その他福岡4(特別公務員暴行罪)

その他福岡4(特別公務員暴行罪)

福岡高等裁判所/平成23年(う)第273号

主文
本件控訴を棄却する。

理由
 
本件控訴の理由は,検察官の職務を行う弁護士本多俊之,同浜田愃及び同奥田律雄(以下「検察官」という)連名作成の控訴趣意書(第1回公判期日での釈明を含む。以下「趣意書」という)及び「控訴趣意書の要旨」と題する書面に記載されたとおりであり,理由不備ないし理由齟齬及び事実誤認の主張である。これに対する答弁は,主任弁護人井寺修一,弁護人安永宏,同青山隆徳及び同安永恵子(以下「弁護人ら」という)連名作成の答弁書及び「答弁書(要旨)」と題する書面に記載されたとおりであり,検察官の主張にはいずれも理由がないというものである。
第1 事案の概要等
1 本件は,平成21年3月2日,佐賀地方裁判所が,刑事訴訟法266条2号により同裁判所の審判に付した事件であり,訴因変更後の審判に付された事実は,次のとおりである(以下「本件付審判事実」という)。
「被告人は,佐賀県警察官として警察の職務を行うものであるが,平成19年9月25日(以下「事件当日」という)午後6時5分ころ,佐賀市ab丁目c番d号所在のA(以下「A」という)東側歩道上(以下「本件取押え現場」という)において,付近を警ら中,B(当時25歳。以下「B」という)に対し,その職務を行うに当たり,手拳で同人の前胸部,前頚部,右耳部を数回殴打する暴行(以下「本件暴行」という)を加え,よって,同人に対し,全治約1週間を要する前胸左側上部打撲傷,前頚右内側上部皮下軟部組織間出血,右耳介付着部後部打撲傷の傷害(以下「本件損傷」という)を負わせたものである」
2 1審公判において,検察官は,被告人が本件歩道上に仰向けに倒れていたBを手拳で数回殴打するのを見た旨述べるC(以下「C」という)及びD(以下「D」という)の各供述(以下「C供述」,「D供述」と総称する)並びにBが負った傷害の内容等によれば,被告人がBに本件暴行を加え本件損傷を負わせたことが明らかである旨主張したのに対し,被告人は,Bに本件暴行を加えたことはない旨供述し(以下「被告人供述」という),弁護人らも,被告人供述に依拠して,被告人は無罪であると主張した。
3 1審判決は,C及びDの各供述は,警察官の振り下ろした手がBの身体に当たったところを見ていないなど,その供述内容自体に限界が内在していること,他の少なからぬ目撃者らの供述と一致せず,同等の目撃者同士による裏付けという点で十分でないこと,本件取押え現場の周囲の状況及び取押えの状況に照らし,被告人がBを手拳で殴打するということの不自然さを否定することができず,動機も不明瞭であること,Bの身体に生じた本件損傷の部位・程度・内容等との整合性が希薄であること,Bが仰向けの状態の際には,被告人がBの手や腕,肩付近を掴んだり押さえたりしたのを,Bがうつ伏せの状態の際には,手錠のかかったBの右手と手錠の輪を握った被告人の右手が引きつけ合うやり取りを,それぞれBを殴打したものと見間違えたか,誤解した可能性を払拭することができないこと,他方,本件暴行を否定する内容の被告人供述は,その信用性を排斥することができないことを指摘して,「C及びDの各供述をもってしても,被告人がBに本件暴行を加えたと確信をもって認定するには至らず,証拠上,その点についてなお合理的疑いが残ると判断した」などと説示して,被告人に対して無罪の言渡しをした。
4 これに対して,検察官が控訴した。
第2 理由不備ないし理由齟齬の控訴趣意について
1 控訴趣意の要旨
(1)E(以下「E」という)に対する証人尋問においては,検察官による反対尋問が実施されていないから,同人の1審公判廷での供述(以下「E供述」という)には証拠能力がないのに,1審判決が,その理由を説明することなくE供述に証拠能力を認めたのは憲法37条2項,刑事訴訟法304条に違反し,採用してはならない証拠を採用した点において理由不備,理由齟齬に当たる。
(2)1審判決は,弁護側証人9名の目撃時間帯や供述内容の信用性を個別に検討することなく,総体として証拠評価し事実の認定をしているが,これは存在しない証拠を存在するものとして事実を認定した点で,理由不備,理由齟齬に当たる。
2 当裁判所の判断
 
刑事訴訟法336条は「被告事件が罪とならないとき,又は被告事件について犯罪の証明がないとき」は無罪の判決をしなければならないと定めていることからすれば,無罪判決においては,その理由として,「被告事件が罪とならないこと」か,「被告事件について犯罪の証明がないこと」を示せば足り,それ以上どの程度の内容を判示するかは裁判所の裁量に属すると解される(東京高裁昭和52年1月31日判決・高刑集30巻1号1頁参照)ところ,1審判決は,検察官が指摘するC及びDの各供述の信用性等について検討した上で,「本件付審判事実については,結局犯罪の証明がないことに帰するから,刑事訴訟法336条により,被告人に対し無罪の言渡しをする」と判示しているので,1審判決に理由不備ないし理由齟齬があるとはいえない。
 
また,(1)の主張を,E供述に証拠能力を認めた1審判決には訴訟手続の法令違反があるとの主張として検討するに,1審判決が「第4 通行人・警察官等の目撃供述及び被告人の供述の信用性の検討」の項の冒頭において,「本件では,本件取押え状況を目撃した,通行人等の証人11名及び警察官2名の各証人尋問を行なった。そのうち,被告人がBに対し暴行を加えるのを見た旨の供述をしたのは,検察官請求に係るC及びDの2名のみであり,その余の者は全てこれを否定する旨の供述をしている」と判示し,さらに,同項の「5 C及びDの各供述は他の少なからぬ目撃者らの供述と相反すること」の項の冒頭においても,同趣旨の判示をした上で,「これらの目撃者9名の供述を総体として見た場合,本件取押えの状況をほぼ切れ目なく目撃していたと考えられるのであって,それにもかかわらず,これらのいずれもが,被告人がBに対して暴行を加えるのを見なかった旨供述していることは,証拠上それなりの意味を有することを否定できない」と判示していることからすれば,1審判決が,同項の「(1)C供述について」の項において,C供述を他の目撃者らの供述と対比してその信用性を検討する中では全くE供述に触れていないことや,「別表 本判決書中で用いた証拠と略号・証拠番号との対応関係」においても,E供述を掲げていないことを考慮に入れても,1審判決は,E供述に証拠能力を認めた上で,これを事実認定のための証拠として援用したと解さざるを得ない。そして,関係証拠によれば,Eは,名前を出さないとの約束の下で証人尋問に応じたのに,主尋問において,尋問者が不用意にEの名前を出してしまったことから,反対尋問も含め,それ以降の証言を全て拒否してしまったために,検察官においてEに対して反対尋問をすることができなくなったことが認められるので,E供述の証拠能力について検討するに,刑事訴訟法320条1項が,「公判期日における供述に代えて」伝聞証拠を証拠とすることができないと規定していることや,公判期日における供述については,直接主義,口頭主義の要請を満たしている上,宣誓の上で行われていることにも照らすと,たとえそれが反対尋問を経ていない供述であっても,原則として,証拠能力を認めることができ,その信用性については,反対尋問による吟味が行われていないことを考慮に入れて,慎重に検討すれば足りると解される。ただ,本件においては,Eに対して主尋問を行った弁護人の重大な過失によってEの供述拒否を招いたものであって,検察官には全く帰責事由がないことにも照らすと,反対尋問権を手続的に保障する観点から,E供述に証拠能力を認めることはできないと解するのが相当である(なお,検察官が指摘する憲法37条2項は被告人に証人審問権を保障したものであって,検察官に証人審問権を保障したものではないから,この点に関する憲法違反の主張は理由がない)。しかしながら,1審判決は,上記のとおり,C及びDの各供述の信用性を判断するに当たってE供述を全く援用していないことに照らすと,その法令違反が判決に影響を及ぼすことが明らかであるとはいえない。
 
次に,(2)の主張についても,1審判決が弁護側証人9名を総体として証拠評価したのは存在しない証拠によって事実を認定した違法があるとの訴訟手続の法令違反の主張として検討するに,確かに,1審判決が,上記のとおり,第4の5項の冒頭において,その目撃した時間帯や場所等を異にする弁護側証人9名について,各証人の供述内容やその信用性について個別に検討することなく,これらの証人が「本件取押えの状況をほぼ切れ目なく目撃していたと考えられる」と判示したのは相当とは言い難いが,1審判決は,その後,Eを除く各証人の供述内容を個別に検討していることが明らかであることにも照らすと,上記の判示はその検討結果を冒頭において概括的に判示した趣旨とも理解できることからすれば,1審判決の上記の判示が証拠裁判主義に反して違法であるとか,それが判決に影響を及ぼすことが明らかであるとは解されない。
 
以上のとおりであって,理由不備ないし理由齟齬に関する検察官の主張は理由がない。
第3 事実誤認の控訴趣意について
1 控訴趣意の要旨
 
Bが仰向けの状態であったときに,被告人がBに対して拳を3回振り下ろして殴るのを見たと述べるC供述,及び,その状況を別の角度から目撃したと述べるD供述,Cから目撃直後に警察官がBを殴打したとの報告を受けたと述べるF(以下「F」という)の1審公判廷での供述によれば,被告人がBに本件暴行を加えた事実を優に認めることができる上,法医学鑑定及び法医学者らの証言によれば,本件暴行によってBが本件損傷を負った事実も認定できるから,本件付審判事実である特別公務員暴行陵虐致傷の事実を認定しなかった1審判決には事実の誤認があり,それが判決に影響を及ぼすことが明らかである。
2 当裁判所の判断
 
検察官が援用するC供述及びD供述によっても,被告人がBに対して本件暴行を加えたと認めるにはいまだ合理的な疑いが残ることは,1審判決が正当に判示するとおりであって,1審判決に事実の誤認はない。以下,補足して説明する。
(1)関係証拠によれば,以下の事実を認めることができ,その内容は両当事者間においても概ね争いがない。
ア 事件当日(以下,事件当日については時間のみを記載することがある),佐賀警察署地域第一課自動車警ら係所属の警察官である被告人及びG巡査部長(以下「G」という。以下,併せて「被告人ら」ともいう)は,制服を着用し,Gが,被告人を助手席に乗せたパトカー(以下「本件パトカー」という)を運転して,午後6時過ぎころ,国道208号線(以下「本件道路」という)をe方面(西方)からf方面(東方)に向けて進行していたところ,被告人は,Bの乗った自転車が進路前方で蛇行運転をしているのを認めたので,車載マイクで警告を発し,フット式のサイレンを吹鳴するなどした。
イ その後,Bの乗った自転車は,本件取押え現場に隣接しているH交差点(以下「本件交差点」という)西側入口の第1車線の停止線付近に信号停止していたI(以下「I」という)の乗った原動機付自転車(以下「バイク」という)に追突し,Bは,左前方にうつ伏せに倒れたが,直ぐに立ち上がるとIのバイクに近づき,前輪のフェンダーを蹴るなどした。
ウ このとき,被告人が,BとIの間に割って入り,Bの右側からその肩と腕を押さえたところ,Bは両腕を激しく振り回して被告人の手を振り払った。一方,Gは,本件パトカーを第1車線と第2車線をまたぐようにして停車させた後しばらく様子を見ていたが,被告人だけでは収まらないと考え,Bの側に駆けつけて,その左側からBの肩と手を掴むと,BはGの手を振り払おうとした。そこで,被告人らは,両手を振り回したりしているBを車道上から歩道上に移動させるため,Bを前方から後方に押して行ったが,その後,Bは本件取押え現場付近で転倒した。そして,被告人らは,Bを両脇から取り押さえようとしたものの,Bが手足等を激しく動かしたり,被告人らに唾を吐きかけたりして抵抗したので,Bに片手錠をかけたり,Gが署活系無線で佐賀警察署(以下「基地局」という)に応援を要請したりした。
エ そのころ,偶然,白色の覆面パトカーに乗車して,本件交差点をg方面(南東方)からh方面(北西方)に向けて進行していた,私服のJ巡査部長(以下「J」という)及びK巡査部長(以下「K」という。以下,併せて「Jら」ともいう)は,本件取押え現場で揉み合っているBと被告人らを認めたので,本件交差点から約20メートル北西方の歩道脇に覆面パトカーを停車させてから本件取押え現場に駆けつけ,Jは,Gから事情を聞くとともにBの足を押さえるなどした。
オ その後,基地局から応援要請を受けた警察官らが,順次,本件取押え現場に駆けつけてきて,被告人とともにうつ伏せの状態にあったBに両手錠をかけるなどしたところ,やがて,Bの様子がおかしいことに気づき,慌てて手錠を外してBを仰向けにし,心臓マッサージなどをするとともに,Gが基地局に救急車の手配を要請するなどした。Bは,午後6時25分ころ,救急車でLに搬送されたが,午後7時に死亡が確認された。
(2)ところで,検察官は,被告人らが本件取押え現場でBを取り押さえようとしていたときに,C及びDが,それぞれ別の角度から,被告人がBに対して本件暴行を加えているのを目撃したと指摘するとともに,C及びDの各供述はいずれも独立して本件付審判事実を証明し,相互に補強し合うものであると主張する(趣意書第3の5の(1),(4))ので,まず,C及びDの各供述の内容及びその位置付けについて検討する。
ア Cの1審公判廷における供述(以下「Cの公判供述」という)は,概ね,次のとおりである。「事件当日の午後6時過ぎころ,黒色のホンダフィット(以下「C車」という)を運転して本件道路を西方から本件交差点(東方)に向けて進行し,対面信号が赤色に変わったので第2車線の停止線付近に先頭で停止した。前方に車がいなかったので,すっと入れた。本件パトカーが,左後方の第1車線に,後部を少し第2車線にはみ出した状態で停まっていたが,左横に停まっている車はいなかった。停車して左側(北方)を見たとき,Bが,本件取押え現場の西側に設置されている歩道橋(以下「本件歩道橋」という)の階段登り口の東側の歩道上に倒れているのに気がついたので,助手席の窓を開けて見た。Bは,頭を西に向け,足を東に向けて仰向けに倒れていて,北側にいた警察官が両手でBの胸元を,南側にいた警察官がBの足を押さえていた。Bはアーアーと声を出し,両手を激しくバタバタさせていた。その後,Bの胸元を押さえていた警察官が,Bの上に少し乗るような感じで,一方の手をBの胸元に置き,もう一方の腕を1,2,3と3回ほど休みなく振り下ろすのが見えた。振り下ろしたのは左手だった。手はグーだった。殴っていたように見えた。時間は数秒だと思う。警察官の手がBに当たった瞬間は見えなかったが,胸元から上を殴ったと思う。殴られたときのBの表情や行動は分からない。このとき,Bは両手を上に上げて上下左右に振り回してバタバタしていたし,警察官から殴られた後も暴れていた。Bが殴られているとき,覆面パトカーが本件交差点の南東方から来て,本件交差点を北西方に通り過ぎた辺りで停車し,その後,男女の私服の警察官が車から降りてきて,女性がBの北側に立ち,男性がBの足下にきて足を押さえようとしたところで,信号が青色に変わっているのを確認したので,発進した。信号が変わるまでずっと見ていた。Bが手錠をかけられるところは見ていない。Bがうつ伏せになったことはない。警察官が無線機を使って応援を求めている場面は見ていない。発進してから1分も経たないうちに,携帯電話機で友達に電話をかけ,『警察官が殴ってたよ。事件か何か今日あったの』と話した」
イ これに対し,Dの1審公判廷での供述(以下「Dの公判供述」という)は,概ね,次のとおりである。「事件当日の午後6時ころ,2人の友達とAの北側の席に座って話をしていた。この席から窓越しに本件歩道橋とその北側にある植込みが見えた。最初に見たときは,立った姿勢のBが,捕まえようとする警察官の手を振り払うような感じで暴れていて,2人の警察官が暴れるBを押さえようとしていた。それが車道上か歩道上かは分からない。次に見たときは,やせた若い警察官が少し前屈みになって何かに寄りかかって押さえ込んでいるような感じだった。植込みの陰になって,警察官の胸より上の左半身の背中しか見えなかったし,倒れているBの体も見えなかったので仰向けかうつ伏せかは分からない。右手か左手かはっきり覚えていないが,警察官はグーの手を肩より上に3回振り上げて,真下に振り下ろしていた。3回の間には少し間隔があって,1秒ぐらい置いてからまた殴るという感じだった。警察官の手がBに当たったかどうか,どこに当たったかは見えなかった。このときBの手も見えなかった。しかし,Bの体を押さえるだけなら手を肩より上に3回も振り上げて振り下ろしたりはしないと思うので,叩いたと思っている。もう1人の警察官がどこにいたかは覚えていない。その後,もっと良く見ようと思って南側の席に行き,そこに座っていた高校生に『さっきの叩きましたよね。見ましたか』と聞いたら,『叩いてたよね』と言われた。一緒にいた友達の1人も『叩きよったよね』と言っていた。このことは家に帰って母にも話した」
ウ そして,他の関係証拠によれば,C及びDが供述する,手を振り下ろした警察官は被告人のことであり,また,Cが供述する,男女の私服の警察官はJらのことで,Cが電話した友達はFのことであると認められる。
エ ところで,上記のとおり,Cの公判供述は,被告人がBに対して本件暴行を加えたとする状況について,相当具体的かつ詳細に供述する内容のものであるのに対し,Dの公判供述は,被告人の胸から上の左半身の背中が植込みの上から出ている場面で,被告人が拳を肩より上に3回振り上げ,真下に振り下ろすのを見たという内容であって,Bの姿は植込みの陰になっていて被告人が振り下ろした手がBに当たったのかさえ明らかでないこと,さらに,後述するとおり,Bが負った本件損傷だけではそれらが手拳による殴打によってできたとまでは認定できないことにも照らすと,D供述は,C供述がなければ,それだけでは本件付審判事実を認定できるだけの証明力はないといわざるを得ないから,その証拠価値は,C供述を補強するかどうかという点にあると解するのが相当である。
 
ところで,この点に関連して,検察官は,Dは,1審の公判供述よりも1年9か月弱前の付審判請求事件での証人尋問において証言している(1審甲10。以下「Dの付審判請求事件での証言」という)ところ,時間の経過による記憶の減退を考慮すれば,Dの付審判請求事件での証言は,公判供述よりも信用性が高いと判断すべきである(趣意書第3の5の(3))と主張するので,同証言の内容を見ると,その基本的部分は公判供述と変わるところはなく,異なる点は,被告人が振り下ろした手が右手だった旨(73項),被告人はBの顔ではなく胸下辺りに二,三回拳を振り下ろしていた旨(83項)供述していることぐらいである。このうち,被告人が振り下ろした手については記憶の減退によって説明することも可能であるが,その手がBの胸下辺りに当たったと供述する点は,Dが座っていた位置からは植込みが邪魔になってBの姿が見えなかったことに照らしても,D自身が推測した内容に過ぎないことが明らかである。そうすると,Dの付審判請求事件での証言を含めて検討しても,D供述には,独立して本件付審判事実を認定できるだけの証明力がないことに変わりはない。
 
以上によれば,本件付審判事実を認めることができるかどうかは,専ら,C供述の評価にかかっているということができる。
(3)一方,Cが目撃した状況と同じ時期に本件取押えの状況を目撃したと考えられる者についてみると,まず,Iは,本件道路の第1車線の停止線付近でバイクに乗って信号停止していたときにBの自転車から追突された者であり,その後も,本件取押え現場である歩道に設置されているガードパイプの車道側に立ち,被告人らとBが本件取押え現場で揉み合うなどしていたという本件取押えの状況を,Bが後ろ手に両手錠をかけられるまでの間,目撃していたこと,次に,M(以下「M」という)は,シルバー色のトヨタヴィッツ(以下「M車」という)を運転して本件道路をBの自転車と並走するように進行してきた後、本件交差点を右折するために第3車線(右折車線)に入って赤色信号で停止していたとき,Bの自転車がIのバイクに追突するのを目撃し,その後対面信号が右折矢印を表示するまでの間,被告人らとBが揉み合う状況を目撃し,さらに,右折矢印の信号に従って本件交差点を右折した後も,道路脇にM車を停めて降車し,横断歩道を渡るなどして本件歩道橋の階段踊り場まで戻って来て,本件取押えの状況を目撃していること,また,N(以下「N」という)は,シルバー色の日産キューブ(以下「N車」という)を運転し,本件道路の第1車線を蛇行運転しながら走行していたBの自転車の後方から追従し,本件交差点の赤色信号で停止しようとしたとき,Bの自転車がIのバイクに追突するのを目撃し,その後,後ろから追越してきて第1車線と第2車線をまたぐようにして停車した本件パトカーの後方の第1車線に停止したとき,さらに,対面信号が左折・直進矢印に変わったものの本件パトカーが邪魔になって前方に進行することができず,第2車線を斜めに進行して再度停止していたときに,いずれも本件取押えの状況を目撃していること,さらに,O(以下「O」という)も,友人が運転するシルバー色のトヨタマジェスタ(以下「O車」という)の助手席に同乗し,O車が本件パトカーの二,三台後ろの第2車線を追従して進行し,そのまま信号停止したとき,さらに,その後対面信号が左折・直進矢印に変わったものの第2車線から車体の前部を少し第3車線に出した状態で再度停止したときに,いずれも本件取押えの状況を目撃していること,これに対し,P(以下「P」という)及びQ(以下「Q」という)は,Pが,自動車(以下「P車」という)の助手席にQ,後部座席にEを乗せ,県道333号線をf方面(東方)から本件交差点(西方)に向けて進行してきて,本件交差点を右折するため第3車線(右折車線)で信号停止した後右折しているとき,また,右折後本件取押え現場の北西方向に位置する,Aの駐車場にP車を駐車させてから,本件歩道橋の階段登り口の北側植込み付近に駆けつけて来たときに,いずれも本件取押えの状況を目撃していること,そのほか,R(以下「R」という)も,自動車を運転して県道333号線の第2車線を西進してきて本件交差点東側入口の停止線の先頭で信号停止したときに,本件取押えの状況を目撃したこと,また,S(以下「S」という)も,本件歩道橋の階段登り口の南側付近において,本件取押えの状況を目撃したことがそれぞれ認められる。 
 
ところで,本件取押えの状況を目撃した上記I,M,N,O,P,Q,R及びSの各供述,さらに,C及びDの各供述を,本件交差点の信号サイクル(1審甲25)にも照らして子細に検討すると,多くの点において食い違いがあり,全員の供述を整合的に説明することはほぼ不可能であるといわざるを得ない。それは,恐らく,各人が,意識的に虚偽供述をしているというよりは,本件取押えの状況を目撃したときに強い印象を受けた場面や,そのときに意識的に行動した場面については一定程度記憶があるものの,それ以外の場面については時間の経過によって記憶が減退して曖昧になってしまっているだけでなく,記憶がある部分についても各人の思い込み等によって記憶が変容してしまっているためと考えられる。したがって,各人の供述内容の信用性を評価するに当たっては,各人の記憶の中核的な部分はどこかを明確にする必要があるところ,その際には,各人において自己の記憶を意識化した時期は何時だったのか,その内容は何だったのかについて検討することが重要であると考えられる。このような観点から1審記録を精査すると,最も早期に本件取押えの状況を文書化したものとしては,Iが,事件当日から3日後の平成19年9月28日付けで作成した「『前方交差点赤信号のため,一時停止中の私の原付バイクに自転車が追突した件』及びその直後突然暴れ出した自転車乗りの男を,付近にいた警察官が,制圧した件を,すぐ近くで目撃した状況について」と題するメモ(同弁書64。ただし,証拠物として取調べ)が存在している(なお,Iには,同年11月4日付け警察官調書<同甲28>もあるが,そのときの供述内容は明らかでない)。一方,本件については,事件当日の午後6時50分から午後7時55分にかけて,Bに対する道路交通法違反被疑事件の捜査として,I及び被告人立会いの下で,Bが本件道路を蛇行運転して進行していた状況等についての実況見分が実施される(同甲6)とともに,これと並行して変死事件の捜査として本件取押え現場の写真撮影等が行なわれ(同甲7,弁書65,66,職3),さらに,保護事件の証拠保全として午後9時30分から35分にかけて被告人について(同弁書58),午後10時20分から25分にかけてGについて(同弁書57),それぞれ全身と両手に対する写真撮影が実施されていることからすれば,被告人及びGも早い時期に本件取押えの状況について意識化したと考えられるところ,その内容が文書化されたものとしては,Gの同年10月26日付け(同弁書55)及び同年12月14日付け(同弁書56)各検察官調書(以下,併せて「Gの原供述」という)が存在している。そして,Gの原供述及びIの1審公判廷における供述(以下「I供述」という)によれば,本件取押えの経過の概要は,概ね次のとおりであったと認められる。すなわち,被告人らは,Iのバイクを蹴ったBを車道上で両側から取り押さえようとしたものの,Bが手足をバタつかせて暴れるので,Bを左右の前方から押すようにして歩道上に上げ,さらに,本件取押え現場付近にまで至ったとき,Bが仰向けに転倒したのでBを左右から取り押さえようとした。しかし,Bが両手を上下左右に激しく動かしたり足で蹴り上げるようにしたりして暴れるので,被告人らは,Bの体にすがりつくような格好でその手足や身体を押さえようとしたものの,Bがなおも暴れるのでうつ伏せにし,それでも暴れるBを取り押さえることができなかったことから,Bの右腕を後ろに回して片手錠をかけ,被告人が手錠のもう片方の輪を持って押さえ込もうとしていたときに,Jらが駆けつけた。また,その間,時期ははっきりしないものの,Gが署活系無線で何度か基地局に応援要請をした。
(4)以上を前提にして,C供述の信用性について検討すると,Fは,1審公判廷において,Cから電話で「誰かが倒れて,警察官が取り押さえて,叩いているけど,何か事件があったんですか」と聞かれた旨供述していること(9項),Cは,平成20年4月8日に弁護士に目撃した状況を説明したとき,歩道上にいるBと2人の警察官のほか,第2車線に停止しているC車,第1車線に停車している本件パトカー,バイク,自転車及び荷物,車道上に立っているI並びに歩道上にいたJらの各位置を本件取押え現場周辺の地図に記入していること,同年10月29日に行われた付審判請求事件での証人尋問(1審甲8)においても,被告人が殴ったBの部位以外の基本的部分については,概ね1審公判廷で供述したとおりの内容を述べていたこと(以下「付審判請求事件での証言」という)に加え,Cが目撃した時間帯はまだ日が落ちる前の明るいころであり,Cの視力も良いこと,Cが述べるところによれば,Bや被告人らの様子を見るのに障害となるものはなかったこと,Cに虚偽供述をする動機は見当たらないことをも併せ考えると,Cは,本件取押え状況を目撃した当初から,「Bを取り押さえていた被告人が,左手の拳を3回連続して振り下ろしたのを見て,Bを殴ったと思った。その直後ころに覆面パトカーから降りてきたJがBの足付近に来て押さえようとしたときに,第2車線に停車していたC車を発進させて本件交差点を直進した」との認識を有していたと認めることができる。
 
ところが,Cは,被告人が左手の拳を3回連続して振り下ろしたとは供述するものの,その拳がBの身体に当たった瞬間は見ることができなかった旨自認している(133,300ないし303,363ないし367,488,519ないし521,571ないし574項)だけでなく,そのときのBの反応についても,よく分からないとか,それまでと同じように両手を上に上げて上下左右に振り回してバタバタしていて,被告人を押したり掴んだりはしていなかった旨供述する(311ないし315,582ないし592項)に止まっているところ,通常,暴行の現場を目撃した人ならば,振り下ろした拳が相手のどの部位に当たり,そのとき相手がどのような反応をしたかについても供述できると考えられるのに,Cが上述した程度の供述しかできないということは,時間の経過による記憶の減退を考慮しても,Cは,被告人が左手の拳を3回連続して振り下ろすのを見たことから,被告人がBを殴ったと思い込んでしまったのではないかとの疑問を抱かざるを得ない。しかも,Cは,Jらが駆けつけたときまで,Bが仰向けからうつ伏せの姿勢になったことはない旨,客観的状況に反する供述をしている(190,362,546項)ばかりか,「本件取押えの状況を集中して見ていたわけではなく,信号待ちの間ぼうっとして何気なく見ていた」旨供述していること(531,539ないし542項)にも照らすと,Cの主観的視認条件は極めて悪かったといわざるを得ない。さらに,Cが,被告人の拳が当たった部位について,付審判請求事件での証言では,「殴った場所は顔と思う。頬辺りだと思う」旨明確に供述していた(106ないし108項)のに,1審の公判供述では,仰向けの状態にあるBを見るのに障害になるものはなく,Bの顔もきれいに見えていた旨供述して(532ないし538項)いながら,上述したとおり,被告人の拳がBの身体に当たった瞬間は見ることができなかった旨供述した上で,「殴っていたのは胸元から上だったという以上に特定できない」旨しか供述していないこと(134,304ないし308項)にも照らすと,Cが被告人の動作を見て殴ったと見間違ったか,誤解した可能性があるのではないかとの疑問を払拭することができない。したがって,C供述から,直ちに,被告人がBに対して本件暴行に及んだと認定することはできないので,さらに,それ以外の関係証拠について検討することにする。
 
なお,この点について,検察官は,〔1〕C供述はFに連絡したときからぶれていないこと,Bと被告人らの位置,姿勢に関する供述は被告人らやIの各供述と一致していること,Cは知らないことや供述できないことと区別して真摯に供述していることからすれば,C供述の信用性は高い(趣意書第3の4の(3)のアないしウ),〔2〕Cは本件取押え現場を10メートル弱の距離から目撃し,しかも,その間には視認を妨げるものは存在しなかったから,被告人が暴れるBの手を握って下方に移動させる取り押さえ行為を殴打行為と見誤ることは考えられない(趣意書第3の4の(3)のエ),〔3〕Cは,被告人がBに加えた殴打行為がスローモーションのようにゆっくりであればどこに当たったかを詳細に特定できるかもしれないが,あっという間の短い時間だったので,被告人の手拳がBの身体のどこに当たったかについては胸から上という以上には特定できないと述べているだけであって,Cの,殴打行為があったとする供述とどの部位を殴打したかを特定できないとする供述とは矛盾しないばかりか,かえってCは誠実に供述しようとしていると評価することができる(趣意書第3の4の(4)),〔4〕Cが,付審判請求事件での証言では,拳が当たった部位を「頬辺りだと思う」旨述べていたのに,公判供述では「胸から上と思う」旨供述したのは時間の経過に伴う記憶の減退として自然なことであって,供述の変遷・後退と評価するのは誤っている(趣意書第3の4の(5))と主張する。
 
しかしながら,〔1〕については,C供述の基本的部分がぶれておらず,Cの供述態度が真摯であるとしても,C供述の信用性は,Cが本件取押えの状況を目撃した際の視認条件等によって大きく左右されることに加え,C供述は,Jらが本件取押え現場に駆けつけてきたときのBの姿勢については,被告人らやIの各供述,更にはJの1審公判廷での供述にも反するものであることに照らすと,当然にC供述の信用性が高いとはいえない。次に,〔2〕については,C供述によれば,Cが本件取押え現場を目撃したときの客観的視認条件は一応良好であったといえるものの,Cの主観的視認条件は,上記のとおり,極めて悪かったといわざるを得ないことにも照らすと,Cが,被告人の動作を見て,殴打したと見間違ったり,誤解したりした可能性を否定することはできない。また,〔3〕及び〔4〕については,確かに,被告人が振り下ろした手拳の動きが素早く,かつ,Bも絶えず身体全体を大きく動かしているような状態であれば,手拳がBの身体のどこに当たったかを正確に確認することは困難であるとはいえるが,C供述によれば,Bは仰向けの姿勢で両手を上下左右に振り回していただけであったというのであるから,被告人が振り下ろした手拳がBの身体のどの部位に当たったかを確認することは容易であったと考えられること,また,Cが,真実,被告人が左手の拳を振り上げて振り下ろしBを殴ったのを目撃したのであれば,被告人の行動は一連のものであったから,被告人が振り下ろした拳がBの身体のどの部位に当たったかについても明確に供述できるはずであると考えられるのに,Cが1審の公判供述において上記のような供述しかできなかったことに照らすと,やはり,Cは,被告人が左手の拳を3回振り上げて振り下ろしたのを見たことから,被告人がBを殴ったと思い込んだと考えざるを得ず,記憶の減退だけで説明するのは困難である。以上のとおりであるから,検察官の主張はいずれも採用できない。
(5)そこで,まず,検察官がC供述を補強すると主張する(趣意書第3の5)D供述について検討するに,確かに,C供述もD供述も,被告人が3回手を振り下ろした旨供述している点においては符合しているものの,Cは,被告人がBを殴打したのは左手であると供述しているのに対し,Dは,付審判請求事件での証言において右手であったと供述していたこと(ただし,Dは,平成20年4月9日付け警察官調書においては,どちらの腕を振り下ろしたか覚えていないと述べていた<334項>),また,Cは,Bは頭を西側に足を東側に向けて仰向けに倒れていて,被告人はBの左側,すなわち北側に位置していたときに3回手を振り下ろした旨供述しているのに対し,Dは,本件取押え現場の西側にあるAの北側の窓から本件取押えの状況を目撃した際,胸から上の左半身の背中が見えていた被告人が3回手を振り下ろした旨供述しており,Dの目撃位置からすれば,Bの身体は東西ではなく南北に近い方向を向いていたのではないかと考えられること,さらに,Cは,被告人が左手の拳を1,2,3と3回連続して振り下ろした旨供述しているのに対し,Dは,被告人は拳を振り上げて1秒くらい置いてから振り下ろしていた旨供述しており,二人の表現は微妙に異なっていること,加えて,Dは,上記警察官調書においては,被告人が振り下ろした手が拳であったかどうか分からないと述べていたこと(327ないし333項)にも照らすと,CとDは,別の場面を目撃した可能性も十分にあり得ると考えられるから,検察官のように,D供述がC供述を補強していると断定することはできない(なお,検察官は,Dの上記警察官調書は,取調官に誘導されたものであって,同調書を引用するのは不当であると主張するが,D供述によれば,警察官からの事情聴取のときにはDの母親も同席し,取調官の誘導に対しては母親が抗議までしたというのであり,しかも,D自身は,記憶に従ってありのままを供述し,内容も読み聞かせてもらい間違いないということで署名押印したというのである<236ないし249,289ないし313項>から,同調書の記載内容に基づいてD供述の信用性を検討することが不当であるとはいえない)。
(6)次に,検察官が主張するように,Bが負った本件損傷がC供述を裏付けるものかどうかについて検討するに,1審判決は,「第4 通行人・警察官等の目撃供述及び被告人の供述の信用性の検討」の「7 Bの身体に生じた本件損傷の部位・程度・内容等との整合性が希薄であること」の項において,「手拳は,指の関節を曲げた部分の突起4か所がほぼ横に一直線上に並んだ形状になるから,手拳が当たった各部位に,上記関節の突起部分によるほぼ同様の損傷が一定の範囲に生じ,皮下出血は均一でなく,まだら状になると考えられるが,本件損傷及びその付近はいずれもそのような形状を呈していない」ことを理由として指摘しているが,本件損傷について鑑定したT(以下「T」という),同U(以下「U」という)及び同V(以下「V」という)は,それぞれ1審公判廷(以下「T供述」,「U供述」,「V供述」という)において,「手拳による殴打の場合,手拳全体ではなく拳の一部だけが当たる場合があり,むしろ拳の一部が当たって損傷ができることは珍しくない。人体の場合には表面が立体的にカーブしているため,拳の一部が当たった損傷が混在している」旨(T供述228,229,246項),「手拳による殴打の場合,ほとんどは拳の形状がはっきりせず,手拳の形状が損傷として残るケースは一般的にはかなり少ない」旨(U供述45,155項),「典型的な殴打痕が分かるのは恐らく顔面だけだと思う」旨(V供述48項)供述していることにも照らすと,1審判決の上記判断は相当とはいえない。しかしながら,他方において,T,U及びVは,検察官が主張する本件損傷について,いずれも手拳による殴打によって生じたものと考えて矛盾するものではない旨供述する(T供述62,86項,U供述64,72,74,126,181項,V供述85項)一方で,「法医学鑑定では,損傷に表皮剥奪があるかどうかなどの形状から,成傷器は,比較的硬いか,軟らかいか,あるいは表面がざらざらしているか,していないか,損傷の広さから,成傷器はどれくらいの大きさかという程度しか推定できない。殴打と打撲は基本的には区別できない」旨(T供述23,125項),「手拳による傷は打撲傷となるが,法医学鑑定では,皮膚に拳の形状が残っていなければ打撲傷が手拳によるものかどうかは断定できない。また,手拳の作用による打撲傷であっても,解剖では,それが圧迫によるか,殴打によるかは区別できない。Bの損傷には明らかな拳の形状を示すものも,明らかな殴打によると認められるものもなかった」旨(U供述42,43,142,206項),「法医学鑑定では,手拳の痕跡を思わせる傷があるなどの典型的な殴打行為以外は,皮下出血から手拳による殴打によるものかどうかを特定することはできない」旨(V供述76ないし81項)それぞれ供述した上で,前胸左側上部打撲傷については,「アスファルトに押さえつけられて変色が生じた可能性も否定できない。手指による圧迫としても矛盾しない」旨(T供述185,188項),「軽度な打撲なので,手指による圧迫と考えても矛盾しない」旨(U供述140項),「比較的軽微な力が作用したに過ぎない傷だが,指による圧迫にしては傷が小さ過ぎる。うつ伏せになったときに小石があって,上から圧迫されれば生じるとは思う」旨(V供述49,139,150項),前頚右内側上部皮下軟部組織間出血については,「打撲よりは圧迫による損傷と考えられる」旨(T供述70項),「扼頚のときの皮下出血と考えても矛盾はない」旨(U供述134項),「指で圧迫されたのかなと考える」旨(V供述43項),右耳介付着部後部打撲傷については,「血管が破綻し易い部位なので,圧迫でも皮下出血が起こらないとはいえない」旨(T供述169項),「殴打行為によってできたかどうかは判断できない。軽度な打撲なので,手指による圧迫で生じたと考えても矛盾はない」旨(U供述121,128,129項),「耳を反転させた状態で,道路等の比較的平板状のものに押し付けられたときに,平面が滑らかな小石などがあったときにも見られる。耳介には全く出血がないので,耳を殴打したときの傷ではないし,指で押さえた傷でもない」旨(V供述39,40,53,54項)それぞれ供述して,本件損傷が手拳以外の作用によって生じた可能性を否定できないとしている。その上,Cは,被告人は,Bが仰向けの姿勢で手だけを動かしていたときに,左手の拳を3回連続的に振り下ろした旨供述していることに照らすと,もし被告人が3回振り下ろした拳がBの身体に当たったのであれば,ほぼ同じ部位に当たったと考えられるのに,本件損傷は,前胸部,前頸部及び右耳部と大きく異なった部位に生じていることに照らしても,本件損傷がC供述を裏付けているとは到底いえない。
(7)そこで,C及びD以外の関係者の供述について検討するに,その中では,上述したとおり,被告人ら及びIが早期に本件取押えの状況に関する記憶を意識化していたことからすれば,まず,この3人の供述を検討すべきであるが,被告人及びGはいずれも事件の当事者であることに照らすと,最も重要なのはIの供述ということになる。そして,本件取押えの状況についてのI供述は,要旨,「Bは,被告人らと共に,本件歩道橋の階段登り口から1メートルぐらい東側の位置に仰向けに倒れた後も,猛烈に抵抗していたので,被告人らも,初めはいろいろ移動していたが,後半ぐらいになると,Bの右側にGが,左側に被告人が位置していた。Bは倒れてからも,手を上下左右に振り回し,足もばたつかせて,逃れたいという感じで一生懸命暴れていたし,被告人らから押さえ込まれた後は唾を吐きかけていた。これに対し,被告人らは暴れているBの腕を上から下に押さえ込もうと何回も試みていたが,その度にすっぽ抜けたり,Bから振りほどかれたりしたので,また押さえ込むということを繰り返していた。力関係からいえば,Bの方が圧倒的だったが,最終的には,被告人らはBの腕を脇に固めて押さえ込んだと思う。その後,被告人らはBをうつ伏せの状態にしたが,そのときの様子はよく分からない。うつ伏せになったBは,手足をばたつかせることは余りなかったが,頭と上半身を上に跳ね上げる運動をかなり激しくしていたのが印象に残っている。被告人らは一生懸命Bにしがみついているという印象だった。Gがうつ伏せの状態のBの手を後ろに回して片手錠をかけた記憶はある。その後,たまたま通りかかったJらが応援にきて,JがBの足を押さえていた」というものである。以上のとおり,I供述の内容は,相当具体的かつ詳細であり,本件取押えの状況を目撃した者でなければ表現できないような迫真性に富んだものである上,その視認状況は極めて良好であって,本件付審判事実が発生した数日後にメモ(1審弁書64)を作成してからほぼ一貫していると認められること(第2回公判供述219ないし223項,第3回公判供述10項),しかも,Iは,記憶にあることとないことを明確に区別した上で供述していることにも照らすと,Iが元警察署長で,Gの元上司であったこと,しかも,Bの自転車に追突された当事者であることを考慮に入れても,I供述の基本的部分の信用性は相当高いと認めることができる。そして,Iは,「仰向けのとき被告人らがBを殴ることは全然なかった。本件取押えの状況を見た人が,Bの暴れる腕を押さえつけるときの状況をあたかも殴ったように錯覚したことはあり得ると思う。被告人らは,一生懸命にBを押さえている状態で,少しでも力を緩めれば跳ね飛ばされ,押さえ込んでいる体勢が崩れる状態で,Bを殴ることはできなかったと思う」旨(第2回公判供述148,149,211項),また,「Bがうつ伏せ状態のときも,被告人らはBにしがみついている状態で押さえていたので,急にすくっと立って殴るようなことは考えられない」旨(第3回公判供述245項)供述している上,Bが負った本件損傷については,「全体の流れを考えると、Bの身体が傷つく場面はたくさんあった。最初に私の身体にぶつかってアスファルト路面に叩きつけられたとき,制止に入った被告人と胸倉を掴み合っていたとき,被告人らが倒れたBを上から押さえようとして手が滑ったときなどが考えられる」旨供述しており(第2回公判供述216項),その供述には相応の信用性を認めることができるから,これに反するC供述には疑問が生じるといわざるを得ない。
 
ところで,I供述の信用性に関して,検察官は,Iは,本件パトカーの助手席側に歩いて行ったときに本件取押え現場から目を離した時間について,5秒間,4秒間,二,三秒間と供述を次第に短縮し,変遷させていることからすれば,Iには被告人の本件暴行の存在を否定しようという意図が顕著である旨主張する(趣意書第3の8)が,Iの説明によれば,第2回公判期日において,本件取押え現場から目を離した状況について聞かれた際,一,二メートル後方に停車していた本件パトカーの助手席側に五,六歩歩いて行ったときに5秒ぐらい目を離したと答えたものの,正確に答えなければいけないと考えて,第3回公判期日の前日に巻き尺をもって本件取押え現場に行き,実際に本件パトカーが停車していた位置との距離を測るなどした上で,時計を使って時間を確認したところ4秒だった旨供述しており(第2回公判供述124ないし126,168ないし177項,第3回公判供述186ないし188項),その説明は十分に納得できるものであって,検察官のように,Iが被告人らをかばうために供述を変遷させたと認めることはできない(なお,Iが,二,三秒間と供述するのは,上記以外の機会に周辺を見回したときの話である<第3回公判供述249項>から,検察官の主張は前提を誤ったものである)。さらに,Iは,本件取押え現場では,被告人らがBを公務執行妨害の現行犯人として逮捕しようとしていると判断していたところ,新聞報道等によって,被告人らが警察官職務執行法(以下「警職法」という)3条の保護としてBを取り押さえようとしていたと知って驚いた旨供述している(第3回公判供述102項)ところ,仮に,Iが被告人らをかばうのであれば,当初から被告人らの取押え行為は警職法3条の保護と思っていたと供述するはずであるし,また,被告人らがBを取り押える行為についても,最初の段階からBに両手錠がかけられるまでずっと目を離さずに見ていたと供述すると考えられること,一方,Iは,1審公判廷での証言の際,記憶に明確に残っていないことや分からないことについてはその理由を述べて「答えられない」と供述していることにも照らすと,Iは,被告人らをかばうことなく,記憶に従って誠実に供述しようとしていたと認められるのであって,検察官の主張は採用できない。 
(8)また,Cは,上述したとおり,被告人が左手の拳を3回連続して振り下ろすのを見たのは,Jらが本件取押え現場に到着する直前であった旨供述しているところ,被告人ら及びI以外にも,M,P及びQ(以下,併せて「Mら」ともいう)が,いずれも1審公判廷において,Jらが本件取押え現場に到着する直前の状況を目撃した旨供述している(以下「M供述」,「P供述」,「Q供述」という)ので,その内容についてみると,まず,Mは,「本件歩道橋の階段踊り場に戻ってきたとき,うつ伏せの体勢のBの右側からGが,左側から被告人がBの手足を押さえていた。被告人の背中越しに見ていたので手錠は見ていない。それから1分足らずで,Aの裏の植込みの辺りに停めた車から男女の私服の警察官が降りてきたが,その間,被告人らは手足をバタつかせているBを押さえているのが精一杯で,殴るところは見ていない」旨供述し(158ないし177,199ないし202,211ないし220項),また,P及びQ(以下,併せて「Pら」という)は,本件歩道橋の階段登り口の北側植込み付近に来たとき,被告人らとBが立った状態で揉み合っており,その後一旦その場を離れて戻ってきたときの様子について,Pは,「Bはうつ伏せの姿勢で,片手錠をされた右手だけを上に上げ,手錠のもう片方の輪は警察官が持っていた。その後,覆面パトカーが来て男女の私服の警察官が降りてきたのを見た。その間,警察官がグーでBを殴ったことはない」旨(96ないし132,185,291項),また,Qは,「Bは,下を向いて膝をつき中腰の格好で,右腕を地面につけ,左腕を後ろに回されて片手錠をかけられていて,叫んだり抵抗して暴れており,手錠の反対側は警察官が握っていた。その後,覆面パトカーが来て男女の私服の警察官が降りてきたが,その間,警察官がグーでBを殴ったところは見ていない」旨(71ないし84,126ないし136項)それぞれ供述している。Mらの各供述は,いずれも曖昧な部分がある上,被告人らやIが述べる内容とは必ずしも合致していない部分もあるとはいえ,以上のとおり,Bが下を向いた姿勢にあって被告人らに取り押さえられているのを見たこと,その後Jらが本件取押え現場に到着したこと,その間,被告人らがBを殴るのは見ていないことをそれぞれ述べるものであるところ,Mらは,いずれも被告人らとは利害関係の全くない第三者であって,虚偽供述をしなければならない動機も見当たらない上,その視認条件は一応良好であったと認められること,Pらは平成19年11月23日に本件取押え現場での実況見分に立ち会って指示説明をしていたこと(1審弁書68。なお,Mについても,そのころ同様の実況見分に立ち会って指示説明をしていたことが窺われる<同弁書69>)からすれば,Mらの上記各供述にも相応の信用性を認めることができる。そして,Mらが,Jらの到着前に本件取押えの状況を目撃していた時間帯は必ずしも明確でないものの,Mらの各供述がC供述と整合していないことは明らかである。
 
ところで,検察官は,Mらの各供述の信用性について,本件交差点の信号サイクル(1審甲25)等によれば,C車が本件取押えの状況を目撃した時間帯(以下「Cの目撃時間帯」という)は,午後6時4分47秒から午後6時6分1秒の間であり,Mらは,Cの目撃時間帯における本件取押えの状況を目撃していないから,Mらの各供述によってC供述の信用性を弾劾することはできない旨主張する(趣意書第3の9ないし11)ので,まず,Cの目撃時間帯について検討すると,確かに,Cは,上述したとおり,Jらが到着して直ぐに発進した旨述べていることからすれば,C車が本件交差点西側入口の停止線付近に停止していた時間帯を考えるに当たっては,Jらが本件取押え現場に到着した時間が一応の手がかりになると考えられること,そして,被告人らはJらが本件取押え現場に到着したのは無線で基地局に応援要請をして直ぐであった旨供述していること(Gの第1回公判供述269項,第2回公判供述150項,被告人供述322ないし324項),一方,Gから応援要請を受けた基地局がパトカー等に対して「H自動車学校前で応援要請があっている。取扱いのない移動があれば,直ちに向かわれたい」旨の応援指令を出したのが午後6時5分25秒であること(同弁書15)からすれば,Jらが到着した時刻は午後6時5分台となるので,本件交差点の信号サイクル(同甲25)に照らすと,検察官が主張するように,C車が本件交差点西側入口の停止線付近に停止したのは午後6時4分47秒以降であり,発進したのは午後6時6分1秒以降の左折・直進矢印の信号を確認したときということになる。しかしながら,他方において,Cは,本件交差点西側入口の第2車線の停止線付近までスムーズに進行してきて停止することができた旨供述しているところ,第1車線を進行していたBの自転車の後方から追従してきたNは,1審公判廷において,本件パトカーが第1車線と第2車線をまたぐようにして停車したので,一旦はその後方の第1車線にN車を停止させ,その後午後6時4分5秒に左折・直進矢印の信号(以下「1度目の直進信号」という)に変わったものの本件パトカーが邪魔になって前に進むことができず,第2車線を斜めに進行して再度停止し,午後6時6分1秒の2度目の左折・直進矢印の信号(以下「2度目の直進信号」という)でようやく本件パトカーの右側に出て本件交差点を直進することができた旨供述するとともに,「速記録添付の資料2の写真(資料入手報告書<1審甲22>及び画像の出力に関する報告書(同職6,同弁書81)各添付の写真と同じ)は1度目の直進信号のときの状況を撮影したものである。このときは第3車線に入らないと前に進めない状態だった。ただ,第3車線は進行する車が多くて入れなかった。2度目の直進信号で進行するときは,後ろから来た第2車線の車に頭を下げて道を譲ってもらって第3車線に入ってから進行した。このとき本件パトカーの前の第1車線と第2車線に車は停まっていなかった」旨供述している(133ないし139,171,222ないし244,305ないし365項)。また,Oは,1審公判廷において,同乗していたO車は,本件パトカーの二,三台後ろの第2車線を追従してそのまま信号停止し,1度目の直進信号のときは車体の前部を第3車線に少し出して再度停止し,2度目の直進信号のときに本件交差点を直進したと供述するとともに,「1度目の直進信号のときは,第3車線しか空いてなく,割り込んでくる車もあったので少し前に移動しただけだった。O車の前の第2車線に停まっていた車も抜けられなかった。第3車線は車がずっと並んでいた。後ろからきた車がO車の前に入ってきたことはなかった」旨供述している(127ないし133,169ないし175,200ないし210,340ないし348項)。そして,本件道路は3車線であり,各車線の道路幅員はいずれも約2.8メートルである(同甲6)上,1度目の直進信号のとき,本件パトカーの後方の第2車線には,少なくとも二,三台の車とO車が停止していたから,O車の後方から第2車線を走行してきた車がそのままO車を追い抜いて進行することはできず,仮に,本件パトカーの前に出て第2車線に停止するとすれば,右折矢印の信号のときに第3車線を走行してから第2車線に進入するしかなかったこと,しかし,N及びOの上記各供述によれば,当時第3車線には車が並んでいて,第3車線を進行した上で第2車線に割り込んできた車はなく,本件パトカーの前に停止した車はなかったというのであるから,C車が1度目の直進信号から2度目の直進信号までの間に本件パトカーの前の第2車線の停止線付近に停止できたかについては疑問が残るといわざるを得ない。そうすると,Cが本件取押えの状況を目撃した時間帯については,1審判決が説示するように,1審で取り調べた関係証拠だけでは具体的に特定することができないというほかない。
 
これに対し,検察官は,〔1〕本件取押え現場の西方約200メートルの位置にあるパチンコ店「W」(以下「W」という)に設置された2台の防犯ビデオによれば午後6時4分16秒ころから24秒ころまでの間,本件道路を西方から東方に向かう車は順調に流れていたこと,〔2〕N車及びO車は,本件パトカーの後ろに停止していたために,1度目の直進信号が出ても,第2車線を進行する車両に譲ってもらわなければ本件パトカーの右に出て前に進むことができなかったのに対し,C車は第2車線を進行してきたので,本件パトカーに進路を遮られることもなく進行し,本件交差点西側入口の停止線付近に先頭で停止することができたもので,N車,O車及びC車が同じ時間帯に本件交差点の西側入口付近に信号停止していたと考えて矛盾はないこと,〔3〕Jらが本件取押え現場に到着したのはGが無線で初回の応援要請をした直ぐ後の時間帯であり,Gが初回の応援要請をしたのは基地局から応援指令が出された午後6時5分25秒の前ころであることからすれば,C車が本件取押えの状況を目撃した時間帯は,午後6時4分47秒から午後6時6分1秒の間であると特定できる旨主張する(趣意書第3の3)。しかしながら,〔1〕については,本件道路を西方から東方に向けて進行していた車両が,午後6時4分16秒ころから24秒ころまでの間,本件交差点の約200メートル西方にあるW前を順調に走行しているからといって,その後本件交差点に至る約200メートルの間で渋滞に遭わないとはいえない。〔2〕については,上述したとおりであって,本件パトカーが第1車線と第2車線をまたぐようにして停車して以降の第2車線及び第3車線の渋滞状況に照らすと,N及びOの上記各供述とC供述とが相容れないことは明らかである。〔3〕については,Jらが到着した時刻は,上述したとおり,無線で基地局に応援要請をして直ぐであった旨の被告人らの供述に依拠するものであるが,被告人らの供述における時間の幅はあくまでも感覚的なものに過ぎない上,Gが基地局に応援要請をしたのは1回ではなく複数回あること,しかも,当時被告人らは激しく暴れて抵抗するBを取り押さえるのに必死の状況にあったことからすれば,被告人らの上記供述を絶対的に正しいものとした上で,Jらが到着した時刻を基地局からの応援指示の直後であったと断定することはできないというほかない。
 
なお,Cの目撃時間帯については,C車が第3車線を走行してから第2車線に入って先頭で停止した可能性を考えると,検察官が主張する点にもそれなりの合理性がある上,検察官は,Pらは,C車が午後6時4分47秒から午後6時6分1秒までの時間帯に本件交差点西側入口の停止線付近に停止していたときの状況を目撃していない旨主張する(趣意書第3の9,10)ので,さらに検討するに,Pらの各供述及び本件交差点の信号サイクル(1審甲25)等によれば,P車は,本件交差点東側入口の第3車線に信号停止した後,午後6時4分47秒に対面信号が右折矢印に変わってから本件交差点を右折進行し,その後,Pらは,P車をAの駐車場に駐車させてから本件歩道橋の階段登り口の北側と植込みの間(以下「目撃場所」という)に駆けつけて本件取押えの状況を目撃したと認められるところ,Pらが目撃場所に到着するまでに要した時間は明確ではないものの,仮に検察官が主張するように40秒以上かかったとしても,午後6時5分台の半ば過ぎころには目撃場所に到着していたと考えられること,一方,CはJらが到着した直後に青色信号を確認して発進した旨供述していることからすれば,C車は対面信号が青色に変わって直ちに発進したとまでは認められないこと,しかも,Cは,被告人が左手の拳を3回振り上げて振り下ろすのを目撃したのはJらが到着する直前である旨供述していることにも照らすと,Pらも,Cの目撃時間帯の本件取押えの状況を目撃できたと考えられる。さらに,Pらの各供述は,暴れていたBが被告人らから逃げるために飛び掛かってきそうな勢いだったので怖くて逃げた旨(P供述276項),迫真性のある供述をしているだけでなく,Jらが到着する前,Bが下を向いた姿勢で被告人らに取り押さえられていた状況等についても,具体的な供述をしていることからすれば,Pらの各供述には相応の信用性を認めることができる上,その内容がC供述と整合しないことも明らかである。
(9)次に,C供述は,Bが仰向けの姿勢のときに被告人が左手の拳を3回連続的に振り上げて振り下ろした旨供述しているので,被告人らが仰向けのBを取り押さえていたときの状況を目撃したN及びO(以下「Nら」ともいう)の各供述について検討すると,1審公判廷において,Nは,「被告人らがBを両側から抱えるようにして歩道上に連れて行ったところ,Bが暴れ出した。被告人らはBの興奮を抑えようと必死で止めていたが,しばらくして3人が倒れ込んだ。Bは仰向けの姿勢で倒れた後も,身体や頭を揺り動かし,手足も絶えずバタつかせており,被告人らはBの身体にしがみつくような感じで肩,手,腰を押さえていたが,2人がかりでも無理だった。被告人らは,パーではなく,物を掴むように手をすぼめる形でBを押さえようとしていた。途中,被告人の姿が見えなくなったが,それは本件歩道橋の階段の陰に入ったからと思う。Gが無線機を持って応援要請をしていた。被告人らがBの顔や胸を殴るような動作は見ていない。Bがうつ伏せになったのは見ていない。信号が気になっていたので本件取押え現場から目を離した時間もあるが,ほとんどの状況は見ていた」旨供述し(以下「N供述」という),Oは,「最初被告人が,次いでGがBの側に行って,興奮して暴れるBを落ち着かせようとしていたところ,Bはバランスを崩して仰向けに倒れた。転倒するときBの足が上に上がったのでガードパイプを背にしてひっくり返ったと思った。Bは仰向けになった後も興奮して手を振り回して暴れていたので,被告人がBの腰辺りを押さえていたが,このときBにまたがっているように見えた。Gのことは覚えていない。被告人らがBを殴ったことはないが,Bの手を掴んだ後,Bがその手を振り払った反動で,被告人の手が上に上がって殴ったように見えたのではないかと思う。被告人の手がグーになったのは見ていない。被告人らはBを押さえるのに必死だった。途中で,Bは四つん這いになり,さらにうつ伏せになった。被告人はBの右手を腰辺りで取り,Gは足下を押さえて無線機で応援を要請していた。Bがうつ伏せになって身体を動かすというのはなかった。手錠をかけるところは見ていない。O車を運転していた友達と話をしていて本件取押え現場から目を離したことはある。ガードパイプが邪魔になって見えなかった部分も少しはあったと思う」旨供述している(以下「O供述」という)。以上のとおり,Nらは,いずれも被告人らがBを取り押さえた状況の全てを見ていたわけではなく,見ていなかった部分もあるとはいえ,本件取押え現場の至近距離から相応の注意力をもって本件取押えの状況を目撃していること,また,記憶している目撃状況については具体的かつ詳細に供述する反面,見ていないことや記憶にないことについてはその旨供述している上,本件取押えの状況についての経過は被告人ら及びIの各供述にも概ね符合していること,しかも,N及びOともに,被告人らとは利害関係のない第三者であって,虚偽供述をする動機は認められないこと,さらに,平成19年11月24日には本件取押え現場において事件当日の状況につき指示説明をしていたこと(1審弁書71,72)にも照らすと,Nらの上記各供述の基本的部分については信用性を認めることができる。
 
これに対し,検察官は,〔1〕Nが目撃したのは,被告人が仰向けに倒れたBの足下を押さえる姿までであって,その後被告人がBの足下から移動した姿は死角になって見ておらず,かつ,本件暴行はその間に行われているから,N供述の証拠価値はない旨(趣意書第3の12),〔2〕Oは,本件暴行を見逃した可能性が多分に残る上,Bがガードパイプを背にしてひっくり返ったように見えたとか,Bが警察官をグーで殴ったと供述するなど,事実に反する思い込みがあって,その信用性は低いから証拠価値はない旨(趣意書第3の13)主張するところ,確かに,Nらは,本件取押えの状況のうち,見ていなかった部分があるとはいえ,目撃したとして供述する基本的部分については,上記のとおり,その信用性を肯定することができる上,その内容は,本件取押えの経過や状況を認定するのに資するものであるから,証拠価値がないとは解されない。なお,検察官が指摘するO供述については,あくまでもOが当時の状況からそのように考えたというものであること,しかも,Oは,被告人らとBとの揉み合いの状況をやや南西方向から見ていたこともあって,Oには,Bが仰向けに転倒するときに上げた足がガードパイプの上に出たことからBがガードパイプを背にしてひっくり返ったように見えたり,Bが被告人に向けて付き出した手が被告人を殴ったように見えたりしたと考えられることにも照らすと,検察官のように,Oは思い込みが強くてその供述内容の信用性が低いとはいえない。したがって,検察官の主張は採用できない。
(10)さらに,被告人らが,仰向けの姿勢又はうつ伏せの姿勢のBを取り押さえようとした状況について検討すると,1審公判廷において,Gは,要旨,「Bが仰向けになったとき,私がBの左側で,被告人が右側だった。Bは,両腕を大きく上下左右に激しく動かしていたので,Bの腕を押さえようとして上からBの手首を握ったり,腕付近を掴んだりするのを繰り返していた。Bの力は強く,握った手を一,二度振りほどかれ,再度上からBの手首を握り返すことを繰り返した。Bの動きに合わせて腕を取ったこともあり,Bの腕を掴んで上から下に押さえる行為もあった。掴んだ手は自由に動かせないように脇に持っていった。また,Bは両足の膝から上を,屈伸運動をするように上に上げたりしてバタつかせていたので,私はBの右側に回って両手でBの腰から膝までの部分を押さえていた。Bは頭も左右に動かし,私たちに唾を吐きかけたりもしていた。Bを殴ったことはなく,上からBの腕を掴み取ろうとしたのを殴ったと見られた可能性はあると思っている。Bを押さえることで精一杯だった。Bは,うつ伏せになった後も,頭を左右に大きく動かし,腕も強い力で上下左右に動かし,足も膝から下を上に上げて踵で蹴り上げるようにして動かしていたので,被告人がBの右手を背中に持ってきて片手錠をかけた。さらに左手にも手錠をかけようとしたが,Bが左手を大きく動かしていたのでかけることができなかった。被告人から応援を呼んでくれと言われたので,Bにかけた手錠の片方の輪を被告人に渡して,署活系無線で応援を要請した。その後1分も経たないときにJらが来た」旨供述しており(第1回公判供述223ないし232,337ないし341項,第2回公判供述23,26ないし50,63,89ないし153,304ないし310項,以下「G供述」という),また,被告人も,「Bが仰向けの状態になったときは,GがBの左側に,私が右側に位置していた。Bは,ウーアーという大きな声を上げ,ときには唾を吐きかけ,両腕を激しく振り回し,地面に手をついて起き上がろうとしたり,私たちの身体を振り払おうとして肩を激しく動かす状態だった。Bの力は私たちの身体を持ち上げるほど強かった。Bの左肩と右腕付近を押さえていたが,Bは腕を内から外に回して私たちの手を振り払うほどで,手を振り払われたときは,また手を伸ばして同じ位置を押さえていた。Bは激しく暴れて落ち着く様子がなかったので,Gの指示でBをうつ伏せにした。Bはうつ伏せになってからも,両手を地面について上体をのけぞらせるようにして両肩を激しく動かして私たちを振り払おうとしたり,顔を横に向けて唾を吐きかけてきた。GがBの左腰辺りに移動して足を押さえたので,Bの右肩の方に回って両手や膝を使ってBの右肩を押さえた。それでも,Bが,手を地面につけて肩を激しく揺さぶって私たちを振り払おうとしたので,Gの指示で,Bの右手を取って背中に回し,Gが手錠をかけ,その片方の輪を私が右手に持った。Gは,Bの左手を取って両手錠をかけようとしたができなかった。Gが無線で応援要請をしていたとき,Bが,左手をついて肩を高く上げて激しく揺すったり,のけぞるような姿勢になったり,手錠のかかった右手を引っ張ったりしていたので,左手や右膝でBの肩を押さえて起き上がらないようにしたり,右手に持っている手錠の輪を引っ張ったりした。このとき左手がBの顔の横辺りにずれて手の甲をかまれたので,右手を引いて左手でBの肩を押して地面に押しつけた。Bが右肩をのけぞらせ右手が胸付近まで上がったので,私の手が高く上がったこともあった。私が引きつけるときは右手が高く上がり,Bに引っ張られたときは下に下った。手錠を持った右手の引っ張り合いを数回した。応援要請をして数秒後にKが応援にきた。Bの抵抗はものすごく激しいものだったが,Bを殴ったり蹴ったりしたことはない」旨供述している(172,173,179ないし275,322,360、361,736ないし744,760ないし764項)。以上のとおり,G及び被告人の各供述は,相当具体的かつ詳細であるだけでなく,その基本的部分は概ね符合していて相互に補強し合っていること,しかも,Bが,仰向けの姿勢にあったときに両手を上下左右に振り回したり,足を蹴り上げるなどして激しく暴れていたことや,うつ伏せの姿勢にあったときも身体を持ち上げるなどして暴れており,被告人らが暴れるBを必死に取り押さえようとしていたことについては,Iはもちろん,N,O,P及びQの各供述によっても裏付けられていること,加えて,Gは,検察官の取調べにおいても,Bが激しく暴れていたので被告人と一緒に取り押さえようとした旨供述していたこと(1審弁書55,56)にも照らすと,G及び被告人の各供述の基本的部分は信用することができる。 
 
これに対し,検察官は,〔1〕Gは,被告人がどのように動いていたかについてほぼ説明できていないから,1審判決が,G供述に基づいて,「被告人も同じようにしていた」と認定したのは誤りであり,また,Bの腕を掴もうとしたときは「当然手を広げた状態で掴みかかっているので拳を作ったことはない」旨供述しているのに,1審判決が「手をすぼめたような形になっていたことがうかがわれる」としたのは,G供述の証拠評価を誤ったものである,〔2〕被告人供述は,事件発生後3年以上も経過しているのに,極めて詳細かつ淀みなく事実の経過を述べるものである上,うつ伏せの状態のBと黒色手錠を引っ張り合ったという話は被告人質問で初めて出てきたものであって,その信用性を認めるのは誤りであると主張する。しかしながら,〔1〕については,確かに,Gは,Bを取り押さえるのに必死であり,被告人の動きを必ずしもはっきりとは認識していなかったとはいえ,被告人の行動を全く見ていなかったわけではないから,仰向けの姿勢のBがどのような動きをし,それに対し自らどのような対応をしたかを具体的かつ詳細に供述した上で,「被告人も同じだと思う」旨供述していること(第2回公判供述40項)から,1審判決が,被告人についても,Gが供述する内容と同じような行動をとっていたと推認したことが誤りであるとはいえない。また,検察官が指摘するGの供述は,G自身がBの腕を掴もうとしたときの状態について供述するものであるのに対し,1審判決が説示する「Bの手や腕を掴むために手をすぼめたような形になっていたことがうかがわれる」との判示は,「手をすぼめて何かを掴むような形に見えた」旨のN供述(94ないし96項)に基づく認定であるから,検察官の主張は前提を誤っているといわざるを得ない。次に,〔2〕については,確かに,被告人供述は,相当具体的かつ詳細ではあるが,被告人が,頭を西方に向けた姿勢のBの北側に移動した時期など,その供述内容の全てがGやIの各供述と符合しているわけではないこと,また,1審で取り調べた証拠中には1審公判廷での被告人質問以前の被告人の供述が全く存在しない上,検察官も,反対尋問において,被告人の供述の変遷について特段指摘していないことからすれば,被告人供述は当初よりほぼ一貫したものと推認されること,しかも,被告人供述調書に添付されている資料20-4,22-1ないし3,23-1及び2,24の各写真(いずれも平成19年12月14日付け検察官調書に添付された写真の写し)を見れば,被告人が,検察官に対して,Bの右手首にかけた手錠のもう片方の輪を右手に持ってBと引っ張り合いをしていた旨供述していたことをうかがうことができることにも照らすと,被告人供述の信用性を認めた1審判決に誤りがあるとはいえない。したがって,検察官の主張は採用できない。
 
そして,I,G,被告人,N,O,P及びQの各供述によれば,Bは,仰向けの姿勢にあったときには,両手を上下左右に振り回したり,足を蹴り上げるなどして激しく暴れており,他方,被告人らはBを取り押さえるために,Bが振り回す手や腕,更には肩付近を,掴んだり押さえたりしていたものの,Bの力は強く,何度もBに振りほどかれ,その度に同じような動きを繰り返していたこと,その際,Nが供述するように,被告人らの手がすぼめた形になっていた可能性も否定できないこと,また,Bは,うつ伏せの姿勢になってからも,身体を持ち上げるなどして抵抗しており,被告人は両手や膝を使ってBの右肩を押さえたり,その後,Bの右手を背中に回して手錠をかけた後も,Bが,左手をついて肩を高く上げて激しく揺すったり,のけぞるような姿勢になったり,手錠のかかった右手を引っ張ったりするので,左手や膝でBの肩を押さえたり,右手に持っている手錠の輪を引っ張ったりすることを繰り返していたことが認められる。しかも,このような被告人の動きは,激しく暴れるBの動きに合わせて繰り返されていたこと,他方,Cは,上述したとおり,「本件取押えの状況を集中して見ていたわけではなく,信号待ちの間ぼうっとして何気なく見ていた」というのであるから,Cが,上記のような被告人の動作を,Bを殴ったと見間違え,あるいは誤解した可能性を否定することはできないというほかない。
(11)ところで,検察官は,Bの行動を制止するためには強度の物理的強制力を行使することが不可避であった上,被告人らにはBを警職法3条により保護するとの意識がなかったのであるから,Bに対する取押え行為中に,被告人が殴打行為に及ぶことは十分にあり得た旨主張するので,検討するに,被告人らは,いずれも1審公判廷において,「Bは,本件道路を自転車で蛇行運転して進行し,本件パトカーの車載マイクやサイレンによる警告に従わなかったばかりか,本件交差点西側入口の停止線付近で信号停止していたIのバイクに追突して転倒するや,立ち上がって同人のバイクのフェンダーを足蹴りするなどし,さらに,Iとの間に割って入って制止しようとした被告人らの手を振り払おうとして暴れたりして抵抗したことから,警職法3条1項1号にいう「精神錯乱」の状態にあり,かつ,そのままBを車道上に放置したときは,B自身が交通事故に遭ったり,再度Iのバイクや同人に危害を加える可能性があると判断して,Bを車道から歩道に移動させて本件歩道橋の階段登り口近くまで押して行ったところ,Bは,仰向けに倒れた。しかし,その後も,Bは,両手を上下左右に激しく振り回したり,足で蹴るなどして暴れるので,Bの両側から取り押さえようとしたが,Bの力は強く,被告人ら2人では取り押さえることができなかったことから,Bをうつ伏せにし,それでもBが身体を持ち上げるなどして抵抗したので,Bの右手を後ろに回して片手錠をかけ,さらに,応援にかけつけた警察官らと一緒に両手錠をかけた」旨供述している(Gの第1回公判供述190ないし196,266,302,414,562ないし570項,第2回公判供述2ないし4,24,25,249ないし251項,被告人供述90,102,103,168,169,197,367,426ないし431,438項)。ところで,警職法3条1項1号が定める「精神錯乱のため,自己又は他人の生命,身体又は財産に危害を及ぼすおそれのある者」(以下「精神錯乱者」という)とは,必ずしも精神障害者に限られるわけではなく,一時的に,正常な意思能力や判断能力を欠いた状態にあると認められる者も含む概念である上,被告人らは,Bが知的障害者であることを知らなかったこともあって,警察官の制服を着用していた被告人らの制止に従わず,被告人らの手を振り払うなどして激しく暴れて抵抗するなどしたBについて,「異常な挙動その他周囲の事情から合理的に判断して精神錯乱者に該当することが明らかであり,かつ,応急の救護を要すると信ずるに足りる相当な理由のある者」に当たると判断したものであり,その判断は相当であったといえる。さらに,被告人らとしては,精神錯乱の状態にあるBを発見した以上,Bを「取りあえず警察署等の適当な場所において,保護しなければならない」義務を負っていることもあって,激しく暴れるBを制止させ落ち着かせる必要があると判断し,本件取押え行為に及んだと認めることができること,その際,被告人らが行使した有形力の内容,程度は,Bの力が被告人ら2人を上回るほど強く,抵抗も激しかったことにも照らすと,警察比例の原則を逸脱するものであったとまでは認められないこと,加えて,被告人らは,「Gが署活系無線で基地局に対して『ろくまる(精神錯乱者の意味)が暴れている』旨の応援要請をした上,Jらが到着したときには,GがJに対して,被告人がKに対して,さらに,その後,X巡査部長(以下「X」という)及びY巡査が応援要請に応じて到着したときには,被告人がXに対して,それぞれBを保護するに至った経過を説明した」旨供述している(Gの第2回公判供述141ないし147,158,159項,被告人供述243,244,331ないし339項)だけでなく,Jも,1審公判廷において,「本件取押え現場に到着した後,Gに何があったのかを確認したところ,Gは,ゼイゼイ,ハアハア肩で息をしながら,『ろくまるが暴れて困っている』旨の説明をした」旨供述しており(101,102項),被告人らの供述を一部裏付けていること,また,Gは,各検察官調書においても,Bは精神錯乱者であって警職法3条の保護をする必要があると思っていた旨説明をしていたこと(同弁書55,56)にも照らすと,被告人らがBを保護する意思で本件取押え行為に出ていたと認めることができる。
 
これに対し,検察官は,〔1〕被告人らがBに対してかけたのは,「なんしよっとか」「暴るんな」という怒鳴り声や「静かにせんか」「落ち着かんか」という程度の言葉だけであって,被保護者であるBを落ち着かせる行動は一切とっていないこと,〔2〕Bは,状況が理解できないまま手足をバタつかせるなどして抵抗していたものの,それ以上の行為には出ていない上,被告人らは,Bに対しても,お互いの間でも,保護という言葉かけはしていないこと,〔3〕被告人らの本件取押え行為は力ずくでBの抵抗を抑圧することのみを目的とした行為であることにも照らすと,被告人らの行為は警職法3条の保護には当たらないと主張する。しかしながら,〔1〕については,確かに,被告人らがBにかけた言葉としては,「何しよっとか」「落ち着かんか」とか,「暴るんな」「静かにしろ」というものであったことが認められる(Gの第1回公判供述182,186,250,376,553項,被告人供述116,142,435,449,479項)が,Bは,被告人がBとIの間に割って入って,Bの手と肩を掴むなどして制止しようとしたときから,両手を振り回したりして激しく暴れ始めていたため,Bが知的障害者であることを知らなかった被告人らが,暴れるBを制止するためにはBを取り押さえて落ち着かせようと判断したのも致し方なかったと考えられるのであって,被告人らが知的障害者を落ち着かせるための方法である見守りや優しい言葉かけをしなかったからといって,被告人らの行為が警職法3条の保護に当たらないとはいえない。〔2〕については,警職法3条の保護を行う際に,被保護者にその旨の説明をしたり,保護に当たる警察官の間でお互いに保護をする旨の言葉かけをすることは,保護の要件とはなっていないから,そのような行為がなかったからといって,被告人らの行為が保護行為に当たらないとはいえない。〔3〕については,警職法3条の保護を行うに当たっても,その目的を達成するために必要な場合には必要最小限度の有形力の行使は許されると解されるところ,本件取押え行為時のBの抵抗は被告人らが2人でかかってもかなわないぐらい激しいものであったと認められることからすれば,被告人らが暴れるBを取り押さえるために行使した有形力が必要最小限度を逸脱したものであったとまでは認められない。したがって,検察官の主張は採用できない。
 
ところで,1審判決は,第4の「6 交通の往来の多い公道の歩道上における警察官の取押え行為であることからくる不自然性や動機の不明確性」の項において,「本件取押え時,現場の周辺には,車道を進行する車両,信号停車している車両,歩道上や横断歩道,歩道橋上の歩行者等,Aの客等,多数の者がいた可能性が高く,本件取押えの状況を目撃していた者も少なくないと考えられる」「このような本件取押え現場の状況に照らして考えると,上司であるGと共に,二人でも取り押さえるのがやっとというほどに激しく暴れるBを取り押さえようとしていた被告人が,Bを更に興奮させるような,手拳で3回も殴打するという行為に及ぶなどということは,かなり不自然さを免れない」と判示しているが,本件取押え現場が公道の歩道上であることや,Bに暴行を加えることがBを更に興奮させることが,被告人が本件暴行に及んだ可能性を否定する事情になるとはいえないことは検察官が主張するとおりである。しかしながら,被告人が,「上司であるGと共に,二人でも取り押さえるのがやっとというほどに激しく暴れるBを取り押さえようとしていた」ことにも照らすと,本件当時,被告人はBを取り押さえるのに必死の状態であって,Bに暴行を加える余裕さえなかったと認めるのが相当である。したがって,被告人がBに対する取押え行為中に殴打行為に及ぶことが十分にあり得たという検察官の主張は採用できない。
(12)以上のとおり,C供述だけでは,被告人がBに対して本件暴行を加えたと認定するにはいまだ十分とはいえない上,D供述やBの本件損傷もC供述を補強するものとはいえないこと,これに対し,I,M,P,Q,N及びOの各供述,更には,被告人及びGの各供述は,被告人がBに対して暴行を加えていないことを十分に窺わせる内容であるだけでなく,Cが被告人の動作を殴ったと見間違えたか,誤解した可能性を示唆する内容でもあることにも照らすと,被告人が本件付審判事実に及んだと認めるにはいまだ合理的な疑いが残るといわざるを得ない。したがって,これと同旨の1審判決に事実の誤認はなく,検察官の主張には理由がない。
第4 職権調査
 
1審記録を職権で調査するに,1審裁判所は,本件を公判前整理手続に付し,3回の公判前整理手続期日を開いて同手続を終了し,平成22年7月29日に第1回公判期日を開廷したが,同期日において,書証の取調べとGに対する証人尋問(ただし,第2回公判期日に続行)を実施した後,本件を期日間整理手続に付す決定をし、同年8月10日に第1回期日間整理手続期日を開いたものの,同手続を終了することなく,同年9月6日に第2回公判期日を開き,以後,期日間整理手続期日と公判期日を並行して開きながら審理を進め,同年12月22日の第11回公判期日において,期日間整理手続の終了を宣言していることが明らかであるところ,刑事訴訟法316条の28が規定する期日間整理手続については,同条2項において,公判前整理手続に関する手続が全面的に準用されていること,期日間整理手続が終わった後は,公判前整理手続と同様,同法316条の31第2項が期日間整理手続の結果を公判期日において明らかにしなければならないと定め,証拠調べ請求についても同法316条の32第1項による制限に服することにも照らすと,期日間整理手続は,公判期日間における1個の完結した手続であって,1審裁判所のように,期日間整理手続と公判手続を並行して進行させることは法の予定するところではないと解される。したがって,期日間整理手続期日と公判期日を並行して開きながら審理を行った1審裁判所の訴訟手続は同法316条の28に違反した違法なものであるといわざるを得ないが,1審裁判所が期日間整理手続で実施した内容は,公判期日間における進行打合せ協議にも比すべきものであるから,上記法令違反が,判決に影響を及ぼすことが明らかであるとまではいえない。
第5 結論
 
よって,刑事訴訟法396条により本件控訴を棄却することとし,主文のとおり判決する。 
平成24年1月10日
福岡高等裁判所第一刑事部
裁判長裁判官 川口宰護 裁判官 松藤和博 裁判官 山野幸雄

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