殺人福岡21

殺人福岡21

福岡高等裁判所那覇支部/平成16年(う)第17号

主文
不詳

理由
1 両鑑定の検討
 
被告人の責任能力につき,検察官からの鑑定受託である医師W1作成の鑑定書(以下,「W1鑑定」という。)は,鑑別不能型統合失調症の中程度と判定し,限定責任能力があったとしているのに対し,原審公判廷における鑑定人である医師W2作成の鑑定書(以下,「W2鑑定」という。)は,緊張型統合失調症の憎悪状態と判定し,責任無能力であったとしており,見解が分かれているところ,W1鑑定は,基本的には,捜査段階の後期の,被告人が当時自分の心理状況を合理的に説明しているかのような供述と,ほぼこれと同趣旨のW1鑑定受託者自身の被告人との面接時におけるその供述を主軸として本件当時の被告人の精神状態を検証しているものと解されるが,被告人の供述は,その供述時点によって変遷が顕著である上,平成13年8月17日付け検察官調書以後の被告人の捜査段階の供述調書の記載は,幻聴の内容,事件の動機の点について全く信用性がなく,全体としてその信用性は極めて乏しいものであるから,それを基本にして被告人の病状を判断したW1鑑定の結果は完全に誤っている。
 
これに対し,W2鑑定は,基本的に,被告人の供述を除外し,被害者,目撃者の供述や客観的証拠等から認められる事実を中心にし,これと整合する範囲の被告人の供述を加味したものを判断の基礎としており,判断の基礎資料の選択に問題はない。
2 本件行為の動機,心理的背景について
(1)被告人の幻覚妄想の具体的内容,程度について
 
被告人は,捜査の初期の段階における各警察官調書では,第1の事実(実母に対する殺傷行為)の前から「お前以外は悪魔だよ,とにかく全員殺せ。」という幻聴が聞こえたと供述していたが,8月17月付け検察官調書で,「他の奴は悪魔だ。」「お前以外は悪魔だよ。」という幻聴はなく,「お前は神だ。」という幻聴から連想して言ったと述べ,以後,捜査段階では同様の供述をしていたが,原審公判廷,鑑定人との面接時には,再び,第1の事実の前から上記のような幻聴が聞こえたと供述している。
 
捜査機関においては,本件の最も重要な争点は,被告人の各行為時の責任能力の有無・程度であり,本件が幻覚妄想によるものである可能性があったことから,各行為時に,被告人にどのような内容の幻覚妄想が生じていたかが極めて重要な問題であることを認識していたと認められるのが相当である。そうであれば,被告人に対する取調べ,供述録取書の作成に当たる警察官においても,各行為時に,被告人に生じていた幻覚妄想の具体的内容を確定すべく,そのような見地から取調べを実施したものと認められる。また,取調べの実施に際しては,捜査機関としては詐病を警戒する必要があるから,被告人の供述する幻覚妄想の内容が,現実に存在した幻覚妄想にそれ以外のものを付加したり,これを拡大したり,過剰に述べたものではないかについては,格別に慎重な吟味・検討が必要であったことも明らかである。警察官調書は,作成されるに至った経緯,作成目的,取調べ方法,内容のどの点をとっても高い信用性を有するものと認められる。
 
ところが,検察官調書では,前記警察官調書の供述内容を否定するようになった上,その内容も矛盾している。そもそも,現実に存在した幻覚妄想の内容について質問を受けているのに,連想によって,存在していなかった幻覚妄想があった旨の供述をしたなどというのは不自然,不合理である上,各証拠によれば,被告人には詐病の意思がなかったことは明らかであるから,何故,現実には存在していないものを連想で付加したのかその理由が見いだしがたく,その説明も全くないから,この点からも同調書は信用性がない。以上のとおり,検察官調書の記載には信用性がなく,かえって,警察官調書を否定するために作為的に行われたとさえ窺えることから,逆に警察官調書に信用性があることが浮き彫りになるといわなければならず,以上によれば,被告人には,第1の行為の前から幻聴が聞こえていた事実が優に認められる。
 
さらに,勾留中の被告人の言動について,逮捕後8月5日までの間には,意味不明な言動や誇大妄想,変身妄想,血統妄想に基づく言動があったと認められるが,8月27日付け検察官調書においては,逮捕後の留置場等における言動について,「留置場の中では,いかに助かるかを考えていた。そうしているうちに,幻聴が聞こえてきて,何とか助かりたくて,その声を信じようとして,幻聴の言うとおりに警察官に供述した。翌日の取調べの時も事件の怖さから逃れるために『俺は神だ,神を超えて王になった。』と言った。」,「自分は別に精神病者の振りをしようと考えてこんなことを言ったわけではない。自分は,自分が超越した存在になれば,怖さから逃げることもできるし,全てを許してもらえると思った。完全に現実逃避しようとしていた。」と説明した旨の記載がある。
 
しかし,そもそも,現実逃避を意図して妄想に入るなどということ自体があり得ないことであるし,さらに,被告人の異常な言動は極めて激しいものであり,単に現実逃避の見地から幻聴の指示のままに行った言動とは到底解されないから,前記検察官調書は信用できない。
 
なお,同調書には,8月3日付け検察官に対する弁解録取書の際に理路整然と供述した理由について,検事の目を見ていたので幻聴は聞こえなかったと記載されているが,弁解録取の前後における幻覚妄想の激しさに照らすと不自然不合理極まりなく,御都合に過ぎると言うべきである。
 
したがって,被告人は,逮捕後から,8月3日の夕方から開始した服薬が薬効を生じた8月5日ころまでの間には,なお,強固な誇大妄想,変身妄想,血統妄想があり,それに支配されていたものと認められる。
(2)本件事件の心理的背景,動機について
 
検察官の所論は,第1の事実の動機は,実母の養育態度に対する憤まんや約1年前から激化していた実母との対立を背景として,行為直前に実母から「病院に行く羽目になる。」などと言われたことから,憤まんを爆発させたことにあり,第2の事実(実父に対する殺傷行為)は,第1の事実の延長線上の行為であり,第3以降の事実(無差別犯行)の原因は,両親を殺害しようとした行為に及んだことの怖さから逃避するため,幻覚妄想を拡大させたことにあったのであり,八つ当たりを動機とする行為であって,いずれも了解可能な合理的な動機があったというに解されるが,被告人は,実母に対して,その養育態度などから憎悪,憤まんの情を抱いていたところ,本件の約1年前に被告人が包丁を持ち出したり実母の首を絞めるなど被告人の実母に対する姿勢が暴力を伴うほど激化していた上,第1の事実の直前に実母からきつい口調で小言を言われた事実が存在するものの,反面,被告人は,憎悪・憤まんの情と同程度の強さで実母に対する依存感情を有しており,約1年前の被告人の実母に対する姿勢の激化と言っても,その実質は実母に対する甘えの度が過ぎたものに過ぎず,両者間に深刻な葛藤や相剋があった訳ではなく,事件直前の実母の言動も日ごろの同人の言動に比較しても格別に被告人に強い憎悪の念を生じさせるものではなかったのであり,このことに,被告人の実母に対する攻撃意思が実父に対するそれより強かったなどとは到底言えず,実母らも被告人が本件第1,第2事実のような行動に出ることを全く予期していなかったことに照らすと,殺害の意図をもっていきなり腹部を突き刺す行為に出るのは,親子喧嘩がエスカレートして刃傷沙汰に及ぶという正常心理で理解できる範囲を明らかに超越しており,そのような正常心理で了解できる側面はないものといわざるを得ない。すなわち,第1,第2の事実においては,了解可能な合理的な動機は見いだし難いと認められる。原判決は,第1の事実について,親子喧嘩がエスカレートした末に刃傷沙汰に及ぶという,正常心理で理解できる側面がないとはいえないと判断しているが,「刃傷沙汰」の具体的な内容の検討を怠った結果,論理の飛躍に陥ったものであり,失当である。
 
また,第3の事実以降の動機について,検察官の所論は,通りがかりの老女に対する攻撃について,被告人の実母に対する激しい憎悪が行為動機にあり,実母にとどめを刺せずに取り逃がしたために癒されずにいたことから,老女に実母を投影させたからと考えるのが合理的である旨主張するが,既に説示したように,被告人が実母を殺害しようとしたことには了解できる動機はない。
 
そして,検察官は,両親を殺害しようとしたことに自分で大きな衝撃を受け,現実から逃避し幻覚妄想の世界に自らを持ち込んだ結果生じたものであり,そこには了解可能なものがあると主張するが、自らの幻覚妄想をコントロールできるなどということが科学的合理性を有しないことは再三説示したとおりであり,検察官の所論に理由がないことは明らかである。
 
さらに,検察官は,第3の事実以降には,うつ積した怒りを第三者に向けて八つ当たりしたという了解可能な動機,心理が存在していたなどと主張するが,八つ当たりというのは,正常な精神状態の中で生じた了解可能な憎悪,怨恨等を関係もない第三者に向けるというものであって,本件の場合は,被告人は,正常な精神状態ではなく,そこで生じた憎悪,怨恨も了解可能なものであったのであるから,八つ当たりなる概念は本件各事実には妥当しないことは明らかである。 
3 責任能力の有無に対する判断
 
前記のとおり,被告人の病状については,緊張型統合失調症の憎悪状態にあったと認定できる。
 
本件第1及び第2の事実については,被告人が両親を攻撃したのは,了解可能な点は全くなく,その行為が緊張型統合失調症による妄想,幻聴に完全かつ直接に支配されてなされたことが認められ,被告人は,本件第1,第2の事実の当時是非弁別能力及び行動制御能力を完全に失っており,心神喪失の状態にあったものと認められる。
 
また,本件第3以降の事実当時も自分は神であるという妄想,殺せという幻聴を主軸とし,これに支配された状態で行為に及んだものとみられ,是非弁別能力,行動制御能力は失われ,心神喪失の状態にあったものと認められる。

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