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放火福岡1

放火福岡1

福岡高等裁判所/平成23年(う)第264号

主文
1審判決中有罪部分を破棄する。
本件公訴事実中現住建造物等放火の点について,被告人は無罪。

理由
第1 弁護人の控訴理由(訴訟手続の法令違反,事実誤認)
 
本件控訴の趣意は,弁護人知名健太郎定信(主任)及び同丸山和大共同作成の控訴趣意書記載のとおりであるから,これを引用する。
1 訴訟手続の法令違反の主張について
 
1審判決は,(事実認定の補足説明)の項において,被告人が黙秘していることをもって「合理的な説明がない」と評価し,この事実を被告人に不利な間接事実として用いているところ,これは被告人に事実上弁解を迫るものであって,被告人の黙秘権を侵害し,憲法38条1項に違反していることから,1審の訴訟手続には,判決に影響を及ぼすことが明らかな違法がある。
2 事実誤認の主張について
 
1審公判に顕出された証拠を総合しても被告人の犯人性を肯定することができないにもかかわらず,被告人の有罪を認定した1審判決(有罪部分)には,判決に影響を及ぼすことが明らかな事実誤認がある(なお,弁護人は,控訴趣意書中,審理不尽の記載については,その実質は専ら事実誤認の主張に尽きるものである旨釈明した)。
第2 控訴理由に対する判断
 
当裁判所は,1審判決が,(証拠の標目)の項に挙示する証拠によって認められる間接事実からの推認に基づいて,本件火災が放火によるものであると認定した点は是認できるものの,被告人が本件放火の犯人であると認めた点は論理則,経験則等に反し合理的な疑いを容れる余地があって是認できず,1審判決の有罪部分には判決に影響を及ぼすことが明らかな事実誤認があることから破棄を免れないと判断した。以下,説明する(訴訟手続の法令違反の主張についても事実誤認の主張に対する判断の中で説明する)。
1 1審判決の概要
 
本件公訴事実第1(現住建造物等放火)の要旨は,「被告人は,かねてより不倫関係にあったA(以下「被害者」という)が,その関係を解消しようとしたことに憤慨し,そのうっ憤を晴らすため,平成21年11月28日午前4時40分ころ(以下,特記なき限り,日付は同日のものである),福岡県a市(当時b市)にある同人方北側において,その勝手口及び駐輪場所に,それぞれ灯油を撒布し,これに何らかの方法で点火して火を放ち,その火を,現に同人ほか6名が住居に使用している木造スレート葺2階建家屋(床面積合計約181平方メートル)に燃え移らせ,よって,同家屋の勝手口ドア及び床板等を焼損させて(焼損面積合計約3平方メートル),もって現に人が住居に使用する建造物を焼損した」というものであるところ,1審判決(有罪部分)は,犯行動機に関する部分を除いた事実を(罪となるべき事実)として認定した。
 
被告人及び1審弁護人は,本件放火及び同時に起訴された公訴事実第2(建造物等以外放火)について,いずれも被告人の犯人性を争い,被告人は無罪であると主張した(なお,上記公訴事実第2の要旨は,被告人が,公訴事実第1と同じ動機により,平成22年1月2日午前4時ころ,福岡市c区にある団地の来客用駐車場において,同所に駐車してあった被害者の妻所有の普通乗用自動車に火を放って焼損させ,公共の危険を生じさせた,というもので,1審判決は,被告人が事件発生時刻ころに放火場所である上記団地付近にいたことを示す証拠はないことなどを理由として,被告人は無罪とし,この裁判は1審段階で確定している)。
 
これに対し,1審判決は,まず,本件火災が放火によるものであることを認定した上で,被告人の犯人性について検討し,次のような複数の間接事実から被告人が本件放火の犯人であると認定した。
 
すなわち,1審判決は,〔1〕被告人使用車両の運転者である被告人が放火に関係していると推測されること,〔2〕被告人が高齢で介護を要する祖母と2人きりであったのに外出していることから何らかの目的を持って外出したと考えられること,〔3〕当夜は中傷ビラの張り付けなどはなく被害者宅の放火しか起きていないことから,被告人が本件放火の犯人であると認定した。さらに,1審判決は,公訴事実に記載された犯行動機は認定しなかったものの,〔4〕被告人が,不倫関係にあった被害者の自宅電話に何度も無言電話を掛け,被害者の妻に嫌がらせメールを送り,被害者やその家族を中傷するビラを被害者の職場関係先や自宅周辺に送付したり,張り付けたりする行為に及んでいたことが認められ,このような執拗な嫌がらせを行っていたことは,被告人が本件放火に及ぶ動機があったと考えて矛盾しない事情であり,被告人が犯人であることを補強するとした。そして,上記〔1〕の事実については,(1)被害者宅付近のコンビニエンスストアの防犯ビデオに,被告人使用車両「車種甲」(黒色)が,同店前交差点を何度も走行する姿が映っており(午前4時6分,11分,28分,44分,52分の5回),その中には,ライトを消したまま,対面赤信号で停止するのを回避するために同店駐車場を突っ切り走行している不審な行動があり,このような被告人使用車両の走行時刻,走行状況と,(2)放火時刻(午前4時40分ころ)との近接性,(3)同店と被害者宅の位置関係(被害者宅は同店の東方,直線距離で約300メートル離れた場所にある)に加え,(4)被告人使用車両の運転者が被告人であることから認定していると解される(なお,上記(4)の事実は,後記2の(2)のウのとおり,当夜被告人しか同車両を運転する者がいなかったことや後記(b),(c)の事実から認定したものと理解できる)。さらに,上記(1)の事実における防犯ビデオに映った車両と被告人使用車両の同一性については,(a)防犯ビデオに映った車両が被告人使用車両と同車種・同年式であることに加えて,ナンバープレートにフレームが付いていて,エンブレムがなく,ナンバープレートの4桁の左端が「・」であるという共通点を有すること,(b)被告人使用車両を捜索した結果,午前3時から午前4時までの間に都市高速道路のd料金所で流入してe方面に向かい,午前零時から午前5時30分までの間にb有料道路にb料金所で流入し,午前5時から午前6時までの間にf料金所を経由して都市高速道路に流入して福岡市内に向かい走行したことを示す領収書が発見されており,この領収書は,時間的にも場所的にも防犯ビデオに映った車両が被告人使用車両であることと整合すること,(c)被告人が午前3時ないし午前6時という時間帯に被害者宅のあるb方面に行っていた理由について合理的な説明がないという間接事実から認定している。
2 当裁判所の判断
(1)本件の争点及び判断の分岐点について
 
本件の争点は,被告人の犯人性であり,本件では犯行の目撃者等の直接証拠はなく,被告人が捜査段階から犯行に関して黙秘していることもあって被告人の自白もないことから,1審においては,関係証拠から認められる間接事実によって被告人が本件放火の犯人であると推認できるかどうかが問題となった。1審判決は,上記1のとおり,被告人が本件放火の発生時刻に近接した時刻に,放火現場からほど近い場所において不審な行動をしていたこと(上記〔1〕,特に(1))を中心とする間接事実に基づいて被告人の犯人性を肯定しているところ,1審判決が行った間接事実の認定が是認できるかどうか,また,それらの間接事実に基づいて被告人が本件放火の犯人であることについて合理的な疑いを超えた証明がなされていると認めた1審判決の判断が是認できるかどうかが本件の判断の分岐点となる。
(2)1審判決が認定した間接事実について
 
1審判決は,上記1のとおり,証拠から認定した(a)ないし(c)の事実から,(1)の一部を推認し,(1)と証拠から認定した(2)ないし(4)の事実から〔1〕の事実を推測し,これに〔2〕,〔3〕(さらには〔4〕)の事実を総合して被告人が犯人と認定している。次のとおり,弁護人の主張を踏まえながら検討したところ,1審判決が,上記(1)の事実に関して防犯ビデオに映った車両のうち,午前4時52分以外の通行車両についても被告人使用車両と認めた点は,論理則,経験則等に照らして不合理であって是認できない。
 
しかしながら,それ以外の間接事実の認定は,論理則,経験則等に照らして不合理とはいえず是認できる。
ア 被告人が被害者宅のあるb方面に行っていた理由について合理的な説明がないという点(上記(c)の事実)について
 
1審判決は,被告人が,本件当日は自宅に被告人と介護を要する被告人の祖母しかいなかったのに,あえて祖母を自宅に置いて午前3時ないし午前6時という時間帯に被害者宅方面に行っていた理由について合理的な説明がないとしている。
 
これに対し,弁護人は,1審判決の上記認定が被告人の黙秘権を侵害しており,1審の訴訟手続には法令違反がある旨主張する。
 
この点に関する被告人の供述状況をみると,被告人は,1審公判において,本件当日の運転の有無に関して都市高速道路の領収書を見せられて質問され,都市高速道路を使った記憶はない旨答えており,その記憶がない理由について問われると,「状況的には初めてのマンツーマンの祖母の介護を私が責任を持たなければいけないという状態で一杯一杯だったという認識しか,その日付を言われて,自分の中で確実に表れてくるのはその部分ですね」と供述している。このように,被告人は単に被害者宅方面に行った記憶がないと述べているに過ぎず,被告人がb方面に向かう都市高速道路及びb有料道路を利用したのは,同領収書が発行された日の1回のみであるというのであればともかくとして,その利用状況が不明である上,この間に1年4か月余りが経過していることを考慮すると,都市高速道路の領収書を見せられても当時の記憶が欠落したままでよみがえらないといったこともあり得ないわけではないことから,かかる供述から同方面に行っていた理由について合理的な説明がないという事実を認定している点には説明不足に加えていささか論理の飛躍があるようにも思われる。しかしながら,1審は,記憶がないという被告人供述を信用できないと考えた上で,被告人が被害者宅方面に行った記憶を有しているにもかかわらず記憶がないと言っていることを,合理的な説明がないことと同視したのではないかと解され,そのような1審の判断もあながち不合理とまではいえないことから,1審判決の当該認定を否定するのは,事後審である控訴審としては差し控えるべきであると考える。
 
そして,上記のとおり,被告人は質問に対して黙秘権を行使することなく回答しており,1審判決はこの回答に基づいて上記事実認定を行っているのであるから,被告人の黙秘権を侵害したとはいえず,弁護人の主張はその前提において誤りである。
イ 防犯ビデオに映った車両と被告人使用車両の特徴が一致すること(上記(1)の事実)について
 
1審判決は,被告人使用車両が,午前4時52分にライトを消した状態で被害者宅がある東方から走行してきてコンビニエンスストア前交差点の対面赤信号を回避するように同店駐車場を横切って北方に走り去った事実(以下「午前4時52分の通行」という)に加えて,午前4時6分,11分,28分,44分に,同店駐車場が面している道路や同店駐車場を4回にわたって走行している事実(以下「午前4時52分以外の通行」という)を認定している。
(ア)午前4時52分の通行について
 
この点に関しては,同店駐車場を横切った車両が被告人使用車両と同一である旨の映像・画像解析の専門家であるB作成の鑑定書及びBの1審公判供述(以下合わせて「B鑑定」という)がある。1審判決が,防犯ビデオに映っている午前4時52分の通行車両が平成10年10月から平成12年3月に販売された「車種甲」であり,被告人使用車両と同車種・同年式であることに加え,ナンバープレートにフレームが付いていること,エンブレムがないこと,ナンバープレートの4桁目が数字ではなく「・」であるという特徴が被告人使用車両と一致することが認められるとし,その限りでB鑑定の信用性を認めた点については是認できる。
 
弁護人は,Bが,1審公判において,〔1〕被告人使用車両のナンバープレートが「・・17」であるにもかかわらず,2桁目の数字が「1ではない」と供述し,〔2〕被告人は髪を染めたことがないにもかかわらず,運転者の髪が「茶髪系である」と供述しており,これらの点はB鑑定の核心部分であることから,B鑑定の全体の信用性が損なわれる旨主張する。
 
確かに,Bは,〔1〕,〔2〕に関して弁護人が指摘するような供述をした後,検察官から再確認の質問をされると,〔1〕については「車が動いていることを加味すれば1も考えられる」,〔2〕については「オリジナルの画像で見ると黒髪であることは除外されない」旨供述しており,供述に変遷がみられる。しかしながら,鑑定書には,〔1〕については「(左から)3番目は上下余り太さの変わらない縦長の数字,4番目の数字は上部が大きな数字と見られるがはっきりした形が不明である」,〔2〕については「髪は黒もしくは暗褐色系」と記載されているに止まり,上記変遷部分は,鑑定書に記載されていないものである上,〔1〕についてはBが1審公判においてナンバープレートに関して最初に概括的な確認をされた際に,「「・」がある部分以外の数字は読めなかった」,「数字,文字として読み取れたところはありません」と述べていることにも現れているように,Bは,1審公判において,検察官に細かな確認をされたのに応じて推測を述べたに過ぎないといえる。そして,1審判決が信用性を認めた部分(運転者の髪の色は含まれていない)については,各鑑定書添付の写真や防犯ビデオの映像等の客観的証拠と照らし合わせてその内容が整合していることが確認できる。したがって,弁護人が主張するように,上記のような変遷があったとしても,B鑑定の全部の信用性が損なわれるとはいえず,弁護人の主張は採用できない。
 
また,弁護人は,被告人使用車両である平成10年式「車種甲」は全国で3万128台が販売されていること,ナンバープレートにフレームが付いている車両の数は不明で,エンブレムがない車両も中古店において流通しており,ナンバープレートの4桁目が「・」になる確率は高いことなどから,それぞれの間接事実の有する推認力は弱く,それらの事実を量的に積み重ねても推認力が質的に増大するものではないことから,防犯ビデオに映った車両が被告人使用車両と同一とは認定できない旨主張する。
 
確かに,同車種の販売台数は多いものの,被告人使用車両にはナンバープレートにフレームが付いており,エンブレムがなく,ナンバープレートの4桁目が「・」という3つの特徴を備えており,防犯ビデオに映った車両がそのすべての特徴を有しているのであるから,1審判決が指摘するとおり,被告人使用車両でない確率が相乗的に低下しているといえ,弁護人の主張は採用できない。
(イ)午前4時52分以外の通行について
 
弁護人は,1審判決は,午前4時52分以外の通行車両についても被告人使用車両との同一性を何ら理由を付すことなく認定しているが,そのような認定をするのであれば根拠を示すべきであり,逆に根拠がないのであれば,被告人使用車両との同一性を認定することはできないと主張する。
 
なるほど,1審判決は,これらの通行についても,特段理由を付すことなく防犯ビデオに映った車両と被告人使用車両の同一性を肯定しているため,その判断の当否については1審で取り調べられた関係証拠を検討して行う以外に方法がない。
 
しかしながら,午前4時52分以外の4回の通行については,被告人使用車両との同一性に関する専門家による個別の鑑定も,防犯ビデオに映った各車両がすべて同一車両であるとの鑑定もなく,同一性を判断する証拠は防犯ビデオの映像しか存在しないところ,同映像が不鮮明であることから防犯ビデオに映った車両についてその車種・年式や上記3つの特徴の有無を確認することはいずれも困難であり、同映像から確認できる事項は,当該車両が黒っぽい色の軽自動車であることやテールランプのフレアー(光がにじんで広がる様子)等が被告人使用車両のそれと類似していること程度であり,その証明力は非常に弱い。そして,弁護人が提出した防犯ビデオの午前3時30分から午前5時30分までの映像を調査した調査結果報告書及び防犯ビデオの映像によれば,ボディーカラーが黒,形がワゴン・ハッチバック,ナンバーの色が黄色という被告人使用車両と共通点を有する自動車は,放火発生の約1時間前の午前3時40分ころから放火発生の約32分後の午前5時12分ころまでの間に,1審判決が被告人使用車両と認めた5回の通行以外に6回も通行していることが認められ,この6回の通行車両と1審判決が被告人使用車両と認めた午前4時52分以外の通行車両の異同を判別することは困難である。
 
そうすると,午前4時52分以外の4回の通行車両が被告人使用車両であることを認めることは論理則,経験則等に照らして不合理といえる。この点に関する弁護人の主張には理由がある。 
ウ「被告人使用車両の運転者である被告人が放火に関係していると推測される」(上記〔1〕の事実)という点について
 
まず,被告人使用車両の運転者が被告人であるという点(上記(4)の事実)について,弁護人は,1審判決がこの事実を認定せずに上記〔1〕の事実を認定しており,論理性を欠いている旨論難する。確かに,1審判決が,上記(4)の事実をどのような間接事実から認定したかについては必ずしも明確ではないものの,当夜被告人しか同車両を運転する者がいなかったことや上記(b),(c)の事実から認定したものと理解でき,この認定については是認できる。
 
次に,1審判決が,上記(1)ないし(4)の事実から,被告人使用車両の運転者と認められる被告人が「放火に関係していること」を「推測」していることについて検討する。
 
確かに,上記(1)の事実については,午前4時52分以外の通行車両が被告人使用車両と認められないことから,被告人の「不審な行動」の程度は相当程度低下するものの,上記(a)ないし(c),(2)ないし(4)の事実を総合すれば,被告人が本件放火の犯人である可能性は認められる。したがって,当該可能性が認められるという意味では,「被告人が放火に関係していると推測」することもできなくもないことから,上記〔1〕の事実に関する1審判決の判断も是認できる。
 
もっとも,後記のとおり,被告人が本件放火の犯人でない可能性もあることから,「推測」(ある事柄に基づいておしはかるという意味)という表現を使用したことの妥当性には疑問がある。また,被告人の犯人性が争われている本件において,その中核的な間接事実の中に「何らかの形で犯行に加担しているという意味」にしか解することのできない「関係している」との非常に不明確な表現を用いることも不適切といえる。
エ 犯行動機(上記〔4〕の事実)について
 
弁護人は,被告人は,公訴事実に記載されたような犯行動機を認めることはできないことから,中傷ビラの張り付け等を行っていない旨主張するが,被告人が自宅で使用していたパソコンには中傷ビラと同内容のデータが保存されていることや被告人名義の携帯電話から被害者宅へ多数回の無言電話がされていることなどの事実に照らせば,上記〔4〕の事実を認定した1審判決は是認することができる。弁護人の主張は採用できない。
(3)間接事実に基づく推認過程について
 
上記のとおり,上記(1)の事実の認定には,一部是認できないところはあるものの,「被告人が,自動車を運転し,放火発生時刻に近接した午前4時52分に,放火現場に近いコンビニエンスストアの駐車場を1回無灯火で横切った」という1審判決が上記〔1〕の事実を認定するに当たって基礎とした中核となる間接事実は認定できることから,上記〔1〕ないし〔3〕(さらには〔4〕)の間接事実を総合して被告人の犯人性を肯定した1審判決が論理則,経験則等に照らして不合理といえるかどうかについて次に検討する。
 
まず,本件放火発生から約12分後に,放火現場から約300メートル離れた地点で被告人が自動車を運転していたことは,被告人が本件放火の犯人である可能性を示す事実であるものの,犯行の機会が被告人にしかないということまで認められるものではない。放火状況をみても,被害者宅は,一般住宅が密集した新興住宅地の南西角地に位置し,西側及び南側は市道に面しており,本件放火は,被害者宅の西側の市道から約5メートル入ったところにある勝手口とそこから約7メートル奧(東側)に入ったところにある駐輪場所付近に灯油を撒くという方法でなされたものであるところ,門扉等がないことから各放火地点には誰でも自由に出入りができ,放火方法にも特殊性はないことから,放火現場の状況等から犯人像を絞り込むことも犯行の機会が被告人にしかなかったと認定することも困難といえる。また,被告人宅や被告人使用車両からも被告人と本件放火とを結びつけるに足りる証拠は見つかっていない。
 
次に,被告人が被害者宅付近に出向いて,不自然な運転をしていた理由について考えてみると,確かに,被告人が被害者とは何ら関係しない理由で被害者宅付近を訪問する理由は証拠上見当たらないことから,被告人が被害者に関係する理由で被害者宅付近に出向いた事実は認めることができる。
 
しかしながら,被告人は,当時,被害者と不倫関係にあり,1審公判においても,被害者との関係を続けていくことについて悩んでいたと述べていることから,被告人が,嫌がらせ等の行為をするためではなく単に被害者あるいはその家族の様子をうかがうという理由で被害者宅付近を被告人使用車両を運転して徘徊することがないとはいえない。また,仮に,被告人が怨恨に基づく何らかの嫌がらせ等の行為に関連して被害者宅付近に出向いた可能性があるとしても,中傷ビラの張り付けがないことから,直ちに放火行為を行うために赴いたと断定することはできない。なぜなら,中傷ビラを張ろうと思ったが何らかの事情で止めて現場付近を徘徊しただけ,あるいは,それ以外の何らかの中傷行為をするため,又はその下見のために出向いて徘徊したといった説明が可能であり,そのような可能性を排斥することができる証拠は存しないからである。不自然な運転についても,証拠上認定できるのは1回無灯火で駐車場を横切ったというものであるところ,無灯火である理由には様々なものが考えられることから,犯罪発覚を防ぐためという理由に限定することは難しく,仮にそうだとしてもその「犯罪」が本件放火を指すと限定することは更に困難であり,また,駐車場を横切ったことについても面前の信号が赤だったことや交通が閑散とした時間帯であったことに照らせば,不自然の度合いはそれほど高くないといえる。
 
さらに,上記〔4〕の犯行動機についてみると,確かに,被告人が行っていた中傷行為がエスカレートしていって放火行為に及んだ可能性はある。しかしながら,執拗な無言電話や嫌がらせメールなどの迷惑行為や中傷ビラの張り付けといった名誉毀損行為と現住建造物への放火行為には重大性において大きな違いがあるから,迷惑行為や名誉毀損行為をしたからといって,放火行為もするはずであるとまではいえない。また,放火が怨恨等の動機に基づいて行われる場合も少なくないことから,その意味では動機を有する被告人が犯人である可能性はあるものの,被害者やその家族に怨恨等を抱いている人が被告人だけであるとは限らない(本件放火が発生してから公訴事実第2の事件が発生するまでの間には,本件放火の犯人として被告人以外にも複数の人物が捜査の対象となっていた)。しかも,放火は,被害建物の住人に対する怨恨等の格別の動機もないのに行われることもある(例えば,愉快犯,あるいは自己のうっ憤を晴らすために無関係の第三者方に放火するといったことがあるのは経験的に認めることができる)。そうすると,犯行動機の推認力を過大視することはできない(現に,1審判決も上記〔4〕の犯行動機を他の証拠によって被告人が犯人であると認定された後の補強要素として位置づけている)。
 
以上によれば,確かに,1審判決が有罪認定の基礎とした間接事実は,いずれも被告人が犯人であるとすれば,それと矛盾しない事実であり,被告人が犯人であることについて濃厚な嫌疑があることは否定することはできないものの,その間接事実はいずれも単独では被告人の犯人性を断定することができるまでの証明力がないことから,これらの間接事実を総合し,その相乗効果により被告人が犯人であると認定するためには,さらに慎重な検討が求められるといえる。
 
そこで,認定された間接事実中に被告人が犯人でないとしたならば合理的に説明することができない(あるいは,少なくとも説明が極めて困難である)事実関係が含まれているかどうか(最高裁平成22年4月27日第三小法廷判決,刑集64巻3号233頁参照)について検討する。1審判決は,この点に触れておらず,評議の有無,内容は不明ではあるものの,本件においては,仮に被告人が犯人でないとすれば,被害者やその家族に対して迷惑行為や中傷行為を行っていた被告人が,介護を要する祖母を家に置いたまま,放火以外の何らかの理由で早朝,自動車で被害者宅付近に出向き,放火発生直後の時間帯に無灯火で被害者宅付近のコンビニエンスストア駐車場を横切るという行動をとり,何らかの理由で被害者宅の周辺の家には放火されず,被害者宅だけが放火されたという事実関係が想定され,これらが合理的に説明できない,あるいはそれが著しく困難といえるかどうかを検討することとなると考えられる。
 
まず,被告人の行動については,上記のとおり,被告人が,中傷ビラの張り付けを含む何らかの中傷行為をするため,又はその下見のために被害者宅付近に出向いて上記のような行動をとったと説明することが可能であり,そのような説明が不合理であるとはいえない(なお,1審判決は,被告人の現場近くでの不審な行動について検討する中で,午前4時52分の通行は,被告人が消火作業を認識し,火災発生を知った上で逃げた事実であると認定しているが,上記のとおり,無灯火での駐車場横切りには複数の理由が考えられる上,自分に後ろめたいことがあり,放火犯人と思われるのを避けるために逃げたという説明も可能であって,この点も不合理とはいえない)。また,放火の発生についても,上記のとおり,放火は格別の動機なく無差別的に行われることもあることから,被害者宅だけが放火されたことが合理的に説明できない,あるいは著しく困難とはいえない。
 
そうすると,本件では,間接事実中に被告人が犯人でないとしたならば合理的に説明することができない(少なくとも説明が極めて困難である)事実関係は含まれていないといえる。
 
以上を踏まえると,上記間接事実から被告人が本件放火の犯人であると推認することには論理則,経験則等に照らして合理的な疑いが残るといえる。
 
なお,1審において検察官が主張した犯行をうかがわせるというブログの存在,被告人が本件犯行の12日前と4日前である平成21年11月16日と同月24日にそれぞれ40リットルの灯油を購入していたことといった1審判決が明示的には有罪認定に用いていない間接事実を考慮しても,上記結論は変わらない。すなわち,まず,ブログについては,被告人が犯人であることを前提に読めば犯行を指し示しているようにも思えるものの,被告人のブログは他の日付のブログも含めていずれも非常に散文的かつ抽象的な内容であり,各ブログが現実の生活における出来事について記録したものであると認定することは難しく,上記ブログが本件犯行を指し示すものであると断定することは困難である。また、灯油の購入についても,被告人と同居していた被告人の母親は,検察官調書において,被告人宅では冬の間ほとんど一日中石油ストーブをつけたままにしており,同年12月6日に自分が怪我をする前は1回に40リットルずつ買うようにしていたが,怪我した後は30リットルずつ買うようになったと述べており,それを裏付けるガソリンスタンドの領収証によれば,上記11月の2度の購入の後,同年12月4日に40リットル,平成22年1月23日に30リットル,同年2月から4月はそれぞれ上旬,中旬,下旬の3回,各30リットルが購入されていると認められ,上記11月の2度の購入は,購入時期も量も不自然とはいえない。結局のところ,検察官が指摘する上記間接事実の推認力はあったとしても非常に弱いといえる。
 
以上のとおり,当裁判所は,1審判決が有罪の根拠とした間接事実の一部に事実誤認があり,かつ,関係証拠から認められる間接事実によっては,被告人が本件放火犯人であると合理的な疑いを超えて立証されたとは認め難いことから,被告人を本件放火の犯人であると認定した1審判決の事実認定は,論理則,経験則等に照らして不合理であると判断した。 
 
したがって,1審判決の有罪部分には,判決に影響を及ぼすことが明らかな事実の誤認があり,事実誤認をいう弁護人の主張には理由がある。
第3 破棄自判
 
以上の次第で,刑訴法397条1項,382条により1審判決中有罪部分を破棄し,同法400条ただし書により被告事件について更に判決することとし,本件公訴事実中現住建造物等放火の点についてはすでに検討したとおり,犯罪の証明がないことになるから,同法336条により被告人に無罪の言渡しをする。
平成23年11月2日
福岡高等裁判所第3刑事部
裁判長裁判官 陶山博生 裁判官 溝國禎久 裁判官 中村光一

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