窃盗福岡1

窃盗福岡1

福岡高等裁判所/平成18年(う)第303号

主文
本件控訴を棄却する。

理由
第1 本件控訴の趣意は,検察官作成の控訴趣意書に,これに対する答弁は弁護人提出の答弁書に各記載のとおりであるから,これらを引用する。
 
論旨は,要するに,原判決は,公訴事実中,住居侵入・窃盗の点については,被告人が犯人であると認定するには合理的な疑いが残るとして無罪を言い渡したが,その事実認定には,判決に影響を及ぼすことが明らかな事実誤認があるというものである。
 
すなわち,本件公訴事実は,「被告人は,金品窃取の目的で 第1 平成16年11月5日午前1時50分ころ,大分県大分郡A町(現在の由布市A町)B番地のCにあるD旅館(以下「本件旅館」という。)104号室において,宿泊客が不在中,同室の無施錠の出入口扉を開けて同室内に侵入し,宿泊客E所有のキャッシュカードなど3点在中の財布1個(時価約3000円相当)を窃取した。第2 前記日時ころ,宿泊客が在室する前記旅館105号室の無施錠の出入口扉を開けて,同所から同室内に侵入しようとしたが,前記Eに発見されたためその目的を遂げなかった。」というものであるところ,原判決は,同第2の事実については有罪と認定したものの,同第1の事実については,被告人の犯人性を推認する複数の間接事実を認定しながら,個々の情況証拠について,およそ現実性に乏しい抽象的可能性を殊更問題として各情況証拠の価値を不当に低く評価し、さらに,情況証拠の積み重ねによる総合的,全体的事実認定を行うことなく結論を導いていて,事実認定の手法を誤った結果,事実を誤認したものであり,原審で取り調べられた関係各証拠を総合すれば,被告人が同第1事実(以下「本件犯行」という。)の犯人であることについて合理的疑いを容れる余地はない,というのである。
第2 そこで,記録を調査し,当審における事実取調べの結果を併せて検討する。 
1 原判決挙示の関係各証拠によれば,次の事実が認められる。
 
本件旅館の所在地,構造,客室や宴会場等の位置関係及び原判示第1の被害があった客室と外部との出入りの状況,被告人が平成16年10月6日,前刑の執行を終えて以降の生活状況等,平成16年11月4日,被害者E,F,G,H(以下「E」,「F」,「G」,「H」と略称する。)ら4名のグループ(以下「Eら」ともいう。)を含む14名の宿泊客が本件旅館に宿泊していた状況,Eら4名が,同日午後9時ころまでに宴会場で夕食をとり,それぞれの部屋で入浴するなどした後,午後11時ころから104号室に宿泊していたEとFが,GとHが宿泊していた105号室を訪れた状況,同月5日午前1時50分ころ,被告人が105号室出入口ドアの外に立っていた状況,被告人がその場から立ち去った後,104号室に置いたEのズボンのポケットに入れられていたキャッシュカード等在中の財布(以下「本件財布」という)。が紛失しているのにEが気付き,被告人の後を追ったところ,付近県道上で被告人を発見し,被告人と共に本件旅館に戻って来た状況,当時,本件旅館に勤務中であった従業員から連絡を受けて到着した本件旅館責任者Iが警察に事件の発生を通報し,被告人がJ警察署に任意同行されて逮捕されるに至った状況,同日,被告人が警察に行くまで座っていた本件旅館のソファの下からペンライト1本(乾電池2本を内蔵)が,逮捕時の被告人の所持品から同ペンライトに適合する乾電池2本(上記ペンライトに内蔵されていたものと同一メーカーのもの)が,それぞれ発見された状況,本件旅館に面した町道に設置されている側溝の構造やその水路の状況,本件財布が同日午後3時30分ころ,本件旅館から北西約100メートルの水路内(本件旅館から見れば下流にあたる。)で滞留しているのが発見された状況については,おおむね原判決が「事実認定の補足説明」「第2 公訴事実第2(105号室内への住居侵入未遂)の点について」の1の・ないし・及び「第3 公訴事実第1(104号室内への住居侵入,窃盗)の点について」の1の・ないし・で認定,説示しているとおりである。
2 原判決の判断
 
原判決は,上記の客観的事実等を認定し,公訴事実第2については,犯行前日,K駅を出た被告人が本件旅館に到着し,105号室のドアを開けたこと,本件旅館で警察官を待つ間,所持していたペンライトをソファの下に投棄したこと,本件当時,生活費にも窮している状態で,犯行動機があること及び被告人の前科からすれば,被告人は窃盗目的で105号室に侵入しようとしたことは明らかであるとして犯行を認定したが,同第1の事実(104号室での侵入盗)については,本件犯行及び本件財布を投棄する機会及び犯行動機の存在が認められ,また,被告人の行動には不自然な点が多く,その供述にも不自然かつ不合理な部分があることなど,被告人の犯人性を推認する方向に働く複数の間接事実が認められ,被告人が本件犯行をした疑いは相当程度認められるものの,一方,被告人以外の者による犯行の可能性も否定することはできず,また,被告人以外の者が本件犯行をした場合にも,本件財布を投棄する機会は存在したこと,さらに,証拠上,被告人が本件旅館から逃走する過程で本件財布を側溝等に投棄したのであれば,本件財布が本件発見現場までたどり着かなかった可能性が相当程度残り,被告人が本件財布を投棄したかどうかは不明であり,本件財布以外のものが盗まれていない事実は,被告人の犯行動機とは矛盾する点があることから,なお,被告人が犯人であると認定するには,合理的な疑いが残るとして被告人に対し無罪の言渡しをした。
3 これに対し,検察官は,おおむね,〔1〕原判決が,被告人以外の者が本件財布を盗み取った可能性を否定できないとしている点については,〈1〉本件旅館は,L温泉街の中心部から離れた比較的閑静な場所にあり,同旅館に面した町道の犯行時間帯の通行量は,歩行者については稀であり,車両も少ないこと,〈2〉本件当時,本件旅館には,Eらを含めた14名の宿泊客が居たが,いずれも家族,知人と同伴の予約客である上,高額な宿泊料を支払っている者ばかりであり,また,本件当時,本件旅館の仮眠室で仮眠していた本件旅館の従業員は,Eからの連絡により,直ちに警察に通報するなどの適切な措置を執っていること,〈3〉Eらは,被告人以外の不審者を見ておらず,不審者が本件旅館敷地内に侵入した形跡も見当たらないこと,〈4〉平成10年から本件当時までに認知,されたA町内における旅館荒らしのうち犯人を特定し得ない未解決のものは,年間0件ないし3件と極めて少ないこと,〈5〉本件旅館において,宿泊客以外の客が大浴場又は家族露天風呂を利用できる時間帯は各日午前10時から午後3時までに限定されている上,本件旅館では入浴のみの利用客は半年に1組程度しかなく,さらに,部外者による大浴場等の無断使用事案も過去には一度もなかったことを総合すれば,被告人以外の者が本件財布を盗み取った具体的可能性は否定される。また,〔2〕原判決が,被告人の逃走経路上から本件財布が投棄されたとすると,それが本件財布の発見現場までたどり着かなかった可能性が相当程度残るとした点についても,〈1〉本件当時,相当程度の降水量があったことは容易に推認し得るし,本件排水升が設置されている地点と本件財布発見地点との間にも本件排水升と同様の排水升が複数存在しているにもかかわらず,仮想被害品がそれらの排水升を通過して本件財布発見現場まで到達していることが実証されており,これは,〈2〉原判決後に行った実験結果によっても確認されている(当審証人Mの証言)から,この点に関する原判決の認定判断は誤りである,としている。
 
そして,〔3〕その他,〈1〉原判決も認定している公訴事実第2の犯行実行前に,本件犯行現場に隣接する103号室の出入口扉を開けようとした不審者がいたこと,〈2〉被告人には,本件犯行当時,金品窃取の動機があること,〈3〉被告人は住居侵入,窃盗,常習累犯窃盗等の前科20犯を有するところ,そのほとんどがすべてが深夜の侵入盗等で,本件同様,旅館の宿泊客を狙った犯行である上,直近前科にかかる住居侵入,窃盗未遂の犯行は,本件旅館とそれほど離れていないL温泉街の宿泊施設に侵入した上での犯行であって,その際も,被告人はペンライトを所持していたことをも併せ考慮し,全証拠及びこれらにより認定し得る間接事実を総合評価して全体的な判断をすれば,被告人が本件犯行に及んだと認定するについて合理的疑いを容れる余地はないと主張している。
4 そこで検討するに,本件犯行が行われたのは,EとFが104号室を出て105号室を訪れた平成16年11月4日午後11時ころから,被告人が105号室前でEと出会った翌5日午前1時50分ころまでの間と考えられるところ,被告人は窃盗の目的で同室の出入口扉を開けて侵入しようとしていたのであり,その際,手袋をし,ペンライトを所持していたこと,105号室に侵入しようとするのを発見されたEに対し,不自然,不合理な弁解をしてその場から立ち去ったこと,被告人が105号室前から立ち去った後,本件旅館敷地を出て逃走した経路からすると,被告人が逃走途中,本件財布を側溝の覆い蓋の隙間等から投棄し,それが水路の流れに乗って被害品発見現場に流れ着いた可能性も十分に認められること,すなわち,本件当時,被告人が窃盗目的で本件旅館に来ていたと推認され,時間的,場所的に本件犯行をする可能性も十分にあったといえる。
 
しかし,本件で取り調べた証拠関係においては,被告人と本件犯行との直接的結びつき(例えば,104号室に立ち入った形跡,被害品との関わりなど)は何ら立証されていない。このような証拠関係において,被告人が本件窃盗の犯人であることを事実上推定するためには,被告人がその犯人であると疑われる状況にあったというだけでは足りず,他に犯人がいる可能性が否定され,あるいは,極めて少ないことが立証されなければならない(被告人と本件との結びつきが立証されることは,同時に別人が独立して犯行をした可能性を排除し,あるいは狭める関係にある。窃盗事件における盗品の近接所持の意義はそこにある。)。しかるに,本件においては,本件被害者ら以外の宿泊客の本件犯行が可能な時間帯における動静がほとんど明らかにされておらず,本件旅館の構造上,外部からの出入りが容易であり,他に外部侵入者がいないとは言い切れない上,本件犯行が可能な時間の幅が3時間弱もあり,財布を窃取した後,これを前記水路に捨てることが可能な時間帯も十数時間の幅があって,被告人が105号室前から帰って行った時間に限定されない(なお,103号室に宿泊していたNは,11月5日午前1時30分ころから午前2時ころ,出入口扉を外から開けようとする「ガチャッ」という音が1回聞こえた旨証言しているが,それが被告人によるものであるかは不明であるし,やはり30分ほどの時間的幅があり,本件犯行の直前のことであったと限定することまではできない。)。
そうすると,上記3時間弱の犯行可能時間帯において,別の犯人が本件犯行をした可能性は排除されていないというほかない。したがって,前記3で要約した検察官の主張を検討しても,本件証拠関係において,被告人が本件窃盗の犯人であると断定するには,なお,合理的な疑いを差し挟む余地を残しているというべきである。
 
以上のとおりであるから,本件犯行の犯人は被告人であるとする所論は採用できない。したがって,原判決に所論の事実誤認はなく,論旨は理由がない。
第3 よって,刑訴法396条により本件控訴を棄却することとして,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 虎井寧夫 裁判官 松尾嘉倫 裁判官 中牟田博章)

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