殺人福岡3

殺人福岡3

福岡高等裁判所/平成21年(う)第478号

主文
原判決を破棄する。
被告人を懲役4年に処する。
原審における未決勾留日数中,その刑期に満つるまでの分をその刑に算入する。
原審における訴訟費用中,証人B,同C及び同Dに支給した分は被告人の負担とする。
本件公訴事実中,器物損壊,住居侵入,殺人未遂の点(平成15年4月6日付け起訴状記載のもの)については,被告人は無罪。

理由
 
弁護人の控訴理由は弁護人吉田雄策作成の控訴趣意書及び「控訴趣意書訂正申立」と題する書面に,これに対する答弁は検察官大久保信英作成の答弁書に,検察官の控訴理由は検察官岡崎正男作成の控訴趣意書に,これに対する答弁は上記弁護人作成の答弁書にそれぞれ記載されたとおりであるから,これらを引用する。
第1 本件各公訴事実と審理経過
1 本件各公訴事実について
(1)平成15年4月6日付け公訴事実(以下「第1事実」という。)
 
被告人は,指定暴力団四代目a會幹部らが株式会社b倶楽部からゴルフ場利用を拒否されたことなどから,同倶楽部の支配人Eを襲撃して報復しようと企て,F,GことH,J及びKらと共謀の上,上記Eを殺害する目的で,平成12年10月22日午前2時10分ころ,福岡県京都郡〈以下略〉(当時のもの)所在の同人方6畳寝室の同人所有に係るサッシ2枚引き戸のガラス1枚及び障子戸1枚を所携の金づちでたたき割るなどして損壊(損害額合計約8万2400円相当)した上,同所から同人方6畳寝室内に故なく侵入し,同所において,同人に対し,殺意をもって,所携の短刀様の刃物で,その左胸部を1回突き刺したが,同人に約1か月間の入院加療を要する心臓刺創,左肺刺傷による左血胸の傷害を負わせたにとどまり,その目的を遂げなかった。
(2)平成17年5月12日付け公訴事実(以下「第2事実」という。)
 
被告人は,LことD及びMことBらと共謀の上,Nを殺害しようと企て,平成14年9月25日午前7時55分ころ,福岡県京都郡〈以下略〉所在の有限会社c事務所前において,殺意をもって,同所に佇立している同人に対し,Bが運転する普通乗用自動車をNから約11.6メートルの地点より同人に向かって急発進させて加速し,同人を衝突死させようとしたが,Bが恐怖の余り急制動を掛けて減速したため,Nに加療約7日間を要する右膝打撲擦過傷の傷害を負わせたにとどまり,殺害の目的を遂げなかった。
2 審理経過
 
原判決は,第1事実については,公訴事実どおりの事実を認定し,第2事実については,実行行為者であるBの殺意は認めながら,被告人の意思は傷害にとどまるとして,傷害の限度での共謀の成立を認めて被告人を有罪とした。これに対し,被告人及び検察官双方から控訴がなされたが,差戻前控訴審は,双方の控訴を棄却した。これに対し,被告人のみが上告した。そして,上告審判決は,職権調査の結果,第1事実に関する差戻前の控訴審判決の事実認定には,重大な事実誤認の疑いがあり,これを破棄しなければ著しく正義に反する,として,第2事実を含む本件を福岡高等裁判所に差し戻した。
第2 弁護人の控訴理由のうち,第1事実に関する事実誤認の主張について
1 控訴理由の要旨は,「原判決は,『被告人とともに被害者方に赴いて共に寝室内に侵入し,被告人が被害者を短刀で刺した』旨のKの供述(以下「K新供述」という。これに対し,Kが,新供述の前に述べていた,単独で被害者方に侵入し,自ら被害者を短刀で刺した旨の供述を「K旧供述」という。)の信用性を認め,これに依拠して,被告人が,Kらと共謀の上,被害者に対し,所携の短刀様の刃物でその左胸部を1回突き刺すという実行行為に及んだとの事実を認定した。しかし,K新供述は信用できず,被告人は,Kらと共謀したこともなければ,実行行為に及んだこともないから,原判決の事実認定には,判決に影響を及ぼすことの明らかな事実の誤認がある」というものである。
2 当裁判所の判断
 
そこで,記録を調査し,当審における事実取調べの結果を併せて検討すると,K新供述の信用性を認めて公訴事実どおりの事実を認定した原判決の認定,判断は是認できない。以下,説明する。
(1)本件では,被告人の有罪を基礎付ける証拠としては,K新供述があるだけである。そして,上告審判決は,K新供述の信用性には疑問があり,その信用性を認め,これを唯一の根拠として被告人を有罪とした原判決を是認した差戻前控訴審判決には,重大な事実誤認の疑いがあるとして,これを破棄し差し戻したものである。
 
そこで,以下,K新供述の信用性を認めた原判決の認定・判断が是認できるかを,上告審判決の説示するところに沿って検討する。
(2)原判決がK新供述の信用性を認めた理由
ア 被害者は,犯人がストッキングをかぶっているように感じたと述べているが,実行犯人とは接近した距離で相対しており,ストッキングをかぶった姿とニット帽をかぶった姿とを見間違えることは考えにくいから,被害者供述は信用できる。そうすると,Kは,青色ニットのスキー帽で作った目出し帽をかぶって犯行に及んだと認められるから,ストッキングをかぶった被告人が被害者を刺したとするK新供述は被害者供述と符合するのに対し,Kが被害者を刺したとする旧供述は被害者供述とは矛盾する。
イ 被害者は,左胸を石で叩かれたような衝撃を受けた旨述べており,実際に同人のろっ骨に本件凶器が当たった可能性が高いことから,実行犯人であれば,記憶に残るはずの印象的な手応えを体験したはずで,この点を容易に供述できそうであるのに,旧供述では,Kは,被害者を刺した際,本件凶器が骨に当たったような衝撃はなかった旨述べていて,実際に体験しないことを体験したかのように述べたのではないかと疑われる不自然さが見られる。新供述のとおりとすれば,被告人の犯行を目撃したにすぎないために,そのような結果となったものとみることができ,旧供述が整合性に欠ける不自然な内容となったことの理解もたやすくなる。
ウ 犯行後,被害者方を出た後,本件凶器を探しに同人方に戻る行動をとった理由についても,本件凶器は,Fから渡されたもので,必ず持ち帰るように言われていたから,Kが本件凶器を現場に置き忘れたことは考えにくい。Kは逃走の際に被告人から本件凶器を渡されておらず,それを用いた被告人が,その間の事情を知らないため,現場に置いたまま逃げた可能性があると思ってあわてて取りに戻ったとの話の方が,旧供述で述べた,庭石で胸を打ってそれを落としたのに気付かず,後で現場に戻ったという話と比較しても,自然で無理のないものといえる。
エ Kが供述を変更するに至った理由について,Kは,被告人が犯行に関与したことを秘密にする見返りとして,被告人が金銭的支援を約束したので,自分が被害者を刺した旨述べていたが,Kの1審の論告求刑後,被告人はほとんど面会に来ないようになり,1審判決後,被告人と面会し,金銭的支援を頼んだが,被告人から断られたため,被告人が実行犯であることを供述した,と述べる。そのようなことは被告人がKの上位者であることを考えると十分にあり得ることである。また,四代目a會の組織的犯行であることが明白な本件で,同會の組員である被告人が実行犯であると述べることは,同會全体から報復を受ける立場に身を置くことにもなり,そのような危険を顧みずに単に自らの責任軽減のためにKがあえて被告人を巻き込む供述をしたとは考えにくい。
(3)これに対し,上告審判決は,K新供述の信用性を認めることについて疑問があるとして,以下のとおり説示した。
ア 複数犯であったことに関し,K新供述を除いては,被害者や共犯者の供述,あるいは現場に残された客観的証拠による裏付けを全く欠いている。そればかりか,K新供述は,以下のとおり,それら証拠と整合しない部分も存在する。
イ 6畳寝室内や庭の足跡こんについて,Kの履いていた安全靴の靴底模様と同形状あるいは類似すると認められたものはあるが,K以外の足跡こんと特定されたものはない。
ウ 共犯者として本件につき有罪判決を受けたF,H,Jは,いずれも被告人はもとより複数の犯人が被害者方に臨場して本件に関与したなどとは全く供述していない。特に,被害者方まで車でKを送り,犯行中は自動車で被害者方の門の先で待機してKが戻ってくるのを待ち受けていたHは,被害者方からK以外の者が出てきたのであれば,それに気が付いてもおかしくないのに,そのような供述は一切していない。
エ 被害者も本件犯人が複数であることを前提とするような供述に及んでいない。被害者方6畳寝室内に2人の者が入っていれば,寝室内の光源がテレビからのものだけであるとはいえ,室内の広さからいってこれに気が付くのが通常であろうと思われ,特に,被害者が被害を受けた後身体を反転させて寝室から犯人が出入りした引き戸と反対の側にある廊下へと逃れ出る際に,K新供述がいうように直前までKが寝ていた被害者のふとんの左側にいたのであれば,容易にこれに気が付くものと思われるのに,その旨の供述はない。
オ 確かに,被害者を刺した犯人がストッキングをかぶっていたとの被害者の警察官調書における供述に信用性が認められれば,Kは共犯者の供述などから青色ニット製のスキー帽を加工して作った目出し帽をかぶっていたと認められることから,犯行現場にK以外の犯人がいた蓋然性が高く,K新供述を裏付けるようにも解される。しかし,被害者は,検察官調書において,「犯人は,頭から首まですっぽりかぶるようなかぶり物をしていた,私は,そのかぶり物がストッキングであると感じたが,はっきりストッキングをかぶっていたといえるわけではない」と供述し,犯人がストッキングをかぶっていたとしていた当初の供述を後退させている。これに加え,至近距離で相対していたとはいえ,テレビからの光だけであり,しかも当夜被害者は通常より多く飲酒して就寝し,人の気配を感じるなどして目を覚まし驚いて立ち上がった直後に刺されたなどの状況を踏まえると,当初の供述についても,実際には加工された青色ニット製スキー帽のかぶり物を見たものの,これをストッキングのかぶり物と思い込むなどして供述した可能性を否定できず,両者の見え方の違いなども必ずしも明らかとなっていない本件においては,被害者のこの点に関する供述をもって直ちに犯人が複数いたことの根拠とすることはできない。
カ Kは,当初から被告人との共同犯行を供述していたものではなく,自身の控訴審に至ってからそのような供述を始めたものであるが,それまでにもさして被告人から金銭的援助を受けていたともうかがわれないのに,なにゆえ控訴審に至るまで真相を述べなかったのか,また,本件はa會幹部らがゴルフ場利用を拒否されたことに対する報復として,同會d組組長に次ぐ地位にあったFの主導で行われた犯行であることは明白であるところ,Kは逮捕された当初からFの指示を受けてH及びJと共に本件犯行を行ったことを捜査当局に対し供述しているのであって,なにゆえにFよりもd組において低い地位にある被告人の関与のみを捜査当局に秘匿しなければならなかったのか疑問が残るといわざるを得ない。
キ 新供述の内容にも,多くの了解し難い疑問点が残る。すなわち,Fから本件実行に備えて待機を命じられていたはずのKがなにゆえその指示に反して被告人を下見のため約36km離れた場所にあり往復に相当の時間を要する被害者方へ案内したのか,あるいは,被告人がなにゆえわざわざ犯行現場の下見をしてまでKやHとは別に現場に行かなければならないのか,なにゆえ被告人の関与がHら共犯者にさえ秘匿されなければならないのかなど,直ちには了解し難い点が多々ある。とりわけ,Kが犯行直後に被害者方に短刀を取りに戻った理由について,Kは,Fから短刀は持ち帰るように命じられており,被告人が現場に短刀を捨てているかもしれないと思ったからというが,被告人とKは犯行後直ちに現場を立ち去り,Kは被告人からは短刀を捨てたか否かさえ聞いていないというのであるから,Kのいうような理由で短刀を探しに被害者方に引き返すというのは誠に不可解である。
(4)上告審判決の指摘するところを踏まえ,当審において,新たに,当審での検察官の請求証拠のうち,犯行現場の照度に関する報告書(当審検2号),犯行当時の照度を再現し,パンティストッキングと青色目出し帽とを識別できた旨の実況見分調書(同3号)を取り調べたほか,これらの書面を作成したP警察官と,Kの各証人尋問を実施した。
 
そこで,原審記録のほか,当審における事実取調べの結果をもとに,K新供述の信用性について検討する。
ア 上告審判決が指摘するオ(原判決の認定・判断のア)について
(ア)当審で新たに取り調べた犯行現場の照度に関する報告書(当審検2号)によれば,警察官が,犯行現場である被害者方6畳寝室において,本件当時の照度を再現して,計測したところ,光源であるブラウン管テレビから100cm離れた位置で69ないし77ルクス,200cmの位置で17ないし21ルクス,台所との境の出入口付近で6.4ないし7ルクスであった。また,同じく実況見分調書(当審検3号)は,犯行現場である被害者方6畳寝室において,本件当時の照度を再現した上で,仮装被疑者2名に肌色パンティストッキングと青色目出し帽をそれぞれ覆面させ,ブラウン管テレビから100cmと200cmの位置と,出入口付近にそれぞれ立たせて,撮影用カメラからその視認状況を確認し,写真撮影したものである。その写真からみると,出入口付近においてはストッキングと青色目出し帽との違いははっきりしないが,100cmと200cmの位置では一応これらの判別が可能であった。
(イ)しかし,このような実況見分の結果等を前提にしても,被害者は,本件当夜,普段より多く飲酒して就寝後,人の気配を感じるなどして目を覚ました寝起きの一瞬に,驚きや恐怖の中で犯人の姿を見たと考えられる。上記のような明るさや見え方であっても,そのような被害者が犯人のかぶり物がストッキングであったと確実に判別できるほど,両者の見え方に明確な違いがあったとは認められない。しかも,被害者自身,当初警察官調書において「犯人はストッキングをかぶっていた」と述べていたが,その後検察官調書において,「犯人がはっきりストッキングをかぶっていたといえるわけではない」というあいまいな供述に後退し,これが最終供述になっているのである。当審で取り調べた犯行現場の照度に関する上記各証拠によっても,「犯人がストッキングをかぶっていた」旨の被害者の警察官調書が信用できることにはならない。
(ウ)これに対し,検察官は,弁論において,「当審で取り調べた実況見分調書によれば,周囲が暗くて黒い上下を着ている場合,べージュのストッキングはテレビの明かりを反射して浮かび上がって見え,顔のストッキングの部分だけ際立って見えるのに対し,青色目出し帽をかぶっている場合は,全体として黒っぽいイメージになる。したがって,被害者が青色目出し帽をかぶっていた場合と誤認することは考え難い。また,K新供述によれば,被告人はテレビから1メートルと離れていない位置にいたはずであり,ストッキングをかぶった場合ベージュの部分だけが際立って浮かび上がって見えることからすれば,被害者にこの色が強い印象として残ったことも極めて自然であり,この色に関する被害者供述は十分信用できる。Kが青色目出し帽をかぶっており,身体のどこにもベージュ色の物を身に付けていなかったことは証拠上明らかであり,ベージュのストッキングをかぶったもう一人の犯人がいたことになるから,この点からもK新供述は裏付けられている」と主張する。
 
確かに,ストッキングと青色目出し帽の見え方の違いは,検察官のいうようにいえなくもない。しかし,既に述べたように,被害者が,寝起きの一瞬に,驚きや恐怖の中で犯人の姿を見たものであり,そのような状況においても見間違うことがないほど,両者の見え方の違いが明確であるとまではいえない。被害者が,確実に犯人のかぶり物を判別できたとは考えにくい。また,被害者の最終供述は,犯人がはっきりストッキングをかぶっていたといえるわけではない,というあいまいなものであり,それ以前の「犯人はストッキングをかぶっていた」という供述の信用性を論じても余り意味があるものではない。この検察官の主張は採用できない。
(エ)そうすると,原判決が被害者の警察官調書の信用性を認めて,これと符合するK新供述が裏付けられているとする認定・判断は是認できないことになる。
イ 次に,当審で取り調べたKの供述によって,上告審判決の指摘する疑問点が解明されたかについて検討する。
(ア)Kは,当審において,上告審判決が指摘するK新供述に対する疑問点,すなわち,〔1〕なぜ自身の控訴審に至るまで真相を述べなかったのか,〔2〕なぜ逮捕当初からFの指示により本件に及んだことを供述しながら,Fより低い地位にある被告人の関与のみを捜査当局に秘匿しなければならなかったのか,〔3〕なぜFから本件に備えて待機を命じられていたのに,その指示に反して被告人を被害者方まで案内したのか,〔4〕なぜ被告人の関与がHら共犯者にさえ秘匿されなければならないのかなどについて供述した。その供述の要旨は,以下のとおりである。〔1〕については,被告人から,被告人の関与を黙っていれば服役中や出所後の面倒をみると言われていたのに,約束していたまとまった金の差入れもなく,約束を破られたと思ったからである。〔2〕については,被告人からは被告人の関与を話さないように言われていたのに対し,Fとは逮捕されるまで一緒に逃亡生活を送っていたが,その間,同人からは同人の本件への関与について口止めされておらず,逮捕後についても「好きにせいや」と言われており,Fの関与については警察に話してもよいと思っていたからである。〔3〕については,Kとしては,被告人は,Fより上層部の指示で本件に関与するようになったと思っており,Fの指示に反してもやむを得ないと思ったからである。〔4〕については,HやJは口が軽いからである。
(イ)Kの当審供述は,上記〔2〕や〔4〕のように当審で初めて述べられた部分がないではないが,基本的には原審供述と同内容であり,その域を超えるものではない。また,Kの当審における新たな供述も,一応の説明にすぎないもので,上告審判決が指摘する疑問点が解消されたわけでもなければ,新たに信用性を肯定すべき重要な根拠が示されたわけでもない。例えば,〔2〕については,検察官は,被告人の関与は,直ちにa會執行部の関与が疑われる事情であり,組織防衛上も秘匿しなければならないことであり,Fとしても,自分が責任を取ることで,上位の者に捜査の手が伸びないようにしているだけで,組織防衛をしているにすぎないのであって,Kが,Fの関与を当初から隠さず供述しつつ,被告人の関与を秘匿したのは当然である,という。しかし,Kは,既に旧供述において,本件を直接指示・命令したのはFであるが,その背後で指示したのはd組長であり,襲撃を計画し,d組に指示したのはa會執行部であることを明言している。特に,Kは,本件直後にd組長に本件の報告に行って,ほめられたことや,Fから,本件がa會会長の耳にも届いていると聞き,本件が会長の意思から始まっていることを感じたとまで供述しているのである。Kは,当審でも,被告人のことを話さなかったのは,被告人から口止めされたからと述べるだけであり,そのような理由から,d組長やa會執行部のほか,a會会長の関与までもほのめかしながら,被告人の関与のみを秘匿するというのはやはり不自然である。また,〔4〕についても,Fは,被告人が口が軽いというHとJを,運転手役等として本件に関与させているのであり,被告人がわざわざ犯行直前に犯行現場の下見をして,KやHら実行グループと別行動をとってまで,K以外の共犯者に被告人の関与を秘匿する理由として十分なものとはいえない。したがって,Kの当審供述によっても,上告審判決が指摘した疑問点が解消されたとはいえず,やはり,K新供述の信用性には問題があるというべきである。
(ウ)これに対し,検察官は,弁論において,Kの当審供述を踏まえて,「〔1〕Kが,本件と何の関係もない被告人を陥れた場合,被告人あるいは組織から生命に関わる強烈な報復を受けるおそれがあるのに,刑責をわずかに軽くする程度のために,わざわざ虚偽供述をする理由はない。〔2〕Kが新供述をするに至った経緯は極めて自然であり,雑記帳や会長あての手紙といった客観証拠によっても裏付けられている」と主張する。
 
しかし,検察官の主張事実のほとんどは,当審以前の記録に既に現れており,上告審判決も,これらの事実を前提に,「供述を変遷させた理由についても具体的で,a會会長あての手紙など経過の一部分に沿う証拠もある」「暴力団の組織的犯行と解される本件において,いわゆる親子の杯を交わした被告人に実行犯の罪をなすり付けて同人を陥れる供述をすることが,報復という意味において,格段に危険な立場に身を置くことになることも明らかである」などと,検察官指摘の点がK新供述の信用性を肯定する一事情となることは認めながらも,K新供述には見過ごすことのできない多くの疑問点が残るから,信用できない,としているのである。Kの当審供述は,検察官指摘の点について原審供述より具体的に述べている部分がないではないが,それにしても,上告審判決が指摘する疑問点がすべて解消されたわけでもなければ,新たに信用性を肯定すべき重要な根拠が示されたわけでもない。検察官の主張するところから,K新供述が信用できるということにはならず,採用できない。 
 
また,検察官は,弁論で,当審供述を含むK新供述は,自然かつ合理的であって,何らの疑問点も不自然な点も存在しない,という。
 
しかし,前記のとおり,既に上告審判決において,K新供述の疑問点が指摘されているところであり,当審において取り調べた新たな証拠によっても,上告審判決が指摘する疑問点が解消されたとはいえない。なお,検察官が,K以外の者の足跡と認められる足跡がないこと,被害者が複数犯である旨述べていないこと,被害者方の外で待機していたHが被告人の姿を見ていないこと,Kが被害者方に短刀を探しに戻ったことについて主張するところは,上告審判決が指摘する疑問点に対し,当審以前の証拠関係のみに基づいて反論するにすぎないもので失当である。
(5)以上のとおり,当審における事実取調べの結果によっても,K新供述の信用性に関して上告審判決が指摘した疑問点が解消されたとはいえず,K新供述に信用性を認めることはできない。
3 結論
 
以上のとおり,当審での事実取調べの結果によっても,上告審判決が説示するとおり,Kが自己の刑責を軽くしようと被告人を共犯者として引き入れ,被告人に犯行の主たる役割を押し付けるためにそのような供述に及んでいるおそれも否定できないというべきである。K新供述の信用性は認められず,その信用性を認めて第1事実について被告人を有罪とした原判決には,判決に影響を及ぼすことが明らかな事実の誤認がある。
 
第1事実に関し事実誤認をいう弁護人の控訴理由は,認められる。
第3 各控訴理由のうち,第2事実に関する検察官及び弁護人の各事実誤認の主張について
 
各控訴理由はいずれも事実誤認である。検察官の控訴理由は,被告人には被害者に対する殺意が存在するのに,これを否定した原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな事実の誤認がある,というのである。一方,弁護人の控訴理由は,被告人はD及びBとの間で傷害の限度で共謀した事実はないのに,この共謀の存在を認めた原判決には,判決に影響を及ぼすことが明らかな事実の誤認がある,というのである。
 
そこで,記録を調査して検討する。
1 原判決の認定,判断とその評価
(1)原判決は,以下のとおり,被告人には殺意までは認められないものの,被告人と,被害者に対する傷害の意思を有したD及び殺意を有したBとの間で,傷害の意思の範囲で共謀が成立すると認定した。
ア Bの公判供述は,その内容がa會館に被告人を迎えに行った後に,被告人から襲撃を指示されたなどと具体的かつ詳細で,迫真性に富み,「被告人から頼まれて犯行に及んだ」旨Bから聞いたというCとの供述内容とも合致し,十分信用できる。このB供述によれば,被告人がBに対し,犯行の二日前ころに「ある社長をやらないけんくなった。Qとこがせないけん仕事やけど,うちがせないけんくなったけ」と言い,犯行前日の夜には,「ばたばたせないけんくなった。Lに行かせようと思うけど,1人じゃ無理やけ,お前も行ってくれ」という趣旨のことを言ったこと,これを受けて,DとBは本件犯行を行ったこと,犯行当日の夜,被告人はBを叱責し,もう一度行くように言ったことが認められる。
イ アの認定事実によると,BとDは,被告人の指示の下犯行に及んだものであるから,被告人とB及びDとの被害者襲撃についての共謀を優に認めることができる。
ウ 共犯者であるBが殺意を有していたことは優に認められるものの,〔1〕被告人は,Bに「被害者をやる」旨言ったにとどまり,この言葉自体が多義的で,暴行や傷害を加えて重篤な傷害を負わせる意味も含みうるから,そのことだけで被告人の殺意を推認させることは困難である。そして,〔2〕関係証拠上,被告人がNに対する襲撃を企図した動機は不明であり,〔3〕犯行前に被告人がB及びDに対して被害者を確実に死亡させるために十分な準備をするよう指示したとも認められないし,B及びDもそのような準備をしたとはいえない。〔4〕かえって,Dは,犯行場所を下見したにもかかわらず,被害者が自動車の接近に気付いた場合には隠れることもできる建物や物陰が近くにあると認められる場所で犯行を敢行している。また,〔5〕犯行後に被告人がBに対しもう一度行くようにと言ったのも,被害者に重篤な傷害を負わせることができなかったことによるものと解する余地がある。被告人及びDにおいて,被害者に傷害を負わせるところまでは共謀したとは認められるが,殺意を有し,Bと共謀したと認めるには合理的疑いが残る。
(2)以上の原判決の認定,判断は,後記2で詳しく述べるとおり,Bの原審公判供述の信用性を全面的に認め,これを根拠に被告人のBらに対する犯行依頼状況を詳細に認定した点には疑問の余地がないわけではないが,その余は正当として是認できる。以下,弁護人,検察官の各主張に即して若干補足する。
2 弁護人の主張について
 
弁護人は,被告人からの犯行の依頼状況に関するBの原審公判供述は,捜査段階供述から大きく変遷しており,信用できず,これを根拠に被告人とBらとの間の共謀を認めるのは誤りである,と主張する。
 
確かに,Bは,被告人から犯行を依頼された状況について,捜査段階の当初は,まずDから犯行を依頼されたと述べていたが,その具体的状況についての供述は一貫しておらず,その後被告人から直接犯行を依頼されたと述べるに至り,当初Dが言ったと述べていた発言を被告人から言われたと述べるなど,供述の変遷が多々みられる。そして,最初に犯行を依頼された人物が被告人かDかというのは小さくない問題であるし,その依頼状況に関する説明も二転三転しており,原審での証言が事件から3年近く経過していたことなどからみて,この点に関するBの記憶が薄れて,やや混乱していることがうかがえる。これら供述の変遷を,Bが検察官調書(原審検甲187号)でいうように,取調べを受けながら記憶を喚起していったものとして説明することもできないではないが,記憶喚起の過程で思い込み等が生じている可能性を否定できず,このような説明は困難といわざるを得ない。これら供述が変遷している点について,Bの原審公判供述を全面的に信用することには疑問の余地があり,原判決が,Bの原審公判供述が信用できる理由として,具体的かつ詳細であることを挙げている点には賛成できない。
 
しかし,Bが被告人から犯行を依頼されたこと自体,とりわけ,本件前日ころの夜に被告人から電話で犯行を依頼された状況については,当初からほぼ一貫して述べており,この点に記憶違いがあるとは考えられない。そもそも,Bは,犯行当時,被告人から覚せい剤密売の仕事をもらい,世話になっていたのであり,実際には被告人から犯行を依頼されていないにもかかわらず,うそを言って,暴力団幹部である被告人を陥れる理由は考え難い。Bの原審公判供述の基本部分は十分信用でき,弁護人のいう供述の変遷があるからといって,その評価は否定されない。弁護人の主張は採用できない。
3 検察官の主張について
 
検察官は,実行犯のBは殺害の故意を有しており,被害者も殺されそうになったと供述しているから,Bに指示を与えた被告人はなおさら殺意を抱いていたとみるのが自然であるし,本件の一連の経過からみると,被告人に殺意があることは明らかであり,原判決が指摘する上記1(1)ウの〔1〕ないし〔5〕の点も,被告人に殺意があることと矛盾しない,と主張する。
 
そこで検討すると,本件は,被告人が殺意を否認し,他に殺意を認める直接的な証拠がなく,情況証拠をもとにこれを認定せざるを得ない事案である。そして,確かに,検察官が主張するような状況からみると,被告人にも殺意があったとの疑いもないとはいえない。しかし,原判決が指摘する上記〔1〕ないし〔5〕の事情からみると,被告人の殺意を認めることに疑問を入れる余地があるというべきであり,この点の原判決の認定・判断は是認できる。検察官の主張は採り得ない。
 
なお,第2事実に関する審理経過からみても,検察官の主張を採用することはできない。すなわち,原判決は,殺人未遂の公訴事実に対し,被告人と,被害者に対する傷害の意思を有したDと,殺人の意思を有したBとの間で,傷害の意思の範囲で共謀が成立すると認定し,傷害の限度で被告人を有罪とした。これに対し,被告人及び検察官の双方から控訴があったが,差戻前の控訴審は各控訴を棄却した。これに対し被告人のみが上告し,検察官は上告しなかった。このように,殺人未遂罪の訴因に対し,原判決は傷害の限度で縮小認定をし,差戻前の控訴審判決はその判断を是認したが,これに対する検察官の上告はないことからすると,検察官としては,差戻前の控訴審判決の判断を争わない趣旨と認められ,殺意の点は当事者間においては攻防の対象から外されたものというべきである。そうすると,そもそも当審において傷害の認定を覆して殺人未遂の認定をするのは許されないというべきである。
 
付言すると,原判決は犯罪事実第2として「Bに於いて,同所に佇立している上記Nに対し,Bが運転する普通乗用自動車を上記Nから約11.6メートルの地点から同人に向かって急発進させて加速し,同人に同車を衝突させようとしたが,Bが恐怖の余り急制動をか掛けて減速したため,上記Nに加療約7日間を要する右膝打撲擦過傷の傷害を負わせた」と判示している(公訴事実も同様)。この判示からは,被害者がどのようにして負傷したのかが明らかではない。しかし,原判決も,被害者に向けて急発進させて加速させた点を暴行としていることが明らかであり,その後の経過は,被害者の負傷に至るまでの具体的な因果の流れに関するものである。そして,被害者の傷害は,そのようにして急発進させて加速したものの,Bが恐怖の余り急制動をかけて減速したため,その状態で同車を被害者に衝突させた結果によるものであることが明らかである。このように,原判決の上記判示には,暴行行為に関する判示に欠けるところはないし,検察官も弁護人も被害者が傷害を負うまでの因果の流れは上記のようなものであったことを当然の前提としているものと認められ,また,証拠上も明らかである。そうすると,原判決の上記犯罪事実第2の記載に理由の不備があるとまではいえない。
4 以上のとおり,第2事実に関する原判決の事実認定は是認できる。
 
第2事実に関し事実誤認をいう各控訴理由は,いずれも認められない。
第4 破棄自判
 
以上のとおり,第1事実について判決に影響を及ぼすことが明らかな事実誤認があるから,刑訴法397条1項,382条により原判決全部を破棄した上,同法400条ただし書により被告事件について更に判決する。
(罪となるべき事実)
 
原判決の犯罪事実第2記載のとおり。
(証拠の標目)
 
原判決の(証拠)中の,第2の事実についてとして記載されたとおり。
(累犯前科)
 
原判決の(累犯前科)記載のとおり。
(法令の適用)
罰条 刑法60条,平成16年法律第156号(以下「改正法」という。)による改正前の刑法204条(行為時において刑法60条,改正法による改正前の刑法204条に,裁判時において刑法60条,改正法による改正後の刑法204条に該当するが,これは犯罪後の法令によって刑の変更があったときに当たるから,刑法6条,10条により軽い行為時法の刑による。)
刑種の選択 懲役刑
累犯加重 刑法56条1項,57条(原判決(累犯前科)(1)(2)の各前科との関係でそれぞれ再犯)
原審における未決勾留日数の算入(刑に満つるまでの分を算入)
 
刑法21条
原審における訴訟費用の負担
 
刑訴法181条1項本文(証人B,同C及び同Dに支給した分)
(量刑の事情)
1 本件は,暴力団幹部である被告人が,被害者を痛めつけることを意図したDや,被害者を殺害することを意図したBと傷害の意思の範囲で共謀の上,Bが普通乗用自動車を立っている被害者に衝突させるため,同人に向かって急発進させて加速したが,Bが恐怖の余り急制動をかけて減速したことから,減速した状態で同車を被害者に衝突させ,同人に加療約7日間を要する右膝打撲擦過傷の傷害を負わせた事案である。
2 本件の犯情として,以下の点を指摘できる。
(1)本件犯行の動機やいきさつは,必ずしも明らかではないが,暴力団幹部である被告人が,その所属する暴力団組織に従わない被害者に対する報復として危害を加えようと考え,DやBに指示して実行させたものと認められる。そこには何ら同情の余地がないばかりか,逆らう者を暴力で威嚇しようとする,暴力団特有の論理に基づく,粗暴で理不尽な犯行といわざるを得ない。
(2)犯行態様は,Bが運転して,被害者に対し自動車を急発進させて衝突させようとしたものであり,途中でBが同車を減速したことで大事に至らなかったとはいえ,被害者を死に至らしめる可能性の高い危険で悪質なものである。
(3)被害者の傷害結果は上記のとおり軽いものではない。被害者は、被害弁償はおろか謝罪すら受けられないまま,暴力団からの報復におびえ,処罰感情をあらわにすることもできないでいる。本件の結果は重大である。 
(4)被告人は,実行犯であるBらに本件を指示した首謀者である。被告人が本件で果たした役割は重要である。
3 その他の事情について
(1)被告人は,不合理な弁解をして本件を否認しており,反省の態度がうかがえない。
(2)被告人は,覚せい剤取締法違反,暴力行為等処罰に関する法律違反,逮捕,監禁等による服役前科2犯(本件と累犯関係にある。)を有している。しかも,被告人は,早くから暴力団の世界に入り,その後も組員として活動し続けている。被告人には粗暴性が認められ,法を守る意識も欠如している。
4 以上によれば,被告人の刑事責任は重いといわなければならず,被告人に対しては,主文の刑をもって臨むのが相当である。
(器物損壊,住居侵入,殺人未遂の点(平成15年4月6日付け起訴状記載のもの)を無罪とした理由)
 
本件器物損壊,住居侵入,殺人未遂の公訴事実の要旨は,前記第1の1(1)のとおりである。
 
この事実を認定することができないことは,既に前記第2で説示したとおりである。
 
したがって,同公訴事実については,犯罪の証明がないから,刑訴法336条により被告人に無罪の言渡しをする。
 
よって,主文のとおり判決する。
平成22年9月13日
福岡高等裁判所第2刑事部
裁判長裁判官 松尾昭一 裁判官 今泉裕登 裁判官 杉原崇夫

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