放火福岡5

放火福岡5

福岡地方裁判所小倉支部/平成14年(わ)第294号等

主文
1 被告人Aを懲役20年に,被告人Bを懲役13年に,被告人Cを懲役12年にそれぞれ処する。
2 未決勾留日数中,被告人Aに対しては1400日を,被告人Bに対しては930日を,被告人Cに対しては750日を,それぞれその刑に算入する。

理由
(犯罪事実)
第1 被告人Aは,指定暴力団D組長,同Bは,同Aと親交を結ぶ者,同Cは,上記D組副組長であるが,被告人3名は,E及びFと共謀の上,同Bが恨みを抱いていた衆議院議員Gの後援会事務所あるいはG方に火炎びんを投げ入れてこれらに放火しようと企て,
1 平成12年6月14日午前3時13分ころ,山口県下関市a町b丁目d番e号付近路上において,ガソリンを注入したビールびん2本の口部に布片を装着して点火装置とした火炎びん2本にそれぞれ点火した上,H株式会社所有に係る総合結婚式場I(鉄筋コンクリート造5階建,床面積合計約7865.22平方メートル)を前記後援会事務所の入居する建物と間違え,同I3階東側窓ガラスを目掛けて,これらを投げ付け,うち1本を同窓ガラスに命中させたものの,同窓ガラスを損壊したにとどまり,他の1本は同窓ガラスに命中させることなく,その付近の壁面に打ち当てて発火炎上させたにとどまり,もって,火炎びんを使用して人の財産に危険を生じさせたが,現に人が住居に使用せず,かつ,現に人が居ない上記Iを焼損するに至らなかった
2 同月17日午前3時ころ,同市f町g丁目h番i号の前記G方敷地内において,ガソリンを注入したビールびん2本の口部に布片を装着して点火装置とした火炎びん2本にそれぞれ点火した上,同人所有に係る同人方車庫付き倉庫棟(鉄筋コンクリート造陸屋根2階建,床面積合計約124.99平方メートル)の車庫を目掛けて,これらを投げ付け,うち1本を同車庫内で,他の1本を同車庫出入口付近でそれぞれ発火炎上させ,その火を同車庫内外に駐車中のNほか2名所有に係る普通乗用自動車3台に燃え移らせるなどし,もって,火炎びんを使用して人の財産に危険を生じさせたが,通報により駆けつけた消防士が消火したため,同車庫内壁を高熱によりはく落させ,同普通乗用自動車3台を全半焼させるなどしたにとどまり,現に人が住居に使用せず,かつ,現に人がいない上記車庫付き倉庫棟を焼損するに至らなかった
3 同月28日ころ,同市j町k丁目l番m号の前記後援会事務所敷地内において,株式会社J所有に係る同事務所(木造瓦葺及びスレート2階建建物,床面積合計約421.25平方メートル)1階東側窓ガラスをレンチホイールで叩き割るなどし,ガソリンを注入したビールびん2本の口部に布片を装着して点火装置とした火炎びん2本のうち1本を同窓内側に差し入れてぜん板上に置いて点火したものの,発火炎上することなく終わり,引き続き,他の1本は,点火した上,同事務所1階南側窓ガラスを目掛けて,これを投げ付け,同窓ガラスに命中させたものの,同窓ガラスを損壊したにとどまり,もって,火炎びんを使用して人の財産に危険を生じさせたが,現に人が住居に使用せず,かつ,現に人がいない上記建物を焼損するに至らなかった
4 同年8月14日午前4時1分ころ,同市j町k丁目l番m号の前記後援会事務所敷地内において,ガソリンを注入したビールびん1本の口部に布片を装着して点火装置とした火炎びん1本に点火した上,株式会社J所有に係る同事務所(木造瓦葺及びスレート2階建建物,床面積合計約421.25平方メートル)1階南側窓ガラスを目掛けて,これを投げ付け,同窓ガラスに命中させたものの,同窓ガラスを損壊したにとどまり,もって,火炎びんを使用して人の財産に危険を生じさせたが,現に人が住居に使用せず,かつ,現に人がいない上記建物を焼損するに至らなかった
5 同日午前4時23分ころ,同市n町o丁目p番q号の前記G方敷地内において,ガソリンを注入したビールびん1本の口部に布片を装着して点火装置とした火炎びん1本に点火した上,同人所有に係る同人方車庫付き倉庫棟(鉄筋コンクリート造陸屋根2階建,床面積合計約124.99平方メートル)の車庫を目掛けて,これを投げ付け,同車庫内に駐車中の上記G所有に係る普通乗用自動車に命中させたものの,同車を損壊したにとどまり,もって,火炎びんを使用して人の財産に危険を生じさせたが,現に人が住居に使用せず,かつ,現に人がいない上記建物を焼損するに至らなかった
第2 被告人Aは,F及びKと共謀の上,平成13年6月6日午前零時ころ,千葉市r区s丁目t番u号所在のL方敷地内において,同所所在の同人が現に住居に使用している木造スレート葺2階建家屋(床面積約210.59平方メートル)の台所出窓付近にガソリンを撒布した上,所携のライターで点火した紙を同所に投じて放火し,よって,上記家屋を焼損しようとしたが,その火炎で,同所に設置された雨どいを融解し,同出窓のガラスを割るなどしたにとどまり,その目的を遂げなかった
第3 被告人Aは,Kと共謀の上,千葉県四街道市v番地所在のコーポw(木造スレート葺2階建共同住宅,床面積合計約173.9平方メートル)x号室M方に放火してこれを焼損しようと企て,平成13年6月22日午前零時5分ころ,同人方玄関前通路において,同人方玄関扉に設置された新聞受けにガソリンを流し込んだ上,所携のライターで点火した紙を,新聞受けから同人方玄関前通路に流れ出たガソリンの上に投じて放火し,よって,同人方玄関扉表面の塩化ビニールシート合計約0.258平方メートルを焼損した
第4 被告人Aは,Kと共謀の上,
1 平成13年6月27日午前3時10分ころ,千葉市y区z丁目a1番地所在のb1公園において,法定の除外事由がないのに,前記L方に向け,所携の自動装てん式けん銃で弾丸6発を発射し,同人方外壁等に命中させてその外壁等を損壊し(損害額合計100万円相当),もって,不特定若しくは多数の者の用に供される場所において,けん銃を発射するとともに,他人の建造物を損壊した
2 法定の除外事由がないのに,前記1記載の日時・場所において,前記自動装てん式けん銃1丁を,これに適合する実包6発と共に携帯して所持した
第5 被告人Aは,平成14年1月9日正午ころ,北九州市c1区d1町e1番f1-g1号所在の指定暴力団D組事務所において,Oに対し,その左腰付近に湯呑みを投げ付けた上,その後頭部にガラス製灰皿を投げ付ける暴行を加え,よって,同人に安静加療約10日間を要する後頭部挫創の傷害を負わせた
第6 被告人Aは,F及びPと共謀の上,平成14年1月10日午後10時30分ころ,前記第5記載の事務所において,Qに対し,棍棒でその頭部等を殴打し,手拳でその顔面等を殴打した上,その腹部等を足蹴にするなどの暴行を加え,よって,同人に加療約1週間を要する後頭部裂傷並びに通院加療約21日間を要する顔面打撲及び腹部打撲の傷害を負わせた
ものである。
(証拠)(略)
(判示第1の各事実に関する事実認定の補足説明)
1 はじめに
 
判示第1の各事実について,被告人Aは,自己が犯行に関与したことは認めるものの,知人の暴力団組員であるRに犯行を指示したのであり,被告人C,E(以下「E」という。)及びF(以下「F」という。)には犯行の指示をしていないとして,C,E及びFの犯人性及び同人らとの共謀を否認し,被告人Bは,他の共犯者との共謀を否認して,自己は判示第1の各事実に一切関与してないと主張し,Cは,判示第1の各事実には何ら関与していないし,他の共犯者とも共謀していない旨主張するので,以下検討する。なお,判示第1の1の事件を下関第1事件,判示第1の2の事件を下関第2事件,判示第1の3の事件を下関第3事件,判示第1の4の事件を下関第4事件,判示第1の5の事件を下関第5事件といい,第1の1事件から第1の5事件までを併せて本件各下関事件という。 
2 認定できる事実
 
前掲関係各証拠によれば,以下の事実を認めることができる(括弧内には,認定に供した主な証拠を摘示した。)。
(1)ア各共犯者間の関係[証人F,乙2,6,23]
 
被告人Aは,本件各下関事件が発生した当時,指定暴力団D組組長であり,Cは,同組副組長であり,Fは,被告人Aの妻の弟であったことから,平成11年11月ころ,同組組員となり,本件各下関事件が発生した当時,被告人Aの実子分として活動していた。
 
Eは,平成12年の初めころから,同組に出入りするようになり,同年5月上旬ころには,同組組員となり,同月11日に刑期を終えて出所したCの下で活動するようになった。
 
被告人Bは,本件各下関事件が発生した当時,有限会社S(以下「S」という。)の会長として実質的に同社を経営しており,服役中に知り合った被告人Aとも親交を結んでいた。
イ 本件各下関事件の被害場所の状況(甲1ないし4,14ないし17,28ないし33)

 下関第1事件の被害場所である総合結婚式場I(以下「I」という。)は,山口県下関市h1町i1丁目j1番k1号に所在し,百貨店及び専門店街が入居する商業施設Tの南側に軒を接して建てられた鉄筋コンクリート造5階建,床面積合計約約7865.22平方メートルの建物であり,同市l1町m1丁目n1番o1号所在のG衆議院議員(以下「G議員」という。)後援会事務所から北方約400メートルの地点にあり,同事務所と同じく交差点に面した角地に立地する。
 
下関第3及び下関第4事件の被害場所であるG議員後援会事務所は,前記場所に所在し,V駅東方に広がる大規模商業施設や倉庫が多くある場所に位置する床面積合計約421,25平方メートルの木造瓦葺及びスレート葺2階建建物である。
 
下関第2及び下関第5事件の被害場所であるG議員宅は,丘陵地の住宅地域内である同市p1町q1丁目r1番s1号にあり,本宅と別宅が隣接し,その間に被害を受けた車庫付倉庫棟(床面積合計約124.99平方メートル,鉄筋コンクリート造陸屋根2階建建物)がある。
(2)本件各下関事件発生前の状況
ア 被告人BがG議員に対し,怨恨を持つに至った経緯(証人U,乙4,7)自己の経営するSの資金繰りが苦しかった被告人Bは,G議員の地元秘書でかねてから交際していたW(以下「W」という。)に対し,平成11年に行われた下関市長選挙で自派と対立するX候補を当選させないように活動して貢献したと主張して金員の支払いを要求し,300万円の提供を受けた。
 
その後,被告人Bは,同年8月7日,借金の取立てに絡む傷害罪で逮捕されたところ,さらに,被告人B及びSの従業員U(以下「U」という。)は,同月30日,Wに対する恐喝罪で逮捕されたが,同年9月21日に起訴猶予処分となり,Uは同月26日に釈放され,被告人Bは同年10月26日に上記傷害罪につき保釈された。
イ 被告人Bと被告人Aとの面談等の状況(証人U,証人Y,甲72,73,87,88)

 被告人Bは,平成11年10月下旬ころ,被告人Aと再会し,同人に対し,恐喝事件の件でG議員の秘書にはめられたなどと述べた。その後も,被告人Bは,被告人Aに対し,G議員の秘書にはめられたと述べたのに対し,被告人Aは,お金がないなどと自身の窮状について述べるとともに,知り合いの内装工事会社の社長Y(以下「Y」という。)へ仕事を紹介するよう依頼した。
 
被告人Bは,同年11月初旬ころに,Yに対し知り合いの業者を紹介し,そのころから同月中旬にかけて,Yに対しても,被告人Aに述べたのと同様に,下関市長選でX候補をG議員側から頼まれて当選させないよう活動したのに,G議員の秘書にはめられて警察に逮捕された,決まっていた仕事も流れてしまった,その点の補償もさせる,許せんなどと恨み言を言っていた。
 
被告人Bは,同年11月15日前後ころ,被告人Aに対し,かなり興奮した様子で,G議員の秘書にはめられた,何かいい方法はないかと言ったところ,被告人Aから,「するに当たっては,先立つもんが要る。そのことをするにしても,自分の下のもんがするから,それに元が要るから。」などと返答された。
 
そのため,被告人Bは,被告人Aに対し,Yにほかに仕事を紹介するから,それで金になるからいいだろうということを述べたところ,被告人Aはそれには納得せず,先立つものがないと動けないと返答した。
 
被告人Aは,平成12年1月初めころ,被告人Bに対し,「うちで仕事をして金を取りやすくしよう。あとは,あんたが交渉しない。」と被告人A側がG議員側に追い込みをかけるので,それを被告人Bが利用してG議員側に金銭を要求すればよいと述べた。
 
被告人Aは,同年3月中旬ころまでの間に,Fに対し,下関でのG議員に対する追い込みの仕事は,うまくいけば1億円,少なくとも5000万円の報酬が得られる旨述べた。

 被告人Bは,平成12年1月以降,恐喝で逮捕等されたことを理由として,G議員に対して民事訴訟を提起して損害賠償請求ができるかどうかを3人の弁護士に相談し,受任を依頼したが,同年4月ころまでに,いずれも断られた。
 
被告人Bは,同年4月初めころ,被告人AやYに対し,G議員側は許せないとG議員側への怨念を述べて,G議員側を苦しめて金を取る,火炎びんを投げ付ける,けん銃で撃ち込むなどと述べた。その際,被告人Aは,被告人Bの話に同調しながら,Yに対し,G議員の家や事務所の所在地について尋ね,「仲間がいじめられとる,許さん。金にせないけん。1億くらいのことはもらわないといけん。」などと言った。(証人Y)
 
被告人Bは,同年4月25日,下関市内の料亭「Z」において,被告人AやYが同席する場で,いつものようにG議員への怨念を述べ,被告人Aは,「金にせにゃいかん。」などと言い,被告人B及び被告人Aは,火をつける,火炎びんを投げる,けん銃を撃ち込むなどの具体的な方法を話し合っていた。
ウ G議員の自宅等の下見及び地図作成等(証人U,甲71,78,79,101)
 
被告人Bは,平成12年4月27日,自宅に来た被告人A及びFに対し,Uに指示してG議員の自宅と後援会事務所の場所を地図等を用いて教えさせた。その際,Uが,Fに案内を申し出たところ,被告人Bからそうするように命じられ,FをIを目印として紹介しながらG議員後援会事務所前を通過した後,G議員の自宅まで案内したが,更に後に詳しい案内地図を作ることとなった。
 
被告人Aは,帰りの車内で,Fに対し,「そろそろ仕事をせんといかんのう。火でもつけようかのう。とりあえずお前は今日の下見をよう覚えとけ。」と言った。
 
Fは,下見の後しばらくして,被告人Aから,「Cに教えとけよ。」と言われたので,A組事務所にやってきたCに対し,「親父(被告人Aのこと)から聞いとるですか。」と尋ねたところ,Cが「聞いとる。」と答えたので,メモ用紙2枚にG議員の自宅や後援会事務所の場所や目印となるIの場所を書きながら説明した。
 
被告人Bは,同年5月14,15日ころ,Uに対し,「明日,被告人Aと会うからG議員の後援会事務所と東京及び下関の自宅,筆頭秘書のA1の自宅,G議員の山陰の実家付近の地図を作ってくれ。」と命じた。Uは,G議員の自宅周辺,後援会事務所周辺,G議員の山陰の実家周辺等の地図を作成し,翌日,被告人Bに渡した。
 
被告人Aは,Fと共に,同月11日から同月22日までの間に,被告人B方に,G議員の自宅や後援会事務所付近の地図を受け取りに行った。
 
被告人Bは,同月19日ころ,Uに指示して,下関市長選に関する件及び恐喝事件等について納得のいく回答及び説明を求める文書を作成させ,回答期限を同月末としてG議員側に対して送付したものの,G議員側からは何らの回答もなかったので,同年6月1日ころに同月10日を期限として回答を求める文書を再度送付したが,やはり回答はなかった。
 
被告人A及び同Bは,同年5月22日ころ,大分県の天瀬温泉のホテルで行われたCの出所祝いの際,Yに対して,G議員側の情報を提供するように協力を依頼した。
 
また,被告人Aは,同年6月初旬ころ,山口県宇部市のホテルにおいて,呼び出したYに対し,その場にいたCを指しながら,「Gの件をこれにやらそうと思うとる。」と言った。
(3)第1事件実行及びその前後のCの言動(甲108,乙23,25,26)
ア Cは,Eと共に下関第1事件を実行した。
イ Fは,平成12年6月14日か15日の夜中ころ,Cの携帯電話に電話をかけたが,電源が切られていてつながらなかった。その翌日,Fは,Cに電話をかけて,Cの自宅に赴いた。その際,Fは,Cに対し,「昨日は,連絡が取れんやったですね。」と言ったところ,Cから,「仕事よ。」と返答を受けたため,「えーっ,声をかけてくれんやったですね。どこですか。」と尋ねたら,Cから「下関。」と言われた。
(4)下関第1事件後の地図送付(証人U)
 
被告人Bは,平成12年6月14日,被告人Aに会った際,Uに電話をかけ,「Aさんが,地図をなくしたから,もう1回作っちゃってくれ。」などと言い,地図を再び作るよう命じた。その後,電話を替わった被告人Aは,Uに対しA組の事務所のポストに地図を入れるように指示した。Uは,下関市のG議員の自宅と後援会事務所の周辺の地図を作り,それを,同日夕方過ぎ,A組の事務所の郵便受けに届けた。
(5)下関第2事件の実行(甲110)
 
Fは,同月16日午後5時から午後11時ころまでの間に,Cから,電話で,「下関に行くけ,店が終わったら事務所におっとけ。」と指示されたので,「はい,分かりました。」と答え,勤務していたマッサージ店の仕事が終わった同月17日午前零時前後ころ,A組事務所へ行き,Cを待った。
 
その後しばらくして,C及びEが,C所有の自動車でFを迎えに来たので,Fは,同自動車に乗った。同自動車内はガソリン臭がしていたので,Fは,Cに対し,「どうするんですか。ガソリンでも撒いて,火をつけるんですか。」と尋ねたところ,Cから,「後ろにびんを置いとる。」と言われた。
 
Cは,自動車を運転し,関門トンネルを通って下関市内に入り,G議員宅付近の路上に自動車を停車すると,Fに対し,「お前が投げれ。」と火炎びんを投げるように指示し,すぐに自動車のエンジンを切った。Fは,「はい。」と言って,Cの命令を了解し,びんに指紋を付けないために,「軍手か何かあるんですか。」と尋ねたところ,Cから,「後ろにあるけ。」と言われた。
 
Fは,その15分から20分ほど経って,Cから,「行ってこい。」と言われたため,同日午前3時ころ,自動車のトランクから軍手及び火炎びんを取り出し,軍手を装着後,火炎びん2本に点火して,判示第2記載の犯行に及び,見張り役をしていたC及びEの待つ自動車の助手席に乗り込み,G議員宅付近から離れた。
(6)下関第2事件後から下関第3事件までの関係者の言動,行動
ア 下関第2事件後の被告人Aの言動(甲111)
 
被告人Aは,下関第2事件が敢行された後で下関第3事件が敢行されるまでの間に,Fに対し,「まだ懲りとらんごとある。話が進まんごとある。まだせないかんのう。」と言った。
イ 下関第2事件後の被告人Bの行動(証人U)
 
被告人Bは,平成12年6月17日より後の日に,Uに対し,「へましとるごとあるけIを見てきてくれ。」などと指示し,I及びG議員後援会事務所の様子を見に行かせたが,特に変わった様子はなかった。
 
被告人Bは,同月26日か27日ころ,Uに命じて,電話をさせ,G議員側に対し,改めて納得のいく説明と回答を求めたが,G議員側からは忙しいと言われただけであった。

 被告人Bは,同月下旬ころ,Uに対し,やり方が手ぬるい,自分だったらもうちょっとちゃんとやるなどと言った。
(7)下関第3事件の実行(甲112)
 
Cは,同月27日の昼ころ,A組事務所において,Fに対して,「また行くけ,今夜空けとけ。B1(マッサージ店のこと)が終わったら事務所におっとけ。出る用意だけしとけ。」と言い,同日の夜はA組事務所で待機するように命じ,Fはこれを了承した。
 
Cは,自動車を運転して,同月28日午前2時ころ,Eと共に,Fの待つA組事務所に行き,「そろそろ行こうかのう。」とFに言い,自動車に同乗し,G議員後援会事務所に向かった。
 
その車内で,C,F及びEは,Eの覚せい剤の未払代金や返済金についての催促の話などをしていたが,その際,Cは,Fに対し,「後ろに2本積んどるけ。表には車の通りが多いけ,裏に回れ。裏に回って,ガラスを打ち破って,中に置いて火をつけろ。ほっといても火がつくやろう。後ろに工具を積んどうけ,それを使え。もう1本は火をつけて投げとけ。」と指示し,Fはこれを了承した。
 
Cは,G議員後援会事務所周辺を約30分から40分にわたって周回し,後援会事務所前の路上に自動車を停車して,更に10分間から15分間ほど辺りの様子をうかがった後,Fに対して,「いいぞ。」と言って,犯行を指示した。
 
Fは,Eに対し,「周りを見とってくれのう。」と言って見張りを頼んだ上,自動車を降り,トランクから軍手を取り出して手にはめて,火炎びん2本及びタイヤレンチを持って,後援会事務所の裏側に回り込んで,判示第3の犯行に及び,C及びEの待つ自動車の助手席に乗り込み逃走した。
(8)S等への捜索及びUの事情聴取(証人U)
 
平成12年6月29日,警察により,U方及びS事務所の捜索が行われ,Uは,警察から事情聴取を受けた。その後,被告人Bは,Uに対し,「しばらく,おとなしくしないといけない,盗聴されているかもしれないから,言葉には注意するように」などと指示した。
 
被告人Bは,同年7月上旬ころ,Uに命じ,G議員側に再度納得のいく回答と説明を求めたが,G議員側は回答をしなかった。
 
また,被告人Bは,同年7月中旬ころから8月の盆前ころまでの間,十数回にわたり,Uに命じて,パトカー等の配備状況を把握するためG議員後援会事務所周辺を見回りに行かせた。
 
同年8月10日前後以降は,パトカーがG議員後援会事務所周辺からはいなくなっていたことから,被告人Bは,Uに対し,「おらんことなったのう。」と言っていた。
 
被告人Bは,同月10日前後の盆前ころ,Uに対し,「またそろそろあるから,1週間ぐらい旅行にでも行ってこようかね。」などと話したところ,Uが,「自分がするわけでもないんで,どちらでもいいんじゃないですかね。」と返答した。
(9)下関第3事件後,Cらが試し投げをした経緯等(甲113ないし115)
 
Cは,平成12年8月4日か5日ころにFがC宅へ来た際,Fに対し,「この前の件やけど,なんでつかんかったんかのう。燃えてないみたいやけ。作り方が悪かったんかのう。ちょっとEに電話して作り方聞いてみい。」と言った。
これを受けて,Fは,「Eやったら知っちょるかもしれんですね。聞いてみましょう。」と言って,Eに電話をし,火炎びんの作り方や使用するビールびんの種類を教えてもらった。
 
また,Cは,Fに指示して,スタイニーボトルのビールびん4本を入手させ,その翌日ころ,C宅車庫で,「今から作るけ。投げてみらんといけんのう。」と言い,Fと火炎びん2本を製作した。その際,Cは,Fから,「また俺が投げるんですかね。」と聞かれたので,「いや,今度は俺が投げるけ。」と答えた。
 
CとFは,その日のうちに,製作した火炎びん2本を自動車のトランクに積んで,試し投げをするために出発し,中途で福岡県中間市にあるEの居住先に行き,Eを同乗させた。Cは,Eが同乗した際,「今から,ちょっと試し投げに行くけのう。どこがいいかのう。」とE及びFに聞いたところ,Eが,「川のところがいいんやないですか。」と提案したことから,川沿いの適切な場所を探して,同市t1町所在のu1取水場に赴き,火炎びんの試し投げをした。
(10)下関第4及び第5事件の犯行準備と実行(甲116ないし118)
ア 被告人Aは,平成12年8月13日昼ころ,A組事務所において,知人に電話をして,「おう,兄弟,車がいるけ,段取りしちゃらんやろうか。後で,若い者に取りに行かせるけ。」と自動車の調達を依頼した。
 
その後,Fは,CからEの家に来るように呼出しを受けたが,当時,謹慎処分を受けていたことから,被告人Aに対し,「副長(Cのこと)に呼ばれとりますけ,ちょっと出てきます。」と外出許可を求めたところ,被告人Aは,「そうか。」と言うだけで,何も聞かずに許可した。
 
Cは,同日夕方ころ,中間市のEの当時の居住先において,E及びFに対し,「今日の夜行くけ。俺とトモ(Fのこと)は火炎びんを作るけ。C1は,組長から聞いとるか,車の段取りをしとけ。」と指示した。その指示を受けて,Fは,Eを犯行使用車両の調達先のある北九州市v1区w1まで送り,C宅へ向かい,Cと共に,アサヒスーパードライのスタイニーボトル2本にガソリンを注入し,その口部に布を詰め込んで,火炎びん2本を作った。その後,Fは,Cから,「後で来るから,事務所で待機しとけ。」と指示されたので,A組事務所に戻り待機した。
イ Cは,Eが借りてきた普通乗用自動車の助手席に同乗し,同月14日午前3時30分ころ,Eの運転でA組事務所に赴き,Fを後部座席に同乗させ,Fに,火炎びん2本を渡した。
 
その際,Fは,自動車を運転したくなり,Eに対し,「運転代わっちゃろうか。」と言ったところ,Cから,「お前,遊びじゃないんぞ。」と怒られた。
 
Cは,関門トンネルを抜けて下関市内に入ると,運転していたEに,「事務所の方に行け。」と指示し,車をG議員後援会事務所前に停車させた。
 
Cは,軍手をはめて,助手席から降り,Fから火炎びん1本を受け取ると,G議員後援会事務所に近付き,同日午前4時1分ころ,判示第4の犯行に及び,すぐに,Eが運転する自動車の後部座席に乗り込み,その場から離れ,G議員宅へ向かった。
 
C,F及びEは,G議員宅付近路上に自動車を停車させてエンジンを切り,10分ほど辺りの様子をうかがった上,G議員宅前路上まで自動車を進めた。
 
Cは,Fから火炎びん1本を受け取ると,自動車を降り,下関第5の犯行に及び,すぐさま自動車に乗り込み逃走した。
(11)下関第4及び下関第5事件後の関係者の言動(証人U,Y)
 
被告人Bは,平成12年8月の盆を過ぎたころ,Uに,「事件が新聞やテレビには出ていないが,ちゃんとやったんかのう。おかしいのう。」などと言っていた。
 
Yが,同年8月終わりから9月初めにかけて,所用でA組事務所を訪れて被告人Aが事務所にいなかった際,Cは,ぼそっと「盆も行ったもんね。」と言った。
 
同年8月のお盆ころまでの間,被告人Aは,Yに対して,「仕事をしたのに金が入らん,若い衆も使っとる,経費もかかっとる。」などと被告人Bについての愚痴をこぼしており,被告人Bは,「あんなことをしやがって」などと被告人Aについての愚痴を述べており,被告人A及び同BがYの面前で上記のような愚痴を述べあったこともあった(Y590項)

 
被告人Bは,同年9月上旬ころ,弁護士を通じて,G議員側は被告人Bの要求する見返りの金額は支払うことができない旨の回答を受けたために,週刊誌や新聞社にG議員の誹謗記事を書いてもらおうとしたが,いずれも断られた。
3 F、E及びUら関係者の供述の信用性について
(1)はじめに
 
上記2の事実認定は,主としてFの捜査段階の供述並びにU及びYの供述によるものである。被告人Aと同Bが本件各下関事件の敢行を共謀したことについては,Fの捜査段階の供述並びにU及びYの供述,被告人Aが同Cに本件各下関事件を指示し,CがF及びEと共に犯行を敢行したことについては,Fの捜査段階の供述及びEの捜査段階の供述によっている。 
 
他方,被告人Bは,本件各下関事件について犯行の依頼を被告人Aにしたことを否認し,平成11年11月15日ころ被告人Aと会ったこと,平成12年4月27日自宅で被告人A及びFと会ってUにG議員事務所等を案内させたこと,その後Uに地図の作成を命じたこと,本件各事件後にUが供述するような言動をしたことなど共謀に関する主要な事実を否認している。
 
被告人Aは,被告人Bから依頼されて知人の組員であるRにG議員側に対する攻撃を命じたことは認めているが,C,F及びEに実行を命じたことは否認している。
 
Cは,本件各下関事件に関わったことを否認している。
 
当裁判所は,Fの捜査段階の供述並びにU及びYの供述の信用性を肯定し,被告人B及び同Cの供述の信用性は否定し,被告人Aの供述は同Bとの共謀に関する部分の信用性を肯定して,その余の信用性を否定したので,以下,その判断の理由を説明する。
(2)U,Y及び被告人Bの各供述の信用性
 
被告人Bが経営する会社の従業員であったUの供述は,下関第1事件前の被告人Bと同Aの接触の状況,平成12年4月27日被告人B宅を同Aが訪れ,FをG議員事務所等に案内したこと,その後,被告人Bに命じられてG議員事務所等の地図を作成したこと,本件各下関事件が敢行された後の被告人Bの言動を具体的かつ詳細に述べるものであって,その内容に照らして当時の体験事実をありのままに述べていると認められる自然なものであり,Uが当時業務上使用していた手帳のメモ等の客観的な証拠からも裏付けられている。Uの供述は,被告人Bと同Aの面談の状況等についてはFの供述とも符合しているし,Yの供述とも齟齬がないものである。
 
Yの供述も,手帳のメモなどの客観的証拠に裏付けられたものであり,その内容も具体的かつ自然であって,UやFの供述と整合している。
 
これらのことからすると,U及びYの各供述の信用性は高いと認められる。
 
他方,被告人Bの供述は,U及びFが一致して証言する平成12年4月27日の自宅における被告人Aとの面会やUがFをG議員事務所等に案内したこと等証拠上優に肯定できる事実をも否定するなど,明らかに事実に反する内容であり,その細部を子細に検討するまでもなく,信用性が認められないものである。
 
被告人Bの弁護人は,通常犯人は犯行の発覚を防ぐために安易に他人に犯行準備の進捗状況については話さないから,被告人BがUに犯行の詳細を話したことを前提とするUの供述は信用できない旨主張する。しかしながら,被告人Bは,G議員側への要求文書の送付や法的手段について弁護士との相談といったG議員側との圧力・交渉についてUを関与させているから,G議員側への圧力である暴力団による威嚇についての依頼状況をUに話したとしても決して不自然ではなく,弁護人の主張は採用することができない。
 
また,被告人Bの弁護人は,U供述は,被告人Bから被告人Aに対しG議員攻撃の依頼があったと強調するもので,信用できないと主張するが,Uは,被告人Bと行動をともにしていたという自己の体験から推測した事実を供述しているに過ぎないし,被告人Bの部下であり,同人に対する恩義もあると考えられるUが殊更被告人Bを陥れることも考え難いのであって,Uがあえて被告人Bに不利な供述をしていることは,Uが事実をありのまま述べていて,その供述が信用できることを基礎づけるものであり,弁護人の主張は採用できない。
 
被告人Bの弁護人は,Yの供述につき,被告人Bが被告人AにG議員攻撃を依頼した点についての供述が曖昧であることや,暴力団員でない被告人Bがけん銃で撃ち込んだり,宣伝カーを燃やしたなどの発言をするのは不自然であることなどを理由として,信用することができないと主張するが,直接の当事者ではないYが,攻撃の依頼についての記憶が曖昧であることは何ら不自然ではないし,被告人Bが興奮の余りけん銃で撃ち込んだり,自動車を燃やしたりしたなどと述べることも十分に考えられるのであって,弁護人の主張は採用することができない。
 
被告人Bの弁護人は,被告人Bは,G議員側の裏切り行為によって下関市長選に落選したD1氏の代理人としてG議員側と交渉していたのであり,また,金銭的にも困っていないから,暴力団員に火炎びん投擲を依頼する動機がない旨主張するが,被告人Bは,下関市長選や大手スーパーマーケットの進出のために計画道路の変更を求めていたことなどを巡り,G議員側とトラブルになっており,金銭的解決の要求が満たされなかったことから,本件各犯行を依頼したことは十分合理的であるから,被告人Bの弁護人の主張は到底採用することができない。
 
また,被告人Bの弁護人は,被告人Aが,被告人Bから報酬をもらうことなく,犯行を敢行していることから,被告人B以外の第三者が被告人Aに依頼した可能性もある旨主張するが,前記認定のとおり,報酬等の支払いを巡って,平成12年8月のお盆までの間,被告人Aと被告人Bとの間で愚痴をこぼしあっていたのであり,被告人Aが,依頼を受けていない被告人Bに報酬を要求することは考えられず,第三者が被告人Aに依頼したとは考えられないから,被告人Bの弁護人の主張は到底採用できない。
(3)F,C及び被告人Aの各供述の信用性
ア Fは,捜査段階では前記2で認定した事実と同旨の供述をしていたが,当公判廷では,被告人B方を訪れた際,被告人Aの指示で,Uに案内されて,G議員の自宅や後援会事務所の下見に行ったことは認めるが,捜査段階の検察官調書の作成経緯に関し,「精神的にも肉体的にも結構追い詰められてたんで,嘘でも供述せざるを得なかったからです。」とか,勾留されて10日も経たないうちに自白を始めたが,その間に追い詰められた旨,嘘の自白で,作り話をしたとも供述している。
イ そこで,まずFの捜査段階の供述である検察官調書の内容について検討するに,同調書は,同人が被告人Aに同道して被告人Bの自宅に行き,G議員後援会事務所や自宅の場所の説明をSのUから受け,更に現地の案内を受けたこと,被告人Aの指示によりG議員後援会事務所や自宅の場所をCに教えたこと,Cから犯行を指示されたこと,各犯行現場へ向かう車内でのFとC及びEとで交わされた会話の内容,各犯行現場の状況,各犯行状況,下関第3の犯行後に火炎びんの作り方をEに問合せた状況,火炎びんの準備状況,平成12年8月上旬ころ,Cと共にEを中間市内の居住先まで迎えに行って,遠賀川の河川敷まで行って火炎びんの試し投げをした状況(Fは試し投げをした場所に警察官を案内して特定している〔甲68〕。),下関第4及び下関第5の各犯行の前日にCに指示されて中間市内のEの居住先まで行き,その後Eと共にx1区のE1石油まで犯行に使用する車を取りに行った状況などを内容とするものであるところ,各犯行方法や犯行現場に赴く途中の車内の会話などについて詳しく述べていて具体的かつ自然であり,本件各犯行前後の関係者の言動などについてのUの供述に沿うなど,他の証拠とも符合する自然なものであって,Fが実際に体験したことを供述したものと認められる。
 
特に,Fは,その検察官調書において,下関第2の犯行で火炎びんを実際に投げたのは,F自身である旨述べ,下関第3の犯行でもF自身が火炎びんを置いたり,投げたりしたが,火勢が弱く意図した結果が出なかった,下関第4及び下関第5の各犯行では,実行役のリーダーであるC自らが火炎びんを投げたと述べているところ,各犯行についての供述内容は詳細かつ具体的で,犯行現場の状況にも合致していて,実際に体験しなければ供述することは困難と考えられるものばかりであり,各犯行に至る経緯,犯行準備状況に関する供述も具体的で自然なものとなっている。
 
また,本件各下関事件は,いずれも同種の小型のビールびんを用いた火炎びんが用いられ,夜間にその犯人が分からないよう実行されたという犯行手口の類似性を有したものであるが,このうち4件はG議員に関係する場所での犯行であるのに,残り1件については関係のない場所での犯行であって一貫しないことから,犯行動機や関係者については犯行態様からは判然としないところがあったが,Fの検察官調書においては,G議員に恨みを抱き,同人から金を取ることを目論んだ被告人Bが,G議員に脅しをかけることをA組組長である被告人Aに頼み,その組の仕事として,組員であるC,E,FがG議員宅や事務所への火炎びんの投げ込みを実行した旨述べて,その背景や動機,全体の概要についても語られているところであって,そこではG議員をターゲットにした暴力団組員複数による組織的な犯行であったことが明らかにされており,しかも,下関第1事件のみが関係のない場所であった点についても,Cが場所を間違えたものであることと間違えた理由を述べていることからも,下関第1事件の特殊性も矛盾なく説明しうる,整合的な内容を述べるものであって,この点からも,かなり信憑性が高いといえる。
 
そして,Fの検察官調書においては,その犯行に用いられた特徴的な火炎びんの製作等についても詳細に述べられているところ,下関第3事件の犯行後,FがEに電話で火炎びんの作り方を聞いたとする点,C及びEと共に試し投げをしたとする点については,Eの当時の内妻F1(以下「F1」という。)が,Eが電話に出てFらしき人物に火炎びんの作り方を教えていたこと,あるいは,そのころ,EがFと思われる人物と一緒に「試し投げに行く。」と言って出掛けたことを証言していることに合致している。Fは,下関第4及び下関第5の犯行前日にEと一緒に中間市の同人の居住先から犯行に使用する車を取りに行ったが,その際Eに帽子等を準備するよう指示したところ,Eがビニール袋を持ってきた旨供述しているところ,やはり,F1は,平成12年8月の花火大会の日(8月13日と考えられる。)にFが中間市の居住先にEを迎えに来て同人は出て行ったが,その際,青色のビニール袋を持っていたとFの検察官調書における供述に合致する供述をしているのである。このように,Fの検察官調書における供述のうちの上記の各点にF1の供述が合致していることなどはFの検察官調書の信用性を高めるものである。
 
この点について,Cの弁護人は,平成12年8月当時,F1には,生後間もない乳児がいたのであり,水道が使用できない状況であった中間市の居住先で生活していたとは考えられないこと,組織内での上位者であるCがわざわざ下位者であるEの居住先に出向くのは不自然であること,中間市の家の中からは道路を見ることができないから,電話中に突然Cが来たのを見たとする供述は不自然であることなどを挙げて,F1の供述が信用できない旨主張する。
 
しかしながら,F1の供述は,その供述内容に照らして,自己の体験したことを記憶どおりに供述したものと認められ,全体として誠実に供述しているとうかがえるもので,内容も自然であり,また,F1は,Eのかつての内妻であり,殊更Eやその関係者に不利益な供述をすることも考えられないことからすれば,F1の供述は基本的に信用性できるというべきである。しかも,F1の供述によれば,F1及びEは,中間市の居住先に徐々に出入りして生活の基盤を築いていったと認められるから,同月当時に中間市の居住先で水道が使用できないからといって乳児が育てられないとは必ずしもいえず,同月13日ころに中間市の居住先にEが居たことは何ら不自然なものではないといえ,Cの弁護人の主張は採用することができない。
 
また,火炎びん投擲の準備をしていることを周囲の人間に気付かれないために,Cの居住地にEを呼びつけるのではなく,Cが出向いて行くことも十分に考えられるのであるから,この点に関するCの弁護人の主張は採用することができない。
 
さらに,F1が中間市のEの居住先にCが来たのを見たという点についてであるが,F1は,当公判廷において,電話中に来たとは述べていないからCの弁護人の主張は失当であるが,念のため同弁護人の主張を検討するに,F1は,Eといた際,Cの普段乗っている白い自動車が来たのを見たため,Eが,家から道路に続く階段を下りていってCと話していたと証言しており,家の中で見たとは述べていないから,やはりCの弁護人の主張は採用することができない。
 
Fの捜査段階の供述経過をみると,Fは否認から自白に転じているものではあるが,当初は知らないと述べていたのが,取調べが進むにつれ,やがて下見など犯行への関わりを述べるようになって,遂に自らの実行への関与を認めるようになって,自白調書が録取されるようになり,続いて複数の自白調書の作成がなされているが,その自白調書の内容は,時間の順を追って詳しく本件各犯行や共犯者の動きについて述べられるようになっているもので,その間に自白と否認が交錯するといったような供述の変遷や動揺は見られないものであるから,このことは,むしろFの検察官調書の信用性を基礎づける事情のひとつというべきである。
 
Fは,当公判廷で,捜査官による誘導や執ような取調べ等により,やむなく嘘の供述するに至ったなどと供述したが,そうであったとすれば,火炎びんを投擲した犯人が誰であるかを捜査機関は特定できないのであるから,それに乗じて,少しでも自己の刑事責任を軽減するために,関与は認めるとしても,下関第2及び下関第3の犯行で火炎びんを投げたのはF以外である旨述べることもできたとも考えられるのに,そのような供述は捜査段階ではしていないばかりか,前記のとおり,下関第2及び下関第3の犯行で火炎びんを自分が投げたことを述べた上,本件各下関事件の実行方法や犯行に赴く車内の会話などについて実際に体験しなければ供述できないと考えられるような臨場性の高い供述をしたのであって,この点からいっても,同人の公判廷における供述は信用できず,捜査段階で作成された同人の検察官調書の方が信用できるというべきである。
ウ Cの弁護人は,下関第3事件で使用したとされるタイヤレンチについてのFの説明は,純正のレンチホイールの形状と異なっていて不自然であると主張するが,事件発生から約3年強経過している取調べ時において,記憶が減退し,他の記憶と混同したりすることは十分あり得ることであるし,レンチホイールの先端の形状が特に正確に記憶されないとおかしいというような状況にあったわけではなく,レンチホイールを用いて犯行に及んだとの基本的部分の供述には変更はないのであるから,この点をもって,Fの捜査段階の供述の信用性が減殺されるとはいえない。
 
また,Cの弁護人は,下関第2事件の火炎びんの投擲位置等に変遷があると主張するが,それらの供述調書の内容を対比しても,主要部分での変遷ということはできないから,供述の信用性に影響を及ぼすものではない。さらに,Cの弁護人は,Fが犯行等に使用したとする自動車について,当時Cが使用していなかったものや修理に出していたものがあるなどと主張するけれども,仮に同弁護人の主張を前提としても,本件各下関事件については犯行に複数の車が利用されていることにかんがみると,その点が正確に供述されていないとしても,Fの供述のうち各犯行状況に関する部分やCやEの関与を述べる部分は他の証拠によって補強されているから,Fの供述全体の信用性に影響を及ぼすものではない。

 Cの弁護人は,Fが,下関第2事件の際,G議員の自宅近くで自動車のエンジンをかけたまま10分ほど様子をうかがったと供述していることを前提として,そのような行動は不自然であると主張するが,上記認定のとおり,Fは自動車のエンジンを切った旨供述しているのであり,犯罪に及ぼうとする者が犯行場所で自動車のエンジンを切って外の様子をうかがうことは決して不自然ではないから,同弁護人の主張は失当である。また,Cの弁護人は,Fが,下関第3事件の際,G議員後援会事務所前に自動車を止めてエンジンをかけたまま事務所の周りを三,四十分徘徊したと供述していることを前提として,このようなことは不合理であると主張するが,Fは,CはG議員後援会事務所の周辺を自動車で三,四十分くらいかけて回ったが,逃げ道を確認したり,様子見をしていると思ったと供述しているのであって,弁護人の主張はFの供述を正確に理解しないもので明らかに失当である。さらに,A及び同弁護人の主張中には,Fが,火炎びんの試し投げの日時を平成12年8月13日と供述していることを前提とする部分があるが,上記認定のとおり,Fは火炎びんの試し投げの日時は同月5日又は6日ころと供述しているのであって,同弁護人の上記主張はやはり不正確で失当である。
 
なお,被告人Aは,公判廷や上申書(弁3)でFの捜査段階の供述に対する疑問等を指摘しているけれども,Fの供述の信用性が肯定できることは上記のとおりであり,被告人Aが指摘する点はFの供述の核心部分の信用性を揺るがすようなものではない。
エ Fの捜査段階における供述のうち,Cが本件各犯行に関与したとする点については,被告人Aの知人であるYが,当公判廷において,平成12年6月初めころ被告人Aと会った際,被告人Aが一緒にいたCを指して「Gの件ではこれにやらせよう思うとる。」と言った旨証言したことや,Cが,平成12年8月終わりか同年9月ころ,Yに対し,「盆も行ったもんね。」と言ったなどと証言したことにも整合しているのであるから,Fの捜査段階の供述の信用性は基本的に高いというべきである。
 
Fにとっては,被告人A及び同Cは組の上位者であるから,虚偽の供述をして被告人A及び同Cを陥れるようなことをすれば,両名ないしA組等の暴力団組織からいかなる報復を受けるやもしれないのであって,Fが自らの危険を顧みずに,あえて虚偽の供述をするとは考えられない。他に考えられることとしては,本件は暴力団による組織的犯行であるから,仮に組織の中の誰かの名を伏せるため,身代わり犯人を装い虚偽の自白を考えるということもあり得るが,そうであれば,捜査機関側は複数人による犯行とは知らなかったのであるから,Fの単独実行犯を装えば,辻褄合わせもしやすくなるし,他の組員に嫌疑を及ぼして迷惑をかけることにはならないはずなのに,わざわざ組織の上位者であるCまでも実行犯人として引き込んで虚偽自白をしたというのは,暴力団組織の一員である者の行動としてみても不自然である。
取調官から強く誘導されたわけでもないし,あえて他の組関係者を引き込むような内容の嘘をつくこと自体にも合理性に欠けるところがある。これらのことからしても,Fの捜査段階における供述は信用性が肯定できるものである。
 
Fは,当公判廷で供述するに当たり,ビデオリンク及び遮へい措置を申し出て供述したものの,核心部分については黙秘して具体的な供述をしなかったのであり,本件の捜査段階の自白のCとの共同実行に関する部分はすべて嘘であるとの供述は,このような供述態度からみても信用性は低いものである。
 
Cは,本件各下関事件に関与したことを否認し,とりわけ,平成12年8月14日の下関第4及び第5事件に関し,同月12日には大分県の別府に行き,翌13日午前4時ころまでには小倉の自宅に戻り,同日の午後6時ないし午後7時ころには門司のG1方に赴いて午後11時ころまで滞在し,その後自宅に戻ったので,犯行に関与していないし,同日中間市のEの居住先に赴いたこともない,同月上旬に火炎びんを作って試し投げをしたこともないと供述するほか,第10回公判においては平成12年5月11日から同年8月11日までぐらいはFやEには電話は一切かけていない自信があるなどと供述しているし,弁護人は,CがFと事件当時連絡をとった形跡は全く存しないと主張している。
 
しかしながら,上記のCの供述のうち,平成12年8月13日の午前4時ころから午後6時ころまでと同日午後11時以降の自身の行動に関する部分は,これを裏付けるものがないのであり,それだけでは同日中間市のEの居住先に赴いていないことや下関第4及び第5事件に関与していないことをうかがわせるものではない。そうすると,Cが同月12日に別府に行ったことが認められ,かつ,同月13日にG1方に赴いた可能性があるとしても(証人G1の供述は,一応Cの供述に沿うともいえるが,CがG1方を訪れたのが平成12年8月13日であると断定できるものでもない。),FやF1の供述の信用性の判断には影響を与えないというべきである。
 
のみならず,通話明細一覧表作成に関する報告書(甲181)によると,Cが当時使用していた携帯電話からFが使用していた携帯電話に対して,平成12年8月3日午後8時47分と午後9時36分に,同月4日午前11時18分と午前11時51分に,同月6日午後2時19分に,同月9日午前2時20分と午前11時37分に,同月11日午後7時52分に,同月12日午後8時38分(発信地域は大分)に,同月13日午後2時(発信地域は福岡)と午後5時29分にそれぞれ発信されて通話が行われていることが認められるのであって,これらの事実は,上記Cの供述や弁護人の主張と相反し,その信用性を著しく減殺するものであるばかりか,Fが火炎びんの試し投げをしたとする時期と下関第4及び第5事件の直前の時期にいずれもCと連絡をとっていたことを示すものであって,Fの供述の裏付けとなるものである。
 
なお,上記報告書で確認できるのは,平成12年6月20日から同年11月20日までのCが使用していた携帯電話の発信状況であるから,下関第1及び第2事件前後の発信状況は結局不明である。下関第3事件(平成12年6月28日)の前後にはFの携帯電話への発信の記録はないが,Fの供述によると,下関第3事件についてはCがA組事務所に赴いて直接指示したというのであるから,そのころCからの発信の記録がないとしても不自然ではない。
 
また,上記報告書には,Cの携帯電話の発信先の携帯電話の使用者としてEの名前が認められないけれども,上記報告書によると,Cはプリペイド式の携帯電話に頻繁に発信していることが認められるから,Eがプリペイド式の携帯電話を利用していたとすれば(平成12年8月上旬ころFがEに電話をして火炎びんの作り方を聞いたことは,F1の供述からも認められるところであり,Eが携帯電話等の通信手段を保有していたことは一応うかがえるところである。),上記報告書にEの名前が出てこないことは当然であるし,下関第4及び第5事件については,前日にEの居住先で会って打ち合わせをしているのであるから,携帯電話によって会話する必要がなかったとも考えられるのであって,上記報告書にEの名前がないからといって,Fの捜査段階の供述の信用性が揺らぐものでもないし,Cの供述の信用性が高まるものでもない。
 
さらに,Cが下関第1事件現場付近の地図を手書きで記入し,近くに火炎びんが隠してあることを知らせる内容の記載の含まれた書面(甲184号証)を別人が所持しており,同人に対する捜索によって発見されている。Cは,留置中にこれを作成し,留置担当者に分からないよう同房者にこれを託したことを認めるものであるが,その作成目的については,ミスズという女性から,地図を書いて,ガソリンの入ったビールびん2本隠しているから下関に行ったときこれを捨ててきてくれと頼まれたことがあり,これを見つけてもらい,自らの嫌疑を晴らすため,その記憶に基づいて書いた旨を当公判廷等において述べている。しかし,自らの嫌疑を解消するのに資する証拠の存在を弁護人に告げることもせずに、外部に知らせようとしたということ自体が不自然であり,火炎びんの処理を頼まれたという話も唐突で,その経緯も曖昧な話をいうだけで,その裏付けもなく,その弁解は信用し難いものである。
むしろ,Cが第1事実の犯行現場付近の地図を作成するなどし,火炎びんの所在を暗に告げて罪証隠滅を図ることを意図して上記書面を作成した可能性が高く,上記書面を作成し,同房者にそれを委託したという事実は,Cが少なくとも下関第1事件に関与していることを推認させるものである。 
 
以上検討したところによれば,Fの検察官調書は,全般的に信用性が高く,下関第2ないし下関第5の犯行の際,CがE及びFと共に犯行現場に赴いたなどとCの関与を述べる部分も十分に信用できるものである。Fの公判供述中これに反する部分及び本件各下関事件への関与を否定するCの公判廷における供述は,信用性が乏しく,採用することができない。
(4)Eの供述の信用性
 
本件各下関事件への関与を認めるEの検察官調書の内容は,CとEとの平成12年6月ころの関係からみて,被告人Aから本件各下関事件の実行を指示されたCがその配下のEに犯行をすべて手伝わせることが自然であると考えられることからみて,首肯できるものである。その上,下関第2ないし下関第5の各犯行までの関与を認める部分については,前記のとおり信用できるFの供述と一致するから,Eの検察官調書は,概括的であるとしても,その供述する限度では信用性が認められる。
(5)被告人Aの供述の信用性
 
被告人Aは,被告人Bから依頼されて知人の暴力団組員であるRに対しG議員側への攻撃を指示したことは認めるが,C,F及びEに指示したことや同人らとの共謀はないとしている。
 
まず,G議員側への攻撃を被告人Bから依頼されたとする点について,被告人Aは詳細な供述をしないけれども,U,Y及びFの各供述からは,本件各下関事件の敢行前後に,被告人Aが被告人Bと接触して,G議員側への攻撃の相談や攻撃したことに対する報酬の支払いを巡るやり取りをしていたことが明らかであり,被告人AやA組にはG議員に対する怨恨等の本件各下関事件を起こす直接的な動機はうかがえないにもかかわらず,G議員宅等への5回も繰り返して執ように犯行を敢行したのであり,被告人Bからの相当に高額な報酬が得られるとの期待があって被告人Bからの依頼を引受けたということであれば,その動機や経緯は十分に了解可能なものといえるのであるから,この点に関する被告人Aの供述は信用性が肯定できるというべきである。
 
他方,被告人AがG議員側への攻撃の指示はRにしたのであり,C,F及びEには指示していないとする点については,その経緯を公判廷や上申書(弁3)で述べるも,具体性に乏しく,真実そのような事実があったとうかがわせるような内容でない。また,事実の経緯を考えてみても,当初,被告人Aに同道させてFにわざわざG議員宅等の下見までさせたというのに,その後,上申書に記載するような理由だけで,Fから手を引かせて,Rに犯行を指示したというのは首肯し難いし,仮にFを除いてRに実行させることになったとしても,下見をして状況が分かっているFに対して場所や行き方の説明をRにさせてもおかしくないのに,そのようなことがあったこともうかがわれない。そして,何よりも本件各下関事件は,G議員側から金銭を得るために敢行されたのであるから,被告人AがRに実行させたというのであれば,事件を実行した後のG議員側等の反応を把握しつつ,更に事件を実行するかあるいは中止するのか等を検討するのが自然であり,そうであるとすれば,被告人Aは実行犯であるRと緊密な連絡をとりつつ合計5回の事件を敢行したはずで,その間のRとの連絡等の実情についても容易に説明できると考えられるのに,この点について被告人Aは,下関第1事件の後にRから連絡があったとはいうものの,その後はRがどのようにしたかは分からないとして,報告や連絡がなかったかのような説明しかしていないのであって,このことはそもそも,被告人AがRに実行を指示していないことをうかがわせるものである。以上のとおりであって,被告人Aのこの点に関する供述は,前記のF,E,Yの供述に照らして,到底信用することができないものである。

4 判断
 
前記2で認定した事実によれば,被告人Bは,G議員側に金銭を要求したが,G議員側からそれを拒絶され,かえって恐喝未遂の疑いで逮捕されるに至ったことに恨みを持ち,当初は,損害賠償請求や虚偽告訴を理由とした示談を弁護士を通じて行い,多額の金銭を得ようとしていたが,それができないとなると,懇意にしていた被告人AにG議員への報復を依頼し,その被告人Aが,報復の実行をCに指示し,Cが下関第1事件ではEと,下関第2ないし下関第5事件ではE及びFと共に犯行を敢行したものであることが明らかであるから,被告人B及び被告人Aは本件各下関事件を敢行することを共謀し,被告人Aにおいて,配下のCに本件各下関事件の敢行を指示し,これを受けたCは,被告人Aの命を受けたFから,G議員宅や後援会事務所の位置を教えてもらい,Eと共にIをG議員後援会事務所と間違って,下関第1事件を敢行し,下関第2及び下関第3事件は,F及びEと共に赴き,Fに命じて火炎びんを投擲させ,下関第4及び下関第5事件では,F及びEと共に赴き,自ら火炎びんを投擲したことが優に認められる。
 
以上から,判示第1のとおり認定した。
(判示第2ないし第4の各事実に関する補足説明)
1 被告人Aの弁護人は,第2ないし第4の各事実につき,被告人Aには全く身に覚えがなく,被告人Aは,共犯者とされるK(以下「K」という。)に対して,腕の1本でもへし折ってやれと述べただけであって,Kの行った放火及び発砲の行為までは認容しておらず,無罪であり,仮にKとの共謀が成立するとしても,共同正犯の錯誤の問題として暴行ないしは傷害の限度で責任を負うに過ぎない旨主張するので,この点につき検討する。
2 関係各証拠によれば,以下の各事実が認められる(括弧内には認定に供した主な証拠を摘示した。)。
(1)被告人Aは指定暴力団D組組長であり,KとFは同組組員である。被告人Aは,以前からH1(以下「H1」という。)が座長をするI1劇団(大衆演劇の旅回り一座)と関わりがあり,同劇団員がもめごとを起こした際にはその相手との間に入って仲裁するなどしたり,H1からお金を借りたりする関係にあった。
 
M(第3の犯行の被害者,以下「M」という。)は,I1劇団の看板役者であったJ1(以下「J1」という。)の母親であり,L(第2,第4の1の各犯行の被害者,以下「L」という。)は,Mの内縁の夫である。(以上,証人L1 7回)
(2)被告人Aは,平成13年5月,J1のI1劇団からの退団話が持ち上がった際,元暴力団組員のLが関与してきたことから,H1らからMらとの交渉等を依頼されて上京した。被告人Aは,同月27日のMらとの交渉の際,Mら側が交渉現場の喫茶店に警察官を呼んだため,これに憤慨し,翌28日未明,同劇団宿舎ビルにおいて,自分の面子が潰されたなどと怒りを露わにしてMのことを罵って,Mの家に火をつけて脅かしてやろうかとの趣旨の発言をし,その発言をその場にいたK1(H1の義母,以下「K1」という。)に諫められても,これは自分の顔が潰されたもので自分とMの問題であり誰にも口出しはさせない旨述べて,K1の言葉を聞こうとしなかった。被告人Aは,その後程なくして劇団員のL1(以下「L1」という。)に依頼してK及びEをL方に案内させた。(証人L1 7回,8回,証人K1 10回)
(3)被告人Aは,KとFが第2の犯行(L方への放火)を実行した後である同月10日ころ,I1劇団の福岡県春日市の公演先でK1と会った際,Mのことについて,「ガラス2,3枚ぐらい割ってから,そんなことじゃ承知できないが,今度は絶対あぶり出してやる」と,第2の犯行への関与と再度の放火をうかがわせる発言をし,K1が被告人Aに対しMに断りに来させるからと述べても,これは自分とMの問題だから口出ししないでくれと述べ,やはりK1の言葉を受け入れようとしなかったほか,MがLと子供のところを行き来しているはずだと,その動向と所在を把握している旨の発言もした。
 
被告人Aは,同月中旬ころ,上記公演先で再びK1に会いMのことが話題になった際も,「Mはもうとんでもない女だから,1回ひどい目に遭わせてやらな気が済まない」と述べ,K1に諫められても,「もう矢を放しとるんだから,誰が何と言ってももうだめだ」と述べるばかりであった。(証人K1 10回,甲176,177,乙29)
(4)被告人Aは,前記(2)の上京に先立ってFにけん銃1丁(以下「本件けん銃」という。)と実弾十数発(以下,これらをまとめて「本件けん銃等」という。)を持たせて上京させて,L1に預けさせており,L1は,本件けん銃等を春日市の上記公演先に持ってきて衣装ケースの中に隠していたが,平成13年6月中旬ころ,被告人Aは,Kを連れて公演先のL1の楽屋を訪れ,「トモ(F)から預かったものはあるな」と,本件けん銃等のことを尋ねた後,「もう少し持っとけ」と言い,また,Kをあご先で指し示しながら,「今,これにさせよるからの」とも述べた。(証人L1 7回)
 
その後,同月22日,Kが第3の犯行(M方への放火)を実行した。(乙30ないし33)
(5)被告人Aは,翌23日,L1に対し,「トモから預かったものをKに渡してくれ」と電話で伝え,L1は,Kと連絡をとって本件けん銃等を同人に手渡し,被告人Aにその旨電話で報告した。被告人Aは,L1に「お疲れさん」とねぎらいの言葉を述べた。(証人L1 8回)
 
同月27日,Kが本件けん銃及び実弾6発を使用して第4の犯行(L方への発砲等)を実行し,宿泊したホテルの浴場の排水口に本件けん銃(弾倉を含む。)を遺棄した。(乙36)
(6)被告人Aは,平成13年7月,I1劇団の北九州市の公演先でK1と会った際,「道具も安いもんじゃない。ぶち壊しやがって」と,第4の犯行に使用された本件けん銃をKが捨てたことに関するものと思われる発言をした。(証人K1 10回)
 
また,被告人Aは,同じころ,M1(K1の夫,以下「M1」という。)に依頼して同人の住居地である大分県日田郡y1町にKをかくまわせたが,その際,K1は,本件第2ないし第4の各犯行はKがしたのかをK本人に尋ね,それを肯定したKに更にその理由を尋ねたところ,親指を立てて「そこまでしなければ,これが承知しません」と,自分の親分に当たる被告人Aを指して言ったと思われる返答をした。(証人K1 10回,証人M1,甲165,乙40)
(7)被告人Aは,平成14年,別件の傷害事件で逮捕されたが,M1が拘置所に接見に来た際,立会刑務官に見られないようにして,右手でけん銃の引き金を引くような動作をした後,人差し指を口元にもっていくなど他言しないことを示唆するような動作をし,M1はこれが第4の発砲事件を他言しないように被告人Aが頼んでいると勘付いて,「おぉ,分かっちょる」と返答した。(甲168)
3 以上の認定は,主にL1,K1,M1の各供述によるものであるが,上記各認定事実と同旨の各人の供述は,被告人Aの言動に関していずれも具体的であり,その内容は証拠から認められるKの一連の行動とも整合している上,共通体験部分は相互に符合もしているなど,自然なものであって,十分に信用できるものである。また,各人と被告人Aとの人的関係等にも照らしていずれの者も暴力団組長である被告人Aを殊更犯行の首謀者に仕立てるだけの動機も実際上見出し難く,上記各供述の信用性に特段の疑義は生じないものというべきである。そして,上記1の(2)ないし(7)の一連の認定事実からは,被告人Aが暴力団組長としての面子をMに潰されたことに対する報復として第2ないし第4の各犯行を配下のKらに実行させたことを優に推認することができるものである。
 
この点について,被告人Aの弁護人は,L1は任意の事情聴取がされたのみであり,K1及びM1は,不起訴処分とされたのであるから,L1,K1及びM1の各供述は,捜査機関による違法な司法取引によって取得されたものであり,違法収集証拠として証拠排除すべきであると主張するが,L1,K1及びM1の供述は前記認定に沿うもので,事実をありのまま述べていると考えられるところ,その供述するところからすれば,例えば,K1は,被告人AがMの家に火をつけて脅かしてやろうかとの趣旨の発言をしたときや「1回ひどい目に遭わせてやらな気が済まない」と述べたときには,これを諫めるなどしていてMらに攻撃をすることについては消極的な態度をとっていたことが明らかであり,K1が劇団員のN1を探すためにKやFの協力を得たことがあるとしても,そのことがMらに対する攻撃と結びつくものでなく,L1も被告人Aに依頼されてやむなくけん銃を保管したに過ぎないのであり,結局,L1,K1及びM1は,第2ないし第4の各犯行に積極的に関与したとは認められないのであるから,L1,K1及びM1が不起訴処分とされたことが違法な司法取引によるものともうかがえないものである。したがって,弁護人の主張は採用することができない。
 
一方,Kは,当公判廷では,K1から指示を受けて犯行を敢行した旨供述するが,捜査段階では,第2及び第3の各放火の犯行の原因は,J1の退団問題を契機に被告人Aらが劇団の依頼でM側と交渉したが警察を呼ばれるなどしてもめごとになったことにあるのは間違いない旨,前記認定事実に沿う反面,公判供述とは異なる供述をし(乙35),第2の犯行につきFもKの捜査段階の供述と同旨の供述をしていたほか(甲173,174),Kは,上記各放火は,ある人の指示を受けて行った,あるいは,第4の発砲事件は,自分一人で決断して起こせるものではないが,誰から指示があったのか,被告人Aとの共謀があったのか否かについては一切言いたくない旨供述していたものであり(乙35,41),上記公判供述自体,Kの証人尋問の際に突如出てきたもので,その供述の変更に何ら合理的な理由も示されていないのであって,K1から依頼を受けたとする旨の公判供述はおよそ信用することができない。
 
また,弁護人は,被告人Aは前記のとおり,Mに傷害を与える旨の指示をしたのみであると主張し,被告人Aもこれに沿う弁解をするが,前記認定事実によれば,各犯行前後に,被告人Aの放火を示唆する言動やけん銃発射に関わる指示や言動がみられるだけであり,被告人Aの予想を超えた事態が生じたと被告人Aが思っていたことをうかがえわせるような事情は見当たらないことからすると,Kに対し,前記内容の指示に止まり,Kらの各犯行の実行はその予想を超えていたものであったという事実は認め難く,上記弁解は信用できず,これを前提とする共同正犯の錯誤の主張もまた採用できない。
 
結局,KやFの上記捜査段階の各供述にも照らせば,上記認定のとおり,本件第2ないし第4の各犯行は,いずれも被告人AがMに自分の面子が潰されたことに対する報復として配下のKとF(第2)あるいはK(第3及び第4)に実行させたものであることが優に認められるのである。
4 以上の次第であり,判示第2ないし第4のとおり認定した。
(被告人Aの累犯前科)

1 事実
 
平成10年12月21日福岡高等裁判所宣告
 
脅迫及び不動産侵奪の各罪により懲役1年2月
 
平成11年10月11日その刑の執行終了
2 証拠
 
前科調書(併合前の平成14年(わ)第294号等事件の乙6),判決書謄本(同乙11)
(被告人Bの確定裁判)
1 事実
 
平成13年8月10日山口地方裁判所下関支部宣告
 
恐喝未遂罪により懲役1年2月
 
平成13年8月25日確定
2 証拠
 
前科調書(乙10)
(被告人Cの累犯前科及び確定裁判)
1 累犯前科の事実
(1)平成5年7月23日福岡地方裁判所小倉支部宣告
 
覚せい剤取締法違反の罪により懲役2年
 
平成7年7月2日その刑の執行終了
(2)平成9年2月17日福岡地方裁判所小倉支部宣告
(1)の刑の執行終了後に犯した覚せい剤取締法違反の罪により懲役3年
 
平成12年5月10日その刑の執行終了
2 確定裁判の事実
 
平成14年5月30日福岡地方裁判所小倉支部宣告
 
傷害罪により懲役2年8月
 
平成14年11月20日確定
3 証拠
 
前科調書(乙16),判決書謄本(乙17,18,20)
(法令の適用)
1 被告人Aにつき
罰条
 
判示第1の1ないし5の各所為のうち
 
各火炎びんを使用した点(判示第1の3のうち火炎びん1本をぜん板上に置いて点火した点を除く。同行為はびんに注入されたガソリンが流出又は飛散しうる状態に置くものではないので,火炎びんの使用等の処罰に関する法律2条1項における「使用」に該当しない。) 刑法60条,火炎びんの使用等の処罰に関する法律2条1項(第1の1及び2の各火炎びんの使用はそれぞれ包括1罪)
 
各非現住建造物等放火未遂の点 刑法60条,112条,109条1項(刑の長期は,行為時においては平成16年法律第156号による改正前の刑法12条1項に,裁判時においてはその改正後の刑法12条1項によることになるが,これは犯罪後の法令によって刑の変更があったときに当たるから,刑法6条,10条により軽い行為時法の刑による。)

 判示第2の所為 刑法60条,112条,108条(有期懲役刑の長期は,行為時においては平成16年法律第156号による改正前の刑法12条1項に,裁判時においてはその改正後の刑法12条1項によることになるが,これは犯罪後の法令によって刑の変更があったときに当たるから,刑法6条,10条により軽い行為時法の刑による。)
 
判示第3の所為 刑法60条,108条(有期懲役刑の長期は,行為時においては平成16年法律第156号による改正前の刑法12条1項に,裁判時においてはその改正後の刑法12条1項によることになるが,これは犯罪後の法令によって刑の変更があったときに当たるから,刑法6条,10条により軽い行為時法の刑による。)
 
判示第4の1の所為のうち
 
けん銃を発射した点 包括して刑法60条,銃砲刀剣類所持等取締法31条,3条の13(有期懲役刑の長期は,行為時においては平成16年法律第156号による改正前の刑法12条1項に,裁判時においてはその改正後の刑法12条1項によることになるが,これは犯罪後の法令によって刑の変更があったときに当たるから,刑法6条,10条により軽い行為時法の刑による。)
 
建造物損壊の点 刑法60条,260条前段判示第4の2の所為刑法60条,銃砲刀剣類所持等取締法31条の3第2項,1項,3条1項
 
判示第5の所為 行為時においては平成16年法律第156号による改正前の刑法204条に,裁判時においてはその改正後の刑法204条に該当するが,これは犯罪後の法令によって刑の変更があったときに当たるから,刑法6条,10条により軽い行為時法の刑による。
 
判示第6の所為 行為時においては平成16年法律第156号による改正前の刑法60条,204条に,裁判時においてはその改正後の刑法60条,204条に該当するが,これは犯罪後の法令によって刑の変更があったときに当たるから,刑法6条,10条により軽い行為時法の刑による。
科刑上一罪の処理
 
判示第1の各罪 1個の行為が2個の罪名に触れる場合であるので,刑法54条1項前段,10条により1罪として重い各非現住建造物等放火未遂の罪の刑で処断
 
判示第4の1の罪 1個の行為が2個の罪名に触れる場合であるので,刑法54条1項前段,10条により,1罪として重い判示けん銃を発射した罪の刑で処断
刑種の選択(第2,第3及び第4の1) 有期懲役刑を選択
累犯加重(判示各罪) 被告人Aの前記1の前科があるので,刑法56条1項,57条により再犯の加重(判示第1の各罪,第2,第3,第4の1及び2については,行為時においては,上記改正前の刑法14条の加重の制限に従い,裁判時においてはその制限はされないが,これは刑の変更があったときに当たるから,刑法6条,10条により軽い行為時法の刑により,上記改正前の刑法14条の制限に従う。)
併合罪の処理 刑法45条前段,47条本文,10条により犯情の最も重い第3の罪の刑に上記改正前の刑法14条の制限内で法定の加重(行為時においては上記改正前の刑法14条の加重の制限に従い,裁判時においてはその制限はされないが,これは刑の変更があったときに当たるから,刑法6条,10条により軽い行為時法の刑による)。
訴訟費用の不負担 刑事訴訟法181条1項ただし書
2 被告人Bにつき
罰条
 
判示第1の1ないし5の各所為のうち
 
各火炎びんを使用した点(判示第1の3のうち火炎びん1本をぜん板上に置いて点火した点を除く。同行為はびんに注入されたガソリンが流出又は飛散しうる状態に置くものではないので,火炎びんの使用等の処罰に関する法律2条1項における「使用」に該当しない。) 刑法60条,火炎びんの使用等の処罰に関する法律2条1項(判示第1の1及び2の各火炎びんの使用はそれぞれ包括1罪)
 
各非現住建造物等放火未遂の点 刑法60条,112条,109条1項(刑の長期は,行為時においては平成16年法律第156号による改正前の刑法12条1項に,裁判時においてはその改正後の刑法12条1項によることになるが,これは犯罪後の法令によって刑の変更があったときに当たるから,刑法6条,10条により軽い行為時法の刑による。)

科刑上一罪の処理(判示第1の各罪) 1個の行為が2個の罪名に触れる場合であるので,刑法54条1項前段,10条により1罪として重い各非現住建造物等放火未遂の罪の刑で処断
 
併合罪の処理 刑法45条前段及び後段,50条により確定裁判を経ていない判示第1の1ないし5の各罪について更に処断することとし,47条本文,10条により犯情の最も重い第1の2の罪の刑に上記改正前の刑法14条の制限内で法定の加重(行為時においては上記改正前の刑法14条の加重の制限に従い,裁判時においてはその制限はされないが,これは刑の変更があったときに当たるから,刑法6条,10条により軽い行為時法の刑による)。
訴訟費用の不負担 刑事訴訟法181条1項ただし書
3 被告人Cにつき
罰条
 
判示第1の1ないし5の各所為のうち
 
各火炎びんを使用した点(判示第1の3のうち火炎びん1本をぜん板上に置いて点火した点を除く。同行為はびんに注入されたガソリンが流出又は飛散しうる状態に置くものではないので,火炎びんの使用等の処罰に関する法律2条1項における「使用」に該当しない。) 刑法60条,火炎びんの使用等の処罰に関する法律2条1項(判示第1の1及び2の各火炎びんの使用はそれぞれ包括1罪)
 
各非現住建造物等放火未遂の点 刑法60条、112条,109条1項(刑の長期は,行為時においては平成16年法律第156号による改正前の刑法12条1項に,裁判時においてはその改正後の刑法12条1項によることになるが,これは犯罪後の法令によって刑の変更があったときに当たるから,刑法6条,10条により軽い行為時法の刑による。)

科刑上一罪の処理(判示第1の各罪) 1個の行為が2個の罪名に触れる場合であるので,刑法54条1項前段,10条により1罪として重い各非現住建造物等放火未遂の罪の刑で処断
累犯加重
 
判示第1の1ないし3の各罪 被告人Cの前記1(1)(2)の各前科があるので,刑法59条,56条1項,57条により3犯の加重(行為時においては,上記改正前の刑法14条の加重の制限に従い,裁判時においてはその制限はされないが,これは刑の変更があったときに当たるから,刑法6条,10条により軽い行為時法の刑により,上記改正前の刑法14条の制限に従う。)
 
判示第1の4及び5の各罪 被告人Cの前記1(2)の前科があるので,刑法56条1項,57条により再犯の加重(行為時においては,上記改正前の刑法14条の加重の制限に従い,裁判時においてはその制限はされないが,これは刑の変更があったときに当たるから,刑法6条,10条により軽い行為時法の刑により,上記改正前の刑法14条の制限に従う。)
併合罪の処理 刑法45条前段及び後段,50条により確定裁判を経ていない判示第1の1ないし5の各罪について更に処断することととし,47条本文,10条により犯情の最も重い第1の2の罪の刑に上記改正前の刑法14条の制限内で法定の加重(行為時においては上記改正前の刑法14条の加重の制限に従い,裁判時においてはその制限はされないが,これは刑の変更があったときに当たるから,刑法6条,10条により軽い行為時法の刑による。)
訴訟費用の不負担 刑事訴訟法181条1項ただし書
(量刑の理由)
 
本件は,指定暴力団D組組長である被告人A(以下「被告人A」という。)が,G衆議院議員(以下「G議員」という。)に恨みを持った被告人B(以下「被告人B」という。)から報復を依頼されて,被告人C(以下「被告人C」という。)に命じ,E(以下「E」という。)及びF(以下「F」という。)と共に,平成12年6月から8月にかけて,5回にわたり,G議員後援会事務所と間違えた総合結婚式場I(以下「I」という。)(第1の1),G議員宅車庫付き倉庫(第1の2及び5)及び同後援会事務所(第1の3及び4)に火炎びんを投擲して,放火しようとした火炎びん使用等の処罰に関する法律違反,非現住建造物等放火未遂の事案,並びに被告人AがMに自分の面子を潰されたとして同女への報復を画策し,その配下のK(以下「K」という。)らに指示して敢行した一連の現住建造物等放火未遂(第2),現住建造物等放火(第3),けん銃による弾丸6発の発砲及びこれによる建造物損壊(第4の1)とその際のけん銃及び実包6発の所持(第4の2)の各事案,被告人Aによる傷害の各事案(第5,6)である。
1 第1の各犯行について
 
第1の各犯行は,下関市長選に関してG議員側に協力したことで金銭を要求したがG議員側からその要求を拒絶されたことから,G議員側に対して恨みを持った被告人Bが,怨恨を晴らすとともに暴力団組織の力を借り,暴力に訴えるなどしてG議員側から多額の金銭を得ようと企て,親交のあった被告人Aに依頼し,同被告人が,被告人Bからの報酬を得ようと目論み,配下のC,F及びEに命じて敢行されたものであり,金銭を得るためには火炎びんを投げ付けたり,放火することをも厭わない身勝手な動機に基づくものであり,その理不尽な動機に酌量の余地は全くない。 
 
被告人A,同C,F及びEは,G議員宅及びG議員後援会事務所の所在を地図で確認して下見をし,犯行使用車両の調達,火炎びんの作製や試し投げ等の準備を分担して行い,火炎びんを投げる実行犯,自動車の運転手役,現場での見張り役等の役割分担を決めた上,犯行の発覚しにくい深夜の時間帯を狙って第1の各犯行に及んだものであり,第1の各犯行は,用意周到に準備した組織的かつ計画的なものである。
 
第1の各犯行は,いずれもガソリンを詰めたビールびんで作った火炎びんを用い,それを投擲して,5回にわたり放火しようとしたものであり,各被害建物の周辺状況などからすると,一歩間違えば火勢が広がり物的被害のみならず人命被害も出かねない危険性の高い極めて悪質な犯行である。
 
また,被告人らは,IをG議員後援会事務所と間違えて第1の1の犯行を敢行し,その後数日のうちにG議員宅倉庫棟に火炎びんを投擲する第1の2の犯行を,その10日ほど後にはG議員後援会事務所に火炎びんを投擲する第1の3の犯行を立て続けに敢行し,さらには,被告人B周辺に捜索の手が及んだ後も第1の4及び5の各犯行を敢行したものであって,大胆不敵で,執ようである。
 
本件第1の各犯行の結果,第1の1の犯行では,ガラスの取替えや塗装の修理費用の合計約16万6000円,第1の2の犯行では,車庫棟の修理費用約338万円及び車庫に駐車してあった車両3台の損害合計約395万円,第1の3の犯行では,修理費用約2万7440円,第1の4の犯行では,修理費用約1万6380円,第5の犯行では,修理費用約10万円弱の被害が生じており,その結果は重大であるとともに,深夜,火炎びんを用いて放火したことにより,G議員宅及び後援会事務所の関係者及び周辺住民に与えた不安感は多大なものであったことは想像に難くない。現に,最も被害の大きかった第1の2の犯行の際にG議員宅にいた者は多大な恐怖心を抱いている。
 
また,暴力団関係者によるけん銃を用いた発砲の犯行をはじめとする一般市民に対する威嚇・嫌がらせが頻発しているという社会情勢を踏まえると,この種の過激で,社会不安を増大させるような反社会的犯行に対しては,治安の回復,同種事案の抑制といった一般予防の見地からも厳重な処罰が必要である。
2 第2ないし第4の犯行について
 
第2ないし第4の犯行動機は,暴力団特有の発想に基づいた極めて身勝手かつ反社会的なものである上に,いずれの犯行も,深夜ないし未明に計画的に敢行された陰湿,卑劣なものであり,また,Mを一層脅かすべく,立て続けに執ようかつ徹底的になされたものでもあって,一連の犯行全体をみても犯情は悪質極まりないものである。
 
各犯行態様を個別にみても,第2の犯行では,人家の密集する住宅街にあり隣家への延焼等による被害拡大のおそれも高い木造スレート葺家屋であるL方に対し,ガソリンを4リットル用オイル缶に相当量購入して準備し,その大半を壁や雨どいに撒布した上,火を放ったもので,焼損には至らなかったものの,ガソリンを火柱が上がるまでに燃焼させ,その火力で窓ガラスが割れ,雨どいやエルボを融解させるなどしたものであり,相当に危険なものである。また,第3の犯行でも,やはり上記同様の住宅街にありプロパンガスボンベも側に設置されている木造スレート葺共同住宅中のM方に対し,ガソリンを4リットル用オイル缶一杯に購入して準備し,判示の方法で火を放って玄関扉表面の塩化ビニールシートを焼損したものであるが,焼損の程度が比較的小さいものにとどまったのは放火の事実にすぐに気付いたMの娘や隣人らによる懸命な消火活動がされたからであり,玄関外で炎が勢いよく燃え上がったほか室内にも炎が上がり,何度も水をかけてようやく消火できたものであって,これもまた極めて危険な犯行である。さらに,第4の1の犯行では,上記L方の外壁目掛けて弾倉に込めた6発の弾丸すべてを続けざまに撃ち込んだもので,狙いがそれれば窓に命中するおそれもあった上に,閑静な住宅街でL方の家人らが起床していたなかでの発砲行為であって,危険かつ悪質極まりないものである。
 
本件第2ないし第4の各犯行により,第2の犯行では約61万円余り,第3の犯行では約38万円余り,第4の犯行では約100万円の修繕ないし補修工事相当分の財産的被害が生じたのみならず,第3の犯行では家に一人いたMの娘が全治4日を要する両下腿部熱傷の傷害を負い,これが原因と思われる外傷後ストレス障害に罹患して現在も通院を続けているなど,特に同女が事後に引きずった被害は大きく,Mの処罰感情も当初は厳しいものであった。また,本件第2ないし第4の各犯行はいずれも住宅街で敢行されたもので,近隣住民に与えた不安感や衝撃が大きいことは想像に難くない。
 
本件のような暴力団関係者による犯行が平穏な市民生活に多大な悪影響を及ぼすことも到底看過できないところであり,その点からも本件第2ないし第4の各犯行の結果は重大であって,この種の反社会的犯行に対しては一般予防の見地から厳重な処罰が必要である。
3 第5及び第6の犯行について
 
第5の犯行は,何度も連絡がとれるようにしておくようにと命じていたにもかかわらず,企業舎弟の被害者と連絡がとれないことに立腹して,判示犯行に至ったものであり,短絡的で粗暴な犯行である。
 
第6の犯行は,被害者が暴力団事務所に来ることを知り,反撃しようと3人がかりで一方的に被害者を多数回殴打するなどの暴行を加えたものであって,その犯行態様は,執ようかつ粗暴であり,被害者の受けた精神的苦痛も重大である。
 
また,第5,第6の各被害者の傷害結果も軽くはない。
 
以上によれば,第5,第6の各犯行についての被告人Aの刑事責任も軽視できないといわざるを得ない。
4 被告人Aの個別情状
 
第1の各犯行において,被告人Aは,被告人Bの依頼を受け,報酬を得るために,配下のCらに命じて,首謀者として犯行を敢行したものであり,その刑事責任は重大なものがある。
 
また,第2ないし第4の各犯行についても,被害者のMに暴力団組長としての面子を潰されたとして報復を決意し,Kら配下の組員に命じて,首謀者として犯行を敢行したものであり,その刑事責任は重い。
 
しかるに,被告人Aは,第1の各犯行については,自らの刑事責任は認めるものの,Cら配下の組員に指示をした点については否認し,第2ないし第4の各犯行については,Kが勝手に過剰なことをしたとして自らの刑事責任を争っており,その反省の情は十分ではない。
 
また,被告人Aは,服役前科4犯を有し幾度となく更生の機会が与えられたにもかかわらず,前記累犯前科の服役を終えて出所した後わずか8か月余りで第1の犯行に及び,その後も立て続けに各犯行に及んだものであって,その遵法精神,規範意識の欠如は著しいものがある。
 
以上のような被告人Aについての不利な情状,すなわち,暴力団組長の被告人Aが,その配下の組員を用いて,組織的かつ計画的に犯行を行ったものであり,現住建造物放火既遂,未遂罪,けん銃発射罪については,その選択刑に無期懲役刑もあるなど,その罪質は極めて重いものであること,他に非現住建造物放火は未遂を含めて6件,傷害2件もあり,その犯罪の数も多いこと,代議士宅などを狙い,火炎びんを使用して連続して行った犯行はその社会的影響も大きかったこと,各犯行の動機や経緯に斟酌すべきところはなく,態様も悪質で,被告人Aの果たした役割の大きさや,累犯前科等の多数の前科を有すること,暴力団組長の立場にあり,その規範意識の低さなどを考慮すると,被告人Aの刑事責任には重いものがあり,検察官が被告人Aについて無期懲役刑を求刑していることも理解できるところがあるというべきである。
 
他方,各放火罪の結果やけん銃発射罪の結果をみると,幸いにも人の死亡という重大な結果まで生じておらず,物的被害に止まっていること,第1の各犯行では自らの関与を認め,その刑事責任を認める態度を示していること,第5及び第6の各犯行では事実を素直に認めていること,第2ないし第4の各犯行については,自らの道義的責任を認めているほか,被害弁償等については,判示第3犯行の被害者で第2及び第4の1の犯行の被害者の内妻であるMに300万円の示談金を支払っており,Mは被告人Aに対し宥恕の意思を示すに至っていること,第5及び第6の各被害者に対して各10万円の示談金を支払い,各被害者が被告人Aに対し宥恕の意思を示していること,第1の各犯行につき,法律扶助協会に対して50万円の贖罪寄付をした上,被害者側に対し,平成19年2月5日総額1006万円余りを被害弁償金として供託するなど,被害の回復に努めていること,また,第6の犯行では被害者にも落ち度があったことといった被告人Aにも酌むべき事情が認められる。とりわけ,第1の各犯行についての被害弁償額は,上記のとおり,1000万円を超えるものであり,被害者側が受け取る意思を持つに至れば被害回復が実現するものであるから,被告人Aの量刑を決する上では無視できない事情であるほか,第2ないし第4の各犯行に関連してMに示談金を支払って宥恕の意思表示を得ていることなど,被告人Aが被害回復のための上記のような努力をしたことは,その反省の情を示すものというべきであって,これを軽視することは相当ではないというべきである。
 
これらの事情を考慮すると,被告人Aを無期懲役刑に処するのは相当ではなく,主文のとおりの刑に処するのが相当と考えられる。
5 被告人Bの個別情状
 
被告人Bは,G議員へ報復として脅しをかけ,金銭を得ようと思い,報酬を約束して,親交のあった暴力団組長である被告人Aに依頼して,第1の各犯行を敢行させたものであり,報酬の約束をすることで暴力団組織を自らの目的実現のための手足とした被告人Bの刑事責任は,犯行を指示した被告人Aと同等の重い刑事責任を負うべきものである。
 
しかるに,被告人Bは,第1の各犯行への関与を否認し,自らの刑事責任を免れることに汲々としているのであり,反省の情は微塵も感じられない。
 
また,被告人Bは,前科8犯を有し,そのたびに服役して何度となく更生の機会が与えられていたにもかかわらず,第1の各犯行を親交ある暴力団組長である被告人Aに依頼したのであり,その規範意識の鈍麻は著しいものがある。
 
以上によれば,被告人Bの刑事責任には重いものがある。
 
他方,被告人Bは高齢であること,被告人Aにより被害弁償のための前記供託がされていることが記録上明らかであることといった被告人Bにも酌むべき事情が認められるので,以上の諸情状を総合考慮して主文のとおり量刑した。
6 Cの個別情状
 
Cは,第1の各犯行において,被告人Aからの指示を受けていわば実行担当の責任者として,犯行を敢行したものであり,犯行完遂に必要不可欠な役割を果たしたことが明白である。
 
しかるに,Cは,第1の各犯行を否認し,その反省の情は微塵も感じられない。
 
また,Cは,前科10犯を有し,幾度となく服役して更生の機会が与えられたにもかかわらず,前記累犯前科の刑執行終了後わずか1か月余りで,被告人Aの指示を受けてためらうことなく第1の各犯行を立て続けに敢行したものであり,その規範意識の欠如は著しく,Cの暴力団加入歴に照らせば,再犯のおそれも否定し難い。
 
以上によれば,Cの刑事責任は重大である。
 
他方,Cは,組織内の上位者である被告人Aに指示されて各犯行に及んだものであること,被告人Aにより被害弁償のための前記供託がされていることが記録上明らかであることといったCにも酌むべき事情が認められるので,以上の諸情状を総合考慮して主文のとおり量刑した。
(求刑 被告人Aにつき無期懲役,被告人Bにつき懲役15年,Cにつき懲役13年)
平成19年3月9日
福岡地方裁判所小倉支部第1刑事部
裁判長裁判官 野島秀夫 裁判官 森岡孝介 裁判官 中直也

LINEアカウントでお得な無料相談を受ける!上記の記事でよく分からない部分を無料で弁護士に相談することができます

「LINE無料相談」での実際の相談例をご紹介します

お客様の感謝の声はこちらをクリック。アトム法律事務所は1人1人のお客様を大切にしています。 横浜・川崎で刑事事件に強い弁護士をお探しなら 刑事弁護ホットライン 0120-631-276 法律相談のご予約は日本全国24時間受付無料 すぐに弁護士が警察署に向かいます。まずはお電話ください。 親身で頼りになる刑事弁護士とすぐに相談できます。