放火福岡2

放火福岡2

福岡地方裁判所/平成22年(わ)第951号

主文
被告人を懲役4年に処する。
未決勾留日数中180日をその刑に算入する。
本件公訴事実中建造物等以外放火の点については,被告人は無罪。

理由
(罪となるべき事実)
 
被告人は,平成21年11月28日午前4時40分ころ,福岡県糸島市(当時前原市)ab丁目c番d号のA方建物北側において,その勝手口及び駐輪場所に,それぞれ灯油を撒き,これに何らかの方法で点火して火を放ち,その火を,現に同人ほか6名が住居に使用している木造スレート葺2階建家屋(床面積合計約181平方メートル)に燃え移らせ,よって,同家屋の勝手口ドア及び勝手口外階段床板等を焼損させて(焼損面積合計3平方メートル),現に人が住居に使用する建造物を焼損した。
(証拠の標目)記載省略
(事実認定の補足説明)
 
現住建造物等放火被告事件について,被告人を犯人と認めた理由は,以下のとおりである。
1 火災が放火によるものであること
 
関係証拠によれば,平成21年11月28日未明,被害男性方建物(以下「本件建物」という。)北側の駐車場付近から出火しているのを近隣住民が目撃し,午前4時44分に119番通報しているところ,本件建物の家人が目撃した火災状況や本件建物の焼損状況から,本件建物北側の勝手口と駐輪場所付近の2か所から火の手が上がっており,自然に飛び火して2か所同時に出火した可能性は考えがたいこと,いずれの場所からも灯油の付着が認められたこと,2か所とも火源が確認されなかったことからすると,何者かが2か所に灯油を撒いて火を放ったものと認められる。
2 被告人が放火犯人と認められること
 
本件建物付近のコンビニエンスストアの防犯ビデオに,被告人使用車両(スバルプレオ,黒色)が,出火前後に同店前交差点を何度も走行する姿が映っており,その中には,ライトを消したまま,対面赤信号で停止するのを回避するためにコンビニエンスストア駐車場を突っ切り走行している不審な行動があり,このような被告人使用車両の走行時刻,走行状況と,本件建物放火時刻との近接性,コンビニエンスストアと本件建物の位置関係からすると,被告人使用車両の運転者が放火に関係していると推測される。そして,当夜は被告人しか同車両を運転する者がいなかったこと,被告人が高齢で介護を要する祖母と2人きりであったのに外出していることから何らかの目的を持って外出したと考えられること,当夜は中傷ビラの貼り付けなどはなく本件建物の放火しか起きていないことからして,被告人が本件建物放火犯人であると認めることができる。さらに,被告人が,不倫関係にある被害男性の自宅電話に何度も無言電話を掛け,被害男性の妻に嫌がらせメールを送り,被害男性やその家族を中傷するビラを被害男性の職場関係先や自宅周辺に送付したり,貼り付けたりする行為に及んでいたことが認められ,このような執拗な嫌がらせを行っていたことは,被告人が本件放火に及ぶ動機があったと考えて矛盾しない事情であり,被告人が犯人であることを補強するといえる。以下,主要な点について詳論する。
・本件放火発生頃の現場近くでの不審な行動について
 
関係証拠によれば,本件建物から直線距離で約300メートルに位置するコンビニエンスストアの防犯ビデオには,本件放火事件発生日である平成21年11月28日の,〔1〕午前4時6分と〔2〕午前4時11分に,北方から走行してきて同店前交差点を左折して本件建物がある東方に走り去り,〔3〕午前4時28分,ライトを消した状態で本件建物がある東方から走行してきて同店前交差点を右折して北方に走り去り,〔4〕午前4時44分,北方から走行してきて同店駐車場を斜めに突っ切り本件建物がある東方に抜けて走り去り,〔5〕午前4時52分,ライトを消した状態で本件建物がある東方から走行してきて同店前交差点の対面赤信号を回避するように同店駐車場を突っ切り北方に抜けて走り去る被告人使用車両が映っている。
 
当夜同車両を運転できる者は被告人しかおらず,被告人は,被害男性方自宅が本件建物であると知っていたと認められるところ,周囲が暗い〔5〕午前4時52分という時間に,ライトを消して本件建物がある東方から走行してきており,対面赤信号により交差点で停止するのを回避してコンビニエンスストアの駐車場を突っ切っている。本件建物の出火が午前4時40分ころ,糸島消防署の消防隊が指令を受け出動したのが午前4時47分であるから,午前4時52分という時刻は,まさに被害男性らが屋外に出て消火作業をしているなどの火事騒ぎが起きていた時間帯である。このような状態は,コンビニエンスストア前交差点に通じる道路からも確認できたと推測され,被告人使用車両の行動は,本件建物が火事になっていることを知った上で,周囲から発見されないように逃走していると考えられる不審な行動である。
 
そして,防犯ビデオに映された〔5〕午前4時52分の被告人使用車両と同じ車両とみられる車両が,それ以前の〔3〕午前4時28分にコンビニエンスストア前交差点に本件建物がある東方からライトを消して走行してきて北方に通過した後,出火直後の〔4〕午前4時44分に北方から走行してきて同店駐車場を突っ切り本件建物がある東方に走行している。本件建物あるいはその近隣には,コンビニエンスストア前を北上しても住宅街主要道路を走行して容易に行き着くことが可能であり,かつ,主要道路を走行して再びコンビニエンスストア前に東方から至る位置関係にあるから,この車両が出火時刻ころに本件建物近くに赴いたと考えて整合する。
 
このような被告人使用車両の走行時刻,走行状況と,本件建物放火時刻との近接性,コンビニエンスストアと本件建物の位置関係からすると,当該車両を運転していた被告人が放火に関係していると推測される。
・防犯ビデオの車両と被告人使用車両との同一性について
 
弁護人はB鑑定の信用性を争い,防犯ビデオに映った軽自動車は被告人使用車両とは認められない旨主張する。しかし,防犯ビデオに映っている車両が平成10年10月から平成12年3月期に販売されたスバルプレオ660RMであり,被告人の使用車両と同車種・同年式であることに加えて,ナンバープレートにフレームがついていること,エンブレムがないこと,ナンバープレートの4桁の左端が数字でなく「・」であるという特徴が被告人使用車両と一致することが認められ,その限りではB鑑定の信用性に疑問はない。
 
次に,平成22年1月2日,被告人使用車両を捜索した結果,平成21年11月28日午前3時から午前4時までの間に福岡都市高速道路の名島料金所で流入して天神方面に向かい,同日午前零時から午前5時30分までの間に前原有料道路に前原料金所で流入し,午前5時から午前6時までの間に福岡西料金所を経由して福岡都市高速道路に流入して福岡市内に向かい走行したことを示す領収書が発見された。被告人方から被害男性方までの走行所要時間を考慮すると,この領収書は,被告人が被告人使用車両を運転して自宅を出発し,福岡都市高速道路を経由して午前4時6分までに前記コンビニエンスストア付近に至り,午前4時52分ころまでコンビニエンスストア周辺にいた後に,前原有料道路,福岡都市高速道路を経由し自宅に戻ったとして整合する走行経路を示している。
 
B鑑定やC証言のみから,防犯ビデオに映った軽自動車が被告人使用車両であると疑いなく認定することはできないが,前記B鑑定や領収書,さらに以下に述べるような事情からは,それが被告人使用車両であると認めることができる。すなわち,ナンバーの左端が「・」で車両色が黒色様の同型式プレオが本件放火事件当時何台程度登録されていたかを示す車籍照会等の証拠があればより確実に判断可能であると考えられ,そのような立証まではないが,常識的に考えても,ナンバープレートにフレームがついていて,ナンバーの左端が「・」であり,エンブレムを外したまま走行している同型式の黒色様プレオが多数台存在するとは考えがたい上,前記領収書が時間的にも場所的にも防犯ビデオに映された車両のものであることと整合する一方,被告人使用車両が防犯ビデオに映された軽自動車でないとすると,被告人使用車両が領収書に整合するように糸島市辺りを走行しているころに,被告人使用車両と同様にナンバーの左端が「・」でエンブレムなし等の黒色様の同型式車両が,偶然本件現場付近を走行していたということになるが,その可能性は常識的にみてさらに考えがたい。そして,被告人は,同居する母親がその日は外泊していて,自宅には被告人と介護を要する被告人の祖母しかいなかったのに,あえて祖母を自宅に置いて午前3時ないし午前6時という時間帯に前原方面に行っていた理由について,合理的な説明がないことも踏まえると,前記防犯ビデオに映された軽自動車が被告人運転の被告人使用車両であると認めることができる。弁護人の主張は採用できない。
・その他検察官が主張する事実について
 
被告人が本件建物に住む被害男性と不倫関係にあり,被害男性が被告人との関係を直ちに解消しようとしていなかったことは,メールのやり取りなどの関係証拠から明らかであり,起訴状の公訴事実に記載された犯行動機を認めることはできない。
 
しかしながら,被告人が,被害男性の自宅電話に多数回の無言電話を掛けたこと,被害男性の妻宛てに嫌がらせメールを送信したこと,被害男性やその家族を誹謗中傷するビラを貼ったりしたことが認められ,この一連の状況からすると,被告人が,被害男性やその妻らに何らかの不満や憎しみなどの気持ちを持っていて,本件放火に及んだとして不自然でなく,被告人が犯人であることを補強するといえる。
 
被告人は,上記の無言電話等をしていないと否定している。しかし,被告人が自宅で使用していたパソコンから,郵送ないし貼り付けられた誹謗中傷ビラと同内容のデータが発見されていること,被告人名義の携帯電話から,平成21年10月に186回,11月に555回,12月に207回,被害男性の自宅固定電話に対し無言電話がされており,かつ,携帯電話の発信場所は被告人の自宅近辺であること,被害男性の妻宛てに送信された嫌がらせメールの送信元メールアドレスの連絡先アドレスが,被告人が普段使用している携帯電話のメールアドレスを登録アドレスとして取得されていることなどから,被告人がビラ貼りや郵送,嫌がらせメールの送信,多数回にわたる無言電話を行っていたことが認められる。
・以上のとおり,被告人が放火犯人であると認めることができる。
(法令の適用)
 
罰条        刑法108条
 
刑種の選択     有期懲役刑を選択
 
酌量減軽      刑法66条,71条,68条3号
 
未決勾留日数の算入 刑法21条
 
訴訟費用の不負担  刑訴法181条1項ただし書
(一部無罪の理由)
1 建造物等以外放火の公訴事実は,「被告人は,かねてより不倫関係にあったAが,その関係を解消しようとしたことに憤慨し,そのうっ憤を晴らすため,平成22年1月2日午前4時ころ,福岡市東区e団地f番e団地g棟北側来客用駐車場において,同所に駐車中の前記Aの妻D所有に係る普通乗用自動車に点火して火を放ち,よって,同車両のエンジンルーム,ボンネット等を炎上させてこれを焼損させ,そのまま放置すれば,隣接して駐車中の車両及びこれに近接した前記e団地g棟に延焼するおそれのある危険な状態を発生させ,もって公共の危険を生じさせたものである。」というものである。
2 自動車販売会社の火災調査結果によれば,エンジンルームが焼損している一方,加熱したエンジン,電気系統のトラブル,ガソリン漏れなど車両の機器のトラブルによる出火ではないこと,エンジンルームを中心にフロント部分が燃焼しているが,車体下部や車輪に燃焼跡はないことなどの車両の焼損状況からすると,放火方法は不明であるが,何者かが火を放ったものと認められる。そして,被告人が犯人であるとする点に関する検察官が主張する間接事実は,いずれもそのとおり認定できる。
 
なお,弁護人は,E証言の信用性を争い,犯行直後被告人使用車両が被告人方になかったという点を争うが,E証人は,自動車放火事件の発生を知って,容疑者として浮上していた被告人の様子を確認しに被告人方に行ったのであり,被告人使用車両の有無を見間違うとは考えがたい。被告人使用車両が駐車されていたかどうかについてのE証言の信用性に疑問はなく,弁護人の主張は採用できない。したがって,事件発生の40分後の時点で被告人が同車両に乗車して外出していたと認められる。
 
また,弁護人は,F証言の信用性を争い,F刑事が現認追跡した車両が「福岡・117」の黒色プレオであることに疑いがある旨主張する。しかし,F刑事は,被告人使用車両を知っていた上,ナンバー偽装した被告人使用車両と疑って張り込み,追跡していたのであるから,F証言の信用性に疑問はない。
 
さらに,弁護人は,証拠品の黒色ビニールテープ片について,その領置発見過程が不自然であるとして,被告人使用車両内のゴミ袋内にあったことに疑問を述べる。しかし,E証人が述べる領置発見過程に疑問があるとまではいえない。したがって,黒色ビニールテープ片が被告人使用車両内から発見されたこと自体は認められる。
 
しかしながら,1月2日,F刑事に目撃された車両は追跡を振り切り逃走したのであるから,ナンバー偽装の痕跡であるテープ片を車内に残したまま1月22日まで放置するとは考えがたい。また,弁護人も指摘するように,ナンバーを偽装するにしては切断方法が雑であるし,テープ片は1片しか発見されていない。そうすると,発見されたテープ片を1月2日のナンバー偽装に用いたと認めるには疑問がある。もっとも,テープ片の長さや幅は概ねナンバープレートの「1」と符合する上,テープ片は縦方向にも切断されているが,一巻きのテープを縦に切断する用途はあまり考えられないし,「・・17」のナンバーに「1」を付け加えて偽装するのが容易であることから,テープ片は,被告人がナンバー偽装方法を知っていたことをうかがわせる。
 
そして,F刑事が目撃した車両が被害男性方付近の様子をうかがっていたことも併せ考えると,F証人が目撃した車両は,ナンバーを偽装した被告人使用車両であると認められる。
3 検察官が主張するように,自動車を被告人が放火したとして各間接事実は整合し,被告人が犯人である可能性は高いといえる。しかしながら,被告人が事件発生時ころに放火現場であるe団地付近にいたことを示す証拠はない。
 
たしかに,事件発生直後被告人方におらず,事件発生後に被害男性方をうかがい,しかも追跡を振り切り逃走するという不審な行動を取っていたのであるから,自動車放火事件と関係していると推測できるけれども,時間的には,被告人方から犯行現場に寄らずに糸島警察署前を走行していたとしても矛盾はなく,被害男性方をうかがっていたのも,ビラ貼りなどをしようとしていただけであるとか,あるいは再度住宅に放火しようと様子をうかがっていただけであるとかという可能性も完全には否定できない。また,被害男性の妻の車両という特定の車両を狙った犯行であることや,無言電話などの嫌がらせ行為,さらに,住宅放火事件を被告人が犯しており,自動車放火事件がこれらと一連の犯行ともみることができることなど,検察官の主張を多方面から検討しても,結局,事件発生時刻ころ現場付近に被告人がいたことを示す証拠はなく,被告人が疑いなく犯人であると認めるに足りる証拠はないといわざるを得ない。
 
したがって,建造物等以外放火の点については、被告人を犯人と認めるには合理的な疑いが残り,結局犯罪の証明がないことになるから,刑訴法336条により被告人に対し無罪の言渡しをすることとする。
(量刑の理由)
1 本件は,被告人が,不倫関係にあった男性の,住宅街にある民家に放火し,同建物の一部(焼損面積3平方メートル)を焼損させた現住建造物放火の事案である。 
2 男女関係や怨恨による現住建造物等放火事案の量刑傾向も参照した上,本件の刑を決める上で重視した事情は以下のとおりである。
・犯行現場は,一般住宅が密集した新興住宅街にある民家であり,犯行時刻は午前4時40分ころと,一家7名が就寝中の時刻であった。被害者らの生命に対する危険があっただけでなく,近隣住宅にも被害を及ぼしかねない大変危険な犯行である。
 
灯油を用い,しかも建物の2か所に放火するなど,犯行態様も危険で悪質である。
 
被害者ら家人の恐怖感や,近隣住民に与えた不安も大きい。
・幸いにして家屋の焼損箇所は勝手口周辺3平方メートルにとどまっている。
・被告人が犯行に及んだ動機は明らかでなく,不倫関係にあった被害男性の妻や家族らに対する度重なる嫌がらせの末に犯行に及んでいることなどからは,被害男性の家庭を壊したい,無いものにしたいとして行った身勝手な犯行とも推察されるが,一方で,男女関係を基因とするもので無差別的な放火等ではない。放火自体が身勝手で許される行為でないことはいうまでもないものの,被告人のみを一方的に責めることはできない。
 
被告人は,うつ状態の悪化で平成21年4月から休職中であった上,被告人と被害男性との間のメールなどのやり取りから,本件犯行頃は精神的にも肉体的にも追い込まれていた状況がみてとれ,精神的に不安定な中で,被害男性に対する感情を持て余した挙げ句の犯行とみることもできるのであって,このことは被告人のために一定程度考慮することができる。
3 以上のとおり,住宅密集地で家人が就寝中の民家に灯油を撒いて放火した危険な犯行であり,その刑事責任は重いが,幸いにして家屋の焼損は勝手口周辺の一部にとどまったことに加えて,男女関係による放火事犯であるという事情に,被告人に前科がなく初めて服役することなども併せ考慮すると,法定刑の下限である懲役5年の刑はやや重すぎることから,酌量減軽をした上で,懲役4年の刑に処するのが相当であるとの結論に至った。
 
裁判員6名とともに審理し評議を尽くした結論は以上のとおりである。
(求刑 懲役7年)
平成23年3月18日
福岡地方裁判所第4刑事部
裁判長裁判官 田口直樹 裁判官 杉本正則 裁判官 池田幸司

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