覚せい剤福岡5

覚せい剤福岡5

福岡地方裁判所/平成15年(わ)第1738号等

主文
本件鑑定書の取調請求を却下する。

理由
第1 事案の概要と当事者の主張の要旨
 
本件は,併合審理されている事件の1つで,被告人が覚せい剤を自己使用したという事案であり,本件鑑定書は,被告人が警察署に任意同行されている間に発付された強制採尿令状に基づいて警察官が押収した被告人の尿に関するものである。
 
検察官は,本件における被告人の警察署への任意同行は被告人の任意の承諾に基づくものである上,その後の採尿に至る捜査過程及び採尿手続には何ら違法は認められないから,本件鑑定書が刑訴法321条4項書面として証拠能力を有することは明らかであるなどと主張している。
 
これに対して,弁護人は,警察官らが被告人を警察署に連行した行為は,警察官職務執行法2条2項の要件を欠く上,実質的には逮捕と評価すべき強制行為であって,任意同行とはいえず,必要性も緊急性も認められないから,違法であり,その後被告人を同署に留め置いた行為も上記違法を継承する違法なもので,それ自体身柄拘束にほかならず,しかも,上記留置きは強制採尿令状を得るための時間稼ぎであったと考えられるから,強制採尿によって得られた被告人の尿に関する本件鑑定書は,いわゆる違法収集証拠であり,証拠として採用すべきではないと主張している。
第2 当裁判所の判断
1 当裁判所が証拠により認定した事実は,以下のとおりである。
(1)被告人は,暴力団B会の構成員として活動していたものであるが,平成13年6月2日ころ,肋骨骨折,外傷性気胸の傷害を負い,同日,福岡市<以下略>所在のC病院に入院し,同月11日に退院した後,福岡市<以下略>所在のマンション「D」×××号室のB会事務所で謹慎していた。
 
被告人は,同月14日,謹慎が解けたことから,外出しようと考え,配下のEに指示して,被告人が使用していた普通乗用自動車(白色BMW。以下「本件車両」という。)を前記マンション北側路上(以下「現場」という。)に駐車させた。
(2)福岡市中央区天神一丁目3番33号所在の福岡県中央警察署(以下「中央署」という。)所属の警察官F及び同Gは,パトカーで警ら中,エンジンをかけたままにしている不審な車両を調べるようにとの指令を受け,その車両を検索していたところ,同日(以下,日付けを記載しないときは平成13年6月14日を指す。)午後2時40分ころ,現場にエンジンをかけたまま駐車中の本件車両を発見した。Fらがパトカーの無線で照会した結果,本件車両には抹消登録された三菱デボネアのナンバープレートが取り付けられていることが判明した。
(3)Fらが本件車両の中をのぞき込むなどしていると,被告人が,Eと共に本件車両付近にやってきて,Fらに対して,「人の車を勝手に見たらいかんじゃないか。」などと文句を言った。そこで,Fらは,本件車両に関する道路運送車両法違反,窃盗の犯罪について,被告人に対する職務質問を開始した。
 
職務質問の継続中,少なくとも5名ほどのB会関係者が現場に集まってきたため,Fは,パトカーの無線で応援を要請した。その結果,中央署で暴力事犯を担当する刑事4課(以下「4課」という。)のH課長以下4課の捜査員及び福岡県警察機動捜査隊の警察官ら,合計20名近い警察官が数台の捜査用車両等で現場に臨場した。
(4)被告人が,警察官の職務質問に対してまともな返答をせず,反抗的な態度を取る一方で,本件車両の使用者であることをうかがわせる言動をしたこと,また,被告人の周りにいたB会関係者が職務質問を妨害するような言動に出たことから,現場において責任者的な立場にあったHは,本件車両に関する職務質問を継続するため,被告人を中央署に任意同行しようと考えた。そこで,Hは,「ちょっと来い。」などと言って本件車両付近にいた被告人の手を引っ張り,被告人が「痛たた,ちょっと放して。」と言うのも構わず,少なくとも四,五メートルは被告人を引きずって,現場の道路中央に停車させた捜査用車両に乗車させようとした。乗車を拒んでいた被告人は,4課所属の警察官Iから「公妨付けるぞ。」などと言われて,一度は捜査用車両の後部座席に運転席側から乗りかけたものの,思い直し,両腕を広げ,左右の手で車体をつかんで乗るまいとしたが,Iら数名の警察官から,背中を押され,腕を引っ張られるなどして,無理矢理車内に入れられた。被告人は,捜査用車両の後部座席中央に座らされ,被告人の左には4課の応援に行っていた警察官Jが,被告人の右にはIが被告人を挟んで座り,JとIが被告人の左右の腕をねじ上げた状態で,4課所属の警察官Kが同車を運転して,被告人を中央署に連れて行った。
(5)被告人は,中央署地下駐車場で捜査用車両から降りると,数名の警察官らと共に,自ら歩いてエレベーターに乗って4階まで上がり,取調室に入っていすに座った。すると,警察官らは,被告人を背後から抱えるようにして持ち上げ,被告人がポケットに入れていた携帯電話や財布などを取り上げ,弁護士に電話をさせろという被告人の声を無視し,床にうつぶせになった被告人の脇腹付近を膝で押すなどした。
 
被告人は,現場ではLと名乗っただけで,それ以上の人定事項を明らかにしなかったが,中央署に移動後,氏名,生年月日等を明らかにした。また,氏名照会の結果,被告人には道路運送車両法違反,詐欺等の前科前歴が7回あること,被告人が暴力団B会の構成員であることが判明した。これに加えて,被告人の言動に覚せい剤常習者独特の症状が認められたことから,警察官らは,被告人に対して覚せい剤使用の嫌疑を抱き,両腕の注射痕の有無を確認しようとしたが,被告人に拒否された。
 
他方,警察官らは,被告人が床の上に座り,肋骨の痛みを訴え,病院に連れて行くように要求していたことから,これに応じることとし,福岡市<以下略>所在のM医院に被告人を連れて行って,医師の診察を受けさせた。その結果,被告人の第7,第8肋骨には骨折が認められたが,バストバンドで固定して経過観察することになった。同医院で被告人のレントゲン写真が撮影された時刻は午後5時39分ころである。被告人は,特段の治療を施されないまま,警察官らと共に同医院から中央署に戻ってきた。
(6)その後も被告人に対する職務質問が続けられたが,被告人は,本件車両の所有関係等についてまともに答えようとせず,警察官からの尿の任意提出の求めも拒否し続けた。
 
Hは,被告人には道路運送車両法違反,詐欺等の前科前歴が7回あること,被告人が暴力団B会の構成員であること,被告人の言動に覚せい剤常習者独特の症状が認められたこと,被告人の両腕の注射痕の有無を確認しようとしたが拒否されたこと,現場に遺留された被告人のバッグに計量器が在中していたことから,被告人が常習的に覚せい剤を使用していることが濃厚となったので,尿の任意提出について再三説得したが,被告人が応じなかったなどという内容の捜査報告書に,これらの事実等を疎明する資料を添えて,裁判所に対して強制採尿令状の発付を請求した。同請求が福岡地方裁判所に受け付けられた時刻は午後9時33分である。
(7)そのころ,N弁護士及び数名のB会関係者が中央署を訪れ,被告人に対する面会を求めたが,Hは,「今,取調中で,中断すると支障がある。」などと言って,同弁護士らを待たせた。他方で,Hは,被告人を前記C病院に連れて行くこととし,徳永弁護士らに対し,本人が行きたいと言うから念のために連れて行くので,面会はその後にしてほしい旨説明した。そして,警察官らは,被告人を徳永弁護士らと面会させないまま同病院に連れて行った。被告人が同病院を受診した時刻は,午後10時25分ころである。被告人は,同病院で痛み止めの処方を受けた。このころまでに徳永弁護士らも中央署から同病院に移動して来ていたので,被告人と同弁護士らは,同病院の待合室で面会した。その後,被告人は,警察官らと共に捜査用車両で同病院から中央署に向かった。
(8)被告人が中央署駐車場に戻ると,警察官らは,前記請求に基づき福岡地方裁判所裁判官が発付した強制採尿令状を被告人に示して,被告人を福岡市<以下略>所在のO総合病院に連行した。被告人は,同病院において,医師から強制的に尿を採取される前に自ら排尿し,これを警察官らが差し押さえた。警察官らが被告人に令状を呈示した時刻は午後11時35分,被告人の尿が差し押さえられた時刻は午後11時58分である。
(9)被告人は,O総合病院から中央署に戻り,翌15日午前零時過ぎころ,中央署を出た。
2 前記認定事実中,被告人が現場から中央署に連れて行かれるまでの状況,及び被告人が中央署の取調室に入った直後の状況は,被告人の供述に基づくものであるが,本件に関与した警察官らはこれと異なる,あるいは相反する供述をしている。この点について,当裁判所が,被告人の供述の信用性を否定し去ることができないと判断した理由は,以下のとおりである。
(1)まず,被告人が現場から中央署に連れて行かれるまでの状況について,被告人は,前記認定に沿う供述をしているのに対して,H警察官は,第10回公判(7項ないし72項)で,要旨,「午後3時ころ現場に臨場し,状況報告を受けた後,被告人に対する職務質問を開始した。被告人は,Lと名乗ったが,それ以上のことは答えず,本件車両についても関係ないなどと言って,かなりの時間押し問答になった。その間,断続的に任意同行を求めていたところ,最終的に,被告人は,「おお,行ってやるたい。」と言って,約10メートル離れた場所に停めていた捜査用車両に向かって歩いていった。このとき警察官が被告人に触れたことはない。被告人が捜査用車両のところまで来たので,他の警察官が後部ドアを開けたところ,被告人は,「胸が痛い痛い。」と言ってうずくまり,路上に寝ころんだ。「立て。行くと言ったんやろうが。自分で立って乗れ。」などと言って説得したが,被告人は「痛い痛い。」と繰り返した。しばらくの間そういう状態が続く中で,被告人は,「連れていくなら運んで連れていけ。」と言った。それで,「いいんだな。それなら運ぶぞ。」と言って,五,六名の警察官が被告人を持ち上げ,ゆっくりと捜査用車両の後部座席に乗せた。被告人から拒否の言葉はなかった。」などと供述している。
ア しかし,Hが平成13年6月14日付けで作成した任意同行及び取調状況報告書(甲89)には,職務質問を開始した当初反抗的な態度を取っていた被告人が,任意同行を求められるや態度を一変させ,「俺はあばらが折れている。いたたた。」と繰り返し,何を尋ねられても「いたたた。」と叫ぶだけに不自然に終始しだしたものの,粘り強い説得を受けるなどした結果,やがて,「行けばいいんやろ」などと言って約10メートル離れた捜査用車両に向かった旨の記載があり,これが事実なら,被告人が痛みを訴え始めた時期は,被告人が捜査用車両に向かって歩き始めるよりもかなり前の出来事としてHの印象に残っているはずであるのに,Hの前記公判供述ではその点が欠落しており,被告人が捜査用車両のところまで来て初めて痛みを訴え始めたという内容になっているのであるから(検察官作成の平成17年12月7日付け意見書4頁(2)ア,イでもそのように要約されている。),同供述は,前記報告書の記載内容と矛盾するものといわざるを得ない。もっとも,Hは,第11回公判(122項ないし131項)で弁護人から前記矛盾を追及されるような尋問を受けた後,第12回公判(73項ないし84項)では,検察官からの質問に対して,被告人が捜査用車両に向かって歩き始める前のある時点から急に痛みを訴えるようになった旨,第10回公判供述と異なる供述をしているが,このような供述経過自体,Hの供述の信用性を疑わせるものであるし,Hの第12回公判供述によっても,被告人は,痛いと言った直後にまた元に戻って威圧的な言動をするという繰り返しであったというのであるから,前記報告書の記載内容とは必ずしも整合しないというべきである。
イ また,Hは,五,六名の警察官が被告人を持ち上げて捜査用車両に乗せた場面について,被告人を足から車内に入れたことを前提とする供述をしているが(証人H第11回公判177項ないし183項),同じ場面について,Iは,被告人を頭から車内に入れたと供述している(証人I11項)。この場面は,警察官の供述を前提としても,通常の任意同行とは大きく異なる特徴的な出来事であり,しかも,この時点でHは任意同行の適法性を担保する必要を意識していたと言うのであり(証人H第10回56項,第11回146項),Iは被告人を実際に持ち上げた警察官の1人であったのだから,それぞれ記憶に残っていてしかるべきであるのに,前記のようにHとIが相互に矛盾する供述をしているのは不自然というほかなく,実際にはHやIが供述するような状況ではなかった疑いを払拭できない。
ウ そもそも,かなりの時間の押し問答を経て,「おお,行ってやるたい。」と言った被告人が,捜査用車両の前で「胸が痛い痛い。」と言って路上に寝ころんだ挙げ句,「連れて行くなら運んで連れて行け。」と言って警察官らに持ち上げられて捜査用車両に乗車したなどというHらの供述内容は,被告人の言動に脈絡がなく,それ自体不自然といわざるを得ない。むしろ,警察官から手を引っ張られて引きずられ,更に背中を押され,腕を引っ張られるなどして無理矢理捜査用車両に入れられ,その間,骨折していた肋骨の痛みを訴えていたという被告人の供述内容の方が自然というべきである。
エ これに対して,検察官は,被告人が供述するような状況が事実であったとすると,これを見ていたB会関係者が抗議し,あるいはより早い段階でB会関係者が弁護士を伴って中央署に抗議に赴くはずであると主張する。
 
しかし,被告人は,現場においてB会の荒巻が,警察官に対して,「肋骨が折れとるけん,もう暴力するとはやめてくれ。」などと訴えてくれた旨供述しており(被告人第7回124項),現場に居合わせた警察官濱地信も,荒巻が帰してくださいというような話をしてきたが,もう任意同行をかけているから仕方ない,話があるなら署に来いと言ったなどと供述して(証人濱地91項),B会関係者からの働きかけがあったことを認めている。また,前記任意同行及び取調状況報告書(甲89)には,午後5時15分ころ,加藤達夫弁護士から,「何の容疑で調べられているのですか。任意なら時間を考えて帰してください。」という電話が,次いで,午後6時ころ,堺弁護士から,「奥さんからの依頼で電話してます。本人はけがをしてますのでその点を考慮して取調べを行ってください。」という電話がそれぞれ中央署に入ったとの記載もある。
 
このような証拠関係に照らしてみると,検察官の主張には理由がなく,むしろ,被告人が無理矢理中央署に連れて行かれるのを見たB会関係者が素早く対応したと考える方が自然である。
オ また,検察官は,現場に臨場したHからいきなり手を引っ張られたという被告人の供述は余りにも不自然であると主張するが,現場に居合わせたKは,要旨,「本件車両付近でHから任意同行を求められるとすぐに被告人が「痛たた」と言い,捜査用車両の前に行ってまた「痛たた」と言った。Hが任意同行を求めてから被告人が捜査用車両の前で寝ころがるまでの時間は二,三分かかっていないと思う。」などと,被告人の供述に沿い,Hの供述とは整合しない供述をしている(証人K95項ないし102項)。そして,Hは,制服の警察官が暴力団組員を職務質問してもめているということで4課に応援要請があったことを受けて,4課の責任者として臨場したものであり,Hが現場に臨場した時点で,現に多数の暴力団関係者と警察官とが小競り合いをしているような状況であったというのであるから(証人H第10回4項ないし8項),任意同行の緊急性が相当程度あったというべきであって,Hが被告人を直ちに中央署に任意同行しようとすることがそれほど不自然であるとも思われない。したがって,検察官の主張には理由がない。
カ なお,被告人は,捜査用車両の中で左右の警察官から被告人の左右の腕をそれぞれねじ上げられていた旨供述しているのに対して,このとき被告人の左右に座っていたI及びJはいずれもそのようなことをした事実はないと供述している。しかし,被告人は,このとき,弁護士に電話をするから放してくれと言ったが,警察官から「暴力団が弁護士とかに電話したらおかしかろうもん。笑わるるぜ。」と言って,手を放してくれなかった(被告人第7回421項)とか,何でこんなことをされないといけないのかと聞くと,Iから,おまえが中央署にけんかを売っているからだと言われた(被告人第14回38項)などと迫真性に富む供述をしており,これを虚偽のものとして否定し去ることはできないというべきである。
(2)次に,被告人が中央署の取調室に入った直後の状況について,被告人は,警察官から羽交い締めのようにされてポケットの中の携帯電話や財布などを取り上げられ,弁護士に電話をさせろと訴えたが無視され,さらに,床にうつぶせになったときに脇腹の辺りを警察官の膝で押されたなどと供述している(被告人第7回147項ないし179項など)のに対して,J警察官は,要旨,「被告人を乗せた捜査用車両が中央署に到着し,私とI係長ともう1人の捜査員が被告人と一緒に取調室に入ると,まずI係長が被告人に「持ってるものを全部出せ。」と言って所持品検査を始めた。被告人はふてくされた様子で財布や携帯電話等の所持品を取調室中央の机の上に投げ出した。私は,「中身を見るぞ。」などと言って,被告人の目の前で財布の中身を全部出した。その後,私は,所持品の内容をメモするために,取調室に入って左手にある机に財布と携帯電話を移動した。その机の上に財布と携帯電話を置いて,メモを作成している間に,I係長,K部長,P刑事が順次取調室で被告人に応対していた。メモを作成し終えたころ,取調室の外から呼ばれたので,財布と携帯電話を机上に置いたまま取調室の外に出た。」などと供述している(証人J52項以下)。
 
しかし,I,K及びPは,いずれも被告人が財布や携帯電話を所持していたとは供述していない。すなわち、Iは,被告人を連れて中央署に戻ってから被告人を入れた取調室に入った記憶はないなどと供述しているが(証人I43項),Jの供述によれば,Iは被告人と一緒に取調室に入り,被告人に対する所持品検査を行い,しばらくの間被告人と直接応対していたというのであるから,被告人を入れた取調室に入った記憶はないなどというIの供述は極めて不自然であって,被告人が供述するような状況に関与していながら,そのことを隠したと疑われても仕方がないというべきである。また,Kは,取調室に入った時点で1課の捜査員が2名ほどいたが,棒立ちの状態であり,前屈みで机に手をついていた被告人が「あいたたた」と言って仰向けに寝てしまったのを見て,2人の捜査員には帰ってもらい,被告人と2人になったなどと具体的に供述しているが(証人K30項ないし50項),その供述内容自体,前記J供述と矛盾している上,被告人の財布と携帯電話については見ていないと断言している(同179項ないし186項)。さらに,Pも,Kと入れ替わりに取調室に入り,その後Jが出て行ったなどと前記J供述に沿う供述をする一方で,被告人は財布や携帯電話を持っていなかった,持っていれば机の上に出てるはずだなどと供述しているが(証人P90項ないし113項),不自然というほかない。この点,検察官は,取調室には机が2つあったことから,Pが気付かなかったとしても不自然ではない旨主張するが,到底納得することができない。
 
これに対して,警察官から羽交い締めのようにされてポケットの中の携帯電話や財布などを取り上げられ,弁護士に電話をさせろと訴えたが無視され,さらに,床にうつぶせになったときに脇腹の辺りを警察官の膝で押されたなどという被告人の供述は,その後,痛みがひどくなり,M医院に行くことになったが,歩けないと言う被告人に,警察官の1人が車いすを用意しようとしたところ,別の警察官から,「そげなとに車いすがいるか。さっき死体を運んだたんかがあろうが。それで十分たい。」と言われたなどという供述ともあいまって,具体的で迫真性に富むものといえる。 
 
もっとも,被告人は,脇腹付近を膝で押してきた警察官を特定できていないが,この時被告人がうつぶせになっていたことに加えて,K,Pらの供述によっても,証人として出廷した警察官のほかに被告人と共に取調室にいた警察官が存在すること(証人K172項,同P14項)からすると,脇腹付近を膝で押してきた警察官を特定できていないからといって,被告人の供述の信用性が失われるものではない。
 
また,検察官は,被告人が,取調室の床に寝ころぶに至った理由について,第7回公判では,頭に来て自分で座ったという供述をしていたのに,第9回公判では,警察官から羽交い締めにされて床に引きずり降ろされたというように供述を変遷させており,信用できないと主張するが,被告人の第7回公判期日における供述(147項ないし164項,特に149項,157項)をみると,被告人は,いったん羽交い締めにされて床に引きずり降ろされ,再度いすに座らされた後に,頭に来て自分で床に座ったという趣旨の供述をしているものと認められ,前記のような変遷があるとはいえないから,検察官の主張は理由がない。
(3)以上に加えて,本件で覚せい剤の使用を自白した被告人の検察官調書(乙37)中に,わざわざ,「私は,中央警察署に任意同行されていることになっておりますが,それについて,何ら争う気持ちは持っておりません。」と記載されていることや,同調書及び同じく覚せい剤使用を自白した警察官調書(乙36)のそれぞれの署名の最後に小さくチェックマークが入っていることについて,被告人が,悔しかったのでこのような印を付けたと供述していること(被告人第7回276項ないし294項),さらに,被告人は,併合審理されている他の事件についていずれも犯罪が成立することを認めており,仮に本件で無罪になったとしても,他の事件で処罰される立場にあることをも併せ考慮すると,前記認定に沿う被告人の供述の方がこれと異なる警察官らの供述よりも信用性が高いか,少なくとも前記認定に沿う被告人の供述を虚偽であるとして否定し去ることはできないというべきである。
(4)これに対して,検察官は,Hが現場に臨場した時刻が午後3時ころ,被告人が中央署に到着した時刻が午後3時55分ころであり,現場から中央署まで自動車で15分程度かかることからすると,被告人が現場で捜査用車両に乗り込み中央署に向かった時刻は午後3時40分ころであると認められるのに,被告人は,第7回公判(130項ないし132項)において,Hに手を引っ張られ,わずか三,四分で捜査用車両に押し込まれたと供述しているのであって,被告人の供述は証拠上認められる時間の経過と矛盾するのみならず,この点について,被告人は第16回公判で突如供述を変遷させており,信用できないと主張する。
 
たしかに,関係証拠に照らしてみると,Hに手を引っ張られ,わずか三,四分で捜査用車両に押し込まれたという被告人の供述は,三,四分という時間の点で短すぎ,にわかに信用し難い。そして,この点について,被告人は,第16回公判(190項)において,捜査用車両の前でIと言い合いをしていた時間が少なくとも10分ないし15分はあったなどと供述を変遷させている。
 
しかしながら,時間に関する被告人の供述はあくまで感覚的なものにすぎない。そして,被告人は,捜査用車両から降りてきた警察官からいきなり手を引っ張られて捜査用車両前まで連れて行かれたこと,そこで,警察官から本件車両について盗難物じゃないかなどと言われたり,車に乗らないと「公妨付けるぞ」などと言われたこと,いったんあきらめて捜査用車両に乗りかけたが,思い直し,両腕を広げ,左右の手で車体をつかんで乗るまいとしたものの,数名の警察官から,背中を押され,腕を引っ張られるなどして,無理矢理車内に入れられたことについては,第7回公判から第16回公判に至るまで一貫した供述をしており,その内容も具体的である(被告人第7回70項ないし139項,第14回7項ないし43項,第16回102項以下)。
 
したがって,検察官の主張は,前記認定に沿う被告人の供述の信用性を否定し去るには足りないというべきである。
 
また,検察官は,M医院及びC病院で作成されたカルテ等によれば,本件当日の被告人の肋骨骨折の容態は以前に比べて全く悪化していないばかりか,これに対する治療もほとんど施されていないのであって,このことは,本件当日に警察官から暴行を受けたという被告人の供述と整合せず,被告人をゆっくりと持ち上げた以外に有形力を行使していないという警察官らの供述と整合すると主張するが,被告人がその供述するとおりの暴行を受けたとしても,被告人の肋骨骨折の容態がはっきり分かるほどに悪化するとは限らないのみならず,前記カルテの記載によれば,被告人が本件当日各病院で痛みを訴えていたこと,さらに,C病院では痛み止めの処方を受けたことが認められるのであって,このような意味において被告人の肋骨骨折の容態は悪化し,治療も施されたということもできるのであるから,検察官の主張には理由がない。
 
さらに,検察官は,当初から弁護士と連絡させるよう要求していた被告人が,C病院で弁護士と面会した際,警察官から暴行を受けたことなどについて相談しなかったというのは不可解であると主張するが,この点について,被告人は,診察が終わった後,徳永弁護士が刑事に早く帰らしてくれないかなどと言うと,刑事は車の引き当てが終わったらすぐ帰しますからなどと返事をしていて,それで徳永弁護士からこういうことだからなどと言われて,そうですかと答えた程度の話しかしていないと供述しているのであって(被告人第7回248項),弁護士と警察官との間で被告人の身柄について一応の合意が得られたのを見た被告人が,その場でそれ以上弁護士に強く訴えなかったとしても,それほど不自然とはいえないから,検察官の主張には賛成することができない。
 
このほか,検察官は縷々主張するが,いずれも前記認定に沿う被告人の供述の信用性を否定し去るに足りない。
3 そこで,1で認定した事実を前提として,本件鑑定書の証拠能力について検討する。
 
前記認定事実によれば,当時,被告人には本件車両に関する道路運送車両法違反,窃盗の犯罪の嫌疑があり,また,現場における被告人及びB会関係者らの言動に照らしてみると,被告人を中央署に任意同行する必要性,緊急性が相当程度あったことも否定できない。
 
この点,弁護人は,窃盗の嫌疑は認められず,また,任意同行の必要性,緊急性もなかった旨主張するが,本件車両には抹消登録された別の車両のナンバープレートが取り付けられていたことに加えて,被告人が,警察官の職務質問に対してまともな返答をせず,反抗的な態度を取る一方で,本件車両の使用者であることをうかがわせる言動をしたこと,さらに,被告人の周りにいたB会関係者が職務質問を妨害するような言動に出たことに照らし,弁護人の主張に賛成することはできない。
 
しかしながら,警察官らは,任意同行の名目で,被告人の手を引っ張って少なくとも四,五メートルは被告人を引きずった上,被告人が,両腕を広げ,左右の手で捜査用車両の車体をつかんで,任意同行を明確に拒絶する意思を表示しているにもかかわらず,被告人の背中を押し,腕を引っ張って同車後部座席に無理矢理乗車させ,被告人を挟んで両側に警察官が座り,それぞれが被告人の左右の腕をねじ上げた状態で,同車を発進,走行させて被告人を中央署に連れて行ったというのであるから,被告人の意に反して被告人を現場から中央署まで強制的に連行したと認めるほかなく,このような警察官らの行為は警察官職務執行法2条3項に照らし,明らかに違法である。しかも,中央署到着後,警察官らが,被告人を背後から抱えるようにして持ち上げ,被告人がポケットに入れていた携帯電話や財布などを取上げ,弁護士に電話をさせろという被告人の声を無視し,床にうつぶせになった被告人の脇腹付近を膝で押すなどしていること,さらに,被告人に面会に来た弁護士を取調中で支障があるなどという理由で待たせた挙げ句,面会させないまま被告人をC病院に連れて行ったことなど,本件に現れた警察官らの言動に照らしてみると,警察官らにおいて令状主義の諸規定を潜脱する意図がなかったということもできない。そうすると,前記のとおり,被告人に犯罪の嫌疑があり,任意同行の必要性及び緊急性が相当程度あったことを考慮しても,前記違法の程度は,令状主義の精神を潜脱し,没却するような重大なものであるといわざるを得ない。そして,このような違法な任意同行に密接に関連する証拠を許容することは,将来における違法捜査抑制の見地からも相当でないと認められるから,その証拠能力を否定すべきである(最高裁平成15年2月14日判決、刑集57巻2号121頁参照)。
 
本件鑑定書は,違法な任意同行後に発付された強制採尿令状に基づき差し押さえられた被告人の尿に係るものである。被告人は最終的には自ら排尿しているが,それが強制採尿令状に基づくものであることは,捜索差押調書(甲91)が作成されていることやその記載内容からも明らかである。そして,強制採尿令状は,被疑事件の重大性,嫌疑の存在,当該証拠の重要性とその取得の必要性,適当な代替手段の不存在等の事情に照らし,捜査上真にやむをえないと認められる場合でなければ発付することができないところ(最高裁昭和55年10月23日刑集34巻5号300頁参照),本件令状請求の疎明の内容は,前記1(6)で認定したとおりであって,そのうち,尿の任意提出について再三説得したが被告人が応じなかったという事情は,違法な任意同行がなければ疎明することができなかったのであり,しかも,この事情が疎明できなければ,同令状が発付されることも,これに基づき被告人が排尿することもなかったと考えられる。したがって,違法な任意同行と本件強制採尿手続との間には密接な関連があることは明らかであり,同手続により採取された尿,さらに,これを鑑定した本件鑑定書は,違法な任意同行に密接に関連する証拠として,その証拠能力を否定すべきである。 
第3 結論
 
よって,本件鑑定書を証拠として採用することはできないから,主文のとおり決定する。
平成17年12月7日
福岡地方裁判所第3刑事部
裁判官 柴田寿宏

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