったところ、融資を受けた金額と、実際に要する工事費用との差額を、本件各借入の返済に充てようと考えていた旨供述するが、それまでに、o銀行から被告人申出の条件では融資できない旨断られた経緯がある上、前記のとおり、被告人の信用状態が悪いため、新たに銀行から右のような高額の融資を受けられるとは考え難いこと、右融資については、被告人は、捜査段階においても述べていないことから、被告人は、本件各借入当時、右マンションの建築資金として受けた融資を、Xに対する借入の返済資金とすることは考えていなかったものと認められる。
3 以上によると、被告人は、本件各借入当時、これを、その借入の趣旨に沿って相当な時期までに確実に返済できないかも知れないとの認識は有していたと推認されるが、返済の意思がなかったとは認められず、不確実ながらも、返済の見込みがあるとの認識を有していたとの可能性を否定することはできない。
五 最後に、仮に被告人が公訴事実記載の欺罔文言を述べたとして、それとXが被告人の借金の申込に応じたこととの間に因果関係が認められるかどうか、について検討する。
 
証人Xは、当公判廷において、被告人がレストラン建設資金として一億数千万円あるいは一億二〇〇〇万円の融資を受ければ、建設費用や備品の費用等に融資金を当ててもその残金で確実に返済してもらえると思ったから、被告人に合計一九六九万円を貸し付けた旨供述するが、他方、被告人から本件各借入の申込みがあった際、被告人から、返済のための資金繰りについて説明がなかった場合、自分から尋ねるかは、その時にならないと分からない旨及び被告人が融資を受けられるのであれば、どこからでも良い旨、更に被告人が特定郵便局の局長として社会的地位があるので信用していた旨供述していることによると、被告人がXからの借金の返済資金調達の見込みがある旨述べたことが、本件各借入の申込みに応じたことの動機となっていると認められるが、その資金の調達先や調達金額の詳細にはさほど関心がなかったことが窺われ、被告人の述べたとする公訴事実記載の資金調達に関する各具体的文言とXの金員交付との因果関係の存在にも疑問がないではない。
六 以上要するに、被告人は、本件各借入当時、客観的には、右各借入金を、相当期間内に弁済する能力がなかったこと、それにもかかわらず、被告人が、被害者において、被告人に十分な資力があり、相当期間内に右各貸付金の返済を受けられるものと誤信するような言動をした結果,本件各借入のなされたことが窺われるが、被告人が、公訴事実記載の欺罔文言を述べたと認定するには、合理的な疑いを払拭しきれないと考えられ、さらに、被告人が、右各借入当時、相当期間内に右各借入金を返済する意思がなかったこと及び公訴事実記載の欺罔文言と金員交付との間の因果関係の存在にも、合理的疑いが残る。したがって、本件公訴事実については、犯罪の証明がないことになるから、刑事訴訟法三三六条により、被告人に対し無罪の言渡しをする。 
平成一二年二月二二日
福岡地方裁判所小倉支部第二刑事部
裁判官 大泉一夫

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