暴行福岡2

暴行福岡2

福岡高等裁判所/平成一五年(う)第二〇八号

主文
原判決を破棄する。
被告人を懲役一年に処する。
原審における未決勾留日数中八〇日をその刑に算入する。

理由
第一 本件控訴の趣意は、検察官廣瀬公治作成の控訴趣意書記載のとおりであり、これに対する答弁は、弁護人高島剛一提出の答弁書記載のとおりであるから、これらを引用する。
 
論旨は、要するに、原判決は、「公訴事実記載の被告人の行為に関する被害者の供述は信用することができない」、「被告人が、暴力団五代目甲山組二代目甲野組乙山組丙川会若頭であることは認めることはできない」などとした上、その結論として、「被告人の脅迫行為を認定するに足る証拠がない。したがって、被告人に対する本件公訴事実については、犯罪の証明がない」旨判示し、無罪を言い渡したが、原審で取り調べられた関係各証拠を正当に評価すれば、公訴事実を優に認定できるのに、関係各証拠を十分吟味、検討しないまま、本件犯行を否認する被告人の弁解供述を安易に措信した結果、事実を誤認し、その誤りが判決に影響を及ぼすことが明らかである、というのである。
第二 そこで、記録を調査し、当審における事実取調べの結果を併せて検討するに、当裁判所は、原判決挙示の関係各証拠を総合すると、被告人が暴力団五代目甲山組二代目甲野組乙山組丙川会の「若頭」であることを認めるに足りる証拠は十分ではないものの、その点を除けば、起訴状記載の犯罪事実は十分に認定することができるものと判断したので、以下、補足して説明する。
一 関係各証拠によれば、次の事実が認められる。
(一)暴力団五代目甲山組二代目甲野組乙山組丙川会(以下「丙川会」という。)会長Bは、数百万円を貸し付けていたCが借金の返済を滞らせたため、知人のDが経営する飲食店でCを借金のかたに働かせていた。
 
Cには、Eが数百万円を、F(以下「被害者」という。)が数十万円をそれぞれ貸し付けていたが、かねてからEと被害者との間では、一方だけが抜け駆けをして、Cから借金の返済を受けることはしない旨を合意していた。
(二)Cは、平成一四年一月ころから、所在をくらましていたが、同年二、三月ころ、熊本市内でEに発見されたため、同人から厳しい借金の取立てをされることを恐れて、電話でDに助けを求めた。
 
Dからその旨の連絡を受けた被告人は、Dと一緒に、Eに捕まっていたCのところに赴き、Eに対し、自分のことを「丙川会のA」と名乗るとともに、「兄貴のBさんがCに約三〇〇万円を貸している。Cは自分の知ったところで働かせている。兄貴に会うて話ばしてくれ」などと申し向けた。
 
被告人は、その後、Bに連絡を取った上、同人とともにEらと会い、Cからの借金の取立て方法等について話合い、B、E及び他の債権者の三者がCの受領予定の失業保険を三等分してそれぞれの貸付金の返済として受領する旨を合意した。
(三)そのころ、Eは,Cから、「一〇〇万円をFに返済した。Fから、『一〇〇万円を返済したことは、Eに言うな』と言われた」ことなどを聞いて、その話を信じ、被害者が自分との約束を破って抜け駆けし、Cから返済を受けたとして立腹し、同年三月一二日午後九時ころ、熊本市内の被害者方付近の洗車場において被害者に対し、約束を破って一人だけCから借金の返済を受けたのではないかと執拗に追及したが、被害者は、その事実はないとして強く否定した。
 
そこで、Eは、被告人の加勢を得て、被害者にCから一〇〇万円を受領したことを認めさせようと考え、被告人に電話し、熊本市《番地略》所在の丁原店駐車場(以下「本件駐車場」という。)に来るように依頼した。また、被害者に対しては、「Cは、今、丙川会の人間にかくまってもらっている」、「丙川会の人間がCを連れてくるから、Cを入れて話をしましょう、丙川会の人間と会うのは今回が三回目だから」などと言い、被害者と一緒に、それぞれの車で本件駐車場に向かった。 
(四)被害者は、本件駐車場への移動途中、妹のG子と、義弟のHに携帯電話で電話し、事情を説明し、両名から、自分がCから一〇〇万円をもらっていないことを証明してもらうために、両名を本件駐車場まで呼び出した。
二 被害者の原審供述について
(一)被害者の原審供述の要旨は、次のとおりである。
(1)被害者とEは、平成一四年三月一二日午後九時一五分ころ、本件駐車場に到着し、その後一〇分くらいして、被告人が同所に車で到着した。
 
被告人は、到着するや被害者に詰め寄り、Cから一〇〇万円を受け取ったのではないかと言って、被害者にこれを認めさせようとしたが、被害者はこれを否定し、押し問答が続いた。この間、G子、Hのほか、被害者が本件駐車場に到着してから携帯電話で呼び出した友人である暴力団丁原一家戊田会甲田組組員のIが本件駐車場にやって来た。
 
その後も、被害者が上記のように否定し続けたため、被告人は、立腹して、右手で被害者の胸倉をつかんだ上、左手拳を振り上げながら、「ぬしゃ、打ち殺すぞ、今から事務所に行ったっていいぞ。お前は今からさらう」などと怒鳴って被害者を脅し上げたものの、殴るまではせず、「俺は弁当もっとるけん、お前はここじゃ殴らん、今から事務所に連れて行く」などと言って、つかんだ胸倉を放した。
(2)被告人は、携帯電話でどこかに電話し、「おやじですか、こやつは横着かですもんね、口ば割らんですもん、今から事務所に連れて行きます、ところで、Cばこっちにやってもらえんでしょうか」などと言っていた。
 
それからしばらく経った同日午後一〇時ころ、Cが男二人(後に、JとKと判明)に挟まれて本件駐車場に連れられて来た。被告人は、一見して怯えていることが分かる状態のCを怒鳴り付けて、同人から被害者に一〇〇万円を返済した旨言わせたが、被害者は、「もろとらんもんはもろとらんです」とこれを否定した。被告人は、被害者に対し、「山に連れて行かれて埋められようとした人間が嘘をつくはずがない」などと言ったり、「ぬしゃ、やくざばなめとったら打ち殺すぞ。今から事務所に行く」などと怒鳴ったりした。
 
被告人は、また携帯電話でどこかに電話し、「こやつ口を割らんけん、事務所に連れて行きます」などと言った後、被害者に、「事務所に行くぞ」と言って被害者を脅した。被害者は、Cから一〇〇万円を受け取っていないことを明らかにするためにも、被告人が所属する暴力団の事務所に行くしかないと決意したが、暴力団から何かされたときのために、その場にいた妹に、「俺が連れて行かれたら、警察に言え」と告げた。
 
被害者は、その時まだ被告人の名前を知らず、以前Cから受け取った「二代目甲野組内乙山組舎弟丙川会会長B」という名刺の、Bかもしれないと考えて確かめようと、被告人に名前を教えて欲しいと言ったところ、被告人は、これに対し、「俺は、二代目甲野組内乙山組丙川会、頭のAたい、俺は代紋ば出したつだけん、聞いたからにはそれなりのことばしてもらうぞ、やくざばなめとると殺すぞ、事務所に連れて行ってヤキば入れてやる」などと怒鳴って被害者を脅した。
(3)被害者は、被告人の許しを得て、午後一〇時一五分ころ、一旦本件駐車場に駐車していた車を自宅に置きに帰り、午後一〇時二〇分ころ、Eの車に乗って本件駐車場に戻った。その間、被告人は、同所で待っていた。
 
戻った被害者は、被告人やEと重ねて押し問答するうち、被告人は、「俺は弁当ばもっとるけん、お前のような奴ば事務所に連れて行って、妹が警察に言ったりしたら、俺はムショに行かなければいかんけん、事務所には連れて行かん」などと一転して事務所には連れて行かないと言うようになった。
 
被害者は、Cをつれてきた男二人の年かさの方(後に、Jと判明)から、「俺はいくときはいくだけんね」などと、いざというときには殺しも辞さないかのような言葉をかけられている最中(なお、被告人は、自分の車の近くに立ち、その年かさの男に、「早く帰るぞ」と呼ぶなど、帰る素振りを示していた。)、午後一〇時三〇分ころ、いきなりEからナイフで左足を突き刺された。その直後、被告人は、Cと同人を連れてきた男二人を連れて車で本件駐車場を離れた。
(4)被害者は、当初こそ、Eをまだ友人と考えて庇う気持ちもあり、Eから傷害を負わされたという被害を警察に申告せず、一週間後の三月一九日、E側(E、B、C、被告人ら)と示談交渉をしたものの、E側に誠意が見られないとして、示談交渉を打ち切り、同月二二日、警察にその被害を申告し、その事情聴取の過程で、被告人による本件脅迫についても供述し、本件が発覚した。
(二)そこで、上記被害者の供述の信用性を検討する。
 
被害者は、本件の一連の経過について、具体的かつ詳細な供述をしているが、その供述内容は、客観的事実と符合し、H及びG子ら関係者の供述にも裏付けられ、よく経過を説明するものであり、多数の特徴的な事柄や当時の気持ちが表現されていて迫真性、臨場感に富んでおり、格別不自然、不合理な点は見受けられない。また、捜査段階並びに原審及び当審公判廷を通じてその供述は一貫しており、自己に不利益な事実を含めて率直にありのまま供述していることが窺え、その供述態度には真摯さ、誠実さが認められる。原審及び当審弁護人の詳細にわたる尋問(実質は反対尋問)を経ても揺らぎがなく、もとより、飲酒酩酊や薬物使用の影響による供述の歪みなどは何ら窺えないから、その供述の信用性は高いというべきである。
三 被告人の供述の信用性について
 
これに対して、被告人は、捜査段階並びに原審及び当審公判廷を通じて、本件犯行を否認しているが、その弁解供述を検討すれば、不自然な変遷や、不合理な供述内容等が認められる。
(一)(1)被告人は、
〔1〕当初、警察官に対し、口論の最中、被害者にCから一〇〇万円を受領したことを認めさせるために、「俺も、元丙川会のAぞ」などと怒鳴ったなどと、自ら丙川会の名前を挙げた旨供述していた(平成一四年六月六日付け警察官調書・原審乙二号証。以下、書証については、原則として「原審」の記載を省略する。)。
〔2〕しかし、その後は、被害者が口論の最中、しつこく被告人の所属する組織名を聞いてきたために、「丙川会のBさんのとこにおったAたい」と名乗った旨(同月一三日付け警察官調書・乙四号証)述べたり、「Fは、私に対し、『あなたもやくざものでしょう、どこの組織の人ですか』、としつこく聞いてきたため、私は、Fに対し、『昔はやくざもんで今は違う、お前もいっしょたい、お前は昔乙野におったろう、俺は昔甲野におった』と言いました」と述べるようになった(同月二五日付け検察官調書・乙七号証)。
〔3〕さらに、原審第七回公判において、本件駐車場に着いた直後、「Aです」と自分の名前を名乗ったが、口論の最中には、被害者が被告人の属する組織名を聞いてきたため、「昔おれもやくざだったばってん、おまえも昔やくざたったろう」などと言ったが、組の名前や人の名前は出してはいない旨(二二頁)を述べ、供述を明確に変遷させるに至った。〔4〕ところが、原審第八回公判においては、検察官からこの点を追及されて、「丙川会やBの名前は出した」(九、一二頁)と再度供述を変遷させ、その変遷の理由を問われて、「そう言われても分からんですね」(一二頁)などと答えている。
(2)被告人は、警察官に対して、自分から、乙野会の事務所にBも連れて行って話をつけるよう提案し、被害者がそれに乗った旨供述していたところ(同月一三日付け警察官調書・乙四号証)、原審第七回公判において、被害者の方から、事務所に行くと言ってきた旨一旦供述を変更したが、検察官から上記乙四号証の供述内容を指摘されて供述を元に戻している(三七頁)。
(3)被告人は、検察官に対する弁解録取の際、被疑事実(同事実中には、被告人の脅迫文言として、「俺は二代目甲野組内乙山組舎弟丙川会頭のAたい。俺は代紋ば出したつだけん。聞いたからにはそれなりのことばしてもらうぞ。ヤクザばなめとると殺すぞ。事務所に連れていってヤキば入れてやる」などの記載がある。)を否認するとともに、「今読んで聞かされたようなことは一切言っていません。私は、Eから呼ばれて、その現場にいただけです」と述べたが(乙六号証)、その後、検察官に対して、「私は、お前が一発打つなら、一〇倍にして返すぞ、のぼすんな、ぬしゃ、なめとっとふん殺すぞ、などと言って、Fを怒鳴りつけて脅したことはあります」旨供述を変え、原審公判廷においてもこれを維持している(乙七号証、原審第七回公判三三頁)。
 
このように、被告人の供述には、いずれも本件の核心に関わる重要な部分において、供述の変遷があるが、この点について納得のいく説明がなされておらず、罪を軽からしめようと場当たり的な供述をしている感が否定できない。
(二)被告人は、この日Eから電話を貰い、被害者と、同人がCから一〇〇万円を受け取ったかどうかで揉めている、Cを本件駐車場に連れて来てほしいと頼まれた、それで、Cの身柄を預かっているBに電話したところ、Cをその場に連れて行くようにするが、連れ帰ってほしいと頼まれて現場に行ったのであり、Eと被害者との間の話に介入するつもりはなかったが、被害者の態度が悪かったのでつい興奮して口論になった旨弁解している(乙七号証、原審第七回公判七頁以下)。しかしながら、加勢してもらうために被告人を呼んだというEの供述(検察官調書・甲一三号証)によっても、被告人は本件駐車場に到着後直ぐ、被害者に対し、Cから一〇〇万円を受領したことを追及しているというのであり、このような同所における被告人の行動に照らすと、被告人が上記のようなつもりで同所に赴いたとはにわかに信じ難い。
(三)被告人は、元丙川会にいたAと名乗っただけであると弁解している。しかしながら、意味もなくかつて所属していた組織名を持ち出したとは考え難いことである。この点、後記のように被告人に近い立場にあるEは、平成一四年三月上旬ころ、職業安定所でCを見つけて、自分の車に連れて行こうとしたときに、男に「何しよっとや」と声をかけられた、自分がCに二五〇万円を貸していることを説明すると、「兄貴のBさんという人がCに三〇〇万円を貸している。Cを今連れて行って貰ったら困る。Cは今自分の知ったところで働かせている」などと言ってきた、その男の名前を聞いたところ、丙川会のAと名乗った(検察官調書謄本・甲一三号証)、「Aさんは、……どのような役職についているかまでは分かりませんが、現在も丙川会に属するやくざだと思います」(同・甲一四号証)、「Aとは事件前に二、三回会った程度です。同人が暴力団丙川会の人間であることは、同人から言われて知っていましたが、若頭であることは知りませんでした」(Eの被告人質問調書・甲三〇号証)などと述べていることからしても、被告人が本件当時丙川会のAと名乗っていたことが窺われるのであり、この点に関する被告人の弁解供述もまた信用できないことは明らかである。
 
以上検討した結果、被告人の捜査段階並びに原審及び当審公判供述は、上記のような供述態度・内容等に照らして、到底信用できない。
(四)因みに、原判決は、Eの供述が信用できることを前提として、被告人の供述の信用性を論じている。しかしながら、Eは、被害者に対し、Cから一〇〇万円を受領したとして追及し、被害者がこれを否定するや、被害者をナイフで刺すという傷害事件を起こし、その後も被害者との間で示談ができないなど、被害者と対立関係にあり、逆に、被告人とはその加勢を頼むような関係にあった。Eは、本件犯行当時、終始被害者及び被告人の傍にいて被告人の言動を見聞きしていたはずであるにもかかわらず、原審公判廷においては、被告人の言動を見ていない、覚えていない旨の供述を繰り返し、被告人がその場からBに電話したという被告人自身が認めている事実をも否定するなど、被告人にとって不利益ないし都合の悪いと考えた事実については供述しないという頑な供述態度が窺える(なお、Cを連れて来て、犯行現場にいた原審証人Jも、被告人や被害者らの話を聞いていない、覚えていない旨の供述を繰り返すなど曖昧な供述態度に終始している。)。そして、Eは被害者との間のトラブルに被告人を巻き込んで、被告人が逮捕されるに至ったことについて、責任ないし負い目を感じているという事情に照らせば、Eが被告人を庇って被告人に有利な供述をしていることは容易に推認でき、Eの被告人の犯行状況に関する供述部分は、にわかに信用できないというべきである。
四 原判決指摘の問題点の検討
 
原判決は、被害者、H、G子の供述等には種々の観点から疑問がある旨を説示するので、以下、これらの点について検討する。
(一)まず、原判決は、丙川会には暴力団事務所は存在していないから、被告人がBに対し、携帯電話でこれから被告人及びBが使用している暴力団の事務所へ被害者を連れて行く旨の電話をすることは考えられない。したがって、被害者の供述は信用することができない、と説示する。
 
しかしながら、確かに、証拠によれば、当時丙川会が実質的に暴力団の事務所として使用している場所がなかったことが窺えるが、後記のとおり丙川会組員である可能性が高いと認められる被告人が被害者を畏怖させるために、事務所に連れて行く旨申し向けて脅すことは、何ら不自然、不合理なことではない。実際、暴力団構成員でなくても、相手を畏怖させる手段として、暴力団構成員を装ったり、あるいは事務所へ連れて行くと言って脅すようなことは、決して稀なことではない。そうすると、このような内容を含む被害者の供述が信用できないなどということはできない。
 
因みに、前記二の(一)の(3)掲記のとおり、被告人が、その後「俺は弁当ばもっとるけん、お前のような奴ば事務所に連れていって、妹が警察に言ったりしたら、俺はムショに行かなければいかんけん、事務所には連れていかん」などと一転して事務所に連れて行くのを止めると言い出したということ(被害者の検察官調書・甲一号証)については、被告人の事務所に連れて行くという脅しにより、被害者が暴力団の事務所に行かざるを得ないと覚悟を決めた段になって、被告人が、実際には連れて行く事務所がないことから、以後の行動に窮したことが想像されるのであって、被害者の述べる脅迫文言と辻褄が合っており、説得力がある。
(二)次に、原判決は、被害者が、Eの車で再び本件駐車場に戻ってきている点が、脅迫被害者の行動としては不可解である、と説示している。
 
しかしながら、被害者は、被告人の執ような態度から事務所に行くのを断ることができる雰囲気ではなく、断れば却ってCから一〇〇万円をもらったことを認めることになると思い、被告人が言う事務所に行くことにした、事務所に行けば、被告人達から、殴られたり蹴られたりするかもしれないと思ったが、事務所に連れて行かれれば、妹や弟がすぐ警察に通報してくれるだろうと思い、警察が来てくれることに期待していた、車を家に置きに行く際に、その場にいた妹に対し、「俺が連れて行かれたら、警察に言え」と言っておいた旨述べている(検察官調書・甲一号証)。被害者の当時の気持については合理的で説得力のある説明がなされているというべきである。そして、被害者の車の後をEの運転する車がついて行き、その後、被害者はEの車に乗って駐車場に戻ったというのであるから(被害者、H、G子の各検察官調書・甲一ないし三号証)、当時の状況からみて何ら不可解な点はない。
(三)そして、原判決は、「被害者は、公判廷において、被告人の犯行行為という核心部分について抽象的な供述に終始しており、記憶の減退可能性を考慮しても、やはりその信用性に疑問を入れざるを得ない。」と説示している。
 
そこで検討するに、原審においては、検察官請求の被害者の検察官調書(甲一号証)及び警察官調書(五通。甲一五ないし一九号証)はすべて同意されて取り調べられた上で、弁護人の請求により被害者の証人尋問が実施されている。弁護人の質問は上記調書の記載を細部まで逐一確認するというものであるところ、その質問の仕方に鑑みれば、被害者はそのような質問に即して率直に答えており、その答えもほぼ的確というべきであって、原判決が指摘する被害者が抽象的供述に終始しているような点は見当たらない。また、被害者は、原審公判廷において、記憶がない旨述べる部分はあるが、本件後約七か月が経過し、取調べからも約三か月が経過しており、供述時点で細部の記憶が若干減退していても不自然なことではない。むしろ、記憶がないところはその旨を述べる被害者の供述態度には誠実さが窺えるというべきである。
(四)さらに、原判決は、「H供述にも、被告人がBと推察される人物に対し、携帯電話をし、これから暴力団の事務所へ被害者を連れて行く旨の連絡をした旨の供述が含まれていることからして、Hの供述は、信用することができ」ない、「Hは、公判廷において、被告人の犯行行為という核心部分について抽象的な供述に終始しており」、また、「G子は、捜査段階では、被告人が、被害者に対し、『事務所へ行ってヤキを入れてやろうか、Cと同じ事をしてやろうか。やくざばなめるとうち殺すぞ。』と述べているが、公判廷において、被告人の脅迫行為について、具体的な供述をすることが殆どできず」、いずれも、「記憶の減退を考慮しても、やはりその信用性に疑問を入れざるを得ない。」と説示している。
 
しかしながら、暴力団の事務所へ被害者を連れて行くとの連絡をした旨の供述内容を含むHの供述が信用できないなどとはいえないことは、前記(一)と同様である。また、H及びG子の原審公判供述の信用性についても、被害者の供述と同様に、その批判は当を得ないものである。そして、H及びG子は、義兄や実兄にあたる被害者に同調することはなく、記憶がないところはその旨を述べる供述態度に誠実さが窺えるし、被告人が左手を振り上げたことに気が付かなくてもその位置関係からする視野の制約があったとも考えられ、そのこと自体が直ちにその供述の信用性に影響しない。
五 被告人が暴力団五代目甲山組二代目甲野組乙山組丙川会若頭であることについて
 
原判決は、この点につき検討の上、「被告人が、暴力団五代目甲山組二代目甲野組乙山組丙川会若頭であることは認めることはできない。」と説示している。
 
原審及び当審で取り調べた種々の証拠を総合すれば、被告人が丙川会若頭であることを直接証するものはないし、ほかに丙川会若頭としての被告人の行為といえるようなものも見当たらないが、本件当時、被告人が丙川会組員であった可能性は高いものと認められる(なお、仮に本件当時被告人が厳密な意味で丙川会の組員でなかったとしても、前記破門後も丙川会会長と密接な関係を続けており、かつ本件以外でも丙川会若頭を名乗ったりしており、丙川会に極めて近い立場にあったことは明らかである。)。
 
前記認定によれば、このような被告人が、本件において丙川会頭(若頭)を名乗って、事務所に連れて行くなどと脅したのであるから、「団体の威力を示して」言い換えれば団体を利用しその威力を示して、脅迫したと認定することを妨げないというべきである。
六 以上検討したとおり、原審で取り調べた関係各証拠を総合すれば、起訴状公訴事実記載の脅迫(ただし、被告人が「丙川会若頭である」との点を「丙川会組員又は同会と密接な関係を持つ者である」と訂正する。)を行った事実を認めるに十分である。そうすると、原判決は、証拠の評価を誤った結果、被告人の脅迫行為について犯罪の証明がないとして無罪を言い渡したものであって、原判決には、判決に影響を及ぼすことが明らかな事実誤認があり、全部破棄を免れない。論旨は理由がある。
第三 よって、刑訴法三九七条一項、三八二条により原判決を破棄し、同法四〇〇条ただし書により、被告事件について更に次のとおり判決する。
(罪となるべき事実)
 
被告人は、暴力団五代目甲山組二代目甲野組乙山組丙川会組員又は同会と密接な関係を持つ者であるが、平成一四年三月一二日午後九時二五分ころから同日午後一〇時一五分ころまでの間、熊本市《番地略》所在の株式会社戊田丁原店駐車場において,F(当時三七歳)に対し、左手手拳を振り上げながら、「ぬしゃ、打ち殺すぞ。今から事務所に行ったっていいとぞ。お前は今からさらう」などと怒号した上、「俺は、二代目甲野組乙山組丙川会、頭のAたい。俺は代紋ば出したつだけん、聞いたからにはそれなりのことばしてもらうぞ。やくざばなめとると殺すぞ、事務所に連れて行ってヤキば入れてやる」などと怒号し、同人の生命、身体に危害を加えかねない気勢を示し、もって団体の威力を示して脅迫したものである。
(証拠の標目)《略》
(法令の適用)
 
被告人の判示所為は暴力行為等処罰に関する法律一条(刑法二二二条一項)に該当するので、その所定刑中懲役刑を選択し、その刑期の範囲内で被告人を懲役一年に処し、刑法二一条を適用して、原審における未決勾留日数中八〇日をその刑に算入し、原審及び当審における訴訟費用は、刑訴法一八一条一項ただし書を適用して、被告人に負担させないこととする。 
(量刑の理由)
 
本件は、Cの借金返済に関するトラブルに端を発し、その解決に乗り出した被告人がCの債権者である被害者に対し、団体の威力を示して脅迫したという暴力行為等処罰に関する法律違反の事案である。
 
被告人は、平成一〇年に暴力団五代目甲山組二代目甲野組乙山組丙川会の構成員となり、平成一一年七月、その暴力団の威力を背景として犯した恐喝の罪により懲役三年、四年間執行猶予に処せられ、社会内での自力更生の機会が与えられたのに、自重自戒することなく、その執行猶予期間中にもかかわらず、本件犯行を敢行したものであって、規範意識の欠如は明らかであり、強い非難を免れない。被告人は、前刑の執行猶予判決の言渡しに際し、暴力団から破門されたとはいうものの、個人的な関係に大きな変化はなく、従前どおり丙川会会長との親密な関係を継続する中で(その後組に復帰していた可能性は高い。)、本件犯行を敢行したものであって、その経緯や動機に酌むべきものは見出せない。犯行態様をみれば、貸金の取立てに関するトラブルを、自分が所属していた暴力団名と役名を挙げるなどして暴力団の不法な力を利用することで、解決しようとしたものであって、誠に悪質である。その結果、被害者の被った恐怖感や精神的衝撃も小さくなく、被害者に対し、慰謝の措置は何ら講じられておらず、被害者の処罰感情は依然厳しいものと推察される。被告人は、捜査段階から当審に至るまで本件犯行を一貫して否認し、その反面として反省の情を認めることはできないなど犯行後の情状も良くない。以上の諸事情によれば、被告人の刑責は軽くはない。
 
他方、被告人には扶養すべき妻子がいること等被告人のために酌むべき事情も認められるが、これらの事情をできるだけ被告人に有利に考慮しても、主文の刑を科するのはやむを得ない。
 
よって、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 虎井寧夫 裁判官 林田宗一 大崎良信)

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