殺人福岡9

殺人福岡9

福岡地方裁判所/平成一一年(わ)第六八八号

主文
被告人は無罪。

理由
第一 公訴事実
 
本件公訴事実は、「被告人は、平成一一年七月三日午前二時過ぎころ、福岡市○○区○○△丁目△番△―××号の被告人方において、殺意をもって、X(当時二七年)の背後からその頸部に左腕を巻き付け、右腕で自己の左腕を押さえて右Xの頸部を締め付け、よって、そのころ、同所において、頸部圧迫による窒息により死亡させたものである。」というものである。
第二 争点
 
弁護人は、本件公訴事実について、被告人は、深夜に突然自宅に侵入してきたX(以下、「被害者」という。)から殴る蹴るの暴行を受け、自己の生命、身体を防御するため、咄嗟に同人に対するや扼頸行為に及んだものであるが、被告人には、被害者の首の辺りにしがみつくという認識しかなかったのであるから、殺意がなく、傷害致死罪の構成要件的評価にとどめられるべきであり、かつ、被告人の右行為については、盗犯等の防止及処分に関する法律(以下、「盗犯等防止法」という。)一条一項三号所定の正当防衛が成立するので、無罪である旨主張する。そこで、殺意の有無及び正当防衛の成否について、以下検討する。
第三 証拠上明らかな事実
 
関係各証拠によると、以下の事実が明らかに認められる。
一 本件に至る経緯等
1 被告人は、M株式会社N支店において営業係長の職にあったことから、同社の販売代理店に勤めていた被害者及びO女(以下、「O女」という。)と知り合い、O女からは仕事上の悩みの相談を受け、被害者には自社の後輩と同様に接するなど、仕事上の交際を重ねていた。O女は、被害者から交際を申し込まれ、平成一一年五月ころには同人と肉体関係を持つようになったが、被告人は両名の関係には気付いていなかった。なお、被告人は中背で中肉で細身の体格であり、他方、被害者は、身長一八四センチメートル、体重六七・五キログラムという体格である。
2 被告人、被害者、O女らは、同年七月二日夜、仕事関係の懇親会に出席し、その席で、被告人とO女が、場を盛り上げるため、結婚宣言をしたり、抱き合ってキスをしたりするなど、被害者らの面前で親密な態度を示したが、被害者は、懇親会の幹事を務めていたこともあって、その場では無関心を装っていた。被告人とO女は、二次会のカラオケが終わった翌三日午前零時三八分ころ、「僕達、消えるから。」などと言いながら、他の出席者と別れて立ち去ったが、被害者は、これを目撃した後、同僚らの誘いを断って一旦帰宅した。
3 被告人とO女は、タクシーで福岡市○○区○○△丁目△番△―××号の被告人方に向かったが、その間、被害者は、被告人やO女の携帯電話に頻繁に電話をかけ続け、電話に出た被告人に対し、「てめえ、この野郎、調子に乗ってんじゃねえよ。覚悟しとけよ。」などと怒号した。
4 そのころ、被害者は、自宅を出て被告人方に向かい、同日午前二時ころ、携帯電話で被告人方に電話をかけ、被告人に対し、「この野郎、調子に乗ってんじゃねえよ。覚悟しとけよ。」などと怒号した上、無施錠の被告人方玄関ドアを開けて、その居室内に土足のまま上がり込んだ(なお、右通話は同日午前二時四分二八秒に終わっているが、右時刻と被害者の侵入との前後関係については、証拠上認定できない。)。
二 暴行状況等
1 被害者は、被告人とO女が並んで仰臥していたベッドに駆け寄ってその上に立ち、右肘をついて上半身を起こそうとしていた被告人に対し、「何しようとや。」、「殺しちゃあ。」、「仕事はもうどうでもいい。」などと怒鳴りながら、立ったままの姿勢で、いきなりその正面から、革製ブーツを履いた右足で被告人の顔面を強く蹴り付けるなどし、その後も、少なくとも一〇回以上蹴り続けた。
2 その後、O女が、「ごめんなさい。」などと言いながら、被害者の左足の大腿部にしがみつき、同人を制止しようとしたが、被害者は、「うるさい。」などと言いながら、O女を振りほどいてベッドの下に転落させ、さらに被告人の顔面等を蹴り続けた。これに対し、被告人は、両手で顔を覆って被害者の暴行を防ごうとしたが、その手も蹴り飛ばされ、さらに、顔を蹴られた衝撃で背中や頭を壁に打ち付けるなどした。O女は、再びベッドの上に上がって、被害者と被告人の間にうずくまるようにして割って入ったが、被害者は、なおも怒鳴りながら、被告人を蹴り付けるなどの暴行を続けた。
3 被告人は、右のような暴行を受け続けながら、被害者に対し、「何でこんなことをするのか。」、「弟みたいに可愛がってきたのに。」などと言って、同人をなだめようとしたが、被害者は、「そんなの知らん。」、「うるさい。」などと怒鳴りながら、さらに、被告人を蹴り続けた。
4 被告人は、被害者からの一方的な暴行により、左眼が腫れあがって見えなくなり、生命の危険をも感じたことから、同人に対し、「上等だ。」などと言って手を突き出すと、被害者がベッドの下に転倒した。次いで、被告人は、ベッドの下に座る姿勢となった被害者と正対するや、咄嗟に同人の顔面を手拳で殴打した上、ベッドの上から同人に覆い被さるようにして組み付き、そのまま二人はベッドの下で揉み合いとなった。
5 被告人は、被害者と揉み合ううちに、その背後に回り込み、両肩を動かして被告人を振り払おうとする被害者に抱きつくようにして同人の頸部付近に左腕を巻き付け、その手首付近を右手でつかみながら、自ら床の上に仰向けに寝るような形で、同人の身体を後方に引き倒し、自己の身体の上にほぼ重なる状態で乗せた上、自己の左胸付近に位置していた被害者の頸部に左腕を巻き付け、その手首あるいは手の甲付近を外側から右手で押さえつけるようにして強く引きつけた。なお、この態勢は、右手の位置と動きを除いて、警察官が駆けつけて両者を引き離すまで変わることはなかった。
6 すると、被害者は、一旦は静かになったが、やがて、両足を激しくばたつかせ、被告人の左上腕部や左肩を強くつかむなどして抵抗したことから、被告人は、被害者の右足に自己の左足を外側から絡ませて動かないようにし、その頸部正中付近を左前腕部で締め続けたところ、暫くして、被害者は全く動かなくなった。そこで、O女が、「もう放して。」と言いながら、被告人の左前腕部を両手でつかみ、これを上に引上げて被害者の頸部から引き離そうとしたが、引き離すことができず、被告人は、O女に対し、「放したら、また暴れる。警察を呼んで。」と言って、一一〇番通報した。
7 O女は、同日午前二時ころ、被告人方の電話から一一〇番通報したが、応対した福岡県警察本部通信司令室のKに対し、動転の余り、状況を的確に説明することができないまま一方的に電話を切った。間もなく、Kの再送信の措置により電話が接続したことから、被告人は、前記態勢のまま、右手を左手から離して受話器を握り、Kに対して、「早く来い。」などと告げた。被告人は、電話を終えると、受話器を床に置き、右手をそのまま床においた状態で、O女に対し、「もう警察が来るから、下に行って呼んで来い。」などと言って、O女に被告人方マンションの一階出入口で警察官の到着を待つよう指示した。
8 O女は、すぐに部屋を出ると、被告人方マンションの一階出入口のところで警察官の到着を待ったが、なかなか到着しなかったため、しびれを切らして一旦部屋に戻り、被告人に指示されて部屋の電灯を点けた。被告人は、依然として、前記態勢のままであったが、明かりが点くと、まぶしそうに右手を目の前にかざした。O女は、被告人の顔が血まみれになっているのを見て、室内にあったタオルを被告人の顔の上に乗せ、被告人は右手でそのタオルを押さえていた。
9 その後,O女は、被告人の指示で再び部屋を出て、警察官を迎えに一階出入口のところまで行ったところ、同日午前二時二六分ころ、福岡県警察自動車警ら隊のK2ら三名の警察官が同所に到着し、午前二時三〇分ころ、被告人方居室に入った。 
三 警察官到着後の状況等
1 被告人は、前記態勢のまま、K2らに対し、「やっと来てくれた。」、「締めて三〇分くらいになる。」などと言った。その後、K2が被害者の心停止を確認した後、被告人の身体から被害者の身体を降ろし、被告人も加わって、被害者に対する心肺蘇生術を施したが、なんらの反応もなかったため、もはや同人の蘇生は不可能であると考え、これを止めた。
2 被告人は、K2に対し、本件の事情を説明するなどしたところ、同日午前二時三五分ころ、同所において殺人の現行犯人として逮捕された。
3 その後、P大学医学部法医学教室のQ教授により、被害者の司法解剖が行われ、同人は、扼頸により気管が閉塞し、窒息死したものであるとの鑑定がなされた。なお、被害者の血中アルコール濃度は、血液一ミリリットル中〇・九六ミリグラムであった。
第四 被害者死亡の経緯及び機序
一 証人Qの当公判廷及び期日外証拠調べにおける各供述(以下、併せて「Q証言」という。)によれば、扼頸による窒息死の一般的な経緯は、以下のとおりであることが認められる。
1 扼頸による気道閉塞が始まって三〇秒から一分間はなんら症状が現れない(前駆期)。
2 次に、息を吸い込もうと必死になって努力し、筋肉の収縮を伴う呼吸困難の時期がある、その時間的長さは個体差が大きいが、二分間から四分間くらいであり、その間、暴れたりするものの、次第に弱くなっていく(呼吸困難期)。
3 その後、呼吸が停止して、ぐったりとした仮死状態になり、これが二分間から四分間くらい続く(呼吸停止期)。
4 そして、顎が持ち上がってのけぞるような状態であえぐような弱い呼吸が一回若しくは断続的に数回続くが、呼吸としての有効性はなく、空気が気管の辺りくらいまでは入るから、その際、空気が出ていくときに声帯を震わせれば、グーッというような音が出ることもある(終末又は下顎呼吸期)。
5 終末呼吸の後に心停止し、死亡に至る。
6 扼頸の対象者が、その直前に激しい運動をしていた場合やアルコールを摂取していた場合には、その際に多量の脳内酸素を費消していることから、前記各時期の時間及び死亡に至る時間は短くなる。
7 呼吸困難期が終わった段階での自然蘇生はあり得ず、人口蘇生もかなり困難であって、大脳皮質が不可逆的に破壊されていることから、仮に蘇生してもいわゆる植物人間の状態になる。また、終末呼吸期においては、人口蘇生も非常に困難であり、仮に救命措置が成功しても脳死状態を脱することはできない。
二 扼頸による窒息死の右経緯と機序を本件に即して考察するに、前記第三の二の6で認定したとおり、被害者は、被告人の左前腕部で頸部を強く締め付けられ、当初は静かであったが、すぐに激しく抵抗し、しばらくして全く動かなくなり、これに気付いたO女が被告人の左腕を被害者の頸部から引き離そうとしたが、引き離すことができず、前記第三の二の7、8及び9で認定したとおり、その後、被告人は、被害者の頸部を締め付けていた左手から右手を離し、右手で受話器やタオルを握るなどしていることから、被害者の頸部を締め付けていた左腕の力が幾分弱まり、気管閉塞が緩和されたと考えられるが、被害者が自己呼吸を回復したという形跡は皆無であり、これらの事実経過からすると、被告人の扼頸行為が開始された後、被害者は、前駆期と呼吸困難期を経て、O女が被害者の動きが止まったことに気付いた時点においては、既に呼吸停止の状態に陥っていたものとみるのが最も自然かつ合理的である。
 
ところで、被告人は、捜査、公判を通じて、O女が警察官を迎えるために被告人方居室を出た直後に、被害者が、「うーん。」というような声を出して上体をのけぞらせてきたので、また反撃してくると思い、腕に力を入れ、次に、警察官がインターホンを鳴らす直前にも、被害者が前同様上体をのけぞらせてきたため、また腕に力を入れた旨供述するところ、Q証言によれば、右の一回目ののけぞり行為は終末呼吸と認めることができ、二回目のそれは単なる筋肉反射と考えられるが、時間的に一回目ののけぞり行為にもう少し接着していた可能性も否定できず、その場合には、終末呼吸として合理的に説明することができ、いずれにせよ、右の各行為を酸素吸入に有効な呼吸運動とみる余地はない。
 
右考察によれば、被害者は、被告人から頸部を強く締め付けられて数分間というわずかの時間で呼吸停止に至ったことになるが、前記一の1、2で認定した扼頸の開始から呼吸停止に陥るまでの一般的な時間の最短である二分三〇秒間と矛盾しない上、被害者は、前記第三の三の3で認定したとおり、相当高度のアルコール酩酊状態にあったこと、前記第三の二の1ないし6で認定したとおり、激しい運動を伴う暴行に及んでいることからすると、比較的短い時間で呼吸停止状態に陥ったことについて、合理的な説明が可能である。
三 以上のとおり、被告人の扼頸行為は、被害者を自己の身体の上に乗せ、左腕をその頸部に巻き付け、頸部正中付近を左前腕部で強く締め付けた時点から始まり、被害者は、頸部圧迫による気管閉塞のため、数分間というわずかな時間で呼吸停止状態に陥り、以後は、不可逆的に、終末呼吸を経て心停止に至り死亡したものと認定するのが相当である。
第五 殺意の有無
一 前記第四で認定したところによれば、被害者の呼吸停止後の被告人の扼頸行為は、被害者の死亡についてなんらの因果関係もなく、被害者の死の結果とは無関係な行為であるから、殺人罪若しくは傷害致死罪の実行行為性を有しない。したがって、被告人の扼頸行為が殺人罪を構成するというためには、前記第三の二の6で認定した、被害者が無抵抗状態になるまでの扼頸行為(以下、「本件扼頸行為」という。)の際に殺意があったことが肯定されなければならない。
二 前記第三で認定した事実によれば、被告人に確定的殺意がなかったことは明らかである。
 
しかし、前記第四の三で認定したとおり、被告人は、数分間にわたり、被害者の頸部を、気管を閉塞するのに十分な程度の強い力で締め続けており、その行為自体、死の結果をもたらす危険性の高い行為であるということができる。また、前記第三の二の6で認定したとおり、被告人は、O女から左前腕部をつかまれて「もう放して。」と言われた際、同女に対して、「放したら、また暴れる。」と答えており、その時点においては、被害者の頸部を強く締め付けているという認識があったと推認することができる。さらに、証人Kの当公判廷における供述は、その内容や職務に照らして信用性が高いと考えられるところ、その供述によれば、被告人は、Kに対し、「死んだら俺の責任」「お前らが殺したようなもん」などと口走っていたことが認められ、遅くとも、その時点においては被害者が自らの扼頸行為により死亡する危険があることを認識していたものとみるのが相当である。
 
右の諸点に照らすと、被告人が、本件扼頸行為の際に、被害者が死亡する危険を認識していた可能性は相当に高いということができる。
三 しかし、本件のような扼頸により気管が閉塞し、窒息死に至るという場合の死の危険は、凶器による身体攻撃と異なり、一回的な行為によって生じるものではなく、紐等による絞頸と比べても、より長時間で強度の頸部圧迫を要し、一般にもそのように認識されていると考えられることからすると、本件における殺意認定のためには、気管を閉塞するのに十分な程度の強い力で、かつ、ある程度の時間、継続して締め続けることの認識を要すると解するのが相当である。
 
本件は、被告人が、深夜に突然自宅に侵入された上、一方的に激しい暴行を受けて生命の危険をも感じ、被害者と揉み合いになった末に、必死に被害者を制圧しようとして扼頸行為に及んだものであって、当時、被害者の激しい暴行により体力をかなり消耗し、左眼が見えないという状態にあり、恐怖、驚愕、興奮又は狼狽の状況にあったことは想像に難くなく、被告人の捜査及び公判の各供述によれば、被害者が被告人の腕を外そうとして左上腕部等を圧迫痕が残るほどに強くつかんで抵抗したことや、O女が、被害者が全く動かなくなった後に、被告人の左腕をつかんで被害者の頸部から外そうとしたことなどの印象的な出来事について、全く記憶がないことが認められ、さらに、前記認定のとおり、被害者が呼吸停止の状態に陥るまでの時間がわずか数分間であることを併せ考えると、被告人が、本件扼頸行為において、その強さや時間的継続を認識していたと認めるには、合理的な疑いが残る。
 
したがって、本件扼頸行為の際に、被告人に未必的にせよ殺意があったと認めることはできない。
四 よって、被告人の本件行為は傷害致死罪の構成要件的評価にとどめられるべきである。
第六 正当防衛の成否
一 前記第三で認定したとおり、被害者は、深夜に突然被告人方に侵入して、一方的かつ強力な暴行を加え続けたものであり、それに対して、被告人は、被害者の一方的な暴行を止めさせ、少なくとも自己の身体を守るために本件扼頸行為に及んだものであるから、被害者が盗犯等防止法一条一項三号所定の不法侵入者に該当し、被告人の右行為が防衛の意思を備えた防衛行為であることは明らかである。
二 検察官は、被告人が被害者の顔面を手拳で殴打するなどの反撃行為に出た時点では、被害者が、新たな加害行為に出るどころか被告人の反撃にも抵抗していないこと、被告人が扼頸行為を開始した後も、被告人の生命はもとより身体にも危険を及ぼすような攻撃はなく、被害者が新たな攻撃を再開する外形的兆候がなかったことからすると、被告人が生命、身体に対する攻撃を受けるおそれは格段に弱まった状況にあったとみるべきであって、被告人の扼頸行為は防衛手段としての必要性を欠き、また、被告人は、被害者の暴行、傷害行為に対して、被害者が窒息死するほどに強度かつ継続的に頸部を締め付けるという殺害行為をもって反撃したものであるから、防衛行為としての相当性を逸脱している旨主張する。
三 そこで、被告人の本件扼頸行為が、防衛行為としての相当性を有していたか否かについて検討する。
 
なお、前記第五の一で判示したとおり、被害者の呼吸停止後の被告人の扼頸行為は、被害者の死亡についてなんらの因果関係もなく、被害者の死の結果とは無関係な行為であるから、相当性の有無についても、前記第三の二の6で認定した、被害者が無抵抗状態になるまでの扼頸行為(本件扼頸行為)について検討すべきことになる。
四 前記第三で認定したところによれば、被害者は、深夜に突然被告人方に侵入し、極度に興奮した状態で、「殺しちゃあ。」などと怒号しながら、暴行の理由を問いただしたり、なだめようとする被告人の問いかけに一切耳を貸すことも、攻撃の部位や強度についてなんら顧慮することもなく、それ自体凶器となり得る革製ブーツを履いた足で人体の枢要部である顔面等を強く蹴り続けるという、極めて強度な暴行を一方的に加え続けたものであって、右暴行の経緯、態様及びこれらによって窺われる被害者の強固な攻撃意思からすると、被告人の身体のみならず生命にも具体的な危険が存在したとみるのが相当である。さらに、前記認定のとおり、被告人は、被害者から前記のような暴行を受け続け、左眼が見えなくなったことなどから、生命の危険を感じて反撃に転じ、ベッドの下に転倒した被害者と揉み合いになるうち、その背後に回って自己の身体の上に同人を仰向けに引き倒したものであるところ、右の態勢は、客観的かつ明確な力関係の逆転や被害者の攻撃意思の放棄、喪失等によって生じたものではなく、被告人の咄嗟の反撃とこれに続く両者の揉み合いという一連の動きの中で、短時間のうちに、偶々生じたものとみるべきであり、この間の攻守及び態勢の変化によって、被害者の攻撃意思や攻撃能力が極端に弱まったという状況や、被告人の強力な制圧行為がなくとも、被害者が再び前記のような激しい暴行に出ることがないと窺わせるような状況になったとは到底認め難い。むしろ、被害者のそれまでの激しい暴行と強固な攻撃意思からすると、被告人が被害者を制圧できなかった場合には、再び攻守が逆転し、被害者が攻撃に転じて更なる暴行を加える恐れは十分にあったと考えられる。
 
したがって、被告人が本件扼頸行為を開始した時点においても、被告人の生命、身体に対する危険はなお継続していたものと認められ、右危険の有無及び程度に関する検察官の前記主張は採用できない。
五 前記第三で認定したとおり、被告人は、自己の身体の上に被害者の身体が重なる形で同人を引き倒した状況のもとで、被害者を制圧するために本件扼頸行為に及んだものであるところ、被告人と被害者の間には体格差があり、被告人は、被害者の激しい暴行により体力をかなり消耗していた上、左眼が見えないという状態にあったこと、被害者が本件扼頸行為の際に激しく抵抗していること、被害者の死に直結する本件扼頸行為の時間はわずか数分間であった上、未必的故意も認め難いことなどを総合すると、本件扼頸行為は、被害者の更なる暴行から自己の生命、身体を守るために、被害者を制圧する行為としてやむを得なかったものとみるのが相当である。
 
防衛行為の相当性に関する検察官の前記主張は、被告人が本件扼頸行為を開始した時点において、被害者が攻撃を続けるおそれが格段に弱まった状況が存在したにもかかわらず、あえて本件扼頸行為に及んだという証拠上認め難い事実を前提とするものであり、採用できない。
 
なお、仮に、被告人が殺意をもって本件扼頸行為に及んだと評価すべきであるとしても、殺意が未必的なものにとどまるものであることからすると、本件扼頸行為は、刑法三六条一項における防衛行為の相当性に比してより緩和されていると解される盗犯等防止法一条一項における相当性の範囲内の行為であると認めるのが相当である。
六 以上により、本件扼頸行為については、盗犯等防止法一条一項三号所定の正当防衛が成立する。
第七 結論
 
以上の次第で、被告人の行為は罪とならないから、刑事訴訟法三三六条により無罪の言渡しをする。
 
よって、主文のとおり判決する。
平成一二年三月三一日
福岡地方裁判所第一刑事部
裁判長裁判官 仲家暢彦 裁判官 家令和典 裁判官 杉原崇夫

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