傷害致死福岡2

傷害致死福岡2

福岡高等裁判所/平成12年(う)第41号

主文
原判決を破棄する。
被告人を懲役七年に処する。
原審における未決勾留日数中二八〇日を右刑に算入する。

理由
 
検察官の本件控訴の趣意は、検察官五島幸雄作成名義の控訴趣意書に、これに対する答弁は主任弁護人A久敏及び弁護人船木誠一郎が連名で提出した答弁書に各記載されているとおりであり、被告人の有罪部分についての本件控訴の趣意は、主任弁護人A久敏及び弁護人船木誠一郎が連名で提出した控訴趣意書及び控訴趣意補充書並びに被告人本人提出の控訴趣意書に、これらに対する答弁は検察官安田博延提出の答弁書に各記載されているとおりであるから、これらを引用する。
 
検察官の論旨は、要するに、被告人が傷害致死及び死体遺棄の各公訴事実の罪を犯したことは優に認められるのに、原判決は傷害の事実の限度で有罪と認定し、死体遺棄については、被害者VことV’(以下、「被害者」という。)を遺棄した時点において、被害者が死亡していたことを認めるに足りる証拠がないとして無罪を言い渡しているが、これは証拠の評価を誤り、事実を誤認したものであり、その誤認は、判決に影響を及ぼすことが明らかである、というのである。
 
これに対し、弁護人及び被告人の各論旨は、いずれも要するに、被告人は被害者に対して原判示のような傷害を負わせた事実はなく、有罪部分についても無罪であるのに、原判決は信用できない甲野太郎の供述や被告人の捜査段階における自白を信用し、傷害罪が成立するとして被告人を有罪としているが、これは証拠の評価を誤り、事実を誤認したものであり、その誤認は、判決に影響を及ぼすことが明らかである、というのである。
 
そこで、原審記録を調査し、当審における事実取調べの結果をも併せて検討する。
第一 本件各公訴事実、原判決の要旨及びこれに対する検察官及び弁護人の各主張の要旨

一 本件公訴事実は、次のとおりである。
 
平成一〇年一〇月二六日付起訴状の公訴事実は、「被告人は、甲野太郎、乙野二郎と共謀の上、平成九年一〇月一日ころ、福岡県前原市大字東字牛水二二二三番の山林内に、VことV’(当時二九年)の死体を投棄し、もって死体を遺棄したものである。」というものであり、同年一一月二六日付起訴状の公訴事実は、「被告人は、平成九年九月三〇日午後八時三〇分ころ、福岡市中央区清川二丁目六番二号ビジネス旅館『D』二階七号室において、VことV’(当時二九年)に対し、同人の頭部等に手段不明の暴行を加え、同人に頭蓋冠、頭蓋底骨折の傷害を負わせ、よって、そのころ、同所において、同人を右傷害に基づく外傷性脳障害により死亡するに至らしめたものである。」というものである。
 
これに対し、被告人は、捜査段階の一時期において、本件各公訴事実を認める旨の供述をしたことがあったものの、おおむね各犯行を否認し、原審公判廷においても、各公訴事実はいずれも身に覚えがない旨弁解し、弁護人も被告人は各公訴事実について関与していないので無罪である旨主張した。
 
なお、傷害致死の公訴事実につき、検察官は、当審において、次のとおり第一次予備的訴因及び第二次予備的訴因を追加した。
第一次予備的訴因
「被告人は、単独又は乙野二郎及び甲野太郎と共謀の上、平成九年九月三〇日午後八時三〇分ころ、福岡市中央区清川二丁目六番二号ビジネス旅館『D』二階七号室において、VことV’(当時二九年)に対し、同人の頭部等に手段不明の暴行を加え、同人に頭蓋冠、頭蓋底骨折等の傷害を負わせ、よって、そのころ、同所において、同人を頭蓋冠、頭蓋底骨折に基づく外傷性脳障害又は何らかの傷害により死亡するに至らしめたものである。」
第二次予備的訴因
「被告人は、単独又は乙野二郎及び甲野太郎と共謀の上、平成九年九月三〇日午後八時三〇分ころから同年一〇月一日未明ころまでの間、福岡市中央区清川二丁目六番二号ビジネス旅館『D』二階七号室内から福岡県前原市大字東字牛水二二二三番の山林に至る間において、VことV’(当時二九年)に対し、同人の頭部等に手段不明の暴行を加え、同人に頭蓋冠、頭蓋底骨折等の傷害を負わせ、よって、そのころ、同所において、同人を頭蓋冠、頭蓋底骨折に基づく外傷性脳障害又は何らかの傷害により死亡するに至らしめたものである。」
二 原判決は、傷害致死の訴因に対しては、「被告人は、平成九年九月三〇日、福岡市中央区清川二丁目六番二号ビジネス旅館『D』二階七号室において、VことV’(当時二九歳)に対し、その顔面等を手けんで複数回殴打するなどの暴行を加え、よって同人に一時失神状態に陥らせる傷害を負わせた。」と認定判示するに止め、被告人に致死の責任を認めず、また、死体遺棄の訴因については無罪と判示した。すなわち、原判決は、証拠上認められる事実として、被告人、甲野、乙野及び被害者らの関係、本件犯行日までの交遊状況、被害者の死体の発見状況、被害者の遺留品の発見状況、被害者の死因及びその発生機序等を認定した上、本件犯行状況に関する甲野及び被告人の各供述の経過及び概要を検討し、信用できる甲野の供述及び同供述と符合する限度で信用性の認められる被告人の捜査段階における自白によれば、平成九年九月三〇日の夜、ビジネス旅館「D」二階七号室(以下、「D旅館」という。)において、被告人、甲野、乙野及び被害者が飲酒していたところ、被告人と被害者がけんかとなったこと、被告人が被害者の顔面等を手けんで複数回殴ったところ、被害者が一時失神して身動きしない状態になったこと、その後、被告人、甲野及び乙野の三名が、失神して不動の状態となった被害者を、自動車で前原市の山中まで運んで遺棄したことはいずれも認められるとした。しかし、その上で、原判決は、被害者が、D旅館における被告人の右暴行により頭部に頭蓋骨骨折を負い、その結果外傷性の脳障害を生じて死亡したという訴因に記載された因果関係が証明されているか否かについて検討し、甲野の供述に従えばD旅館において被害者がその頭部に頭蓋骨骨折を負った経緯についての合理的説明が付かず、暴行態様についての被告人の供述も甲野の供述と食い違っていることから信用性を認めることはできず、被害者を前原の山中に運んで遺棄する過程や遺棄後の事情によって頭蓋骨骨折の生じた可能性も否定できないことからすると、被害者が頭蓋骨骨折を負うに至った経緯については不明といわざるを得ないから、結局、被告人の右暴行と被害者の死の結果との間の因果関係の証明が尽くされていないことになる、また、被告人らがD旅館にいた時点及び前原の山中に被害者を遺棄した時点のいずれにおいても、被害者が死亡していたことを認めるに足りる証拠もない、として、傷害致死の訴因については傷害の限度で有罪とし、死体遺棄の訴因については無罪とした。
三 検察官の主張の要旨は、本件全証拠を総合すれば、D旅館における被告人の被害者に対する暴行態様が特定されなくても、被告人が被害者に対して何らかの暴行を加えたことにより、同人に頭蓋骨骨折の傷害を負わせ、同人を右傷害に基づく外傷性脳障害により死亡させたことが認められ、また、被害者が死亡した時期を特定することは困難であるとしても、前原市の山中に遺棄された時点では既に死亡していたことが認められるから、彼告人には傷害致死及び死体遺棄の各罪が成立することは明らかである、というものである。
 
これに対し、弁護人の主張の要旨は、甲野の供述は、公判供述はもとより捜査段階の供述も含めて、その内容の変遷が激しく、どの部分が真実でどの部分が虚偽なのかが全く判然としないものである上、原判決が信用できるとする公判供述も、その内容自体、不自然な点があまりに多く到底信用できないものであること、犯行場所とされるD旅館七号室には、犯行が行われたことを示す痕跡がなく、被害者の死体の状況等に照らすと、犯行場所はD旅館以外のところであった可能性が高いと考えられること、被告人の捜査段階における自白には、客観的事実によって裏付けられる新たな事項は全く現れておらず、おおむね甲野の供述を基本としていることから,取調官の誘導に基づくものであって信用性がないこと,他方において、被告人の否認供述は、その内容に変遷があるものの、それは単なる勘違いの範囲内にあり、信用性を否定する理由とはならないことなどを指摘し、被告人と本件各犯行を結びつける証拠はなく、むしろ、甲野の虚偽供述の内容、本件犯行場所の状況、その他客観的状況等を併せ考慮すると、被告人が本件各犯行に関与していないことを積極的に認めることができるから、被告人はいずれの公訴事実についても無罪である、というものである。
第二 検察官並びに弁護人及び被告人の各論旨についての判断
一 本件については、被害者が死亡し、本件各犯行に関与していると思われる乙野も捜査機関が事情を聴取する前に死亡しており、被告人及び甲野以外には本件各犯行に関与したと思われる者は見当たらず、また、本件各犯行を目撃するなどした第三者もいないことから、被告人及び甲野の各供述の信用性が重要となるところ、被告人と甲野の各供述内容は、いずれも、捜査段階において変遷を繰り返していたという経緯があり、その内容にも食い違いが見られることから、その信用性を検討するに当たっては、その供述の変遷の合理性や、客観的証拠等から認められる事実と符合するか、矛盾しないかどうかを慎重に検討することが必要である。そこで、以下においては、まず、被告人及び甲野の各供述を除いた関係各証拠から認められる事実を認定し、次いで、甲野及び被告人の捜査段階並びに原審及び当審公判供述の信用性を検討した上で、甲野及び被告人の各供述中信用性を認めることができる部分及び右認定事実を総合して、本件傷害致死及び死体遺棄の公訴事実を認めることができるかどうかを検討することとする。 
二 被告人及び甲野の各供述を除いた原審及び当審において取り調べた関係各証拠によれば、次の各事実が認められる。 
1 被告人は、中学校を卒業後、職に就くことなく遊び暮らすうち、昭和三九年ころから複数の暴力団組織を転々として暴力団構成員として活動した。しかし、昭和六〇年ころ絶縁処分となり、以後、土木作業員等として稼働し、平成八年五月ころ、福岡市内の人材派遣業である有限会社A工業(以下、「A工業」という。)の土木作業員となった。被害者は、中学校を卒業し、配管工などとして稼働した後、同月ころから、A工業で土木作業員として稼働していた。
2 被告人は、同年九月ころから、岐阜県下呂市にある大ケ洞ダム建設工專現場(以下、「ダム建設現場」という。)に派遣され、そこで、被告人と同様、A工業から派遣されていた被害者、甲野隆行(以下、「甲野」という。)及び乙野二郎(以下、「乙野」という。)らとともに稼働したが、その間、被告人は右三名と同じ飯場に寝泊まりし、温泉に出かけたり、飲みに行くなどして行動を共にしていた。
3 乙野は、同年一〇月ごろまでダムエ事に従事したが、その後は福岡市内の仕事に変わった。被害者と甲野は、平成九年八月中旬に盆休暇を取り、A工業に帰り、甲野は、以後、ダム建設現場には戻らず、福岡市内の工事現場で仕事に従事したが、被害者は、盆休暇を終えた後、ダム建設現場に戻った。被告人も、被害者らと同じころ、盆休暇を取って福岡に帰省したが、その後、ダム建設現場には戻らず、A工業を自然退社となった。被告人は、その後、被害者のあっせんで、同年九月初めころから中旬ころまで、名古屋市所在の人材派遣業株式会社B工業において作業員として稼働した。
4 被告人は、右B工業で稼働して得た給料は約一三万八〇〇〇円であったが、前借金や食費等を差し引かれたため手取りは約一万五〇〇〇円余りにすぎず、その後福岡に戻り、同年九月下旬ころから、元内妻の丙野花子(その後「竹村」と姓が変わった。)方に居候していたが、稼働しておらず金銭に窮しており、丙野から三万円を借りるなどしていた。
5 被害者は、同年九月二七日、A工業の社長から九月分の給料として約三五万円余りを受け取り、翌日から同月三〇日まで三日間の休暇を取り、同月二七日夜、同じダム建設現場で働いており、同時期に休暇を取り熊本に帰省する青沼己規夫(以下、「青沼」という。)の車に同乗して福岡に向かった。青沼は、福岡において被告人と全い、同人にあらかじめその仕入れを依頼していた覚せい剤を受け取る予定であった。被害者と青沼は、翌二八日、福岡に到着して被告人と会い、被告人ら三名は、青沼の車で久留米市方面へ赴き、被告人が覚せい剤を仕入れてきて青沼に渡し、その夜は、三人で福岡市中央区清川所在のホテル一楽に宿泊し、被告人は、青沼から少量の覚せい剤をもらい受けた。翌二九日朝、青沼は、帰省のため、熊本に向かい、被告人と被害者は、二人で、福岡市内の複数のホテルを泊まり歩くなどしたが、その間、被害者は、オリエントコーポレーションからキャッシングカードにより一〇万円を引き出した。
6 同月三〇日夕刻、被告人及び被害者は、福岡市中央区清川所在のD旅館二階の七号室にチェックインした。同日、乙野及び甲野は仕事が休みであった。同日以降、被害者の消息は全く途絶えた(なお、被害者は同日までしか休暇を取っていなかったから、予定を変更したことになる。)。
7 乙野は、平成九年八月の盆過ぎから一二月までの間に、夕方以降、二回ほどA工業の自動車を借りたことがあった。また、乙野は、同年九月末から一〇月初めころの日曜日に、A工業の同僚に対し、前原に行く用事があるからといって自動車を貸してくれるように頼んだことがあったが、右同僚が断ったところ、乙野は会社の車を借りる旨話していた。
8 同年一〇月二日夜、被告人は、甲野、乙野や丙野花子らを呼び出し、福岡市博多区所在の小料理店で飲食した上、同区中洲所在の丙野花子が経営するスナックや居酒屋に連れて行き、甲野に一万円、乙野に三万円位を与えるなどした。また、そのころ、丙野は、被告人が現金一七万円位を持っているのを見ている。
9 帰省していた青沼は、同月四日ころ、前記ダムエ事現場に戻ったが、被害者が戻っていないことを知り、被告人に電話で被害者のことを問合せたところ、被告人は、新幹線の博多駅まで被害者を送って行って別れた旨答えていた。
10 被告人は、同年一〇月中旬又は下旬ころ、被害者の行方を調査するため、知人を通じて知った福岡県警察本部の警察官に電話をかけ、被害者が警察に逮捕されていないかを問合せたが、右警察官から、警察に捕まっているなら、親元等に連絡が行っているはずである旨の説明を受けた。
11 同年一一月中旬ころ、A工業から前記ダムエ事現場に派遣された作業員の責任者が、被害者の部屋の荷物を整理した際、棚の下に「A工業へ」と書かれた茶封筒に入った車検費用立替金返済のためと思われる現金三一万円を発見した。
 
なお、被告人は、平成一〇年一月ころ、A工業代表者に電話をかけ、被害者の荷物が送られてきたら自分に開けさせてくれ、お金が三〇万円入っているはずで、自分には半分もらう権利があるなどと告げていた。
12 平成九年一二月一五日、前原市在住の住民が、牛水溜め池付近山林を狩猟中、福岡県前原市大字東字牛水二二二三番の山林内において、着衣をまといブーツを履いた人の白骨死体を発見し、警察に通報した。発見された際、ブーツの右足側の親指根元付近の部位には笹の葉と泥が付着していた。白骨死体には右腕部分が欠けていたが、同月一八日の死体発見現場付近の捜索の際、警察官に対し、前原市大字加布里在住の住民が、同年一〇月中旬ころ草刈り中に、飼犬が牛水溜め池付近で骨と皮のようなものをくわえてきたので、猪の腕と思い池の中に放り投げたことがある旨申し出たため、同月二二日、右溜め池の捜索を行い、右腕部分を発見した。
13 平成一〇年八月四日、前原市大字前原字相原所在の相原池で釣をしていた小学生が、同池に浮かぶ茶色のセカンドバッグを発見して警察に届け出た。右セカンドバッグ内には被害者名義の運転免許証及び外国人登録証明書、預金通帳、黒色二つ折りの定期券入れ、現金二万三七六九円等が在中しており、これら在中物の発見を手掛りに右白骨死体の身元の確認が行われた結果、被害者の前歴指紋と前記右腕部の指紋が一致し、白骨死体の歯の治療状況も被害者の生前の治療状況と一致したことなどから、右白骨死体は被害者の遺体であることが判明した。
14 被告人は、平成三年九月ころから平成八年三月ころまで福岡市南区の土木建設業株式会社Cで稼働していたが、その間の平成三年一二月ころから平成四年六月ころまで、前原市大字神在の赤坂ニュータウン団地で下水道工事に従事しており、右団地から右白骨死体現場までは目測約一・二キロメートル、自動車で走行すると約二・八キロメートルの距離であった。なお、乙野及び甲野は、平成六年ころからA工業で稼働していたが、その間に前原市の遺棄現場に近い現場で働いたことはなく、前原市に一番近いのは福岡市西区今宿の高速道路の建設現場であった。
15 乙野は、平成九年一二月ころ、A工業を辞め、平成一〇年九月二五日、福岡県北九州市小倉北区の砂津埠頭埋立事業地先の人気のない岸壁壁面で、ロープを首に掛けて死亡しているのが発見されたが、警察により自殺として処理された。
16 被害者の死体を運ぶ途中に同人の携帯電話機を被告人が相原池に投棄したとの甲野の供述に基づいて、同年一〇月一九日、相原池の捜索が行われた結果、同池から被害者が平成九年九月二日から所有していた携帯電話機が発見された。
17 被害者の白骨死体を鑑定した医師池田典昭作成の鑑定書並びに同人の捜査段階及び原審公判廷における各供述、当審で取り調べた同人の検察官調書によると、被害者の死亡推定日時は平成九年九月ないし一〇月ころであり、被害者の全身は高度に白骨化して内部臓器等が消失していたため、その厳密な死因は不明であること、被害者の右頬骨弓は骨折によってほぼ完全に欠落しており、同人の頭蓋には頭蓋冠から頭蓋底に波及する線状骨折があり、同線状骨折は、頭蓋冠が左右方向に強く圧迫されて生じたというよりも、同人の右側頭部に非常に強大な力が局所的に作用して生じたと考えるのが妥当であり、したがって、被害者がその右頬部から頭部付近を、表面が硬く滑らかな棒状の物、例えば野球の金属バット等で殴打されたことによってできたと考えるのが自然であること、右頬骨弓の欠落すなわち同骨弓部の前後の骨折は、被害者の右頬を人が手けんで強く殴打したことでも生じ得るが、頭蓋冠及び頭蓋底の骨折は人の手けんによる殴打だけでは生じることは困難であり、例えば手けんで殴打された被害者が転倒してその頭部を壁やテーブル等に激しく衝突させた場合等に生じ得るものであること、仮に生前被害者に右頭蓋冠及び頭蓋底の骨折が生じた場合、同人は外傷性脳障害を起こし意識を失った可能性が高く、そのまま意識を回復せず被害者が死亡するに至ったことも考えられること、右腕部は、血液型が白骨死体のものと同一である上、上腕骨やとう撓骨の長さ等から見て白骨死体の右腕部によく一致し、死後経過時間も一致することなどが認められる。
 
これらの事実によれば、被害者が消息不明になる前に被害者の生存が確認されているのは、平成九年九月三〇日夕刻に被告人とともにチェックインしたD旅館であること、被害者の死亡推定日時は被害者の消息が不明となったころであること、被害者の死因は不明であるものの、被害者の右頬骨弓が骨折によってほぼ完全に欠落し、さらに頭部には頭蓋冠から頭蓋底に波及する広範囲の線状骨折があることからすれば、何らかの強度な暴行が少なくとも顔面、頭部に加えられたことが一応推認されること、当時、被害者は多額の現金を持っていたのに対し、被告人は所持金に窮していたのに、被害者が消息不明になった直後には被告人は多額の現金を所持していたこと、被害者の死体が発見された前原市の山中は、以前被告人が稼働していた工事現場の近くであり、被告人には土地勘があると思われることなどが認められ、また、被害者が消息不明になる前に、被告人や乙野、甲野以外の第三者とD旅館以外の場所で接触したことをうかがわせる証跡は、本件全証拠を検討しても全く見出せないことや、犯行後における被告人の言動等をも併せ考慮すると、被害者は、D旅館周辺において、第三者から何らかの暴行を加えられて死亡したものと認められ、また、被害者の死亡について、被告人が関与していることがうかがわれるものである。
三 甲野の捜査段階における供述の経過及び公判供述の概要
1 甲野の捜査段階における供述経過
 
原審及び当審で取り調べた関係各証拠によれば、甲野の捜査段階における供述の概要及びその経過は、次のとおりであったことが認められる。
(一)平成一〇年八月九日の事情聴取の際は、甲野は、本件犯行への関与を全面的に否定していた。
(二)同年一〇月三日、甲野は、警察官を被害者の本件遺棄現場へと案内した後、平成九年九月三〇日午後八時ころ、清川にある旅館の二階の部屋で、被告人、被害者、乙野及び甲野の四人でビールを飲んで雑談をしていた際、被害者が被告人に覚せい剤を分けて欲しいと頼んだことをきっかけに、被告人と被害者が口論となり、腹を立てた被告人が被害者を、足で蹴ったりげん骨で殴ったりした後、被害者の腹を短刀で数回刺して同人を殺した、

その後、被告人、乙野、甲野の三人で、被害者の死体を毛布に包んで、旅館の前に停めていたライトバンに乗せて、被告人の指示で前原の山中に運び、山の上の竹やぶの所に捨てた、遺棄現場に行く途中の国道脇の池に被告人が被害者のバッグと携帯電話を投げ捨てた、被害者を遺棄した後の帰りに、車中で、被告人から、このことは誰にも話すなと脅された、などと供述し、その旨の警察官調書が作成され、また、甲野作成の申立書も作成された。翌日、甲野は、死体遺棄の容疑で逮捕され、取調べを受けたが、同月八日の取調べまで、甲野は、右供述を維持し、被告人に呼び出されて乙野と二人で清川の旅館に行く途中、旅館近くの店でビール等を買って行ったこと、旅館でビールを飲んでいるとき、被告人が被害者にいくら金を持っているか尋ね、被害者が一万円札の束が二、三束入っている財布を見せていたこと、被害者の死体を捨てに行く途中、前原付近のコンビニで懐中電灯等を買ったこと、被害者の死体を遺棄した後、乙野と共に、二回被害者の死体を確認するため遺棄現場に行ったことなどをも供述した。
(三)しかし、同月一〇日、甲野は、以前の供述はすべて虚偽である旨供述し、自己の本件犯行への関与を再度否定した。
(四)同月一一日、甲野は、前日の供述は、捜査官から被害者の着衣や部屋の畳に血液が付着していなかったこと等を指摘されて返答に窮し、自分が被告人の被害者に対する暴行に加勢していないことを捜査官に信用してもらえないのではないかと危倶した結果行った供述であるなどと述べた上で、真実は、被告人は被害者を刺し殺したのではなく、殴り殺したものである旨の供述を行った。被告人が刺し殺したとの虚偽の供述を行った理由については、本当のことを話すと、そばに居た自分や乙野も被告人と一緒に被害者を殺したのではないかと疑われると思ったからであるなどと供述し、同月一五日には、被告人一人で被害者を殺したことにするにはどうしたらよいか考えた末に被告人が短刀で被害者を刺し殺したといううその話をした旨の供述をした。なお、甲野は、同月一四日及び一五日に、本件犯行後の平成九年一〇月二日夜に被告人から電話で呼び出されて、居酒屋で、被告人、乙野らと飲食し、その際、被告人から一万円をもらったこと、被害者の死体のある遺棄現場に行った状況等について、申立書四通(当審検三一ないし三四)を作成している。
(五)平成一〇年一〇月一七日、甲野は、被告人が被害者に対して暴行を加えている際、自己及び乙野も右暴行に関与したことを認め、後記の原審公判供述とほぼ同旨の供述を行ったが、被害者が倒れた経緯については、乙野が「おい。」と言った際に乙野が被害者から腕を放していたので、自分も被害者の足から腕を放したところ、被告人は、被害者の髪の毛をつかんでそのまま被害者の頭をテーブルに二回、力一杯叩き付け、被害者はそのままうつ伏せに倒れた旨供述し、その旨の申立書を作成した。なお、甲野は、翌日には右供述が虚偽であることを認めるが、原審公判廷において、被告人が被害者の頭をテーブルに叩き付けたと虚偽の供述をした理由につき、捜査官から被害者の頭に骨折があると聞いたので、これに符合するように自分で考えて話したものである旨供述した。
(六)同月一八日、甲野は、捜査官からテーブルに傷等がついていなかったことを指摘されたことから、被告人が被害者の頭をテーブルに叩き付けたという話が虚偽であったことを認めた上で、甲野が被告人から命じられて車の中にあったハンマーを取ってきて被告人に渡し、被告人がこのハンマーで被害者の頭を殴って殺した、右ハンマーは被害者の死体を遺棄した後に乙野が捨てた旨の供述をした。しかし、甲野は、右ハンマーを捨てたと述べる場所に捜査官を案内した際、その場所を現場で厳密に特定することができず、おおよその場所を示してもそこからハンマーが見つからなかったことから、翌一九日には右供述が虚偽であったことを認める旨の供述をした。
 
これ以降、甲野は、次に記載する原審公判供述とほぼ同じ内容の供述を行い、同月二三日に死体遺棄で起訴され、同年一一月五日に殺人容疑で逮捕された後も右供述内容を維持し変遷することはなかった。
2 甲野の公判供述の概要
(一)甲野の原審公判廷における供述の概要は、次のとおりである。
 
甲野は、平成六年ころから、A工業で稼働し、岐阜県の大ケ洞ダム建設現場で働く中で、被告人、被害者及び乙野と知り合い、一緒に飲食するなどしていた。平成九年八月の盆休み以降は、甲野は、乙野とともに、福岡市のA工業の寮に居住しながら福岡で稼働していた。同年九月三〇日午後五時半過ぎころ、寮にいた甲野の携帯電話に被告人から乙野宛の電話が入り、乙野が電話で話した。その後、甲野は、乙野から「今から行くけんついてこい」と言われ、乙野がA工業から借りたライトバンで、乙野が同車を運転して出かけることとなった。その際、甲野は、乙野に、どこに行くのか、誰がいるのかなどを尋ねたが、乙野ははっきりした返事をせず、行けば分かると言っていた。甲野は、被告人からの電話であり、これまで一緒に飲食したことがあったので、被告人と乙野と甲野の三人で飲みに行くと思っていた。乙野と甲野は、途中のコンビニエンスストアか酒屋で、缶ビール、日本酒のワンカップ、つまみを購入し、同日午後七時ころ、D旅館入口から五、六メートル離れた路上に車を駐車し、同旅館二階の七号室に入った。同室には、被告人と被害者がいて缶ビールを飲んでいた。そこで、被告人、被害者、乙野及び甲野の四名は四角いテーブルを囲み、座って雑談をしながら飲酒した。その際、被告人がバッグの中から覚せい剤と注射器を取り出し、被告人、被害者、乙野の順番で覚せい剤を回し打ちした。その後、午後八時三〇分ころ、被告人が被害者に対し、「あんた幾ら持っとるわ。」と聞いたところ、被害者は黒色のバッグの中から長方形の黒色の財布(札入れ)を取り出し、被告人に右財布の中身を見せた。その財布の中には、一〇万円札の束が二つか三つ入っていた。披告人は、被害者から財布を取上げると、その中から現金を抜いて自己のポケットの中に入れ、財布だけを畳かテーブルの上に放った。被害者は、怒って「返せ。」と言いながら、被告人の胸倉を左手でつかみ、右手のげん骨で被告人の左頬を殴った。被告人は被害者に対し、「何しよっとか貴様。」と言って、自己の胸倉をつかんでいた被害者の左手を払いのけ、被害者に殴りかかり、被告人と被害者は立ち上がって殴り合いとなった。乙野と甲野は、両者の間に割って入り、両者を引き離そうとしたが、はじき飛ばされたりしてけんかを止めることはできなかった。被告人と被害者との間で一〇分間ほど殴り合いが続いた後、乙野が、被害者を後ろから羽交い締めにし、被告人は、羽交い締めにされた被害者の顔や頭をげん骨で殴った。そして、被告人が、甲野を呼んだ後、同人に被害者の足を押さえるように目で合図したので、甲野は、被害者の両足のすねの辺りに両腕を回し抱え込むようにして押さえた。披告人は、乙野と甲野に押さえられて身動きできない被害者の顔や頭を一〇分間くらいげん骨で殴り続けた。その後、被害者は、両膝をがくっと折り前に倒れてきたので、びっくりした甲野と乙野が手を離したところ、両膝を畳について、テーブルの横にうつ伏せに倒れた。甲野は、被害者がぐったりして全く動かなかったことから死んだと思った。乙野は、その顔を被害者の顔に近づけて同人の様子を窺うと、被告人に対し、「死んだぞ、おい。」「どうするとな、あんた。」と言った。これに対し被告人は、悲しんだりする様子はなく、腕組みして考えた後、乙野及び甲野に対し、「今から捨てに行くぞ。」と言った。そこで、乙野と甲野は、まず缶ビールや酒、つまみなどをビニール袋に入れて部屋の片付けをし、ついで被害者を仰向けにして、二人で部屋の出入口まで運び、乙野が被害者にブーツを履かせた。そして、乙野と甲野が、被害者をその両脇から抱え、被害者及び被告人のバッグを持って先導する被告人の指示に従い、被害者をD旅館七号室から同旅館の外に駐車してあったA工業のライトバンまで運び、被告人がハッチバックを開け、被害者をその荷台に仰向けに寝かせる形で乗せた。
その後、右ライトバンの運転席に乙野、助手席に被告人、後部に甲野が乗り、被告人の指示により天神を経て前原の方面へと向かった。出発したのは午後九時過ぎころである。その途中、コンビニで車を停め、被告人が懐中電灯を買ってきた。前原市内に入ってから、被告人が、バッグを捨てなければならないと言い出し、二か所の池を探し出したが、最初に見つけた池に戻って、被告人がライトバンを降りて被害者のバッグを捨てた。さらに、車で走行中、被告人が携帯電話機を捨てるのを忘れたと言い出し、再びバッグを捨てた池に戻り、被告人がライトバンを降りて被害者の携帯電話機を捨てた。その後、被告人、乙野、甲野の三名は、被告人の指示に従い、前原駅を通過して被害者の死体を捨てる場所を探し、二か所車を停めた後、近くに大きな池や田んぼがあり、竹やぶのある所に車を停めた。そして、乙野と甲野が、被害者の死体をライトバンの荷台から出して、その両脇から頭を突っ込むようにして抱きかかえ、片方が竹やぶで片方が田んぼとなっている土の道を、懐中電灯を照らして先導する被告人のあとに従って進み、傾斜の急な坂を上りきった竹やぶの中に、被害者の死体を仰向けにして寝かせた。被害者の死体をD旅館から遺棄場所に運ぶまでの間に、被害者の頭をどこか固いところにぶつけたり、頭を強く落としたりしたことはなかった。死体を捨てた時間は、D旅館を出発してから三時間位経っているから一〇月一日の午前零時過ぎころである。その後、被告人、乙野、甲野の三人で、日向峠を通って福岡市内に戻ってきたが、その途中、車内で被告人から「黙っとけよ」と言われた。甲野は、同日午前一時か二時ころ、A工業の寮の近くでライトバンを降りたが、乙野は被告人を送っていった。同年一〇月二日の夜、乙野と甲野は、被告人から呼び出され、タクシーで福岡市祇園近くの居酒屋に行き、そこで被告人や被告人の元の奥さん(丙野花子)らと飲食し、次に元の奥さんが経営していた中洲のスナックに行き、さらに被告人、乙野、甲野の三人で右スナック近くの居酒屋に行って飲食した。その時の飲食代は、被告人がすべて支払ったほか、被告人は甲野に一万円を、乙野に二、三万円を渡してきた。甲野らが被告人からお金をもらったのはこのときが初めてであり、甲野は被害者を死亡させて死体を捨てた事件の口止め料だと思った。また,スナック近くの居酒屋で飲酒した際,被告人は乙野に前原の山中に被害者の死体を確認しに行くように指示していた。そこで、乙野と甲野は、同月五日の日曜日の昼間にA工業のライトバンで前原の被害者の死体遺棄現場まで赴き、死体の様子を確認したが、遺棄していたときと変わっていなかった。さらに、その約一週間後の平日の夜、乙野と甲野は、同じようにA工業のライトバンで遺棄現場近くに行き、乙野一人が被害者の死体を確認してきたことがあった。
(二)甲野の当審公判廷における供述は、おおむね原審公判廷における供述と同じ内容であるが、細部において、D旅館でのけんかの際の被害者の声は大きく、誰か来るのではないかと心配した、被害者が倒れ、乙野が被告人に対して「死んだぞ、おい」と言っても被告人は何も言わなかった、D旅館では、被害者は死んでいるかもしれないとは思ったが、はっきり死んだとは思わなかった、前原の山中に行くまでの間に懐中電灯を買ったことはないなど、一部において異なる供述をしていることが認められる。 
四 被告人の供述の経過及びその概要
1 被告人の捜査段階及び公判段階における供述の経過
 
原審及び当審において取り調べた証拠によれば、被告人は、平成一〇年一〇月五日に死体遺棄容疑で逮捕され、当初は、被害者とはD旅館で別れた旨の供述をし本件犯行を全面的に否認し、D旅館で甲野及び乙野と会ったことも否定していたが、同月一四日に、D旅館で被告人及び被害者が甲野、乙野と会って飲酒したことを認めるに至り、同月一八日に、D旅館で被害者、甲野及び乙野と飲酒中、被害者と覚せい剤のことでけんかになり、被害者が頭を打ち、乙野運転の車で病院に向かう途中で死んだので、その死体の処理に困って三人で前原の山(竹林)に捨てたという事実を認め、さらに、死体遺棄罪で起訴される前日である同月二五日に検察官に対し傷害致死及び死体遺棄の各事実を詳しく自白するに至った。その後も取調警察官に対しては否認を続けていたが、同月二八日に至り、午後の取調べの際に、取調警察官の追及に対し、このまま否認で行くか、やっていないのに認めて懲役七、八年でいくかだけであるなどと述べ、夜の取調べの際に、しばらく考えた後、事件を片づける、甲野を助けたいと思う、現金のことや事後工作の件はよろしくお願いします、青沼に、男やったと伝えて下さいなどと述べ、取調警察官に対しても、検察官に対して自白したのとほぼ同内容の事実を自供し、その旨の申立書及び被害者の死体を捨てた前原の山のある付近の図を作成し、同月二九日も右自白を維持し、同月三〇日に詳しい自白の警察官調書が作成された。しかし、被告人は、同年一一月五日に殺人容疑で再逮捕された後は、再び本件各犯行を否認するに至り、以後は捜査段階、原審及び当審公判段階を通じて一貫して否認を続けている。 
2 被告人の捜査段階における自白の供述経過及びその概要
 
被告人の捜査段階における自白の供述経過及びその概要は、次のとおりである。
(一)被告人作成の平成一〇年一〇月一八日付け前原警察署長宛の申立書の概要
 
平成九年九月三〇日夜、清川の旭屋で被害者、甲野、乙野の四人で酒を飲んでいた際、被害者と覚せい剤で揉めてけんかとなり、被害者が頭を打って動かなくなったため、被害者を乙野が違転するカローラバンに乗せて天神方面の病院に走る途中、被害者が死亡した。被害者の死体の処分に困って三人で死体を前原の山(竹林)に捨てた。
(二)平成一〇年一〇月二五日付け検察官調書(二通)の概要
 
平成九年九月三〇日夜、被告人は、被害者と共に福岡市中央区清川のD旅館の二階の部屋に入った。被害者は明日帰ることになっていたので、一緒に岐阜で働いた乙野や甲野を呼んで一緒に酒を飲もうと考え、携帯電話で甲野に電話をかけ、乙野に代わってもらい、被害者がいるから酒とかつまみを買って清川の旅館に遊びに来いと伝えたところ、一時間位して、乙野と甲野が酒やビールを買ってD旅館にやってきた。そして、被害者、甲野、乙野とともに、D旅館二階の部屋でビールなどを飲んでいたところ、被害者が「私にも覚せい剤くださいよ。」と言ってきたので、「お前はぼけるから駄目だ。」と断った。それでも被害者がしつこく覚せい剤を要求したので、被告人と被害者が互いに立ち上がってけんかとなり、被告人が被害者の顔をげん骨で一回殴ったところ、被害者は後ろに倒れ、壁に頭をぶつけて動かなくなった。被告人はびっくりし、被害者の体を揺すったが、反応はなく、顔を近づけたが虫の息であった。そこで、被告人は、被害者を一人で肩に担いで、乙野や甲野に「病院に行くぞ」と言って、乙野らが乗ってきた会社の車まで運び、その後部座席に横たえた。被害者を連れていく病院を探すため、市内をぐるぐる回る途中、車を停めて被害者の体に触ると、冷たく硬くなって息もしていなかったので死亡したと分かり、乙野や甲野にも被害者が死んだと言った。その後、死体をいつまでも車の中に入れておくわけにも行かないので、被害者の死体を捨てに行こうと考え、乙野や甲野に「死体を捨てに行くぞ」と言い、ずっと前に働いた現場の近くである前原の方に捨てに行った。捨てた場所は、前原に入ってから行き当たりばったりで被告人が見つけた場所で、竹林のある山の上に、被告人、乙野、甲野の三人で被害者の死体を分担して持ち上げ、地面に捨てた。被害者のバッグや携帯電話機は途中で捨てたと思うが、どこで誰が捨てたかについては覚えていない。被害者の死体を捨てた後、同年一〇月二日ころ、甲野や乙野と飲んだ際、両名に小遣いとしてお金をやった。警察に捕まってから、甲野や乙野と同年九月三〇日に会ったことを言えなかったのは、二人と会ったことが分かると三人で被害者の死体を捨てたことを隠すのが難しくなると思ったからである。被害者の死体を捨てた後、青沼から被害者の行方を聞かれたとき、新幹線で帰った旨言ったのも、被告人、甲野、乙野が一緒に被害者の死体を捨てたことをばれないようにするためにうそを言ったものである。また、平成九年の手帳の一二月二七日欄に「三八万残 請求のしようがなし 残念」と記載したのも、被害者の死体を捨てていて被害者が生きていないことを知っていたからである。
 
検事から被害者の死体を捨てた場所を案内するように言われたが、行き当たりばったりで行ったため案内することができない。捨てていないから死体を捨てた場所を案内できないのではない。捨てた場所に竹林があったのは覚えており、被害者の死体を、被告人、乙野、甲野の三人で捨てたことにうそは絶対にない。
(三)被告人作成の前原警察署長宛の平成一〇年一〇月二八日付け申立書の概要
 
本件については、一切関係ないと逃げたい気持ちで一杯であるが、日が経つうちに、被害者にすまなかった、成仏して欲しいという気持ちになり、事実をすべて話して、自らの罪を素直に受入れようと思った。平成九年九月三〇日、旭旅館で被害者、甲野、乙野とともに酒を飲んでいた時、些細なことで被害者とけんかとなり、被害者を殺してしまった。被害者の死体の処分に困り、乙野、甲野に手伝わせて、A工業の車(カローラ)で前原の山中(竹林)に捨てた。被害者の死体を捨てに行く途中、被害者のバッグと携帯電話機を捨てた記憶がある。
(四)平成一〇年一〇月三〇日付け警察官調書(二通)の概要
 
平成九年九月三〇日の午後六時ころ、被告人と被害者は、被害者が二人分の料金を払って、D旅館の二階の部屋にチェックインした。被告人は、明日で被害者の休暇が終わるので、仲の良かった乙野、甲野を呼んで一緒に酒を飲もうと考え、携帯電話で甲野の携帯電話に電話をかけ、乙野に代わってもらって、被害者が福岡に帰ってきているので一緒に酒を飲もうと誘い、ビールや酒、つまみを買ってくるように依頼したところ、一時間位して乙野、甲野が缶ビール、酒、つまみを買ってやって来た。そして、D旅館二階の部屋で、乙野、甲野及び被害者とビールを飲むなどしていたが、一時間か一時間半位経った後、被告人は覚せい剤を打ちたくなり、同月二八日に青沼から分けてもらっていた覚せい剤を打ったところ、これを見た被害者が、「私にも覚せい剤を下さいよ。」と言ってきたので、「お前はぼけるから駄目だ。」と断った。それでも被害者は、しつこく覚せい剤を要求してきたので、あまりのしつこさに腹が立ち、立ち上がって座っていた被害者の顔面をげん骨で殴った。すると、被害者も腹を立てて立ち上がり、被告人の顔面をげん骨で二、三回殴り返してきたので、被告人も殴り返して被害者と殴り合いのけんかとなった。乙野と甲野は、被告人と被害者との間に入って止めていた記憶があり、乙野と甲野は被害者の体を押さえにかかっていたと記憶している。殴り合いの末、最後に被告人が被害者の顔面をげん骨で殴り、被害者がよろけたところを更に強くその胸付近を押したところ、被害者は後ろに倒れて壁に頭をぶつけその場に倒れ込んで動かなくなった。びっくりした被告人は、被害者の胸付近を揺すってみたが、返答もなく呼吸もしていない感じがした。そこで、被告人は、乙野や甲野に「病院に行くぞ」と言って、被害者を担いで旅館の外に出て乙野らが乗ってきた白色ライトバンまで運んでその後部座席に乗せた。被告人らは、病院を探して市内を車で走り回ったが、その途中、車を停めて被害者の身体を揺すったところ、同人は全く応答せず息もしていなかったので、死亡したことが分かった。そこで、被害者の死体を人目につかないところに捨てに行くことにし、乙野、甲野に、以前下水道工事に行っていたことのある前原の方に死体を捨てに行く旨声をかけ、天神から西新を経由して前原市内に入り、行き当たりばったりで被告人が見つけた小高くなった山の中に行った。被告人、乙野、甲野の三人で分担して被害者の死体を運び、竹林の奥の段差のあるところに捨てた。被害者のバッグと携帯電話機を誰がどこに捨てたかについては覚えていない。
3 被告人の捜査段階並びに原審及び当審公判廷における否認供述の概要
 
被告人は、平成一〇年一一月二六日付け検察官調書で従前の自白を覆して再び否認し、以後、捜査段階並びに原審及び当審公判廷において、一貫して自己の本件各犯行への関与を全面的に否定している。その概要は、次のとおりである。
 
被告人は、平成九年九月三〇日午後六時ないし七時過ぎころ、被害者と二人でD旅館二階の部屋に入り、乙野、甲野の両名にD旅館に来るよう電話で伝えたところ、約一時間後に、乙野、甲野がビールやつまみ等を持って同部屋を訪れた。そこで、被告人、被害者、乙野及び甲野は、世間話等をしながらビールを飲むなどした。一時間ほどした後、

乙野は、車を戻さないといけないなどと言って、甲野と二人で帰って行った。その後、被告人は、一人で風呂に入った後、被害者と部屋で雑談をしたが、その際、被害者から名古屋の山協建設に一緒に行かないかと誘われたが、被告人はこれを断った。そうすると、突然、被害者は、「自分は帰りますよ。」あるいは「自分は消えますよ。」などと言って、セカンドバッグのようなものを一つ持って一人で部屋を出て行った。その一、二分後、D旅館の外に出て、周囲を歩いて一五分ほど被害者を捜し、さらに一〇分ほどD旅館の前に立って被害者を捜したが、被害者は見つからなかった。その後、居酒屋に入ってビールを飲んだ後、当時住んでいた今泉のマンションに戻り、一〇分後に再びD旅館二階の部屋に戻ったが、被害者は居なかったので、すぐに同部屋を出て、午後一〇時半か一一時ころに右マンションに戻った。その晩は同マンションに泊まり、その後も被害者からは何の連絡もなかった。
五 甲野及び被告人の各供述の信用性について
1 甲野の原審及び当審公判供述の信用性の検討
 
甲野の原審及び当審公判供述の信用性を検討するに、捜査段階における甲野の供述は変遷を経ているものの、その変遷の経緯についてはできるだけ自己に刑責の及ばないように、あるいはこれを軽減するようにしたいとの観点からすれば、それなりに一応の合理的な説明が可能であること、甲野の最終的な供述である原審及び当審公判供述は、被告人の自白とその大筋において符合していること、客観的証拠等の関係証拠から認められる状況事実ともおおむね符合していることなどが認められ、基本的には、その内容は大局的に見る限りおおむね信用できるものと認められる。
 
すなわち、甲野の供述は、被告人にとっては共犯者の供述であり、一般的には、自己の刑責の軽減を図るため、無実の者を自己の犯罪に引き込むなどの自己に有利な虚偽の供述を行う危険性もあるといえるところから、その信用性については慎重に吟味する必要があるところ、甲野は、前記三1のとおり、捜査段階の当初は本件犯行への関与を否認し、本件犯行への関与を認めるに至った後も、その供述を著しく変遷させていることが認められるものの、その供述内容の変遷については、自己の関与をなるべく少なくするために虚偽の供述をしたものであって、それなりに合理的な説明が付く上、その供述は、平成九年九月三〇日、甲野は、被告人から呼ばれて乙野とともにD旅館の二階の部屋に赴き、同部屋で被告人、被害者、乙野と飲酒した際、被告人と被害者が争いとなり、被告人の暴行により、被害者が倒れて動かなくなり、被害者が死亡したと思った被告人、乙野、甲野らは、被告人の指示で被害者の死体を車に乗せ前原の山中に運んで捨てたとの限度では、ほぼ一貫した内容を維持していることが認められ、被告人の捜査段階の自白の内容とも骨子において一致しており、変遷がみられるのは主として暴行の態様についてである。また、甲野が被告人、乙野と共に、前原の山中に被害者を運び込み遺棄したという事実自体は、本件犯行後、甲野が捜査官を遺棄現場へと案内していること、甲野の供述どおり被害者の携帯電話機が相原池から発見されていること、同携帯電話機が発見された相原池は、甲野が被害者をD旅館から前原の山中へと運んだと説明する経路上に位置していること、甲野立会いの実況見分によれば、自動車を降りて本件遺棄現場へ至る道の途中には傾斜角約二三度の急な坂があり、その坂を上りながら人の死体を一人で運び上げるのは困難であると認められることなどから、その信用性が裏付けられているといえる。さらに、D旅館で被告人、被害者、甲野及び乙野の四名が飲酒していた事実は、被告人、甲野とも認めるところであるところ、被告人が本件犯行に無関係である理由として、被告人が被害者と最後に別れた状況について述べる前記四3記載の内容は、極めて不自然なものである一方、関係証拠によれば、被告人は、乙野、甲野に対し兄貴分としての立場で行動を共にしていたこと、本件遺棄現場である前原の山中について、乙野や甲野には土地勘があることをうかがわせる証跡はないが、被告人には土地勘があることが認められることなどにかんがみると、被害者の死体の遺棄については、被告人の指示の下、被告人、乙野、甲野の三名が協力して行った旨の甲野の公判供述には信用性を認めることができる。これらの点にかんがみると、被害者が被告人らの行為が原因となって死亡するに至った経緯、被害者の死体を遺棄した状況についての甲野の当審及び原審公判供述は、少なくともその基本的部分については信用できるものと認められる。
 
弁護人は、甲野の供述する態様、経路で被害者の死体を運んだというのは、途中に繁華街を通ることに照らして不自然であること、当審公判供述には前記のとおり一部において原審公判供述と異なる部分があることなどから、甲野の供述は信用できない旨の主張をする。確かに、ライトバンの荷台に人間を乗せて繁華街を走ると、第三者に車内を見られ不審がられるおそれがないではないが、それ自体直ちに不審の念を抱かせるようなものとはいえず、車高の高い車からは見えても通常の車からは見えにくいことからすれば、そのような行為をすること自体が不自然であるとはいえず、また、当審公判供述の一部が原審公判供述と異なっている点は、犯行時から三年以上経過していることや、細部にわたる部分であることなどから、いずれも甲野の供述の信用性を左右するほどのものとは認められない。
 
ただし、甲野の供述は、前記のとおり変遷しており、その供述経過に照らすと、自己の刑責の軽減を図ろうとする姿勢が顕著に認められるのであって、その細部の信用性を検討するに当たっては慎重に検討する必要がある。特に、被害者に対する暴行態様に関する部分は著しく変遷していること、変遷の末に最終的に落ち着いた供述によれば、被告人は、約一〇分間、乙野から羽交い締めにされた被害者の顔や頭を殴り続けたというものであるが、そうだとするならば、叫び声や物音を聞きつけられるおそれがあると思われるし右血痕などの痕跡も残ることが多いとかんがえられるが、そのような情況があることを示す証拠がないことからすると、甲野の供述の大筋については信用性が認められるとはいえ、暴行の態様に関する部分については全面的にこれを信用するのは危険であるといわざるを得ない。むしろ、甲野は、自己の刑責の軽減を図るためや被告人が全面的に否認していることもあって、被害者に対する暴行態様をはじめとする本件の全容をすべて洗いざらい供述しているのではなく、その一部につき事実を作り替えて供述しているのではないかという疑いが残るものである。しかし、本件の致死的暴行を被告人が加えたことをいうものとしての信用性は十分というべきである。
2 被告人の捜査段階における自白の信用性の検討
 
被告人の捜査段階における自白は、被告人と被害者の殴り合いの状況や、被害者のバッグ及び携帯電話機を投棄した事実の有無等の点について微妙な供述の変遷が見られる。しかし、少なくとも、平成九年九月三〇日の夜、D旅館二階の七号室において、被告人、

被害者、乙野及び甲野の四人で飲酒していたが、被告人と被害者との間でけんかになり、被告人が、被害者の顔面等を手けんで殴打する暴行を加えたところ、被害者が倒れて動かなくなり、呼吸もしていない感じになった、被告人が被害者の死体を前原の方に捨てに行く旨言い出し、被告人、乙野、甲野の三人で、被害者の死体を、A工業の車に乗せて、前原の山中まで運び、遺棄したという限度においては、甲野の供述内容とも一致しており、大筋において信用できるというべきである。
 
なお、被告人は、捜査段階において、検祭官に対し本件犯行を認める供述を行った後、検察官から被害者の死体遺棄現場に案内するよう求められた際、被害者を遺棄した現場に至る道順は覚えていないとして、結局、捜査官らを死体遺棄現場に案内していないことが認められる。しかし、被告人は、一旦は案内する気になりながら、最後になって、案内すれば罪責が確定されてしまうことを恐れて思いとどまったものとみることができる上、被告人が供述する死体遺棄現場の状況は、実際に被害者が遺棄されていた現場の状況とおおむね合致していることなどにかんがみると、被告人が捜査官らを被害者の死体遺棄現場に案内できなかったことをもって、被告人の自白の信用性を失わせるものとはいえない。
 
被告人は、原審及び当審公判において、捜査段階における右自白は虚偽のものであり、検察官に対し虚偽の自白をした理由は、自己が自暴自棄になっていた上、甲野が被告人と一緒に被害者の死体を捨てに行ったと供述している旨聞かされて自白を強要されたので、自分が本当に本件に関与していないことの身の証をたてるために本件死体遺棄現場に連れて行ってもらおうと考えて本件犯行を認めたものであるなどと供述している。しかし、被告人が身の証をたてるため、すなわち、被告人が本件死体遺棄現場に行っていないことを説明するために、あえて事実と異なる自白をしたとの弁解は、いかにも説得力を欠く不自然、不合理なもので到底信用できないばかりか、取調担当検察官であった当審証人高木明の証言によれぱ、当時、取調担当検察官としては、死体遺棄事件については、甲野を起訴し、被告人は否認のままで一応取調べを終え、既に被告人についても起訴する方針を固めていたことから、あえて被告人から自白調書を録取する必要性はなかったが、勾留期間がまだあったので、真相の解明のため被告人を取り調べたところ、被告人が暴行を加えて死亡させた事実を含め涙を流すような形で自ら進んで自白し始めたので、検察官は被告人の言うとおりにその供述を録取したこと、その際の取調べは極めて紳士的な雰囲気の中で行われたことなどが認められ、これらによれば、検察官に対する自白は、任意になされたもので何ら間題のないものである。
 
また、被告人は、取調警察官に虚偽の自白をした理由についても、取調警察官から甲野の自白があることや否認すると家族に不利益が及ぶこと、裁判が長期化することなどを挙げられ自白するよう強要されたこと、検察官に本件犯行を認める供述を先にしていたことから、警察官に対してもその顔を立てるため同様に認める供述をしたにすぎないなどと供述する。しかし、右弁解は、いずれも、自己が不利益を被ることになる虚偽の供述を敢えて行う理由としては説得力に欠ける不合理なものと言わざるを得ず、また、取調担当警察官であった当審証人坂本英敏及び同松岡敏則の各証言、原審及び当審において取り調べた被告人作成にかかる各申立書の内容、体裁等にかんがみると、取調担当警察官が被告人に自白を強要し、それにより前記警察官調書や申立書が作成されたものとは到底認め難く(なお、被告人が申立書を作成するに当たり、取調警察官がその記載の仕方を形式面で指導したことがうかがわれるが、そのことによって取調警察官が被告人に自白を強要したり誘導したりしたものとは認められない。)、加えて、被告人は警察官に自白する前日である平成一〇年一〇月二七日に弁護人である船木弁護士と面会し、同弁護士から助言を受けていることが認められることに照らすと、翌二八日からの取り調べにおいて、仮に取調警察官から自白を求められたとしても、被告人がそれまでの供述を覆し、弁護人の右助言に反して虚偽の自白をしたというのは、理解し難いものというほかはない。
 
さらに、弁護人は、被告人の自白は、客観的事実によって裏付けられる新たな事項はなく、おおむね甲野の供述を基本とするもので、取調捜査官の誘導に基づくものである旨の主張をしている。しかし、客観的事実によって裏付けられる新たな事項について供述していないからといって任意性に欠けるものとはいえないばかりか、被告人の自白の内容を細かくみると、甲野の供述とは食い違う内容の供述を少なからず包含していることが認められ、甲野の供述内容をそのまま押し付けたものでないことは明らかである。
 
したがって、捜査段階での自白が虚偽であるとする被告人の原審及び当審公判廷における供述は信用することができない。
 
むしろ、当審における事実取調べの結果(特に当審証人高木明、同坂本英敏及び同松岡敏則の各証言並びに取調べ状況に関する報告書等の資料)によれば、被告人は、自己の刑責を免れるために全く関与していないと供述し否認を押し通そうとしたが、取調捜査官の追及を受けるうち否認を通すことが困難になり、徐々に事実を述べていく中で、ここまではやむを得ないという考えで、自白するに至ったものであるが、更なる追及を免れるために、否認に転じたものとみるのが相当である。ただし、被告人の捜査段階における自白は、甲野の自白とその内容において異なる部分が少なからずあることや、その後再び否認に転じたことなどから、本件犯行の全容をありのままに供述したものとまでは認められず、暴行の態様については全面的には信用することができない。
3 被告人の否認供述の信用性の検討
 
被告人は、被害者と別れた状況について、平成一〇年一〇月五日に死体遺棄の容疑で逮捕された直後から、平成九年九月三〇日夜に被害者と共にD旅館に入った後,当時被告人が住んでいた今泉のマンションの部屋に下着を着替えに行っている間に被害者がいなくなった旨供述していたが,平成一〇年一一月二六日(殺人の容疑で再逮捕された後の勾留満期日で殺人で起訴された日)に至って、今泉のマンションに下着を着替えに行ったのは、平成九年九月三〇日の昼ころ、被害者と共にEというホテルに行った時であり、同日の夜、D旅館の部屋に入った後、被害者は、「自分は帰りますよ。」などと言って出ていった旨の供述を始めるに至ったが、被害者が被告人の前からいなくなったという本件にとって極めて重要な点について供述が変遷しているにもかかわらず、被告人は単なる勘違いとしか説明しておらず、それ以上に十分納得のいく説明をしていないことから、右供述の変遷理由は不自然、不合理であるといわざるを得ない。
 
また、被告人は、D旅館の二階の部屋において、被告人、被害者、乙野及び甲野の四人が飲酒したが、約一時間後に乙野と甲野が帰った旨供述するが、もし右供述が真実であるなら、甲野にとっても、自己が本件犯行に関与していないことを示す有利な事実であると思われることから、甲野もそのような供述をしてしかるべきところ、甲野はそのような供述は全くしていないのであって、この点の供述も不自然といわざるを得ない。仮に被告人の供述どおりであるとすると、甲野が死体を遺棄していることはその供述に基づき死体が発見されているという事実からも明らかであるから、甲野ないしは甲野と乙野がその後に被害者を死亡させ遺棄したということにならざるを得ないが、被告人と無関係に甲野らが被害者を死亡させた事実をうかがわせる状況は全く見出せない。 
 
そして、被告人は、平成九年九月二八日から同月二九日にかけて、青沼を通じて被害者から金一〇万円、被害者から直接一〇万円、合計で二〇万円を好意で受け取った旨供述するが、原審証人青沼己規夫は、被害者の金を被告人に渡したことを否定している上、そもそも、本件証拠上、被害者が、被告人に対し、好意で二〇万円もの現金を渡す理由は全くうかがえないことから、この点の供述も不自然、不合理といわざるを得ず、むしろ、被告人が、被害者の意に反して現金を取得していることがうかがわれる。この点は、本件犯行の動機に関する甲野供述の信用性を検討する際考慮すべき事情である。 
 
さらに、原審証人青沼の証言によると、青沼は、同年一〇月四日になっても被害者が岐阜の建設現場に帰ってこないことから、被告人に電話をしたところ、同人は、被害者を博多駅まで送って行った旨述べるのみで、その後も三、四回電話して被害者の消息を聞いても同じ答しか返ってこなかった旨証言し、被告人が否認する際述べているような、被害者はD旅館から突然いなくなり、その後会っていないという説明を全くしておらず、被告人は、青沼に右説明をしなかった理由については、原審公判廷において、別に気に留めていなかったと述べるだけで、合理的な説明を何らしていないことにかんがみると、被告人が本件犯行に全く関与していない旨の供述は、信用性に乏しいといわざるを得ない。また、被告人が一〇月二日に乙野及び甲野と飲食していることも被告人の本件についての関与を示す一つの情況となっている。
 
これらによれば、被告人の捜査段階及び公判段階における否認供述は、その内容において不自然かつ不合理であって、信用できないものである。
六 信用できる甲野及び被告人の各供述並びに前記二において認定した各事実から認定できる事実
 
そこで、次に、甲野の供述中信用性を認めることができる部分及び被告人の捜査段階の自白、前記二において認定した各事実を総合し、本件各公訴事実を認めることができるかどうかについて検討する。
1 被害者の死因について
 
被害者の死体は、発見時、既に高度に白骨化して、体表面や筋肉、内部臓器等が消失していたことから、その死因を、一義的に明確にすることは困難である。すなわち、残っていた被害者の骨の状況によれば、被害者は何らかの強烈な暴行(それにより直ちに意識を失うようなものであったことも考えられる。)を受けた事実が推認されるものの、骨の状態のみから死因まで特定することはできず、その他の暴行が死因となっていることを排斥できないのであって、結局のところ、被害者の死因を、頭蓋冠、頭蓋底骨折の傷害に基づく外傷性脳障害によるものと認定することは困難といわざるを得ない。
2 被害者の死亡時期、死亡場所について
 
平成九年九月三〇日夕方、被害者が被告人と共にD旅館二階七号室に入ったことは明らかであるところ、甲野の公判供述及び被告人の捜査段階の自白によれば、同日午後八時三〇分ころ、D旅館二階七号室において、被害者が倒れて動かなくなり、呼吸もしていないような状態になったこと、そして、被害者をD旅館から運び出して前原市内の山林内に遺棄するまでの間に、再び被害者が息を吹き返したり、動き出したりしたことはないというのであり、生存していたことを示す証跡も全くないこと、いずれも被害者が死亡したものと認識して行動していたことが認められることからすれば、被害者は、同日午後八時三〇分以降のD旅館内ないしはD旅館から乙野運転のライトバンに乗せられ死体遺棄現場に向かって間もなくの福岡市内において死亡したことを推認するに十分である。
3 被害者に加えられた暴行態様について
 
被害者に加えられた暴行態様については、甲野の公判供述と被告人の捜査段階の自白との間には、細部において食い違う点がみられるものの、少なくとも、平成九年九月三〇日午後八時三〇分ころから、D旅館二階七号室において、被告人が、乙野、甲野と共同して被告人が主要な暴行を加えたことが認められ、さらに、被告人の右暴行により動かなくなった被害者を、被告人、乙野及び甲野の三人で、D旅館から運び出して、乙野運転のライトバンの荷台に乗せて前原市内の山林内まで運び、三人がかりで山の上の竹林の中に遺棄したが、その間、被告人、乙野及び甲野が被害者に対し更に積極的な暴行を加えたことをうかがわせるような証跡は全くない。そして、被害者は、平成九年九月三〇日夕方にD旅館に入るまでは、健康上全く問題はなく、被害者が死亡に至るような傷害を自ら負ったり、過失によって負った証跡も全くうかがわれないから、被害者が死亡に至る傷害を加えられたのは、同日夜、被告人、乙野及び甲野と共にD旅館にいるとき以外には考えられない。また、既に検討したとおり、甲野は、自己の刑責を免れるためや被告人が否認していることなどから、D旅館における被害者に対する暴行態様のすべてを正直に供述しているものとは認め難く、被告人も、自己の刑責を免れようとする意思が強く、捜査段階において警察官に自白する際に、甲野を助けようと思うなどとも言っていることなどに照らすと、これまた被害者に対する暴行態様のすべてを正直に述べているとは認め難い。甲野の公判供述及び被告人の捜査段階における自白並びに関係証拠及び被告人がA工業で働いている際、乙野、甲野の兄貴分として行動していたことを総合すれば、被告人の指示により乙野、甲野が被害者に何らかの暴行を加えたことを認めるに十分である。以上によれば、被害者が、D旅館において、暴行を加えられ、そのころ死亡するに至ったことは間違いなく、右暴行の具体的態様は、甲野及び被告人がその全容を供述していないことから不明であるものの、被告人がその実行行為者であることは間違いなく、乙野及び甲野も現場において共謀の上、被害者に何らかの暴行を加え、被告人の暴行に加功していることを認めるに十分である。
 
弁護人は、D旅館二階七号室において、被害者が死亡するような激しい暴行が加えられたとしたら、同旅館の他の宿泊客や従業員らが、その際の物音に当然気付くはずであるのにそのような事実は認められず、また、右七号室には血痕等の痕跡は全く見当たらないことに照らすと、暴行態様に関する甲野の公判供述や被告人の捜査段階の自白は信用できず、むしろ、D旅館以外の場所で死亡するに至る暴行が加えられたと見るのが相当である旨主張する。確かに、本件全証拠によっても、本件当時、D旅館の他の宿泊客や従業員が、同旅館内で暴行が加えられているような物音を聞いたとか、同旅館二階七号室に血痕等の痕跡が残っていたという事実は認められない。しかし、本件犯行時間の午後八時三〇分ころに物音を聞きつけるような宿泊客が在室していたかどうかは不明であること、暴行態様についても前記のとおり不明な部分が残っており、物音を立てず叫び声をも上げられないような方法により暴行が行われたこともあり得ること、物音を聞いても関わり合いになるのをさけるために駆けつけたりせずにいることも考えられることなどにかんがみると、他の宿泊客や従業員が右七号室での暴行につき申し出るなどのことがないからといって、必ずしも不自然とはいえない。また、右七号室に血痕等の痕跡が残っていなかったとの点も、右七号室の検証が行われたのは、本件犯行時から一年以上経った平成一〇年一〇月八日であり、犯行当時の状態がそのまま保存されていたかどうかは必ずしも明確ではないし、出血を伴わない方法で犯行に及ぶこともあり得ることを考慮すれば、右の点も以上の認定に疑間を抱かせる事情とはならない。
 
さらに、弁護人は、被告人が、被害者の現金を取上げたことが原因でけんかになったとの甲野の供述は、不自然であり信用できない旨の主張をする。確かに、被告人は、捜査段階における自白において、覚せい剤のことで揉めてけんかになったと供述し、甲野も一時覚せい剤のことで揉めてけんかになった旨の供述をしていたことがあることが認められるが、そのような供述は、にわかに信用できず、甲野の公判供述のように、金銭上のトラブルが原因で暴行が加えられたものと認めるのが相当である。被告人が被害者から多額の金銭を得ていることは、被告人の供述によっても認められるところ、被告人は被害者が好意で多額な現金を被告人に渡した旨供述するが、前記のとおりそのような供述は不自然、不合理といわざるを得ず、そのような不自然な金銭の動きが認められること、被害者は福岡に来てから、ローン会社からカードで一〇万円を借り出している事実があること、被害者は休暇の予定を一日遅らせて福岡にとどまった理由が明らかでないことなどからすると、甲野が金銭のトラブルが原因であるとする趣旨の供述をしているところに、信用性を認めることができる。
 
その他、弁護人がるる主張するところを逐一検討しても、甲野の公判供述が信用できないとはいえず、前記認定に合理的な疑いを抱かせるものとも認められない。
4 以上の検討結果によれば、平成九年九月三〇日午後八時三〇分ころ、D旅館二階七号室において、被告人、乙野及び甲野が共謀の上、被害者の顔面、頭部等を殴打し、あるいは更に何らかの暴行を加え、その結果、そのころ、右D旅館又はその近辺の福岡市内において、被害者を頭蓋冠、頭蓋底骨折に基づく外傷性脳障害又は何らかの傷害により死亡させた事実が認められ、次いで、被告人、乙野及び甲野は、遅くとも間もなく死亡した被害者の死体を、乙野運転のライトバンに乗せて、福岡県前原市大字東所在の山林内まで運び、そこに投棄して遺棄した事実を認めることができる。
 
原判決は、D旅館において、被告人が被害者に加えた暴行態様に関する甲野の公判供述では、被害者がその頭部に頭蓋冠、頭蓋底骨折を負った経緯について合理的説明が付かないこと、被害者が倒れて動かなくなった状況についての甲野の公判供述と被告人の捜査段階における自白が大きく食い違っていること、被害者の右骨折が、同人を前原の山中に運んで遺棄する過程や遺棄後の何らかの事情により生じた可能性も否定できないことなどを指摘して、被害者に対する暴行態様に関する甲野の公判供述及び被告人の捜査段階の自白に信用性を認めることはできないとし、したがって、被害者がその頭部に頭蓋冠及び頭蓋底の骨折を負うに至った経緯は結局のところ不明と言わざるを得ず、被告人が被害者の顔面を殴打した暴行と被害者の死の結果との間の因果関係を認めることはできないとして、被告人には傷害致死罪は成立せず、右暴行の結果、被害者を一時失神状態に陥らせた限度での傷害の成立を認めるに止め、死体遺棄の点については、被告人らがD旅館七号室にいた時点及び被告人らが被害者を遺棄した時点のいずれにおいても、被害者が死亡していた事実を認めるに足りる証拠はないとして無罪とした。しかし、前記のとおり、被害者が、D旅館において、被告人、乙野及び甲野らによって加えられた被害者の顔面等への暴行又は何らかの暴行により、被害者がD旅館又はその近辺の福岡市内において死亡した事実は優に認めることができるのであり、原判決は、被害者に加えられた暴行を、被告人の被害者の顔面等に対する手けんによる殴打に限定し、さらに、死因を頭蓋冠、頭蓋底骨折による外傷性脳障害のみに限定したところに誤りがあるというべきである。他方、被告人らがD旅館から被害者を連れ出す際には同人が死亡したものと認識していたこと、同所から前原の山中の遺棄現場までは相当の距離があり、遺棄現場に到着した時点では、相当の時間が経過していること、その間被害者が息を吹き返したりいびきをかくなどの生存を示す状況は全く存在しないこと、重い被害者を担ぎ上げ急な坂道を相当の距離にわたって上るのであるから、その過程で、被害者が既に死亡していることが体験としても明らかに認められる状況にあったことが認められる以上、原判決が死体遺棄現場において被害者が死亡していたことに疑間が残るとしている点においても、事実を誤認したものといわざるを得ない。
 
弁護人の所論は、D旅館以外の場所で犯行が行われているとし、これを前提とすれぱ、被告人の関与はないというのであるが、右のとおり、死体遺棄につき被告人の現場における関与が認められる以上は、D旅館から現場に至る間で被害者の死亡にかかる犯行が行われたことにならざるを得ないことも前示のとおりであるから、仮に、D旅館以外の場所で犯行が行われたとしても、被告人の関与を否定できないばかりか、その場合は、むしろ、被害者をだまして連れ出すなどした上で死亡させたことにならざるを得ないから、被告人の主導による計画的な殺害に通ずるものというべきである(なお、この場合には第二次予備的訴因の問題になる。)。しかし、そのことを直接うかがわせるような証拠はない上、D旅館以外の場所で行われたことをうかがわせるものとして所論が指摘する事情をもっては、前示のとおり、いまだそのような疑いを抱かせるものとはいえない。また、仮に、原判示のとおり意識不明の状態に陥らせるような暴行が加えられたにすぎないとすれば、頭蓋骨骨折を生ずるような暴行が別に加えられたか、そのような骨折は遺棄後の何らかの偶然により生じたことになるのかのいずれかにならざるを得ないが、意識不明の状態に陥ったのを運び出した上、別の場所で更に致死的な暴行を加えるというのは、途中で生き返ったことを知ったような場合ならともかく、いささか不自然で回りくどい方法であると考えられるから(なお、この場合には、殺意が当然に推定されよう。)、そのようなことは考えにくく、したがって、被告人らはその暴行により被害者が死亡したものと認識して運び出していると解するのが相当である。以上によれば、結局、被害者に対する致死的な暴行はD旅館で加えられたものと認めるのが相当である。
 
甲野の公判供述及び被告人の自白は、以上のように、少なくとも、被害者に対する致死的な暴行がD旅館で加えられていること、被告人が犯行を主導し主な暴行は被告人が自ら加えていると認められるが、被告人の指示により、甲野も乙野も何らかの暴行を加えていること、その後、被害者が死亡しているものと認識して運び出し、車に乗せて、前原の山中まで運び遺棄したことを明らかにするものとして、信用性を認めるに十分である。被告人の自白の信用性は、当審における事実取調べの結果、とりわけ、捜査官の証人尋問及び取調べ状況についての報告書等により更に十分に裏付けられている。ただし、暴行の具体的態様についての供述は、甲野も被告人も殺人罪や強盗殺人罪に問われあるいはこれに加担しているものとされるのを恐れて必ずしもありのままを述べていない疑いがあるというべきであるから、原判決のように見ることは相当でない。
 
そうすると、原判決は、結局証拠の評価を誤り事実を誤認したものといわざるを得ない。
 
以上のとおりであるから、弁護人及び被告人の論旨は理由がないが、検察官の論旨は理由がある。
 
ただし、前記認定のとおり、傷害致死に関する主位的訴因(平成一〇年一一月二六日付け起訴状記載の公訴事実)については、死因を頭蓋冠、頭蓋底骨折の傷害に基づく外傷性脳障害に限定している点などで証明が十分でなく、結局、当審において追加された第一次予備的訴因に基づき、その訴因の範囲内において、後記第三の犯罪事実第一記載のとおりに認定するのが相当である。
第三 破棄自判
 
よって、刑事訴訟法三九七条一項、三八二条により原判決を破棄し、同法四〇〇条ただし書を適用し、当裁判所において更に次のとおり判決する。
(犯罪事実)
 
被告人は、乙野二郎及び甲野太郎と共謀の上、
 
第一 平成九年九月三〇日午後八時三〇分ころ、福岡市中央区清川二丁目六番二号所在のビジネス旅館「D」二階七号室において、VことV’(当時二九歳)に対し、同人の顔面、頭部等を殴打し、あるいは何らかの暴行を加え、同人に頭蓋冠、頭蓋底骨折等の傷害又は何らかの傷害を負わせ、よって、そのころ、同旅館二階七号室ないしは同旅館近辺の福岡市内において、右傷害により死亡するに至らせ、
 
第二 同年一〇月一日午前零時ころ、福岡県前原市大字東字牛水二二二三番の山林内に、前記Vの死体を運び込んで放置し、もって死体を遺棄した。
(証拠の標目)省略
(主位的訴因を認定せず、当審における第一次予備的訴因に基づき、判示第一の事実を認定した理由)
 
当裁判所が、判示第一について、主位的訴因である平成一〇年一一月二六日付け起訴状記載の公訴事実を認定せず,当審における第一次予備的訴因に基づき判示第一の事実を認定した理由は,前記第二の六に記載したとおりである。
 
なお、弁護人は、当審における訴因変更について、第一次予備的訴因及び第二次予備的訴因ともに、被害者に対する暴行の実行行為者、被害者に対する暴行行為の態様、暴行行為の場所について、いずれも特定が十分でなく、訴因の範囲が余りに広範囲に及ぶことになり、被告人の防御を実質的に害するものであり、控訴審におけるこのような訴因変更は許されない旨の主張をする。当裁判所は基本的には第一次予備的訴因に基づき有罪の認定をしているので、この点につき検討するに、被告人の防御上実質的利益を害しないと認められるときは、控訴審の段階であっても訴因変更を許すことができる(その訴因変更は原判決が破棄されることを条件とするものである。)と解するのが相当である。本件の場合、検察官並びに弁護人及び被告人の双方から事実誤認の控訴があり、控訴審においても事実の取調べを進めた結果、検察官からその証拠状況を踏まえ予備的訴因の変更請求がなされたものであるところ、訴因は、できる限り、日時、場所及び方法等を特定して明示すべきであるが、原審及び当審において取り調べられた証拠関係に照らして、致死的な暴行が加えられたことは明らかであるものの、その態様等については十分な供述が得られず、不明瞭な領域が残る場合においては、本件予備的訴因のようなある程度幅を持った特定にとどめるのはやむを得ないものであり、また、本件審理の状況に照らし、本件訴因変更を許可しても、所論のいうように被告人の防御を実質的に害するものとも認められないことから、本件訴因変更は許されるものと解するべきである。弁護人の主張は採用できない。 
(法令の適用)
 
被告人の判示第一の行為は刑法六〇条、二〇五条に、判示第二の行為は同法六〇条、一九〇条にそれぞれ該当するが、以上は同法四五条前段の併合罪であるから、同法四七条本文、一〇条により重い判示第一の罪の刑に同法四七条ただし書の制限内で法定の加重をした刑期の範囲内で被告人を懲役七年に処し、同法二一条を適用して原審における未決勾留日数中二八〇日を右刑に算入することとし、原審及び当審における訴訟費用については、刑事訴訟法一八一条一項ただし書を適用して被告人に負担させないこととする。 
(量刑の理由)
 
本件は、被告人が、かつての仕事仲間である被害者が福岡に来たことから、本件前からホテル等に泊まるなど行動を共にした後、乙野及び甲野らと旅館で飲酒中、被告人と被害者との間で金銭上のトラブルが生じたことから、乙野、甲野に加勢を求め、被害者に対して頭部、顔面の殴打を含む激しい暴行を加えて死亡させるに至り、その後、その発覚を防ぐため、乙野及び甲野と共に自動車で被害者の死体を郊外に運び、山中に遺棄した、という傷害致死及び死体遺棄の事案である。
 
その動機、経緯は、自己中心的かつ身勝手なもので、酌量の余地のないものである。犯行態様についても、致死的な激しい暴行を加えていることが明らかであり、さらには、被害者が死亡したと判断するや、乙野や甲野に命じて被害者の死体を旅館の外に運び出し、自動車で遅くとも間もなく死亡した被害者の死体を郊外まで運び、三人がかりで人目につかない山中に遺棄したというものであり、かつての仕事仲間で親しい友人関係にある者に対する非情な犯行である。被告人は、被害者に対して積極的に暴行を加えており、死体遺棄行為も乙野や甲野に命じて率先して敢行したものであり、本件犯行の実行犯かつ主犯であって、被告人の責任はとりわけ重い。
 
被害者には、格別の落ち度は認められず、被告人らから理不尽かつ激しい暴行を加えられた上、突然その命を奪われたものであり、被害者の受けた精神的肉体的苦痛は甚大であるばかりか、その後二か月以上にわたり山中に野ざらしにされ、白骨化して発見されたものであって、その無念さは察するに余りあるものがある。また、被害者の死体が発見されるまで、その安否を気遣い、その後無惨に変わり果てた死体を目にする結果となった被害者の遺族の受けた精神的苦痛や悲しみには大きなものがあり、その処罰感情に厳しいものがあるのももとよりと考えられる。
 
これに対し、被告人は、被害者の遺族に対し何ら慰謝の措置を講じていないばかりか、捜査段階の一時期自白したことがあったものの、捜査公判段階を通じて本件各犯行を全面的に否認し、不自然な弁解を繰り返しており、反省の情は全く認められない。また、被告人には、これまでに暴行、傷害等の同種前科が多数あることにかんがみると、本件犯行は被告人の粗暴的性格の現れであるとみることができる。
 
そうすると、本件においては、関係者である乙野は死亡しており、甲野も本件の全容を供述しているとは認め難いことから、本件犯行に至る経緯や犯行態様の詳細には不明な点が残されており、その詳細な真相については不明確な部分もあるものの、前記のような諸事情を考慮すると、被告人の刑事責任には重いものがあり、主文掲記の刑に処するのが相当であると判断した。
 
よって、主文のとおり判決する。
(福岡高等裁判所第二刑事部)

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