放火福岡3

放火福岡3

福岡高等裁判所/平成19年10月31日第一刑事部判決

主文
本件控訴を棄却する。
当審における未決勾留日数中170日を原判決の刑に算入する。

理由
 
本件控訴の趣意は,主任弁護人富永孝太朗,弁護人池田耕一郎,同椛島修,同角倉潔連名提出の控訴趣意書に記載されたとおりであり,これに対する答弁は,検察官八田健一が提出した答弁書に記載されたとおりであるから,これらを引用する。
 
そこで,記録を調査し,当審における事実取調べの結果を併せて検討する。
第1 控訴趣意中,訴訟手続の法令違反の主張について
1 まず,所論は,被告人の捜査段階における供述調書(原審乙5ないし19,21ないし29)には任意性がなく,証拠能力を有しないにもかかわらず,これを証拠として採用し,事実認定の用に供した原裁判所の訴訟手続には,判決に影響を及ぼすことが明らかな訴訟手続の法令違反があるというのである。
 
そこで,記録を調査して検討するに,所論が指摘する被告人の各供述調書は,供述内容としては,被告人に不利益な事実を一部含んでいるものの,各供述内容は,全体としては,いずれも本件各犯行を否認する内容のものであるし,また,一部の調書は一問一答の問答形式で録取されていたり,調書の読み聞け後,被告人の申し出により内容の訂正や補足がなされていたりするものである。しかも,被告人は逮捕当日に3人の弁護人を選任して接見を受け,かつ,被疑者ノート(原審弁4)と称する,自らの取調状況や取調内容を記したメモを作成し,これを見た弁護人からアドバイスを得ながら,また,行過ぎた取調べがなされている兆候が見受けられるや,弁護人側が捜査機関にその都度抗議するという環境の下で捜査官の取調べを受けていたことが認められる。
 
そうすると,上記被疑者ノート及び被告人の原審公判供述にあるように,取調担当警察官らが,被告人の取調べの際,「お前が犯人だ」と被告人を犯人と決め付けたり,「人生は終った早く自供をせい」などと怒鳴られた事実が所論指摘のとおり,事実としてあったとしても,被告人はこれに対して言いなりになって自白をしたり,自らの意思に反して自己の記憶に反した供述を強いられたりした事実は見出し難い(上記被疑者ノートの記載によっても,本件犯行に関連する部分について,調書作成に関し,被告人の言い分を聞き入れてくれなかったり,訂正に応じてくれなかった事実は見出せない)。その他,被告人の前記供述調書の任意性を疑わせるような事実は見出し難い。
2 次に,所論は,燃焼実験報告書抄本(原審甲100。以下「本件報告書」という)は,刑事訴訟法321条3項に定める書面には該当しないのに,同条項の書面に当たるとして,証拠として採用した上,これらを事実認定の基礎とした原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな訴訟手続の法令違反があると主張する。
 
しかし,刑事訴訟法321条3項は,当該書面が意識的に観察され,その直後に詳細に叙述され、口頭で主尋問に答えさせるよりも,調書を提出させた方が正確で理解しやすい上,そうしても反対尋問の効果を損なうことがないという,本条項の書面の特殊性にかんがみ,証人尋問について特殊な方法を定めたものと理解できるところ,本件報告書は,1000件以上,火災原因の調査を行ってきた会社が,福岡県消防学校の依頼を受けて,たんすの燃焼実験を行い,これによるフラッシュオーバー現象発生の可能性を考察して報告した書面であり,実際に実験を担当したA(以下「A」という)は,消防士として15年間の勤務経験もあり,通算,約20年にわたって火災原因の調査,判定に携わってきた人物であることからすると,本件報告書は,私人(有限会社J)作成の文書ではあるものの,捜査機関の実況見分に準ずるだけの客観性,業務性が認められることから,同条項を準用して証拠能力を認めるのが相当である。
 
したがって,本件報告書の作成者Aの証人尋問を実施した上,刑事訴訟法321条3項該当文書として証拠能力を認めて証拠採用した原判決の判断は正当である。 
 
以上のとおりであるから,所論指摘の被告人の供述調書及び本件報告書の証拠能力を認めてこれを採用した原判決に所論のような訴訟手続の法令違反はない。
第2 事実誤認の主張について
1 所論は,被告人は本件放火の犯人ではなく,本件非現住建造物等放火及び詐欺未遂事件については,いずれも無罪であるにもかかわらず,被告人を本件放火の犯人であると認定した原判決には事実誤認があると主張する。
 
原判決が認定した(罪となるべき事実)の要旨は,以下のとおりである。
「被告人は,福岡県大川市にD大川店店舗を所有する渡辺家具産業株式会社の代表取締役であるが,ニッセイ同和損害保険株式会社との間で締結していた上記店舗を目的とする店舗総合保険契約及び日本興亜損害保険株式会社との間で締結していた同店舗内の家具製品等を目的とする店舗総合保険契約に基づく各火災保険金をだまし取ろうと企て
第1 前記店舗に放火して焼損しようと決意し,段ボール片を前記店舗2階に陳列していたたんす引出し内にあらかじめ仕込んでおくなどした上,平成16年11月17日午後9時40分ころから同日午後10時ころまでの間,現に人が住居に使用せず,かつ,現に人がいない同店舗内において,同店舗2階内の上記段ボール片等複数箇所に灯油を散布し,これに着火物で点火して放火し,その火を上記たんす等を介して同店舗天井等に燃え移らせ,よって,同店舗の2階及び3階部分を焼損した
第2 平成17年3月22日ころ,佐賀県佐賀郡諸富町の被告人方において,前記店舗の火災による同店舗内の家具製品等の焼失は,自己の放火によるものであって火災保険金の支払を受けられるものではないのに,その事情を告知せず,日本興亜損害保険株式会社宛ての保険金請求書1通を渡辺家具産業株式会社代表取締役名義で作成した上,同年3月25日,同社保険代理店担当者を介して,これを福岡市の同社九州損害サービス部火災新種損害サービスセンターに提出するなどして,同社担当者に対し,上記火災が自己の故意又は重大な過失によるものではなく,自己に上記火災保険金を受領する正当な権限があるかのように装い,火災保険金(保険金額4000万円)の支払を請求し,その支払を受けようとしたが,自己が非現住建造物等放火罪で逮捕され,同社にその支払を拒否されたため,その目的を遂げなかった
第3 同年4月10日ころ,前記被告人方において,前同様,ニッセイ同和損害保険株式会社宛の保険金請求書1通を渡辺家具産業株式会社代表取締役名義で作成した上,福岡市の同社九州損害サービス部九州火災新種損害サービスセンターに郵送し,同月12日,これを同センターに送達させ,同社担当者に対し,前同様装い,火災保険金(保険金額1億3000万円)の支払を請求し,その支払を受けようとしたが,前記のとおり自己が逮捕され,同社にその支払を拒否されたため,その目的を遂げなかった」
2 そこで,記録を調査し,当審における事実取調べの結果を併せて検討するに,まず,関係各証拠によれば,以下の各事実が認められる。
(1)本件火災が放火によるものであること
 
関係証拠によると,平成16年11月17日,本件店舗近隣に住むEは,本件店舗の火災に気付き,119番通報しようとしたところ,ドーンという大きな音とともに本件店舗の2階の窓ガラスが割れて赤い炎が噴き出しているのを目撃し,午後10時9分,119番通報したこと,その通報を受けて午後10時12分ころから多数の消防士らが本件店舗に駆けつけて消火活動を行った結果,翌18日午前零時51分に火災は鎮圧されたが,3階建の本件店舗の2階及び3階部分(焼損床面積合計約1515平方メートル)が焼損したこと,同月17日午後7時ころ本件店舗は閉店,施錠されており,したがって,本件火災が発見された時には,客はもちろん,被告人ら本件店舗関係者が退去して後,3時間以上が経過していたこと,出火原因については,出火点と想定される本件店舗2階に陳列されていたたんすの中には,引出しが数センチメートルほど開いたままになっているものが多数あり,これらたんす内から,灯油が染みこんだ多数の段ボール片が発見され,また,本件店舗2階に陳列されていた整理ダンスの引出しの中から少量の灯油が入ったペットボトル1本が発見されていることが認められる。そうすると,本件火災は,本件店舗2階に陳列されていたベッドやたんすに上記ペットボトルを使用して撒かれた灯油に何らかの方法で着火されたことによるものと認められ,放火によるものであることが明らかである(なお,所論も,本件火災が放火によるものであること自体は,争っていない)。
(2)本件放火の時間帯は,平成16年11月17日午後9時40分ころから午後10時9分ころまでの間であること
 
上記のとおり,本件火災を発見したEが119番通報したのが午後10時9分であるから,本件放火が行われたのが同時刻以前であることはいうまでもない。他方,被告人は,捜査段階及び原審公判において,本件店舗を午後7時ころに閉店した後,被告人の運転する車で妻のBと一緒に食事に出かけるなどし,午後9時40分ころに,再び妻のBを被告人の運転する車に乗せて本件店舗まで戻り,妻のBは,被告人の車から自分の車に乗り換えて帰宅したが,被告人は,一人で残り本件店舗内に立ち入った,と供述しているところ,この供述は,妻のBの捜査官に対する供述(原審甲38ないし40)によって裏付けられており,その信用性は高いということができる。そして,上記の被告人の供述によっても,また,妻のBの供述によっても,被告人及び妻Bが午後9時40分ころから50分ころまでの間に本件店舗に戻ったときには,本件店舗内での火災の発生をうかがわせる煙や火炎等の異常は何ら供述されていないのであるから,本件火災の放火時刻は,午後9時40分ころ以降であると認められる。
 
なお,本件火災の放火時刻について,原審証人C及び同人作成の鑑定書(原審甲5)は,本件火災を発見者であるEが目撃したドーンという大きな音とともに本件店舗の2階から赤い炎が噴き出したのは,フラッシュオーバー現象であり,Cが実施した燃焼実験によると,本件店舗については,着火後約11分から20分程度でフラッシュオーバー現象が発生する,Eは本件店舗の火災によるフラッシュオーバー現象を目撃した後の午後10時9分に119番通報しているのであるから,フラッシュオーバー現象が発生したのは119番通報の直前である午後10時8分ころから10時9分ころにかけてである,したがって,本件店舗への放火時刻は,午後9時48分ころから57分ころにかけてである,というものである。このようなC証言等による本件店舗への放火時刻の鑑定の結果は,上記放火時刻の認定とも合致しており,その認定と矛盾しない証拠であるといえる。
(3)放火犯は,本件店舗関係者であると推認できること
 
本件火災当時,本件店舗1階に設置されていた火災受信機連動操作盤の非常ベルのスイッチのみがすべて切られていたこと,及び本件火災当時,本件店舗の出入口はすべて施錠されていて,かつ,各鍵穴にいわゆるピッキングの痕跡が認められず(原審証人F,同G及び同Hの各証言,原審甲7),しかも,店舗入口の鍵は5本しかないところ,その鍵を持っていたのは,被告人のほか,長男のL,次男のM及び本件店舗の店長Nであり,残る1本は本件店舗1階の金庫室のキーケースに保管されていたこと(原審甲40,42,44,原審弁1等)からすると,本件の放火犯は,本件店舗内部の構造や設備の操作方法及び家具の陳列状況等を熟知した店舗関係者である可能性が高いということができる。
(4)上記放火犯は被告人であること
 
前記(1)ないし(3)の各事実に加え,関係証拠によれば,本件店舗入口の鍵を持っていた者のうち,被告人以外の者はいずれも本件放火の時間帯にアリバイの成立することが認められるのに対し,被告人は,当日の午後9時40分ころという,本件放火行為がなされたと推認される時間帯に本件店舗内に立ち寄った後(被告人及び妻の捜査,公判での供述,原審甲7,100),本件店舗から車で約6分15秒から7分50秒かかる自宅に午後10時前後に帰宅している(原審甲90,被告人の原審公判供述等)ことからすると,被告人が本件店舗に立ち寄った後,帰宅するまでの間に本件放火行為をすることは十分可能であること,及び,本件犯行当時,被告人の会社は,取引銀行に合計1億4000万円を超える多額の借金を抱え,その返済に窮していたため,元本返済の猶予を得て,利息のみの返済をかろうじて行っている状況であった上,平成14年にフランチャイズチェーンに加盟して業態を変えて以降も,家具の仕入先であるD本部への未納代金が累積していて,厳しい経営を迫られている状態であり,本件店舗及び家具製品等に掛けられていた火災保険の保険金を目当てとした本件放火の動機があることからして,本件放火犯は,被告人であると強く推認することができる。そして,前記(1)の本件放火に使用されたと認められるペットボトルから被告人の指紋と6個の特徴点が一致する指紋が,また,本件店舗1階に置かれていた灯油の入ったポリ容器から被告人の左手拇指の指紋と一致する指紋がそれぞれ検出されたこと(原審甲19,32)は,本件放火の犯人は,ポリ容器から灯油をペットボトルに移し,そのペットボトルを使用して灯油を散布したと認められ,その放火犯の指紋が上記各容器に付着した可能性があるのであるから,被告人が放火犯であることと矛盾しない。
 
以上のように,本件店舗の放火犯が被告人であることは優に認められ,これに疑いを差し挟む余地はない。原判決に所論指摘の事実誤認は認められない。
3 以下,所論にかんがみ,若干,敷衍して説明する。
(1)まず,所論は,〔1〕本件店舗の出入口は施錠されていなかった可能性があり,また,〔2〕出火時刻認定の基礎になったC作成の鑑定書は,ア 計算の基礎となる発熱量に直接影響する要素である燃焼物(たんす)の平均質量について目分量で仮定しており,正確性を欠く,イ 火盛期までの発熱量がたんす全体が燃焼した場合の熱量の半分であることについて説明がない,ウ 本件店舗を出火域とその他の区域とに区別し,両区域間では空気の交換が生じないという前提に立っていて,現実性に欠ける,エ たんす燃焼による発熱が本件店舗内の空気温度上昇に与えた影響を無視している,オ 炭化炉での実験結果を,条件の異なる本件フラッシュオーバー現象の所要時間の定量的分析に用いることができる理由が不明であり,事実認定の根拠として使用に耐え得る資料とは言い難い,〔3〕原判決が灯油散布時刻特定の基礎とした検証も,明確な根拠のないまま,捜査機関の一方的な推測に基づいて実施されているに過ぎない,と主張する。しかし,
(ア)まず,上記〔1〕の点についてみると,本件火災当時,本件店舗の出入口すべてが施錠されていたことは,当時,火災現場に駆けつけた消防士であるFの証言や捜査段階の供述調書(原審甲9)並びにG及びHの各証言によって優に認められる。所論のいう本件火災当時における消火活動ないし消防士らが混乱状況にあったため,施錠確認ができていたか疑問であるとの指摘は,単なる可能性の指摘に過ぎず,上記証人らの証言の信用性を左右するに足りない。
(イ)次に,〔2〕の点についてみると,原判決は,本件店舗に放火された時刻について,(罪となるべき事実)においては,「平成16年11月17日午後9時40分ころから同日午後10時ころまでの間」と判示しながら,(事実認定の補足説明)の1,(8)項においては,Cの鑑定書(原審甲5)及び証言を根拠として,「概ね同日午後9時48分ころから58分ころであったと認められる」としている。しかしながら,本件放火の時間帯が午後9時40分ころから午後10時9分ころまでの間であることは前記第2,2,(2)で認定したとおりであって,被告人が自宅に帰宅したのが午後10時前後であり,本件店舗から自宅まで車での所要時間が6~7分であることからすると,被告人が本件店舗に放火した時刻は,午後9時40分ころから午後10時ころまでの間であるとした原判決の(罪となるべき事実)での認定は是認することができる。そして,上記Cの鑑定書等は,推論や実験の結果に基づく計算の結果であることは,Cが原審公判廷で証言しているところであるから,これを重視するのは相当ではなく,Cの鑑定書等によって放火時刻が推定できるとする原判決の上記(事実認定の補足説明1,(8))での説示には賛同できないが,上記Cの鑑定書等が本件放火の時間帯の認定と矛盾しないという限度で証拠価値を有することは,前記第2,2,(2)で述べたとおりである。したがって,上記Cの鑑定書等は,その信用性の有無にかかわらず,本件放火の時間帯の認定に影響を及ぼすものではない。
 
なお,所論にかんがみ若干の検討を加えると,Cの証言によれば,同人は,実際に現場に赴き,火災現場の状況をつぶさに観察し,それまでになされていた実況見分の結果をも踏まえ,自己の知識や経験に照らして,上記のような平均質量,火盛期までの発熱量その他,本件火災においてフラッシュオーバー現象が起きるまでの所要時間を推定する前提となる要素を設定して計算した上で,着火後,11分から20分という幅を設けて鑑定結論を導いたというのであり,その鑑定方法や経過に,特段,不自然,不合理な点は見受けられない。所論は,いずれも計算や実測が不可能なことを要求するものであって,採用できない。
(ウ)所論は,原判決が本件犯行認定の基礎としている灯油の散布時間ないし時刻は,放火犯人が火を放つ直前に灯油を散布したことを前提として行われた捜査機関の検証結果によって認定しているが,放火犯人が灯油を予め散布しておき,しばらく時間が経過した後に火を放ったという可能性もあるのであり,上記検証によって灯油散布時刻を特定することはできないと主張する。
 
確かに,原判決は,(罪となるべき事実)の第1において,「段ボール片を前記店舗2階に陳列していたたんす引出し内にあらかじめ仕込んでおくなどした上,平成16年11月17日午後9時40分ころから同日午後10時ころまでの間,現に人が住居に使用せず,かつ,現に人がいない同店舗内において,同店舗2階内の上記段ボール片等複数箇所に灯油を散布し,これに着火物で点火して放火し」と判示した上で,(事実認定の補足説明)の1,(9)項において,「本件店舗内に灯油が散布されたのは,概ね同日午後9時42分ころから52分ころであったものと認められる」としている。しかし,被告人が本件放火の犯人であることは,前記第2,2,(4)で認定したとおりであり,かつ,本件放火に際して本件店舗2階のベッドやたんすに灯油が散布されている事実もまた同(1)のとおりであるから,被告人が本件放火行為に先立って灯油を散布したことは認定することができるものの,被告人が放火する直前に灯油を散布したかどうかについては,所論が指摘するとおり,これを認めるに足りる証拠は存しない。したがって,原判決の上記判示及び説示は,これを是認することができないが,被告人が本件店舗2階のたんす等に灯油を散布したこと自体は,これを認めることができるのであるから,その散布の時期についての事実の誤認は,判決に影響を及ぼすものではないということができる。
(2)所論は,本件放火と被告人との結び付きについて,以下のとおり主張する。
 
すなわち,
〔1〕被告人が放火行為がなされたと想定される時刻に本件店舗にいたことにつき,被告人が自ら疑いを招く行動をとることはにわかに首肯しがたく,むしろ,上記事実は犯人性に関して消極的に働く間接事実である,〔2〕本件店舗北側には,1階から2階に通じる吹き抜け階段があり,極力燃え残りがないようにするのが自然であると考えると,その周辺に存在するソファーやベッドに点火するのが自然であり,原判決が指摘する出火点が選択されたことは,放火犯が本件店舗構造や商品陳列状況に詳しい者の犯行であることを推認する根拠たり得ず,むしろ,本店店舗外の者の犯行であったことを推認させる,〔3〕本件店舗東側事務所出入口の鍵の本数が5本であったとは証拠上,認定し難い上,午後7時ころ,本件店舗の営業を終了した時点で既に放火犯が本件店舗内に潜んで放火を実行し,本件店舗1階荷捌所にある電動シャッターを利用して本件店舗から脱出したことも十分考えられる,〔4〕火災受信機連動操作盤の各音響スイッチが,平成16年5月31日に実施された点検の後,何らかの事情からオフになっていた可能性も否定できないし,その外形からしても,また,家具店が多数存在する土地柄からも,本件火災受信機連動操作盤の操作方法をある程度理解する者は多数存在するから,同操作盤の各音響スイッチがオフになっていたという事情を被告人の犯人性の推認根拠とすることはできない,〔5〕段ボールの仕込み行為及びたんすの引出しが数センチメートル引き出されていたとの状況につき,仕込まれていた段ボールが,(店舗関係者以外でもわかる)段ボール置き場以外の場所に保管されていた可能性もあるし,燃焼しやすくするため,たんすの引出しを引いておくことは,別段たんすの構造に詳しい者でなくとも考えられる,〔6〕ペットボトルの指紋が被告人のそれと一致したことにつき,犯行前に被告人が当該ペットボトルに触れていた可能性があるのであれば,指紋の一致の事実は,犯人性推認の根拠としては排斥するべきであるし,また,原判決の認定では,石油ストーブのカートリッジから約1.8l抜き取り,ポリ容器から約1l抜き取ったことになるが,わざわざこのような行為を行った理由が見出せず,石油ストーブ及びポリ容器内の灯油を犯行に用いたという原判決の認定は裏付けを欠き,ペットボトルについて述べたと同様,被告人が本件火災以前に当該ポリ容器に触れていた可能性もあるから,ポリ容器の1個から被告人の指紋と一致する指紋が検出されたことは,被告人の犯人性推定根拠たり得ない,〔7〕原判決は,被告人は,火災受信機連動操作盤を操作し,2階に陳列されていたたんすの引出し内に段ボールを敷き,散布する灯油を用意するなどの準備行為が可能であったなどとするが,被告人は本件当日の午後7時まで本件店舗で営業を行っているのであり,同時刻まで客が本件店舗に入店して2階に訪れる可能性が十分あったし,妻のBも2階を巡回することも考えられるのであるから,そのような状況で準備行為を行っていたというのは極めて不自然であるなどと主張する。
 
しかし,まず,〔1〕の点は,犯行推定時刻ころ,犯行現場である本件店舗にいた事実が,犯人性を判断する重要な積極要素となるのは当然である。被告人が本件犯行当時,本件店舗内に現在していたという事情は,被告人が犯人であると容易に疑いを招くのであるから,被告人が自ら疑いを招くような行動をとることはにわかに首肯し難く,上記事実は被告人の犯人性に関し消極的に働く間接事実であるとの主張は,被告人が犯人ではないから犯行現場にいたというに等しく,支離滅裂というべく,主張自体失当である。
〔2〕の点は,前記第2,2で認定した本件放火の犯人が被告人であることの推認を妨げる事実ではなく,〔4〕,〔5〕の点は,単なる可能性にすぎないから,これらの点の所論は,採用できない。
〔3〕の各点は,いずれも単なる可能性の指摘にとどまり,本件店舗の鍵(事務所入口の鍵)が5本以上あったこと,本件犯人が電動シャッターを利用して逃走したこと(放火という重大犯罪を犯し,特に,店舗内に閉じ込められると自らの生命にも関わるのであるから,仮に犯人が電動シャッターを利用したのであれば,本件電動シャッターのボタン操作に相当精通ないし慣れていたというべきである)をうかがわせるに足る証拠はない。また,仮に所論のとおり,本件放火の犯人が本件店舗の閉店前から店舗内に潜み,放火を実行した後に電動シャッターを利用して外部に脱出したのであれば,被告人と妻のBが午後7時の閉店後に再び本件店舗に戻ってきたのが午後9時40分ころであり,そのときには本件店舗には火災の兆候はなかったのであるから,その放火の実行と脱出は,午後9時40分以降であるところ,本件放火の準備や放火行為に要する時間を考慮してみても,本件放火の犯人が約2時間40分以上にわたって本件店舗内に留まり続ける意味を見いだせないことからして、被告人以外の第三者が本件放火の犯人である現実的可能性はないということができる。この点の所論も採用できない。
〔6〕の各点のうち,ペットボトルの指紋やポリ容器から検出された指紋が被告人の指紋と一致した点については,放火の媒介物として灯油を使用したと考えられる本件において,指紋の一致が被告人と犯人とを結びつける一要素となることは当然であって,事前に被告人がこれらの容器等に触れる機会があったことは,被告人と犯人との結び付きを弱める事情とはなるものの,そのことが直ちに指紋の一致の事実を被告人の犯人性検討に当たって,排斥すべき事柄になるとは言い難い。また,原判決の認定では,石油ストーブのカートリッジから約1.8l,ポリ容器から約1l抜き取ったことになって不自然であるとの指摘も,移し替えた先の容器は,2l入りのペットボトルであると考えられ,2.8lを抜き取るには,いずれにしろ2回にわたってカートリッジないしポリ容器から抜き取る作業が必要となることからすると,所論指摘の点が,不自然で不合理とまでは言い難く,原判決の認定を左右するものではない。その余の主張は,単なる可能性の指摘ないし弁護人独自の見解に過ぎず,到底採用し難い。 
〔7〕の点も,確かに,被告人が放火の準備行為をしていた時間帯,客やBが2階まで訪れていた可能性はあるものの,被告人がその時点で行っていたと考えられる準備行為は,たんすの引出しを数センチメートルずつ引出して中に段ボール片を置いたり,ポリ容器等からペットボトルに灯油を移し替え,いずれかの場所に隠しておくというものに過ぎず,これらは,発見された時点で引出しを元に戻して取り繕うこともできるし,灯油の移し替え行為は,短時間で行うことができ,これを隠しておく場所に困ることはなく,客やBが被告人の行動の異常性に気付く可能性は元々低かったと言い得る。被告人において上記のような準備行為をすることが可能であったとする原判決の推認過程は不合理とは言えず,所論の指摘は当を得たものとは言い難い。
(3)次に,所論は,カートリッジや給油ポンプから被告人の指紋が検出されたとの証拠や本件火災当時の被告人の着衣に臭いが付着していたとの証拠が提出されていないこと等をもって,被告人の犯人性が否定されるかのように主張する。
 
しかし,本件のような放火事件の捜査において,所論の指摘するような指紋等の証拠がすべて検出されるとは限らないし,外部者に見せかけるための偽装工作が常になされるとは限らない。所論の指摘するところは,いずれも独自の見解というべく,採用の限りでない。
(4)所論は,本件火災当時,渡辺家具産業株式会社(以下「会社」という)の客観的経営状況は,放火を敢行するほど悪化しておらず,主観的にも,被告人は会社の経営状況が悪化しているという認識はなかったなどとも主張する。
 
しかし,関係証拠によれば,本件犯行当時,会社が厳しい経営を強いられている状態であったことは,取引銀行に合計1億4000万円を超える多額の借金を抱え,その返済が順調に行われていたとは言い難いこと,平成14年にフランチャイズチェーンに加盟して業態を変えて以降も,家具の仕入先であるD本部への未納代金が累積していることなどから明らかであり,また,被告人自身が会社経営について危機感を持っていたことは,平成16年6月,同人が妻と共に東京の経営コンサルタント会社を訪ねて経営が苦しい状況にあることを前提とした経営相談を受け,そのアドバイスに従って銀行への返済を一時停止していることからも明らかである。所論は採用できない。
(5)その他,所論は,被告人の弁解は,いずれも不合理とは言えないなどとも主張しているが,前記第2,2の客観的ないし容易に認定できる事実及びここから推認できる事実を覆すような客観的事実による裏付けはもとより,説得力もなく,到底信用できない。
 
以上のとおりであり,被告人は本件放火犯ではない旨言う所論は採用できず,したがって,また,被告人について,詐欺未遂罪が成立するのは論を俟たない。結局,原判決に所論指摘の事実誤認は認められず,論旨は理由がない。
第3 結論
 
よって,刑事訴訟法396条により本件控訴を棄却することとし,刑法21条を適用して,当審における未決勾留日数中170日を原判決の刑に算入して,主文のとおり判決する。
(福岡高等裁判所第一刑事部)

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