殺人福岡11

殺人福岡11

福岡地方裁判所/平成14年(わ)第561号等

主文
被告人を死刑に処する。

理由
【事案の概要】
 
本件は,被告人が,Aと共謀して,後記第1のとおり当時の同僚の看護師から500万円の金員を詐取し,またA及びBと共謀して,後記第2の1のとおり,生命保険金目的でBの夫たるDを殺害し,後記第2の2のとおりその生命保険金3500万円近くを詐取し,続いてA,B及びCと共謀して,後記第3の1のとおり生命保険金目的でCの夫たるEを殺害し,後記第3の2のとおりその生命保険金3200万円余りを詐取し,さらにB及びCと共謀して,後記第4のとおり通帳と印鑑強取目的でAの実母であるF方に侵入し,同女を殺害しようとしたが未遂にとどまり,またBと共謀して,後記第5のとおり警察に出向こうとしたCを脅迫したとして起訴されている,詐欺3件,保険金目的殺人2件,住居侵入・強盗殺人未遂1件,脅迫1件の事案である。
【背景事情】
1 被告人の経歴,生い立ち,犯行前の生活状況等
 
被告人は,福岡県柳川市で出生し,佐賀県内の高等学校衛生看護科を卒業後,准看護師の資格を得て,大阪府貝塚市内の病院に勤務し,昭和54年4月には,正看護師の資格を得るべく福岡県久留米市内の看護専門学校に入学し,同学校を卒業後,その資格を得て,勤務先を転々としながら断続的に正看護師として稼動していたが,平成9年9月に当時の勤務先を退職して以降は,無職であった。
 
被告人は,昭和56年10月に夫と婚姻し,平成元年までに夫との間に3人の女児をもうけたが,次第に夫との関係は冷め,夫とは価値観が違うとして夫を嫌うようになり,後記のとおり平成3年ころ以降,被告人がAと親しくなって,Aが被告人方に頻繁に出入りするようになると,関係が一層悪化した夫は,やがて実家に移って被告人とは別居生活を始めた。特に平成5年には,夫がAとの間で性的関係を持とうとしたことを知って激高し,被告人は,心の中では夫を「抹殺」したとして,以後,夫にほとんど関心を持たなくなった。
 
ところで被告人は,もともと両親及び弟との4人暮らしで,中学校を卒業するまで借家住まいであったが,小学校に入学したころから,家計の貧しさを恥ずかしいことと意識するようになり,また,実母が,隣人であった大家を嫌っていたにもかかわらず,頼まれると様々な用事をこなすなどして,本音と建前を使い分けていることや,その大家が,被告人に居留守を使わせるなどしては小遣いをくれるなどするのを目の当たりにして,嘘は方便に過ぎないし,金さえあれば嘘もまかり通るといった思いを抱くようになった。また,被告人は,中学校に入学したころより,親切心から,あるいはまた,人から感謝されたいという思いがあったことから,同級生ら他人の表情を読み取って,その相談に乗り,その人の望むことをするといったことを頻繁に行っており,その術に長じるとともに他人から感謝されることに喜びを感じていたが,他方で,被告人自身の悩みを誰かに聞いて欲しいとの思いを抱いていた。
 
そして,結婚したものの,夫との生活に失望し,自分の力で子供達を養育しなければならないと思い決めた被告人は,子供達にだけは不自由をさせたくないという思いや,後記のとおり信頼と愛情を寄せていたAから尊敬されたい,信頼されたいという思いを強め,そのためには金が必要であり,金さえあれば自分の夢や希望を実現できるという「金の力」を信じて,従来からの金銭欲を益々強め,カードローンや高額クレジットに頼って,夫や自分の給与以上の支出を伴う生活を続け,その返済に苦慮した挙げ句,さらに一層の金員を欲するようになった。
 
そこで被告人は,後記のとおり,友人であったBやCから金を借りては返済を滞らせるなどしていたほか,遅くとも平成5年ころからは,B,Cを含めた複数の友人,知人や同僚らから言葉巧みに金員を騙し取ることを繰り返すようになり,しかもこれを悪いと思うどころか,金員を騙し取ることの達成感と,これを費消する満足感に浸るようになった。

2 被告人と共犯者らとの関係
(1)Aとの関係
 
Aは,被告人とは同学年で,小・中学校も同じであり,前記久留米市内の看護専門学校でもAが一年後輩という間柄で,以前から互いに顔見知りであったが,在学中には親しい付合いはなく,独身であったAは,同校卒業後正看護師の資格を得て稼動し,単身生活を送っていた。ところが,平成3年ころ,当時Aが勤務していた病院に,被告人がパートタイムの看護師として稼動するようになって以来,被告人とAは親しく交流を重ねるようになった。被告人は,そのころ関係が悪化していた夫との間で新たに妊娠した子を堕胎したが,Aが,その際病院に付き添ったり,被告人に悩みがあるなら打ち明けるよう促して,被告人を気遣ったことなどから,被告人の話を真剣に聞いてくれる人は他にいないとして,Aに対して深い愛情と信頼を寄せるようになった。また,被告人が聞き上手なこともあって,Aの方でも,被告人に対しては,他人に話せない悩みを打ち明けるようになり,被告人に大きな信頼を寄せていた。平成4年3月,被告人とAは同性愛の関係となり,以後,Aが被告人方にしばしば寝泊りするなど,両名は,その私生活の多くを共に過ごすようになり,やがて被告人の夫が別居するようになった後は,被告人は3人の娘と共にAと同居して,家族同様の生活をするようになった。
 
一方で,被告人は,Aから尊敬されること,信頼されることを強く望み,そのためには,たとえ嘘を吐いても構わないと考えていた。そこで,金に困っていた被告人は,友人から金を借りたりするのみならず,Aから言葉巧みに金員を騙し取り,その金員で,Aと旅行やコンサートに行くなどして,Aの歓心を得られるよう努めていた。さらに平成4年初めころには,被告人は,Aに対し,現実にそのような人物は存在しないにも拘らず,強大な裏の権力を持っている「先生」なる人物が実在するかのような架空の話をするようになった。被告人の話は徐々にエスカレートし,「先生」なる人物は,検察庁のトップなどとも交流があり,「先生」を補佐する立場にある「おばさまこと宮崎」,「田中」等,「先生の側近」なる集団が存在し,かかる「側近」が要人の身辺警護をしたり,「リサーチ」と称して情報収集をしているとか,被告人やAのために様々な便宜を図っているとか,G大学の某教授による実験か何かの成果により,同性愛関係にあった被告人が,同じ女性であるAの子を妊娠し,以後何年間もその状態が続いているなどという荒唐無稽な内容にまで及んだ。しかし被告人は,言葉巧みに具体的な「先生」の人物像を述べ,実際の出来事と絡めた話をし,「先生」や「側近」からと説明した手紙をAの家に置いたり,「リサーチ」の結果と称してAの預金残高を言い当てるなど,様々な策を弄して,もとより被告人を信頼し,被告人が嘘を吐く理由もないと考えていたAに,「先生」や「側近」の実在を信じ込ませ,このような「先生」と懇意であるという被告人に対する,一層の信頼と畏敬の念を抱かせることに成功した。さらに平成6年6月ころには,Aが,睡眠薬を過剰摂取した上で自動車の自損事故を起こし,その後眠り込んだという経過があったことを奇貨として,目覚めたAに対し,さもAがその間に,第三者を死亡させる交通事故を惹起したが,これを「先生」がその権力と資金を用いて揉み消したかのような虚偽の事実を申し向けるなどして,Aにこれを信じ込ませたこともあった。そして,被告人は,このようにして「先生」やその「側近」がAのために活動するには,莫大な経費がかかっている旨申し向け,その恩義に報いるためであるとして,Aに金員を要求し,Aはこれに応じて,看護師として働いて得た給与の一部を交付するようになり,銀行口座による判明分だけで,平成11年から平成14年4月に判示第1の容疑で逮捕されるまでの間に,被告人に対して,870万円以上の金員を支払ったほか,A名義で作成した消費者金融からのカード複数枚を交付するなどした。他方でAも,同居中の食費や光熱費等を被告人に負担してもらうほか,被告人から,「先生」からの贈り物であるという触れ込みで,銀行口座による判明分だけで,平成11年から平成14年4月までの間に,1000万円を超す金員を受領したほか,折に触れてブランド品のバッグなどを複数回受け取ったり,被告人やその子供達と国内外の旅行に行ったりしていた。
 
また,被告人は,前示のとおり遅くとも平成5年ころから,友人,知人等から相当額の金員を騙し取っていたが,その際には,Aに対しても,「先生」の指示であるなどと促したり,「先生」のために多額の借金を負っているという「側近」を支援するために必要であるなどと言って,相手を騙すのを手伝わせるようになり,平成7年には,後に後記第4の住居侵入・強盗殺人未遂の被害者となるAの実母・Fからも,Aが交通事故を起こした等と虚偽の事実を申し向けて,550万円を騙し取ったことがあった。
 
なお,Aは,Bとは,被告人を介して平成5年ころより交流がある程度で,Cとの間では,後記第3の犯行直前まで,何の交流もなかった。
(2)Bとの関係
 
Bは,被告人とは前記久留米市内の看護専門学校在学時の同学年生であり,当時から一緒に通学するなどして,被告人との交流があった。もともと内向的で,家庭に問題を抱えていたBは,元来他人と打ち解けることが不得手で,親しく交際する友人も被告人の他にはなかったが,被告人に対しては,不思議と何でも打ち明けることができるとして,家庭の悩み事などを相談し,被告人のことを大切な親友と思って深く信頼していた。同校を卒業後,両者の付合いは一旦疎遠となって,Bは,正看護師として稼動しつつ,昭和61年には後記第2の1の殺人被害者となるDと婚姻して2女をもうけ,退職していたが,平成2年ころ以降,B一家が当時の被告人方の近所に引っ越したこともあって,再び被告人と親しく交流するようになった。なお,被告人は,その前後にわたって,Bに対し様々な名目で借金の申込みをし,その都度親友からの頼みであるとしてこれに応じることとしたBから,数十万から百数十万円といったまとまった金員を借り受けながら,これらの借金をほとんど返済することがなかったが,Bはそれでもなお被告人に不満を抱くことなく,被告人を信頼していた。
 
ところが,一方の被告人は,表面上はBと親しく交友していたものの,前記看護専門学校在学当時より,その内心では,Bは自分だけ体裁を取り繕う裏表のある人物で,信用できないと思い,嫌っていた。そして被告人は,Bが自分にはとても育てられないと言っていたはずの3人目の子供を,平成7年に妊娠,出産したことや,その際の会話等から,被告人に堕胎の経験があることを,Bがその母親に話したものと思い込んでこれに激しい怒りを覚えたこと等を切っ掛けとして,以後,Bに対して強い憎悪の念を抱くようになり,Bに一生その償いをさせ,拭うことのできない苦しみを背負わせてやるという思いを抱くようになった。
 
そして,被告人は,平成8年2月には,Bに対し,現実にそのような人物は存在しないにもかかわらず,Bの過去の言動を恨みに思い,損害賠償請求をするつもりでいる「山下ゆき子」なる女性が,実在するかのような架空の話をするようになった。その虚言の骨子は,前記「山下」はBのかつての勤務先病院の後輩看護師であるが,Bが「山下」の悪口を言ったせいで「山下」の縁談が破談となり,やむなく結婚した別の男性が暴力的であった上,障害児を出産して,悲惨な生活を送っているので,そのすべての不幸の原因となったBに対して,損害賠償を請求するというもので,その話自体も不自然の感を免れない上,常識的に考えればBに法的責任が生ずる余地もほとんどないと考えられるものであった。しかし,被告人は,友人であったCに頼んで,被告人がB方を訪れている間に,B方に不審な女性を装った電話を架けさせたり,これに動揺するBを,さも心配するような振りをして,被告人をBの代理人とする旨承諾させた上,現に「山下」と交渉してきたかのように装うなどして,「山下」が実在するかのように思い込ませた。もとより被告人のことを完全に信頼していたBは,過去の勤務先での自分の言動に思い当たる節もあり,当時の後輩に「ゆき子」と同名の者がいたのを想起したこともあって,被告人の話を疑いもなく信じ込んだ。そして,Bは,お金で解決できるのであればという考えから,「山下」の要求にも応じることとし,丁度そのころ東京に単身赴任をしていた夫・Dにも一応の了解を得た上で,1100万円を準備して被告人に渡したほか,Aが貸してくれるという300万円についても,被告人を通じて「山下」に支払うように頼み,その後この借金をAに分割返済することとし,以後は借金返済のために,再び看護師として稼働するようになった。被告人は,自らが仕向けたことであるにも拘らず,このようにしてBが簡単に大金を支払ったことで,却ってBは人を苛めたことがあったのだと確信し,Bに対する嫌悪感を一層強めた。
 
その後も,被告人は,Bに対して,「山下」がなお損害賠償などの名目で金員を要求しているなどと申し向けたり,さらには,同様の架空人物である「井田」,「坂本」,「福原」なる人物が,「山下」の境遇に同情し,「山下」の代理人となって,Bに「山下」と同じ苦しみを与えようとして様々な要求をしているなどと申し向けて,次々と金員の支払いを要求したり,BにおいてAの勤務時間帯にその勤務先病院を訪ねた際,Aの代りにBが脈拍を測った患者が後に死亡し,その家族から,脈拍の測り方に問題があった等として,Aが損害賠償請求を受けている等と虚偽の事実を申し向け,重ねて多額の金員を要求するなどし,Bは,自己の預金等をすべて支払いに充てたばかりか,消費者金融から借金をしたり,生活費を切り詰めるなどして,その要求どおり,数百万円といった単位の金員を支払い続けていた。
 
なお,Bは,前示のとおりAとは,平成5年ころより被告人を介して交流がある程度で,Cとは,後記第3の犯行直前まで,何の交流もなかった。
(3)Cとの関係
 
Cは,前記久留米市内の看護専門学校在学時,被告人と同学年生であり,被告人が,体調を崩して学校を休んだCに見舞の電話を架けるなどしたことを切っ掛けに,親しい交際を重ねていた。Cは,被告人と会話を交すうちに,それまでは他人に話すことのできなかった父親の病気のことなどをも話すようになり,自分の本当の悩み,苦しみを話せるのは被告人以外にいないとして,被告人に深い信頼を寄せていた。そして,同校卒業後,いずれも正看護師として働き始め,それぞれが結婚して,互いの生活の場が離れた後も,被告人とCは連絡を取り合っていた。
 
Cは,昭和57年に,後に後記第3の1の殺人被害者となるEと婚姻し,以後いくつか病院を変わりながら断続的に正看護師として稼動しつつ,平成元年までに3人の男児をもうけた。なお,Eと被告人もかねて親交があり,Cは,被告人を介してEと知り合ったものであった。もっとも,Eは,結婚当初から,Cに隠れて借金をしてはその理由も定かに説明しないことを繰り返していたことから,これに悩んだCは,平成6年3月,Eが借金癖を直すことを期待して,Eと別居することとし,以前ローンで購入していた北九州市内のマンションを売却,清算して,その売却益を手に,3人の子を連れて大川市の実家に転居した。Cは,被告人のことを親友であると考えていたことから,被告人に対しては,Eの借金問題や別居の悩みについても相談し,また前記マンションが1000万円位で売れたことについても話していた。
 
ところが,Cからかかる話を聞かされた被告人は,これを奇貨としてCから金員を騙し取ることを企図し,同年6月ころには,Aに依頼して見知らぬ女性を装った電話をCに架けさせ,さもEの借金問題で話があるように持ち掛けさせてCの不安感を煽り,Cが被告人をその交渉の代理人に選任するように仕向けた。その上で,被告人は,Cの代りに前記女性と交渉してきたとして,Cに対し,Eが人を騙して借金をするなど多くの人に迷惑を掛けているから,その清算をしなければならない旨を申し向け,数回にわたって金員を要求し,結局総額700万円を超す金員を被告人に支払った。そしてCは,被告人に騙されたことに全く気付かず,却って被告人は自分のために働いてくれたのだと感謝して,以後,ますます被告人を信頼するようになった。
 
なお,Cは,前示のとおりAとBのいずれとも,後記第3の犯行の直前まで,何の交流もなかった。
【犯行に至る経緯及び犯罪事実】
(第1の犯行に至る経緯)
 
被告人及びAは,平成9年当時,看護師としてH病院に勤務していたが,同年3月12日ころ,同じく看護師として同病院に勤務していたIが,同病院の入院患者Jに対して,投与すべきでない栄養剤を誤って点滴投与した旨を聞知した。
 
被告人は,Iに対して,かねてより仕事上のミスが多く,他の看護師らに迷惑を掛けているとして悪感情を抱いていたところ,かかる点滴ミスの事実を聞き知るに及び,この際,Iの点滴ミスを種に,これまで迷惑を掛けてきたことへの制裁として,Iから金員を詐取してやろうと企てた。そして,そのためには,Iの直属の上司であるAを引き込み,Jの家族から損害賠償請求がされているという話をさせるのが効果的であると考え,Aに対し,「先生の側近」にお金を用立ててやる必要があること,Iがこれ以上ミスを犯さないよう思い知らせるためにも,Iからお金を取るしかないことなどを申し向けて,Iから金員を詐取することを持ち掛けた。Aは,「先生」らに世話になっているという思いや,今までIのミスで迷惑を被ってきたという思いがあったことなどから,これを承諾し,ここに被告人とAとの間で,Iから金員を詐取する旨の概ねの共謀が成立した。
 
その後,被告人は,Aに対し,Iの直属の上司であるAが,Jの家族からIの点滴ミスに基づく賠償金を請求され,その旨の電話を受けているということ,Jの家族は,Iと仲のいい人を代理人に立てるように言っており,そのため代理人を被告人にしたということなどの虚偽の事実をIに申し向けるように話した上,同月20日,Iを判示の飲食店「K」に呼び出した。
(罪となるべき事実)
第1 被告人は,Aとともに,Iが,前記病院の入院患者Jに対し,投与すべきでない栄養剤を誤って点滴投与したことを聞知し,これを奇貨としてIからJに対する損害賠償金名下に金員を詐取しようと企て,共謀の上,平成9年3月20日,福岡県久留米市a1町b1番所在の飲食店「K」において,真実は,J及びその関係者が,Iの過誤に関し損害賠償金を請求し,その交渉を被告人らに依頼した事実がないのにこれあるように装い,上記I(当時37歳)に対し,「あんたの注射ミスで,Jさんの意識レベルが下がったんで,賠償金として500ないし600万円請求されている」,「Jさん側が,あんたと仲のいい人を代理人に立ててくれと言われたんで被告人を代理人として立てました」などと嘘を申し向け,Iをしてその旨誤信させ,よって,同月24日,同市c1町d1番地所在の飲食店「L」駐車場において,同女から現金400万円の、更に同月26日,同市c1町e1番地所在の飲食店「M」において,同女から現金100万円の各交付を受け,もって人を欺いて財物を交付させた(14・4・28付)。
(第2の各犯行に至る経緯)
1 D殺害等を決意するに至る経緯
 
被告人は,前示のとおり,従前よりBに対して,裏表があり自己中心的である上,その言動によって被告人は酷く傷つけられたとして,表には出さなかったものの,その内心においては,激しい嫌悪感と憎悪の念を抱いており,平成8年2月ころ以降,「山下」「井田」等の架空人物からの損害賠償名目で,Bから多額の金員を騙取していたが,同年6月ころからは,単身赴任中のBの夫・Dに愛人がいると申し向けたり,さらには,前記「山下」の代理人などを務める「福原」が,Dと連絡を取り合い,Dによって「福原」らにBの私生活の詳細などが伝えられていると申し向けるなどして,BのDに対する不信感を煽っていた。単身赴任から戻ったDは,愛人の存在を疑ったり,被告人の言う成りに金を渡すため,消費者金融にまで借金をしたBの態度に困惑し,さらにはBに対する被告人の言動を不審に思って,Bと被告人との交友関係に異論を唱え,家計を自ら管理するようになった。 
 
被告人は,かねてDに対しても,DがAに関する悪口を言ったとか,Bが被告人に金員を交付するのを邪魔しようとするなどとして,強い憎しみを覚えていたが,平成9年10月,Dと激しく口論したのを契機に,Dを生きるに値しない人物と考えるようになり,その殺害を目論むようになった。そして,Dの殺害にあたっては,妻であるBにその実行行為をさせ,その手を汚させることで,Bの身勝手さを明らかなものとし,Bを一生苦しめて,「十字架を背負わせる」ことができると考えて,その実現を強く意欲した。また,被告人は,その少し前に病院勤務を辞め,夫の給与以外の正規の収入が減っていたところ,看護師としての知識を悪用すれば,Dの死は病死として扱われるから犯行が発覚することはないと考えるとともに,Dを殺害すれば生命保険金を手に入れることもできるとして保険金を詐取することを企て,さらには,このような目論見を完遂するために,看護師として勤務経験の長いAをも,これに加担させることを決めた。
2 被告人がD殺害等を各共犯者に持ちかけた状況
(1)Aに犯行を持ち掛けた状況
 
被告人は,Aに対して,従前よりDに関する様々な悪口を申し向けていたが,遅くとも平成9年の年末ころまでには,Dは生きている価値がないとして,Dの殺害方法を考えるよう要求するようになった。被告人は,Aに対して,過労などのため「先生の側近」が次々に倒れているということ,「側近」は「リサーチ」などの活動費用を捻出するため,従前より借金を重ねていたのであるが,かかる「側近」が倒れて働けなくなってしまったので,借金返済が滞る事態に陥ってしまったこと,そのため,被告人らが多額の金員を捻出する必要があること,被告人が宝くじを買うから,それが外れたときには,AがDの殺害方法を考えること,AがDの殺害方法を考えないのであれば,被告人が身売りをして金員を捻出しなければならないことなど,様々な虚言を用いて執拗にDの殺害方法を考えるように迫った。Aは,当初はこれを拒んでいたものの,結局,遅くとも平成10年1月初めころまでには,被告人に対して,Dを殺害する方法を考える旨を申し向けた。
(2)Bに犯行を持ち掛けた状況
 
被告人は,Bに対して,遅くとも平成9年の年末ころまでには,妻子を邪魔に思ったDが,「福原」や「坂本」らとともに,Bに危害を加えようと狙っているとの話をするようになった。その上で,被告人は,Aとともに,予めBが使用する自動車内に薬包紙を仕込んだ上,Bの面前において,この薬包紙を発見して見せ,いかにもDが薬物を隠し持ちこれをBに飲ませようとしていたかのように振る舞って,BのDに対する不信感や危機感を一層煽り,また,DがBとその子供達に密かに生命保険を掛けており,愛人との生活費などを捻出するため,Bらを殺害して保険金を手に入れようと企てているから,こちらが殺される前にDを殺害するしかないなどと申し向けるなどして,Dの殺害を強く促した。さらに,被告人は,平成10年1月8日ころ,Bに対して,高校入試を控えた被告人の長女が何者かに拉致されて,耳にピアスの穴を開けられ,恨むならBを恨めなどと言われて解放されたと話し,これは「坂本」たちの仕業としか考えられないから,さらなる危害が広がらないように早くDを殺害するように申し向け,D殺害の実行を迫った。このような被告人の虚言をいずれも真実であると思い込んだBは,結局,Dを殺害するしかないという考えを持つに至り,同日ころ,Dの殺害を決意して,その旨を被告人に伝えた。
3 犯行計画
 
被告人,A及びBの3名は,平成10年1月9日ころより,D殺害の方法について話し合った。まず,Bが被告人に対してDの父に心疾患があったことを伝え,被告人がAに対して自然な病死に見せかけられるよう心臓関係でDが死亡するような殺害方法を考えるよう促し,Aがカリウム値を上げれば心臓に負担がかかり,Dが心不全などで死亡するのではないかということを提案した。その後被告人ら3名は,主に被告人が提案して,AとBの意見を聞き,あるいは,使用する薬剤の種類につき,被告人がAとBに尋ねるといった態様で,カリウム含有製剤の錠剤をすり潰し,食事などに混ぜてDに継続的に服用させ,カリウムの長期多量摂取による心不全などでDが死亡するように試みること,その上で,催眠作用を有する薬剤なども併せて服用させれば,Dがふらつくなどし,階段などから転げ落ちて死ぬ可能性もあり得るということ,それでもDが死にそうになければ,催眠作用を有する薬剤などでDを眠らせた上,カリウム含有製剤の薬液を直接Dに注射して殺害することなどを話し合った。そこで,Bは,同月11日ころより,AやBが当時勤務していた病院から持ち出した前記薬剤の錠剤などをすり潰し,食事やビールに混ぜるなどして,これをDに継続的に服用させるようになった。
 
同月14日には,被告人は,Bに対して,そのような事実はないにも拘らず,Aが何者かに拉致された旨を連絡し,Aも,被告人からの指示のまま何者かに拉致されたかのように装って,Bに対して,電話で「お願いね」などと申し向けるなどした。その後,さらに被告人は,Bに対して,Aが拉致された現場にDが居て,Aに対し「俺の女房から手を引け」などと申し向けた旨の虚偽の話をした。その結果,Bは,このような被告人の話を真に受け,D殺害の決意をより強固なものとした。その後,被告人ら3名は,概ねは,やはり被告人が発案し,AとBに意見を求めるといった態様で,経口剤の投与だけではDがなかなか死にそうにないから,いよいよカリウム含有製剤の薬液注射を実行に移さなければならないこと,その際,Bが,同女方において,予めDが酒を飲んでいる状態のところに催眠作用を有する薬剤を投与して眠らせること,その後,Bが,被告人とAを呼び出した上,BがDにカリウム含有製剤の薬液注射を行うこと,それでも殺害できなかった場合には,Dの血管に注射器で空気を注入すること,D殺害後には,Bは,泣きわめくなどしてDが解剖されるのを阻止し,被告人らの犯行が発覚するのを免れることなど,具体的な殺害方法や殺害後にとるべき行動などを話し合い,実行の日時を決めた。また,Bは,被告人とAに対して,遅くともこのころまでに,当時Dが締結していた後記の保険契約に関する保険証券を示したが,その際,被告人がその保険金を受け取ることを勧めたのを受けて,これを承諾した。結局,遅くともこのころまでの間に,被告人とB,Aとの間で,生命保険金を入手する目的で,カリウム含有製剤の薬液注射などによって,病死に見せかけてDを殺害し,その後に生命保険金を詐取する旨の最終的な共謀が成立した。
(罪となるべき事実)
第2 被告人は,A及びBとともに,Dが,N保険会社との間で,Dを被保険者,Bを死亡保険金受取人とする保険契約(災害以外による「死亡または高度障害」のときの保険金額約3500万円)を締結していることに乗じ,Dを病死に見せ掛けて殺害した上,同保険金を詐取しようと企て,共謀の上,
1 平成10年1月21日午後11時ころから翌22日午前5時ころまでの間,福岡県久留米市f1町g番地のh所在の「O」303号の当時のB方において,D(当時39歳)に対し,殺意をもって,催眠作用を有する薬剤等を混入させたビール等を飲食させて同人を昏睡状態に陥らせた上,同人の静脈に注射器でカリウム含有製剤の薬液及び空気を順次注入したが,同人が半ば覚せいしたためにこれを中断し,さらに,同月23日午後11時30分ころから翌24日午前6時20分ころまでの間,同所において,同人に対し,催眠作用を有する薬剤等を混入させたビール等を飲食させ,また同作用を有する薬液を注射するなどして同人を昏睡状態に陥らせた上,同人の静脈に注射器で空気を注入し,よって,同日午前8時15分ころ,収容先の同市i町j番地所在のP病院において,同人を空気塞栓により死亡させて殺害した(14・6・10付第1)。
2 同年2月10日ころ,同市k町l番地m所在のN保険会社久留米支社において,同支社係員に対し,真実は判示第2の1のとおりDの死亡保険金受取人であるBらがDを殺害したものであるにもかかわらず,その情を秘し,Dが病死したものであるかのように装って,医師作成のDが原因不明の内因死により死亡した旨の死亡証明書及び死亡保険金受取人であるB名義の死亡保険金請求書兼据置申込書等の関係書類を提出するなどして同生命保険金の支払いを請求し,そのころ,これら関係書類の一部を同支社から大阪市北区no丁目p番q号の当時の同会社大阪本社に送信させた上,同年2月13日ころ,上記生命保険金の支払いに関する決裁権限を有する同大阪本社の当時の契約管理部保険全課主任Qらをして,その旨誤信させて上記生命保険金の支払いを決定させ,よって,同月19日,同会社久留米支社の係員をして,福岡県久留米市r町s番地のt所在のR銀行東久留米支店のB名義の普通預金口座に上記生命保険金合計3498万7378円を振込入金させ,もって人を欺いて財物を交付させた(14・6・10付第2)。
(第3の各犯行に至る経緯)
1 E殺害等を決意するに至る経緯
 
被告人は,時折電話連絡をする程度の交流を続けていたCに対し,平成11年正月に,新年のお祝い電報を発信し,これを切っ掛けに再びCと親しく連絡を取り合うようになっていたが,かねてCからEの愚痴を聞かされ,そうかといって被告人が離婚を勧めてもこれに応じようとしないCの様子を見るにつれて,同年2月ころより,Eは生きている価値のない人間であるし,CもEと離婚しようとしないのであるから,いっそのことEを殺害して,その生命保険金を手に入れようと目論むようになった。
2 被告人がE殺害等を各共犯者に持ちかけた状況
(1)Cに犯行を持ち掛けた状況
 
そして,被告人はそのころ,Bに指示し,示し合せてCに匿名の電話を架けさせ,Eのことで会って話がしたい旨の申し出をさせる一方,被告人自身はCがその電話を受ける頃を見計らってC方に赴いた上,Bからの匿名電話を受けて不安がるCの相談に乗るなどした。さらに被告人は,Bに指示して,「古林玉枝」なる架空人物名での電話や手紙で,Eが借金をしていることやEに愛人がいることなどをCや当時未だ15歳のその長男に伝えさせたり,なぜEと離婚しないのかと非難するような発言をさせたりし,同年3月初めには,「古林」の名をもって,被告人を交渉の代理人とするよう要求させた。
 
Cは,もともとEの過去の借金問題で別居していた上,平成6年には被告人の虚言をそれと気付かずに,Eの借金清算名目で700万円を超える金員を支払った経緯もあったことから,Eに対する疑いを強め,「古林」からの要求に応じて,信頼していた被告人に交渉の代理人となることを依頼した。被告人は,さも友人であるCのためにやむなく引き受けるという体を装ってこれを承諾し,自らが作出した架空人物らと面談,交渉してきた結果と称して,Cに対し,Eは人を騙して借金を重ねることを繰り返し,そのため人を自殺に追い込むなど,様々な悪行を重ねていること,それら自殺者の遺族代表が「香月」,「石橋」なる人物で,その代理人を「古林玉枝」らが務めていること等を告げ,「古林」らは,もはやEとの離婚だけでは遺族の恨みは晴れず,Eの殺害を望んでいるといった話をするようになった。その上で被告人は,Cに対し,「古林」らとの間ではE殺害について既に話が決まっていると申し向けた上,具体的な根拠を示しながら,Eは抹殺されて当然であるということを繰り返し言い聞かせて,CがE殺害を決断するよう説得した。
 
Cは,これまでにもEの借金問題で苦労を強いられ,平成6年にも借金のことで迷惑を掛けられたという思いがあったことから,Eに対する不信感を強める一方,被告人には深い信頼を寄せていたことから,「古林」らの話はすべて真実であると思い込んだ。そして,被告人が話す内容からすれば,確かにEを殺害しなければ,Cやその家族は一生苦しめられ続けることになると考えるようになって,同月10日ころまでにEの殺害を決意し,その旨を被告人に伝えた。もっとも,被告人は,CがなおEの殺害について迷いを抱いていると考え,Cの決意を固めようと考えて,このころAと共にCと会った際,Cに対して,C自身の考えでEの殺害を決断したこと,同月28日にその実行に出るのを約束することなどを記載した誓約書(以下「抹殺誓約書」という。)を作成するよう要求し,Cは,これに従った。
(2)Aに犯行を持ち掛けた状況
 
Aは,平成11年2月ころまでには被告人から,また,その後には被告人に紹介されたCからも,Eが借金をつくるなどしてCを困らせている等といった話を聞かされており,Eは酷い人間であるとの思いを抱くようになっていたが,これと並行して,同年3月初めころより,被告人は,Aに対して,Eを殺害する話を始めた。被告人は,Eを殺害する必要性について,Eが借金を踏み倒すなどしたために自殺に追い込まれた人が何人もいること,Eを生かしておけば,Cやその子供達が苦しめられ続けること,「先生」やその「側近」が病気などで倒れており,前記「側近」の借金を返済するための費用を捻出しなければならないこと,「先生」もEを殺害するように言っていることなどを申し向けて,Eの殺害方法を考えるように迫り,さらには,この問題について思い悩む余り意識を失ったかのように振る舞ったり,Aが殺害方法を考えないのであれば被告人が身を売って金員を捻出するなどと申し向けたりするなどして,Aに働きかけた。Aは,当初はこれを拒んでいたものの,その後間もなく,被告人に対して,Eの殺害方法を考える旨を伝えた。
(3)Bに犯行を持ちかけた状況
 
Bは,D殺害後も,被告人が作出した「山下」「井田」ら架空人物の実在を信じ,「井田」や「坂本」らの存在を恐れ,その命令を絶対的なものであると受け止めて,その名を借りた被告人から,何の正当性もない言掛り的な要求をされても,言い成りにこれに従い,第2の2で詐取したDの生命保険金のうち3450万円を被告人に交付したのを始めとして,Dの死亡退職金150万円や,Dの死亡から半年足らずの間に相次いで亡くなったその両親から,Dの3人の娘らに残された遺産1130万円余までをも支払いに充てるなどして,被告人に多額の金員を渡し続け,被告人が指示した様々な雑用までこなしたばかりか,「井田」又は「坂本」の指示であるとして,自分の3人の娘らを,次々と養護施設に入退所させることまでしていた。しかし,それでもなおBは,被告人に対しては,Bのために,その代理人として「井田」らと交渉してくれているものと信じ込み,むしろ自分のせいで迷惑を掛けているものと思っていた。
 
被告人は,このようなBに指示して,前記のとおり,Cやその長男に対して,「古林玉枝」なる架空人物を装った電話を架けさせるなどして,Eが借金をしていることやEに愛人がいることなどを信じ込ませる手伝いをさせていたが,遅くとも平成11年3月初めころには,Bに対し,「井田」がEに対して恨みを持っており,Eは生きるに値しない人間だとしてその殺害を企てていること,Cは既にE殺害を承諾していること,Eの生命保険金を受け取り,これをEによって被害を被った人達への弁償に充て,残りは「井田」が受け取ること,そして「井田」はBがE殺害の実行役となることを考えていること等を話して,E殺害を引き受けるよう持ち掛けた。Bは,もはや「井田」の命令には逆らうことはできないという思いに囚われていたことから,「井田」からの指示であるとする被告人の話に反対せず,E殺害を承諾した。
3 犯行計画
 
その後,被告人は,主としてC及びAと共にEの殺害方法について話し合いを進め,まず,CがEの飲酒量が多いことなどEに関する情報を伝え,これを受けて被告人がAに対してお酒に関することで殺害方法を考えること,犯行の発覚を免れ,司法解剖の実施を避けるために,心臓が動いている状態で病院に搬送させ,その後にEが死亡するようにして殺害する方法を考えることを促し,これに応じてAがマーゲンチューブなどを用いてEに多量のアルコールを摂取させ,急性アルコール中毒などに陥らせて,Eが酒を飲み過ぎたことなどが原因で死亡したかのように見せ掛け,殺害することを提案した。その後,主に被告人が,CやAから意見を聞き,薬剤の種類を尋ねるといった態様で,殺害のための計画書を作成するなどして話し合いを重ね,同月20日ころまでに,まず,Cが催眠作用を有する薬剤等をカレーに混ぜ,これをEに食べさせるなどして眠らせ,その後にEに多量のアルコールを摂取させることなど,E殺害の概要や,その実行場所をC方とすることなどについて取り決め,Cにおいて,当時別居していたEが実行日にC方へ赴くよう仕向けることとなった。
 
被告人は,「古林」の振りをしてCに電話を架ける役をさせていたBについては,犯行計画の話し合いの場にCと同席させることなく,Cに対しては,「古林」の差し金で,腕の良い看護師である「池田」なる人物が犯行に参加するなどと申し向けていたが,かかるE殺害方法の概要や実行日などについては,Bにも伝えていた。
 
その後,C,A及びBは,それぞれ勤務先の病院などから催眠作用,降圧作用を有する薬剤や強心剤,注射器などを持ち出して,E殺害の準備をした。
 
また,被告人とAは,Eの殺害方法を話し合い始めた後より,C方を頻繁に訪れ,E殺害の打合せや下見をするとともに,Cの子供達に被告人らの顔を覚えさせるなどし,犯行前後にCの子供達と顔を合わせることがあっても,それが原因で被告人らの犯行であると疑われることのないよう,予防線を張っていた。さらに,Cは,被告人からの指示を受けて,長男の高校進学にあたって提出する書類等であると偽り,Eから生命保険の保険証券と印鑑を受け取って,その生命保険金の詐取に備え,また,自己の勤務先病院の同僚らに対し,夫は心臓が悪く,そのため通院している旨述べたり,夫のためと称して早退,欠勤することなどを伝えて,勤務先の人間から,Eの突然の死が怪しまれないように謀った。

 このようにして,遅くとも同月23日ころまでには,被告人とC,A,さらには被告人らを介してBとの間で,Eの生命保険金を入手する目的で,アルコールの多量注入などによって,病死に見せかけてEを殺害し,その後に生命保険金を詐取する旨の最終的な共謀が成立した。
(罪となるべき事実)
第3 被告人は,A,B及びCとともに,Eが,N保険会社との間で,Eを被保険者,Cを死亡保険金受取人とする保険契約2口(普通死亡保険金額合計約3300万円)を締結していることに乗じ,Eを病死に見せかけて殺害した上,同生命保険金を詐取しようと企て,共謀の上,
1 平成11年3月27日午後6時30分ころから,福岡県大川市vw番地所在のC方において,E(当時44歳)に対し,催眠作用を有する薬物をカレーライスに混入して摂食させ,更に洋酒等を飲酒させて同人を同日午後10時過ぎころまでに昏睡状態に陥らせた上,その後,翌28日午前零時30分ころまでの間に,同所において,マーゲンチューブ等の医療器具を用いて同人の鼻孔部から大量の洋酒をその体内に注入するなどし,よって,同日午前10時22分ころ,収容先の同市xy番地z所在のS病院において,Eを誤嚥性肺炎による呼吸障害により死亡させて殺害した(14・5・19付第1)。
2 同年4月9日,前記N保険会社久留米支社において,同支社係員に対し,真実は判示第3の1のとおりEの死亡保険金受取人であるCらがEを殺害したものであるにもかかわらず,その情を秘し,Eが病死したものであるかのように装って,医師作成のEが急性アルコール中毒に基づく誤嚥性肺炎による成人呼吸窮迫症候群により死亡した旨の死亡証明書及び死亡保険金受取人であるC名義の死亡保険金請求書兼据置申込書2通等の関係書類を提出するなどして同生命保険金の支払いを請求し,そのころ,これら関係書類の一部を同支社から前記の当時の同会社大阪本社に送付させた上,同年4月13日,上記生命保険金の支払いに関する決裁権限を有する同大阪本社の当時の契約管理部部長代理Tらをして,その旨誤信させて上記生命保険金の支払いを決定させ,よって,同月16日,同会社久留米支社の係員をして,前記R銀行東久留米支店のC名義の普通預金口座に上記生命保険金合計3257万3187円を振込入金させ,もって人を欺いて財物を交付させた(14・5・19付第2)。
(第4の犯行に至る経緯)
1 F殺害等を決意するに至る経緯
 
被告人は,平成11年12月初め,新たに夫名義でマンションの1室を購入する申込みを行ったのであるが,かかるマンション購入の中間金として,平成12年8月末日までに600万円程度用意する必要があり,その他マンションの改装費用なども含めて,千数百万円を捻出したいと考えていた。また,被告人は,かねてより,Aに対して親愛の情を寄せていたが,他方で,Aの母親であるFに対しては,Aに接する態度が冷たいなどとして悪感情を抱いており,さらに,Aの話などを基に,Fは多額の貯金を有していると見立てていた。そこで,被告人は,かかるマンション購入の費用などにつき,Fの貯金を手に入れて,これをその支払いに充てようと企てた。さらに,被告人は,Fを殺害してしまえば,Aは5人の姉兄とも縁を切って自分だけを見ていてくれるようになると考え,また,Aが過去に男性問題で辛い経験をしたのはFの育て方が悪かったためであり,自分の導きがあったからこそAは人間として大きく成長してきたのであるから,Fの母親としての役目は既に終わっており,もう生きる価値がないとの考えを抱いて,遅くとも平成12年5月のゴールデンウィークころまでには,Fを殺害した上で,その通帳と印鑑を奪うことを目論んだ。
2 被告人がF殺害等を各共犯者に持ち掛けた状況
(1)Bに犯行を持ち掛けた状況
 
そこで,被告人は,同ゴールデンウィーク明けころ,まずBに対して,Fには母親としての資格がなく,生きるに値しない人物であるとして,「井田」がFの殺害を企てていること,そこでまずBに殺害の話を持ち掛けるよう言っていることなどを申し向けた。この申し出に対して,Bが拒絶する態度を示したところ,被告人は,そうであるならばCにこの話を持ち掛ける旨を述べて,Bに対しては,それ以上F殺害の実行役を強いることはしなかった。
 
しかしその後,後述するとおりCからF殺害の承諾を得た被告人は,前記のとおりBに対して激しい嫌悪感と憎悪の念を抱いていたことから,CのみならずBについても,何らかの形でかかる犯行に加担させたいと考えて、Bに対して,実行には出ないまでも,Fの殺害方法を考えるよう持ち掛け,今度はBの承諾を得た。
(2)Cに犯行を持ち掛けた状況
 
ところで,Cは,夫Eを殺害した後も,「古林」や,Eのせいで自殺した人の遺族らが実在していることを信じ続け,遺族らへの償いをする必要がある等と称して様々な要求をしてくる「古林」を恐れ,「古林」の指示を騙った被告人が求めるままに,前記第3の2で詐取したEの生命保険金3200万円余やEの死亡退職金も全額被告人に交付したばかりか,その後も実母,親戚や,消費者金融等から借金をするなどして高額の金員を支払い続け,さらに「古林」の指示であるとして,Cの代理人として働いている被告人に対する感謝の念を示すよう言われ,「被告人様」宛の反省文を書かされたり,入院中の被告人の実父の介護に出向くといった生活をしており,平成12年5月の時点でも,Cは,被告人から要求された多額の金員を,どのようにして捻出すべきか苦慮する状態にあった。 
 
他方,Cは,E殺害後,被告人から,事あるごとにFに関する悪口を聞かされており,次第に冷たい母親であるとしてFに対する悪感情を抱くようになっていたところ,被告人は,かかるCに対して,前記のとおりBからF殺害を拒絶された後,「古林」からの話であるとして,Fは大変な悪人であって,生きる価値がなく,Aが可哀想であるから,Fを殺害すること及び同女には多額の預金があるので,その預金通帳と印鑑を奪うことを要求し,当初これを断ったCに対し,Fを殺害すれば,「古林」は報酬金を出すと言っていること,Fを殺害して預金を取り戻したならば,もうCに電話を架けないし,賠償金の要求も半分位にしてもらえるかも知れない等と申し向けて,Fの殺害を承諾するよう説得した。何とかして「古林」との関係から解放されたいと悩んでいたCは,これ以上「古林」から苦しめられるよりは,Fを殺害した方がよいと考えるに至って,F殺害の実行役を引受けることを決意し,同月中旬ころ,その旨を被告人に伝えた。
3 犯行計画
 
それ以降,被告人は,BあるいはCとの間で,F殺害の方法等について話し合ったが,E殺害時と同様,「古林」を騙ってCに電話を架ける役をさせていたBを,Cと同席させることはせず,犯行計画はB及びCとは各別に話し合った。そして,Cに対しては,「古林」の指示で「池田」なる人物がCの実行の様子を見張る予定であるなどと申し向けていた。
 
殺害計画の話し合いの場では,Fが糖尿病を患い,血糖値をコントロールするためのインスリンを使用していると聞き知っていた被告人が,殺害方法の大筋として,インスリンを多量に注射して低血糖障害に陥らせて死亡させること,そうすれば,Fの死は自然なものに見えることを話し,Bとの間では,確実にFを殺害するために,クロロホルムを使用することなどを話し合い,Bに対して,クロロホルムを入手するよう申し向けたが,Bは,これを手に入れることができなかった。また,被告人は,Cに対しては,Fに関する情報を伝え,Fの写真を示すと共に,具体的な殺人の実行行為の方法として,当時Fと同居していた次女の出勤後,ヤクルト販売員や野菜売り業者といった定例の訪問者が来る時間帯を避けて,Fが一人で自宅にいる可能性の高い午前10時半ころに実行行為に及ぶこと,F方に侵入するため,Fの次女が不倫をしていると偽り,その調査に来た興信所調査員を装うこととし,それに見合った服装をすること,F方に出向く際に使用する車はCの所有車でもレンタカーでもなく,所有車を修理に出した上で,その間の代車を使うことにすること等を申し向け,犯行の具体的方法やその実行日などを取り決めるとともに,Cが,犯行に使用するインスリンや注射器などを,勤務先病院から持ち出して準備した。この前後には,Cは,被告人と共に,あるいは単身で,F方付近まで下見に出向いたり,Fが確実に1人になる時間帯を確認するなどした。
 
このころまでに,被告人は,Bに対しても,F方に赴いて見張り役を行うこと,また,CがF殺害の実行行為を終えてF方から出てきた後に,BがF方から通帳と印鑑を持ち出すことを指示して,その承諾を得,Cとの間で取り決めた犯行の具体的方法や実行日など,計画の全容をBに知らせ,犯行の痕跡を残さないための現場の確認など,Bが取るべき行動について細かい手順を指示し,さらには,奪った通帳と印鑑でその日のうちに預金を引き下ろしてくるように申し向けた。
 
平成12年5月25日には,被告人は,Cに車で送らせて,単身F方を訪れ,Fと話をしながら,家の中の様子などを確認し,これをCに伝えるなどして,Fの殺害方法につき詰めの話し合いをした。また,被告人は,同様にBとも一緒にF方付近まで赴いて,BにF方の所在を教えると共に,見張りの方法などを具体的に指示した。
 
結局,このころまでの間に,被告人とC,さらには被告人を介してBとの間で,インスリンを注射するなどしてFを殺害し,Fの預金通帳と印鑑を奪う旨の最終的な共謀が成立した。
(罪となるべき事実)
第4 被告人は,B及びCとともに,Fを殺害して,同女所有の預金通帳等を強取しようと企て,共謀の上,Cにおいて,平成12年5月29日午前10時30分ころ,福岡県柳川市a2b2番地市営住宅U団地2号のF方居間のガラス戸から訪問客を装って室内に侵入した上,面談中の同女(当時82歳)に対し,殺意をもって,その身体にいきなり注射器でインスリン製剤を注射したが,同女が大声で救いを求めて戸外へ逃走したことから,その後まもなく上記注射により同女を低血糖症に基づく昏睡状態に陥らせたものの,同女が早期に救命治療を受けたため,その目的を遂げなかった(14・7・4付)。
(第5の犯行に至る経緯)
 
前示のとおり,被告人は,平成13年8月に至るまでに,B及びCに対して,それぞれ「井田」ないしは「古林」からの要求であるとして,多額の金員を要求し,最終的に,Cからは,このころまでに総額6000万円以上の金員を,Bからは,平成14年4月に被告人が判示第1の容疑で逮捕されるまでに総額1億円以上の金員を,それぞれ受領していた上,そのほかにも,「井田」もしくは「古林」の名を借りて,買い物やゴミ出し等といった被告人の様々な雑用を行わせたり,入院中の被告人の実父の世話をさせたり,「被告人様」宛の反省文を書かせるなど,被告人に隷属するかのような生活を強いていたが,それでもなおBやCの信頼を失うことがなかった。
 
しかしCは,被告人から,その息子らを施設に入れるよう指示されたことを切っ掛けに,平成13年8月1日ころ,ついに被告人の下から逃げ出し,同月2日午後には被告人に電話を架けて,今まで「古林」に対して金員を支払うなどしてきた経過を紙に書いて渡すよう要求し,これから警察へ行くことを伝えた。被告人は,Cが警察に行けば,E殺害の件などをも話してしまうかも知れないと危惧し,そのような事態を避けるべく何とかしてCと元の関係に戻らなければならないと考えて,そのためには,Cを脅すのもやむを得ないと企図するに至った。
 
そこで,被告人は,Bに対して,Cがマンションから逃げ出したことや,警察に行ってこれまでのことを話すと言っていることなどを告げた上,同月5日には,「井田」からの指示であるとして,Bに対して,Cが下手な動きをしないようにするための文章を考えるよう要求し,Bはこれを承諾した。ここにおいて,被告人とBとの間で,CがE殺害の件などを警察に話すことを阻止するために,Cを脅迫する旨の概ねの共謀が成立した。
 
そして,被告人は,Bに対して,脅迫文に挿入すべき脅迫文言や,脅迫文にCがEを殺害することなどを誓った前記抹殺誓約書の写しを添付することなど,その作成方法について具体的な指示をし,Bはこれに従って脅迫文を作成した。その後,被告人は,Cに対し作成した脅迫文を読ませるためには,Cが使用している車の前面ウィンドーワイパーに挟み込む方法が良いと考え,その旨Bに申し向けた上,これを実行すべく,Cの勤務先病院の駐車場へと向かった。
(罪となるべき事実)
第5 被告人は,Bとともに,Cが,判示第3の事件について,その事実を警察に申告しようとしていることを察知するや,同女を脅迫して警察への申告を翻意させようと企て,共謀の上,平成13年8月5日,福岡県久留米市c2町d2番地のe2所在のV病院駐車場において,同所に駐車中のC使用の普通乗用自動車の前面ウィンドーワイパーに,かねてCが作成した判示第3の1のE殺害の実行を約した誓約書の写しとともに,「誓約証を再度確認され,よくよくお考えの上,これから先の貴女の言動・行動をみさせて頂きます。」「引き続き現状況を続行されるのであれば,当方もこの誓約証をあらゆる方面(E家・W家・貴女の職場・親類一同 実家周辺・自宅周辺・子供の学校等)へお知らせする事になります。」などと記載した書面を差し挟み,さらに,同月7日,同市f1町f2番地所在のマンションX駐車場において,同所に駐車中の上記C使用の普通乗用自動車の前面ウィンドーワイパーに「尚,貴女の周囲の家族・親類に不審な動きがみられた際には,私共はすみやかに貴女が自ら書いた抹殺誓約証を警察へ持参する事をくれぐれもお忘れにならないで下さい。」などと記載した書面を差し挟み,それぞれそのころにこれをCに閲読させ,もって,Cの名誉,自由等に危害を加える旨告知して同女を脅迫した(14・7・16付)。
(証拠の標目)〈略〉
(判示第4の事実認定の補足説明)
第1 争点
 
弁護人は,判示第4の事実について,被告人が,C及びBとの間で住居侵入及び強盗の共謀をした事実は認めるが,Fの殺害を共謀した事実はないから,被告人には住居侵入罪と強盗傷人罪が成立するに過ぎない旨主張し,被告人も,公判廷においては,この弁護人の主張に沿うような供述をしているところ,本件の争点は,被告人,C及びBの3名に強盗殺人の共謀が認められるかどうかの点にある。
 
かかる強盗殺人の共謀の存在を裏付ける直接証拠としては,Bの証言,Cの証言及びその捜査段階供述並びに被告人の捜査段階供述がある。他方,これを否定する直接証拠としては,被告人の公判供述が存在する。
 
そこで,以下,これらの証言や供述の信用性を検討した上,強盗殺人の共謀の有無について判断する。
第2 証拠上容易に認定することのできる事実(前提事実)
 
関係証拠によれば,以下の事実経過が認められ,これらの事実関係については,被告人も特に争っていない。
1 平成11年12月1日,被告人は,売買代金2990万円で,夫名義によりマンションの1室を購入する契約を締結し,同日,手付金として200万円を支払うとともに,平成12年8月末までに中間金として620万円を支払う旨を約した。また,平成11年12月1日には,Aも,売買代金2130万円で,同じマンションの別の1室を購入する契約を締結し,同日,手付金として100万円を支払うとともに,平成12年8月末までに中間金として100万円を支払う旨を約した。
 
このころより,被告人は,これら被告人とAのマンションの購入費用などに充てるため,千数百万円を捻出しようと考えるようになった。
2 被告人は,従前よりAに対する態度が悪いなどの理由から,Fに対して嫌悪感と憎悪の念を抱いていた。また,被告人は,Aから聞いていた話に加えて,平成7年ころ,前示のとおりFから550万円を騙し取った経験を有していたことから,平成12年2月ころの時点で,Fは1000万円程度の預金を有していると見立てていた。このころ,被告人は,Fが,誕生日のプレゼントを持参したAに対し,感謝の念を示さず,むしろ気を遣い過ぎだと非難するような発言をしたと聞いて,Fに対する悪感情を一層募らせ,マンションの購入費用等を必要としていたこともあり,Fを殺害し,その預金通帳と印鑑を奪って,Fの預金を手に入れることを目論むようになった。
 
そこで,被告人は,このころ,Aに対して,Fに薬を飲ませて殺害するよう申し向けた。これを承諾したAは,Fを殺害するための薬を持ってF方まで赴いたが,結局,これを思い止まり,その後,被告人に対して,Fを殺害することはできなかった旨を申し向けた。

3 その後,被告人は,Cに対して,「古林」の指示であるとして,少なくとも,F方からFの預金通帳と印鑑を取ってくる犯行に加担することを要求し,その承諾を得て,Cとの間で,その犯行方法について話し合った。また,被告人は,Bに対しても,「井田」の指示であるとして,少なくとも,同犯行に加担することを要求し,その承諾を得て,Bとの間でも,その犯行方法について話し合った。もっとも,被告人は,Cに対しては,Bが犯行に加わることを隠しており,C及びBとは個別に,それぞれ別の機会において,犯行方法の話合いをした。
 
なお,C及びBのいずれも,被告人から,従前よりその悪口を申し向けられるなどして,Fに関する情報を聞いてはいたが,本件犯行に加担することを承諾するまでの間に,Fとの間に個人的な接点はなく,Fと面識もなかった。
4 被告人は,自らあるいはBに指示して,F方に無言電話を架けたり,F方の下見をしたりするなどして,Fの行動を予め探ったり,Aから話を聞くなどして,Fの生活状況を調べており,Fが次女と2人暮らしであること,同居の次女は毎朝午前6時30分過ぎにF方を出て出勤すること,午前9時前後にヤクルトの販売員がF方を訪れることがあること,午前11時30分過ぎころ八百屋が来ることがあること,Fは買い物や近くの病院へ定期薬を受け取るために外出する他,数か月に1度,Y大学病院の眼科まで定期検診のために赴くが,それ以外は,ほとんどF方で過ごしていることなどを,本件犯行前に把握しており,これらの事実をBやCに伝えていた。
 
なお,F方は福岡県柳川市所在であるところ,Y大学病院は福岡県久留米市所在であり,Fは,同病院において,通常,午前10時前後に受付を済ませ,午後1時ころ診察を受けており,本件犯行前後の平成12年2月22日と同年6月20日にも四女と共に同病院に赴き受診しているが,被告人は,Aからの話によって,事前にFがY大学病院へ赴く日にちを知り得ており,同年2月22日ないしは同年6月20日には,BとCをして,Y大学病院に赴かせている。
5 本件犯行の実行方法について話し合いを経た結果,少なくとも,まず,Cは,Fが1人で在宅することになる午前10時30分ころにF方へ赴き,Fを欺いて同女方に侵入した上で,同女に対してインスリンを注射すること,その際,催眠作用を有する薬物であるセルシンも用意すること,Bは,インスリン注射を実行したCがF方から出てくるのを確認した後,同女方に侵入した上で,Fの預金通帳と印鑑を取ってくることが取り決められ,Cは,インスリン製剤や注射器,さらにはセルシンを準備した。
6 本件犯行に際しては,C及びBのいずれもが,Fを殺害するとの認識を持って臨んでおり,本件犯行の直前には,C及びBのいずれもが,数回にわたって被告人に対して電話を架け,これからF方へ出掛けることや,同女方付近へ着いたこと,同女方に侵入したことなどを逐一報告し,また,犯行に失敗した直後にも,C及びBのいずれもが,被告人に対して電話を架け,犯行が失敗に終わった旨を報告し,さらにBは,被告人からの指示を受け,駆け付けた警察官などの様子を探るために,しばらくその場に留まるなどした。
7 本件犯行に失敗した後,被告人は,BやCから金員を騙し取るなどして前記マンションの購入費用等を捻出した。また,互いに相手を非難し,今後の付合いを拒否するような趣旨の,F名義を偽った手紙をAに交付したり,A名義を偽った手紙をその家族らに送付するなどして,Aとその家族らを欺き,AをFを含めたその家族から絶縁させた。
第3 B及びCの各供述の信用性
1 供述要旨
 
本件争点に関連するB及びCの各供述の要旨は,以下のとおりである。
(1)Bの供述要旨
 
Bは,前示(第4の犯行に至る経緯)2「被告人がF殺害等を各共犯者に持ちかけた状況」,3「犯行計画」におけるBの関与部分に概ね沿う証言をしており,平成12年5月のゴールデンウィーク明けに,被告人から,「井田」からの申し出であるとして,F殺害の話を持ち掛けられたこと,Fを殺害する理由として,FにはAの母親としての資格がなく,生きるに値しない旨を申し向けられたこと,Bがこれを断ると,被告人は,そうであるならばCにその話を持ち掛ける旨を話したこと,その1日か2日後,被告人は,CがFの殺害を引き受けた旨の話をするとともに,BにもFの殺害方法を考えるよう要求してきたこと,その後,被告人との間で,Fの殺害方法として,病院でFにインスリンを注射して殺害することやFが外出した際に交通事故を装って殺害することは無理である旨の話をしたこと,被告人が真剣にFの殺害方法を考えろと言うので,クロロホルムを使うことを提案したところ,被告人は,クロロホルムで意識を失わせて,その後にインスリンを注射して殺害するから,クロロホルムを探すよう要求してきたが,結局,手に入れることができなかったこと,その後,被告人は,Bに見張り役を務めた上で,CがFを殺害した後に,同女方から預金通帳と印鑑を取ってくるよう要求してきたこと,被告人は,通帳と印鑑を取った後には,Fが自然に亡くなったように見えるよう,家の中を点検などしてくることや,Fが死亡したことが判明すれば,預金が下ろせなくなるかもしれないので,通帳と印鑑を取ったらそのまま銀行に行って現金に換えて被告人に渡すことをも要求してきたこと,Bにこのような要求をする理由については,Cには殺人行為だけでも負担が重く,一度に幾種類ものことはこなせないであろうからということを説明し,Bが冷静に死亡確認や点検などを行うよう申し向けたこと,被告人からは,F方への侵入方法についても指示を受け,サッシ戸から靴を持って中に入り,サッシ戸の鍵を閉め,カーテンも閉めれば,万が一,八百屋や近所の人間がF方を訪れてきても,留守だと思われて,気付かれることはないと言われたことなどを供述した。
(2)Cの供述要旨
 
Cは,前示(第4の犯行に至る経緯)2「被告人がF殺害等を各共犯者に持ちかけた状況」,3「犯行計画」におけるCの関与部分に概ね沿う証言及び捜査段階供述をしており,被告人からFの悪口を聞かされる中で,「古林」からの申し出であるとして,Fには生きる価値がなく,Aに対する同情の気持ちから,Fを殺害するという話を持ち掛けられたこと,悩んだ末,平成12年5月半ばころ,被告人にFを殺害する旨を伝えたこと,被告人は,Fに糖尿病の持病があることから,インスリンを使ってFを殺害するよう指示したこと,Fの殺害場所は,最終的にはF方にすると決め,お茶の類に薬を入れ,これを飲ませてFを眠らせて,その後にインスリン注射をして殺害するという話が出たこと,インスリンに添付されていた書面(インタビューフォーム)を見て,その禁忌事項に静脈注射をしてはいけないと記載されていたため,インスリンの静脈注射をすることを被告人と話し合ったこと,Cが勤務先の病院からインスリンや注射器などを持ち出し,被告人に対して,事前にこれらを1つ1つ見せたこと,被告人から,Fの殺害に成功した時にF方に置いてくるよう申し向けられて,紙袋を渡されたことなどを供述した。
2 B及びCの両供述の検討
 
B及びCの両供述については,以下の事情を指摘することができる。
(1)F殺害に向けた動機の不存在
 
まず,前提事実3のとおり,CとBは,いずれもFを殺害するという認識で本件犯行に臨んでいるが,この両者は,いずれもFとは従前何ら面識がなく,個人的な接点もなかったのであって,たとえF方から通帳と印鑑を奪ってくるよう指示されて承諾したからといって,各々の考えでFの殺害に及ぶような動機や必要性があるとは全く認められない。
 
この点,CとBは,いずれも被告人からFを殺害するよう申し向けられたために,それもやむを得ないと考えて犯行に及んだ旨を供述している。かかる経過は,前記前提事実1,2,6及び7のとおり,当時被告人は,虚偽の手紙を作成してAと絶縁させるほど,Fを疎ましく思っており,被告人自身,公判廷において,一旦はAの手によってFを殺害しようと図ったことを認めているとおり,被告人には,F殺害を強く望むだけの固有の動機が存在したこと,しかもマンション購入費用等のために金員を必要としていたということ,そしてそれ以前の第2,第3の各犯行の際にも,被告人の指示,説得に従って,Bは両方の,CはEの殺害をする決意を固めるに至っていること,といった事実に照らして,十分自然であるということができる。
(2)両証言の合致,客観的事実との整合性
 
次に,前記前提事実3のとおり,Cに対しては,Bが本件犯行に加担することは秘されており,被告人は,C及びBとは各別に,犯行方法等に関する話し合いを行っていた。それにもかかわらず,殺人の実行行為を行ったCのみならず,BもまたCがFを殺すであろうことを前提に,通帳等を奪うことを予定していた。両者の間で意思の疎通を図ることができたのは被告人のみであり,その被告人がFに対する殺害計画を把握していなかったということは考えられない。
 
しかもCとBは,犯行場所をF方としたことや殺害の手段としてインスリン注射を行う選択をしたことなど,Fの殺害方法が次第に確立されていくまでの過程,状況について概ね符合する証言をし,終始被告人からの指示,要求によってF殺害に向けた計画,準備とその実行に至ったことを述べている。かかる供述内容は,実際に,Cがインスリンやセルシンを準備し,次女の素行調査をする調査員の振りをしてF方に上がり込み,F殺害の実行行為に及んだこと,そして本件犯行に際して,CとBのいずれもが,それぞれ被告人に逐一その経過を電話で報告し,その指示を仰ぎ,BはCによるF殺害失敗後も,しばらくF方付近にとどまって様子を窺っていたことといった,客観的事実からも十分に裏付けられている。
 
また,各々が初めて被告人からFの殺害を申し向けられた状況について,Bは,まず,被告人からFを殺害することを要求されたが,これを断ると,被告人は,そうであるならばCに対してこれを要求する旨を述べ,その後,被告人は,CがFの殺害を引き受けた旨を話してきたとの証言をするところ,Cも,これによく符合する証言をしているし,さらには,Fを殺害しなければならない理由については,両名とも,Fには母親としての資格がなく,Aが可哀想であり,Fには生きている価値がない旨を被告人から申し向けられたという,互いに合致した証言をしている。両者の証言は,被告人からF殺害の指示を受けた状況という核心部分において,具体的に実によく符合しているということができる。
(3)各証言の具体性,合理性等
 
また,CとBは,Fの殺害に関し,それぞれが被告人と話し合った内容や,被告人から受けた指示について,具体的かつ詳細な証言をしており,その証言は,弁護人からの反対尋問にも崩れることなく,一貫している。
 
さらに,CとBの証言する内容は,その機会は十分にあったにもかかわらず,F方が留守となる時間を狙って窃盗行為に及ぶのではなく,わざわざFが1人で在宅する時間を選択して犯行に及んだこと,セルシンという催眠作用を有する薬物をも用意していたにもかかわらず,死に至らしめる危険性を十二分に有し,その危険性を被告人も認識していた,インスリンを注射するという方法に最後まで固執したことといった事情について,前提事実に自然に符合した合理的な説明を加えるものとなっている。
(4)各証言の真摯性
 
ところで,CとBには,いずれも被告人に対して並々ならぬ恨みを抱いて然るべき事情が存するところであり,両者には、意趣返しなどの目的から,被告人の責任を加重すべき虚偽証言に出る動機が全く考えられないではないところである。しかしながら,本件におけるCとBの各証言の内容は,いずれも各人の認識として,Fを単に傷つけるに止まることなく,殺害することを認識していた旨を認めるものであり,被告人のみならず,自らもが重大な責任を負うことを認めるものなのであるから,CとBの両者が,いずれも口を揃えて,ことさらに虚偽の証言をしたとは考え難い。とりわけ,Bは,その果たした客観的な役割に照らして,被告人やCは格別,B自身は殺害目的を知らなかったという供述をすることも十分可能であったと思われるのに,終始F殺害の意図を認める供述をしている。

 このようにCとBの各証言,とりわけ,Bの証言は,自己に不利益な事柄についても,これを隠すことなく率直に認めて供述するものであり,自己保身と弱さから犯行に加担したことを認め,その刑事責任が極めて重大であることを十分に認識した上で,これに臆することなく,事実をありのままに話そうとする意思が窺われる。両者の証言は,検察官による主尋問にもおもねることなく,覚えていないことや,判然としないことについては,その旨の答えをするなど,その供述態度は総じて真摯であったと認められる。 
(5)小括
 
以上によれば,CとBの両証言の信用性は,極めて高いということができる。
第4 被告人の捜査段階供述の信用性
1 被告人の捜査段階供述の要旨
 
被告人は,捜査段階においては,前示(第4の犯行に至る経緯)の被告人の関与部分に概ね沿う供述をしており,マンションの購入費用などを捻出するために,Fの預金通帳と印鑑を奪うことを考えたこと,そこでまず,Aにこれらを取ってくるよう要求したところ,Aはこれを断ったが,いつかFが死んだら,姉兄らとも縁は切るし,そのときには通帳と印鑑を取ってくる旨言われたこと,そこで,Fを殺せば,通帳と印鑑が手に入るだけでなく,Aが自分だけを見てくれるようになると考え,日ごろからAに接する態度が悪いとしてFに悪感情を抱いていたこともあり,Fを殺害する決心をしたこと,平成12年5月のゴールデンウィーク明けころ,このような話をBに持ち掛けたが断られたこと,そこで,Cに対して,同様の話を持ち掛け,その承諾を得たこと,その後,Bに対して,CがFの殺害を引受けたことを伝えるとともに,BもFの具体的な殺害方法を考え,さらには見張り役や預金通帳と印鑑を取ってくる役を引き受けるよう要求し,その承諾を得たこと,Bとは,預金通帳と印鑑を取った後,Bが簡易郵便局に赴いて預金を下ろしてくる話もしたこと,その後,Bらと話し合い,インスリンを注射することが一番良い殺害方法であると考えて,その方法に決めたこと,Bとクロロホルムを使用することを話し合い,これを探すよう要求したが,Bは手に入れることができなかったこと,そこで,クロロホルムほどの効果は期待できないにしても,催眠作用を有する薬をFに飲ませた方が良いと考え,Cに対して,セルシンを使用するよう申し向けたこと,Fを殺害して預金通帳と印鑑を奪うにあたっては,その犯人がAであると疑われることを恐れ,Aにアリバイが必要であると考えたこと,そして,Aが夜勤をした直後にFを殺害すれば,夜勤明けで午前9時40分ころ私の家に来たAが,まさか久留米市から柳川市まで出掛けていってFを殺害することなどあり得ないということになるから,犯行時刻は午前中にする必要があると考え,確実にFが1人になる時刻である午前10時30分前後にすることを決めたこと,犯行当日は,とにかく「C頑張れ,ちゃんと殺すとよ」「B,あんたは,ちゃんと見張って通帳と印鑑を取ってくるとよ」という思いでいたこと,いよいよFを殺害することになったため,Aと顔を合わせづらくなり,夜勤明けのAに対して眠るように申し向けたこと,D殺害のときと異なり,F殺害に失敗した後,自分の手帳に「失敗」などと書かなかったのは,Aにこれを見られるのを恐れたためであり,同じ理由から,F殺害の計画などについても,手帳には記載しなかったこと,その後,マンションの購入費用などについては,BやCから金員を騙し取ることで賄い,Fの殺害については,既にFの次女らから,被告人が犯人ではないかとの疑いを持たれていたことから無理だと判断し,Aとその家族を絶縁させることで納得することにしたことなどを供述した。
2 被告人の捜査段階供述の検討
 
被告人の捜査段階供述については,以下の事情を指摘することができる。
(1)C及びBの両証言との整合性
 
まず,被告人の捜査段階供述は,CとBとにFの殺害等の話を持ち掛けた状況や,それぞれとFの殺害方法等について話し合った経過など,本件争点の中核的な部分を含めて,前示の高い信用性を有するC及びBの両証言とよく符合している。
(2)供述の具体性,合理性等
 
次に,被告人の捜査段階供述は,具体的かつ詳細であり,CやBの関与部分のみならず,Fを殺害して,その預金通帳と印鑑を奪うことを決心するまでの心情や,犯行当日の心境など,被告人の心理状態についても,自然で無理がなく,真に迫った内容となっている。また,かかる供述においては,そこに表れた本件犯行の動機が,マンションの購入事実や,その費用の支払い状況,AをしてFやその家族と絶縁をさせたことなど,動かしがたい前提事実と自然に符合するものとなっている上,犯行の日時を判示の日時に取り決めたことや,他の犯行と異なり,本件については被告人の手帳に詳しい記載がなされていないことなど,客観的な事柄について,その合理的な説明が逐一よくなされている。さらに,被告人は,本件犯行の当日の出来事として,いよいよFを殺害することになったため,Aと顔を合わせづらくなり,夜勤明けのAに対して眠るように申し向けた旨供述して,具体的なエピソードと併せて当時の自己の心情を吐露しているが,実際にこのような経過があったことについては,Aもまた,「ゆっくり寝てていいよって言ったのに,被告人が起こしに来ました」として,これに合致する供述をしているところである。
(3)捜査段階供述に対する被告人の弁解について
 
被告人は,公判廷において,自己の捜査段階供述は虚偽であり,あえてかかる虚偽の供述をした理由は,Cを庇うためであったと主張する。すなわち,被告人は,取調べ担当の刑事から,Cが自殺を図ったことなど,その身の上に起きたことを伝え聞き,Cに対して申し訳なく,これ以上Cを苦しめることはできないと考えていたところ,自分がFを殺すつもりはなかったと供述すれば,担当の検察官からCの供述との食い違いを指摘され,Cが再度の取調べを受けることになる旨を申し向けられたので,それではCを追い詰め,苦しめることになると考えて,Cの供述に合わせて供述をしたというのである。
 
しかし,被告人の供述調書中でも,Cの供述と齟齬する部分は少なからず認められる。例えば,犯行直前にCが被告人に対して準備したインスリン等を見せたことや,Cが被告人からF方に置いてくるよう申し向けられて,紙袋を渡されたと述べていることについては,被告人はいずれも否定している。このようなCの証言は明白で,記憶違いなど誤解の生じにくい類のものであり,証言に際してのみ,捜査段階の供述から転じて,このような虚偽供述をする動機も必要性も見出せないことにかんがみれば,Cは,捜査段階においても同様に,被告人の捜査段階供述とは食い違う供述をしていたものと推測される。ひいては,被告人の供述調書は,かかる食い違いはそのままに作成されたと解されるのであって,被告人はすべてCの供述のままに迎合していたわけではないと認められる。
 
また,被告人の供述調書には,Bに対しても,Fを殺害する旨の話を持ち掛け,Bとの間でも,Fの殺害方法について話し合った旨の記述があるが,Bとの間の話し合いの事実やその内容については,Cはもとより関与していないのであるから,Cを庇うためという理由で,被告人があえてBとの関係について虚偽の事実を述べる必要もないはずである。

 結局,被告人の言い分は,にわかに信用することができない。
(4)小括
 
以上のことからすると,被告人の捜査段階における供述は,信用性が高い。
第5 被告人の公判供述の信用性
1 被告人の公判供述の要旨
 
被告人は,公判廷においては,強盗殺人の共謀があったことを否認し,要旨次のとおりの供述をした。
(1)Aに,一度はFを殺害して通帳等を奪うことを持ち掛けたが,結局Fを殺害することはできなかったと聞き,やはりAは,Fを殺害することは嫌なのだと考え,Fを殺せばAは悲しむし,自分から離れていってしまうと思って,Fを殺害することは諦めた。
(2)そこで,Fの通帳と印鑑だけを取ってくる方法はないものかと考え,Bに対して,「井田」の名前を出し,F方から通帳と印鑑を取ってくるよう要求した。その際,Fを殺害しろと言ったことはないが,殺すなとも言っていない。
(3)BがCに話を持ち掛けることを提案したので,今度はCに対して,F方から通帳と印鑑を取ってくるよう要求した。その際にも,Fを殺害しろとは言っていない。
(4)Cは,F方から通帳と印鑑を取ってくることを引受けるとともに,自分が実行するのであるから,自分のやりたいようにやらせて欲しいと言ってきた。注射の手順や注射の方法については,Cが自分に任せておくように言ったので,詳しい話はできなかった。Cが準備した注射器やインスリンについては,事前にこれを見せてもらったことはない。

(5)インスリンについては,40単位(1cc)以上が致死量であると考えており,Cがこれを入手する際には,1cc入りのインスリンのボトルの,新品ではなく,残り物を取ってくるということだったので,量的には1ccの3分の1程度であろうと考え,その程度であればインスリンをFに注射しても死ぬことはないであろうと考えていた。もっとも,具体的な使用量について,Cにその詳細を聞いたことはない。
(6)Fが買い物に出ている隙にF方から通帳と印鑑を取ってくるということは,Bが自信がないと言ったことから,考えなかった。また,Fが病院に行っている間に取ってくることも,話題に出なかったので,考えなかった。
(7)本件犯行の前日である28日ころ,それまでにも失敗することや,Fを殺害してしまうことなどに対する不安を抱いていたこともあり,Cに対して,犯行の中止を申し出たが,Cは,これさえ実行すれば「古林」らとの関係が終わるのだからなどと言い,この申し出を拒絶した。
(8)このころ,Bに対しても,犯行の中止を申し出たが,Bは,「井田」が納得しないなどと言って,この申し出を拒絶したので,それ以上に止めることはできなかった。
2 被告人の公判供述の検討
 
被告人の公判供述に対しては,以下の事情を指摘することができる。
(1)供述の変遷
 
被告人は,捜査段階においては,被告人とC,Bとの間に強盗殺人の共謀があったことについて,一貫してこれを認めていた。被告人は,供述を変遷させた理由につき,Cの供述に合わせた虚偽の話をしていた旨を供述するが,このような供述が信用できないことは,前示のとおりである。
 
また,被告人は,その公判供述の信用性を裏付ける大きな根拠として,一旦はAに対してFの殺害を依頼したが,結局,Aから殺害を実行に移せなかった旨を聞いたという出来事を挙げ,そのため,AはFの死を望んでおらず,Fを殺害することはAに悲しみを与えることなのだと考えて,Fの殺害は諦めたのだと供述する(1の(1))。しかしながら,そもそも被告人は,捜査段階においては,Aに対してFを殺害するよう要求したということそれ自体について,そのような記憶はないと頑なに否定していたのであって,殺意の有無に関わる重要な事情,換言すれば,被告人の公判供述を支える核心ともいうべき部分についても,供述に変遷が認められるところであり,その合理的な理由は示されていない。

(2)供述内容の不合理性
 
また,被告人の公判供述の内容は,それ自体が極めて不自然,不合理といわざるを得ない。
 
まず,被告人は,それまで「井田」ないしは「古林」の名前を用いて,BとCを思うままに操り,金員を騙し取るなどし,さらには,その夫の殺害まで実行せしめてきているのであり,その被告人が,その意に反して,BとCが本件犯行に及ぶのを止められなかったとすること自体(1の(7),(8)),余りにも唐突かつ不自然で,無理があるといわざるを得ない。
 
また,被告人が,Fを殺害するという意図を有しておらず,単にその預金通帳と印鑑を奪うことが目的であったとすれば,Fが1人で在宅する時間を見計らって犯行に及ぶことを取り決めたという前示の動かしがたい事実は(前提事実5),余りに不自然で不合理な取り決めというべきである。被告人は,従前よりFの生活状況を探り,Fが1人で在宅する時間のみならず,Fが市外の病院へ赴き,長時間F方が留守となる日にちについても,事前にこれを知り得ていた(前提事実4)。B方からF方の鍵が発見され,差し押さえられたことに顕著なように,F方が留守の間,被告人らがF方に侵入することは容易であったと考えられる。これに対して,わざわざCに調査員を装わせてFと直に話をさせ,インスリン等を用いてFを昏倒させた上で通帳等を奪うという方法は,強取行為自体が成功し得るか不確実な上に,その犯行の全容をF自身に知られることとなって,Cはもちろん,被告人自身にとっても極めて危険な行為というほかはない。このように不確実で危険な手段を選択した理由についても,被告人の公判供述は,留守の間に盗み出すような話は出なかったなど,極めてあいまいなものに終始しており(1の(6)),全く説得的ではない。
 
そして,被告人は,Cらの犯行によってもFが殺害される結果とはならないと考えていた根拠として,Cから残り物のインスリンを使用すると聞かされていたから,Fに致死量のインスリンが注射されることはないと考えていたなどと供述する(1の(5))。しかし,他方で,被告人は,Cが準備したというインスリンの実物は一切確認しなかったばかりか(1の(4)),実際にどの程度の量のインスリンをFに注射するつもりなのかを,Cに確認することすらしておらず,さらには,Fを殺害してはならないという注意を促したこともない旨供述するのであり,結局,本件犯行がFの身体に及ぼす危険性については何の配慮もしていない。インスリン注射の危険性について十分に認識していた被告人が,本件犯行に限って,Fを殺害する危険はないと考えたというのは全く不可解である。
 
そもそも当時,Cは,催眠作用を有する薬物(セルシン)も準備していたのであるから(前提事実5),本当にFに危害を及ぼすことを避けたいならば,準備したセルシンを騙して飲ませるなり,注射するなりする方法もあったのに,あえてインスリン注射の方法を選択していること自体,不自然というべきである。
 
なお,弁護人は,BとCが,「井田」ないしは「古林」から,現にそのような指示はなかったにもかかわらず,Fを殺害する旨の指示があったと思い込んだ可能性があると主張し,被告人も,Cらが被告人の意見を聞かず,半ば独断的にインスリン注射を実行したかのような供述をするのであるが(1の(4),(7),(8)),前示のとおり,Fとは一面識もなく,個人的にF殺害を意図するだけの動機も関係性もなかったと認められるCやBが,被告人による具体的な殺害の指示もないのに,それぞれ独自に,F殺害という極めて重大な犯罪行為を行うよう被告人から指示されているものと勘違いするなどということは,余りに不自然で,到底考え難いところであるし,CやBと具体的な協議をしていた被告人自身が,かかるCらの真意に気付かず,これを確認することもなく,Cらによる殺害行為を止めることができなかったということも,極めて不合理であることは既述のとおりである。
(3)小括
 
このように,被告人の公判供述は,捜査及び公判を通じて変遷しており,その内容は,本件における客観的な動かしがたい事情を説明できないものであるばかりか,これらと積極的に齟齬しており,総じてその内容自体が不自然不合理極まりないものであって,到底信用することができない。
第6 結論
 
以上の次第で,高い信用性が認められる前記Bの証言,Cの証言及びその捜査段階供述並びに被告人の捜査段階供述によれば,判示のとおり,被告人と,B及びCとの間で,強盗殺人の共謀があり,Cがこれに基づいて判示の実行行為を行ったことを,これに合理的疑いを差し挟む余地のない程度に認定することができ,この事実を否認する被告人の供述は信用できず,弁護人の前記主張は採用することができない。
(法令の適用)
罰条
第1の行為 包括して刑法60条,246条1項
第2の1及び第3の1の各行為 いずれも刑法60条,199条
第2の2及び第3の2の各行為 いずれも刑法60条,246条1項
第4の行為中
 
住居侵入の点 刑法60条,130条前段
 
強盗殺人未遂の点 刑法60条,243条,240条後段
第5の行為 包括して刑法60条,222条1項
科刑上一罪の処理
第4 刑法54条1項後段,10条(1罪として重い強盗殺人未遂罪の刑で処断)
刑種の選択
第2の1及び第3の1 いずれも死刑を選択
第4 無期懲役刑を選択
第5 懲役刑を選択
併合罪の処理 刑法45条前段,46条1項本文,10条(刑及び犯情の最も重い第3の1の罪の刑で処断し,他の刑を科さない)
訴訟費用の不負担 刑事訴訟法181条1項ただし書
(量刑の理由)
第1 総論
 
被告人,A,B及びCは,いずれも看護師の資格を有しており,A,B及びCは,いずれも被告人に対して深い信頼を寄せていたものであるが,本件は,被告人が,〔1〕Aと共謀の上,当時の勤務先の同僚であったIから,前後2回にわたって,合計500万円を詐取したという詐欺(I事件,判示第1の事実)〔2〕Bの夫であったDを殺害し,その生命保険金を詐取することを企て,B及びAと共謀の上,Dに対し,催眠作用を有する薬剤などを用いて昏睡状態に陥らせた上,その静脈に注射器で空気を注入するなどして殺害し,生命保険会社から3500万円弱の保険金を詐取したという殺人,詐欺(D事件,判示第2の各事実),〔3〕Cの夫であったEを殺害し,その生命保険金を詐取することを企て,C,A及びBと共謀の上,Eに対し,催眠作用を有する薬剤などを用いて昏睡状態に陥らせた上,その体内にマーゲンチューブなどの医療器具で大量の洋酒を注入するなどして殺害し,生命保険会社から3200万円余りの保険金を詐取したという殺人,詐欺(E事件,判示第3の各事実),〔4〕Aの母親であるFを殺害して,その預金通帳と印鑑を奪おうと企て,B及びCと共謀の上,CにおいてF方に侵入し,同女に対し,その身体に注射器でインスリン製剤を注射して昏睡状態に陥らせたものの,未遂に止まったという住居侵入,強盗殺人未遂(F事件,判示第4の事実),〔5〕CがE事件について警察に申告しようとしていることを察知するや,これを翻意させようと企て,Bと共謀の上,Cに対し,前後2回にわたって脅迫文を閲読させたという脅迫(C脅迫事件,判示第5の事実),の事案である。
 
このように,被告人は,生命保険金入手目的の殺人2件,強盗殺人未遂1件を敢行し,死亡保険金合計6700万円余りを詐取したものであり,いずれも看護師としての医療業務上の知識を悪用して,被告人らの犯行と疑われることのないよう計画的に完全犯罪を目論んだものであって,脅迫1件もこれら犯行の発覚を免れるべく敢行したものに他ならず,さらには別の詐欺をも犯しているのであるから,被告人の刑事責任には極めて重大なものがある。
 
以下,各事件毎に情状を順次検討する。
第2 D事件について
1 犯行動機
 
前示犯行に至る経緯のとおり,D事件は,被告人が,Bやその夫であるDへの従前よりの嫌悪感や憎悪の念から,BにDを殺害させて,一生苦しめることを目論むと共に,Dの生命保険金を入手することを考えて,殺害への意欲をより高め,強固な犯意を抱いた上で,共犯者と共に敢行した殺人,詐欺の事案である。
 
被告人は,遅くともBに対しDが加入している保険の保険証券を見せるよう要求したときには,Dの生命保険金があることを明確に認識し,これを入手することを強く意欲していたものであり,現にD殺害後間もない時点において,生命保険金のほとんどを自己のものとし,思うままに費消していることにかんがみても,被告人にとって,D殺害の動機として,生命保険金の取得が主たる目的であったとみられることは明白である。保険金入手目的の殺人という,人命を軽視し,専ら自己らの金銭欲のために,尊い人の生命を犠牲にしてはばからないこの種犯行は,もとより動機の悪質性において甚だしく,極めて厳しい非難に値するものである。
 
加えて,まがりなりにも長年交際してきた友人を,陰では心底憎み嫌い,それならば交際を止め離れることも十分できたはずであるにもかかわらず,却って親友であるかのように親しげにさえ振る舞って,既に卑劣な虚言をもって1000万円をはるかに超える金員を騙し取るなどして十分苦しめてきていながら,それでもなお飽きたらずに,夫殺しの罪を負わせ,一生苦しめようなどと考える発想そのものが,極めて陰湿,陋劣であり,しかも被告人がそこまでにBや被害者Dを憎むに至った切っ掛けというのは,Bが,自分ではとても育てられないと言っていたはずの3人目の子を出産したとか,被告人に堕胎経験があることをB自身の母親に話したものと思い込んだことなど,犯した罪の重大さに比すれば,甚だ些細で,到底悪意ある言動とすら捉え難いような出来事に過ぎないのであって,被害者Dはもちろん,Bにも,かかる激烈な憎しみを受けるような落ち度はないというべきである。
 
D事件の動機は,総じて,極めて自己中心的で独善的,かつ甚だ利欲的なものであり,そこには酌量すべき余地を寸毫も見出すことができない。
2 犯行計画
 
被告人らはD殺害を計画するに際し,完全犯罪を目論み,看護師として得た医療業務上の知識をもって,自然死を装った殺害方法を講じるべく,綿密な謀議を重ねた。前示犯行に至る経緯で認定したとおり,被告人らは,まず,カリウム含有製剤を長期間多量摂取させることによってD殺害を図ったが,経口剤の投与だけではこれに十分でないとみるや,直接Dに薬剤等を注射して殺害することを企て,勤務先の病院から注射器やカリウム含有製剤の薬液などを持ち出し,さらには,犯行発覚を免れるべき殺害実行後の行動についても打合せを経るなど周到な準備を遂げた上,結局,その計画を成し遂げたものである。本件の計画性には極めて高度なものがあり,そこに表れた犯罪意思には強固なものがある。

 このような計画を講じるに際して,被告人は,他の共犯者に対して,Dに関する情報や殺害方法などについて,積極的にこれを聞き出し,促すなどして,終始主導的に殺害計画を形成していったものであり,その果たした役割は共犯者の中で最も重大である。
3 犯行態様
 
D殺害の態様は極めて冷酷非情である。Bは,平成10年1月21日,勤務先から帰宅したDが入浴している隙を見計らい,ビールに催眠作用を有する薬剤等を混入した上,何食わぬ顔でこれをDに提供し,Dは,他ならぬ妻が供するビールであるから,何の疑いもなくこれを摂取して,間もなく,昏睡状態に陥った。その上で,Bは,被告人とAを電話で呼び出し,Bにおいて,Dに対し,その静脈に注射器でカリウム含有製剤の薬液を注射するなどした。その際,Dは,カリウム注射による血管痛から,叫び声を上げ半ば覚せいしたが,Bは,その都度,Dを寝かせつけ、薬液注射を続行した。その後,被告人は,カリウム含有製剤を注射するのみではDの殺害には至らないと判断し,Bに対して,Dの静脈に空気を注入するよう指示し,Bは,これを実行した。その際,Dは激しく咳き込み,半ば覚せいすることを繰り返したが,Bは,なお空気注射を続行した。その間に長時間が経過し,同日中の殺害が困難であると判断した被告人は,D殺害を中断するよう指示し,それ以上の実行を止めさせたが,殺害計画自体についてはこれを翻すことなく,同月23日の深夜に続行することを取り決めた。当日,Bは,帰宅したDに対し,催眠作用を有する薬剤等を混入した酒食を提供し,昏睡状態に陥らせた上で,被告人とAを電話で呼び出した。Bは,傍らに三女が寝ているのもはばからず,Dに薬液を注射し,また,気分が悪いと半ば覚せいしたDに対し,労るかのように装って催眠作用を有する薬剤等を混入したドリンク剤を飲ませて昏倒させ,さらには,その静脈に注射器で空気を注入するなどした。このころ,被告人は,半ば覚せいしたDに驚くなどしたことから,Aとともに被告人の自宅まで引き返していたが,D殺害の中止を期待したBが同所へ赴くや,これに激して,早くDを殺害するよう厳しく申し向けた。そのためBは,D殺害の意思を固めてB方まで戻り,半ば覚せいしてうめき声を上げるDに意を払うこともなく,その静脈に空気を注入することを繰り返した。そのころまでにB方に戻った被告人は,Aに対し,同女もDの静脈に空気を注入するよう指示し,Aは,これに従い空気注射を行って,結局,Dは空気塞栓により収容先の病院で死亡した。
 
このように,D殺害の態様は,BがDの妻であったということを利用し,丸二日以上の期間にわたって,2度もDを欺いて昏睡状態に陥れた上,注射を嫌がるDの姿を目の当たりにしながら薬剤や空気の注入を繰り返し行ったものであり,極めて卑劣かつ執拗で,情け容赦のないものであったといわなければならない。 
 
被告人は,D殺害の実行行為そのものは分担していなかったものの,それはBに夫殺しの罪を負わせるという当初からの意図に従った結果の役割分担に過ぎず,その殺害態様は,被告人が主導して策定した前示の計画に概ね沿うものであった。被告人は,自らD殺害の現場に出向き,Bらが実行行為を行うにあたってその場で具体的な指示を与え,21日から22日にかけての殺害が困難と見た後もD殺害を諦めずに日を改めて殺害日を決定し,23日から24日にかけての犯行途中で一旦現場を離れた被告人の後を追ってきたBに,改めて強くD殺害を促して,終始犯行実現へと牽引役を果たしたものであり,D殺害のためには,まさしく不可欠の存在であったというべきである。
 
さらに,自ら夫を手に掛けていながら,その病死を装って妻が夫の保険金請求を行ったという詐欺の態様も,我が国の保険制度を根幹から揺るがすような犯行として,甚だ悪質といわなければならない。
4 犯行結果
 
D事件の結果は,極めて重大である。被告人らは,Dの掛替えのない生命を奪った。前示のとおり,Dは,死の間際において,半ば昏睡状態にありながらも,被告人らに対して,恐怖や痛みを訴えかけていたのであり,Dが被った肉体的・精神的苦痛の甚大さは,想像に難くない。Dは,昭和61年にBと婚姻し,3人の娘をもうけたものであり,妻子に真摯な愛情を捧げ,子供の成長に確かな喜びを感じていた。被害当時39歳で,一級建築士として働き盛りにあり,周囲からの信望も厚かった。Dに落ち度など微塵もなく,突如として理不尽な犯行の犠牲となり,本来最も愛し信頼すべき妻の手によって,非業の最期を遂げざるを得なかったその無念の情は察するに余りある。
 
いわれなく兄の生命を奪われたDの弟2人の悲嘆の情は深く,その処罰感情はもとより厳しい。他ならぬ妻の手で殺されたとの一事においても,その心痛は耐え難いものと窺われ,いずれも,D殺害を主導した被告人に対しては,死刑にして欲しい旨述べて峻烈な処罰感情を顕わにしている。Dの両親は,その死の真相を知ることはなかったが,頼みとしていた長男であるDが亡くなって半年足らずの間に相次いで,Dの後を追うようにしてその生涯を終えたものであり,余りにも早かった息子の死が如何ばかりの精神的苦痛を与えたかは計り知れない。また,Dの3人の娘達は,長女が10歳,次女が9歳,三女はわずか2歳という幼い時期に,不条理にも父親を奪われたものであり,その悲嘆の情も察するに余りあるところ,それが母親の手によるものだったのであるから,これを知るに至った際の衝撃と絶望は想像を絶し,筆舌に尽くしがたいものがあったと思料される。3人の娘達の供述や手紙,養護施設の観察記録などからは,現実を直視し得ない悲痛な思い,苦しみが見て取れるのである。同女らは,未だ学業に勤しむ身で,いずれも施設に預けられ,面会に訪れる人すらほとんどいないという境遇に甘んじており,今回の事件が,年若い同女らの今後の成長過程に与える影響も誠に憂慮されるところである。
 
そして,詐取された生命保険金は3500万円近い高額に及んでいるのであり,これを詐取された保険会社が被った損失もまた多大なものである。さらに,被告人は,「井田」ら架空人物の言動を恐れて言い成りの状態にあったBに,言いがかりともいうべき様々な要求項目を突き付けて,その保険金のほとんどを交付させ,自らの思うままに費消し尽くしたのであって,当初に目論んだとおり,D事件による直接的な利得のほとんどは,実際に被告人に帰属しているものである。
第3 E事件について
1 犯行動機
 
前示犯行に至る経緯のとおり,E事件は,詰まるところ,被告人が,Eの生命保険金を入手することを企てて,他の共犯者とともに敢行した殺人,詐欺の事案である。
 
己の金銭欲のためならば,他人の生命をも犠牲にしてはばからないという,極めて利欲的で非道な犯行動機は,最大限の非難を免れず,誠に身勝手で悪質というほかないのであって,酌量の余地は皆無である。
2 犯行計画
 
被告人らは,D事件においては,危うくDが解剖されそうになった経験を踏まえ,E殺害の際には,心臓が動いている状態で病院に搬送させ,その後にEが死亡するようにして殺害することを目論み,完全犯罪を企図して,綿密な謀議を重ねた。殺害計画の策定については,被告人,A及びCの3人での話し合いによるところが大きく,その際には,D事件同様,被告人が,各人の意見を促し取りまとめるなどして,これを主導したものである。E事件の計画性の程度は,殺害の実行面の点はもとより,犯跡隠滅の点においても極めて高度のもので,そこから窺われる犯行意思には甚だ強固なものがある。
3 犯行態様
 
E殺害の態様は,極めて卑劣で冷酷非情である。被告人らは,当時Cとは別居状態にあったEを,子供のための所用を装い,実際には殺害するだけの目的で予めC方まで呼び寄せた上,Cにおいて,催眠作用を有する薬物を混入したカレーライスを提供した。Eは,妻が供する食事であるから,疑いを抱くことなくこれを摂取し,また,Cの勧める洋酒をあおって,間もなく昏睡状態に陥った。Cは,Eの状態を確認するや,電話で被告人,A,さらには正体を隠して「池田」と称していたBを呼び出し,これを受けた被告人らは,常と変わらずCの母や子供達が別室で眠るC方の1階寝室へと忍び込んだ。その後,被告人の概ねの指示に基づいて,BないしはAにおいて,Eに対し,その鼻孔部から胃の中へとマーゲンチューブを挿入した上,洋酒の入った注射器をチューブの末端に取り付けて,これを用いてEの体内に洋酒を注入することを繰り返した。また,主にBが,Eに対し,その静脈に注射器で降圧作用を有する薬液などを注入し,BないしはAにおいて,その体内に水を注入した。その際,被告人も,少なくとも1,2回は,薬液注射ないしはアルコールの注入を自ら行った。それでもEが死亡しないと見た被告人は,さらにBに対し,空気注射の実行を指示し,Bはその指示どおりに数回にわたって,Eの静脈に注射器で空気を注入した。その後,Aは,空気混入の状態がレントゲンに写りかねないと判断した時点で,それ以上の空気注射を控えるよう注意喚起し,Eの状態を確認して,Eが相当衰弱している旨を申し述べた。結局,これを受けた被告人が,Eの殺害には十分である旨を申し述べて,実行行為は終了した。このように,被告人らは,さながら医療業務を行うかのようにしてE殺害を完遂するに至っているのであり,そこにE殺害を躊躇するような態度を見出すことはできず,犯行態様は極めて冷酷,非情というほかはない。
 
被告人は,Eの殺害に際しては,自ら実行行為の一部を行っているほか,犯行現場において,各人に具体的な指示を与えるなどして,犯行実現に最も重要かつ積極的な態度を示しており,各共犯者に及ぼした影響力は大きく,果たした役割は最も重大である。
 
そして被告人らは,D事件同様に,妻が夫殺害に加担した事実をおくびにも出さずに,夫の病死を装い,残された妻からの請求であるとして保険金の支払いを要求したものであり,その詐欺の態様も,甚だ悪質であるといわなければならない。
4 犯行結果
 
E事件において発生した結果もまた,極めて重大である。被告人らは,掛替えのないEの貴重な生命を奪った。Eの母親は,病院に運ばれたEが,暴れるのを防止するため,その手などをベッドに縛り付けられていたのを現認しているのであり,死の間際にあったEが,なお生きるための懸命な動きをしていたことが窺われる。その間にEが被ったであろう肉体的・精神的苦痛がいかに甚大なものであったかは想像に難くない。Eは,昭和57年にCと婚姻し,3人の息子をもうけており,被害当時44歳で,働き盛りにあり,実直に仕事に勤しんでいた。確かに過去の借金問題が原因となって,妻子と別居状態にはあったものの,暇を見付けてはC方を訪れ,子供らとの親交を欠かさなかった。もとよりEには殺されなければならないような落ち度など何もなく,最愛の子供たちの成長を見届けることも能わず,本来であれば最も身近な存在であるべき妻らの手によって,突如として理不尽な犯行の犠牲となった無念の情には,計り知れないものがある。
 
また,無惨にも息子を奪われたEの母親やEと2人きりの兄弟であった兄の悲しみは深甚で,その処罰感情は峻烈である。妻に裏切られ,殺されるためにC方まで呼び寄せられ,自然死を装って殺されたという殺害態様の悪辣さにかんがみても,言葉にできない怒りと憎しみ,悲嘆の深さは察するに余りあり,いずれも,被告人はどんなことがあっても死刑にして欲しい旨を明言している。そして,Eの3人の息子達は,当時未だ15歳,12歳,11歳という年齢で,これから一層父親の存在が重要となってくるであろう時期に,理不尽にも父親を奪われたものであり,さらには,それが実の母親であるCらの手によるものだったのであるから,その心中の衝撃,苦衷,葛藤の程は,到底余人においては計り知ることのできない深刻なものと察せられる。とりわけ,Eの長男においては,E事件の直前,被告人らがCにEの虚偽の悪行を信じ込ませる過程において,被告人らが作成したEの悪行を並べ立てた手紙を渡されたり,同趣旨の電話を受けるなどして,Eに対し大きな不信感を抱かされていたのであり,悪意に満ちた虚像を信じ込まされるままに,大切な父を奪われた真の悲しみにすら気付かされることなく過ごし,しかる後に事件が明るみに出て,改めて真相を知ったその心中の苦悩は察するに余りあるところである。E事件が,未だ年若い3人の息子達の将来に与える影響も,誠に甚大であると思料される
 
そして,詐取された生命保険金は,3200万円を超える高額であり,これを失った保険会社が被った損害もまた多大なものである。被告人は,E殺害後,わざわざ自己の管理する新規の口座を開設し,そこにEの生命保険金3200万円余りを振り込ませた上,短期間のうちにほしいままにこれを費消したのであって,ここでもまた,E事件による直接的利得を得たのは,ひとえに被告人であったというべきである。
第4 A事件について
1 犯行動機
 
前示犯行に至る経緯のとおり,F事件は,被告人が,マンションの購入費用などを捻出するため,従前より母親の資格がないなどとして悪感情を抱いていたF方に侵入して同女を殺害し,その通帳と印鑑を奪って,Fの預金を手に入れることを目論んで敢行した住居侵入・強盗殺人未遂の事案である。
 
自己の金銭欲のため,他者の生命すらも犠牲にして顧みないという強盗殺人の動機は,それ自体,余りにも酷薄で非道なものといわなければならないが,しかもそのために選んだ被害者は,当時被告人が最も大切に思っていたと称するAの実の母親であり,被告人自身,誕生日にはプレゼントを持ってわざわざF方に出向くなどして,それなりの交流まであった相手であった。Aをその実家とも絶縁させて被告人一人のものとしたいという考えがあったにせよ,そのような発想自体,愛情とは名ばかりの独占欲としか言いようのないもので,自らの欲望のためには,自分のパートナーともいうべき人の母親でさえも,平然と殺害して恥じるところがないその発想は,まさに非人間的としか言いようがない。しかも被告人は,知人から騙し取った多額の金員や2人を殺害して手に入れた総額6700万円余の保険金を,高級化粧品やブランド品やエステ代等,数多くの贅沢品や家族旅行等にほしいままに費消していながら,さらに高級マンションが欲しいなどとして,安易にも一攫千金を目論み,Fの殺害を決断したのである。その尽きない金銭欲は,ひたすら自己及び自己に準ずる家族らの,贅沢かつ安楽な生活を維持し,様々な物欲を満たそうとする浅ましさから発しているものと解さざるを得ないのであって,その身勝手さは最大限の非難に値するというほかはない。
2 犯行計画
 
被告人らは,Fが糖尿病を患っていたことから,インスリンを注射し低血糖障害に陥らせて死亡させることを決め,さらにその具体的方法について,念入りに話し合いを重ねた。糖尿病患者に対するインスリン注射は,その使用量次第で確実に人を殺害できるだけの危険性を有する一方,患者自身が常用している薬剤の誤使用と判断される可能性が十分あって,患者死亡後の犯行発覚のおそれが少ない狡猾な殺人手段である。そして,被告人は,Fが1人でいる時間等を探り出すため,自らあるいは共犯者らに指示して,F方及びその周辺への下見やF方への無言電話を重ねるなどして,周到に準備を行い,あるいは興信所調査員を称してFを欺き,F方に侵入する方法やその際の服装,小道具など,犯行を確実に成功させるための細かな手段方法につき自ら積極的に意見を述べ,各共犯者の取るべき行動について綿密な指示,要求を申し向けて,計画策定の上で最も大きな役割を果たしたものである。
3 犯行態様
 
F事件の犯行態様は,凶悪かつ卑劣非道である。Cは,Fが1人となる時間を見計らい,興信所の調査員を装って,F方に侵入した。そして,Cは,Fに対し,Fと同居する次女が不倫の交際をしており,その調査に来た旨虚偽の事実を申し向け,Fを欺いてサッシ戸から居間に上がり込み,その際には,Fの逃亡を阻止すべく,サッシ戸の鍵を閉めた。その後,Cは,コタツを挟んで座っていた当時82歳という高齢のFに対し,次女の不倫調査を依頼されたこと等を記した書面を提示し,これに気を取られたFが前屈みになった隙に,その露出した後頸部を目掛けて,予め準備し,取り出しておいたインスリン入りの注射器の針を矢庭に突き刺して,インスリンを注射した。Fは,これに気付き抗議して声を上げたが,Cは,やはり予め用意しておいた催眠作用を有する薬物を入れた注射器を手に取り,なおもFに覆い被さって,この薬物をFの口に入れようとした。最終的には,両者揉み合いとなる中,隣人の名前を大声で叫びながら,必死に抵抗してCを押しのけ起き上がったFが,幸いサッシ戸の鍵を開け外に逃げ出すことができたことから,Cもその場から逃走し,現実にFを殺害するだけの確実な攻撃を加えるには至らなかったものである。しかし,このように,娘を案ずる親の心情を利用し,Fを欺きつつ殺害を図った犯行態様は,卑劣極まりなく,高齢のFに対する有無をいわせぬ攻撃は,大変危険で凶暴なものであったといわなければならない。
 
前示のとおり,被告人は,F殺害の実行役を担ったC,さらにはその見張り役を担ったBに対して,取るべき行動を事前に詳細に指示した上,実行に際しては,両名から逐次電話連絡を受けて,その経過を把握し,改めて細かい指示を与えるなどしたものであり,その果たした役割は共犯者中最も重大である。
4 犯行結果
 
F事件の犯行の結果もまた重大である。Fは,被害後間もなく低血糖症によって意識を失い,昏睡状態で病院に搬送されて治療を受け,ようやく一命を取り留めた。実際には,それに先だって現場に駆け付けたAが,看護師としての知識と的確な判断により,いち早くバナナや砂糖を与えるといった処置を取っていたのであるが,それでもなお病院到着時には,かなりの低血糖状態に陥っていたのである。仮にこのようなAによる処置がなく,そのまま放置されていれば,Fが死に至った可能性はかなり高かったものと考えられ,本件犯行がいかに危険なものであったかは明らかである。もとよりFには,このような理不尽な被害を甘受しなければならないような落ち度は何もない。にもかかわらず,最も安全であるはずの自宅において,突然にして悪意に満ちた凶行に遭遇し,危うく一命を奪われかけたのであって,その際被った肉体的,精神的苦痛は筆舌に尽くしがたいものであったと思料される。Fは,被害後しばらくの間は,夜もよく眠れず,今でも,ふとした折に,当時のことが思い出されて恐い思いをする旨供述しており,甚大な被害の一端が窺われるところである。
第5 I事件について
 
前示犯行に至る経緯のとおり,I事件は,被告人が,当時の勤務先の同僚であったIに対し,その点滴ミスの事実を聞知するに及び,従前よりIが同僚らに迷惑を掛けてきたことへの制裁として,金員を詐取してやろうと企て,Aと共謀の上敢行した詐欺の事案である。
 
そこでの虚言自体は,過って点滴した栄養剤のせいで患者の意識レベルが下がったとか,しかもその家族らが,主任とはいえ一介の看護師に過ぎないAの自宅宛に損害賠償を求める連絡をしてきたとか,冷静に考えれば不自然な点が多いのに,Iは,Jの家族らとの面談どころか直接の電話,手紙によるやり取りもしないままに被告人らの虚言を信じ込んだのであるが,それはひとえに,Iの友人として,あるいは直属の上司として,被告人やAがIから深く信頼されていた上に,これを持ち掛けた被告人らの話術と演技が,虚言の不自然さを感じさせないほど真に迫っていたからにほかならない。被告人らは,かかるIの信頼を裏切り,むしろこれを利用して,金員を詐取したものであって,その犯行態様は,極めて狡猾,卑劣である。生じた結果も詐取金額が500万円という多額に及ぶものであって,重大である。さらに,その後被告人らの態度を不審に思ったIやその母親から要求されると,さも本物であるように装って患者の家族が作成したかのような領収書を渡したり,弁護士を立てての話合いの席でも,被告人が,疑念を持たれたこと自体がさも心外であるかのような迫真の演技をして,その追及をかわすなどしていたもので,犯行後の対応まで誠に計算高く,悪質なものである。
 
しかも被告人は,以前より友人,知人や同僚から,金を借りては返さなかったり,様々な虚言をもって人を騙しては金員を交付させることを繰り返す中で,I事件を引き起こしたもので,その詐欺行為はまさしく常習的なものである。のみならず被告人は,当時既に,BやCはもちろん,最も親しいと称するAにさえ,必要とも思えない荒唐無稽な嘘をつき続けていたのであって,自らもその虚構の世界を楽しみ,あるいは他人を騙して意のままに動かすこと自体に満足感を得ていたことが窺える。かかる過程を通じて一層その金銭欲,物欲を強固なものとしていった被告人は,その後D事件やE事件,さらにはF事件という凶悪な犯罪を次々と敢行するに至るのであり,I事件は,被告人に深く染みついた虚言癖とこれを相手に信じ込ませる特異な能力,飽くことのない金銭欲,そして己の欲望のためならば,自分を信頼している友人,同僚でさえも平然と裏切ってはばからないというその非情さの萌芽を,すべて内包し,その後の一連の重大事件への通過点となった犯行であるということができる。
第6 C脅迫事件について
 
前示犯行に至る経緯のとおり,C脅迫事件は,被告人が,Bと共に,CによってE殺害の件などが発覚することを恐れる余り,その口封じのために敢行した脅迫事案である。自己保身のためには,かつての共犯者の心情も顧みない,誠に身勝手な犯行動機に酌量すべき余地など全くない。その犯行態様は,CがE殺害を誓約して作成した抹殺誓約書を,Cの家族や親戚,職場,さらには子供らの学校などにも撒布する等と記載した脅迫文を,2回にわたってCに閲読させたものであり,併せて7日に脅迫文を差し置いた際には,Bが,Cの使用する自動車のタイヤをパンクさせたり,その車体にレンチで傷を付け,ことさらにCの不安感,恐怖感を煽った。その犯行態様は,極めて陰湿で執拗である。一連の犯行によって,Cが被った精神的苦痛も決して小さなものではなかった。
第7 各犯行後の状況等
 
被告人らは,D事件,E事件のいずれにおいても,DもしくはE殺害後に現場から犯跡となるものを取り除いた上,夫の突然の死に遭遇した妻ないしはそこへ駆け付けた友人を装い,看護師ないしは元看護師としての立場を利用し,その信頼を悪用して,各被害者の虚偽の病状などを申告したり,医師に泣きついて解剖を阻止したりするなどしたものである。これらの工作が功を奏したこともあって,当時,DとEはいずれも病死として処理され,それぞれの生命保険金が支払われる結果に至っていた。また,F事件では,F殺害等に失敗した後,Fの次女らから被告人が犯人ではないかとの嫌疑をかけられるや,被告人は,Aをして,Fの次女らに強い非難を浴びさせ,その追及をかわしており,犯行から1年以上もの間,F事件はFに対する犯人不明の傷害事件として扱われるにとどまっていた。各犯行の態様と,犯跡の隠滅工作が,いかに狡猾で,十分に練られたものであったかは,この点からも如実に認められる。そしてその間,被告人は,罪の意識に苛まれるどころか,手にした多額の保険金等を浪費し,BやCを意のままに従わせて雑用を行わせ,Aにさえ家事,育児の負担を負わせるなどしながら,贅沢な暮らしに浸っていたのであり,犯行後の情状もまた甚だ悪質である。
 
その後,被告人の強圧的な言動に耐えられなくなったCが警察に連絡を取り,その口から各犯行が発覚する危険を察知するや,被告人は,判示第5のとおり,即座に同人を脅迫する行為に出ているのであって,C脅迫事件もまた,一連の犯行発覚を防止するための工作の一つということができる。幸いこの工作は失敗し,Cが平成13年8月にE事件について自首したことを契機として,一連の犯行はすべて白日の下に晒されたのであるが,もしこのCの行動がなかったならば,今もなお,一連の犯行は,解決はおろか,その一部は犯罪として認識されることすらなく,被告人らは刑事責任の追及を受けることもなく,社会内で自由を満喫していた可能性を否定できない。
 
被告人は,長年にわたり多額の金員を手にしていながら,浪費生活のために資力はほとんどなく,殺人被害者らの遺族に対する損害賠償や,詐取した高額の保険金を含め,一切の被害弁償はなされておらず,またその見込みもない。
 
本件各犯行は,その発覚後,看護師の資格を有する被告人らが,その医療業務上の知識,経験を悪用し,自然死を装って共犯者らの夫の命を奪い、現に生命保険金を詐取するなどした事案として,社会の耳目を集め,多大な衝撃をもたらし,看護師に対する社会的信頼を著しく失墜させることとなったものであって,その社会的影響も多大である。
第8 被告人と共犯者との関係について
1 序説
 
以上のとおり,本件一連の犯行において,中心的な地位を占めるD事件,E事件及びF事件は,金員入手目的の殺人ないしは強盗殺人未遂という凶悪な犯罪であり,結果の重大さ,計画性,犯行態様等に照らしても,被告人の刑事責任は誠に重大であるといわざるを得ず,検察官は,被告人に対して,死刑を求刑している。 
 
ところで,死刑は,究極の峻厳な刑であり,「死刑制度を存置する現行法制の下では,犯行の罪質,動機,態様ことに殺害の手段方法の執拗性・残虐性,結果の重大性ことに殺害された被害者の数,遺族の被害感情,社会的影響,犯人の年齢,前科,犯行後の情状等各般の情状を併せ考察したとき,その罪責が誠に重大であって,罪刑の均衡の見地からも一般予防の見地からも極刑がやむを得ないと認められる場合には,死刑の選択も許される」
(最高裁昭和56年(あ)第1505号同58年7月8日第2小法廷判決・刑集37巻6号609頁)のである。殊に,共犯事件の場合には,当該被告人が共犯者として犯行に関わった経緯,共犯者間における立場と実行行為への関わり方なども総合して考慮し,共犯者間の刑の権衡という観点からの検討も十分に尽くした上で,極刑が真にやむを得ないと認められる場合に限って,死刑の選択が許されるものと解するのが相当である。
 
この点,弁護人は,保険金詐取の点は別として,D及びE殺害に関しては,B及びCの犯罪を条件として,被告人はこれに従属して加担したものであって,決して首謀者とは断じられない旨主張する。そこで,かかる主張にかんがみ,一連の犯行の中心となるD事件,E事件及びF事件において,被告人が果たした役割や他の共犯者との関係などについて,さらに検討を加える。
2 被告人及び共犯者らがD事件,E事件及びF事件に関わった経緯
 
D事件,E事件及びF事件は,いずれについても,被告人が,その固有の動機に基づいて自ら発案した犯行である。D及びEを殺害した後,被告人が,他の共犯者を欺くなどして,ほぼ全ての生命保険金を1人で取得していることにかんがみても,各犯行の目的は,専ら被告人の個人的な欲望を満たすことにあったと指摘することができる。
 
弁護人は,特にD事件ではその妻たるBが,E事件ではその妻たるCが,各犯行を決断しない限りその殺害実行は不可能であった旨主張し,確かに,各保険金の受取人でもあるBやCが,各犯行を承諾しない限り,保険金を入手することも困難となって,殺人実行に向けた重大な動機が失われる上に,少なくとも各犯行態様記載のとおりの方法でDやEを殺害することは不可能だったという限りで,その主張は正しいといえよう。しかしながら,その不可能を可能とするためにこそ,手を変え品を変えて共犯者らを欺き続け,犯行を決意させるだけの動機を与え,執拗に説得し,時には恫喝と言ってもよい強硬さで,BとC,そしてAを,各犯行に引きずり込んだのは,まさしく被告人以外の何者でもないというべきである。
 
前示犯行に至る経緯のとおり,被告人は,まずBに対しては,かねて「山下」や「井田」ら,Bに対して深甚な恨み,憎しみを抱いている人物が実在するかのように思い込ませ,損害賠償等の名目で1000万円をはるかに超える金員を騙し取って経済的にも精神的にも逼迫した生活に追い込んでいたが,さらにDには愛人がいると吹き込み,自分で仕込んだ薬物を発見してみせるような小細工までして,Dが保険金目的で被告人や子供たちの殺害を企てているという疑いを抱かせて,Dに対する根強い不信感と猜疑心を植え付け,さらに自らの長女やAが「坂本」らに拉致されたかのように装うなどして,D殺害を実行するように迫り,ついにBにこれを決意させたものである。そうしてDを殺害した後のBは,一層盲目的に被告人の指示に従うようになり,詐取した保険金の内3450万円を被告人に交付したのを始めとして,自ら消費者金融への多額の借金を負い,食費すら切り詰めた生活を送りながら,最終的には1億円を超える金員を被告人に支払い続けたのみならず,看護師としての仕事の合間をぬい,睡眠時間を削るようにしながら,その指示どおりに日常生活の買い物やゴミ出し,被告人の子供達の送迎,入院中の被告人の実父の世話など,様々な雑用を行い,毎日の反省文を書かされ,さらには自らの3人の子供達までをも,次々と養護施設に入所させるという,悲惨な境遇にその身を置いていた。被告人は,そのようなBに対して,またしても「井田」の指示を装い,E殺害,F殺害を相次いで持ち掛けているのであって,この段階でのBが,余りにも安易に各犯行への加担を決意した背景として,それまでの忍苦の生活と,その中での被告人との上下関係により,かなり経済的にも精神的にも追い込まれた状態にあったことが影響しているのは明らかというべきである。
 
また,被告人は,Cに対しては,かねてEの借金問題等で相談を受けていたことを奇貨として,高額の金員を騙し取り,にもかかわらず被告人がそのトラブルを解決に導いたかのように思い込ませてCの一層の感謝と信頼を得ていたが,E殺害を意図してからは,再びEの借金問題を持ち出し,Eの悪行で今度は自殺者まで出た等と虚偽の事実を申し向けて,自殺者遺族や,遺族を代理する「古林」なる架空人物が,Eの死を望んでいるとして,E殺害を執拗に迫り,C自身や家族のためにもEは殺害しなければならないなどと繰り返し申し向けた上,これを承諾したCに,さらにEの「抹殺誓約書」を作成させるなどして,E殺害の意を固めさせたものである。そしてE殺害後のCは,B同様,盲目的に被告人の指示に従い,詐取した保険金3200万円余や死亡退職金を被告人に交付したのを始め,実母や親戚,消費者金融等から借金をして,最終的には6000万円を超える程の金員を被告人に支払い続ける一方で,被告人に宛てた反省文を書かされたり,被告人の実父の介護に出向く等といった家事手伝いまでさせられるようになっていた。被告人は,かかるCに対し,なおも「古林」の名で金銭支払いを要求し続ける一方で,同様に「古林」の名を騙って,Fを殺害すれば「古林」からの電話はなくなるし,その請求金額も半分になるなどと申し向けて,F殺害を承諾するよう迫ったのである。この時のCが,実にたやすくその犯行を決意したのも,やはり被告人によって追い込まれた,かかる経済的,精神的苦境から逃れたいという強い思いが,最大の理由となったことは明らかである。
 
そして,被告人は,Aに対しては,各犯行のずっと以前から,「先生」や「側近」なる架空人物が実在し,その「先生」らから様々な恩恵を受けてきたかのように思い込ませた上で,その「先生」らが窮地にあることを訴え,DやEの殺害が,さも恩義ある「先生」らの窮状を救うこととなり,逆にこれを果たさなければ,これらの人達を見捨てる結果となるかのように強調して,ことさらにAの不安感,罪悪感を煽り,もしAが殺害を決意しないならば,被告人が身売りをすると述べたり,自らの体調が悪化して気を失ったように装って,DもしくはEを殺害するよう執拗に迫り,その決断をさせたものである。
 
もちろん,被告人が述べたかかる虚言の多くは,それ自体が不自然不合理極まりなく,そうでなくとも少し冷静に考えれば,誰でも虚偽と分かるような稚拙なものに過ぎなかったのであって,確たる証拠もなく,第三者に相談することもなく,かかる虚言を安易にも信じ込んだ共犯者らは,いずれも,軽率の誹りを免れないものといわざるを得ない。また,仮に被告人が申し述べたそれぞれの虚言を前提としてさえ,それでDやEやFの殺害を止むなしと思わせるような事情には全く当たらず,共犯者らは,いずれも自らの固有の要因により,越えてはならない一線を越えて,被害者らの殺害を決意したものとして,それぞれに強い非難を免れないところでもある。しかしながら,共犯者ら3名は,いずれも被告人が言い立てた虚言を完全に信じ込み,その誤った認識を前提とする中で,各被害者はいずれも死に値するという被告人の強い働き掛けを受けて,いわば誤った動機による殺意を導き出されたといえるのであって,そもそもが,被告人のかかる言動さえなければ,共犯者らがこのような動機を抱くこともなかったといえるのである。被告人は,自らの経験を通じて,虚言を真実であると言い通し,相手に信じ込ませるだけの自らの技量の程を,十分に自覚していたものと解され,その上で,その特異な能力を存分に発揮し,共犯者らの信頼を逆手に取り,その弱みにつけ込み,さも相手を心配し,良かれと思って行動しているかのように振る舞って,手の込んだ虚言を申し向け,共犯者らを欺き通し,被害者ら殺害を強く迫って,共犯者らを殺人行為に駆り立てたといえるのであって,たとえ被告人の虚言に易々と騙され,安易にもその要求を受け入れた共犯者らが,いかに思慮浅薄で身勝手であるとの強い非難にさらされるにしても,自らの欺罔行為と執拗な働き掛けをもって,各実行行為をなさしめた被告人の方こそは,より一層強く厳しく非難されるべきであって,その行動は誠に卑劣で悪質というほかない。
3 被告人及び共犯者らがD事件,E事件及びF事件で果たした役割
 
被告人は,実際のD,E及びFに対する殺害の実行行為そのものへの関与はなく,あるいは薄いということができる。しかし,被告人は,殺害方法を話し合う際には,自らが主導して,共犯者らの知識や情報を存分に引き出し,犯跡隠滅に十分な意を払って,詳細綿密な計画を策定したのであって,各殺人行為は,その計画をそのまま実行に移した被告人の意欲の表れというべきものである。被告人が殺人の実行行為にさして関与していないのは,自らが中心となって形成した殺害計画の中で,最も汚く,危険な殺害行為は,他の共犯者にやらせることを取り決めていたからに過ぎないのであって,その面での関与の少なさが,犯行全体に対する被告人の関与の度合いの低さを示すものではない。
 
むしろ被告人は,D及びE殺害の現場には自ら出向いて,実行行為を担ったBないしはAに対して直接の指示を出し,D殺害の際には一旦現場を離れて被告人方に戻った被告人を追い掛けてきたBに,D殺害を厳しく迫ってこれを完遂させ,E殺害の際にはその面前でEが絶命寸前にまで追い込まれていく様を見守っていたのであり,またF殺害の際には,実行行為者となったCや見張り役のBと,頻繁に電話連絡をして,かねての計画を実行するための細かな指示,確認をしていたのであって,いずれの殺人行為についても,被告人が,犯行を強力に推進し,牽引する役を果たしたものといえる。
 
BやCの,被害者の妻としての立場と同人らがもたらした情報,Aの医療業務上の知識と技術,もちろん殺人の実行行為そのものなど,3人の共犯者らが果たした役割は,それぞれに重要不可欠で,いずれも重大な刑責を免れないものであるが,それすらも,私欲を図る目的で,各犯行を企図し,詳細な計画を立て,強力にその実行を推進した被告人によって,体よく利用された一面を持つことは否定できない。
4 小括
 
結局のところ,D,Eに対する各殺人,Fに対する強盗殺人未遂のいずれの事件においても,ひとえに被告人が,これを発案し,虚言を弄して共犯者らを欺き,その心情を巧みに操って各犯行に引きずり込んだ上,細かな計画を策定し,最も強力かつ断固たる意欲をもって,これを実行に移させたというべきなのであって,他の共犯者らと比較しても,各犯行において被告人が果たした役割は,抜きんでて重大なものであったというほかなく,被告人こそは,各犯行の首謀者,主導者であったことは明らかである。
 
とすれば,被告人の刑事責任は,他の共犯者のそれと比較しても,格段に重いものといわなければならない。
第9 被告人の反省状況
 
被告人は,公判廷において,繰り返し反省の弁を述べ,極刑を覚悟している等と口にしてもいる。
 
しかし,F事件については,前示のとおり最後まで不自然不合理な供述に固執していたのであって,結局のところ,自己の刑責を他に転嫁するかのような弁解に汲々としていたというほかない。
 
さらには,被告人は,まさに本件の審理が継続する最中の平成14年末から平成15年1月半ばにかけて,未決勾留中の拘置所内において,懲役受刑者を通じて,同じく収容されていたCに対し,秘密裏に手紙を交付し,またAやBに対しても手紙を交付しようとし,特にCに対しては,被告人に有利となる内容の偽証をするよう現に依頼するなどして,その刑責を免れ,あるいは軽減しようとする姑息な工作を行ったものである。
 
すなわち被告人は,これらの手紙の中で,Cに対しては,〔1〕D事件,E事件,F事件のいずれについても,被告人は殺人の指示に関与していないこと,〔2〕Fを襲撃したのは,Cが当時「池田」を名乗っていたBに命令されて実行したものであり,Eを殺害したのはC,A,「池田」ことBの3人のみで決定し,決行したものであり,またDを殺害したのも,Bが一人で計画,実行したと疑うだけの根拠があること,〔3〕Cがこれまで嘘の供述をしたのは,検察官による誘導と強要のせいであり,被告人は,AやCをかばって真実を述べていないと思われること,〔4〕さらには,正体不明の「岡部」と名乗る男性や中年の女性が,Bと接触した上,被告人を脅している様子を見たことがあるので,被告人は,「岡部」らもしくはBに騙されるなどしていて,保険金等も渡したのではないかと思うこと等を,Cの告白文の体を装って,被告人自身の弁護人に手紙で送るよう指示しており,そのために,大変細かい文字の合計6頁以上にも及ぶ弁護人宛手紙の見本として,例えば「初公判で,被告人が『巻き添えにして・・申し訳ございませんでした・・』と泣きながら言ったのを耳にしたとき私は,とてもショックを受けました。巻き添えにしたのは,私の方だからです。」といった調子で,事件の経過はもちろんC自身の心境まで事細かに,いかにも真に迫った様子で説明した文章を添付した上,これを一言一句書き写して,被告人からCに交付した手紙自体は決して見つからないよう廃棄すること,しかしその内容はすべて記憶して,必要とあれば証人に立ち,ともかく被告人に有利な証言をすること,そして,被告人を保釈させ,また無罪となるよう協力してもらいたいこと等を依頼している。また,B宛にしたためた手紙の中では,Bのことを実の妹のように大切に思っていたのに,AやCからの中傷のせいで,これまで自分の気持ちを抑えていた等と記した上,直接話をしたいので,返事が欲しいという内容の記載をしている。のみならず,Cとの手紙の授受を取り次いでいた前記懲役受刑者に対して,〔1〕B宛に,被告人への返事を促す趣旨の手紙を,〔2〕またA宛には,さも「先生の側近」の配下が,拘置所に潜入しているように装って,その配下からの手紙と称して,被告人が今でもAのことを大切に思っていること等を記した上,Aの被告人に対する現在の心情等を尋ねる内容の手紙を,〔3〕さらにC宛には,被告人がCに手紙を書いた理由は,Aから指示され,脅されたせいであると思われることや,本件の主犯格は被告人ではなく,Aのように思えること等を記した手紙を,それぞれその受刑者自身の筆跡をもって記載して,各人に交付するように,依頼する手紙も渡しているのである。これらの手紙からは,当時の被告人が,なおも共犯者らを騙し,あるいはなだめすかして,自分に有利な供述を引き出し,自らの罪責を免れ得るものと考えていたこと,そのために,何の関係もない受刑者を自己の意に沿うように動かして手紙の受け渡しをさせ,その際には被告人自身は手紙の相手を大切に思っているように見せかける裏で,他の共犯者らに対する不信感を植え付けるように仕向けたり,またも「岡部」等といった架空人物を捏造して,全くの虚言を作り上げたこと等が見て取れるのであって,それは従前の被告人が,自己に対する信頼を利用し,これにつけ込むことで,共犯者を始めとする複数の友人,知人を,次々と欺いてきたその手法と全く同様のものである。
 
そればかりか被告人は,Cに対する手紙の中で,Cの協力を得てもし被告人が無罪となれば,大スクープであり,雑誌社からの原稿依頼も来るし,本でも出版すれば多額の印税が手に入るから,Cの家族らの面倒は見るので,Cはしばらく休養でもするつもりで服役してくればよい等といったことを,いかにも将来への希望にあふれた楽しげな口調で書き連ねたり,ここに至っても,なお被害者たるEに関して,「Eは・・くやしかね」「考えようによっては,おらんごとなって,私良かったと今・・思ってるよ」,「ここで・・ひと芝居もふた芝居もして・・! そのことが・・絶対・・Eを見返すことに? つながるけん!」等と記載して,その人格を貶めてすらいるのである。被告人は,これまで実に手酷い裏切りをもって,友人であったはずのCを騙し,多額の金員を騙取し,反省文を書かせるなどして経済的にも精神的にも苦しめ続けたばかりか,夫殺害とFに対する強盗殺人未遂等という重大犯罪に手を染めさせ,Cとその家族とを不幸のどん底に突き落としていながら,そんなCや被害者らの苦しみ,悲しみを全く意に介さず,あるいはそれに気付くことすらなく,相も変わらず金銭に固執し,自らの都合のみを優先させ,要は金を払って家族を養ってやるので,その代わりに被告人を無罪とさせ,Cはその分の刑責をも背負って服役してこいと言い放っているのであって,もはや単なる身勝手というだけでは言い尽くすこともできない,余りにも厚顔無恥かつ自己中心的で,他者に対する共感性を全く欠いた態度というほかはない。このような手紙を受け取ったCが,被告人に最後に書き送った手紙の中で,「ここに来てまで馬鹿にするな!」「一番悪い人間(アンタ)が何故苦しまない」,Cの家族らは皆被告人を死刑にしてほしいと望むほど憎んでいるのに「それがアンタには何故わからない」「あんたは人間ではない」等と記載しているのは,誠に当然の真情から発した叫びというべきである。
 
このような被告人に,己の行動を真摯に反省し,被害者やその遺族,家族ら,また自己が各犯罪に引きずり込んだ共犯者らに対する真実の謝罪の気持ちがあるとは,到底想像することもできない。
 
そして被告人は,最後の被告人質問となった平成16年3月4日,同月18日の各公判期日で,これらの手紙の経緯について尋ねられた際にも,手紙の橋渡しを頼んだ前記受刑者の方から先に接触してきたのであって,同人はそれ以前からCと交流があったように思われること,Cの方から先に,本を書いた印税で金を返してくれ,家族に対して支払ってくれという要求があったので,その返事として前記のとおりの手紙を書いたこと,最後にCから受け取った「馬鹿にするな」という趣旨の手紙は,勾留中のCは,金がなくてカイロも買えないようだったので,金をいくらか差し入れるのでいくら必要かと申し出る手紙を送った時に,そのような返事をもらったのである等と,その手紙の記載内容自体に照らしても,全くそぐわず,極めて不自然で,到底信用し難い弁解に終始したのである。
 
その供述態度は,かくも重大深刻な事件を次々と敢行し,その断罪を受ける立場にある者として,自らの犯した罪と真剣に向き合い,その責任を引受けようとする覚悟があるとは到底思われない。かかる被告人が,公判期日の最初や最後,また折に触れて,被害者,遺族や共犯者らに対する謝罪と反省の弁を口清く語ったことについては,前記事情に照らせば,その言動をそのままたやすく受け入れることはできないといわざるを得ない。
 
結局,被告人には,今もなお,人としての更生の原点ともなるべき,自己の所業の重大,悪質性に対する真摯なる自覚と反省,被害者らに対する陳謝の気持ちが,生じているのかも疑わしいところである。
第10 被告人にとって酌むべき事情
 
他方,被告人には,前科前歴がなく,未成年者を含む3人の娘がいるところでもある。被告人の長女と次女は,当公判廷に出廷した上,いずれも,被告人には生きていて欲しい旨を供述し,また,被告人の三女は,しばしば被告人の面会に訪れていることが窺われる。これらの事情は,被告人のために酌むべき事情と認められる。
 
なお,弁護人は,被告人が次々と凶悪犯罪を重ねてきた背景には,他の共犯者らによる盲目的な追従があること,かかる共犯者らの存在や,各犯行の発覚が遅れたことで,被告人の傲慢さが増大させられ,反省の機会に恵まれなかった事情があることを主張する。しかしながら,それとて,被告人が,他の共犯者らを騙し通し,強引に要求し続け,自己の意のままに動くように図った結果なのであって,当然に,被告人自身が負うべき責任と解される。さらに,被告人は,幼少期に住んでいた借家の大家らの言動から,いわゆる「金の力」を意識するとともに,他人に対する虚言癖を身に付けるようになったこと等を供述するが,その後の被告人を取り巻く環境が通常よりも劣悪であったということはできないのであって、被告人は,己の欲望を自ら律し,事理の善悪を十分弁え,親しい友を裏切らないという,人として余りにも当然の生活をしていくだけの倫理観と力とを,身に付ける機会は十二分にあったというべきである。結局,これらの事情が格別酌むべき事由にあたるとは認められない。
 
さらに,弁護人は,本件各殺人の手段が残虐性を帯びたものではない旨を主張する。しかしながら,カリウム含有製剤を静脈内に注射すれば血管痛が生じ,現にDは死に至るまでの間に何度も起き出して注射を嫌がる素振りを見せていたことや,Eは,死の間際に暴れるなどしたため,その手をベッドに縛り付けられていたことなどからも顕著なとおり,DもEも著しい肉体的苦痛を被る中で死亡するに至っている。被告人らはその苦しむ姿に躊躇することなく,殺人の実行行為を続行して各犯行を完遂させたのである。単に流血等を伴うものでなく,あるいは身体が酷く損傷されるような態様でなかったからといって,かくも卑劣非道な犯行を,残虐性のないものと断ずることはできないし,仮に各犯行手段に残虐性までは認め難いと評価したところで,被告人が犯した犯行結果の重大性と,それが被害者,その遺族らにもたらした深甚な苦しみ,悲しみに変わるところはないのであって,それをもって,被告人のための有利な事情として斟酌することは相当でないと判断される。 
 
その他,弁護人の指摘する諸事情その他の全証拠に照らしても,前記のとおりの本件犯情の悪質さに対比して,特に酌量すべきものを見出すことはできない。
第11 結論
 
以上の次第で,本件一連の犯行によって,2人もの尊い生命が奪われた結果は,最早取り返しのつかない深刻なものであり,もう1人の生命が奪われかけたことはもとより,各詐欺被害の損失の大きさにも著しいものがある。各被害者,特にその遺族らの被告人に対する処罰感情には,極めて厳しいものがあって,いずれも極刑を望んでいる。被告人は,多額の生命保険金目的で2つの殺人を行い,さらに金銭欲を募らせて強盗殺人未遂を犯したもので,その犯行動機には微塵も酌量の余地がなく,殺害態様も執拗かつ非道なものであった。いずれの犯行も,被告人が発案し,共犯者らを騙し執拗に誘導して犯行に加担させ,その計画策定と実行の両面で終始その主導性を発揮して,強力に各犯行を推進したものであって,共犯者中でも,その果たした役割は最も重要で,まさしく首謀者の立場にあった。前示のとおり,被告人には,若干の酌むべき事情が認められるが,かかる犯情の悪質さ,とりわけ結果の重大さに照らせば,前記有利な事情を格別に斟酌すべきものとまではいえない。弁護人のいう一般論としての更生可能性も,一般論ということ以上のものを見出すことはできず,被告人が,人の命の重みを知ろうともせず,自己の罪業を顧みることもなく,次々と凶悪な犯罪を重ねてきたことや,その背後にある,他者を虐げた上での贅を尽くした生活振り,そして今なお,被告人には到底真摯な反省と謝罪の気持ちがあるとは認められないことなどにかんがみれば,被告人には,規範意識の著しい鈍麻が看取できるのであり,その犯罪傾向が極度に深化していることは否定の仕様もない。
 
そうすると,被告人の刑事責任は極めて重大であるといわざるを得ず,罪刑均衡の見地からも,一般予防の見地からも,さらには共犯者間の刑の権衡の見地からも,自己の生命をもって,その罪を償わせるほかないと判断した。
 
よって,主文のとおり判決する。
(検察官壬生隆明,長田守弘,国選弁護人最所憲治〔主任〕,同野田部哲也各出席)
(求刑―死刑)
平成16年10月12日
福岡地方裁判所第1刑事部
裁判長裁判官 谷敏行 裁判官 荻原弘子 裁判官 石井義規

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