覚せい剤福岡8

覚せい剤福岡8

福岡地方裁判所/平成11年(わ)第835号、第868号

主文
被告人を懲役二年に処する。
未決匂留日数中四〇〇日を右刑に算入する。
平成一一年九月一日付け起訴状記載の公訴事実及び同一三年二月六日付け訴因追加請求書記1記載の事実について、被告人は無罪。

理由
(罪となるべき事実)
 
被告人は、法定の除外事由がないのに、平成一一年八月上旬ころから同月一一日までの間、日本国内の某所において、覚せい剤であるフエニルメチルアミノプロパン又はその塩類若干量を自己の身体に摂取し、もって覚せい剤を使用したものである。
(証拠の標目)
 
以下、括弧内の甲・乙の番号は、検察官請求証拠番号を示す。
一 被告人の公判供述
一 「ファクシミリ送信」と題する書面(甲30)
一 福岡県M警察署長作成の平成一一年八月一六日付け鑑定嘱託書謄本(甲5)
一 技術吏員N作成の鑑定書(甲6)
(累犯前科)
 
被告人は平成八年七月一八日福岡地方裁判所で詐欺未遂罪、詐欺罪、覚せい剤取締法違反、私印偽造罪、偽造私印使用罪により懲役二年六月に処せられ、平成九年九月一二日右刑の執行を受け終わったものであって、右事実は検察事務官作成の前科調書(乙4)によってこれを認める。
(法令の適用)
 
被告人の判示所為は覚せい剤取締法四一条の三第一項一号、一九条に該当するところ、前記の前科があるので刑法五六条一項、五七条により再犯の加重をした刑期の範囲内で被告人を懲役二年に処し、同法二一条を適用して未決勾留日数中四〇〇日を右刑に算入することとし、訴訟費用は、刑事訴訟法一八一条一項ただし書を適用して被告人に負担させないこととする。
(争点に対する判断)
第一 一部無罪の理由
一 公訴事実
 
平成一一年九月一日付起訴に係る主位的公訴事実は、「被告人は、法定の除外事由がないのに、平成一一年六月中旬ころから同月二四日までの間、福岡県内又はその周辺において、覚せい剤であるフエニルメチルアミノプロパン又はその塩類若干量を自己の身体に摂取し、もって覚せい剤を使用したものである。」というものである。予備的公訴事実は、右犯罪場所を「日本国内において」とするもので、その余は同一である。
二 弁護人・被告人の主張
 
右公訴事実を裏付ける客観証拠は技術吏員O作成の平成一一年六月二八日付け鑑定書(甲3。以下、「第一鑑定書」という。)のみであり、同鑑定書は、同月二四日付け捜索差押許可状(以下、「第一強制採尿令状」という。)による被告人の尿の強制採取、同月二五日付け鑑定嘱託に基いてなされた鑑定の結果であるとされているところ、尿採取及び鑑定の手続に以下のような重大な違法があるから、鑑定書は証拠能力を有しない。仮に、右鑑定書に証拠能力があるとしても、鑑定の対象である尿は、被告人から強制採取した尿と別物である疑いがあるから、証明力がない。したがって、右公訴事実について犯罪の証明はなく、被告人は無罪である。
1 第一強制採尿令状は、福岡県M警察署所属のK警部補が、被告人が尿とすり替えて提出するため、水溶液を入れたコンドームをパンツの内側に隠し持っていた旨の虚偽の事実を記載した報告書を疎明資料とする捜索差押許可状請求書に基いて発付されたものである。
2 第一強制採尿令状に基いてなされた強制採尿行為は、医学的に相当とは認め難い方法でなされているから違法である。
3 被告人は右尿について所有権を放棄せず、鑑定にも同意していないのであるから、その鑑定については鑑定処分許可状によりなされるべきであり、任意処分としての鑑定嘱託に基づく鑑定は違法である。
三 証拠上明らかな事実
 
関係各証拠によれば、以下の事実が明らかに認められる。
1 M警察署では、以前より覚せい剤譲渡の容疑で内偵捜査中であった被告人の居宅及び着衣の捜索差押を行うため、平成一一年六月二三日、福岡簡易裁判所裁判官から捜索差押許可状二通の発付を受けた。右捜索の現場指揮者であるK警部補は、捜索に引き続いて強制採尿が必要になることに備えて、同日、強制採尿令状請求書及び同請求の疎明資料となる報告書を一部空白にして作成し、あらかじめ上司の決裁を得た。
2 同月二四日午後零時ころ、K警部補は、ほか三名のM警察署員とともに被告人方に赴き、買い物をするためアパート二階の自宅を出て階段を降りてきた被告人を呼び止め、被告人とともに被告人方に赴いて捜索に着手した。
3 同日午後零時三〇分ころ、被告人は、Q弁護士に電話し、M警察署の警察官が捜索に来ているが捜索の理由を答えないので、立ち会ってほしいと依頼するなどした。
4 K警部補らはそのまま捜索を続行したが、最終的には被疑事実を裏付ける物を発見するには至らなかった。
5 同日午後一時過ぎころ、K警部補は強制採尿令状を請求するため被告人方を出て裁判所へ向かい、午後一時五五分ころ、福岡簡易裁判所裁判官に対し被告人の強制採尿令状請求書を提出した。同請求の強制採尿の必要性を裏付ける疎明資料は、「覚せい剤取締法違反被疑事件捜査報告書」(甲16。以下、「第一報告書」という。)であり、同報告書には、当日の被告人方居宅等の捜索の際、被告人のパンツの内側にコンドームがホッチキスで止められてぶら下げてあり、コンドームの中には茶褐色の液体が少量入っているのを現認したこと、これまでの捜査経験から、覚せい剤常用者が警察に尿を提出する場合に備えてすり替え用の液体を用意している事例があることから、コンドームをぶら下げている理由、覚せい剤使用の有無を尋ねたところ、「小便が出らんけんぶら下げとると」と答え、覚せい剤の使用を否定したこと、被告人に尿の任意提出を求めたところ、「令状はあるとですか」と拒否され、腕の見分も断られたことなどの記載がある。また、第一報告書には「証拠資料」として、〔1〕同報告書のほか、〔2〕医師Rに対する採尿依頼の電話筆記、〔3〕参考人の供述調書、〔4〕被告人の居住確認の電話筆記、〔5〕被告人の前科、前歴が記載された「氏名照会書」が添付されているが、〔3〕は本件の証拠として取り調べておらず、内容は不明である。
6 K警部補は、同日午後二時二〇分ころ、第一強制採尿令状の発付を受け、午後二時四〇分ころ被告人宅に到着してこれを被告人に示した。これに対し、被告人は同日午後三時ころ、再びQ弁護士に電話して、同令状で被告人を連行することができるかどうかなどについて質問し、助言を求めた。
7 K警部補ら警察官と被告人は、同日午後四時八分ころ、R医院に到着し、R医師がカテーテルを用いて被告人の尿を採取しようとしたがうまくいかず、その後、泌尿器科の専門医であるS医師が被告人の尿を採取した。
8 同月二五日、M警察署長から前記採取に係る尿の鑑定嘱託がなされ、技術吏員Oによる鑑定により、同月二八日、右尿から覚せい剤成分が検出された旨の第一鑑定書が作成された。
9 M警察署のK2警部は、鑑定書等を疎明資料として、覚せい剤使用の被疑事実で被告人の逮捕状を請求し、同年七月二日にその発付を受けた上、同年八月一一日午後零時一〇分、被告人をその自宅において通常逮捕した。
四 K証言の要旨
 
証人Kの公判供述(証言調書を含む。以下、「K証言」という。)のうち、第一強制採尿令状請求に至る経緯に関する部分の要旨は、以下のとおりである。
1 平成一一年六月二四日午後零時過ぎころ、被告人方居宅に入ってまもなく、被告人の着衣所持品の捜索差押許可状によりその着衣を捜索した。
2 まず、ズボンの前の左右のポケットを捜索し、被告人にポケット内の物を出させ、上体を上からズボンの下まで全部触った後、ズボンのベルトのところを少し手前に引っ張ってめくって裏返しにして裏側に何もないかを確認した。前には何もなかったので、ベルト部分の内側の前後をずっと見ていこうとした。そのとき、被告人が、「何もないばい」と言いながら、自分で、パンツの中に両手の親指を入れて一〇センチメートルくらい前のほうに出した。パンツの中に何かあることに気づき、被告人の右前に立ち、パンツに手をかけて真上からのぞいたところ、ズボンの下のブルー系統の柄でトランクス型のパンツの裏側の正面よりやや右側のゴムのところのすぐ下ぐらいに,途中で一回結んだ薄いピンク色のピンポン玉大のコンドームがホッチキス(棒状の部分が内側)で留めてあり、中に茶褐色の液体が入っていた。コンドームを発見したのは午後零時五分ころであり、パンツの内側をのぞいていたのは数秒間である。
3 そこで、被告人に対し、「これは何でぶらさげとるのか。」と質問したところ、被告人は「小便が出らんからぶら下げとる。」と述べた。捜査経験上、覚せい剤事件で採尿する際に尿のすり替えが行われる事案があるため、覚せい剤使用の疑いを持ち、「覚せい剤をしていないか。」と質問した。すると、被告人は、「あんたバカやなあ。どろぼうにどろぼうしたち聞いて、なんがしとりますて言うな。それと一緒で、覚せい剤しとる人間に、しとるかち聞いて、なんが、ない、しとりますて言うな。」と答えた。 
4 その後、尿の任意提出を何度も説得しても、「令状あるんですか。」と拒絶され、注射痕の確認のため腕を見せてくれないかといっても、「令状ありますか。」といって拒絶された。
5 被告人宅へ入ってすぐに令状を示して着衣、所持品の捜索を行ったが、被告人がQ弁護士に電話させて欲しいと言い出したのがいつかははっきりしない。筑紫野署に連絡し電話番号がQ弁護士のものかどうか確認している内に時間がたち、午後零時三〇分ころ被告人がQ弁護士に電話した。このとき、被告人がQ弁護士に立ち会いを求めたということはなく、覚せい剤の容疑としか言わないが、何も出なかったらどう責任をとるのかということを訴えていた。電話を切った後、被疑者は令状を写していた。
6 午後一時過ぎころ、被告人がコンドームを隠し持ち、尿の任意提出及び注射痕の確認にも応じないため、強制採尿令状を請求することにし、被告人方を出て裁判所へ向かった。このとき、ひな形を事前にワープロに入れていたので、右捜索によって明らかになった事実を待機室で書き加えて令状請求をした。
7 午後二時四二分に、被告人に対し強制採尿令状を示したが、被告人がコンドームを外したのは強制採尿の令状を示した時か、その前後であって、K3部長が「それはもう外さんな」と言うと、被告人自身が手で引っ張って外し、外したコンドームはそこら辺にぽんと置いたのは見ているが、その後コンドームがどうなったかについては分からないし、他の警察官ともコンドームについては話題にしていない。捜索の際にはカメラを持参していた。普通ポラロイドカメラも持参するので、このときも持参していたと思うが、コンドームを撮影することは思いつかなかった。覚せい剤事犯の捜査経験は五年であるが、捜索の時点では、コンドームが重要な証拠であるとは思わなかった。
8 被告人は、すぐには強制採尿に応じず、Q弁護士に電話し、その後令状を写すなどしていた。
五 被告人供述の要旨
 
被告人方居宅の捜索に関する被告人の公判供述の要旨は、以下のとおりである。
1 平成一一年六月二四日昼ころ、作成していた免責の異議申立書の用紙がなくなってきたので、それを買うために外に出たところをK警部補に呼び止められ、家宅捜索令状を示された。
2 自宅に入り、入り口の部屋で令状をもう一度見せてもらい、容疑事実と家宅捜査を受ける理由を尋ねたが、K警部補は答えなかった。
 
K警部補が何も答えないので弁護士に電話をかけさせてくれと頼むと、前例がないと言って断られ、電話をかけようとしたら、受話器を取り上げられた。そのため、被告人も捜索には応じられないということで、奥の部屋でK4巡査に何か持ち物を見せていた内妻に、「応じることはない」と呼び寄せた。しばらく押し問答が続き、三〇分くらいたってQ弁護士に連絡することができた。
3 二人の前には常にK警部補とK3巡査部長がいたが、捜索は、他の二名の捜査官が手前の部屋も奥の部屋も同時に行っていた。被告人は入ってすぐの四畳半の部屋の子供のピアノの前に座っていた。内妻は、捜索が始まって一時間くらいたって、子供の迎えがあるからということで外に出してもらった。
4 内妻が家を出てから五分か一〇分くらいのとき、身体検査させてくれと言われ、その後、腕を見せてくれと言われたが、身体検査令状を持ってきてくれと言って断った。所持品の捜索は家宅捜索令状によってできると思っていたため、これに応じた。所持品についての捜索は、刑務所等で行う所持品検査と同様の姿勢を取らされた上で、ポケットには手を入れず、上からたたくようにして行われ、K警部補が一分くらい着衣を触っていた。この捜索時、一番下にパンツ、その外側に向かって肌着のシャツ、裾の長い長袖シャツ、半ズボンの順に着用していたので、いきなりパンツの内側に両手の親指を差入れて前方に出すことができるはずはなく、そのようなことをしたことも、パンツ内にコンドームをぶら下げていたこともない。
 
その後、K警部補とK3巡査部長が代わって、被告人のバックの中を調べた。そのとき、二センチメートルぐらいのプラスチックに入った入れ歯を留める白い、塩野義製薬のファントムという白い粉末を任意提出してくれと執拗に求められたため、任意提出に応じた。
5 その後、K警部補は被告人宅を出ていき、午後一時四〇分ころに三人の捜査官が被告人宅に到着した。
6 K警部補が強制採尿令状の交付を受けて被告人方へ戻ってきた際、採尿場所が筑紫野市内となっていたため、Q弁護士に再び電話し、強制採尿令状で連行できるのかなどと質問した。
7 結局捜索によっては何も発見されなかったので、K警部補にその旨の証明書を発行してもらった。
六 K証言の信用性
1 覚せい剤使用の被疑者がパンツ内に水溶液入りコンドームを隠し持っているということ(以下、「隠匿行為」という。)は、K警部補がその証言において自ら述べているとおり、捜査官からの尿の提出要求に対し、自身の尿に替えて提出するためにほかならず、覚せい剤の使用を強く疑わせる行為であって、強制採尿令状の請求においても、覚せい剤使用の犯意の立証においても、重要かつ決定的な裏付け資料となるものであって、K警部補は、その証拠価値について、十分に認識していたものと考えるのが自然である。
 
K警部補は、被告人方居宅等の捜索の時点では、隠匿行為の証拠としての重要性に気がつかなかったと証言するが、隠匿行為が強制採尿令状請求において重要な意味を有すると認識していたことは、同警部補がその証言において自ら認めるところであるばかりか、同請求の疎明資料である第一報告書の記載内容からも明らかであり、また、同警部補の覚せい剤捜査の経験や捜索時における被告人とのやり取りからすると、隠匿行為が被告人の覚せい剤使用の犯意を裏付けるものとして重要な意味を持つことは容易に認識できたと考えられ、したがって、右証言部分はたやすく信用できない。
2 K証言は、コンドームの発見状況について、所持品検査の方法やコンドームが止められていた位置、コンドームの膨らみの大きさや色、コンドーム内の液体の色、ホッチキスの針の向き、発見されてからの被告人の言動など、非常に詳細かつ具体的であり、検察官が指摘するとおり、体験者による供述として信用性が高いようにも見受けられる。
 
しかし、K証言に係るコンドーム発見に至るまでの観察が詳細を極めているのに対し、発見後のコンドームに対しては余りにも無関心であり、その際だった乖離は、同一場所における一連の状況の体験として、不自然というほかない。すなわち、K警部補は、コンドーム発見後、重要な証拠であるはずのコンドームについて、被告人に任意提出や写真撮影の承諾を求めることをせず、被告人が外したコンドームの行方についても全く無関心であり、他の捜査官も誰一人として証拠保全の意見を出さず、隠匿行為の実例を目前にして具体的な会話をしなかったというのは到底理解し難いところである。
 
検察官は、強制採尿という緊急性の高い捜査において、令状請求の疎明資料に記載した事実のすべてを証拠化することを捜査官に求めるのは酷であり、非現実的であるというが、K証言によれば、コンドームを発見した午後零時五分ころから、K警部補が強制採尿令状請求のために被告人方を出た午後一時過ぎころまでには約一時間が経過しており、その後強制採尿令状を被告人に示した午後二時四〇分ころまでの間、コンドームは被告人のパンツ内にぶら下げられた状態にあり、これをパンツから外した後約四〇分間は被告人方の部屋の中に放置されていたというのであるから、この間に、同警部補を始めとする捜査官(当初は四人でその後三人増加)の誰一人としてその証拠化を言い出さないばかりか、そろって関心を全く示さなかったというのは、令状請求の緊急性では到底説明できないことである。
3 K証言によると、被告人は、自らパンツをズボンごと前に出してK警部補に見せたことになるが、覚せい剤使用の嫌疑を免れるために、自己の尿に替えて用意していたとしか考えられない水溶液入りコンドームを、尿の任意提出に応じるようなそぶりもしないまま、いきなり捜査官に見せるというのは不可解極まる行動であり、これを見せた上に「小便が出ないから」という意味不明の弁解をし、覚せい剤をしていないかとの問いに対し、「覚せい剤をしている者がしていると答えるはずがないではないか」という、使用を認めたと同様の言葉を口にしたというのもたやすく信用できない。また、被告人は、右捜索の際、K警部補に対して、捜索の被疑事実と理由を明らかにするよう求め、弁護士に電話をさせるよう迫り、Q弁護士に捜索立会を要請するなどしているのであるから、捜索開始早々に、格別の契機もないのに、自ら嫌疑を深め、強制採尿令状の発付を招き寄せる言動に出たというのは、甚だ不自然、不合理というべきである。
4 右に述べてきたことからすると、捜索の理由や弁護士との電話連絡を巡ってK警部補と押し問答した末、捜索開始の約三〇分後にQ弁護士と電話がつながり、自己の防禦のために助力と助言を求めたが、この間にパンツの中を見せるという行為に出るはずもなく、また、水溶液入りコンドームをパンツ内にぶら下げていた事実もない旨の被告人の公判供述の信用性を否定することはできない。
5 以上の次第で、隠匿行為に関するK証言は信用性に疑いがあり、第一強制採尿令状請求の疎明資料中の隠匿行為に関する部分は、その内容が虚偽である疑いが強い。
七 尿鑑定書(第一鑑定書)の証拠能力
1 前記の考察によれば、第一強制採尿令状は、請求者に代わって同令状請求書を裁判官に提出したK警部補が、内容虚偽の第一報告書を作成し、これを疎明資料の一部として提出することによって発付を得た疑いが強い。そして、前述のとおり、第一報告書の虚偽部分は、被告人の覚せい剤使用を強く疑わせるものであり、裁判官の第一強制採尿令状の発付において重要かつ決定的な要素を成したものと考えられることからすると、内容虚偽の疎明資料と令状発付との間には明らかな因果関係が認められ、第一強制採尿令状は違法に取得したものというべきである。
 
検察官は、被告人の覚せい剤前科の存在のほか、注射痕の有無の確認のための腕の見分を拒否し、尿の任意提出の説得に応じなかったことのみをもっても、強制採尿の必要性を裏付ける覚せい剤使用嫌疑の疎明として十分であると主張するが、強制採尿令状において右程度の疎明で足りるかは疑問であり、仮にその程度の疎明資料で令状が発付されることがあり得るとしても、内容虚偽の疎明資料と令状発付との間に明かな因果関係がある以上、第一強制採尿虚偽の疎明資料と令状発付との間に明かな因果関係がある以上、第一強制採尿令状取得の違法性を減殺するものではない。
2 違法に取得した第一強制採尿令状による採尿手続きには、憲法三五条及びこれを受けた刑事訴訟法二一八条一項等の所期する令状主義の精神を没却する重大な違法があり、第一鑑定書は、違法な手続きにより採取した尿を直接利用して作成、収集されたものであること、K証言によれば、K警部補は、被告人の覚せい剤前科、尿の任意提出と腕の見分の拒否のみでは強制採尿令状の発付が得られないと考えていたものであって、令状主義を潜脱する意図が認められること、かかる経過により収集された第一鑑定書の証拠能力を許容することは、将来における違法捜査抑制の見地からも相当でないことを併せ考えると、弁護人及び被告人のその余の主張について判断するまでもなく、第一鑑定書の証拠能力は否定されるべきものであるから、証拠から排除する。
八 結論
 
平成一一年九月一日付け起訴状の公訴事実及び同一三年二月六日付け訴因追加請求書記1記載の事実については、第一鑑定書を除く証拠によってこれを認めることはできず、犯罪の証明がないことに帰着する。
 
よって、右各公訴事実については、刑事訴訟法三三六条に則り、被告人に対して無罪を言い渡すこととする。
第二 罪となるべき事実の認定の補足
一 弁護人・被告人の主張
 
平成一一年九月一〇日付け起訴状の公訴事実及び同一三年二月六日付け訴因追加請求書記2記載の事実を裏付ける客観証拠は技術吏員N作成の平成一一年八月一八日付け鑑定書(甲6。以下、「第二鑑定書」という。)のみであり、同鑑定書は、同月一三日付け捜索差押許可状(以下、「第二強制採尿令状」という。)による被告人の尿の差押え、同月一六日付け鑑定嘱託書謄本(甲5)に基いてなされた鑑定の結果であるとされているところ、尿採取及び鑑定の手続に以下のような重大な違法があるから、第二鑑定書は証拠能力を有しない。仮に、右鑑定書に証拠能力があるとしても、鑑定の対象である尿は、被告人から強制採取した尿と別物である疑いがあるから、証明力がない。しがって、右公訴事実について犯罪の証明はなく、被告人は無罪である。
1 第二強制採尿令状は、K警部補が、被告人の腕に新しい注射痕が認められる旨の虚偽の事実を記載した報告書を疎明資料とする捜索差押許可状請求書に基いて発付されたものである。
2 右尿は、第一の三9の手続による違法な身柄拘束の状態を利用して採取したもので、その採取そのものが違法である。
3 右尿を入れた容器の立会人票の記載が杜撰であるから、鑑定の過程に違法がある。
4 被告人は右尿について所有権を放棄せず、鑑定にも同意していないのであるから、その鑑定については鑑定処分許可状によりなされるべきであり、任意処分としての鑑定嘱託に基く鑑定は違法である。
二 証拠上明らかな事実
1 被告人が通常逮捕された翌日である平成一一年八月一二日、M警察署警察官から裁判官に強制採尿令状の請求がなされた。同請求の強制採尿の必要性を裏付ける疎明資料は、K警部補作成の「覚せい剤取締法違反被疑事件捜査報告書」(甲20。以下、「第二報告書」という。)であり、同報告書には、同月一二日、同警部補が、任意で被告人の注射痕の確認を行ったところ、右前腕部外側に、五センチメートルくらいの長さの注射痕と認められるはん痕、最近のものと思料される針頭大の茶褐色のはん痕一か所が認められ、これらのはん痕について質問したところ、「これは最近のじゃないですよ。こげなところからは入らんばい。」と申し立て、写真撮影に同意しなかったこと、尿の任意提出を求めたところ、「覚せい剤が出なかったら、どう責任を取るのか。」「あとで責任を追求するためには強制採尿でなければいかん。裁判になったとき、強制採尿でなければいかん。」などと述べる一方、「自分は前立腺肥大で尿が出にくい。直腸脱という病気があり、強制採尿の際に力むと直腸が出て痛い。こんな人間から強制採尿するのか。」などと申し立てて任意提出を拒否したことがそれぞれ記載されている。また、第二報告書には、「証拠資料」として、〔1〕第二報告書のほか、〔2〕逮捕手続書、〔3〕採尿依頼の電話筆記、〔4〕被疑者の供述調書(供述拒否)、〔5〕氏名照会書が添付されている。
2 右令状請求に対し、同月一三日に強制採尿令状(以下、「第二強制採尿令状」という。)が発付された。
3 同月一三日、強制採尿を実施しようとしたところ、被告人は警察署で尿を出してもかまわない旨申し述べたが、K警部補は、後日に争いを残さないためには第二強制採尿令状に基いて医師のいる病院で採尿する方が良いと判断し、被告人を同行して午後五時一〇分ころ同令状の採尿場所であるS泌尿器科医院に赴き、被告人は、午後五時一三分ころ、S医院内の便所で自ら容器内に自然排尿し、これを同警部補に手渡した。
4 K警部補は、被告人に対し、立会人票への署名を求めたが、拒否されたため、採取者欄に自己の氏名を署名して押印し、立会人欄にS医師に署名押印をしてもらった後、自ら被採取者欄に被告人の氏名を書き加え、S医師の指印で封印した。
5 同月一六日、K4巡査が鑑定嘱託書を作成し、第二強制採尿令状で差し押さえた前記の尿と一緒に科学捜査研究所に持参し、その鑑定を嘱託した。
6 科学捜査研究所技術吏員Nは、右尿の鑑定を行い、覚せい剤成分が検出されたため、その旨の第二鑑定書を作成した。なお、右尿については、鑑定実施後、M警察署に返還されている。
7 被告人は、同月一三日に差し押さえられた右尿について所有権放棄をせず、鑑定についても同意していない上、後日書面で返還要求をしている。
三 K証言の要旨
 
平成一一年八月一二日当時における被告人の腕の注射痕の見分等に関するK証言の要旨は、以下のとおりである。
1 逮捕の翌日である同年八月一二日、被告人に「注射痕を見せてくれ」と言ったところ、任意に応じた。両腕の前腕部の外側に五センチメートルくらいの注射痕と認められる細長い傷があり、その下に新しい注射痕と認められる針の頭の大きさの茶褐色の傷があったので、覚せい剤をしているという状況があると考えた。被告人に腕の注射痕について写真撮影を求めたが断られ、尿の任意提出も拒否された。
2 同月一四日、被告人の入浴後の取調中、被告人の腕の注射痕が消えかかっていることに気が付いたので、福岡大学法医学教室のP教授に被告人の両腕の注射痕の鑑定を依頼しようとしたが、ちょうどお盆の時期で同教授の都合がつかず、同月一九日に至って、同教授による被告人の頭髪についての鑑定処分許可状と両腕の注射痕についての身体検査状を執行することができ、自分もこれに立ち会った。その際の同教授の見分では、右腕外側の針頭大の茶褐色の傷は薄れていて、注射痕であるとの結果は得られなかった。
四 第二報告書の信用性
1 第二報告書の注射痕現認に至る経緯、現認状況、尿の任意提出や強制採尿を巡るK警部補と被告人とのやり取りに関する部分はいずれも具体的で、迫真性もあり、それ自体として信用性に疑わしい点はない。
 
K証言は、注射痕現認後P教授の鑑定等に至る過程が具体的かつ自然であって、信用できるとみるべきところ、その内容も第二報告書の内容と符号していることが認められる。
 
第二報告書の注射痕に関する現認状況は、K警部補とK5巡査の連名作成に係る同月一二日付けの注射痕見分報告書の内容とも付合していることが認められる。
2 以上によれば,第二報告書の右前腕部外側の比較的新しい注射痕と思われるはん痕に関する部分は十分に信用できるというべきであり、これに反する被告人の公判供述部分は信用できない。 
3 弁護人は、八月一三日に認めた右前腕部外側の茶褐色のはん痕が一九日消失していたというのは不自然であると主張するが、K証言は、その間にはん痕が薄れかかっていて、一見して注射痕と判断される状態ではなかったというのであり、一週間の経過による変化としてあながち不自然とみることはできない。
 
また、弁護人は、同年八月一二日付けの「注射痕見分報告書」の内容は、平成一二年八月二八日の第八回公判期日における被告人の腕のはん痕の状況と著しく異なり信用性がないと主張するが、同公判当時においても被告人の両腕には多数のはん痕が認められたこと、はん痕の原因や大きさによっては、一年の経過により消失するものもあると考えるのが自然であり、所論は採用できない。
4 よって、第二強制採尿令状が虚偽の事実を記載した報告書を疎明資料とする請求に基いて発付されたものであるとの弁護人、被告人の主張は採用しない。
5 なお、同年八月一一日の被告人の通常逮捕は、証拠能力のない違法収集証拠を疎明資料として請求され、発付された逮捕状に基づくものであるから、違法性を帯びることになり、かかる身柄拘束状態における注射痕の見分の違法性が問題となり得るので、この点について付言する。
 
K証言及び第二報告書によれば、被告人は、K警部補からの腕の写真撮影の申出も尿の任意提出の要求も明確に拒否しつつ、腕の見分自体については任意に承諾を与えていたことが認められる。したがって、K警部補による腕の見分は、裁判官が発付した逮捕状に基づく身柄拘束下において、その状態を直接的に利用してなされたものでないというべきであり、違法性はないと認めるのが相当である。
 
ところで、弁護人は、第二強制採尿令状に基く被告人の尿の採取は、違法な身柄拘束の状態を利用してなされたものであるから、尿採取そのものが違法であると主張するが、違法性を帯びる身柄拘束下におけるすべての証拠収集が違法であるわけではないことは前述のとおりであり、第二強制採尿令状の発付に違法がない以上、これに基く尿採取が適法であることは明らかであり、所論はそれ自体失当である。
五 尿保管手続きにおける違法性の有無
 
第二強制採尿令状による被告人の尿の採取過程、保管容器の立会人票の記載とその経緯は前記の証拠上明らかな事実のとおりであって、何らの違法もなく、被告人から採取した尿と鑑定に付した尿とが同一ではない可能性が皆無であることも証拠上明らかである。
 
これらに関する弁護人、被告人の主張は採用しない。
六 鑑定手続きにおける違法性の有無
1 押収物の鑑定嘱託を受けた者が鑑定のためにその物を破壊、変質させ、あるいは費消するときは、一般的に、所有権破棄又は鑑定についての同意がない限り、裁判官から鑑定処分許可状の発付を得て行うべきものとされており(刑事訴訟法二二五条、一六八条一項)、第二強制採尿令状により被告人から採取した尿について、所有権放棄も鑑定についての同意もなく、鑑定処分許可状によることなく鑑定されたことが明らかであるから、法の定める手続きを履践していないことになる。
2 しかし、覚せい剤使用の被疑者から強制採尿令状により押収した尿について、覚せい剤成分の含有の有無を鑑定する場合には、新たに鑑定処分許可状を要しないと解するのが相当である。
 
すなわち、法が押収物の鑑定についても鑑定処分許可状を要するとしている趣旨は、当該鑑定に伴う損壊等の権利侵害を受ける者の人権を保障するために、差押許可状とは別に司法審査を加えることを求めていると解すべきところ、本件の第二強制採尿令状発付の経緯をみると、捜査官において、尿中の覚せい剤成分の有無を鑑定する必要があるとして令状を請求し、裁判官においても、その点をも含めて疎明がなされていると判断し、令状を発付したものであって、鑑定の必要性、相当性についても実質的な司法審査がなされているとみることができ、尿には財産的価値が全くないこと、覚せい剤成分含有の有無の鑑定においては、押収した尿の全量を使用するのが通常であって、本件においても全量使用されていること、第二鑑定に係る尿は鑑定後にM警察署に返還されていて、被告人に返還することが可能な状態にあることを併せ考えると、その鑑定手続きに実質的な違法はなかったというべきである。
3 仮に、第二鑑定書に係る鑑定が鑑定処分許可状に基いていないことに違法があると解すべきであるとしても、右に述べたことからすると、違法の程度は令状主義を没却するような重大なものではなく、K警部補に令状主義を潜脱する意図がなかったことは証拠上明らかであることを併せ考えると、第二鑑定書は証拠能力を有すると認めるのが相当である。
七 罪となるべき事実の認定
1 第二鑑定書(甲6)によれば、被告人は、平成一一年八月上旬ころから同月一一日までの間に、覚せい剤を自己の身体に摂取したことが認められる。
2 また、わが国において、覚せい剤をそれと知らずに体内に摂取することは通常あり得ないことであるから、被告人の尿中から覚せい剤成分が検出された事実により、特段の事情がない限り、覚せい剤と認識してこれを摂取したと推定することができ、右推定を左右する証拠がないから、被告人には覚せい剤使用の故意があったと認定することができる。
3 平成一一年九月一〇日付け起訴状の主位的公訴事実は、犯行場所を「福岡県内又はその周辺」とするものであるところ、被告人の公判供述等の証拠によれば、被告人の当時の生活範囲は右の範囲に限られていた可能性が高いと考えられるものの、なお合理的な疑いを容れる余地がある。
4 被告人の公判供述及び「ファクシミリ送信」と題する書面によれば、被告人は、覚せい剤を使用した同月上旬ころから同月一一日までの間に国外へ出た事実がないことが認められるから、その犯罪場所については日本国内の某所と認められる。
5 以上の次第で、判示の罪となるべき事実は優にこれを認定することができる。
よって主文のとおり判決する。
(求刑 懲役三年六月)

平成一三年二月一六日
福岡地方裁判所第一刑事部
裁判官 仲家暢彦

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