傷害福岡4

傷害福岡4

福岡地方裁判所小倉支部/平成19年(わ)第500号等

主文
被告人を懲役6月に処する。
この裁判が確定した日から3年間その刑の執行を猶予する。

理由
(犯罪事実)
 
被告人は,北九州市<以下略>所在のα病院に,看護師として勤務していたものであるが,
第1 平成19年6月11日午前10時15分ころ,同病院東6階病棟615号室において,脳梗塞症等で入院中のA(当時89歳)に対し,その右足親指の肥厚した爪を,爪切りニッパーを用いて指先よりも深く爪の4分の3ないし3分の2を切除し,爪床部分から軽度出血を生じさせる傷害を負わせた。
第2 平成19年6月15日午前7時45分ころ,同病院東6階病棟616号室において,クモ膜下出血後遺症等で入院中のB(当時70歳)に対し,その右足中指のはがれかかり根元部分のみが生着していた爪を,同爪を覆うように貼られていたばんそうこうごとつまんで取り去り,同指に軽度出血を生じさせるとともに,右足親指の肥厚した爪を,爪切りニッパーを用いて指先よりも深く爪の8割方を切除し,同指の爪の根元付近に内出血を,爪床部分に軽度出血を生じさせる傷害を負わせた。
(証拠)《略》
(事実認定の補足説明及び弁護人の主張に対する判断)
第1 事実関係
1 事実経過
 
関係証拠によれば,以下の事実経緯が認められる(以下,日付については,特に断りのない限り,平成19年のことを指す。)。
(1)本件以前の経緯など
 
α病院は,療養型医療施設と呼ばれる,高齢者を対象とした一般内科病院である。
 
被告人は,平成2年にα病院に就職し,平成14年に看護課長に昇進し,東4階病棟,西5階病棟の勤務を経て,平成19年6月1日,東6階病棟の看護課長に配置された。
 
被告人は,患者の爪がシーツに引っかかり取れて出血しているのを見た経験から,入院患者の爪を切るようになった。被告人は,当初は指先から先に伸びた爪を切っていたが,高齢の入院患者の爪の中には,肥厚して,爪が爪床から浮くなどしており,爪切りニッパーで切るとぼろぼろと切り崩れるものもあり,平成16年か17年ころからは,入院患者のそうした爪を,指先よりも深く切るようになった。
(2)A右足親指についての被告人の行為
 
被告人は,6月11日午前10時ころ,脳梗塞等で入院していたAに点滴の処置をした際,右足親指の爪が肥厚して黒ずみ,右第2趾の方向に曲がって伸びているのを認めた。
 
被告人は,チームステーションの処置室に戻って爪切りニッパーを取ってくると,午前10時15分ころから,Aのベッドの右脇に,Aの足先の方向を向いて床に両膝をついた体勢で,爪切りニッパーで爪を切った。
 
被告人は,爪切りニッパーで,爪の先端部から爪の根元の方に向けて,爪を徐々に切り進めた。右足親指の爪は,肥厚しており,脆く,爪切りニッパーで切ると,切り崩れた。被告人は,爪の隙間に爪切りニッパーの片刃を少しずつ差し入れるようにしながら,指先より深くまで爪を切り取っていき,爪切りニッパーの刃を差し入れる隙間がなくなるまで爪を切り取った。
 
その結果,右足親指の爪は,根元部分に爪の4分の1から3分の1程度,鋸歯状となった状態となった。爪切りを終えてまもなく,切り取らなかった爪付近から血がにじみ出た。
 
被告人は,出血を認め,点滴に使用するために持ってきていた消毒用の綿花であるステリコットを露出した爪床に巻いてテープで固定した(被告人の公判供述,乙10,乙11)。
(3)その後の事実経緯
 
クモ膜下出血後遺症等で入院中のBの右足中指の爪がはがれかかり,主治医のa医師が,6月11日にその状態を診察し,爪部分の先端部は浮いているものの,すぐにははがれない状態だと判断し,医師指示表に,爪は自然経過(落下)にまかせると記載して指示した。被告人は,同日,午前11時前後,チームステーションでBの医師指示表の上記記載を確認し,看護師欄にサインをした。
 
被告人は,同日午後3時ころ,Bの右足中指に,ばんそうこうが指の先端を覆うように貼られている状況を確認したが,その際,同人の右足親指の爪が著しく肥厚し,変形しているのを認めた(a供述,被告人の公判供述,乙2,乙5)。
 
被告人の上司である看護部長bは,病院東6階病棟の看護主任cに,部署異動した被告人について尋ねたところ,cから「何日か前に(本件被害者とは別の)患者の足の指の爪がなくなっており,患者の家族から苦情が出ている。被告人がしたと思っている。」との報告があったことを受けて,6月12日,被告人を看護部長室に呼び,事情を聞いた。bは,被告人からは,フットケアをしていたときに爪がとれた旨説明を受けたが,被告人の行為を部下が不審に感じていることや患者家族とのトラブルが起きたという事態を重く受け止め,被告人に対し,今はフットケアをする時期ではない,人のいないところでケアをしているからいろいろうわさを立てられても仕方ない,今はスタッフや患者のご家族との信頼関係を築くことに力を入れるようにしなさい,患者の足はもう触らないようにしなさいと指示した。被告人は,分かりましたと答えた(b供述,甲60,被告人の公判供述,乙5,乙11)。
 
しかし,同日,被告人は,Bの夫が見舞いに訪れた際,同人に対し,「奥さんの親指の爪をこのままにしたら毛布とかに引っかかって危ないので,私が切らせてもらっていいですか。」と告げた(乙5)。
 
同日夕方,看護師dが,Aの病室を訪れていたAの家族から,Aの右足親指を見て欲しいと頼まれてその指を見たところ,消毒用の綿花がテープで固定して貼られ,その綿花の外側に血がしみ出ているのを認めた。
 
dが,凝固した血液で指とくっついている状態の綿花を,生理食塩水に浸すなどしてゆっくりはがして見ると,爪が深く切り取られて爪床が露出し,その爪床の周りに凝固した血液が付着するなどしていた。また,dが綿花をはがした際の刺激の影響もあり,指が赤く腫れていた。dが指に軟膏を塗りガーゼを巻く等の処置をしたところ,Aは,痛いから触らんでなどと訴えた(d供述)。
 
翌6月13日夕刻,被告人は,Aの家族から,Aの右足親指について状況説明を求められたが,被告人は,「爪がいつどこではがれたのか,また,ガーゼは誰が貼ったのか,分かりません。現在調査をしています。」と虚偽の説明をした(被告人の公判供述,乙11)。
 
そして,被告人は,翌6月14日,Aの主治医である是木一也医師に対し,自らが爪を切り取ったことは伏せた上で,Aの右足親指の爪がはがれていると報告し,同医師の診察を促して,主治医から家族へ説明してもらうようにした(乙11)。
(4)Bの右足中指,右足親指についての被告人の行為
 
被告人は,6月15日午前7時45分ころ,Bの爪を切るために,ワゼリンと爪切りニッパーを持って,Bの病室に行き,「おはよう。今から爪を切るよ。」とBに声をかけ,Bの右足にワゼリンを塗った。そして,被告人は,Bの右足中指の爪について,Bの右足中指に横方向に貼られたガーゼ付きばんそうこうをはがし,続いて,縦方向に貼られたガーゼ付きばんそうこうの粘着部分をはがした上,被告人の右手の人差し指の腹をばんそうこうの上からB右足中指の爪先に当て,被告人の右手親指を,その爪の根元付近に押し当て,そのまま親指と人差し指でばんそうこうごと爪をつまむようにして,Bの右足中指の爪を取り去った(被告人の公判供述,乙2,乙3,乙5)。
 
その結果,爪の根元の両脇部分に,ティッシュペーパー等を当てればそちらに付着する程度に点状に出血した(c供述,e供述,d供述,乙2)。
 
被告人は,続いて,Bの右足親指の爪を切った。Bの右足親指の爪は,全体的に白く変色しており,爪の中央付近から先の方が何層にも重なったようになって著しく肥厚し,伸びた爪の先が指先に沿うように少し下に曲がっていた(被告人の公判供述,乙3,乙5)。
 
被告人は,爪切りニッパーで,爪の先端部から爪の根元の方に向けて,爪を切っていったが,爪が脆くなっていたため,爪切りニッパーで徐々に切り進めると,爪がぼろぼろと切り崩れた。被告人は,指先よりも深い箇所であっても爪と爪床との隙間へ爪切りニッパーの刃を少しずつ差入れるようにしながら,徐々に爪を切り進めた。また,切り進める最中,爪切りニッパーの刃の逆側の湾曲した薄い辺のところで,取れかかった爪をほじるようにこさいだりもした(被告人の公判供述,乙3,乙5)。 
 
爪床が5分の4程度露出するところまで爪切りを進めたころ,爪切りニッパーの圧力で,B右足親指の爪の根元近くの皮膚に,赤紫色の,幅約1ミリから2ミリ程度,長さ約1センチ足らずくらいの線状の内出血が生じた(被告人の公判供述,乙3,乙5)。
 
被告人は内出血が生じたことに気づき,また,爪切りニッパーの刃を差し入れる隙間が見当たらなくなったことから,爪切り行為を終了した(被告人の公判供述,乙3,乙5)。
 
その結果,爪の5分の4程度が切り取られ,爪床が5分の4程度露出した。切り取られなかった根元部分の爪の断面は,爪が崩れた跡の鋸歯状の状態であった。爪切り後に,残存した爪付近からティッシュペーパー等を当てればそちらに付着する程度の血がにじんだ(c供述,e供述,d供述,被告人の公判供述,乙3)。
(5)その後の事実経緯
 
東6階病棟の看護師らは,かねてから,被告人が入院患者の爪を不必要に取り去っているのではないかと不審に思っていたところ,6月15日朝,dが,被告人がBの病室においてBの足を触るなどした上,Aの病室へ向かったのを目撃したことから,看護主任c及び看護師eを呼び,cが,Bの右足親指及び右足中指から出血している状況や,Aの右足指の状況を確認し,b看護部長に状況報告した(c供述,e供述,d供述,b供述,甲60)。
 
報告を受けcとともに数名の入院患者の足爪の状況を見て回ったbは,同日午前8時すぎころ,事情を聞くため,Aの病室に被告人を呼んだ。そして,被告人に対し,Aの右足親指や,深爪のようになり出血しているAの右足人差し指について問い質した。被告人は,当初,分かりませんと答えていたが,bが「あなたがやったのを見たスタッフもいると聞いているのよ」などと告げると,Aの右足人差し指については「これは私がやりました。」と答えた。しかし,Aの右足親指については知らないと嘘をつき続けた。bは,cと共に見て回った3名の患者の後処置がされていないことを指摘し,被告人に対し,処置をした上で看護部長室まで報告に来るよう指示した(b供述,甲60,被告人の公判供述)。
 
被告人は,看護部長室において,bに対し,Aの右足人差し指については関与を認めたものの,他については知らないと嘘をつき,bに追及されると,黙ったままの状態になり,ついには急に泣き出した。bは,被告人に対し,調査の上報告書を提出するよう指示した(b供述,甲60,被告人の公判供述)。
 
bは,院長に対して報告し,被告人がこれ以上患者の爪を触ることのないように,被告人を謹慎処分にすることを院長に進言し,被告人は謹慎処分となった(b供述,甲60)。
 
被告人は,6月18日,bに指示された報告書を提出したが,報告書で,Aの右足親指について,自分もAの家族に言われ6月13日にはじめて確認したもので,詳細は分からない旨虚偽の記載をし,Bについては何の記載もしなかった。また,被告人は,報告書を提出する時,bから,Bについても被告人がやったんではないかと聞かれたのに対しても,知りません,触っていませんと嘘をついた(b供述,甲60,被告人の公判供述)。
2 上記事実認定に関する証拠判断
(1)Bの右足中指について
ア 被告人の行為直後の客観的な爪の状況
 
弁護人は,爪は脱落していて出血はなかったと主張する。
 
証人cは,爪の半分から根元にかけての部分が,浸出液と血がにじんでいるような白っぽい状態になっていて,根元のほうは,針で突いたときのように,ぷつぷつと出血が見られた,その出血はガーゼやティッシュを当てたりするとそっちに付着する程度であったと供述している。
 
また,証人eは,爪は1枚全部はがれていた,その爪床部分には赤く鮮血状に血がにじんでいて,それに浸出液が混じったような感じであったと供述している。
 
さらに,証人dは,全く爪がなく,爪があったであろう爪床部分から点々と出血していた旨供述している。
 
上記3名の供述は,出血が見られたという点においては一致しており,上記3名が,まさに被告人が触った後の爪の状態を見るためにBの病室まで赴いて指を見ていること,上記3名が看護師であり,出血をしたかどうかの点を見間違うとは考えにくいことにも照らせば,上記3名がBの右足中指の状態を確認した際に,にじむような出血が見られたことが認められる。他方,証人fの供述などによれば,Bの右足中指の爪は,爪が爪床に密着していたものではなく,成長の止まった古い爪が爪上皮の両側部分のみで指とつながっている状態であったと考えられ,証人cの供述する状況に合致することから,出血の状況については,爪上皮の,古い爪とつながっていた爪の根元の両脇部分から,ティッシュペーパー等を当てればそちらに付着する程度の出血が点状に見られたという限度で認定できる。
 
この点,検察官は,被告人の行為直後,爪の根元の方の点状の出血のほか,爪があった部分の半分から根元ぐらいが浸出液と鮮血状の血がにじんでいるような白っぽい状態も見られたと主張するが,ワゼリンあるいは湿り気に血液がにじんだ様子をもって浸出液と見誤ったことも考えられ,浸出液が出ていたことについては合理的疑いが残り,認めることができない。
 
また,弁護人は,証人cらが供述する具体的な出血の状況が異なっていて,同供述は信用できない旨主張する。しかし,3名の供述する出血状況が異なることは弁護人指摘のとおりであるが,上記看護師ら3名は,患者の爪が深く切り込まれて血がにじんでいるという,自分たちにとっては尋常でない状態を目の当たりにした状態だったのであるから,これをもって直ちに不合理であるとは言えない上,それぞれが供述する具体的状態が異なることで,かえって,各人が見た状況を記憶のままに供述しているといえるから,出血があったこと自体の認定を左右するものではない。
 
また,弁護人は,患者の指に血がにじんでいるにもかかわらず,看護師らが直ちに処置や医師等への報告を行っていないことが不自然である旨も指摘するが,ティッシュペーパー等を当てればそちらに付着する程度の出血であれば,そうした看護師らの行動が特に不自然であるとはいえない。
 
証人fの供述も,成長が止まった古い爪が爪上皮のみでつながっている状態を否定するものではないから,当裁判所が認定した程度の出血があったことと矛盾するものではない。
イ 犯行前の爪の状態
 
上記のとおり,B右足中指に出血が生じたことが認められ,Bの右足中指の爪は,被告人による行為の前には未だ指に一部分が付いていて,被告人によって取り去られたことにより出血が生じたものと認められる。
 
もっとも,証人fが,専門的知識を踏まえ,Bが過去に栄養失調状態に陥ったことがあるという事情を指摘するなどして,右足中指の古い爪は成長が止まって爪の両脇の爪上皮のみで指とつながり,その古い爪の下に,新しい爪が爪床の2分の1程度の所まで生えた状態であったと述べるのは説得的で信用性が高く,また,爪床の2分の1程の部分は,爪床が角化したものではなく新しい爪であるとの見立ては,同様に診断している医師も存すること,証人cが供述する出血状況が証人fの説明に整合すると解されることに照らせば,検察官が論告で指摘するような,爪が根元から3分の1から半分は爪床に接着していた状態であったと認めることはできない。
 
弁護人は,爪はすでに取れてしまっていた旨主張するが,みるべき根拠はなく,出血が見られたという認定に反し,採用できない。
ウ 行為態様について
 
弁護人は,被告人は刺激を与えないようにゆっくりとばんそうこうをはがしたと主張し,被告人も,同旨の供述をしている。
 
しかし,被告人は,捜査段階において,先に認定のとおりの行為態様を録取されており(乙2),この内容は,被告人が自ら供述しなければ出てこないような具体的なものである上,爪を取り去った後,被告人が見たときには出血がなかった旨の供述も録取されるなど,被告人に有利と解される内容も録取されていて,ことさら当該行為態様のみが捜査機関からの押し付けによるものであるとは認め難く,上記捜査段階の供述は信用できる。これに対し,被告人の公判供述は,医師が自然経過(落下)にゆだねると指示した爪の状況を観察するためにばんそうこうをはいだと説明しながら,ばんそうこうをはがした後に,十分な観察を行わず,その中にあったはずの爪の行方を探していないというのであり,その理由についても合理的に説明できないなど,不自然であって,信用できない。
 
したがって,被告人が爪をつまむようにして取り去ったと認定できる。
(2)Bの右足親指について
 
弁護人は,爪床には出血などなかった旨主張する。
 
しかし,証人c,同e及び同dの各公判供述は,出血が見られたという点では一致している。証人cらが供述する具体的な出血の状況がそれぞれ異なることは弁護人指摘のとおりであるが,上記看護師ら3名が,仮に冷静な観察ができておらず,あるいはしておらず,指の状態の認識にぶれがあったとしても,同人らは,患者の爪が深く切り込まれて血がにじんでいるという,自分たちにとっては尋常でない状態を目の当たりにした状態だったのであるから,これをもって直ちに不合理であるとは言えない上,それぞれが供述する具体的状態が異なることで,かえって,各人が見た状況を記憶のままに供述しているといえる。各人が,まさに被告人が何らかの行為をした後の爪の状態を見るためにBの病室まで赴いて指を見ていること,医療従事者であり,出血の有無という事柄を見間違うとは考えにくいことにも照らせば,それぞれが,出血が認められたと供述している以上,上記看護師ら3名がB右足親指の状態を確認した際には,同指の爪床ににじむ程度の出血があったことを認めることができる。
 
なお,同指についても,浸出液がにじんでいたという点については,上記のB右足中指と同様,ワゼリンとの見間違いの可能性も否定できず,浸出液が出ていたとは認定できない。
第2 争点に対する判断
1 傷害行為,傷害結果について
 
検察官は,被告人が爪切りニッパーを爪と爪床の隙間に差し込みながら爪を切ったことで,爪と爪床が接着していた部分を離し,そのため,爪床から出血させ,傷害結果を生じさせた,Bの右足中指の爪については,被告人がばんそうごうごと爪を取り去ったことで,爪が爪床に接着している部分をはがし,爪床を露出させて出血させ,傷害結果を生じさせたと主張する。
 
弁護人は,被告人は,肥厚し爪床から浮いている爪を切っただけであり,傷害行為に該当しないし,爪床から浮いている爪を切除しても,何ら生活機能に障害を与えることにはならないから,傷害の結果も生じていない,Bの右足中指の爪ははがれていたものであると主張する。
(1)看護行為とフットケアについて
 
まずはじめに確認すべきは,およそ看護師が看護の現場において看護行為の一環として患者の爪のケアをするに際し,患者の爪を指先より深い箇所まで切って爪床を露出させることがあったとしても,そのことをもって直ちに傷害罪の構成要件に該当するものではないということである。証人f及び証人gの各供述その他関係証拠によれば,肥厚して爪床から浮くなどし,脆くなっている高齢者等の爪の場合,何かにひっかけるなどして無理にはがれる事故の危険性や,爪と爪床の間に垢などが溜まって不衛生になること等に鑑みれば,むしろその爪を指先より深い箇所まで切って除去することが健康に資することもあるというのであり,そうした考えに依拠して爪を可能な箇所まで深く切るというフットケアは望ましく,実際に看護の現場では,そうしたフットケアの例も見られるという。
 
看護師が,そうしたフットケアとしての爪切り行為によって爪床を露出させたとしても,それは人の生理的機能を害するものではないというべきであろう。したがって,看護師が事故の危険防止や衛生上の必要から,フットケアの一環として,高齢者の肥厚した爪などを指先より深い箇所まで切って爪床を露出させることがあったとしても,その行為は,人の生理的機能を害するような違法な行為の定型にはあてはまらず,傷害罪の構成要件に該当する傷害行為とはいえないと解される。
 
この点に関して,検察官の主張が,肥厚した爪についても健康な爪と同様に,単に爪を深く切って爪床を露出させることのみをもっても傷害に該当するというのであれば,その主張は採用できない。
(2)Aの右足親指について
 
先に認定したとおり,被告人は,爪切りニッパーの刃を爪の隙間に差し入れるようにしながら,深くまで爪を切り取ったが,Aの右足親指の爪は,肥厚して黒ずみ,脆く,爪切りニッパーで切ると崩れる状態であったのであり,爪床が不全角化し,爪と爪床は健康な爪のように強く密着しておらず,爪が爪床から浮き,また,爪と爪床が接着していても容易にはがれる状態であったと推認される。被告人は,そのような爪を,爪と爪床の隙間に爪切りニッパーの刃を差し込んで少しずつ切除した(なお,検察官が公訴事実において用いる「剥離」という用語は,その意味内容が不明確であるので,本判決においては使用しない。)。
 
先に認定したとおり,その結果,Aの右足親指の爪床から出血が認められ,これが刑法上の傷害結果に該当することは明らかである。
〔1〕この出血した事実に加え,〔2〕被告人は,爪を深く切り取り,鋸歯状に爪の4分の1から3分の1程度が残る程度に,爪切りニッパーでこれ以上切り取ることができない状態まで切り取った爪の状況,〔3〕Aがd看護師に痛いから足を触らないよう訴えたことからして爪切りには相応の痛みを伴ったと推察されること,〔4〕被告人がAの右足親指についてフットケアをしたと説明をすることなく関与を否定する嘘をつき,Aの家族対応を医師にしてもらうよう画策したことからして,被告人がケア目的で爪切りをしたものとは到底みられないこと,〔5〕被告人は,捜査段階において,爪を切るとき少々の出血を見てもかまわないという思いであったと供述していること,これらの事情からして,被告人のA右足親指についての行為は,患者の苦痛や出血を避けるなど患者への配慮をして行う看護行為として行ったものではなく,少々の出血を見てもかまわないとの考えで行ったもので,傷害行為に該当すると認められる。
(3)Bの右足中指について
 
先に認定したとおり,被告人は,右手の人差し指の腹をBの右足中指の爪の先端に当て,親指を爪の根元付近に押し当て,そのまま親指と人差し指でばんそうこうごと爪をつまむような要領で爪を取り去った。その結果,爪をつないでいた爪上皮の両脇部分がちぎれ,その部分から,ティッシュペーパー等を当てればそちらに付着する程度の出血が点状に見られた。
 
出血を生じさせたことが刑法上の傷害結果に該当することは明らかであり,上記の爪の取り去り方が,粗雑で,苦痛や出血を避ける患者への配慮を欠くものであり,その行為は看護行為とはいえない。被告人は,かかる行為を故意に行っており,傷害行為に該当する。
(4)Bの右足親指について
 
先に認定したとおり,被告人は,爪切りニッパーの刃を爪と爪床の隙間に差入れるようにして,爪を指先よりも深く切り取った。Bの右足親指の爪は,全体的に白く変色し,爪床から浮いており,爪の中央付近から先が何層にも重なったように著しく肥厚し,脆く,爪切りニッパーで切るとぼろぼろと切り崩れる状態であった。爪切りニッパーで爪を切る際の圧力で爪の根元近くに幅約1ミリから2ミリ程度,長さ約1センチ足らずくらいの線状の内出血を生じさせ,また,脆弱化している爪床の皮膚を損傷し,ティッシュペーパー等を当てればそちらに付着する程度の血をにじませた。
 
出血を生じさせたことが刑法上の傷害結果に該当することは明らかである。
〔1〕この出血事実に加え,〔2〕被告人は,先の右足中指の爪をつまみ取ったのに引き続いて,右足親指の爪を切除していること,〔3〕被告人は,爪を深く切り取り,ほぼ爪切りニッパーの刃を差し込むことができない状態まで爪を切除していること,〔4〕被告人は,爪切りについて報告書の提出を求められたのに,Bの爪切りについてフットケアであるとの説明や報告をしておらず,被告人がケア目的で爪切りをしたものとはみられないこと,〔5〕被告人は,捜査段階において,患者の苦痛についてあまり考えられなくなっていたと供述していること,これらの事情からして,被告人のB右足親指についての行為は,患者の苦痛や出血を避けるなど患者への配慮をして行う看護行為として行ったものではなく,傷害行為に該当すると認められる。
(5)加療期間などについて
 
なお,公訴事実において,Bについては,「全治まで約10日間を要する右足親指及び右足中指の機械性爪甲剥離」,Aについては「加療約10日間を要する右足親指の外的要因による爪切除及び軽度出血」とされているが,Bについて診断書を作成した医師である証人益雪の供述によれば,同診断は,爪が爪床に密着している場合の一般論を踏まえて加療期間を判断したものであり,爪が爪床と一部しか着いていない場合にはもう少し短い可能性があるというのである。実際にも本件各出血は行為後ほどなく止血しているとみられる。したがって,爪床が広く生着していなかったとみられる本件各爪に係る傷害については,いずれも加療期間や全治までの期間を約10日間とするには合理的な疑いがある。なお,公訴事実の「機械性爪甲剥離」との表現は,当裁判所の認定判断と異なり,爪の切除自体が傷害であるとも誤解されかねないし,診断書記載の同病名が慣用的な傷病名とは解されない。また,「外的要因による爪切除及び軽度出血」は症状を示したもので傷病名とは解されない。したがって,公訴事実と異なり,判示のとおり認定判示した。
(6)弁護人の主張について
 
弁護人は,いずれの行為についても刑法上の傷害の結果が生じていないと主張する。
 
しかしながら,まず,B右足中指に関する弁護人の主張は,犯行直前の同指の爪の状況や犯行態様について,当裁判所の認定と異なり,爪が脱落した状態であったことを前提とするものであり,当裁判所の認定は,爪はまだ脱落しておらず,被告人の上記行為により,古い爪と指を繋いでいた爪上皮が被告人の行為によってちぎれ,その部分から出血したというものであって,軽微ではあっても,刑法上の傷害結果が発生しているといわざるを得ない。
 
B右足親指及びA右足親指についても,先に認定判示したとおり,爪床部分から出血が認められ,B右足親指については,さらに爪の根元部分に内出血も見られるのであって,これを刑法上の傷害結果と評価しないという主張は弁護人独自のものに過ぎない。
 
弁護人は,捜査段階の被告人の供述調書について,捜査機関が被告人に押しつけた内容が録取されたもので,被告人は,自分の説明が取調官に理解されず,孤独感に陥り,諦めに至って,真意に沿わない内容の調書に署名指印をしてしまったものである旨主張し,被告人も当公判廷においてこれに沿う供述をする。
 
確かに,捜査段階の被告人の調書には,認定できる客観的な爪の状況や行為態様等に相容れない「剥離」、「剥いだ」等の文言がことさらに使用され,さらに,被告人の内心について,その表現自体から誇張がうかがわれるような箇所も見られることから,弁護人が主張し,被告人が供述するとおり,取調官が本件の爪について「切ったとは到底表現できない」などの発言をし,被告人に「剥いだ」等の表現を許容することを強いた疑いがある。しかしながら,捜査段階の被告人の供述調書には,爪切り行為後の各指の出血の状況等,比較的重要な意味を持つ事項について,自分が見たときには出血はなかったなど,被告人に有利な状況も録取されるなどしており,また,被告人の調書の訂正を申し立てた事項については申し立てた趣旨に沿って訂正が加えられていることからすると,捜査段階の被告人の調書の主旨が被告人の真意に沿わないものとみることはできない。
2 正当業務行為か否かについて
(1)緒説
 
保健師助産師看護師法5条によれば,傷病者等の療養上の世話及び診療の補助は,看護師の業務である。そして,例えば入院患者の伸びた通常の爪を指先の長さまで切ること(普通の爪切り)が療養上の世話にあたることは異論のないところと思われる。 
 
看護師がその業務として行う療養上の世話の具体的な内容,方法は,看護の現場において,個々の看護師が,看護師としての専門的な知識経験などに基づき,個別の事情に応じて適切なものを選択して患者に施すものといえ,その内容方法につき個々の看護師の裁量に委ねられた分野であるといえる。
 
そして,証人f,証人gの各供述その他関係証拠によれば,看護師が,患者のために行うフットケアの一貫として,高齢者等の爪床から浮いている肥厚した爪を指先よりも深い箇所まで切ることもまた,療養上の世話に含まれるといえるから,仮にフットケアとして爪切りを行う中で出血などの傷害を生じさせてしまった場合であっても,看護行為としてしたものであれば,正当業務行為として違法性が阻却され,傷害罪は成立しないといえる。
 
通常,看護師がその勤務の中で行う爪切り行為は,療養上の世話すなわち看護行為として行っているものと推定されるが,特段の事情がある場合には,その推定が働かなくなる。
(2)被告人の本件各行為
 
被告人の本件各行為について,看護師が患者のために行うフットケアの一貫として行われたものとして,療養上の世話に含まれると評価できるかどうかについて検討するにあたり,以下の事情を指摘できる。
ア Aは,当時89歳と高齢で,脳梗塞等で入院し,Bは,当時70歳,クモ膜下出血後遺症等で入院していた。ともに高齢のため認知症もあり,話すことも歩くことも自由にできない患者であった。
イ 被告人は,多少の痛みが伴い出血があっても構わないという考えのもと,AやBの肥厚して伸びた爪を指先より深く切り込んで出血を生じさせ,また,Bのばんそうこうで覆われていた取れかけの爪を取り去って出血を生じさせた。出血したことや,Aがd看護師に痛いから足に触らないでと訴えたことからして,患者らには相応の痛みがあったことがうかがわれる。
ウ 被告人は,当初は患者のためのフットケアとして相応の配慮をしながら患者の爪のケアを続けていたものとも思われるが,本件のころは,患者の爪を切ることに熱中することで,爪切り行為自体に楽しみを覚え,爪切り行為自体を目的として,本件各行為に及んでいたものと認められる。
エ 被告人は,A右足親指の爪が深く切り取られた行為についてAの家族から説明を求められたのに対し,フットケアであることの説明を行わないばかりか,自らの関与を否定する虚偽の説明をした。
オ 被告人は,Bの右足中指の爪について,自然経過(落下)にまかせるとの主治医の指示に反し,爪をつまむようにして取り去った。
 
また,被告人は,Aの右足親指について,主治医に爪切り行為に及んだことの報告,説明等は行わず,爪がはがれていることのみ告げて,医師において家族に対応するよう画策した。
カ 被告人は,上司の看護部長から,患者のフットケアは行わないようにとの注意を受け,了解した旨答えていながら,その後に,Bの右足中指の爪を取り去り,右足親指の爪を切除する行為に及んでいる。
 
その後,被告人は,看護部長から,A右足親指,B右足中指及び右足親指への関与を問われ,説明の機会を与えられたにもかかわらず,いずれについても,自らの関与を否定し,嘘をつきつづけた。
キ 東6階病棟の看護師らの間では,被告人がしたような指先より深い箇所まで爪を切除する行為が,看護師が行うべきフットケアであるという認識は共有されていない。
 
以上によれば,被告人は,患者のためのケアであることを忘れて爪切り行為に熱中し,自由に体を動かすことも話すこともできない患者であるのをよいことに,痛みや出血を避けるなど患者のための配慮をすることなく,自らが楽しみとする爪切り行為を行い,患者に無用の痛みと出血を伴う傷害を負わせている。爪床が露出するほど爪を深く切り取る爪切り行為は,職場内では患者のためのケアとは理解されていない行為であり,患者の家族や上司から説明を求められても,フットケアであるとの説明をすることなく,自らの関与を否定し続けた。
 
このような事情のもとでは,被告人は,本件の各行為を,ケア目的ではなく行ったものとみざるを得ず,看護行為として行ったものではないと認められる。
 
被告人の行為は正当業務行為に該当しない。
(3)弁護人の主張について
 
弁護人は,証人f及び同gの各供述などから,被告人の爪切り行為は適切なフットケアと評価できると主張するが,f及びgは,被告人が,患者のためのケアを目的とし,患者に十分な配慮を尽くして行ったものであることを前提としており,当裁判所の認定判断と前提を異にしているのであるから,弁護人の主張は採用できない。
 
また,弁護人は,被告人がAの家族に嘘をついたりしたことをもって,正当業務行為でなかったとはいえないと主張するが,被告人が公判廷でケア目的であることを説明しなかった理由として述べるところは,いずれも不自然不合理であって信用できず,むしろ,被告人がケア目的での行為であることを説明しなかったことは被告人自身が正当な行為でなかったと認識していたことを推認させる事情といえる。弁護人の主張は採用できない。
(法令の適用)
罰条 第1,第2とも刑法204条
刑種の選択 第1,第2とも懲役刑を選択
併合罪の処理 刑法45条前段,47条本文,10条(犯情の重い第2の罪の刑に法定加重)
刑の執行猶予 刑法25条1項
訴訟費用(不負担) 刑事訴訟法181条1項ただし書
(量刑の理由)
 
本件は,看護師である被告人が,勤務していた療養型医療施設である病院に入院中の高齢患者に対し,その肥厚し爪床から部分的に浮いている足親指の爪を,指先より深い箇所まで爪切りニッパーで切り取り,爪床部分に軽度出血の傷害を負わせ,また,別の入院中の高齢患者に対して,甘皮でその根元のみが足指に着いている状態の足爪を,その周囲に貼られていたばんそうこうごと取り去るとともに,上記同様に肥厚し爪床から部分的に浮いている足親指の爪を,指先より深い箇所まで爪切りニッパーで切り取って,爪床部分の軽度出血等の傷害を負わせた事案である。
 
看護師である被告人が,勤務する病院内において,勤務中に犯した傷害行為である点は,量刑上重視せざるを得ず,懲役刑をもって臨むのが相当である。
 
しかしながら他方,傷害の程度が軽微であること,被告人に前科前歴はないことから,主文の刑を量定した上,その刑の執行を猶予する。
(求刑―懲役10月)
平成21年3月30日
福岡地方裁判所小倉支部第2刑事部
裁判長裁判官 田口直樹 裁判官 野路正典 裁判官 諸岡亜衣子

LINEアカウントでお得な無料相談を受ける!上記の記事でよく分からない部分を無料で弁護士に相談することができます

「LINE無料相談」での実際の相談例をご紹介します

お客様の感謝の声はこちらをクリック。アトム法律事務所は1人1人のお客様を大切にしています。 横浜・川崎で刑事事件に強い弁護士をお探しなら 刑事弁護ホットライン 0120-631-276 法律相談のご予約は日本全国24時間受付無料 すぐに弁護士が警察署に向かいます。まずはお電話ください。 親身で頼りになる刑事弁護士とすぐに相談できます。