覚せい剤福岡7

覚せい剤福岡7

福岡地方裁判所/平成14年(わ)第57号

主文
被告人Aを懲役11年及び罰金300万円に,被告人B,同C,同D,同Eをそれぞれ懲役5年及び罰金50万円に処する。
被告人らに対し,未決勾留日数中各260日をその懲役刑に算入する。
各被告人においてその罰金を完納することができないときは,それぞれ金5000円を1日に換算した期間,その被告人を労役場に留置する。

理由
(犯罪事実)
 
被告人A,同B,同D,同E及び同Cは,Fと共謀の上,営利の目的で,平成14年1月6日,日本領海内である,北緯34度,東経130度付近海上に停泊中の船舶(自称「G」号)内で,覚せい剤であるフエニルメチルアミノプロパンの塩酸塩を含有する結晶約151キログラム(福岡地方検察庁で保管中の平成14年領第396号の1ないし15,20ないし34,39ないし53,58ないし72,77ないし91,96ないし102,103-1,104ないし110,115ないし123,124-1,125ないし129,134ないし148,153ないし167,171-1,172ないし175,176-1,177ないし181,182-1,183ないし185はいずれもその鑑定残量)をみだりに所持した。
(証拠)〈省略〉
(補足説明)
第1 争点
 
被告人らは,第1回公判期日において,いずれも,「冰毒すなわち覚せい剤の認識はなかった。」旨供述して,覚せい剤の認識の点を否認し,被告人らの各弁護人も,被告人らの供述に基づき無罪であると主張する。
したがって,本件の争点は,被告人らの,〔1〕覚せい剤の認識の有無,〔2〕覚せい剤の所持及び共謀の有無,〔3〕営利目的の有無の各点である。
第2 裁判所が認定した事実
 
関係証拠によれば,以下の事実が認められる。
1 G号(以下「本件船舶」という。)の構造,性能等
(1)本件船舶の構造
 
本件船舶は,全長約30.75メートル,全幅6.00メートルの漁船である。
本件船舶の前部甲板中央部船首尾方向には,魚倉への出入口が4箇所設けられており,そのうち船首側にある第1魚倉内には,床面前部2.7メートル,床面後部3.7メートルの小部屋(以下「本件隠し部屋」という。)がある。本件隠し部屋の出入口は,第1魚倉内の右舷船首側の隔壁部の鉄板を,縦約34センチ,横約59センチの大きさに溶断して作られており,本件隠し部屋は,その出入口を黒色ウレタン製の蓋で塞いで,隔壁に木製の板を張りつめることによって,内部に品物を隠匿することができる構造となっている。

(2)本件船舶の性能
 
本件船舶には,単純な導航機(GPS)が備え付けられていたものの,レーダーが備え付けられていなかった。そのため,本件船舶を運航するためには,舵取り役の船員と機関員の2名のほかに,他の船舶との接触を避けるための見張り役1名が必要であった。したがって,これらについて6時間毎の交替要員を1名ずつと,まかない係1名を加えると,本件船舶には,最低7名の船員が乗り組む必要があった。
2 本件船舶の密輸歴等
(1)密輸歴
 
Hなる人物は,本件船舶の船主で,「老板」と呼ばれており,本件船舶の修理,補給及び取引の手配等,現実の航海以外の仕事のほとんどを取り仕切っている。Hは,Aらに依頼して,本件船舶を使った密輸を,以下のとおり,本件より前に少なくとも4回行っている。
ア 第1回目は,平成12年12月13日ころから平成13年1月9日にかけて,被告人A,被告人B,Iら合計7名によって行われた。被告人Aは,Hから,ベトナム沖で荷物を受け取るように指示されていたが,相手方の船が現れなかったため,失敗に終わった。

イ 第2回目は,平成13年1月11日ころから同年2月12日ころにかけて,被告人A,被告人B,Iら合計7名によって行われた。被告人Aは,第1回目と同様に,Hから,ベトナム沖で荷物を受け取るように指示されていたが,相手方の船が現れなかったため,失敗に終わった。
ウ 第3回目は,平成13年10月2日ころから同月19日ころにかけて,被告人A,被告人B,被告人Dら合計7名によって行われた。
被告人Aらは,朝鮮沖で,たばこ1000箱を受け取るように指示を受けて,相手方の船から荷物を31箱受け取り,本件隠し部屋に運び込んだ上で,荷物をフィリピン沖に運び,相手方の船に引き渡した。
エ 第4回目は,平成13年11月1日ころから同月18日ころにかけて,被告人A,被告人B,被告人C,被告人E,Iら合計7名によって行われた。
被告人Aらは,朝鮮沖で,たばこ1000箱を受け取るように指示を受けて,相手方の船から荷物を22箱受け取り,本件隠し部屋に運び込んだが,床から水がしみ出てきたので,船尾側船倉に移した上で,荷物をフィリピン沖に運び,相手方の船に引渡した。
(2)密輸方法
 
Hは,各密輸に際し,被告人Aに対し,相手方貨物船との会合の際の合図等を教えた上,指定された海域で荷物を受け取る際に,相手方に割り符がわりに1元札を渡し,相手方から渡される紙を受け取って持ち帰ること,荷物を受け取った後,本件隠し部屋に隠匿すること,予め用意した暗号表を使ってHとの間で無線連絡を行うことなど,密輸方法に関する具体的かつ詳細な指示をしていた。
また,本件船舶には,予備の無線機とGPSが積まれていたが,Hは,被告人Aに対し,海上警察等による検査のときには,これらの品物を見せて,「故障した船に部品を届けに行く。」と答えるように指示していた。
(3)報酬額
 
各密輸の報酬額は,Hとの間で,船長である被告人Aが1か月あたり2万5000元,その他の船員が1か月あたり1500元と成功報酬2000元の約束であった。なお,Iは第4回目の密輸では機関長となったため,1か月あたり2500元と成功報酬5000元が約束されていた。このほか,Hは,3回目の密輸以降,被告人Aらが捕まって刑務所に入ることになったら,その家族らに対し,懲役1年につき1万元を支払うことなどを約束していた。
3 第5回目(以下「本件密輸」という。)の状況
(1)本件密輸に至る経緯
 
被告人Aは,Hから,北朝鮮で荷物を受け取り,フィリピンで荷物を引き渡す密輸に加わるよう依頼されて,これを承諾し,被告人B,被告人C,被告人D,被告人E,F及びIも,たばこの密輸と言われて加わることとなった。
本件密輸では,被告人らの報酬額は,それまでの4回の密輸とほぼ同じであり,被告人Aが受けた密輸方法の指示も,無線での連絡方法や相手方の船との合図,割り符として1元札を使うことなど,それまでの密輸とほぼ同様の内容であった。
Hは,本件荷物の荷送人であり,被告人Aに対して本件荷物の受け渡しの日時,場所等の一切を指示しているのであるから,当然,本件荷物の中身が覚せい剤であることの認識を有していたものと認められる。
(2)出港時及び出港後の状況
 
本件船舶は,平成13年12月28日に,中国の福建省にあるJ港から出港した。被告人Aは,出港後は,Hとの間で無線による定期連絡を行って,Hから針路の指示を受け,台湾沖を経由して,朝鮮沖へと航行した。
この間の各船員の役割は,被告人Aが船長と舵取り,被告人Cがまかない係と見張り,F,被告人B及び被告人Dが舵取りと見張り,被告人F及び被告人Eが機関員と見張りであり,約6時間交替で役割を交替して睡眠をとった。
なお,被告人Aは,出航前にはHから工業化学原料の密輸であると聞かされていたが,出航後,Hから無線で相手方の船から受け取る品物がたばこではないことを知らされ,そのことをFに伝えた。
(3)覚せい剤搬入時の状況
ア 被告人Aは,平成14年1月3日午前2時ころ,Hから指示された朝鮮沖の海域に着くと,船員達に指示して,相手方の船との接舷作業を行った。そして,相手方の船の責任者に割り符がわりの1元札を渡した上,乗組員に相手方の船から荷物10箱(以下「本件荷物」という。)を受け取らせた。本件荷物は,いずれも,約40センチ×約30センチの大きさの段ボールの箱であり,ビニールシートに包まれた状態であった。
イ 船員らは,本件荷物を前部の魚倉付近まで運んだ。被告人Aは,第1魚倉内に降り,本件隠し部屋の出入口の蓋を外して,被告人Eを同室内に入らせた。被告人Eは,被告人Cから本件荷物を受け取るという手順で,本件荷物全てを,本件隠し部屋内に運び込んだ。
ウ このころ,被告人Aは,本件荷物の中身が工業化学原料ではなく,ヘロイン等の違法な薬物ではないかとの疑念があったため,被告人Eと被告人Cとともに,本件荷物のうちの1箱を開けてみると,ビニール袋に入った白いものがぎっしり詰まっていた。そこで,被告人Aは,被告人Cに本件荷物の中から1袋を持ってこさせ,中身が何かと尋ねたところ,被告人Cは,「粉じゃないから白粉ではないと思う。」と言った。また,被告人Eは,「冰毒ではないかと思う。」と言った。
このころ,被告人A及び被告人Cは未必的に,被告人Eは確定的に,本件荷物の中身が覚せい剤を含む違法薬物であるとの認識を持つようになった。
エ 被告人Aらは,平成14年1月3日午前2時40分ころ,本件隠し部屋の出入口を塞ぎ,航海を続けた。そして,平成14年1月4日午後7時ころには,Hの指示により日本に向けて航行した。
(4)搬入後の状況
ア その後,被告人Eと被告人Cは,被告人Bに対し,本件荷物の中身を見たことを話した。その際,本件荷物の中身について,被告人Cは,「白いきくらげのようなものだった。」と話し,被告人Eは,「氷砂糖のようなものだった。」と話した。
被告人Bは,本件密輸の出港前から,取引の荷物が毒品すなわち違法薬物かもしれないと考えていたところ,被告人Cや被告人Eの話を聞いて,やはり本件荷物の中身が覚せい剤を含む違法薬物であるとの確定的な認識を持つようになった。
イ また,被告人Dは,平成14年1月5日ころ,被告人Eから,本件荷物の中身について,「氷砂糖みたいなものだった。1袋1袋ずつになっていた。たぶん,冰毒だろう。」などと告げられた。被告人Dが,「冰毒ってなんだ。」と尋ねると、被告人Eは,「お前,冰毒も知らないのか。これだよ。」と言って,右手で左腕に注射をする動作をした。
このころ,被告人Dは,本件荷物が覚せい剤を含む違法薬物であるとの未必的な認識を持つようになった。 
ウ さらに,被告人Aは,平成14年1月6日ころ,Fに対し,操舵室で話をした際に,本件荷物の中に黄色いせっけんのようなものが入っており,「あれは冰毒じゃないか。」と被告人Eが言っていたことを話した。これに対し,Fは,捕まったら中国では銃殺されるから,早く海の中に捨てたほうがいいと言った。
このころ,Fは,本件荷物の中身が覚せい剤を含む違法薬物であるとの未必的な認識を持つようになった。
(5)摘発時の状況
 
被告人Aは,平成14年1月6日午前3時45分ころ,目的地に到着したが,本件船舶に近付いてくる船はなかった。
被告人Aは,平成14年1月6日午前7時ころ,Hに無線連絡をしたところ,相手方の船が遅れているなどと言われ,目的地付近海域に止まって目印となる赤い旗を甲板に立てるなどした。しかし,平成14年1月6日午後1時27分ころ,海上保安庁の巡視船に停船を命じられ,本件船舶の捜索を受けたため,本件隠し部屋内の本件荷物が押収された。これにより,Aら7名の船員は,覚せい剤の営利目的所持罪で,現行犯逮捕された。
第3 被告人Aの覚せい剤の認識
 
被告人Aは,公判廷において,冰毒すなわち覚せい剤の認識や,本件荷物の中身を開けてみた経緯,その後の被告人C,被告人E及びFとの会話の内容について,「冰毒を持つことはよくないことであり,中国では,罰として厳重な処分を受ける。」「10箱の荷物を受け取ったときに,数が少ないので,銃か白い粉か確かめたいと思って,被告人Cや被告人Eと共に箱を開けようと思った。被告人Cと被告人Eが,本件隠し部屋の中に入って,箱を開けた。被告人Aは,被告人Cに対し,『中身は白い粉ですか。』と箱の中身を尋ねると,被告人Cは,『白い粉ではありません。』と答えた。被告人Eは,『白い粉ではありません。冰毒など,ほかの毒品ではありませんか。』と言った。」「その後,Fに,被告人Cや被告人Eと共に箱の中身を見たことや被告人Cらとの会話の内容を話すと,Fは,『ボスに確認した方がいい。』と言っていた。そこで,ボスに確認すると,『毒品などのものではありません。工業原料だ。』と言ったため,そのことをFに話すと,Fは,『冰毒ではありませんかねえ。』と言った。」と供述する。そして,被告人Aは,本件荷物を開けた後の段階では,「半信半疑であった。」,「心の中にはそういう心配はありました。」などと,本件荷物が冰毒すなわち覚せい剤であったことの未必的な認識があった旨自認している。
この点,被告人Aの公判供述は,公開の法廷において自己に不利益な事実関係を認めたものであり,具体的で迫真性に富んでいる上,その供述内容も,被告人Cや被告人E,Fら他の複数の共犯者らの供述とも大筋で符合しており,その信用性に疑いを容れる余地はないということができる。
したがって,被告人C及び被告人Eが本件荷物を開けた後の段階では,被告人Aは本件荷物が覚せい剤であることの未必的な認識を有していたことを十分認定できる。
第4 被告人Bの覚せい剤の認識
1 被告人Bの捜査段階の自白
(1)被告人Bは,捜査段階において,本件密輸以前に本件荷物の中身が毒品ではないかとの疑問を持つに至った経緯に関し,「私は,2001年10月に船長と一緒に今回乗っていた船と同じ船に乗り,北朝鮮の海で荷物を受け取ってフィリピンに運びましたが,その荷物は800から1000ケースのタバコと聞いていたのに,実際に受け取ったのは約30箱だったので,その中身はタバコではないのではないかと思いました。それで私は,船長に荷物の中身を聞いたところ,船長は『阿財は化学工業原料だと言っている。』と言いました。私は,それを聞いて『化学工業原料とは何だろう。ひょっとして毒品ではないか。』と思いました。私は,そのような少ない量の荷物を密輸して沢山儲かる物といえば,毒品くらいしか思いつかなかったのです。それで私は,不安になり,中国に帰ってから阿財に直接箱の中身について尋ねたところ,阿財は,『化学工業原料だ。大したことないから大丈夫ですよ。』と言いました。私は,それを聞いても毒品ではないかという不安は完全になくなりませんでしたが,毒品であるという確信もなかったので,2001年11月ころ船長達と一緒に船に乗り,北朝鮮の海で荷物を約20箱受け取り,フィリピンに運びました。そして私は,中国に帰ってからも荷物の中身に疑問があったので,阿財にそれを尋ねたところ,阿財は『化学工業原料だ。何かあったら私と船長が責任を取る。あなた達は心配ないです。』と答えました。」と供述するとともに,本件荷物の中身の認識に関し,「荷物を受け取った後,いつのことだったかはっきり覚えていませんが,CとEが荷物の中身のことについて話しており,Cが荷物の中身について『白いキクラゲのようだった。』と言い,Eが『氷砂糖のようだった。』と言っているのを聞きました。私はそれを聞いて『やっぱり荷物の中身は毒品だったんだ。』と思いました。私は,以前にテレビを見て毒品が『白い粉』であることを知っていたので,荷物の中身が毒品であると思ったのです。」
(被告人Bの検察官調書〔乙16〕)と供述して,本件荷物が毒品であることの確定的な認識があったことを自認している。
(2)そこで検討すると,被告人Bの捜査段階の自白は,被告人Bが,被告人Cや被告人Eから本件荷物の中身を聞いて,本件荷物の中身が毒品であるという認識を有するようになった経緯に関し,具体的なエピソードを交えて詳細に説明したものであり,その供述内容自体十分合理的で首肯できるものである。
 
そして,被告人Bの捜査段階の自白のうち,被告人Cや被告人Eから本件荷物の中身を聞いた状況に関する供述は,被告人Cや被告人Eが,捜査公判を通じて一貫して供述する「氷砂糖のようだった。」という表現や,「キクラゲのようなもの」という表現と符合しており,被告人のBの捜査段階の自白は,他の共犯者の供述にも裏付けられている。
 
さらに,被告人Bには,これまで本件船舶を用いた同様の密輸に4度参加した経歴があり,本件密輸が密行性が高く,本件荷物がHに高額の利得をもたらす違法な禁制品であることは十分認識していたと考えられる。したがって,このような事情も,被告人Bの自白の信用性を裏付けるものである。
(3)以上によれば,被告人Bの捜査段階の自白は信用性が高い。
2 被告人Bの公判廷での弁解
 
これに対し,被告人Bは,公判廷において,被告人Cや被告人Eから荷物の中身について聞いたことは認めるものの,「逮捕してから船の上に載せてるのが,毒品である,冰毒であることを知りました。」(第5回公判・第81項)旨弁解する。
しかしながら,被告人Bの公判廷における供述状況をみると,被告人Cや被告人Eから荷物の中身を聞いた際の状況や,本件密輸以前にHに荷物の中身を尋ねた際の状況等,自己に不利益な事実関係に関する質問については,ほとんど「覚えていない。」などと,あいまいな供述をするに止まっている。また,被告人Bは,上記1の検察官調書(乙16)を作成された経緯についても「覚えてません。」などと供述するのみである。
したがって,被告人Bの公判供述は到底信用できない。
3 結論
 
以上のとおり,被告人Bの捜査段階の自白は信用性が高いのに対し,被告人Bの公判供述は信用性が乏しい。したがって,被告人Bの捜査段階の自白のとおり,被告人Bが,遅くとも被告人Eや被告人Cから本件荷物の中身を聞いた段階では,本件荷物が毒品であることの確定的な認識を有していたことは十分認定できる。
そして,中華人民共和国においては,毒品の概念が覚せい剤を含む有害で違法な薬物として使用されている(甲207)上,被告人Bも,「毒品とは,それを体の中に入れると精神が不安定になり,異常な人間になってしまう薬品のことで,法律で禁止されています。毒品を持っていたり,使ったり,密輸したりすれば厳しく罰せられるということは,政府が新聞やテレビで宣伝していたので,私もよく分かっていました。」(被告人Bの検察官調書〔乙14〕)と供述して,毒品が身体に有害で違法な薬物であるという認識を有しており,他方,本件荷物について,覚せい剤以外の特定の違法な薬物であるという認識は全くなかったと認められる。したがって,被告人Bには,本件荷物が覚せい剤であることの認識に欠けるところはないと認められる。
第5 被告人Cの覚せい剤の認識
1 被告人Cの捜査段階の自白
(1)被告人Cは,捜査段階において,「私は,今回本船に乗って出航後,船長が,暗号のような私が見ても分からないような紙を見ながら,無線機で阿財と連絡を取っているなどしたことから,阿財が,本船で密輸する物について私たち乗組員を騙しているのではないかと疑いました。阿財が密輸する物について騙すというのは,私たちが今回密輸する物が,本当は毒品であるのに,阿財が化学工業原料であるとうそを言っているのではないかということです。そもそも本船で密輸のために運搬できるものとして私に思い浮かぶものは,化学工業原料か毒品しかありませんでした。ですから,私は,『阿財が密輸する物について私たちを騙しており,今回本船で密輸する物が化学工業原料でないとすれば,今回本船で密輸する物は毒品なのではないか。』と思ったのです。それで,私は,Eたちと一緒に,本船が北朝鮮沖で受け取った荷物の箱の1つを開けてその中身を見ました。しかし,私は,その荷物の中身を見て,『これは白粉ではないだろう。』と思ったものの,『私が形や色を知らない毒品かもしれない。』と思い続けました。私は,開けた箱を元どおりに戻した後も,ずっとそのような思いでいました。」(被告人Cの検察官調書〔乙22〕)などと,本件荷物の中身が毒品かもしれないとの未必的な認識があったことを自白している。
(2)そこで検討すると,被告人Cの自白内容は,被告人Cが本件荷物の中身が毒品かもしれないと考えるようになった理由を,具体的かつ詳細に供述したものであり,被告人Cが,被告人Aや被告人Eと共に,本件荷物を開けて,覚せい剤の性状を現に確認したという客観的な事実経過にも裏付けられている。
さらに,被告人Cの検察官調書(乙22)末尾の供述記載部分をみると,「「私は荷物の中身を見て『私が形や色を知らない毒品かもしれない。だからこそ10箱という少量の密輸でも大儲けができるのだ。』と思い続けました。」とありましたが,私が荷物の中身を毒品かもしれないと思い続けたのは間違いありませんが,10箱の密輸でも大儲けができるとまでは思っていませんでした。ですから「荷物の中身が毒品かもしれないと思い続けた」とだけに訂正してください。」との記載があり,被告人Cは,検察官に対し,毒品の認識に関する供述部分を残したままで,供述の訂正を申し立てたことが認められる。このような記載状況は,被告人Cの検察官調書が,被告人Cの捜査段階での供述をそのまま録取したことを示しており,被告人Cの自白の信用性を強く裏付けるものである。
(3)以上によれば,被告人Cの捜査段階の自白は,信用性が高い。
2 被告人Cの公判供述
(1)これに対し,被告人Cは,公判廷において,本件荷物を開けてみる前の段階では,毒品かもしれないとの疑いをもっていたが,本件荷物を開けた後に,本件荷物の中身が,「お砂糖のようなもの。」,「触るときくらげみたいなもの。」であると分かり,テレビや映画で見た小麦粉のような白い粉と違うため,工業化学原料であると思った旨供述して,本件荷物が毒品であることの認識を否認する。
(2)しかしながら,被告人Cは,公判廷において,被告人Cが最初に本件荷物を開けようと言ったと供述しながらも,被告人Aや被告人Eとともに本件荷物の中身を開けた後の会話内容について,被告人Aとの間で本件荷物の中身について話したことは覚えているが,より近くにいた被告人Eとの間の会話内容については「あんまり覚えていません」(第3回公判・第14項)と供述しており,その供述内容は不自然である。また,もともと知っていた毒品の種類は,「白粉とヘロインとアヘンの3種類」(第3回公判・第41項)であり,毒品の形や色については,白粉が,小麦粉のように白いことしか分かっていなかったと供述しているが,そうだとすれば,被告人Cの公判供述によっても,被告人Cが,本件荷物を,白粉以外の毒品ではないと考えた根拠は明らかでない。さらに,被告人Cは,公判廷において,工業化学原料については,以前に運んだことがあり,水っぽいものだった旨供述し,本件荷物の中身を,「きくらげのようなもの。」と認識したにもかかわらず,工業化学原料と考え続けたというのも不可解である。それにもかかわらず,被告人Cは,「まあ,私はまず毒品だったら,量が多すぎます。こんな遅い船で運ぶのもおかしい。毒品だったら結構お金もうけるものだと思います。その3つの疑問はありました。」(第3回公判・第16項)などといった理由から,毒品の認識がなかったと結論付けており,全く毒品でないと考えた根拠も不自然かつ不合理である。
(3)以上によれば,被告人Cの公判供述はそのまま信用することはできない。
3 結論
 
以上のとおり,被告人Cの捜査段階の自白は信用性が高いのに対し,被告人Cの公判供述は信用性が乏しい。したがって,被告人Cの捜査段階の自白のとおり,被告人Cが,本件荷物の中身を開けてみた段階では,本件荷物が毒品であることの未必的な認識を有していたことは十分認定できる。
そして,前記のとおり,中華人民共和国においては,毒品の概念が覚せい剤を含む有害で違法な薬物として使用され(甲207),被告人Cも,「まあ,毒品といわれると,体に対して悪いものだと思います。」(第3回公判・第1項)と供述して,毒品が身体に有害で違法な薬物であるという認識を有している上,本件荷物に関しても,「私が形や色を知らない毒品かもしれない。」(被告人Cの検察官調書〔乙22〕)と供述している。他方で,被告人Cには本件荷物を覚せい剤以外の特定の違法な薬物であるという認識は全くなかったと認められる。したがって,被告人Cには,本件荷物が覚せい剤であることの認識に欠けるところはないと認められる。
第6 被告人Dの覚せい剤の認識
1 被告人Dの捜査段階の自白
(1)被告人Dは,捜査段階において,「私は,Eに箱の中身が何であったか尋ねました。すると,Eは,私に『氷砂糖みたいなものだった。1袋1袋ずつになっていた。たぶん冰毒(ピンドゥー)だろう。』と言いました。私は,冰毒がどんなものであるか知らなかったので,Eに『冰毒って何だ。』と尋ねました。Eは,私に『お前,冰毒も知らないのか。これだよ。』と言って,右手で左腕に注射する動作をしました。私は,もっと詳しく冰毒のことをEに尋ねようとしたところ,Eは,『そんなことも知らないのか。それじゃぁ,もういい。』と言って,それ以上詳しくは説明してくれませんでした。Eは,冰毒が何であるかよく分かっているようでした。私は,密輸する以上,本船で密輸する物は,持っているだけでも処罰されるような違法な物であると思っていました。ですから,私は,Eが冰毒について,注射する動作をしたので,冰毒が人の身体に入れて使うものであることが分かりました。Eが『冰毒』と,毒の付く,掃毒で禁止される毒品と思われる言葉を口にするのを聞いて,『もしかしたら荷物の中身は毒品かもしれない』と思いました。毒品は,身体に入れて使う身体に有害で違法なものだからです。私は,覚せい剤の色や形は知りませんでしたし,冰毒という言葉も知りませんでしたので,本船で密輸する物が違法なものであると思っていましたし,Eからその物の名前が冰毒であることを教えられ,それが毒品の毒という言葉が付くものだったので,『もしかしたら箱の中身は身体に入れて使えば身体に有害で違法な毒品ではないか』と思いました。違法な高価な毒品だからこそ,わずか10箱を密輸するだけでも大きな利益が上がるのだろうと思いました。」(被告人Dの検察官調書〔乙25〕)と供述して,本件荷物の中身が毒品であることの未必的な認識を有していたことを自白している。
(2)そこで検討すると,被告人Dの捜査段階の自白は,被告人Dが本件荷物の中身を毒品であるかもしれないとの認識を有するようになった経緯に関し,具体的なエピソードを交えて詳細に供述したものであり,その供述内容自体十分合理的である。
特に,被告人Dの捜査段階の自白のうち,被告人Eが本件荷物の中身を氷砂糖のようなもので,冰毒だと思われることを話すとともに,注射をするまねをして冰毒について説明したという経緯は,被告人Eの捜査段階の供述内容には現れていないものであるから,捜査官も被告人Dの供述によって初めて知り得た事柄であると認められる上,被告人Dが,本件荷物の中身を毒品すなわち違法薬物であるかもしれないと考えるようになった理由として,極めて迫真的で説得力に富むものであり,被告人Dの自白の信用性を強く裏付けている。
(3)したがって,被告人Dの捜査段階の自白は十分信用できる。
2 被告人Dの公判供述
(1)これに対し,被告人Dは,公判廷において,本件荷物の中身を工業化学原料と考えていた旨供述して,毒品の認識を否認するとともに,捜査段階で検察官調書に署名した理由に関しては,「サインしないということで,3時間検察官の前で座り込んだ。しかし,検察官から,調書には,被告人が毒品の認識があるかどうか分かるように書いていませんと言われたので署名した。検察官にだまされた。」旨弁解している。
(2)しかしながら,被告人Dは,公判廷において,被告人Cから「白きくらげのようなもの,手で触るとすぐ壊れました。」(第6回公判・第37項)との説明を受けたことや,被告人Eから,本件荷物の中身について,「氷砂糖みたいなもの,もしかしたら冰毒。」(第6回公判・第46項)と説明を受けるとともに,被告人Eから,「注射をするようなしぐさ」(第6回公判・第48項)で冰毒の説明を受けたことを認めている。そうであれば,被告人Dの公判廷での弁解は,被告人Cと被告人Eの2人から本件荷物の中身に関する具体的な説明を受けた後に,本件荷物の中身をあえて工業化学原料と考え続けたこととなり,その供述内容自体不合理というしかない。
また,被告人Dは,公判廷において,検察官から検察官調書の内容の読み聞かせを受けたことは自認しており,しかも,被告人Dの検察官調書(乙25)の末尾には,被告人Dが調書の内容を読み聞かされた後に供述内容の訂正をした記載部分が認められる。したがって,被告人Dは,検察官調書の読み聞けを受け,その内容を慎重に検討して自己の認識と異なる部分の訂正を行った上で,検察官調書に署名したと解されるのであり,検察官調書の内容を理解しないままに署名したとの被告人Dの公判供述とはそぐわないというべきである。
(3)以上によれば,被告人Dの公判供述は,到底信用できない。
3 結論
 
以上のとおり,被告人Dの捜査段階の自白は信用性が高いのに対し,被告人Dの公判供述は信用性が乏しい。したがって,被告人Dの捜査段階の自白のとおり,被告人Dが,遅くとも被告人Eや被告人Cから本件荷物の中身を聞いた段階では,本件荷物が毒品であることの未必的な認識を有していたことは十分認定できる。
そして,前記のとおり,中華人民共和国においては,毒品の概念が覚せい剤を含む有害で違法な薬物として使用されている(甲207)上,被告人Dも,「『もしかしたら箱の中身は身体に入れて使えば身体に有害で違法な毒品ではないか』と思いました。」(被告人Dの検察官調書〔乙25〕)と供述して,本件荷物が身体に有害で違法な薬物であるという認識を有しており,他方,本件荷物について,覚せい剤以外の特定の違法な薬物であるという認識は全くなかったと認められる。したがって,被告人Dには,本件荷物が覚せい剤であることの認識に欠けるところはないと認められる。
第7 被告人Eの覚せい剤の認識
1 被告人A及び被告人Dの供述並びに被告人Eの捜査段階の自白
 
被告人Aは,前記のとおり(第3),公判廷において,「被告人Eは,『白い粉ではありません。冰毒など,ほかの毒品ではありませんか。』と言った。」旨供述している。また,被告人Dも,前記のとおり(第6),捜査段階及び公判廷において,「Eは,私に『氷砂糖みたいなものだった。1袋1袋ずつになっていた。たぶん冰毒(ピンドゥー)だろう。』と言いました。私は,冰毒がどんなものであるか知らなかったので,Eに『冰毒って何だ。』と尋ねました。Eは,私に『お前,冰毒も知らないのか。これだよ。』と言って,右手で左腕に注射する動作をしました。」と供述している。
 
被告人A及び被告人Dの供述は具体的で迫真性に富むものである上,被告人Eが本件荷物の中身を「氷砂糖のようなもの」という表現をしたという点で供述内容が互いに合致しており,相互にその信用性を補強していることが認められる。
そして,被告人Eも,その検察官調書(乙35)において,「私が箱を開けてみたところ,その箱の中には,ビニール袋に入った,白っぽい氷砂糖のような物が何袋か箱の中に詰まっていました。私は,それを見て,毒品の実物をそれまで見たことがありませんでしたので,はっきりと正確なことは分かりませんでしたが,毒品の一種である冰毒であろうと思いました。」などと供述しており,被告人Eの捜査段階の自白は,被告人Dらの上記供述によって裏付けられている。
以上の証拠関係によれば,被告人Eが,本件荷物の中身を開けてみた後の段階では,本件荷物の中身に関し,「冰毒」すなわち覚せい剤であることの確定的な認識を有していたことは十分認定できる。
2 被告人Eの公判供述
 
これに対し,被告人Eは,被告人Dらに本件荷物の中身を冰毒という表現で説明したことなどを全て否認した上、本件荷物の中身についても「私は疑う必要すらありません。私は仕事するだけだから。」などと供述して,覚せい剤の認識があったことを否認している。しかしながら,被告人Eは,認定事実のとおり,被告人Cや被告人Aらとともに,現に本件荷物を開けてその中身を確認しているが,本件荷物の中身に関し疑いを持ったことがないのであれば,そもそも本件荷物の中身を開けてみる必要はなく,被告人Eの公判供述は客観的な事実経過にそぐわない。
また,被告人Eの公判供述は,上記1のとおり,本件荷物を開けた後の他の船員らとの会話内容に関し,被告人Aらの供述と全く食い違っている。 
したがって,被告人Eの公判供述は全く信用できない。
3 被告人Eの検察官調書の任意性
 
なお,被告人Eの弁護人は,被告人Eは,捜査段階の取調べでは,本件荷物の中身が冰毒ということは言っていなかったにもかかわらず,「捜査官が,供述録取書に毒品,冰毒,禁制品等について被告人が知っていた等と記載しても裁判官が判断できるから大丈夫,ここは日本であって中国とは違うから大丈夫と被告人に述べた」ことから,被告人Eは,署名押印の意味を分からないまま,検察官調書に署名したものであり,被告人Eの検察官調書には任意性がない旨主張する。
しかしながら,被告人Eは,公判廷において,検察官調書の内容を検察官から読み聞かせられて,間違いがなければ署名してくださいと言われた上で署名指印したことを自認しているところ(第5回公判・第63項),被告人Eの検察官調書(乙34)の末尾には,「私が恐いと思ったのは,その箱の中身が冰毒だと分かったからでした。」と,覚せい剤の認識を自認する内容を含む,約1頁に渡る供述訂正部分の記載が認められる。このような検察官調書の記載状況からすると,被告人Eの検察官調書は,被告人Eが供述内容を慎重に吟味した上で,署名押印したものと認められ,被告人Eの検察官調書の任意性に疑いを容れる余地はないというべきである。
したがって,弁護人の主張は採用できない。
4 結論
 
以上によれば,被告人Eが覚せい剤の確定的認識を有していたことは十分認定できる。
第8 覚せい剤の所持及び共謀の有無
1 まず,認定事実のとおり,本件船舶は,被告人Aが船長として管理,支配していたことからすると,被告人Aが本件船舶に積載した覚せい剤についての実力支配を及ぼしていたことは明らかであり,被告人Aの覚せい剤所持は十分認められる。
2 次に,被告人B,被告人C,被告人D及び被告人Eの覚せい剤所持の有無を検討する。この点,被告人A以外の被告人には,被告人Aの了承なくして,本件覚せい剤を自由に処分できる権限はなかったと認められる。
 
しかしながら,本件荷物は,本件船舶の船首側にある第1魚倉内に設けられた本件隠し部屋に隠匿されていたのであるから,その隠匿後,本件船舶を運航させることは,取りも直さず,本件荷物,すなわち,本件覚せい剤を運搬することになるのである。
そして,認定事実のとおり,本件船舶の運航のためには,被告人Bらを含む船員7名全員が稼働することが必要不可欠であったのであり,本件覚せい剤が本件隠し部屋に隠匿された後においても,被告人Bらが本件船舶の運航に協力している以上,本件覚せい剤を自らも運搬したことは否定できない。このようにして本件覚せい剤を運搬するということは,同時に,本件覚せい剤を事実上管理,支配し,その流通,使用の危険性を発生させる行為であるから,本件覚せい剤についての処分権限の有無にかかわらず,被告人Bらは,他の船員と共同して,本件覚せい剤所持の実行行為を行ったものと認められる。
3 そして,認定事実のとおり,被告人Bらは,被告人A,被告人C及び被告人Eが本件荷物を開けて中身を見た後に,順にその中身の話をし,覚せい剤ないしはこれを含む違法薬物であることを認識したことが認められる。そうすると,本件では,各船員が,本件荷物の中身が覚せい剤ないしはこれを含む違法薬物であることを認識した上で操船に協力した時点で,それぞれ順次暗黙のうちに意思を通じ,共同して覚せい剤に対する実力支配を及ぼしたとみるのが相当である。
 
したがって,覚せい剤の共同所持すなわち実行共同正犯の成立は十分認定できる。
4 なお,関係証拠には,被告人Fが覚せい剤の認識を有していたことを示す証拠は認められない。
第9 営利目的の有無
 
認定事実のとおり,被告人Aは,本件船舶の船長として1か月あたり2万5000元,被告人B,被告人C,被告人D,被告人E及びFは,1か月あたり1500元,成功報酬2000元を,それぞれ本件密輸により,Hから受け取ることとなっていた。このような報酬額は相当高額であり,1月あたりの報酬と成功報酬に分けられていたことからしても,単なる船員としての労働の対価であったとみることはできない。被告人らには,本件密輸に参加して覚せい剤を所持することにより,報酬を得る目的があったと認められる。
したがって,被告人らが営利目的を有していたことは十分認定できる。
第10 国外犯
 
なお,被告人B及び被告人Eは,第1回公判期日において,日本の領海内に入ったことの認識がなかったと供述し,各弁護人も同様の主張をする。
 
しかし,上記のように,被告人らには,覚せい剤の営利目的所持罪が成立し,覚せい剤の営利目的所持罪には,国外犯の処罰規定(覚せい剤取締法41条の12)が定められているので,被告人らについて日本の領海内であることの認識があったか否かは犯罪の成否には影響しない。したがって,被告人らが日本の領海内に入ったことの認識があったか否かの点は,本件では問題とならない。
第11 結論
 
以上によれば,判示事実は十分認定できる。
(法令の適用)
 
各被告人につき
罰条 刑法60条,覚せい剤取締法41条の2第2項,第1項
刑種の選択 情状により,懲役刑及び罰金刑を選択
未決勾留日数算入 刑法21条
労役場留置 刑法18条
訴訟費用の不負担 刑事訴訟法181条1項ただし書
(量刑事情)
1 事案の概要
 
本件は,被告人らが他の共犯者らとともに,首謀者とされるHから,それぞれ高額の報酬で密輸への参加を依頼されて,本件船舶に船員として乗り組んで,朝鮮沖で,覚せい剤入りの箱10箱,約151キログラムを受け取った後に,同荷物が覚せい剤ないしはこれを含む違法薬物であることを知ったが,これを日本領海内まで運んで引き渡そうとして,他の共犯者とともに覚せい剤を共同して所持した,という覚せい剤の営利目的所持の事案である。
2 共通の事情
 
まず,被告人らに共通の事情を検討する。
(1)不利な事情
 
本件は,日本のみならず,中華人民共和国をも巻き込んだ国際的な薬物犯罪であり,厳しい非難を免れない。
 
本件で被告人らが所持していた覚せい剤の量をみると,約151キログラム(末端密売価格約90億円相当)と莫大であり,もし,これらの覚せい剤が,日本国内の犯罪組織等によって密売された場合,わが国の社会全体に対する計り知れない害悪をもたらすとともに,その密売によって犯罪組織が極めて多額の不法な収益を得る事態が生じたであろうことを考えると,本件は,極めて反社会的で悪質な重大犯罪というべきである。
また,本件では,船長である被告人Aが,中国を出港する際,Hから,予め準備した暗号表等を用いて定期的に無線連絡を行うこと,指定された海域で荷物を受け取る際に,相手方に割り符がわりに1元札を渡し,相手方から渡される紙を受け取って持ち帰ること,受け取った荷物は,本件船舶内の隠し部屋に隠匿することなど,具体的かつ詳細な指示を受けており,本件犯行は,用意周到で計画的な犯行である。
さらに,被告人らは,いずれも,高額の報酬を受け取ることを目的として本件密輸に加わっており,出港当初,違法薬物の認識がなかったとはいえ,利欲的で自己中心的な犯行動機,犯行に至る経緯に酌量の余地は乏しい。
(2)有利な事情
 
他方,本件覚せい剤は,幸いにして,海上保安庁によって摘発されて,捜査機関に押収され,現実にわが国で拡散されるという最悪の事態は避けられたこと,被告人らが,本件密輸の出港当初は,違法薬物の認識はなく,本件荷物を受け取って開けた後に覚せい剤あるいはこれを含む違法薬物の認識を持つようになったこと,本件の首謀者は,中国の密輸の元締めであるHであり,被告人らは首謀者とは認められないこと,被告人らには,中国で帰りを待っている家族があること,被告人らには日本国内での前科前歴がないことなど,被告人らに有利な事情も認められる。
3 個別事情
 
次に,被告人らの個別の事情を検討する。
(1)被告人Aは,これまで本件船舶で4回の密輸をした経験を持ち,本件密輸においても,密輸の元締めであるHの指示の下,本件船舶の船長,すなわち本件船舶の航行及び本件荷物の運搬の現場責任者として,他の船員らに対する指示・監督を行った。そして,被告人Aは,本件荷物の搬入後に,本件荷物が違法薬物かもしれないと考えるようになった後にも,本件荷物を遺棄することも十分可能であったにもかかわらず,予定どおりに本件荷物を相手方船舶に引渡すことを決め,他の船員に対する航行の指示を継続している。したがって,被告人Aが本件犯行の実現に果たした役割は,他の船員らとは比べものにならないほど,重要かつ不可欠なものであり,被告人Aが他の船員らの約7倍にあたる1か月あたり2万5000元の高額の報酬を約束されていたことを考えても,被告人Aは厳しい非難を免れない。
したがって,被告人Aが,公判廷において,違法薬物の認識を自白し,それなりの反省の態度を示していることなど,被告人Aに有利な事情も認められるとはいえ,その責任はまことに重大である。
(2)次に,被告人B,被告人C,被告人D及び被告人Eについてみる。
 
確かに,被告人Bらは,いずれも被告人Aの指示の下に本件船舶の運航に関与しており,本件荷物が覚せい剤あるいはこれを含む違法薬物との認識を有するようになった時点では,単なる船員である被告人Bらにとって,船長である被告人Aの意向に反して,覚せい剤を処分したり,本件船舶から離脱したりすることは難しい状況にあり,被告人Aに従って予定どおり相手方の船へ本件荷物を引き渡すしかなかったことも否定できない。
しかしながら,本件船舶の運航を行い,覚せい剤を船舶に運び込むためには,船員7名全員の協力が必要であり,被告人Bらが果たした役割は,本件犯行の実現に不可欠のものであった。しかも,被告人Bらは,いずれも,公判廷において,不自然不合理な弁解に終始しており,真摯な反省の態度は認められない。したがって,被告人B,被告人C,被告人D及び被告人Eも厳しい非難を免れず,その責任は軽視できない。
4 結論
 
そこで,これらの事情を総合考慮して,主文のとおり量刑した。
(求刑 被告人A 懲役13年及び罰金300万円,被告人B,被告人D,被告人E及び被告人C 各懲役8年及び罰金50万円)
平成15年1月28日
福岡地方裁判所第3刑事部
裁判長裁判官 陶山博生 裁判官 國井恒志 裁判官 岡崎忠之

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