放火福岡4

放火福岡4

福岡地方裁判所久留米支部/平成19年3月13日判決

主文
被告人を懲役8年に処する。
未決勾留日数中380日をその刑に算入する。
訴訟費用は被告人の負担とする。

理由
(罪となるべき事実)
 
被告人は,福岡県大川市(以下省略) にD大川店店舗(鉄骨造亜鉛メッキ鋼板葺3階建)を所有する渡辺家具産業株式会社の代表取締役であるが,ニッセイ同和損害保険株式会社との間で締結していた上記店舗を目的とする店舗総合保険契約及び日本興亜損害保険株式会社との間で締結していた同店舗内の家具製品等を目的とする店舗総合保険契約に基づく各火災保険金をだまし取ろうと企て
第1 前記店舗に放火して焼損しようと決意し,段ボール片を前記店舗2階に陳列していたたんす引出し内にあらかじめ仕込んでおくなどした上,平成16年11月17日午後9時40分ころから同日午後10時ころまでの間,現に人が住居に使用せず,かつ,現に人がいない同店舗内において,同店舗2階内の上記段ボール片等複数箇所に灯油を散布し,これに着火物で点火して放火し,その火を上記たんす等を介して同店舗天井等に燃え移らせ,よって,同店舗の2階及び3階部分(焼損床面積合計約1515平方メートル)を焼損した
第2 平成17年3月22日ころ,佐賀県佐賀郡諸富町(以下省略)(当時)の被告人方において,前記店舗の火災による同店舗内の家具製品等の焼失は,自己の放火によるものであって火災保険金の支払を受けられるものではないのに,その事情を告知せず,日本興亜損害保険株式会社宛ての保険金請求書1通を渡辺家具産業株式会社代表取締役名義で作成した上,同年3月25日,同社保険代理店担当者を介して,これを福岡市博多区中洲中島町2番8号の同社九州損害サービス部火災新種損害サービスセンターに提出するなどして,同社担当者に対し,上記火災が自己の故意又は重大な過失によるものではなく,自己に上記火災保険金を受領する正当な権限があるかのように装い,火災保険金(保険金額4000万円)の支払を請求し,その支払を受けようとしたが,自己が非現住建造物等放火罪で逮捕され,同社にその支払を拒否されたため,その目的を遂げなかった
第3 同年4月10日ころ,前記被告人方において,前記店舗の火災による焼損は,自己の放火によるものであって保険金の支払を受けられるものではないのに,その事情を告知せず,ニッセイ同和損害保険株式会社宛ての保険金請求書1通を渡辺家具産業株式会社代表取締役名義で作成した上,福岡市博多区住吉2丁目9番2号の同社九州損害サービス部九州火災新種損害サービスセンターに郵送し,同月12日,これを同センターに送達させ,同社担当者に対し,上記火災が自己の故意又は重大な過失によるものではなく,自己に上記火災保険金を受領する正当な権限があるかのように装い,火災保険金(保険金額1億3000万円)の支払を請求し,その支払を受けようとしたが,前記のとおり自己が逮捕され,同社にその支払を拒否されたため,その目的を遂げなかった
ものである。
(証拠の標目)省略
(事実認定の補足説明)
 
弁護人は,被告人は放火をしておらず,したがって,各火災保険金の請求は犯罪を構成しないから,判示各事実はいずれも無罪であると主張し,被告人もこれに沿う供述をする。
 
そこで,判示のとおり認定した理由について補足して説明する。なお,本件では,被告人と放火犯人との結び付きを証明すべき直接証拠が存在しないため,間接証拠から認められる間接事実を総合考慮して被告人の犯人性を検討することになる。
1 本件放火の犯行状況等
 
関係各証拠によれば,本件放火の犯行状況等に関して,以下の各事実が認められる。
(1)D大川店店舗(以下「本件店舗」という。)は,福岡県大川市(以下省略)に位置する鉄骨造亜鉛メッキ鋼板葺3階建の倉庫・店舗であり,敷地北側が国道442号線に面している(甲7,50,94)。本件店舗の1階(床面積618.41平方メートル)は事務所,商品展示場,荷捌所などとして,2階(床面積788.90平方メートル)は商品展示場として,3階(床面積726.06平方メートル)は商品倉庫として用いられていた(甲7,50,93,94)。本件店舗の出入口として,1階には店舗北側の正面玄関,店舗東側の事務所出入口,店舗南側の出入口,荷捌所奥の電動シャッターが,2階と3階にはそれぞれ店舗南側の屋外階段出入口がある(甲7,94)。
(2)本件店舗の火災(以下「本件火災」という。)は,本件店舗近隣に住むEによって,平成16年11月17日午後10時09分ころに119番通報された(甲1,2)。
(3)前記Eからの119番通報を受けて,間もなく本件店舗に消防職員や警察職員が駆け付けたが,1階の店舗北側の正面玄関,店舗東側の事務所出入口,店舗南側の出入口,荷捌所奥の電動シャッター,2階と3階の各店舗南側の屋外階段出入口はすべて施錠されていた(甲9,第4回公判調書中の証人Fの供述部分,第6回公判調書中の証人Gの供述部分)。このため,消防職員らは,1階の店舗南側の出入口と3階の店舗南側の屋外階段出入口をエンジンカッターを用いて錠を破壊し,2階の店舗南側の屋外階段出入口のドアノブ付近の壁を万能斧で破壊して手を差入れて解錠するなどして本件店舗に入って消火活動をした(甲9,第4回公判調書中の証人Fの供述部分,第6回公判調書中の証人Gの供述部分)。
 
なお,本件店舗の出入口のうち,1階の店舗北側の正面玄関,店舗東側の事務所出入口,店舗南側の出入口,2階と3階の各店舗南側の屋外階段出入口については,いずれも鍵穴にいわゆるピッキングの痕跡は認められなかった(第6回公判調書中の証人Hの供述部分)。
(4)本件火災の鎮圧後,本件店舗の1階に設置されていた火災受信機連動操作盤の主音響,地区音響,排煙ブザーの各スイッチがいずれもオフの状態にあったことが確認された(甲7,10,93,94,第4回公判調書中の証人Fの供述部分)。これらのスイッチは,一つでもオンの状態にあれば火災発生時に非常ベルが鳴るが,すべてがオフの状態にあると一切の非常ベルが鳴らなくなるというものであった(甲10,第4回公判調書中の証人Fの供述部分)。
(5)本件店舗2階に陳列されていたたんすの中には,引出しが数センチメートルほど開いたままになっているものが多数あり,これらたんす引出し内からは,灯油が染みこんだ多数の段ボール片が発見された(甲7,20~23,92~94,第4回公判調書中の証人Fの供述部分)。これら段ボール片のうち1片は,平成16年9月24日に入庫し,同年10月19日に顧客に配送されたセンターテーブルを梱包していた段ボールの一部であることが判明した(甲21,24~26,証人Iの公判供述)。
(6)店舗2階北東に陳列されていた整理たんすの引出し内からは,少量の灯油が入ったペットボトル1本が発見され(甲15,16,18,第4回公判調書中の証人Fの供述部分),このペットボトルからは,被告人の左手中指の指紋と6個の特徴点が一致する指紋が検出された(甲19)。
 
本件店舗1階湯沸室前廊下には,石油ストーブ1個と18リットル入りポリ容器2個が置かれており,石油ストーブのカートリッジ(容量3.6リットル)内には約1.8リットルの灯油が,ポリ容器2個にはそれぞれ約16.9リットル,約14.5リットルの灯油が入っていた(甲7,29,30,94)。このポリ容器のうち1個からは,被告人の左手拇指の指紋と一致する指紋が検出された(甲31,32,104)。
(7)本件店舗の出火点については,消防士であるFは,2階に陳列された整理たんす等9か所であり,そこから3階へ延焼していったと判断し,民間の調査会社である有限会社Jの代表者であるAは,2階に陳列された整理たんす等11か所と3階の防火戸付近等2か所であると判断しており,専門家の間でも見解が相違する面もあることが窺える(甲7,94,第4回公判調書中の証人Fの供述部分,証人Aの公判供述)。もっとも,本件店舗2階南側階段付近に陳列された整理たんす6か所及びその北西側に陳列されたソファー部分については,両名がそろって出火点であると述べ,実況見分調書(甲7)によっても,明らかにその部分の燃焼が激しいことが認められるから,少なくともこれらの部分については,出火点であると認定することができる。
(8)一般に,外部からの空気の流入が乏しい家屋内部火災においては,火災成長時に高温ではあるが酸素不足のために窒息的状態に至り,そこに内部の別空間や外部から酸素の供給がされると,爆発的に火炎が立ち上って家屋内部の圧力が上昇する現象が生じるとされている(甲5,第5回公判調書中の証人Cの供述部分)。この現象は,フラッシュオーバー現象と呼ばれ,爆発音とともにガラス製窓などが圧力破壊され,大火炎が窓から噴出するなどの形で現れるとされている(甲5,第5回公判調書中の証人Cの供述部分)。
 
この点,Eは,119番通報する直前に,本件店舗の方からドーンという大きな音が聞こえ,本件店舗2階の窓ガラスが割れ,そこから赤い炎が噴き出していたのを見たと供述しているから,本件店舗については,平成16年11月17日午後10時08分ころから09分ころにかけてフラッシュオーバー現象が生じたものと認められる(甲1,甲2)。
 
そして,工学博士(日本火災学会員)であるCが実施した燃焼実験によれば,本件店舗については,着火後約11分から20分程度でフラッシュオーバー現象が発生するとされており,実験と現実との間に多少の誤差が介在することを考慮しても,本件店舗に火が放たれた時刻は,概ね同日午後9時48分ころから58分ころであったものと認められる(甲5,第5回公判調書中の証人Cの供述部分)。
(9)また,捜査機関において実施された検証及び実況見分により,本件店舗2階の灯油が検出されるなどしたたんすに灯油を散布し,焼損の著しい地点に点火して回るのに要する時間は約5分37秒であり,仮に3階にも灯油を散布し,点火して回ったとしても,約6分17秒の時間があれば足りることが確認されているので,本件店舗内に灯油が散布されたのは,概ね同日午後9時42分ころから52分ころであったものと認められる(甲6,103,証人Kの公判供述)。
(10)本件店舗から被告人の自宅まで乗用車で移動するのに要する時間は約6分15秒から約7分50秒であることが確認されている(甲90,証人Kの公判供述,被告人の公判供述)。
2 本件放火の犯行の特徴と被告人との結び付き
 
以上の認定を踏まえて,本件放火の犯行の特徴と被告人との結び付きについて検討する。
(1)本件店舗に火が放たれた時刻は,前記1(8)のとおり平成16年11月17日午後9時48分ころから58分ころであり,その前に灯油が散布されたのが前記1(9)のとおり同日午後9時42分ころから52分ころであったと認められるところ,被告人は同日午後9時40分ころに一人で本件店舗に立ち入っていたことを自認し,また,被告人の妻であり,そのころまで被告人と行動を共にしていたBもその旨の供述をしており(証人Bの公判供述,被告人の公判供述),本件店舗に灯油が散布され,火が放たれた時刻に極めて近接する時刻に被告人が本件店舗にいたことになる。
 
なお,被告人は,午後10時前後ころには佐賀県佐賀郡諸富町(以下省略)(当時)の自宅に帰ったと供述するが,前記1(9)のとおり,灯油を散布するのに要する時間は約6分であり,前記1(10)のとおり,本件店舗から被告人の自宅まで乗用車で移動するのに要する時間は約6分15秒から約7分50秒であるから,被告人が午後9時40分ころに本件店舗に立ち入った後,店舗内に灯油を散布した上,放火をして午後10時前後ころに帰宅することは,十分に可能なことであった。
(2)次に,本件火災の出火点は,前記1(7)のとおり,本件店舗2階の南側階段に近い部分に陳列された整理たんすやそれほど奥まっていない通路に面して陳列されたソファーなどであると認められるところ,本件放火の犯人は,短時間に効率よく灯油を散布して点火して回ることができ,しかも自己が煙に巻かれることなく逃走することができるように考えていたことが窺われる。そして,本件における灯油の散布時刻が前記のとおり午後9時40分ころ以降という深夜であり,犯人は暗闇かせいぜい懐中電灯程度の灯りの下で本件犯行に及んでいると推察されることや,灯油という燃焼を助ける物質を使用していてその火の回りは相当早いことが容易に想像できる態様で放火を行っていることなどに照らすと,本件放火の犯人は,本件店舗の構造や店舗内の商品陳列状況に比較的詳しい人物であった可能性が高いと考えられる。
(3)次に,本件火災発生時,前記1(3)のとおり,本件店舗のすべての出入口は施錠されており,ピッキングされた形跡もなかったことからすると,本件放火の犯人は出入口を正規の鍵で解錠して本件店舗内に侵入したものと考えるのが自然である。そして,関係各証拠によれば,本件店舗1階東側の事務所出入口の鍵は5本しかなく,被告人と被告人の長男であるL,被告人の次男であるM,本件店舗の店長であるNが1本ずつ所持していたほか,残る1本は本件店舗1階金庫室のキーケースに仕舞われていたこと,本件店舗に火が放たれたとされる平成16年11月17日午後9時48分ころから58分ころには,Lはパチンコ店におり,MとNはそれぞれの自宅にいたことが認められる(甲40,42,44,46,弁1,3の1,3の2,証人Bの公判供述)。そうすると,本件店舗に火が放たれたとされる時間帯に本件店舗の出入口を正規の鍵を用いて解錠できるのは,被告人のみであったということになる。
 
なお,被告人は,本件店舗の出入口の正規の鍵を持っていない者であったとしても,あらかじめ本件店舗に忍んでいれば,本件店舗1階の荷捌所奥の電動シャッターのスイッチを操作して,シャッターが降りてくる間に外に逃げ出すことができると述べるが,そのような方法を採るためには本件店舗の電動シャッターや操作ボタン等の設置状況や操作方法にある程度精通していることを要するものと考えられるので,そのような方法を採るとしたら,本件店舗関係者である可能性が高い。
(4)前記1(4)のとおり,本件店舗の1階に設置されていた火災受信機連動操作盤の主音響,地区音響,排煙ブザーの各スイッチはいずれもオフの状態になっていたが,平成16年5月31日に行われた本件店舗の消防用設備等点検の際にはこの火災受信機連動操作盤に異常がなかったことが確認されており(甲10,11),その後これらのスイッチを敢えてオフにしなければならないような事情があったとは認められないことからすると,本件放火の犯人が火災の発覚を遅らせようとして事前にこれらスイッチをオフにしたものと考えられる。そうすると,本件放火の犯人は,火災受信機連動操作盤の設置場所や操作方法を理解していた者であった可能性が高い。そして,本件店舗の関係者のうち,被告人の子であるLとMはいずれも火災受信機連動操作盤の操作方法を知らないと述べ(甲42,44),被告人の妻であるBもその設置場所すら知らないと述べる(甲40)のに対し,被告人は,本件店舗の消防設備等点検に立ち会った経験がある(甲11)ので,火災受信機連動操作盤の操作方法をある程度は理解していたものと認められる。
(5)前記1(5)のとおり,本件店舗2階に陳列されていたたんすの引出しからは,平成16年9月24日に入庫し,同年10月19日に配送されたセンターテーブルを梱包していた段ボールの一部が発見されているが,通常であれば家具を梱包していた段ボールは本件店舗1階の倉庫脇か本件店舗3階北西隅の段ボール置場に保管され,定期的に処分される(証人Iの公判供述)のであるから,本件放火の犯人が段ボール置場からこの段ボールを持ち出してたんすの引出し内に敷いたものと考えられる。そうすると、本件放火の犯人は,本件店舗のどこに段ボールが保管されているかを知っていた者,すなわち本件店舗関係者であった可能性が高い。
 
また,たんすの引出しをぴったり閉めると気密性が高くなるため,たんす内への酸素の供給が制限されて燃えにくくなると考えられるところ,たんすの引出しが数センチメートル引き出されたものが多数あったということは,たんすの構造に詳しい者が,たんすを燃えやすくするためにしたことと推認できる。 
(6)前記1(6)のとおり,店舗2階北東に陳列されていた整理たんすの引出し内から少量の灯油が入ったペットボトル1本が発見され,このペットボトルからは被告人の左手中指の指紋と6個の特徴点が一致する指紋が検出されているが,6個の特徴点が一致する確率は,10万人に3.1人とされている(甲19)ところ,本件放火の犯人が灯油を散布するために用いたものと考えられるペットボトルから被告人の左手中指の指紋と6個の特徴点が一致する指紋が検出されたことになる。もっとも,本件放火の犯人が犯行に使用するよりも前に被告人がこのペットボトルに触れていた可能性は否定し切れない。
 
また,本件店舗1階湯沸室前廊下に置かれていた石油ストーブ1個と18リットル入りポリ容器2個には,本件火災の鎮圧後に合計約33.2リットルの灯油が入っていたことが確認されている。この点,被告人の妻のBは,平成16年10月28日に18リットル入りポリ容器2個満杯分(36リットル)の灯油を購入し,そこから石油ストーブのカートリッジが満杯になるまで灯油を移した上,石油ストーブと18リットル入りポリ容器2個を湯沸室に置いておいたが,その後,本件店舗が火災に遭うまでの間,この石油ストーブを使うことはなかったと述べている(甲33,38,40,41,証人Bの公判供述)。そうすると,本件火災の前後で合計約2.8リットルの灯油が消失していることになる。
 
そして,本件放火の犯行は灯油を用いたものであったと認められるところ,Aが実施した燃焼実験によれば,たんすの引出しの中に段ボール片を入れ,灯油50ミリリットルを散布して点火したところ,15分から20分の間にたんすが焼け落ちたとの結果が出ており,出火点の数や前記のとおりフラッシュオーバー現象までに要する時間についての実験結果に照らすと,約2.8リットルの灯油があれば本件店舗に発生した火災を引き起こすことは十分に可能であると考えられる(甲100,証人Aの公判供述)ので,本件放火の犯人は,本件店舗1階湯沸室前廊下に置かれていた石油ストーブとポリ容器から灯油を抜き出し,これを犯行に用いたものと考えるのが自然である。そうすると,本件放火の犯人は,これら石油ストーブとポリ容器が本件店舗のどこに保管されているかを知っていた者,すなわち本件店舗関係者であった可能性が高い。
 
さらに,このポリ容器のうち1個からは,被告人の左手拇指の指紋と一致する指紋が検出されている。
(8)そして,上記(4)から(6)のとおり,本件放火の犯人は,あらかじめ,本件店舗1階の火災受信機連動操作盤のスイッチを操作し,2階に陳列されていたたんすの引出し内に段ボール片を敷き,散布する灯油を用意しておいた上で,本件放火に及んだと推認されるところ,被告人にはそのような準備行為をする機会が十分にあったと認められる。
 
すなわち,本件当日は水曜日で定休日であったが,通例どおり被告人及びその妻であるBが出勤して本件店舗を午後7時ころまで開けており,Bが最後に接客したのが午後4時ころ,被告人が最後に接客したのが午後6時ころであり,接客時以外の時間には,Bは主に1階事務室にいて,被告人は,1階事務室にいたり1階及び2階のショールームにいて客を待つなどしていた(証人Bの公判供述,被告人の公判供述)ところ,Bは被告人が本件店舗内のどこにいるのかはっきりは分からなかったと供述している。そうすると,最後の客が帰った午後6時ころから閉店ころまでの間に,被告人が一人で2階部分にいて前記のとおりの準備行為をすることは十分可能であったと考えられる。
(9)上記の各事情は,それぞれが被告人が本件放火の犯人であることを推認させるものであるが,相互にその推認力を高め合う関係にもある。そして,被告人以外に本件放火の犯行を犯したと思われる人物の存在を具体的に窺わせる資料が存在しないことをも考慮すれば,本件放火の犯行の特徴と被告人との結び付きは極めて強度に推認されるというべきである。
3 被告人における本件放火の犯行の動機の存在
 
次に,被告人に本件放火の犯行を敢行するだけの動機があったかどうかを検討する。
(1)関係各証拠によれば,渡辺家具産業株式会社(以下「渡辺家具産業」という。)の経営状況等に関して,以下の各事実が認められる。
ア 被告人は,昭和60年,ニッセイ同和損害保険株式会社との間で,本件店舗を目的とする保険金額1億3000万円の店舗総合保険契約を締結し,以後,契約更新を続けてきた(甲51,53,証人Oの公判供述)。また,被告人は,平成7年ころ,日本興亜損害保険株式会社との間で,本件店舗内の家具製品等を目的とする保険金額4000万円の店舗総合保険契約を締結し,以後,契約更新を続けてきた(甲56,58,証人Pの公判供述)。
イ 渡辺家具産業は,平成10年3月までに,株式会社佐賀銀行から合計2億4000万円の融資を受けていたが,平成10年10月以降,順次,元金の返済の猶予を受け,利息のみの返済を続けていた(甲98,101,証人Qの公判供述)。また,渡辺家具産業は,平成11年10月までに,株式会社西日本シティ銀行から合計4500万円の融資を受けていたが,毎月10万円から14万円程度の低額返済を続けるなどしていた(甲67,98)。本件火災当時,渡辺家具産業はこれら2行に対して,1億4000万円を超える負債を有していた(甲98)。
ウ 渡辺家具産業は,平成9年6月期(第15期)以降,赤字決算が続いていたところ,平成14年8月ころ,Dのフランチャイズチェーンに加盟したが,売上げは向上したものの経費も増大したことから利益には結びつかず,むしろ本件火災当時には,D本部への商品代金等の未納代金は1725万8902円に達していた(甲61,62,95,証人Rの公判供述)。
エ このような中,渡辺家具産業の経理を担当していたBは,被告人から渡辺家具産業への貸付を,銀行から返済の当てとされることを防ぐため,帳簿上,短期借入金ではなく前受金として処理するなどしていた(証人Rの公判供述,証人Bの公判供述)。
オ 被告人は,平成16年6月,「ほうじん6月号」に掲載された経営コンサルタントSのインタビュー記事「幸福力で倒産から復活」を目にしたことをきっかけに,Bとともに上京して,Sが代表取締役を務めるT株式会社を訪れ,渡辺家具産業の経営について相談を行った(甲105,108,弁6,証人Bの公判供述,被告人の公判供述)。なお,被告人がT株式会社に対して事前にファクシミリ送信した「ご相談者カルテ」には,「ご相談の主旨」として,「返済の強要,任意売却か競売を迫れている,代位弁済すると迫れている」と記載されていた(甲105)。
カ 翌7月には,渡辺家具産業の株式会社佐賀銀行及び株式会社西日本シティ銀行に対する返済は一切されず,この7月分の返済をすべて終えたのは同年10月であった(甲98)。
 
他方で,同年7月16日には,各銀行からの融資の連帯保証人になっていないM名義の郵便貯金口座を新たに開設し,以後,融資の連帯保証人となっていた被告人の預貯金等合計460万円余りを同口座及び従前からあったM名義の他の郵便貯金口座に順次移していった(甲68,証人Bの公判供述)。
(2)上記の各事実によれば,本件火災当時の渡辺家具産業の経営状況については,銀行とDに対して合計約1億6000万円もの負債を抱える一方で,利益は伸びず,いつ銀行から法的措置を受けてもおかしくないほどに悪化していたことは明らかである。被告人は,渡辺家具産業の経営状況はそれほど悪くなく,T株式会社へは幅広い知識を仕入れるために訪問したに過ぎないなどと弁解するが,上記の各事実に照らせば,被告人の弁解はおよそ信用できるものではない。
 
他方で,本件店舗及び家具製品には,保険金額合計1億7000万円の火災保険が掛けられていたのであるから,被告人には,渡辺家具産業の経営状況の行き詰まりを打開するため,本件店舗に放火するだけの十分な動機があったというべきである。
4 被告人の弁解について
 
続いて,被告人は,捜査公判を通じて,本件放火の犯行を否認するので,被告人の弁解について検討する。
(1)被告人の弁解内容は,概ね以下のとおりである。
 
本件火災当日は,本件店舗の定休日に当たり,本件店舗を開店してはいたが,出勤していたのは自分とBの二人だけであった。接客をするなどして日中を過ごした後,午後7時過ぎころから本件店舗の閉店の準備に取り掛かった。そして,午後7時30分ころ,Bが本件店舗1階の事務所付近を除く照明を消灯して先に本件店舗から出たので,続いて自分も本件店舗を出た。このとき,残りの照明は消灯したつもりであった。
 
それから,Bをグロリアに乗せて,カレー料理店Uへ向かい,そこで40分程度の時間を掛けて食事をとった。続いて,20分程度の時間を掛けてスポーツ施設Vに移動し,そこで40分から50分程度の時間を過ごした。
 
その後,再び本件店舗に向かい,午後9時40分ころに到着した。このとき,国道442号線から左折して本件店舗1階の荷捌所前にグロリアを進めたところでBを降ろした。Bはその隣に停めてあったマーチに乗り換えて,先に帰宅した。荷捌所でグロリアをUターンさせようとしたところ,本件店舗1階の事務所の照明を消し忘れているのに気付いた。そこで,本件店舗1階東側の事務所出入口の錠を開けて中に入り,照明のスイッチを押して消灯した。
 
間もなく本件店舗から自宅に向けてグロリアで出発したが,途中,自動販売機に立ち寄ってお茶を購入し,これを飲み干した。そして,午後10時前後ころ,自宅に到着した。
(2)被告人の捜査段階の供述(乙5~19,21~29)は,いずれも本件店舗に火が放たれたとされる時間帯に本件店舗にいたことや各火災保険金の請求を行ったことを前提とする内容であり,被告人に不利益な事実の承認を内容とするものに該当するところ,弁護人は,これらの供述は捜査機関が黙秘権の意味を説明しなかったり,恫喝的・侮辱的・威嚇的な取調べをして得たものであるから,任意性を欠き,証拠能力が認められないと主張する。
 
しかし,被告人自身,当公判廷において,「供述拒否ですかね,そういう言葉は頭に残っているんですけど」などと述べて,供述拒否という言葉であれば取調べの最初から告げられていたことを自認しているから,実質的にみて,黙秘権の告知を欠くような取調べが行われていたとは認め難い。また,被告人は捜査段階から弁護人を選任し,ほぼ連日にわたって接見を受けていた上,本件放火の犯行を否認するなど公判供述と概ね同じ内容の供述を貫いていたことに照らすと,取調べの際,捜査官が侮辱的な発言をしたり,威嚇的な取調べを行ったことがあったとしても,それが被告人の供述の自由を阻害したとまでは解し難い。
 
したがって,被告人の捜査段階における供述は,任意にされたものと認められる。
(3)そこで,被告人の弁解の信用性を検討する。
ア まず,被告人自身,本件火災日まで帰宅する際に本件店舗の照明を消し忘れたことはなかったと述べているのに,本件火災当日に限って照明を消し忘れるというのは,偶然過ぎて不自然である。
イ 次に,捜査機関において実施された検証の結果によれば,夜間に本件店舗1階の事務所の照明が点灯していた場合,1階荷捌所前から明かりがはっきりと確認できることが認められる(甲89)ところ,荷捌所や事務所窓の位置関係などからすると,午後9時40分ころに被告人が本件店舗に戻ってきた際には,仮に本件店舗1階の事務所の照明が点灯していたのであれば,国道442号線から本件店舗に向かって左折する際にはフロントガラスの真正面に明かりが見えるはずであるが,荷捌所でグロリアをUターンさせようとするまで照明の消忘れに気付かなかったというのも不合理である。
ウ また,被告人は,平成16年11月22日に現場調査に訪れた日本興亜損害保険株式会社の従業員であるPに対しては,「電気に関してはついていると思ったんだけどついてなかった。」と説明していた(証人Pの公判供述)にもかかわらず,捜査公判を通じて照明を消し忘れていたと弁解しており,供述内容に不合理な変遷が認められる。
エ 被告人が午後9時40分ころに本件店舗に入って消灯したスイッチの個数についても,平成16年11月18日付け警察官調書(乙2)では「電気スイッチ(6~8個)を押して灯りを消し」と録取されているのに,その後は被告人は一貫して押したスイッチの個数を1個と述べており,ここにも供述内容の不合理な変遷が認められる。
オ さらに,本件店舗からの帰宅途中にわざわざ自動販売機に立ち寄ってお茶を購入し,これを飲み干したというのも,本件店舗と自宅とが約6分15秒から約7分50秒の距離であること(甲90,証人Kの公判供述)に照らせば,不自然である。また,本件火災当日の被告人の行動が詳細に録取されている平成16年11月18日付け警察官調書(乙2)には,帰宅途中に自動販売機に立ち寄った事実は記載されていない。
(4)上記のとおり,被告人の弁解には,多くの不自然,不合理な点がみられるのであって,信用性を認めることはできない。
5 まとめ
 
以上によれば,本件放火の犯行の特徴から被告人の犯人性が強く推認され,さらに,被告人に本件放火をするだけの十分な動機があったと認められる一方で,被告人の弁解は不合理なものに終始しているのであるから,結局,被告人が本件放火の犯行を犯したことについて合理的な疑いを入れない程度に証明がされているというべきである。
 
そして,本件放火の犯人である被告人が本件各火災保険金の請求をしたことが詐欺罪の実行の着手に当たることは明らかである。
 
よって、判示のとおり罪となるべき事実を認定することができる。 
(法令の適用)
罰条
 
第1 刑法109条1項(有期懲役刑の長期は,行為時においては平成16年法律第156号による改正前の刑法12条1項に,裁判時においてはその改正後の刑法12条1項によることになるが,これは犯罪後の法令によって刑の変更があったときに当たるから刑法6条,10条により軽い行為時法の刑による。)
 
第2,第3 いずれも刑法250条,246条1項
併合罪の処理 刑法45条前段,47条本文,10条(平成16年法律第156号の施行前に犯したもの(判示第1)と施行後に犯したもの(判示第2,第3)がある場合であるから,同法附則4条本文により同法による改正前の刑法14条の制限内で最も重い判示第1の罪の刑に法定の加重)
未決勾留日数の算入 刑法21条
訴訟費用の負担 刑事訴訟法181条1項本文
(量刑の理由)
 
本件は,取引銀行や仕入先に多額の負債を抱える渡辺家具産業の代表取締役である被告人が,火災保険金を取得することによって同社の悪化した経営状況を打開しようと考え,本件店舗に放火してこれを焼損した上,保険会社2社に火災保険金の支払を請求したものの,自己が非現住建造物等放火罪で逮捕されたため,火災保険金の騙取が未遂に終わったという非現住建造物等放火及び詐欺未遂の事案である。
 
本件犯行の動機は,本件店舗に放火して火災保険金を取得し,経営状況の打開を図ろうとしたものであり,あまりに短絡的である。
 
放火の犯行態様は,多数のたんすの引出しに段ボール片を仕込み,これに灯油を散布して点火するという周到なものである上,犯行の発覚を遅らせるため事前に火災受信機連動操作盤の各音響スイッチをオフにしておくなど,冷静な計画に従って敢行された悪質なものである。本件店舗は規模が大きく,店舗内には木製たんすやベッド等の燃えやすい家具が多量に陳列されていたため,その燃焼は早く,火勢も強烈で,近隣に立ち並んだ家屋や店舗への延焼の危険も大きかった。
 
また,保険金詐欺については,合計1億7000万円もの保険金額の火災保険金を取得しようとしたもので,正当な経済活動を放棄し,保険制度を悪用して安易に多額の資金を得ようとしたものであって,大胆かつ悪質である。
 
そして,被告人は,捜査公判を通じて不合理な弁解に終始するのみで,本件各犯行について一切の反省を示しておらず,犯行後の情状も良くない。
 
以上からすると,被告人の刑事責任は大変重いというべきである。
 
そうすると,詐欺の点は未遂に終わったことや,被告人には昭和39年に窃盗の前科があるのみでほかには前科前歴がないことなどの有利な事情を最大限に考慮しても,主文の刑はやむを得ない。
 
よって,主文のとおり判決する。
(検察官 齋智人,私選弁護人 富永孝太郎(主任),角倉潔各出席)
(求刑 懲役8年)
(福岡地方裁判所久留米支部)

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